・ドイツ・緑の党の「宗教的主張」が目にあまる…ドイツ国民は本当に「正義の遂行」のために犠牲になりたいのだろうか(現代ビジネス 2023年11月3日)

川口 マーン 惠美

※まるで宗教のドグマのよう

「ドイツの有権者が何を考えていようが、どうでも良い!」  緑の党のベアボック外相がそう言ったのは、2022年の9月だった。その日、EUの外相らはウクライナ援助について話し合うためにチェコのプラハで集まっており、冒頭の言葉は、公開討論のステージ上で放たれた。

氏が正確に何を言ったかというと、

「私がウクライナの人々に、『あなた方が私たちを必要とするだけ支援する』と約束したなら、私はそれを守る。ドイツの国民が何を考えていようが、どうでも良い!」。

さらに続いたのが次の句。

「人々は街に繰り出し、『電気代が払えない』と言うだろう。だったら私は、『わかっている。だから、私たちはあなた方を社会保障で援助する』と答える」 「それは、冬になってもロシアに対する制裁を続けるということだ」

しかし、夫婦喧嘩でさえ圧力では解決できないのに、ロシアを相手に勧善懲悪を振り回し、制裁という「圧力をかけて」も問題が解決するはずもない。

若いベアボック外相は精力的に世界中を飛び回り、自分たち西洋的価値観を押し付ける外交に、日夜、励んでいる。アフリカに行こうが、中東に行こうが、相手国の国情や伝統は無視し、「あなた方がまともな民主主義を行うようになったら、私たちも少ししゃがんで、同じ目線でお付き合いしますよ」という上から目線の態度が顕著だ。  

緑の党の主張は、往々にして宗教のドグマに喩えられるが、そういえばドイツの前大統領、ガウク氏(無所属)も宗教的だった(彼は本当に旧東独では牧師だったが)。エネルギー不足の上、冬が迫り、国民が不安になっていたとき、「自由のために凍えよう」と国民を鼓舞した様子は、ほとんど殉教者のノリだった。  

他人のために、いや、正義の遂行のために喜んで犠牲となるドイツ国民。しかし、ドイツ国民は本当に犠牲になりたいのだろうか……。


今後、国民を襲うのは失業の波

23年4月15日、ドイツは緑の党の半世紀以来の目標通り、エネルギー危機の真っ最中に、せっかく順調に動いていた、おそらく世界でも超一級品に属していたと思われる3基の原発をすべて止めた。  

ただ、こちらは正義でも科学でもなく、単にイデオロギーによる決断だ。そして、ドイツの電気の収支はその翌日から深くマイナスに落ち込んだ。以来、一番多く輸入しているのは、もちろんフランスの原発電気。  

それでもハーベック経済・気候保護相(緑の党)は、石炭火力を30年までに全て無くすという無謀な計画を修正しない(法律ではメルケル政権時代に38年の脱石炭が決まったが、緑の党はそれを8年早めると主張している)。そして、風の吹かないところに風車を立て、太陽が十分に照らないところに太陽光パネルを設置するために莫大なお金をつぎ込もうとしている。  

この緑の党のミッションを全面的に支援しているのが、社民党のショルツ政権だ。ショルツ首相の次の言葉は驚嘆に値する。  

「我々は2030年までに、毎日4~5基の風車と、40のサッカー場と同じ面積のソーラーパークを新設しなければならない。また、送電ネットワークを鍛え、水素経済に投資し、電気モビリティーを前進させなければならない。これらは我が国の未来にとって重要なことだ」  

ここで注目すべきは、送電ネットワークを「鍛える(ertüchtigen)」という表現。これには、異教徒の蔓延る土地で歯を食いしばって頑張る宣教師のような雰囲気がある。普通、単なる送電線建設に、こんな言葉は絶対に使わない。  

社民党も緑の党も50年来の念願が叶い、原発のない国にご満悦かもしれないが、当然の帰結として、産業界はエネルギーの高騰に喘いでいる。このままでは自滅だと、力のある企業は製造工程を国外に移し始め、それほど力のない企業では、閉鎖、あるいは倒産が始まった。  

今後、国民を襲うのは失業の波だろう。「ドイツの有権者が何を考えていようが、どうでも良い」というのは、本当のことだったのだ。


教会が政治にのめり込んだ結果

国民が見捨てられているように感じる出来事は、他にもある。現在、難民流入が止まらなくなっており、多くの自治体が崩壊寸前だ。他のEU国も似たような状態なので、どの国の政府も、EUの外壁のところで難民の流入をどうにか止めようと必死だが、しかし、ここでもドイツ政府だけが人権を盾に、その輪に加わることを躊躇し続けている。  

ドイツ政府は押し寄せてくる難民を、あたかも、避けることの出来ない自然災害か何かのように思っているらしく、ほとんど無抵抗に受け入れては、次々と各州に振り分ける。そうなると、相手は人間だから待ったなしで、州としてはそれを直ちに市町村に振り分けるしかない。そして、その瞬間から市町村は、どんなことをしてでも難民の衣食住の世話をしなければならず、多くの自治体では今や限界を超え、すでに大袈裟ではなく機能不全に陥っている。  

ただ、なぜ、これほど多くの難民がドイツに集まるかというと、難民申請後、審査の結果が出るまでの間に支給される補助金が、他のEU国に比べて潤沢なのだそうだ。要するに、それが磁石となって難民がドイツに引き付けられている。しかも、審査に不合格になっても、なんだかんだでずっと滞在できるケースがほとんどだという。  

その被害を受けるのはもちろん住民で、住宅不足や治安の悪化、さらには、学校の体育館が難民宿舎として使われているため子供が体育ができないなどという草の根的な問題から、無差別テロの危険まで、ありとあらゆるトバッチリが飛んで来る。また、州の財政にも大きな負担がかかっており、住民の受けるべき福利やインフラ投資の縮小は避けられない。  

ところが、国民のこの窮状を尻目に、プロテスタント教会の幹部は、「ドイツのような豊かな国は、もっと多くの難民を受け入れるべきだ」と主張している。それによれば、難民受け入れの数に上限を作ろうなどという試みは、ドイツの憲法にも、国連のジュネーブ条約にも抵触するという。ただ、現在、あらゆるところからEUに染み込むように入ってくる難民の多くは、ジュネーブ協定で定められている難民資格を持たない、いわゆる経済難民だということは、一切無視である。  

教会が政治にのめり込むようになってから、すでに久しい。最近では、プロテスタント教会の年次大会の議題など、緑の党の党大会かと見紛うほどだ。そういえば、教会と緑の党は、「国民を、もっと高尚な目標に向かって誘導したい」という啓蒙的かつ上から目線の心意気がよく似ている。また、移民も難民も、来るものは全部入れろという過激な方針でも、ガッチリとスクラムを組んでいる。  

さらに、もう一つの共通点は、現在の教会と緑の党が、裕福で学歴の高いエリートに支えられていること。彼らは、家探しでも、職探しでも、決して移民や難民と競合することのない恵まれた境遇で暮らしている。


EUの理念「ヨーロッパは一つ」は何処へ

しかし今、現実では、他のEU政府は必死で国境を防衛し始めた。  

EUの外壁に位置するハンガリーとクロアチアは、すでに何年も前からバルカン方面の国境を閉じているが、10月になってスロベニアが、そのハンガリーとクロアチアとの国境で検査を開始した。これは、EU内の国境である。スロベニアは、警戒の網を潜ってハンガリーとクロアチアに入り込んだ難民が、スロベニアに侵入してくることを警戒しているのだ。  

スロベニアに入ろうとする難民たちは、何もスロベニアが目的地ではなく、そこからオーストリアかイタリアを経由して、さらに先に行こうとしている。しかし、オーストリアもイタリアも、やはり今では国境を厳重に見張っているため、スロベニアとしては、一旦、難民に入ってこられると、追い出す手立てがなくなる。つまり、それを嫌って国境検査に踏み切ったわけだ。  

