・超絶決算のトヨタ社員ですら、賃金は”実質ダウン”!「値上げが浸透すれば、いずれ賃上げ」は大ウソだった…社員への負担で成り立つ「大企業最高益」の正体(現代ビジネス 2024年5月13日)

本多 慎一

※「賃上げ」される人は限定的

しかし、賃上げの対象はあくまで一部だと見るのが、『書いてはいけない――日本経済墜落の真相』の著者で経済アナリストの森永卓郎氏だ。
「大幅な賃上げと言っているのは全労働者の2~3割にすぎない大手企業に限られていて、それすら利益水準を考慮すると、分配率はまだまだ少ない。中小も今年はベアを行った企業は少なくありませんが、物価上昇率を超えるベアは限定的です。

直近では、物価変動分を反映した実質賃金が円安もあって『24ヵ月連続でマイナス』だと話題ですが、実は長期的にも1997年からずっと右肩下がりなのです。しかも、税金や公的負担の増加を考えると、1988年と比べた場合は名目値ですら、現在の方が可処分所得は少ない。国民の生活はますます悪化していて、モノも買えないし売れない。この状況では、実質賃金は上がるわけがないのです」(森永氏)

実質賃金の長期的な低下は、女性や高齢者の非正規雇用などの就業者増加で押し下げられたという要因もあるが、逆に言えば、正規雇用の求人が少なく、賃金もほとんど増えていないという裏返しでもある。


株価4倍の経済でも生活が苦しいワケ

企業業績を反映する株価は、1万円前後で低迷していた「悪夢の民主党時代」と言われていたころから、12年で約4倍になった。

しかし、実質賃金ではむしろ民主党時代より10%程度下がってしまった。社会全体で労働分配率が下がってしまったのだ。

森永氏が続ける。

「そもそも企業の最終利益と従業員の賃金はシーソーの関係で、経営合理性で言えば、労働者の賃金は抑えるほうが企業の利益にとってはプラスになります。

そして今は会社が儲かっても、非正規雇用や外注化して人件費を抑制でき、事業ごとに子会社化して賃金水準を抑えたり、成果主義を取り入れて結果的に賃金が減ったり、黒字でもリストラしたりと、企業の最終利益は、様々な手段で人件費を抑えた結果でもあるのです。会社が成長したところで、労働者にとっては、子会社の安い求人が増える程度です。

会社による春闘の『満額回答』に、昔のような意味はもはやありません。実際、企業の利益は株主還元と内部留保にあてられ、東証全体で年間配当は、この10年で約3倍の16兆円。内部留保もこの20年で2.5倍となり550兆円を突破しているわりに、たいして設備投資にも使われず、金融資産としても多く残っています」

また、海外子会社の配当など、金融収支を加えた「経常収支」では、近年は5兆円以上のプラスで推移し、23年度はなんと25兆円超の黒字だった。結局、企業がどれだけ利益を上げようが、インバウンド政策で外貨を得ようが、それが昭和時代のように賃上げに結びつく仕組み(続編で詳述)はもうないのだ。

実際、日本企業で断トツの利益を叩き出し、世界一の自動車メーカーであるトヨタの社員にしても賃上げは限定的で、物価や公的負担を反映した実質的な可処分所得では下がっている状況だ。


超絶決算トヨタ社員の“意外な賃上げ率”

経済ジャーナリストが言う。

「トヨタの有価証券報告書によると、2003年3月期の同社の平均年間給与は805万6000円。そして直近の23年3月期は同895万円です。20年間かけて上がった給与は11%で、手取りだと60万円程度しか増えないことになる。

この間の2度の消費増税や控除の縮小、社保の増額に加え、コロナ後の著しい物価上昇を加味すれば、トヨタの社員と言えど、実質可処分ベースの“賃金”では下がっており、彼らですら、生活が苦しくなっているのは想像に難くありません。なお、全国最低水準である岩手県の最低賃金はこの間、41%上がっています。

その一方で、この間、トヨタは大きく成長し、労働生産性(= 営業利益 ÷ 従業員数)は2080万円→3043万円と約1.5倍となっています。当たり前と言えばそれまでですが、トヨタ車における原材料費上昇による価格転嫁分や、従業員の努力の果実のほとんどは、会社の取り分となっているわけです。賃上げの原資があることと、それを経営者が労働者に分配するかの判断は全く別問題であることを如実に物語っていると言えます」


