・これは恐るべし! ロシア軍産複合体を大暴露する(現代ビジネス 2024年2月13日)

塩原 俊彦

※ロシアの軍産複合体の現状

ウラジーミル・プーチン大統領は2022年12月につづいて、2024年2月にも軍需産業を基盤とするトゥーラ州を訪れた。今回は、3月の大統領選のためのキャンペーンの性格をももち合わせた「すべては勝利のために!」という集会への出席が目的だったが、軍需企業の一角でロシアの軍産複合体の現状についても語った。

まず、軍産複合体(military-industrial complex)について理解してもらわなければならない。ロシア語では、国防産業複合体と呼ばれることが多い。簡単にいえば、軍備を製造する軍需産業を指している。ここでは、混乱を避けるため、軍産複合体と記述する。

他方で、広義の軍産複合体として有名なのは、1961年1月17日、ドワイト・アイゼンハワー大統領の別れを告げる演説で警告した、巨大な軍事施設と大規模な兵器産業との結びによって生まれた巨大構造、すなわち、「軍・産・学」といった巨大な構造である。

2月2日の集会で、プーチンは、「軍産複合体に属する企業は6000社あり、350万人を雇用している」とのべた。さらに、「これらの純粋な防衛関連企業とは別に、防衛に何らかの形で関連している企業、防衛関連企業と提携している企業、請負企業が1万社あることを念頭に置けば、それがどれほど軍のためになっているかは想像がつくだろう」とつづけた。加えて、「この1年半だけで、防衛産業では52万人、50万人以上の新規雇用が創出された」と胸を張った。しかも、「2交代制、場所によっては3交代制で働いている」とした。あるいは、「われわれは戦闘機用の防護服の生産量を10倍に、軍服の生産量を2.5倍に増やした」という。どうやら、ロシアの戦時経済はうまくいっていると強調したいらしい。

2022年からスタートした戦時経済体制

ロシアは2022年10月以降、戦時経済体制下にある。現在のロシア経済を考察するうえでもっとも重要なのは、2022年10月21日付大統領令「ロシア連邦の軍隊、その他の軍隊、軍事組織、団体の必要性を満たすために、ロシア連邦政府の下にある調整会議について」で設置が決まった「調整会議」(以下、「国防支援調整会議」)である。正確に記すと、ロシアには国防省傘下の軍のほかにも事実上の軍として、内務省軍、連邦国家警備隊(2016年4月、ウラジーミル・プーチン大統領による大統領令によって設立された「連邦国家警備隊局」に属する軍隊で、当初、内務省軍17万人のほか、警官の一部20万人、特殊部隊や迅速対応部隊の3万人の計40万人ほどを同機関に移す計画だった)、国境警備隊、市民防衛隊などがある。こうした兵士を総動員して「特別軍事作戦」たるウクライナ戦争を戦い抜くために、軍産複合体による兵器製造などで協力体制を築こうとしているわけだ。

この大統領令によって承認された規則によると、国防支援調整会議は、「特別軍事作戦中のロシア連邦軍、その他の軍隊、軍事組織、団体のニーズを満たすことに関連する問題に対処するために、連邦行政機関とロシア連邦の構成団体の行政機関の間の交流を組織する目的で設立される」という。そのトップは首相が務めている。


ソ連の後継国ロシアの秘密

この戦時経済を理解するためには、ソ連の後継国としてのロシア連邦という性格を知らなければならない。ソ連といえば、社会主義体制のもとで国家計画委員会(ゴスプラン)が計画経済を運営してきた国だ。

ソ連は、計画経済を営むために、5カ年計画を策定し、実施した。しかし、この5カ年計画が国防政策と一体化したものであったことを知る人はほとんどいない。拙著『ロシア革命100年の教訓』に書いたように、政治局は1927年5月、軍事力と国防計画に関するトップシークレットの決定を採択した。その内容は不明だが、ソヴィエトの工業が国防向けに十分な資源を供給できずにいることを認め、この採択が軍事予算の増加につながったとみられている。さらに、経済最高ソヴィエト内に動員計画部が、また国家計画委員会(ゴスプラン)内に国防部門が設置された。

こうして、ゴスプランの国防部門は国防にかかわるすべての仕事を包含するように拡大された。その仕事は、第一に、戦時のすべての経済計画の立案であり、第二に、動員計画を起草するすべての経済人民委員会委員間の調整であり、第三に、戦争計画、同じく、軍の長期再編改革と経済5カ年計画や15年計画との調整である。