なお、各国が極度に警戒しているのは、難民の中に混じっているだろうと思われるイスラムテロリストでもある。ドイツは元々、イスラム原理派のテロ要員が多く潜伏している国だと言われており、今ではさらに危険な状況になっていることが懸念される。  

そんなわけで現在、EUでは国境検査がドミノ式に広がっており、EUの売り物であったシェンゲン協定が形骸化しつつある。  

シェンゲン協定とは、1985年、EU内での国境検査をなくすという理想に燃えて始まった協定で、西ドイツ、フランス、ベネルクスの計5ヵ国を皮切りに、95年にスペインとポルトガルが、97年にはイタリアとオーストリアが加わり、90年代の終わりには、9ヵ国内での往来がほぼ自由になった。この頃までは理想通りで、なかなか良かった。  

その後、シェンゲン国はどんどん膨張し、現在は計27ヶ国だが、自由往来という理想が、ここにきて俄に壊れ始めたわけだ。難民が壊したとも言えるし、理念だけで無理なことをしすぎたという一面もあるかもしれない。EUの理念「ヨーロッパは一つ」は、今、試されている。


これといった解決策はないが
 
10月8日、ドイツのヘッセン州とバイエルン州の州議会選挙で、現在の政権3党が、揃って惨敗した話は前回書いた。  

政府はようやく、このままでは来年、旧東独の3州で行われる州議会選挙で大変なことになると気づいたらしく、政策の修正に取り掛かり始めた。  

ただ、エネルギー問題ではこれといった解決策もなく呻吟中。一方の難民問題の方は、母国送還を増やすとか、支援金を物品支給にするとか、難民申請中の人たちも早急に職に就けるようにするという案が出ている。  

しかし実際には、母国送還は、「母国」がその難民は自国民だと認めなくては話が始まらないし、就職緩和の方は、違法に入国した難民も働けるようになるため、今後、さらに難民を引きつけてしまう可能性も懸念される。  

とはいえ、民主主義国の国民にとって唯一の希望は、やはり選挙の力だ。見捨てられた国民のリベンジのチャンス。緑の党も今後は、「ドイツの有権者が何を考えていようが、どうでも良い!」とは言っていられなくなるだろうと、推測する。



・ドイツ社民党政権の「墜落」…日本同様、ドイツの政治は国民の支持を受けないままに進められている(現代ビジネス 2023年12月15日)

川口 マーン 惠美

※政権支持率は3党合わせても33%

現在のドイツ政府は、社民党、緑の党、自民党の3党連立政権であるが、12月7日に発表された公共第1テレビの世論調査「DeutschlandTrend」での恒例の質問、“今度の日曜日が総選挙ならどの党に投票しますか?”の結果が下のグラフ。



野党のCDU/CSU(キリスト教民主/社会同盟)が1位で32%。2位がAfD(ドイツのための選択肢)で21%。
3位の緑の党は15%で低空飛行が続く。そしてようやく4番手にショルツ首相の社民党が顔を出すものの、前月比2ポイント減の14%。落ち込みに歯止めがかからない。なお、自民党に至ってはわずか4%なので、これが本当の選挙結果ならば、5%条項を満たせず国会から退場となる。

つまり、政権の支持率は3党合わせても33%。案の定、“現在のドイツ政府に満足ですか?”という質問では、“満足”が17%にまで落ち込んだ。 “不満足”は82%で、そのうち“非常に不満足”が45%。

また、ショルツ首相が“上手に危機対応ができる”と思っている人は23%で、前月比14ポイント減。一方、“この人に首相は無理だろう”と思っている人が68%。また、氏の説明は“不十分で説得力に欠ける”と不満を表明した人は、なんと84%にも上った。

要するに、目下のところ、ドイツの政治は国民の支持を受けないままに進められている。

なお、個別の政治家についての評価が下のグラフだが、満足と答えた人の割合が一番高かったのが、依然としてピストリウス国防相(社民党)で52%。不満足は28%ととても低い。

2番手はベアボック外相(緑の党)で、38%が満足で、不満足が59%。3位は野党CDU(キリスト教民主同盟)のメルツ党首で、満足が32%。しかし不満足が59%とやはり高い。

4位はハーベック経済・気候保護相(緑の党)で、満足が30%。不満足が64%と高いのは、ここ1年ほど、国民を追い詰めるだけの不毛な気候・環境保護政策が多いからだろう。

その後に続くのが、自民党のリントナー財相で、満足が27%で、不満足が68%。6位がAfD(ドイツのための選択肢)のヴァイデル共同党首で、満足が22%で、不満足が58%。そして、ショルツ首相はというと、ようやく7番手で姿を表し、満足が20%で、これは前月比8ポイント減。しかも、不満足は、この10人の中で誰よりも高い78%だった。


国民は希望を失っている

散々な有様だが、だったら、解散総選挙かといえば、そもそもドイツの法律では、そう簡単に国会は解散できない仕組みだ。

首相は国会の解散権を持っておらず、国政がいよいよ息詰まると、国会で政府に対する信任を問うことができる。簡単にいうなら、「あなた方は私を引き続き首相として認めてくれますか?」と訊くわけだ。そして、投票の結果、不信任が多数であれば、今度はそれを大統領に上げて、「どうしましょうか?」と相談する。

もう一つの可能性は、野党側が不信任を提議する場合だが、その時は、あらかじめ自分たちで新しい首相候補を立てなければならない。そして、この場合も、不信任案が通れば、それを大統領に上げる。

いずれの場合も、大統領がOKを出せば、国会は解散、総選挙という運びになるが、ここまで進むことは、ドイツでは滅多にない。ドイツで解散総選挙のハードルが高くなっているのは、ワイマール時代のような政治の混乱を防ぐためと言われる。

では、現在の状況はというと、与党も野党も解散総選挙など望んでいるはずもない。なぜなら、与党3党は選挙になったら確実にボロ負けする。かといって野党CDUは、選挙でたとえ勝ってもその後が続かない。

というのも、CDUはAfDとは絶対に連立しないと宣言しているので、過半数を得るためには、結局、社民党に擦り寄るしかないからだ。つまり、社民党は、現在、裸の王様であっても、足元を崩される心配がない。

それどころか、次の選挙まで待っても、CDUが連立相手に事欠く状況はおそらく変わらず、結局、社民党との連立しか政権を取る方法はない。それでも、まだ足りなければ、緑の党まで動員せざるを得なくなるだろうから、そうなると、結局、今と大して何も変わらない。

そんなわけで前述の世論調査でも、「政権がCDU/CSUに変われば?」という質問に対して、「同じように悪い政治が続く」と答えた人が35%で一番多かった。ドイツの政治は極度に硬直化しており、国民は希望を失っている。


CDUとAfDの政治家たちが…!?

ドイツの政治地図がここまで歪んでしまった原因の一つは、全国で20%、旧東ドイツ地域ではすでに30%もの支持を得ているAfDという政党を極右と決めつけ、無理やり排除していることにある。

AfDの伸張にはそれなりの正当な理由があると私は思っているが、誰もそれには触れず、これ以上の支持拡大を抑えるため、政府機関はもちろん、公共メディアまでが一団となって包囲網作りに専念している。その言い分は「民主主義を守るため」だそうだが、これこそ民主主義の破壊に他ならない。

その上、前回のこのコラムで書いたように、政府は現在、究極の金欠だ。コロナ対策基金として特別に許可され、準備したお金のうち、余っていた600億ユーロを、違憲と知りつつ温暖化防止対策に回そうとし、それを11月15日、憲法裁判所(最高裁に当たる)に咎められてしまったからだ。

以来、ショルツ首相と、ハーベック経済・気候保護相と、リントナー財相が、夜も日も首相官邸に詰めて七転八倒中。ドイツ連邦共和国の建国以来初めて、翌年の予算が決まらないまま年を越すことになる。