でも豊田会長の報酬は…

ちなみに、トヨタの豊田章男会長の2023年3月期の役員報酬は、前年と比べ46%増の9億9900万円。同社は欧州のグローバル企業の報酬を参考とする仕組みを新たに取り入れたと理由を説明しており、「利益水準を考えればむしろ安すぎる」という声も少なくないが、グローバル市場を相手にする同社の社員には残念ながらその仕組みはない。

「他社の賃金動向に大きな影響を与え、超絶な好業績のトヨタの社員ですら、十分な賃上げには程遠い状況と言え、業績が上がったからと、日本の企業に賃上げを本気で期待すること自体、ナンセンスと言えます。

確かに、初任給が大幅に引き上げられた会社もあります。ただこれは儲かった果実を還元しているのではなく、少子化による人手不足や人材確保による面が強く、業績とは別の理由です。

今はアルバイトの時給が急速に上がっていますが、これも儲かっているからではなく、人手不足によるものです。実際、最高益更新企業の多い、製造業正社員の賃上げ率より、コロナ関連以外の要因でも倒産が増えている飲食業アルバイトの賃上げ率の方が断然に高い」(経済ジャーナリスト)


日本人の高齢者介護より外国人観光客のオモテナシ

現在では、賃上げの決定的な要素は労働人材の受給逼迫によるものしかない。残念ながら一般的なサラリーマンは、事務系職種の有効求人倍率が直近で0.5倍程度なこともあり、もともと賃金が上がる環境には程遠いといえそうだ。

とはいえ、人手不足が伝えられ、賃上げの期待のあるインバウンド業界でも、労働者側の恩恵は限定的だという。

経済ジャーナリストが言う。

「例えば、東京ではコロナ前に9000円で泊まれていたビジネスホテルが、今や日常的となったインバウンド需要で、平日でも2万円に近い。諸経費を差し引いた客室当たりの利益は3倍近いはずです。

しかしそんな荒稼ぎするビジホの求人情報を見ても、この間、1~2割程度しか賃金は上がっていません。また、インバウンドが雇用を増やすといっても、サービス産業はすでに慢性的な人手不足であり、北海道ニセコ地域では、外国人観光客向けの求人に介護人材が流れ、介護事業所の閉鎖が相次いでいるとも報じられていす。

高齢者の介護より、外国人のおもてなしの方が大事というわけですが、そのバイトの時給ですら、東京よりやや高い程度で、現地ニセコではランチですら支払えない金額です」


岸田首相の実弟は外国人材の就労支援に従事

経済成長や企業業績がやがて賃金に反映するという現象は、円安の現在だけでなく、長年、期待値だけで、現実としては起きていない。実際、2002~07年の景気拡大期は「実感なき景気回復」と言われ、2012年からのアベノミクスも「いざなぎ景気超え」と言われ、富が労働者まで滴り落ちるトリクルダウンが期待されていた。

しかしながら、むしろ実質賃金の低下が今に至っても続いているのが現実なのだ



(上)実質賃金,内部留保 長期推移

経営層以外の日本人は景気を実感するどころか、単純に下働きするだけの存在に成り下がってしまったのか。しかも政府は比較的安価な労働力として期待する外国人労働者の『特定技能』の在留資格を5年で82万人を受け入れると決めており、“競争相手”増加により、今後も賃金が上がりにくい状況は続きそうだ。

なお、岸田首相の実弟、岸田武雄氏は外国人材の就労支援「フィールジャパン with K」を経営している。


岸田首相の「増税フラグ」

一方で、今後、気がかりなのは、大企業など一部ではあるものの、好調な賃上げを背景とした税や社保などの負担増だ。

「おそらく大手が牽引して、実質賃金はいずれ、一時的には上がることもあるでしょう。円安が落ち着けば、今年の夏〜秋にかけて一旦はプラスになるとの予想もある。しかし、景気のいい数字が出てくると、政府はいつも、増税や社会保険料などの公的負担を打ち出すのが常です。

岸田首相もSNSで『30年ぶりに経済の明るい兆し』と書き込んでおり、これには『増税フラグだ』という声もある。しかし一度、増税となれば、その後、実質賃金が再び下落に転じても、負担増だけは恒久的に続く。こうした政治を続けているので、国民が好況感を感じることはこの30年近くないのです。

企業の懐事情と、庶民の懐事情はもはや完全に分断されていて、逆相関してさえいるのに、企業の好景気を根拠に、政府が負担を強いる対象は決まって国民の方で、企業の負担はむしろどんどん軽くなる。その最たる例が消費税と法人税の関係です。税負担の根拠と対象がいつもアベコベなのです」(経済ジャーナリスト)