最初の5カ年計画(1928年10月1日~1933年10月1日)は1929年4月になって全ソ共産党の会議で採択され、翌月、第10回ソ連ソヴィエト大会で承認された。5カ年計画における軍事的考慮はつぎの三つの「次元」に要約される。第一は、高品質の鉄鋼、非鉄金属、化学品の生産の急拡大であり、第二は、自足的なソヴィエト機械生産への可能な移行、第三は、軍事的配慮によって基本的に導かれた、重工業や国防生産のための立地パターン、すなわち、それらを戦地や長距離爆弾の射程外におくことであった。重要なことは、5カ年計画が決して経済だけの計画ではなく、軍事との関連で関係機関との紆余曲折を経て誕生した事実にある。だからこそ、ロシア革命後の戦時共産主義時代から5カ年計画の時代に入っても、軍事面の影響力が大きかったとみなすべきなのだ。

つまり、ソ連は軍事優先の経済体制を構築していたのである。その結果、軍産複合体が優先される。より品質の高い生産物を優先的に適時に必要な場所に輸送するサプライチェーンが完成するのである。そして、実はこの伝統がいまでも役に立っている。


軍産複合体での民生品製造

このソ連時代の軍事優先体制は、軍産複合体の工場で軍備だけでなく民生品を生産するという「二刀流」を特徴としていた。たとえば、自動小銃として有名なカラシニコフ銃を製造するイジェフスク機械製作工場(イジマシ)は本社がウドムルト共和国にありながら、モスクワで自動車の組み立ても手掛けていた。ゴーリキー自動車工場(GAZ)として知られる企業集団も戦車や装甲車を製造する一方で、トラックや乗用車などを製造していた。あるいは、ウクライナのドニプロペトロウシクにある南部機械製作工場(ユジマシ)では、大陸間弾道ミサイルなどを製造する一方で、トラクターを生産することを義務づけられていた。他方で、チェリャビンスクとヴォルゴグラードのトラクター工場では、自走砲ユニットが生産されたのである。

もちろん、ソ連崩壊でソ連時代の軍産複合体は再編を迫られた。しかし、ロシアになって以降も、軍産複合体を所管する大臣が第一副首相格に位置づけられて、特別な待遇を受ける態勢は維持された。だからこそ、ソ連時代の伝統やミーム(文化遺伝子)のようなものによって、いまの戦時経済体制に適用しやすかったと考えられる。


「デジタル・ゴスプラン」構想

経済学者で下院議員のニコライ・ノヴィチコフは2022年11月に、「ロシア経済はゴスプランへの切り替えが必要」との記事を公表している。そのなかで、将来の「ゴスプラン2.0」の原型は、前述した「国防支援調整会議」であるとのべている点が注目される。

最近、注目を集めているのが戦略文書や国家命令の実行をリアルタイムでコントロールするための「デジタル・ゴスプラン・システム」の開発である。モスクワ大学などの専門家が現在、開発中のシステムであり、将来、連邦税務局、連邦関税局、財務省、産業商業省、デジタル発展省の既存の情報システムと統合し、「ゴスプラン」としての集権的指令経済の運営に役立てることが本気で推進されている。

2023年4月には、ロシアの科学者らが安全保障会議に対して、ロシア経済のデジタル国家計画システムの構築を提案した。


軍産複合体の巻き返し

先に紹介したイジマシはロシアになってからも生き残り、1994年に株式会社化され、2013年になって、社名を「コンツェルン・カラシニコフ」に改めた。自動車工場については、イジマシから切り離され、生産がほぼ停止した1990年代の混乱期を経て、サマラ州の州都サマラに拠点を置く持ち株会社SOKの所有となる。その後、ロシア最大の軍産複合体ともいえる、国家コーポレーション・ロシアテクノロジー(Rostec)に買収され、事実上、サマラに近いトリヤッチのヴォルガ自動車工場(VAZ)と合併した。イジェフスクで生産されていたヴェスタ(下の写真上)は2022年、トリヤッチに移転して製造されている。イジェフスクでは、電気自動車「ラーガス」の製造が2024年第一四半期にはじまる。