ところが、奇しくも13日、びっくりニュースが飛び込んできた。CDUとAfDの政治家たちが、何らかの協働(政治連合? 政党?)を計画しているという噂だ。

これまでAfDのことは、見ても、聞いても、触っても即死する猛毒のように扱ってきたドイツの政界であるから、これはただの噂にしても青天の霹靂だ。

理由は、先に挙げたように、AfDを外している限り、CDUが社民党抜きの保守政権を立てることが不可能だから。さらに、CDUの保守派議員が、自党のあまりの左傾化に愛想を尽かし、新しい動きを求めているという現実もある。

協働の目的はというと、メルケル前首相が左傾化してしまった政治を、保守政治に戻すことで、具体的には、移民・難民政策の修正、また、EUの手からドイツの主権を取り戻すことなどが含まれる。そのために、CDUの右派とAfDの穏健派が、いずれ、新しく立ち上げられる政党、あるいは、すでに存在する政治グループに加わるという、ちょっと謎かけのような話だ。


新たな保守政党が誕生するのか

ここからは私の推察であるが、2017年、当時のメルケル政治に批判的だったCDU党員らが立ち上げたヴェアテウニオン(WerteUnion)という政治クラブが中心地になっているような気がする。これはCDUの保守回帰を求めるグループだ。

ヴェアテウニオンに関しては、私は以前から注目しており、拙著でしばしば取り上げてきたが、これを“獅子身中の虫”と見たCDUの幹部は、6年間、そんな動きなど存在しないかのように無視し続けてきた。ちなみに代表者のハンス−ゲオルク・マーセン氏は、元憲法擁護庁の長官で、保守であるが故にメルケル首相と正面衝突し、濡れ衣を着せられてクビになった人だ。

さて、今回の動きだが、たとえ今すぐ具体的な結果に結びつかないにしても、このような噂が堂々と流れたということだけでも、大きな意味がある。なぜなら、これは、少なくとも今までドイツの政界で絶対的タブーであった2つの事柄が崩れつつあることを示しているからだ。

タブーの一つはAfDの政治参加であり、もう一つはメルケル路線の否定(現在の社民党政治は、いわばメルケル路線の踏襲である)。

そして、仮にこの計画が具体化し、新たな保守政党が誕生するならば、その流れに一番貢献したと言えるAfDが、皮肉にも、消えゆく運命となりかねない。どちらに転んでも、ドイツの政治は今、重大な転換期に差し掛かっているように思う。

現在、ドイツははっきり言って、落ちるところまで落ちてしまった。ショルツ政権は、たった2年でドイツの自由市場経済を、産業界が政府のお金に依存しなければならない計画経済に変えてしまい、そのせいでドイツ経済は窒息の危機に瀕している。そして巷では、電車はまともに走らず、郵便は届かず、教育は崩壊しつつあり、国民は見返りの少ない重税に苦しんでいる。

ただ、ここまで落ちたがゆえに、ドイツは生まれ変わる可能性が出てきた。40年間、ドイツ人を見てきた私は、彼らが艱難辛苦に滅法強いことを知っている。ドイツ人の底力をバカにしてはいけないと、私は半分期待をこめながら、今、彼らの回生を待っている。



・ドイツ「作られた反極右デモ」への違和感…国民の怒りは「政府の怠慢」に向かっていたはずなのに(現代ビジネス 2024年1月26日)

川口 マーン 惠美

※きっかけは戦後最大規模の反政府デモ

新年早々、ドイツでは、戦後最大規模の反政府デモが繰り広げられた。中心になっていたのは農民で、元はといえば、昨年末、政府が農家に対する幾つかの補助金を撤廃しようとしたことだった。

それがきっかけになって、農民の間に長年のあいだ燻っていた政府、およびEUの農業政策への鬱憤が爆発。しかも、その途端に多くの国民が農民支持に回ったため、論点は農業を超えて、速やかに現政府批判へと移行。これが広範な反政府デモに発展するまで、それほどの時間はかからなかった。

こうして裾野を広げた農民デモは、年の明けた1月8日から、新たに1週間の予定で始まり、全国の主要都市でトラクターとトラックが道路を埋めた。また、幾つかの主要なアウトーバーンの入り口も封鎖され、あちこちの交通が8日間にわたって混乱した。

最終日の15日には、みぞれが吹き荒ぶ中、ベルリンのブランデンブルク門の抗議集会に数万の人々が集結。ドイツ各地のみならず、周辺の国々からも応援に駆けつけたトラクター、トラックが、見渡す限り並んだ。

一方、政府代表として出席していた財務大臣のスピーチは、「ブー!」や「帰れ!」の声でかき消され、今にも革命が起こるかと思うほどの熱気が立ち込めた。

そうでなくてもショルツ政権は、現在、3党合わせて支持率が30%そこそこと(社民党14%、緑の党13%、自民党5%、1月15日INSA調べ)、はっきり言って終わっている。念願の政権を手にして2年が経過したが、国民がその間、見せられていたのは、与党3党の仲間割ればかり。

そして、喧嘩の合間に決まった事といえば、国民の意見をまったく無視した強権的、かつ、非現実的な政策がほとんどで、しかも、難民問題のたがが外れているのは誰の目にも明らかだというのに、政府はそれに本気で対処するつもりもない。

そうするうちにエネルギーは高騰、電気は供給不安定となり、産業が打撃を受け、現在、倒産件数は急増。昨年のドイツの経済成長率は、EUで唯一、マイナスになっている。極め付きは、彼らが政権に就いた途端に取り組んだ市民金(誰でももらえるいわゆるベーシックインカム)で、これがすでに昨年から施行されている。

現在の市民金の受給者には、ドイツにいる130万人のウクライナ難民のうちの少なくとも70万人、同じく90万人のシリア難民のうちの少なくとも50万人が含まれる。市民金は、お金のない人なら、「健康で働くことができる人」でも貰え、その額は往々にして低所得者層の給与や年金を上回る。

一方、一生懸命働いているドイツ国民は、インフレと、EUで一、二の重税に苦しんでいるのだから、彼らが怒って、農民と共に立ちあがったのは、決して不思議なことではなかった。

ただ、これは政府にとっては最大級の危機だ。

今年は、旧東独の3州で州議会選挙があるし、来年は総選挙。このままではもちろん政権は維持できないし、解散しても事態が好転する見込みもない(現在、世論調査では、第1党がCDU/CSU=キリスト教民主/社会同盟で31%の支持率、第2党はAfD=ドイツのための選択肢で23%)。そんなところに、冒頭のデモが盛り上がったわけだから、まさに政府の命運はこれまでかと思われた。


降って湧いた「反ドイツ秘密集会」スクープ

ところが、どっこい、万策が尽きたわけではなかったのだ。

農民デモが竹縄だった1月10日、公営第2テレビが7時のニュースで突然、「AfDの政治家が、その他の極右の活動家らとポツダム(ベルリン近郊)のホテルで密会し、ドイツにいる移民・難民の『デポルタツィオン(Deportation)』を画策していた」ことについて報じた。

すると翌日には他のメディアも一斉に、センセーショナルな見出しで追随。 “謀議”の行われた密会があったのは、昨年11月のことだったという。

ちなみに、メディアの使った「デポルタツィオン」という言葉は、本来は「移送」という意味だが、ドイツではほぼ自動的に、ナチが行ったユダヤ人の「強制収容所への移送」という非常に非人道的なイメージとなる。

このニュースの源は、「コレクティーヴ(Correctiv)」というリサーチ機関がホームページに載せた「反ドイツの秘密集会」というタイトルのレポートで、リードにはこう書かれている。

「この会合について誰も知ってはならなかった:AfDの幹部、ネオナチ、裕福な産業界の人物らが、ポツダムのあるホテルで落ち合った。彼らの計画しているのは、何百万人もの人間のドイツからの追放に他ならない」

ただし同レポートには、「AfDの政治家らが移民の追放を計画している」ということは書いてあっても、「デポルタツィオン」という言葉は出てこない。しかし、だからと言って、コレクティーヴが真っ当な機関かというと、それもどうだか?