企業業績が好調でも、「聖域」扱いの法人税だが、もし増税すればどうなるのか──。

つづく記事『企業の内部留保が過去最高の550兆円を突破…法人税が高い「昭和の経済システム」こそが最強だった!法人税を増税したほうが「賃上げに繋がる」意外なワケ』では、強い経済を誇った昭和時代後期の経済システムと比較しながら、さらに詳述します。



・企業の内部留保が過去最高の550兆円を突破…法人税が高い「昭和の経済システム」こそが最強だった!法人税を増税したほうが「賃上げに繋がる」意外なワケ(現代ビジネス 2024年5月13日)

本多 慎一

※もともと、日本の労働者、及び労働組合は、欧米と違い、賃上げより雇用の確保を重視してきた。失業率は低い反面、賃金アップのための転職や、賃上げ交渉のために、ストまで行うことは稀だ。そのため、欧米と比べて賃金は上がりにくいとされる。

それでもバブル崩壊にもかかわらず、1990年代半ばまで右肩上がりだった実質賃金は96年をピークに、なぜ下がる一方になってしまったのか。

経団連十倉雅和会長 自社の住友化学では業績不振から4000人のリストラを発表した 


賃金は理由があって上がらなくなった

経済ジャーナリストが言う。

「大きなきっかけは、バブル崩壊や1990年代半ばの金融危機による不良債権処理に際し、株主構成の主役が企業間の持ち合いから外資など機関投資家に変わり、株主至上主義が色濃くなったことです。企業に配当圧力が強まり、最終利益をいかに多く出せるかに、経営の主眼が置かれるようになったのです。

これにより経費がシビアになって、仕入れコストと人件費が抑制的になり、経営が苦しくなった中小企業では、賃上げ原資の捻出すら苦労するようになりました。

そして、こうした企業側の事情に配慮してなのか、1999年の小渕政権や2004年の小泉政権下では労働者側に有利だった労働者派遣法が大幅に緩和され、企業は非正規雇用を利用しやすくなり、労働者にとっては正規雇用の就業先が減って不安定な働き方を余儀なくされることが増えたのです。

しかも企業にとって、正規雇用と同じコストを税込みで派遣や外注に置き換えれば消費税の『課税仕入れ』扱いとなり、消費税率が上がるほど、税額控除が大きくなって“手残り”が増えるという大きなメリットができてしまったのです。

さらに、1997年には独禁法改正により、いわゆる持株会社の設立が解禁されました。これにより、儲かっている企業でも、部門ごとに子会社化して賃金水準を抑制することもできるようになりました。

このように、企業にとっては、景気後退時の負担回避と好景気時の利益の最大化のため、人件費を抑える選択肢が格段に増えたのです」


法人税の減税トレンドで消失した「節税賃上げ」

それと同時に、企業が賃上げを抑制し、利益を貯める動機に繋がった大きな要因が、法人税の引き下げトレンドだ。法人税率が下がったことで、賃金抑制がダイレクトに純利益に結びつきやすくなったのだ。

元静岡大学教授で税理士の湖東京至氏がいう。

「法人税率は諸外国との引き下げ競争や、消費税という大きな財源を得たこともあって、バブル期以降、段階的に引き下げられたのです。1980年代末に地方税分を含んだ実効税率は約50%でしたが、今では30%を切ったほどです。

しかも大企業に多い製造業では、研究開発費の一定割合が税額控除になる特例などがあり、実効税率が20%以下に収まるケースも少なくありません。企業は法人税の減税政策のおかげで、格段にお金を貯めやすい環境になったのです。その結果が、過去最高に貯まった550兆円以上にのぼる企業の内部留保と言えます」

法人税が高かった時代は、儲かった企業が節税目的により、経費化できる賃上げが副次的にもたらされていたという、労働者にとっては恩恵の大きい側面もあった。利益を税金で持っていかれるなら、従業員に還元する方がマシと考える経営者も少なくなかったからだ。しかし、その動きが法人税減税により大きく転換してしまった、というのだ。

実際、賃金の上昇トレンドがピークアウトを始めた97年とほぼ同じタイミングである1998~99年には法人税の基本税率が37.5%→30%と大幅に引き下げられている。その一方で、97年には消費税が3→5%と引き上げられた。