Rostecは2014年のロシアによるクリミア併合後、アメリカから制裁を受けるようになった。2022年6月には、ロシア国営企業に対する規制が拡大され、米国財務省は、Rostec本体および同社が50%以上出資する企業との取引を8月11日までにすべて完了するよう命じた。このため、Rostecは2023年5月、保有するVAZ株32.3%を連邦国家単独企業「自動車研究所」(NAMI)に譲渡した。

2021年末まで、VAZはRostec(32.3%)とフランスの自動車会社ルノー(67.7%)が共同所有するオランダのJVアライアンス・ロステック・オートB.V.を通じて支配されていた。2021年末、VAZを支配するJVはロシアの管轄下に移され、ラダ・オート・ホールディングLLCがVAZのオーナーとなり、RostecとルノーがVAZの株式を保有していた。

いずれにしても、軍産複合体が一時的に民生品を製造してきた会社を救済し、その後も軍産複合体の影響下に置くことで、結局、ソ連崩壊で進んだ「軍民転換」が今度は「民軍転換」といえるようなかたちで、国家との結びつきを強めているのだ。


ロシアからの教訓

こうしたロシアの経済実態が教えてくれるのは、戦時経済における軍備生産のためのサプライチェーンの重要性だ。決していいことではないにしろ、ロシアはソ連時代からの武器製造のためのサプライチェーンの残滓(ざんし)をとどめていた。それがいま、役に立っていることになる。

そうであるならば、欧米諸国や日本はどうするのか。戦争をするということは、戦時に武器製造ラインを増産しなければならないことを意味している。そのためには、平時においてどんな準備をしておくべきなのか。そもそも、日本政府はそんなことを考えたことがあるのか。どうにもやりきれないことも想定しておかなければならないのかもしれない。



・おっと~、ロシアが内部崩壊していくぞ!(現代ビジネス 2024年2月6日)

塩原 俊彦

※ロシアで起きているデモ

ロシア連邦を構成する中部、バシコルトスタン共和国で2024年1月、活動家のフェイル・アルシノフを支持する抗議デモが何度も発生した。最初は首都ウファから南東約1400キロに位置するバイマクで、ついで首都ウファにまで波及した。ウクライナ戦争が始まって以来、ロシアで最大規模の抗議デモとみられている。

発端は昨年、ある村の住民にバシキール語で演説したアルシノフが地元の問題とウクライナ戦争について語り、演説の最後に、彼はバシキール語で「kara khalyk」、翻訳すると「黒人」という言葉を使ったことだった。この言葉を聞いたバシコルトスタンのラディ・ハビロフ首長は、人種的憎悪を煽動し、ロシア軍の「信用を失墜させ」、過激主義を呼びかけたとして、反政府活動家とみなしていたアルシノフを起訴するよう自ら地元の検察庁に要請したのである。

アルシノフの判決は1月15日に発表される予定だったが、彼の起訴に抗議する大群衆が裁判所の外に集まり、「自由を!」「われわれは黒人(バシキール語で使った言葉は「貧しい人々」を意味する)だ」と唱えたため、裁判所は17日まで発表を延期した。15日に裁判所から自由に出ることができたアルシノフは、外に出て、連帯を示すために出てきた人々に感謝した。17日には群衆はさらに大きくなり、何千人もの人々が警察に拘束される危険を冒してまで彼のために立ち上がったのだ。地域の裁判所は同日、アルシノフを、人種的憎悪を煽動した罪で有罪とし、2023年4月に行った演説に対して4年の刑を言い渡した。これに対して、首都ウファでは1月19日未明から1500人ほどの群衆が集まり、アルシノフへの判決に抗議する活動が起きた。ロシア当局は21日夕までに4人逮捕した。罪状は、「集団暴動」の組織化と公務員への暴行で、最長15年の刑が科される可能性がある。

こうした社会不安の背後には、ウクライナの戦闘に派遣される少数民族の数が、ロシア国内では不釣り合いに多いことへの反発がある。加えて、アルシノフはバシコルトスタンにおけるバシキール人の民族的アイデンティティを守るために設立された草の根運動、運動「バシュコルト」の共同設立者であり、以前から当局からマークされていた。2022年秋、アルシノフは、ウクライナ戦争と動員への反対を公に表明し、後者をバシキール人に対する大量虐殺と呼んだ数日後に警察に拘束されたこともある。


