・ナチスがユダヤ人虐殺に用いた「共通番号」の反省から、「セパレート番号モデル」を用いているドイツ

2024年05月26日

※「マイナンバー」と(命や健康に直結する)「保険証番号」を一つで管理する方向性なのは、G7の国々の中で日本だけのようです。

「マイナンバーカード+保険証」一体化はG7で日本だけ なぜ独自路線?各国の現状と比べてみた:東京新聞 TOKYO Web (tokyo-np.co.jp)


■何も考えずに暴走しているとしか思えないデジタル庁

デジタル庁によれば、マイナ保険証以外12月2日からこれまでの健康保険証は使用できなくするらしいのですが、医療機関に受診の際、マイナ保険証が上手く登録できていなくて、窓口で10割負担させられたという例がこれまでに800例以上もあると指摘されています。

今マイナンバーカードを持っている人は本当にヤバいです。●●に個人情報が駄々洩れですよ。

マイナンバー保険証を普及させて、いずれ、デジタル処方箋に移行させる方針もあるそうですが、これだと病歴や投薬歴という極めてプライベートな個人情報が第三者に漏洩するリスクはこれまでの比ではなく、高まります。

海外では「マイナンバー制度」はどのようになっているのか。


■ドイツは分野ごとのセパレートモデルを採用

ドイツでは、行政事務の効率化を図るため、1970年代に連邦住民登録法案において個人識別番号の導入が提議されたが、国民の反発も高く、連邦憲法裁判所が統一的な個人識別番号は違憲との判決を下したのだそうです。

ドイツでは、ナチスの独裁政権の歴史から、共通番号を使ったデータ照合は違憲とされたという経緯だったようです。

その後は、分野ごとに異なる番号を使用するセパレートモデルと呼ばれる方式を導入しているそうです。

また、社会保障の中でも分野ごとにIDが設けられており、医療分野においては医療被保険者番号が用いられているのだとか。

「デジタル」信仰のあまり「デジタルマイナンバー情報」に全ての個人情報を一括で登録管理されるということは、これまでの様な「リスクの分散」という概念からは真逆に逆行しており、全ての情報が漏洩した時の大混乱は計り知れません。

例えば、災害で大規模停電になったときなど、どうなるのでしょうか。

電子情報が読み取れずあらゆる業務が膠着し、命にかかわる事態なども同時に大規模に発生するリスクが今以上にむしろ高まります。

地方などでは「マイナンバー保険証」の読み取り機はおろか、レセコンと一体型の電子カルテをまだ導入していない小さな医療機関もありますから、そうした個人の医療機関などはこのままだと今年の11月までで閉院するほかなくなりますね・・果たしてどうなるのでしょうか。



・小笠原みどりの「データと監視と私」(GLOBE+ 2020年8月28日)

※ホロコーストは登録から始まった

ホロコーストを描いた米アカデミー賞受賞作『シンドラーのリスト』(スティーヴン・スピルバーグ監督、1993年)は、ナチスがポーランド侵攻によって第二次世界大戦を始めると同時に、占領地のユダヤ人に名前や住所などの登録を求め、出頭したユダヤ系住民が列を成すシーンから始まる。この時点で、暴力はまだ登場しない。名前を大声で叫んだり、綴りを繰り返したりする人々の姿は、むしろ微笑ましくもある。けれど、画面をみている私たちは、それぞれ名前と個性を持った人々がやがてゲットーへの強制移住で監視下に置かれ、財産没収、強制労働、そして絶滅収容所、ガス室へと追われる暗い未来を予感して、素直に笑えない。

そう、ナチスによるユダヤ人大量虐殺という歴史的犯罪の始まりには、人々の登録があった。ユダヤ人をリストアップすることで、政府はどこに誰がいるかを把握し、個々人を狩り出し、追い立て、襲うことができた。ナチスのもとでエスカレートし続けた国家の暴力は、偶然起きたのではない。ホロコーストはまさに、登録、識別、移送のシステムによって可能になった、制度的な人種差別だったのだ。


監視技術が虐殺を加速した

IBMは、この大量の登録作業に最新技術を提供することでナチスに加担したことを、アメリカのジャーナリスト、エドウィン・ブラックは著書『IBMとホロコースト ナチスと手を結んだ大企業』(小川京子・訳、宇京賴三・監修、柏書房、2001年)によって暴いた。