税制の変更でお金の流れが「人から企業」へ

湖東税理士が続ける

「労働者を取り巻く制度や、税制の変更というキッカケもあって、国内のお金の流れが『人から企業』に移ったのだと思われます。

法人税は儲けにかかる税金で、消費税は物を買うときなどに負担する税金です。同じ一般会計に入る税金でも、どちらの税金が経済や生活にダメージを与えやすいかは明白です」

消費者が使ったお金は、最終的に企業間取引の強者である大企業の内部留保に吸い込まれる一方になる。そこから再投資や賃金として支出される割合の方が低いと、市場にお金が回らずデフレ経済が常態化してしまう。

内部留保は設備投資に回っているという指摘があるが、問題はその割合だ。法人企業統計によると、内部留保の増加に関係なく、減価償却費は横ばいが続いており、国内で新たな設備投資が行われていないことを物語っている。

賃金を絞った結果、消費は伸びるわけがないので、企業が新たな設備投資をするわけがない。内部留保は近年、企業買収の資金にも使われているが、結局は、個人にお金が巡ってこないことに変わりはない。

そして慢性的に冷え込んだ消費の需要不足を補うため、今度は国が巨額の補正予算を組んで、「経済対策」をすることになる。支援を受ける企業は儲かる一方、その借金のツケは賃金が上がらない国民にまたまた増税としてのしかかる。家計部門は常に苦しく、これが「失われた30年の正体」ともいえるだろう。


法人税を増税すれば賃金が上がると言えるワケ

では、仮に法人税を増税すれば賃金は上がるのか──。一見、無茶にも思えるが、もしバブル期並みの実行税率50%程度になった場合を考えてみたい。

「仮に1億円の売上に対し、人件費率が20%(2000万円)、税引き前の利益が10%(1000万円)だった場合、法人税の実効税率が現行の30%では、最終的に700万円の純利益が会社に残ります。

これが実効税率50%だった場合の純利益は500万円です。しかしこのケースで、仮に利益(1000万円)の半分の500万円を人件費にあらたに回すと、25%の賃上げ(2000万円→2500万円)が可能で、残りの利益500万円のうち50%分を納税し、250万円が純利益として会社に残る。

つまり、法人税が50%になれば、250万円の純利益を犠牲にして500万円分の賃上げを行う、という経営的な選択肢が生まれることになるのです」(経済ジャーナリスト)

もちろん、税金を多く払ってでも1円でも会社に多く残しておきたいと思う経営者も多いだろうが、すでに十分な内部留保があり、税金で多く持っていかれるくらいなら、賃金を上げて良質な人材を確保して、社員のモチベーションを上げた方が、結果的に成長に繋がると考える経営者も少なくないはずだ。

そうなれば、人材市場の流動性が増して、賃上げを渋っていた他の会社も雇用確保の観点から賃上げに向かい、多くの企業が賃上げに向かう可能性がある。

前出の湖東税理士が言う。

法人税を上げることの利点
「つまり、法人税が高いと、労働組合が要求しなくても、節税の動機から、会社の利益成長と、従業員の賃金上昇が直接的に結びつきやすくなるのです。

税金は税率の高さや、支払う場合の負担額に注目がいきがちですが、実は税率が変化すると、それに影響された個人や企業の『支出行動の変化』が社会や経済に与える影響の方がとてつもなく大きいのです。

消費税や法人税の問題点を指摘してきた「レジェンド税理士」湖東京至氏

例えば個人は課税所得に対して、所得税、住民税と合わせ最大55%です。しかし、実際にこの税率を支払っている個人は少なく、多くは節税目的の資産管理会社を設立していて、その会社の経費で贅沢をするし、高級車を買ったり、役員報酬を渡すなどして、“消費”をすることで節税を目指すのです。となると、結果的にマクロ経済にもプラスの作用があるのです」


法人税は「貯蓄の罰」、消費税は「消費の罰」

つまり、利益にかかる法人税率が引き上げられれば、「貯蓄の罰」として機能して“消費性向”が高まることで、利益分が投資や経費、人件費に回りやすくなる。反対に、消費税率が高くなれば「消費の罰」として、消費が抑制的になり、経済に悪影響を与えてしまうのは言うまでもない。

「もし、法人税の実効税率が50%まで上がれば、株は一時的に大きく下がり、経営層や株主へのダメージも大きいでしょうが、節税目的による賃上げ期待に加え、財源が増えることで、消費税は5%程度の引き下げが可能になる。となると、景気が良くなり、長期的には会社の成長も期待でき、やがて株価も上がっていく可能性はあるでしょう」(経済ジャーナリスト)