ロシア連邦のかかえる苦悩

現在、ロシア連邦には、ロシア側の主張に基づくと、ドネツク人民共和国、クリミア共和国、ルガンスク人民共和国を含めて24の共和国のほか、9地方、48州(へルソン州、ザポリージャ州を含む)、3連邦市(モスクワ、サンクトペテルブルク、セヴァストポリ)、1自治州、4自治地区(オークルグ)がある。まさに、多くの「民族」が包摂されている。とくに、南部や中部にはイスラーム教徒で「ロシア民族」でない人々が多く住んでいることから、ナショナリズムの煽動が連邦解体の「悪夢」を現実のものとする可能性がないわけではない。とりあえず、プーチンは社会の期待や圧力に蓋をするためのプロパガンダ、政治操作、経済的安定、帝国的動員に頼ることができないため、ますます抑圧に頼るようになっていると考えられる。その手となり足となっているのが連邦保安局(FSB)だ。

「サンクトペテルブルク警察は大晦日に数千人の中央アジアからの移民を一網打尽にし、軍事契約へのサインを迫った」と、2024年1月8日付の「ノーヴァヤガゼータ・ヨーロッパ」は伝えている。本格的なウクライナ侵攻の後、ロシアに逃れたウクライナ人がロシアのパスポートを申請することを期待して、ロシア国籍取得手続きを簡略化する法律が制定されたのだが、ロシア国籍を取得しようとするウクライナ人のほとんどは、2014年から2022年の間にすでにロシア国籍を取得していた。代わりに、中央アジアからの移民がこの新しい制度を利用し始めたのだという。そのため、新たにロシア国籍を取得したばかりの中央アジアからの移民がウクライナ戦争向けの兵士に仕立てあげられるようとしている。

こうした暴挙の全国的な広がりを通じて、ウクライナ戦争が少しずつ、ロシア連邦の屋台骨を揺さぶりつつあるといえるかもしれない。プーチンはロシア連邦の中央集権化をはかってきたが、いまではFSBによる「抑圧」によってしか、そのタガを維持できなくなっているようにみえる。その意味で、プーチンの無力化、暗殺、突然の自然死によってロシア連邦の「分断」が起きるかもしれない。

2020年7月に不正な国民投票によって承認された憲法改正により、プーチンは2024年と2030年の2回、6年間の大統領任期を延長することが可能となった。2036年までは、プーチンが大統領職にとどまると考えるのが自然だろう。だが、その後はどうなるか。まったく展望が見出せない。


プーチンによる中央集権化

ワシントン D.C. のジェームスタウン財団の上級研究員、ヤヌシュ・ブガイスキーは、その著書『破綻国家』のなかで、「プーチンの就任以来、ロシアは複雑な非対称構造から、真の連邦制を模倣しただけの中央集権体制に移行した」と書いている。

1.2004年12月以降、モスクワは違憲の形で地方知事を指名し、その知事は地方議会で日常的に承認されるようになった、

2.2012年6月、知事に関する新法は、「望ましくない候補者」を排除し、大統領府が承認した候補者だけが含まれるように「自治体フィルター」を設けた上で、選択の余地を提供するために知事直接選挙を再導入した、

3.ロシアの109の大都市で、選挙によって選ばれる市長の数を激減させた(2008年には73%だったが、2020年にはわずか12%)、

4.2021年12月、プーチンは地方政府に対する中央統制を強化する新法案に署名した(この法案では、クレムリンによって指名された地域の首長は、連邦の全科目において連続して2期以上務めることができる一方、大統領にはいつでも罷免する権限が与えられると明記されている)、

5.2012年から2020年にかけて、63人の連邦政府首長がクレムリンによって交代させられ、地方議会は彼らの指名や罷免に関与しなくなった

――といった事態を知れば、いかにロシア連邦が中央集権的であるかがわかるだろう。


くすぶる独立指向

自らを世界の中心(中華)に位置づける中国と異なって、ロシアには、国家を一つに収斂させようとする強いベクトルの力が働いているようには思えない。よく知られているように、ロシア連邦に属する16の共和国のうち14の共和国は、1990年8月のロシア自身の主権宣言の後、自らを主権者と宣言した。これらの宣言は1992年の連邦条約と1993年のロシア憲法で認められたが、実際には尊重されなかった。チェチェンは連邦条約への調印を拒否して独立を宣言し、ロシア軍との全面戦争に発展した。タタールスタンも連邦協定への調印を拒否し、1990年8月30日、共和国最高会議が国家主権宣言を発表した。1992年3月22日に行われた主権に関する住民投票では、タタールスタン住民の80%以上が賛成票を投じた。共和国政府は新憲法を採択し、タタールスタンを「権限の相互委譲に関する条約に基づきロシア連邦と関連する」国際法の主体であると宣言した。1994年2月、モスクワとの間で新たな権力分立条約が調印され、2007年7月には、タタールスタンが真の主権を追求し続けるための条約が締結された。