コレクティーヴは2013年にメルケル政権下で作られ、現在、主に、SNSに書き込まれたフェイク(嘘)やヘイト(誹謗)のチェックに従事している。つまり、コレクティーヴがあるポスティングをフェイクだと断定すれば、それをアップしていたプラットフォームには削除の義務が生じ、怠ると膨大な罰金が課せられる可能性が高い。

そもそも、民間の一機関がどのような権限でSNSを検閲し、不正と断定できるのかは謎だが、実際の話、政府にとっては好都合。不都合な意見は根元から断てる。

なお、コレクティーヴの運営費は寄付のみで、公正な非営利団体というのが触れ込みだが、寄付しているのは大型の基金、企業、有力メディアなどで、一番有名なスポンサーはオープン・ソサエティ財団のジョージ・ソロス氏だとか。しかも、補助金と称して多くの公金も流れ込んでいるから、どちらかというと政府の別働隊にも見える。

そして、そのコレクティーヴの行動が、今回はエスカレートしたわけだ。ホテルの外に複数のカメラマンが隠れ、それどころか、彼らの一人が“謀議”の場に潜り込み、(おそらく)グーグルウォッチで、ひどく乱れた、ピントの外れた映像まで撮るという「スパイ大作戦」が繰り広げられた。

ただ、彼らが暴いたはずの謀議の中身はスカスカで、もちろん“国家転覆計画”の証拠などない。本来ならば、信用あるメディアがトップニュースにすべきものかどうかさえ、かなり疑問だ。そもそも、望遠レンズで中が撮影できるような無防備な部屋で、秘密会議をやるだろうか。しかも、これが、政府がピンチに陥っている今、スクープとして出てきたのだ。

この会合の様子については、これに参加し、講演をした法律家、ウルリヒ・フォスゲラウ氏が詳しく語っている。ちなみに、この夜の氏の講演のテーマは、「不在者投票(郵便投票)の問題点」だった。なお、氏によれば、法治国家では、誰と誰がどこで会おうが自由で、この夜の会合に非難されるべきことは全くない。だから、コレクティーヴに対しては法的な措置をとるつもりだという。


反政府デモがいつの間にか「反極右デモ」に

さて、この後、起こったことは、いかにもドイツらしい。

「デポルタツィオン」のインパクトは強烈で、これに反応した国民が突如として、「民主主義の防衛」「2度と(ナチの)間違いを繰り返してはならない」と叫んで立ち上がり、14日ごろから町に繰り出し始めた。

それをメディアが取り上げ、同時に、大仰に民主主義の危機を説いたため、デモは瞬く間に全国の都市に飛び火した。公営テレビも毎日、日ごとに大きくなるデモの様子をトップニュースで伝え、民主主義を守ろうとする人々を褒め、かつ、鼓舞した。

その結果、21日の日曜日には、デモは各地でかつてなかった規模に発展。警察発表によれば、ベルリンとミュンヘンでは10万、ケルンでは7万、ブレーメンでは3〜4.5万の人々が集まった。それどころか、ミュンヘンでは安全上の懸念により、警察がデモを中途で終了させるという異例の事態となった。

そして、これが最も不思議なのだが、当初「民主主義を守れ!」であったデモ隊の叫びが、いつの間にか「AfDを倒せ!」にすり替わっていた。つい1週間前には農民と共に政府を批判していた国民が、何故か政府と共に、AfDの息を止めようと張り切っていた。

中国や韓国では、政府に都合の悪い動きが出てくると必ず“反日”運動が盛り上がるが、今回のドイツの反AfDデモはその手法に驚くほど似ていた。コレクティーヴの暴露レポート→それを知ったメディアの“驚愕”→その後に起こったAfD撲滅デモ……これらは、どう見てもきれいに繋がっていた。はっきり言って、見事な展開だった。

AfDというのは、13年に経済学者がEUの金融政策に反対して作った党だ。それが15年、メルケル首相の難民ようこそ政策に抗議して注目を浴び、以来、支持者を増やし、今では国政についての一家言を持ち、国民政党の一つに成長しつつある。

しかし一方で、すべての政党、すべての主要メディアが一丸となって、何が何でもAfDを潰そうと全力を尽くしていることも事実だ。彼らによれば、AfDは「極右」であり、「ナチ」であり、「民主主義を壊す」邪悪な存在で、「国家転覆を狙っている」。

だから、当然、公平なインタビューやトークショーでの発言の機会も与えてはならない。つまりAfDの主張は、彼らの発信しているサイトをわざわざ覗かない限り、一切、国民には伝わらない状態だ。


ドイツの“民主主義運動”の実態

その結果、現在のドイツ世論は、それら“官報”を信じてAfDを蛇蝎のごとく嫌う国民と、反対に、AfDこそが民主主義の真の守護者だと思っている国民とで真っ二つに割れている。ただ、違うのは、AfD攻撃のためならあらゆる手段が許されていることだろう。

例えば、今回のデモでも、ブレーメン市の参加者が大声で、「ブレーメン全体がAfDを憎んでいる("Ganz Bremen hasst die AfD")」と言いながら歩いた。

「憎む」(hassen)という言葉は非常に強い言葉なので、いわば、ヘイトスピーチをそのままスローガンにしたようなものだが、メディアはそれを良いことのように報道し、何の問題にもならなかった。これが反対なら、大変な騒ぎになっていたことだろう。

政府の最終的な狙いは、AfDは反民主主義なので違憲であるとして、その存在を禁止することだ。ただ、それには時間がかかり、来年の総選挙には間に合わないため、当面の目標は、反民主主義の“嫌疑”で、政党給付金とAfDに対する寄付を断とうというものらしい。

簡単にいうと、以上が、今、ドイツで行われている “草の根”民主主義運動の実態だ。しかし、あらゆるネガティブキャンペーンにもかかわらず、現在、“反民主主義政党”AfDの支持率は、まだ下がっていない。



・ドイツに誕生した左右2つの新党「BSW」「WERTEUNION」は混乱極まるドイツ政治にどう作用するのか(現代ビジネス 2024年2月23日)

川口 マーン 惠美

※(前半略)

ボン市で誕生した保守の政党

さて、2月17日にはもう一つ、「ヴェアテウニオン」という保守の政党も誕生した。ただ、この党は右派のため、BSWとは違って、すでに結党前より、現政府やメディアから“無視”も含めたさまざまな妨害を受けていた。

ドイツでは現在、AfD(ドイツのための選択肢)が極右とされ、政治とメディアから熾烈な弾圧を受けているが、万が一、ヴェアテウニオンが伸びて、AfDと連立を組むような事態となったら、ドイツの政治は、現在の左傾から、一気に中道右派に戻るかもしれない。

そこで、それを嫌った社民党の内相が、「民主主義の防衛」という触れ込みで、憲法擁護庁(国内向けの諜報活動を担当)に、ヴェアテウニオンの党首であるハンス=ゲオルク・マーセン氏を極右として監視させるというところまで来ている。

ただ、マーセン氏自身が、2018年まで憲法擁護庁の長官だった人で、当時、メルケル首相と難民問題で対立し、強権的に辞めさせられたという経緯がある。その氏に、今、“極右”の烙印が押されたわけで、この一件にしろ、AfDの弾圧の仕方にしろ、昨今の現象を見ていると、ドイツにはじわじわと全体主義が浸透してきたような危うい気配を感じる。


ヴェアテウニオンは17日、ボン市で産声を上げた。マーセン氏が是非ともボンで結党したかった理由は、ドイツが統一され、首都がボンからベルリンに移って以来、ドイツは次第に左傾し、今やかつての国の原型を止めないほどボロボロになってしまったからだという。

つまりマーセン氏にとって、ボンはドイツ政治を再起させるための象徴的存在なのだ。

ちなみに結党式は、ライン川に浮かべた船上で小ぢんまりと行われた。聞くところによると、ボン市で、ヴェアテウニオンに会場を貸してくれるところがどこもなかったからだという。触らぬ神に祟りなし。「監視の対象」という一言は、その人物を追い詰めるためには、抜群の効果があるわけだ。


ヴェアテウニオンとAfDの共通点

ヴェアテウニオンの拘りは、まずは移民・難民問題。無制限な導入を一刻も早く止め、難民資格のない人、あるいは、出身国の安全が保証されているケースは、速やかに母国送還を実行する。