一見、暴論のようでいて一理はある法人税の増税議論だが、実は自民党の税制調査会のメンバーにも「法人税の増税を考える議員は少なくない」(自民党関係者)という。

湖東税理士は法人税率が高かった昭和時代を回顧してこう話す。

「当時は、利益の半分が税金に取られていたので、業績が良いと経営者は『決算賞与を弾んでやるぞ』といって従業員に還元していたものでした。節税の観点から経費や福利厚生に回した方が良いと考える経営者が多く、会社の発展と従業員には一体感がありました。

同時に、どうせ税金で取られてしまうため、純利益に神経質になる必要がなく、コスト意識が今ほどシビアではなかった。仕入れ先や外注を買い叩く必要もなかったため、下請け企業も価格転嫁がしやすかったのです。結果、中小企業やそこで働く従業員など隅々まで利益が行き渡る経済サイクルがあり、当時はリストラという言葉すらなかったほどです。

実際、昭和時代の売上高に占める純利益率は今と比べ物にならないほど低かったのですが、その分は中小零細に行き渡っており、大企業の売上を社会全体で分かち合う経済構造があったのです」


昭和の経済システムが「最強」だった

会社の価値は売上高の成長性で評価され、設備投資は銀行からの融資で賄うものだった。貸出金利は今より格段に高く、売上を上げる努力は今より必要だった一方、金利も経費にでき、利益を多く残す必要性も低かったのでそれでもよかった。

また、接待交際費などもたくさん使え、街中の経済を回すと同時に、従業員にとっても賃金以外の“ご褒美”があり、好況感を肌で感じることができた。

経費となる福利厚生が充実していたことも、経済をよく回した。社員寮があれば、家賃負担が軽く済み、可処分所得が多く残る。社員旅行も多く、国内の温泉地や観光地が賑わい、都心部で稼がれたお金が地方の経済を回す循環もあった。

そして、国民はハイリスクの株に投資しなくても、定期預金に預けることで、企業が生み出した利益を銀行経由で、間接的に受け取ることができた。

こういった不労所得が消費に向かうサイクルで、国内経済は力強く、物価も少しずつ上がっていったので、現金で利益を残しておくという動機より、個人は消費に、企業は経費や設備投資に使った方が合理的となり、結果的に高度経済成長のサイクルに貢献したとも言えるだろう。


「海外流出」が進むのは企業ではなく国民

このような環境だったからこそ労働者も安心して結婚し、子供を作れたからこそ今より高い出生率だったのかもしれない。

「昭和時代は発展途上だったから成長したように見えるのは、あくまで結果であって、その要因には、企業は高い税負担や高金利に嫌がりながらも、経済循環しやすい制度的な環境が背景にあったことも大きいはずです。従業員を大事にしているように見えたというのも、これは当時の経営に情があったからではなく、あくまで当時の税制度や経営環境において、そうした経営に合理性があったからです。

それを政治が企業側の言い分だけを聞いたが為に、1990年代後半以降は賃上げしなくていい制度が次々と整備され、結果的に消費が弱まり、日本経済は低迷したままなのです。

また、よく、法人税が高いと海外流出が起きると言いますが、実際には法人税が高かった時代から、現在でも各国との比較では高いのに、海外に本社を移転した上場会社は1社もありません。それ以前に、逃げられない国民から増税すべきという発想がおかしく、むしろ、国民の方が、低賃金と高い公的負担に耐えかねて、若年層を中心に海外移住が増えているほどです」(経済ジャーナリスト)

もちろん、昭和時代の経営環境も良い面だけではなかった。税負担が大きくて利益が貯まらず、事業資金の多くを銀行からの融資で賄っていたため、ひとたび不況になれば一気に債務超過となり、倒産の危機に陥りやすかった。労働者をとりまく環境面もハラスメントや長時間労働など見習いたくない面は多い。

また、経営者が大きく稼ぎにくく、配当性向が低かったことは、株主にとっても面白くない時代だったことも確かだろう。

つづく記事『岸田政権「地獄の日本人搾取システム」がヤバすぎる…!大企業に「絶対有利な税と制度」を築き上げ、国民生活に負担を押し付ける「自民党の大罪」』では、日本人が大企業の「捨て駒」にされている実態について、詳しく解説します。



・岸田政権「地獄の日本人搾取システム」がヤバすぎる…!大企業に「絶対有利な税と制度」を築き上げ、国民生活に負担を押し付ける「自民党の大罪」(現代ビジネス 2024年5月13日)