このように、共和国のなかには、いまでも独立を求める息吹が残っている可能性がある場所がある。「タガ」が緩むだけで、ロシア連邦に大きな亀裂が入る可能性は残されている。

最近になって注目されるのが、最初に紹介したバシコルトスタンだ。とくに、バシコルトスタンとタタールスタンとの間には、民族的な対立ないしわだかまりがある。だからこそ、この地域の今後の展開は注目に値する。


ロシア連邦崩壊の兆し

先に紹介したブガイスキーの著書では、さまざまな地域に連邦崩壊への呼び水となりかねない綻びが潜んでいることが指摘されている。ここで、そのいくつかを紹介してみよう。

【1】シベリア

まず、「ホロドモール」(ウクライナ語Голодомор、英語Holodomor)と呼ばれる「ウクライナの人々のジェノサイド」と知られるこの事件について思い出してほしい。それは、つぎのように説明されている。

「ウクライナが独立すれば、ソ連がユーラシア帝国を目指すという地政学的な目標が制限されることになる。反抗的なウクライナがソ連の傘下に留まるよう、スターリン共産主義政権は1928年から1938年までの10年間、恐怖の中で、ウクライナの教会、ウクライナの国家、文化、政治エリート、そして国家の社会経済基盤であるウクライナの田舎の穀物生産者たちに対して飢餓による攻撃を開始したのである。」

このホロドモールの時代には、ウクライナ人を強制的にシベリアや極東に移住させる政策もとられた。その結果、現在もロシア連邦内にウクライナ人がたくさんいる。シベリアから太平洋岸までの開発のための労働力として利用されたのである。

ブガイスキーの本によると、今日に至るまでウクライナ人コミュニティが集中するいくつかの「楔」(клиня)が認められている。ウクライナの活動家たちは、シベリア南部と太平洋地域の大規模なウクライナ人集団を「緑の楔」、あるいはウクライナの極東植民地と定義した。アムール地方と太平洋沿岸地方では、ウクライナ人が農村部で多数を占め、民族的アイデンティティと伝統を維持していた。1989年のソヴィエト国勢調査では、チュメン州の人口の約3分の1、60万人以上がウクライナ人と記録されている。1991年にソヴィエト連邦が崩壊すると、ウクライナは同州に領事館を開設し、地域社会は民族文化的自治を確立した。

プーチンの支配下で、ロシア国内のウクライナ人人口は、死、移住、同化、抑圧を経て、着実に減少してきた。その数は1989年には430万人を超えていたが、2020年の国勢調査では200万人弱にまで減少した。それでも、今後、ウクライナ戦争においてウクライナ優勢という帰趨になれば、こうした地域において変化が起きるかもしれない。


【2】サハ共和国

北シベリアのサハ共和国(ヤクーチア)は、モスクワに対する地域の反発の拠点となっている。もっとも注目されたのは、2020年6月25~7月1日の憲法改正投票において、全国の賛成票の割合が78%台であったにもかかわらず、サハでは40.65%が反対票を投じた点である。さらに、2021年1月、首都ヤクーツクの人気市長サルダナ・アヴクセンティエワが、モスクワからの圧力によって失脚させられた。彼女は2018年9月に超党派候補として当選し、モスクワに忠誠を誓う統一ロシア候補を9%近い差で破った実績がある。アヴクセンティエワは、プーチンの支配を拡大するためのクレムリンの憲法改正に公然と反対票を投じた。この改正案は、2018年にアヴクセンティエワが勝利した市長の直接選挙も廃止したのである。

こんな土地柄からなのか、2019年3月、ヤクーチア出身の無名のアレクサンドル・ガビシェフは、テントとキャンプ用ストーブを自作の荷車に積み込み、モスクワまで徒歩で出発する。彼は自らを戦士のシャーマンと名乗り、「神が悪魔であるウラジーミル・プーチンを祓えと言った」という。2020年5月、当局は彼を精神病院に収監して黙らせようとした。