エネルギー政策では、原発の新設を図り、さらに核融合技術に潤沢な研究費を投じる。なお、気候の変動は自然なことで、それを固定しようというのは間違いと言い切る。

また、ヴェアテウニオンは、現在の連立左翼政権において、緑の党が率先して国語や文化を壊し、また、報道内容にまで出過ぎた影響力を行使していることにも警鐘を鳴らしており、自分たちが政権を握れば、これら全てを元に戻す意向だ。

なお、容易に想像できることだが、ヴェアテウニオンとAfD(ドイツのための選択肢)には保守としての共通点が多い。両党とも、政府の影響力はなるべく小さくし、市民の自由を最大限に尊重する政治体制を望み、ドイツの文化や伝統を大切にしている。

つまり、これまで全党から阻害されてきたAfDにしてみれば、ヴェアテウニオンの存在は、自票が食われてしまう危惧もさることながら、連立の可能性が生まれるという期待の方が大きい。そうなれば、少なくとも9月の州議会選挙後、政権を取れる可能性が出てくる。AfDの支持者は希望に胸を膨らませている。

ちなみに現在の状態は、小党乱立で政治が停止してしまったワイマール時代とよく似ている。当時はそのカオスの中から、ヒトラーがまとめ役として台頭してきた。現在の社民党連立政権もすでに機能停止に等しいが、良い政治で事態を改善しようとはならず、補助金を注ぎ込めば良いと思っている無能な政治家が多すぎる。

そして、メディアを巻き込んだなりふり構わぬAfD潰しだけが、日に日に熾烈になっていく。


政府は思想統制に励んでいる場合か

2月15日の東チューリンゲン新聞によれば、同地の郡議会選挙で、CDUと、社民党/左派党の候補の対抗馬として、AfDの推薦で立っていた候補者が立候補を取り下げたという。取り下げの理由は、「家族に対する脅迫と危害」。

立候補者が脅されて撤退するなど、ドイツでこれまで聞いた記憶がない。しかも、それが大して問題にもならず、ほとんどのメディアが無視し、国民は誰も知らないのだから、恐ろしいことだ。もし、これが緑の党や社民党の候補者なら、どんな騒ぎになっていたことか。

一方、社民党や緑の党の事務所にハーケンクロイツの落書きがされたなどという「極右の犯罪」は、メインニュースの時間に深刻な問題として報道される。

そんな中で2月14日、社民党のフェーザー内相が「民主主義促進法」の案を発表した。これが通れば、“左派”思想以外はすべて淘汰されかねない。特に公務員の雇用では、信条が重視されるようになるというが、私には、これが民主主義の促進だとはとても思えない。このままでは、ドイツの言論の自由がさらに縮小していくことは間違いない。

これに対抗し、国民の目を覚まさせようとしているのが、BSWのヴァーゲンクネヒト氏、ヴェアテウニオンのマーセン氏、そして、すでにギリギリのところまで追い詰められてしまったAfDの議員らだ。

経済状態がどんどん悪くなっていくドイツで、政府は思想統制に励んでいる場合ではないと思うのだが、ひょっとすると、だからこそ、国民の非難の矛先を変えようという作戦かもしれない。

ドイツの現状は、まさにワイマール2.0。政治の混乱は、今、始まったばかりだ。



・ドイツで2月に生まれた右派新党「ヴェアテウニオン」が早くも“自滅”…? 支持者が一気にAfDに流れる可能性も(現代ビジネス 2024年3月8日)

川口 マーン 惠美

※今年誕生した二つの新党

前回のコラムで、ドイツに最近、新党が二つもできた話を書いた。一つは1月、左派のBSW(サラ・ヴァーゲンクネヒト同盟)で、もう一つは2月、右派の「ヴェアテウニオン」だ。

現在の社民党政権(社民党・緑の党・自民党の連立)に対する不満ではち切れそうになりながら、その代わりになる政党がないことに絶望していた多くの国民にとって、この二つの党の出現は、大いなる希望を持って受け入れられていた。

ところが、今日、紹介するのは、そのうちの一つである右派のヴェアテウニオンが、結党後わずか数日で自滅しそうになっている話。あまりに唐突で、しかも、その原因がよく見えない。

まずはこの二つの新党について、もう一度簡単に説明したい。

今どき、左派、右派という分け方が妥当かどうかはわからないが、前者BSWは東独の独裁党の流れをひいた左派党からの分派であり、後者は保守党CDU/CSU(キリスト教民主/社会同盟)からの分派なので、一応、そういう色分けにしておく。

ただ、CDU/CSUのうち、特にCDU(キリスト教民主同盟)は、メルケル首相時代に完全に左傾化してしまった。そこで、不満を持った党員が、2017年、自党をもう一度保守に戻そうとして作ったのがヴェアテウニオンで(当時は政党ではなく“クラブ”)、要するに、CDU/CSUという保守の党派の中の1派閥のような存在だった。ちなみにヴェアテは価値、ウニオンはユニオン、つまり「価値連合」である。

ヴェアテウニオン・クラブが立ち上げられたとき、CDU/CSUの名のある政治家の中にも、この保守回帰運動に賛同する人たちがかなり居た。ところが、当然のことながら、メルケル氏を核としたCDUの主流派がこれを嫌い、完全に無視。また、政府には常に忠実な主要メディアも、ヴェアテウニオンなど存在しないかの如く振る舞い続けた。

今思えば、メルケル政権によるメディアの掌握は、まさに完璧だった。


ヴェアテウニオンの党首はどんな人物か

ヴェアテウニオンを語るなら、現在の党首であるハンス=ゲオルク・マーセン氏(61歳)を外すわけにはいかない。

ウィキペディアによれば、マーセン氏は16歳でCDUに入党したというから、生粋の保守思想の持ち主だ。専門は法律で、1991年より内務省勤務。98年の社民党のシュレーダー政権でも、2005年からのCDUのメルケル政権でも、ずっと高級官僚として内務省畑を歩いた。12年には、憲法擁護庁の長官という要職に就任。憲法擁護庁とは国内向けの諜報機関で、内務省の管轄下にある。

しかし、急速に左傾していくメルケル政治の中で、マーセン氏は次第に居場所を失っていく。そして、15年9月、メルケル首相が国境を開き、中東難民を無制限に受け入れ始めた時、マーセン氏がそれを非難し、治安の乱れ、さらには安全保障上の問題を警告したことで、メルケル首相とマーセン氏の不仲は決定的となった。

ただ、その後のEUでは、マーセン氏の懸念通り、難民によるテロ事件が次々に起こったのである。

そんな中で17年3月、ヴェアテウニオン・クラブが結成され、マーセン氏もそのメンバーとなる。しかし、以後、氏はさまざまな職務上のスキャンダルに巻き込まれ、それは、緑の党の政治家に、「マーセンは民主主義に対する認識が歪んでいる」と言わしめるほどにエスカレートした。また、この頃には、当初ヴェアテウニオンに加わっていた政治家も、次第に離れていった。

マーセン氏にとって最後の一撃となったのは、2018年8月、旧東独ザクセン州のケムニッツという町で起きた二人の難民による殺人事件だった。

容疑者は二人とも中東の出身者だったが、警察は最初、国籍を公表せず、メディアも詳しい報道を避けた。難民の犯罪は、メルケル首相の難民政策に批判的なAfD(ドイツのための選択肢)やマーセン氏のような政治家を勢い付けるから、極力控えるというのが暗黙の了解だった。

AfDは13年にできた保守の新党だが、全ての政党、全てのメディアがAfDに極右の濡れ衣を着せ、潰そうと必死だ。ただし、国民の間では、AfD支持は順調に伸びている。


「移民狩り」という情報が稲妻のように

さて、この事件のあった日の昼間、AfDはケムニッツで急遽、規則通りの手続きで追悼集会を開き、1時間後に解散した。それについては警察がツイートで報告している。

しかし、その後、極左活動家を含む約800人が無許可でデモ行進を始め、警察と小競り合いになった。しかも、そこに50人ほどの暴徒が含まれていたため、小競り合いは衝突に発展、市の中心で火の手が上がり、器物が破壊された。ただ、付け加えるなら、このような暴動まがいのデモは、ドイツではそれほど珍しくはない。