本多 慎一

※昭和から平成初期までは、景気向上時は国民も肌感で感じられ、実質賃金はバブル崩壊を経て1996年にピークを付けるまで右肩上がりで上がってきた。労働者にとっては、今より有利な環境が背景にあったのかもしれないが、逆に言えば、それは経営層や株主からみれば「不遇の時代」だった裏返しでもある。



(上)実質賃金,内部留保の長期推移


低賃金は国民生活より経済界を優先した結果

そのため、経団連はじめ財界は、法人税率の引き下げや労働規制の緩和を政府に要求してきた歴史がある。1994年から導入された小選挙区制により、与党執行部の権力が増して、ピンポイントに効率よくロビー活動ができるようになったからなのか、以降、企業が負担する法人税率はどんどん引き下げられ、雇用規制も「働き方改革」として緩和された。

その間、国民が負担する消費税が「直間比率の是正」を理由に新設され、税率もどんどん引き上げられていった。因果関係はともかく、結果的に実質賃金は1997年以降、右肩下がりで、特に直近では24ヵ月連続で下がっている。

その一方で、企業は最高益の更新が相次ぎ、両者の違いは鮮明だ。


歪んだ再配分によってもたらされた「分断」

特に税制の変更が与える影響は大きい。静岡大学元教授で税理士の湖東京至氏がいう。

「国民なら誰しも中学校の時に、『税の役割は富の再配分』と習ったはずです。

昭和の終わりまでは確かに企業や個人など、所得が高いほど税負担が大きかった一方で、これらの節税のため、経費や消費に回るお金も多かった。中間層以下では税や社保などの公的負担が今ほど重くなく、税による富の再配分機能が生きていて、中間層の分厚い骨太の経済構造と言って良かったと思います。

しかし、今の税制は再配分とは逆で、消費税と法人税の関係をみても、ないところから取って、すでに余っているところへさらに配るような税制になっているのです。

税は、本来、儲かった企業や個人の余剰部分を課税対象とし、結果的に格差を緩やかにして、多くの国民が安心して暮らせる状態を『公平性』や『安定性』と見て、それを実現するための、再配分装置です。

しかし、公平性が“税率”を指すといった間違った解釈をしてしまうと、余剰マネーが大きい富裕層や大企業ほど、再投資も含め、格差はどんどん拡大してしまいます。その結果、価値の高いものの物価はさらに上がり、中間層以下の生活水準はどんどん貧しくなり、結果として社会は不安定になってしまいます」


森永卓郎氏が直言

その税率や公的負担についても、公平どころかむしろ、富裕層の方が安いと指摘するのは、『書いてはいけない――日本経済墜落の真相』の著者で経済アナリストの森永卓郎氏だ。

「国民負担率は直近で46.1%――これは財務省が公表している数字です。一方で、大金持ちは資産管理会社を作っているので、日常生活の一部は経費で支払え、消費税分ですら、税額控除で還付されるので支払わなくて済む。株の譲渡益なら20%です。

これは『1億円の壁』とも言われ、1億円を境に所得が増えるほど、実際の税負担率が下がるとされ、岸田総理は2021年の総裁選で『壁』の解消を訴えていたほどですが、いまだ未着手です。

実際の負担率は大金持ちの方がむしろ軽いのです。政治家は口では賃上げ要請など、労働者に寄り添う姿勢を見せますが、実際の制度では結果的に企業やお金持ちのプラスになることしかやっていないのです」(森永氏)


「書かずに死ねるか」と森永卓郎氏、日本衰退の真相が書かれている

これでは国民が疲弊して経済が弱くなるのは必然かもしれない。格差拡大と言われて久しいが、これはたまたまではなく、国が政策として作った制度がもたらした結果なのか。


税制大綱」は企業優遇のオンパレード

前出の湖東税理士が続ける。

「毎年年末に発表される税制大綱をみてください。財政難や社会保障を理由とした国民への負担増に目が行きがちですが、実は企業向けでは減税や特例のオンパレードです。

例えば、賃上げした企業に法人税を減免する『賃上げ税制』は、安倍政権時代の2013年から導入されていますが、そもそも、赤字企業には恩恵がなく、企業にとっては、減税の恩恵分より賃上げの負担分の方が大きい。単純に業績が良く賃上げできる企業に節税の恩恵を与えているだけで、カツカツの中小企業には恩恵がないのに、『効果が不十分』という理由で、この制度は拡大され続けています。