こうした話から、いつ不穏な動きが顕在化してもおかしくない状況にある。


【3】「極東共和国」(DVR)

ロシア研究者には知られている事実として、現存した「極東共和国」(DVR)の再来のような可能性がないとはいえない。DVRは、赤軍がヨーロッパ東部でのソヴィエト帝国樹立に夢中になっていた当時、日本の領有権主張から極東を守るための緩衝国家として、ボリシェヴィキの指導者たちによって承認された国である。首都はチタ。DVRは、現在のザバイカルスキー州、アムール州、ユダヤ自治州、ハバロフスク地方、沿海州を含んでいた。DVRは1922年11月にロシア・ソヴィエト連邦社会主義共和国に完全に吸収されるまで存在した。1922年12月に正式に設立されたソ連構成共和国または連邦共和国の一つにはならず、異なる連邦地域に分割された。

こんな歴史があるために、極東共和国の地方分権と再創造を求める要求は、1990年前半に復活し、その後も定期的に沸騰している。ウラジオストクでは2008年12月、モスクワがロシアの自動車産業を保護するために中古日本車の輸入関税を引き上げることを決定したことを受け、大規模な抗議行動が発生した。また、新たな政治運動「ロシア積極市民の会(TIGR)」を生み出し、当時の大統領ドミトリー・メドヴェージェフとその政府の辞任を要求した。


アメリカの野望はどうなるか?

いまでも覇権国アメリカの外交戦略の根幹をなしているのは、ロシア連邦解体である。ジミー・カーター大統領時代のズビグニュー・ブレジンスキー元国家安全保障担当補佐官は、その著書(The Grand Chessboard: American Primacy and Its ─ Geostrategic Imperatives, 1997)のなかで、ソ連解体をめざして、つぎのように記述している。

「緩い連合のロシア─ヨーロッパ・ロシア、シベリア共和国、極東共和国からなる─は、ヨーロッパ、中央アジアの新しい国々、そしてオリエントとより近い経済関係を培うのがより容易になると気づくだろし、それによってロシア自身の発展が加速されるだろう」というのがそれである。同じ年に刊行された上記の論文でもほぼ同じ表現がある。つまり、彼自身、中央集権的なソヴィエト連邦(ロシア連邦)が解体され、三つほどの緩やかな共和国を統合した緩やかな連邦国家になると予想していたのだ。

長期的にみれば、アメリカの野望はかなうかもしれない。しかし、それは中国のロシア側への領土拡大を意味し、地政学上、アメリカを不利に導くかもしれない。いずれにしても、今回の騒動はロシア崩壊への「ちょっとした兆し」として注目しなければならない。



以下「マスコミに載らない海外記事」様より転載

http://eigokiji.cocolog-nifty.com/blog/2024/06/post-b235ad.html

・ウクライナに流入する「数十億ドルの兵器」という神話の裏

2024年6月13日

ブライアン・バーレティック

New Eastern Outlook

※2024年6月8日のブルームバーグ記事「プーチン大統領、ウクライナで打開策を講じる時間がなくなりつつある」で、ウクライナで進行中の紛争に関しキーウに有利な楽観的予想が示された。

 ハリコフで新たに開かれた前線を含む戦線に沿ってロシアは「限定的前進」を遂げており、ウクライナに「数十億ドルの兵器が流入し始め」ているため、ウクライナ軍は「反撃」する機会を与えられるだろうと記事は主張している。

 ブルームバーグが引用する「数十億ドルの兵器」とは、アメリカ議会での予算承認が何カ月も遅れた後、アメリカ軍事援助が再開されたことを指している。しかし予算が遅れる前からアメリカのウクライナへの兵器移転の影響が弱まっていたことを想起し、これらパッケージの実際の量とロシアの軍事生産量を詳しく見ると全く異なる話が浮かび上がってくる。

 アメリカの兵器の新たな流入がロシアの軍事的優位性を損なっているとブルームバーグは主張している。しかし、これは全く事実ではない。

 砲弾

 アメリカの最新兵器パッケージには、他の品目とともに、切実に必要とされていた155mm砲弾や自慢のジャベリン・ミサイルを含む対戦車兵器が含まれていた。国防総省公式報道発表には、これら兵器や弾薬の数量は記載されていなかった。