当時、コンピュータはまだ存在していなかったが、IBMのパンチカードとカード選別システムは、その先駆けだった。IBMは人口調査の表を作成する会社として1898年にアメリカで創立され、創業者ハーマン・ホレリスが発明したパンチカードに穴を開けることで国籍、性別、職業など個人の特性を記録し、何百万というカードを即座に分類するシステムを開発した。

ブラックが「まさに、人間につけられる19世紀のバーコード」と呼ぶこの技術を、ドイツのIBM子会社はナチスに提供した。ドイツだけで年に15億枚ものパンチカードを生産し、人々に番号を振り、数え上げ、生年月日、既婚未婚、子どもの数、身体的特徴、職業上の技能といった多くの個人情報を、カードに入力し、ユダヤ人を死の収容所へと振り分けていったのだ。データがあったからこそ、ナチスは個人を識別し、監視し、利用し、捕獲することができた。

ブラックは、IBM幹部が、ホレリス式パンチカードがユダヤ人大量虐殺に使われていることを知っていたのか、にも迫っている。ナチスとIBMの幹部同士の交流や、ビジネス上のすり合わせなども本では描写され、まさに現代のIT会社のように顧客の問題に先んじてソリューション(解決策)を提供しようとする姿が描かれる。しかし、「最悪の部分については、IBMはあえて知ろうとはしなかった」とブラックは書いている。社内では、ナチスの犯罪について「尋ねてはいけない、口にしてはいけない」ということになっていた、と。

IBMが手を貸さなくても、ホロコーストは起きていたかもしれないし、別の会社が似たような技術を提供したかもしれない。けれども、正確で迅速な識別技術によって、大量虐殺がかつてないほど大規模で速やかに遂行されたことを、私たちは技術と企業の責任として、どう考えればいいのだろうか。収益のために、見て見ぬふり、あるいは真実をあえて知ろうとしない態度を、仕方なかったと済ませることは、600万人といわれるホロコーストの犠牲者に対して許されるのだろうか。


政府や警察はいつも正しいのか

日本人が戦争中に「鬼畜米英」と教えられたように、ナチス政権下のドイツ人にとってユダヤ人は「悪」だったろう。同じように、現代では「テロリスト」や「犯罪者」という「悪」を排除するために、顔認証や指紋などの識別技術が公共の場で使われるようになっている。顔認証を採用する政府や警察、技術を提供する企業は、ここでは絶対的な「善」の側に立っている。けれど、政府や警察はいつも正しいのだろうか。いや、いま北米で露呈している警察による差別的で過剰な暴力は、制度の中枢に巣食っている「悪」を見せつけているのではないだろうか。

IBMの顔認証システム開発中止は、この「悪」に技術という武器を与えることに加わらないという判断だった。IT企業のトップたちは一般的に、政府に進んで協力する。グーグルやフェイスブックといった名だたる企業が密かに政府のスパイ活動に協力していたことを、スノーデンは白日の下にさらし、いまをときめくズームのCEOは「FBIや地元の警察に協力したい」と迷わず述べたことがある。政府や警察は「善」であるという大前提がここにはある。警察の「善」に疑問を投げかけるIBMの判断は、社会全体の構図を見落としがちな技術系会社のなかにあって、やはり異例中の異例なのだ。だから私は、IBMは自社の歴史を省みたからこそ、技術がもたらすネガティブな結果を直視し、差別に加担しないという判断ができたのではないか、と思った。

もちろん、顔認証だけが監視技術ではない。人間を識別する技術の裾野は広く、日本では戸籍や住民登録によって、政府が人々の所在と詳細を長年把握してきた。だから戦争中の徴兵も動員も可能になった。これらの識別制度は、戦争に負けても残っている。そしていまや、ブラックなら「人間につけられる21世紀のバーコード」とでも呼びそうなマイナンバーまである。もしも私たちが歴史から何かを学ぶことができるなら、顔認証だけでなく、幅広い監視と個人情報の仕組みに目を向ける必要があるだろう。


小笠原みどり
ジャーナリスト、社会学者(カナダ・ビクトリア大学助教授)
ジャーナリスト、社会学者。朝日新聞記者(1994-2004)として住民基本台帳ネットワーク問題などに取り組み、2005年に米スタンフォード大学でデジタル監視を研究。2016年、米国家安全保障局による世界監視システムを告発したエドワード・スノーデンに日本人ジャーナリストとして初のインタビュー。2018年、カナダ・クイーンズ大学で社会学博士号を取得。オタワ大学特別研究員を経て、2021年よりビクトリア大学社会学部助教授(ブリテッシュ・コロンビア州)。著書に『スノーデン・ファイル徹底検証』(毎日新聞出版)など。