省庁も企業向けの補助金ばかりで、これらの原資の大部分は国民からの税金です」


国は誰のために政治をやっているのか

税収に占める法人税の割合は1988年には36%だったが、2023年には21%にまで低下した。企業は労働者の人的リソースでその活動が成立しているのに、社会福祉の負担割合は少ない。そして、その間、「安定財源」だとして大幅に増税されたのが、消費税だ。

「安定財源というのは、徴収する国からの見方で、取られる国民や価格転嫁が難しい中小企業から見れば、苦しい時も容赦なくとられる極めて過酷な税です。にもかかわらず、国はさらなる税率引き上げを考えているのです。

国は同じ一般会計に入る税であっても、国民から取る税は、『財政難で増税は仕方がない』と負担の論理を採用し、減税や給付は『貯金に回るから』などの理屈で、すぐに打ち切ります。

一方で、ただでさえ儲かっている企業には、『国際競争力のため』などと配慮の論理が採用されて減税され、内部留保(貯金)に回ろうが、量が足りないという理屈でむしろ拡大されます。

政府は税に対する基本スタンスを、国民向けと企業向けで使い分けているのです。税制の扱いの差をみれば、国が誰のために政治を行っているか、よくわかります」(湖東税理士)


内部留保を貯めこむ弊害 

前回記事でも指摘したように、1998~99年に大幅に法人税率を引き下げて以降も、段階的に引き下げられ、企業はお金を貯めやすくなった。好調企業でも、部門ごとに子会社化すれば、人件費の抑制が可能となる持ち株会社制が97年に解禁され、小渕政権や小泉政権では、雇用規制が大幅緩和され、結果的に人件費は抑えられるように制度変更された。

経済ジャーナリストが言う

「特に労働者派遣の規制緩和は、実質的に解雇権と中間搾取を国が認めたようなもので、不景気時のリスクを非正規雇用者に一方的に押し付けるようなものです。そして、同じ会社内でも、部門ごとに子会社化(分社化)すれば、人件費を抑えられるので、企業の利益成長と賃上げの相関性ますます落ちます。

国が会社内に賃金が上がらない階層の身分制度と垣根を作ったようなもので、その政策のおかげで企業の利益率が上がるのは当たり前で、賃上げができず、国内消費が冷え込むのも当たり前なのです。失われた20年や30年と言うのは、デフレ“マインド”ではなく、単純に国の政策の結果、ない袖が振れなくなった人が増えただけでしょう」



(上)小泉純一郎元首相と大手人材会社会長を務めた竹中平蔵氏

そのようにして、企業があげた利益の一部は内部留保となり、自己資本比率を高めるが、この数字に果たしてどこまで意味があるというのか。

「法人企業統計の減価償却の数字をみても、内部留保が設備投資に回っているのは限定的とみられ、資金調達と経営上のリスクが低くなるといった評価を受ける程度です。企業にとっては、財務基盤が良くても、成長性が低いと評価されないのはPBR(株価純資産倍率)1倍割れの企業の多さをみても明白で、どの道、経営危機になれば、すぐにお金はなくなってしまいます。

リスク回避についても、コロナ禍では、大手企業でも賞与が容赦なく減らされたりして、結果的に内部留保にはほぼ手が付けられず、黒字を確保していた企業も少なくありません。そして、コロナ禍を含め、『誰も幸せにしない数字』が毎年過去最高ペースで積みあがっているのです」(経済ジャーナリスト)


経営層と株主以外「全員負け組」

労働分配率を見ても、アベノミクスが始まった特にこの10年では、中小企業は10%低下し、70%に。大企業に至っては50%から39%となり、20%も下がった。

「労働分配率は景気と逆相関するのが常ですが、下限がないのが本来おかしく、好業績時にその分、下がってしまうのでは、労働者は好景気の恩恵を受けられないことになってしまいます」(経済ジャーナリスト)

賃上げが進まない理由に、企業はアンケートで「価格転嫁が進まないから」「先行き不透明だから」とお決まりのように弁解しているが、増え続ける内部留保を考えると、額面通りには受け取るのは難しい。そもそも、将来は見通せないのが当たり前だ。

企業規模による労働分配率の差を見てわかるのは、中小企業は大企業にマネーを吸い上げられて賃上げの原資が十分ではなく、大企業は貯蓄と株主配当に走る、という構図だ。もはや、経営層と株主以外は「全員負け組」の社会とも言えそうだ。