 アメリカとヨーロッパの砲弾生産量がロシアの数分の一と少ないことは良く知られている。2024年5月のビジネスインサイダー記事によると、今年のロシア砲弾生産数は450万発であるのに対し、アメリカとヨーロッパを合わせた量はわずか130万発だ。

 2024年6月7日のブルームバーグ記事「アメリカの戦争機械は基本的な砲兵を十分な速さで製造できない」によると、欧米諸国の砲弾生産がロシアの生産数に匹敵、あるいはそれを上回るほど大幅に増加するという見通しは非現実的だ。

 限られた材料投入量、訓練を受けた人材の不足、砲弾自体とその様々な個別部品両方を生産する物理的生産拠点を大幅に拡大する必要性や、これら各要素を拡大するための継続的資金調達の必要性など様々な要因がブルームバーグ記事で言及されている。これら全てに時間がかかる。

 記事によると、2025年までにアメリカは155mm砲弾を月間最大6万8000発生産する必要があるという。たとえ欧州がこの生産数に匹敵したとしても、それはウクライナの1日6000発の発射速度を達成するための月間必要量の3分の2にしか相当せず、それでもロシアの1日発射数に遠く及ばず、ウクライナは不利な立場に立たされることになる。

 ウクライナが切実に必要としている、より高度な兵器に比べれば、砲弾生産は比較的簡単だ。これにはジャベリン・ミサイルのような対装甲兵器も含まれる。

 ジャベリン対戦車ミサイル

 かつては欧米メディア全体が「形勢を一変させる」と称賛したジャベリンだが、今や見出しにもほとんど登場せず、記事の奥深く埋もれてしまうことさえある。アメリカ政府と軍需産業が出資する戦略国際問題研究所(CSIS)によると、ロシア特別軍事作戦(SMO)初期段階で、数千発のミサイルがウクライナに引き渡され、2022年後半時点で、その数はアメリカ総保有数の約3分の1にあたる7,000発に上る。

 以来ジャベリン・ミサイルを生産するロッキード・マーティンは2024年の報告で生産を最大15%拡大し、月間約200発、年間最大2,400発のミサイルを生産すると主張している。

 2,400発のミサイルは、毎年全てウクライナに送られるわけではない。ミサイルと、それを発射する少数のコマンド発射装置(CLU)は、アメリカや他のNATO加盟国や世界中のロッキード社顧客に必要とされている。しかし、2,400発のミサイル全てが毎年ウクライナに送られると仮定し、アメリカの備蓄が危機的レベルにあるため、ウクライナに毎月の生産量から選ばれたジャベリンが送られると仮定しよう。

 これは、毎月200台のロシア戦車が損傷または破壊され、年間で2,400台になることを意味するのだろうか。いや。米軍自身の研究によると、訓練を受けた米兵でさえ、ジャベリン、TOW、AT-4システムを使用した場合の命中率は19%だ。これらは全て、特別軍事作戦中にアメリカがウクライナに送ったものだ。

 たとえウクライナが月200発のミサイルを受け取り、それをロシア装甲車両に発射したとしても、命中するのは月に38発程度に過ぎないことを意味する。その38発中、重大な損害や完全な破壊につながるものは更に少ない。

 これら過度に楽観的な数字を、ロシアの戦車や他の装甲車両生産と比較すると状況がより明確になる。

 ロシアの軍事生産について論じた2024年3月のCNN記事によると、ロシアは月に最大125台の戦車を生産していると認めている。他の西側情報筋によると、ロシアは月に最大250台の装甲車両も生産しており、合計月に375台の装甲車両を生産しているという。

 アメリカが毎月生産するジャベリン・ミサイルを全てウクライナに直接送ったとしても、ウクライナができる攻撃は38発であるのと比較してほしい。それを破壊すべくジャベリン・ミサイルをアメリカが生産する量より遙かに多くの装甲車両をロシアは生産している。欧米諸国で生産される他の対装甲兵器(例えば、年間1,000発のTOWミサイルを生産)についても同様で、いずれも備蓄枯渇と月間生産率低下に直面している。

 ウクライナに送られるジャベリン・ミサイルや他の兵器の数は、実際は月間総生産数より遙かに少ないことを考慮すると、アメリカ(とヨーロッパ)軍事支援の実際の規模と、現在ウクライナに流入している「数十億ドルの兵器」が、ロシア軍が既存の戦線に沿って圧力を強め続けるだけでなく、全く新しい戦線を開き、ウクライナに更に広範な戦略的ジレンマをもたらし、既に不足している要員や装備や弾薬を更に悪化させる中、ロシア軍の進撃を遅らせるどころか阻止するウクライナ能力に大きな変化をもたらさないことがわかり始めている。