ところが不思議なことに、この時に限って、なぜか稲妻のように、「ケムニッツで移民狩りが行われた」という情報が広まった。SNSにその証拠とされた不完全なビデオがアップされた途端、それを公共テレビがニュースで繰り返し流した。

そのうちメルケル首相までが出てきて、「ケムニッツで起こった外国人に対する攻撃と扇動」を公式に非難。そして、その移民狩りの罪がAfDになすりつけられるまでに、それほどの時間はかからなかった。なお、不思議なことに、殺されたドイツ人と二人の犯人には、誰も言及しなかった。

後で漏れ出た情報によれば、殺人容疑者の一人は、メルケル首相が国境を開いたときに入ってきた89万人の難民のうちの一人で、自己申告はシリア人。ただ、パスポートはなかったという。

二人目は麻薬売買、傷害罪の前科のあるイラク人で、身分証明書はあったが、偽物だった。ちなみに、私は当時(2018年)、この一連の報道にあまりにも違和感を持ったため、当コラムで2週に亘りこの件について書いている。

これには、もちろん続きがある。当時、ザクセンの州警は、「私たちの手元にあるすべての情報では、ケムニッツで外国人狩りなどなかった」と発表。さらに州首相もメディアの報道を全否定した。

しかし、そんな当局の公式発表などどこ吹く風、9月3日の『シュピーゲル』誌のタイトル記事は、「ザクセン−右翼が権力を手に入れれば」であった。右翼というのがAfDを示唆していたことは言うまでもない。


メルケル前首相に撃墜された「邪魔者」

さて、そんな中、マーセン氏は9月7日付の『ビルト』紙のインタビューの中で、「移民狩り」の証拠として流されていたビデオの信憑性に疑問を呈した。すると、その途端にマーセン氏は、社民党、自民党、緑の党、左派党からここぞとばかりに糾弾され、辞任を要求されたのである。

9月13日には、社民党の党首がメルケル首相にマーセン氏の解任を要求し、マーセン氏は結局、退職となった。本人談では、官僚の抜擢や更迭には理由は別に必要ないのだそうだ。

ただ、後で独立系のメディアが調査したところによれば、この19秒の映像は、アンティファの極左グループがYouTubeにアップしたもので、いつ、どこで撮られたかも、また、追いかけられているのが外国人であるかどうかもわからないフェイクだったという。

いずれにせよ、CDUの党首でありながら社会主義的な施政に熱心だったメルケル首相にとって、マーセン氏という有能な保守の政治家は目の上のたんこぶであったのか。もしそうなら、彼を駆逐するために、ケムニッツ騒動は良いきっかけだったに違いない。

蛇足ながら、メルケル氏にさりげなく撃墜された「邪魔者」は、片手では数えきれないほどいる。

さて、その後のマーセン氏は、活発に保守の政治運動に携わっていた。月日が流れ、昨年1月にはヴェアテウニオン・クラブの代表に就任。かつての同クラブの目的は、CDUに留まり、左傾化してしまった党を元の路線に回帰させることだったが、すでにCDUは、前にもましてドイツの伝統や文化を蔑ろにし、間違った移民政策と間違ったエネルギー政策を推進。挙句の果てに、ヴェアテウニオンの排除に躍起になっていた。

そこで、CDUは修復不能と見たマーセン氏は、ヴェアテウニオンを正式に政党にしようと決断。こうしてマーセン氏は今年の1月、ようやくCDUを離党し、結党の準備に集中していた。


「連立の第一希望はCDU」発言の衝撃

ただ、その直後、奇妙なことが起こった。1月31日、憲法擁護庁が、かつて同庁の長官であったマーセン氏を極右の嫌疑で監視対象にしたのだ(この件は、マーセン氏により法廷に持ち込まれる予定)。そして、2月17日、ヴェアテウニオンの結党集会が行われた。

マーセン氏は以前より、「ヴェアテウニオンは防火壁を設けない」と言っていた。これは、CDUがAfDを排除するために「防火壁」という言葉を使ったことへの皮肉で、それに対してマーセン氏は、「必要とあらばAfDとも連立する」と表明したわけだ。そして、この言葉にヴェアテウニオンとAfD両方の支持者が大いに沸いた。

というのも、これまでは全ての党がAfDとの連立を拒絶していたため、真の保守政権擁立の可能性は、連邦でも州でも閉ざされていたからだ。しかし今後は、ヴェアテウニオンがAfDと連立すれば、たとえば9月にある3つの州議会選挙で、彼らが与党となる可能性が一気に現実味を帯びてきた。

ところが、である! 結党後初の記者会見でマーセン氏は突然、「連立の第一希望はCDU」と言い、しかもAfDを過激と称したのだ。

私でさえ自分の耳を疑ったぐらいだから、ヴェアテウニオンとAfDの支持者は、それこそ天地がひっくり返るほど驚いたことと思う。聞き間違えでなかった証拠に、その後まもなく、ヴェアテウニオンの中心人物であった大物、マックス・オッテ氏とマルクス・クラル氏が離党を表明。ヴェアテウニオンは、これ以上の混乱は想像できないという状況となった。

私は、今も何が起こったのかわからないでいる。その後のマーセン氏の釈明を聞いても、やはりわからない。難産の末、ようやく生まれたと思ったヴェアテウニオンだったが、これははたして死産だったのか。

今後、ヴェアテウニオンの支持者が一気にAfDに流れるだろうと、私は推測している。



・「東独時代」に逆戻り…!? ドイツ社民党・フェーザー内相がゴリ押しする「民主主義促進法案」の背筋も凍る恐ろしさ(現代ビジネス 2024年4月5日)

川口 マーン 惠美

※一般の支持者までが抑圧の標的に

AfD(ドイツのための選択肢)に対する様々な抑圧は、すでに10年間、常に行われてきた。しかし今、政府がそこに積極的に手を突っ込んだことにより、抑圧は佳境に入っている。

AfDの政治家は悪魔化され、支持者までが“ドイツの民主主義に対する潜在的な危険”として攻撃され、社会生活上で不利益を被るケースが頻発。AfDがドイツで公式に認められている政党であることを思えば、常軌を逸した事態だ。

攻撃が激化している理由は、6月のEUの欧州議会選挙、9月の3つの州議会選挙、そして、来年の総選挙だ。現在、ドイツは社民党、緑の党、自民党の3党連立政権だが、肝心の社民党は暴落に次ぐ暴落で、3月30日のInsaの調査によれば支持率15%。ところがAfDは20%で、旧東独のいくつかの州では30%を超えて第1党。AfDの進軍をどうにかして止めようと、現政権は必死だ。

直近の事件で私がショックを受けたのは、AfDの支持者が信用金庫の自分の口座から、党の会費と寄付金の合計430ユーロを振り込もうとしたら、銀行から「受取人が極右であるので、振込は受け付けられない」という内容の手紙が来て振り込めなかったこと。随分前にAfDの共同党首の一人クルパラ氏が、「銀行口座を閉められた」と言っているのを聞いたが、今では標的は支持者にまで広がりつつあるらしい。

また、慢性疾患を持つAfDの支持者が、かかりつけのクリニックでいつも通り薬の処方箋を出してもらおうとしたら、「あなたの思想には同意できないので、違う医者を探してくれ」と断られたという話にも驚愕。

数ヵ月前には、有名な乳業グループ「ミュラー」社の、とっくの昔に引退した経営者テオ・ミュラー氏(84歳)が、AfDのもう一人の共同党首アリス・ヴァイデル氏と親交があると言ったことに緑の党の政治家などが大騒ぎをして、同社の製品の不買運動が起こった。ちなみにヴァイデル氏は、ある時、突然、子供が誰とも遊んでもらえなくなり、住居をスイスに移したという。