企業の「最終利益」は労働者の犠牲のバロメーター

「残念ながら、企業業績と賃金がリンクするのは不景気や会社が傾いたときだけで、会社が儲かった時に賃金が増えるというような昭和時代のような相関はすでにありません。

もともと、賃金は『上げたくても上げられない』のではなく、本音は『株主利益のために、賃金を上げたくないから、上げなくて済むように国が作ってくれた制度を利用しているだけ』といったところでしょう。もっとも、これは企業が悪いのではなく、企業の声ばかりを聞く政策に偏った政治に問題があるのではないでしょうか」(経済ジャーナリスト)

前出の湖東税理士も言う。

「よく『経済が好調で企業は儲かっているのに、なぜ賃金に還元しないんだ』という議論があります。確かに昭和時代では、『儲かった』と言えば、それは売上や粗利のことを指し、これは賃金の原資になる。でも、今、儲かったと言えば、税引き後の最終利益を指します。両者はまるで違うのです。最終利益は賃金や雇用を抑制し、時にはリストラして、やっと確保できる数字でもあり、この数字は労働者の犠牲のバロメーターという側面もあるのです」


厚労省の資料でも「経済成長」と「賃金」は逆相関

それでも国は『経済のため』と、“経済”を旗印にあらゆる政策を進めている。

「経済とは豊かさであり、『経済成長』と『賃上げ』はいまだに無意識にリンクして、相関性があるものと決めつけられている節があります。

しかし、この認識は全く事実に反しており、この間違った認識を持つこと自体、実は非常に良くない。

『経済』という単語がGDP(国内総生産)を指すなら、物価を反映した実質GDPと実質賃金は20年以上、むしろ逆相関していて、これは厚労省の資料でも指摘されています。“経済”は良くなっても、賃金環境は現に、悪化の一途を辿っており、国民に負担を押し付けた結果の企業の繁栄と言えなくもないのです」(前出の経済ジャーナリスト)




長年続く「国民生活を犠牲」「企業を支援」する政治

それなのに、国は企業向けに減税特例や補助金、規制緩和やインバウンド政策など、さまざまな優遇措置や政策を推し進め、不景気時は何十兆円もの補正予算を組んで、その大部分を『経済対策』として、企業部門にバラまいているのが実情だ。

「国民向けの減税や給付と違い、経済対策の支出は自動的にGDPに計上されるため、確かに“経済”は向上します。

しかし、その“原資”は言うまでもなく、大半は国民が納めた税金です。国の経済対策が、賃上げしない企業部門に偏っていると、それは経営者層と株主の利益の為に国民生活を犠牲にしているのと一緒です」(前出の経済ジャーナリスト)



(上)自民党の新ポスター

財政難を理由に生活が貧しくなっている国民からは増税して、今度はそのお金を経済対策と称して、企業にバラまく…。果たして、政府自民党は、本当に国民の生活の向上を目指しているのか。はたまた国民に負担増を押し付ける言い訳の表明が仕事だと考えているのか...。


賃上げを左右するのは「制度変更」

いずれにせよ、賃上げスパイラルは経営者の温情や政治家の口先介入で都合よく訪れるものではない。重要なことは、経済成長で“原資”が貯まること以上に、それが分配される仕組みがあるかないかだ。それは現状で企業に有利な制度や税制を、国民に有利な制度に戻せるか、その『制度変更』の有無にかかっていると言えるだろう。

「賃金というのは突き詰めると受給バランスで決まりますが、雇用の流動性が低い日本のサラリーマンの賃金は、制度的な要因が大きい。もともと賃上げは経営者の裁量や温情によるものではなく、制度を含めた経営環境によって、経営者にとっては、いわば嫌々、もたらされるものです。そうでないと、管理部門やバックオフィスなど付加価値を生みにくい職種の賃金がずっと据え置きになってしまう。

月の基本給が下がらないのも、理由なく解雇ができないのも法律で決められているからです。企業にとってこれらの規制は、労働生産性を下げる要因にしかなりませんが、仮に、これらの規制を『企業支援』のために緩和し、その結果、失業者や低賃金労働者が増えればどうなるか。企業にとっては最終利益が増える半面、マクロ経済では彼らが寄与していた何十兆円もの消費市場が消失し、社会も不安定化してしまうでしょう。

上記は極端な例ですが、もともと経済は付加価値を創造する企業とそれを消費する国民という両輪のバランスで成長していきます。財界が要望する人件費抑制に繋がるような政策に偏っていれば、賃金は上がらず国民が困窮し、消費が落ち込んで大した経済成長もしなくなるのは当然です」(経済ジャーナリスト)

果たして賃上げに繋がる「制度変更」はあるのか──。