 空虚な言辞

 ブルームバーグが「プーチンは時間切れ」という記事を「アメリカの戦争機械は基本的な大砲を十分な速さで製造できない」という記事で、その価値を低めたにもかかわらず、ウクライナに有利な方向に流れが変わりつつあると読者を説得しようとする同紙や他の欧米メディアによる試みは、紛争の方向転換を図るウクライナの2023年の「反撃」を売り込むため使われたのと同じ空虚な言辞の繰り返しだ。

 現実には、2023年のウクライナ軍事作戦はロシア軍によって完敗し、ロシア軍はウクライナの人員や装備や弾薬備蓄を壊滅させただけでなく、その過程で自らの数量や能力を強化することに成功したのだ。

 最近ハリコフで失った領土を取り戻そうとするウクライナの試みは、2022年と2023年の攻勢と同じ成果のない結果に終わるだろう。かけがえのない訓練された人員や装備で確実に多大な犠牲を払うだろうが、実際に領土を奪取できる可能性は疑わしい。

 ウクライナ全土で戦闘の潮目が変わると予感させる今日の欧米諸国の見出しは、領土や人命や将来にわたる経済見通しの点でウクライナに莫大で消えない犠牲を強いる、勝ち目のない紛争でウクライナが戦い続けるよう促す今やお馴染みの繰り返しだ。

 しかし、これまで何度も指摘されてきた通り、勝ち目のない代理戦争にウクライナを巻き込むことは、2019年にランド研究所論文「ロシアに手を広げさせる:有利な条件での競争」Extending Russia: Competing from Advantageous Groundで早くも表明されたアメリカの狙いであり、そこでは以下のように述べられていた。

 強力な軍事支援を含むウクライナに対するアメリカ支援の拡大は、ドンバス地域を掌握するためにロシアが払う犠牲(血と資産の両方)を増大させる可能性が高いはずだ。分離主義者に対するロシアの更なる支援やロシア軍増派が必要になる可能性が高いはずで、支出増大や装備損失やロシア人死傷者の増加につながる。後者は、ソ連がアフガニスタンに侵攻した時のように、国内でかなり物議を醸すことになりかねない。

 だがこう警告していた。

 しかしながら、このような動きは、ウクライナとアメリカの威信と信用に膨大な代償をもたらしかねない。これによって、ウクライナ人死傷者や領土喪失や難民流出が不釣り合いに大きくなる可能性がある。ウクライナにとって不利な和平に至る可能性さえあるのだ。

 2019年当時でさえ、アメリカが支援する対ロシア代理戦争で、ウクライナは勝てないはずだとアメリカ政策立案者連中は明らかに認識していた。本当の狙いは、ロシア勝利の代償を高くして、ロシア経済を弱体化させ、ロシア社会を分裂させ、最終的にソ連のような崩壊を引き起こすことだった。このような代理戦争でウクライナが破滅するというランド研究所の予想は明らかに現実のものとなったが、この政策で想定された「恩恵」はまだ現れておらず、この時点では妥当性すらないように思える。

 従って、ウクライナが間もなく幸運に恵まれるという欧米諸国の言説は進行中の紛争の本当の分析に基づくものではなく、むしろ戦い続ければ災難が待ち受けていると警告する実際の分析にもかかわらず、戦い続けるようウクライナを促すことを狙ったプロパガンダだ。

 この過程が一体どこまで進行し、アメリカとお仲間連中が、ウクライナをもはや戦場に追いやらず、代わりに交渉の席に着かせるようになるのかは時が経てばわかるだろう。その間、ウクライナに流入する「数十億ドルの兵器」は、これまでと同じ影響を及ぼし続け「不釣り合いに大規模なウクライナ人死傷者、領土喪失、難民流入」を確実にし、最終的にウクライナを「不利な平和」へと導くことになるだろう。

 ブライアン・バーレティックはバンコクを拠点とする地政学研究者、作家。オンライン誌New Eastern Outlook独占記事。

記事原文のurl:https://journal-neo.su/2024/06/13/behind-the-myth-of-billions-in-arms-flowing-into-ukraine/