それどころか、AfDの政治家に対する襲撃まで起こる。ところが、血だらけになったブレーメンの地方議員の写真に、緑の党の政治家オツデミア氏(現・農相)は、「たとえAfDの議員に対してであっても暴力は良くない」とツイート。自業自得と言っているに等しいこのツイートに頷くドイツ人がいるかと思っただけで、私は背筋が寒くなった。

昨年10月には、クルパラ氏が野外集会の際、支持者にもみくちゃにされた途端、腕に痛みを感じ、その直後に倒れて病院に運ばれるという事件も起こった。診療の結果、腕に注射針のような跡があったというが、メディアは一切動じず、あたかもAfDがデマを飛ばしていると言わんばかりの意地悪な報道ぶりだった。

先月3月23日には、ドイツ南部のハイルブロン市で、AfDのイベントが計画される予定だったが、その前日の夜中、ホールのドアの鍵が壊され、会場に激しい刺すような匂いの液体が撒き散らされたという。しかし、このニュースは、ごく小さな地元紙で報道されたのみで、私が知ったのも10日以上経ってからだった。

AfDのイベント会場で、事前に窓ガラスが破られたり、壁がスプレーで汚されたり、当日、訪れる人々が威嚇されたりというケースは、これまでもしばしば起こっていたが、主要メディアでは一切報道されない。しかも、これらは犯罪なのに警察が積極的に動かないため、当然のことながら、誰もAfDには会場を提供しなくなる。

こういうことを耳にするたびに、私はメディアの「報道しない自由」に呆れ返り、同時に、AfDの政治家の根気と勇気に頭が下がる。


「民主主義促進法」とは何なのか

AfDの支持を表明すると解雇されるというケースは、官庁ではもちろん、すでに民間企業にも及んでいる。

民間企業がAfDから距離を置くのは、AfDと関わると悪いイメージを拡散されて取引上の不利が生じるとか、融資を受けにくくなるなど、悪影響を被る危険があるからだ。どう贔屓目に見ても、ドイツにおける言論の自由はかなり狭まっている。

ところが、そのドイツで今、「民主主義促進法」(通称Demokratiefördergesetz)という、さらに言論の自由を狭める法律が、社民党のフェーザー内相の手によって作られようとしている。

同法案は22年12月に閣議決定され、23年3月に国会で審議されたが、しかし、その後、一度は賛成したはずの自民党が妨害に回ったため、審議はストップしたままだった。それを最近、社民党のフェーザー内相と、緑の党のパウス家庭相が力を合わせて、再び強引に表舞台に引き摺り出した。

では、民主主義促進法とは何か? フェーザー氏によれば、ドイツではここ数年、ヘイトやフェイクや扇動が蔓延し、オープンで多様な社会が次第に圧迫されてきている。そこでこの法律により、反民主主義の思想や過激派の台頭を早い段階で防ぐという。

では、具体的にどうなるかというと、憲法擁護庁(国内向けの諜報機関で、内務省の下部組織)が、ある組織や人物を「極右」、あるいは「極左」と認定すれば、そのグループや人物の基本的人権、つまり、自由な言論、思想、行動などを制限できるようになる。

それどころか、認定まで行かなくても、ただ疑いをかければ、電話やメール、銀行口座の動きまで監視できる。しかも、疑いをかけるための具体的な根拠は要らないというから、いわば政敵を合法的に無力化するためには万能の法律だ。

今年の2月に行われた記者会見には、憲法擁護庁の長官と連邦検察庁の長官が同席しており、フェーザー氏の本気度がわかる。連邦検察庁も、憲法擁護庁と同じく内務省の下部組織だ。

蛇足ながら、フェーザー氏が新しい法律を決めるのに、なぜ緑の党の家庭相と組んでいるかというと、法務省は自民党が管轄しており、このような動きに積極的に賛同してくれるはずがないからだ。それにしても、これが民主主義の強化とは恐れ入る。あたかも放火魔が消防団を結成したようだと思うのは、もちろん私だけではない。

自民党のベテラン議員であるクビキ氏は、3月18日付のビルト紙で、「社民党の内相自らが、民主主義に対する危険要素になるとは夢にも思わなかった」と語っている。記事のタイトルは「フェーザーは“全体主義的思考に落ち込む”」。

フェーザー氏は社民党の中でも一番左に位置する政治思想の持ち主で、極左の政治グループとの関係は悪くない。

政権について間もない22年、「極右と戦うための行動計画」を発表した時の記者会見では、「極右が特別な脅威であると、どのように定義するのか?」という記者の質問に対し、「民主主義の基本秩序に明らかに反するのは極右だけで、その他の過激派の形態ではそれが見られない」という驚くべき持論を披露した。要するに、駆逐すべきは右派で、極左はOKなのだ。

ドイツの保守派の間で圧倒的な人気を誇る実業家、兼作家、兼批評家であるマルクス・クラル氏は、「ドイツに極右による危険など存在しない。在るのは、フェーザー氏らによる民主主義崩壊の危険だ」と、これらの動きを決然と弾劾している。


このままでは東独時代にまっしぐら

なお、今回の民主主義促進法についての会見の場で最も怖かったのは、パウス家庭相の次の発言。

「現在は合法内にある“ヘイト”や“扇動”も、今後はそれを取り締まれるようにするべき」

彼女の考えを“通訳”すれば、「悪い思想は、心の中にあるだけですでに罪なので、取り締まらなければならない」ということだ。そのため、フェーザー氏とパウス氏は、憲法の変更までを視野に入れている。

真っ当な政党なら、支持率が下がれば政策の修正や閣僚のすげ替えを行うのが筋だろうが、社民党の場合、言論の自由や思想の自由を踏み躙り、政敵打倒に全力を注ぐわけだ。

しかも、私の見るところ、社民党は言論統制では極めて優れており、主要メディアを完全にコントロールしている。だから、批判的な報道がほとんど出ず、このままではまっしぐらに東独に逆戻りだ。

なお、この、どう見ても民主主義をザルにしかねない不埒な法案に、野党が明確に反対しないのは、誰もがAfDの台頭を望んでいないからだ。下手に言論の自由などを唱えると、AfDの味方と非難される危険があるし、何より、AfDの台頭でこれまでの政治体制が崩れ、与野党で温存してきた既得権益が失われる可能性が生じる。だから皆、「今が踏ん張り時」と思って、AfDに対する言論の抑圧は見て見ない振りをしている。

ちなみにこれも旧東独と似ており、当時はこれがブロック政党(皆で一塊になっているという意味)と呼ばれた。結局、今の既存政党も皆、次の選挙と自分たちの利益しか考えていない。

ただ、国民の感情は、政党の利権とも選挙のピリオドとも無関係だ。いつまでも官製デモに参加し、政府の「民主主義を守れ!」の笛の音に合わせて踊り続けるとは思えない。だからこそ政府は、1日も早く民主主義促進法を作ろうとしているのだろうが、これが成立すれば、AfDだけでなく、国民全体の基本的人権自体が危機に晒される可能性が高い。

それにしても、ドイツ人はなんと危うい内務大臣を頂いているのだろう。



・ドイツはいったいどこへ向かっているのか…? 16歳の女子生徒が校長の通報で警察に連行された事件の恐ろしさ(現代ビジネス 2024年4月7日)

川口 マーン 惠美

※憲法に違反する内容を拡散した可能性で!?

2月27日、ドイツ北部のメクレンブルク=フォアポンメルン州のギムナジウムで、化学の授業中だった教室に3人の警官が現れ、16歳の女子生徒を教員室に“エスコート”した(ギムナジウムというのは、大学に進む生徒の通う日本の小学5年から高校までの一貫高校)。

警察に通報したのは校長で、理由は彼女が、「憲法に違反する内容をTikTokで拡散した可能性があるから」。そのせいでパトカーが駆けつけたわけだが、しょっぴいた女の子の行動について、警察は違法な点は一切確認できなかった。

では、彼女は何をTikTokで拡散したのか?

それはAfD(ドイツのための選択肢)に関するビデオで、青い妖精(スマーフというキャラクター)とドイツの地図があり、その妖精と地図上の「青色」の部分が、両方ともどんどん拡大していくアニメだったという(私はこの投稿を見ていないので、報道されたままを書いている)。

なお、青はAfDのシンボルカラーであり、現実として、AfDの支持者は今、どんどん増えている。

AfDというのは2013年、EUの金融政策に反対した経済学者が作った党だが、15年、メルケル首相の “難民政策”を実質的な国境解放であるとして鋭く批判した。そして、この政策が将来もたらすであろう問題点を警告したことで、一躍注目を浴びたのである(今では多くがAfDの予想通りになっている)。

しかし当時、まさにそのせいで、AfDはメディアから反人道的、差別的、国家主義的と散々叩かれ、また、その後もAfDのポテンシャルを恐れた全ての既存政党がAfDを極右と決めつけて、いかなる共同作業をも拒否したまま今日に至っている。

ところが、激しい“迫害”にもめげず、今、AfDはCDU/CSU(キリスト教民主/社会同盟)に次ぐ支持率を誇るドイツ第2の政党に成長した。それに比べて、現在の政権党である社民党、緑の党、自民党は壊滅的に落ち込んでおり、それもあって、彼らのAfD潰しの勢いは、今、さらに異様なレベルにまで高まっている。

真っ当な政党なら、自党の支持率が落ちて他党が伸びれば、政治内容を改善しようと考えるはずだが、社民党の場合、そうはならず、新しい法律を作り、言論統制を敷き、さらには誹謗中傷まで使って、怨敵を潰そうとしている。ちなみに、メクレンブルク=フォアポンメルンの州政府も社民党政権だ。


基本的人権の核がかくもあっさりと

話を16歳の女子に戻すと、彼女はそのビデオの他に、「ドイツはただの場所ではなく、故郷だ」と投稿したという。

「ふるさと納税」が大流行りの日本の読者には信じられないだろうが、左傾化が進んだドイツでは、すでに「故郷」という言葉は国家主義的で、「民主主義を守るグループ」から攻撃対象にされる可能性のある「良からぬ言葉」になりつつある。

いずれにせよ、このニュースは、いつになく私の心に鋭く突き刺さった。ひどいニュースは数多あるが、戦争や貧困などは私がジタバタしてもどうにもならない。そんな中、この16歳の女子生徒の話は他人事ではない。

警官にしょっ引かれたのは私でもあり得たし、私の娘でも、あるいは私の孫でもあり得た。そう思うと、強烈な怒りと、ドイツはいったいどこへ向かっているのかという果てしない恐ろしさも感じた。

言論・思想の自由は、いわば基本的人権の核だ。ところが、16歳の女子のそれが、当局によりあっさりと侵犯された。

全体主義の国で託児所や保育制度が行き届いているのは、女性の労働力が必要とされていることもあるが、同時に、思想教育は早く始めれば始めるほど、難なく浸透させられるからという理由も大きい。そういう意味では、現在の学校も、勉強の他に何を教え込まれるかわからないという点で要注意の場所だということを頭に入れておかなければならないのではないか。

腹を立てたのは私だけではなかったらしく、この事件は主要でないメディアにおいてあっという間に広がった(主要メディアは左寄りなので、往々にして“報道しない自由”を駆使する)。中でも『ユンゲ・フライハイト』という右寄りを自認している保守紙がこの女子と両親をインタビューし、詳細に報道した。

ちなみに、この記事では、最初、警察からの「女子を守るために匿名にするように」という指示に従い、女子と両親は匿名になっていた。しかし同紙はその後、本人らの同意を得たらしく、本名を公開。彼女の名はロレッタという。

そもそもロレッタを授業の最中に、わざわざ他の生徒の眼前で犯人のように扱ったのは警察だった。つまり、女子の名前など、地元ではとっくの昔に知れ渡っていたわけで、匿名の意味はあまりなかった。いったい匿名で、誰を誰から守るつもりだったのか。


校長はなぜ警察を呼んだのか?

この記事を読むと、校長の行動に対する疑問が膨らむばかりだ。

校長は、誰かからの通報があったのか、その朝、TikTokでロレッタの投稿を見つけ、すぐに警察を呼んだ。なぜ? TikTokでロレッタの投稿を見つけ、そこに問題があったのなら、なぜ、校長はロレッタに直接話しかけなかったのか? あるいは保護者に。

『ユンゲ・フライハイト』はこの校長にも話を聞こうとしたが、「自分は話すことが許されていない」という理由で、コメントは得られなかったという。

しかし、本来、校長とは、警察ではなく、生徒の側に立つべきではないか。また、たとえロレッタが普段から反抗的な生徒であったとしても、それに対峙するのが教育者の仕事だろう。それを全て放棄して、すぐに110番というのが理解できない。

これでは東独のシュタージ(秘密警察で、200万人にも及ぶIMと呼ばれた一般市民の非公式協力者の密告に支えられていた)と何も変わらない(メクレンブルク=フォアポンメルン州は旧東独)。

また、良い教育を目指すなら、教師は保護者の信頼も得なくてはならないが、母親は今回の出来事を、ロレッタが放課後、家で報告して初めて知ったという。校長は生徒に対してだけでなく、保護者に対しても責任を果たしていないのではないか。

ちなみに、市民の誰かがよほど憤慨したとみえ、この校長の写真をソーシャルメディアに公開したという。当然、これは処罰の対象となる。

AfDはドイツで公式に認められている政党であり、既存政党がどれだけ嫌おうが、今や国民の5人に1人がAfDを支持している。旧東独のザクセン州やチューリンゲン州に至っては、当局の締め付けに反発する力が強いため、支持率はさらに高い。

そのAfDのPRビデオを拡散し、支持を表明したからといって、もちろん罪であるはずもない。それなのに警察はロレッタに、「君は何ら法律に違反してはいない」と保証しながらも、「しかし、今後はこういうビデオの拡散はしない方が良い」と注意を促したという。完全に言論の自由の抑圧だ。

その後、『ユンゲ・フライハイト』の取材に対して警察は、「刑法の86条a、もしくは130条に抵触する恐れを教示した」として、自分たちの行動を正当化したが、刑法86条aというのは、反民主主義的な意見を広めたり、あるいはナチの鉤十字を使ったり、右手を上げるヒトラーの挨拶をしたりという人が刑罰の対象だという。

もう一つの130条の方は国家反逆、つまり、反乱や謀略の計画者が対象で、少数民族などに対する迫害や暴力行為の呼びかけなども含まれるというが、いずれにしても、ロレッタと何の関係があるのかがわからない。


民主主義を騙った思想教育の恐ろしさ

なお、当然のことながらAfDが黙っているはずもなく、生徒に対する監視、威圧、抑圧のようなことが、本当に州の教育省の指導で行われているのかどうか、徹底調査に乗り出す構えだ(校長は、ロレッタに何も言わずに警察を呼んだのも、自分が保護者と接触できないのも、取材に対して答えられないのも、すべて上からの命令だと主張している)。

AfDは今回の事件を、学校が次第に思想監視の道具として使われている事実が露呈したものと見ており、勇気を出して取材に応じてくれたロレッタとその母親に感謝しつつ、今後は、担当の教育委員会はもちろん、州の教育省や内務省も追求していくつもりらしい。

蛇足ながら、このギムナジウムは、2月23日から校内で、フリードリヒ・エーベルト財団主催の「民主主義を強化する」というテーマを掲げた展覧会を開催していたという。フリードリヒ・エーベルト財団というのは、社民党に極めて近い組織だが、校長は、その展覧会の開会式に地元の名士が大勢集まってくれたことを、ギムナジウムのHPに得意げに書いている。

しかし、実際には、ロレッタには言論の自由がなかった。この校長の「民主主義」の定義はどこか偏っている。

一番危険なのは、国が学校を使い、民主主義を騙って思想教育に手を突っ込むことだ。すでにドイツではそれがかなり進んでいるような気がして、戦慄を覚える。日本も他人事ではないと、心した方が良い。