・毛沢東時代への回帰?李強首相が演説で触れた「楓橋経験」に注目“住民を互いに監視させ治安維持にあたらせる”(TBS NEWS DIG 2024年3月7日)
※中国では今、国会にあたる全人代=全国人民代表大会が開かれていますが、毛沢東時代に登場したある政策への言及がありました。そこから見えてくる中国の未来の姿とは。
今年の中国全人代、李強首相が演説で触れたある言葉が今、注目されています。
中国 李強首相
「新時代の『楓橋経験』を堅持し発展させ、紛争の予防と解決を推進し、陳情取り扱いの法治化を推進する」
「楓橋経験」。毛沢東時代に行われていた治安維持のための運動を指します。
その成果を展示したこちらの施設は去年9月、習近平国家主席が訪れたことで有名になりました。今では共産党員を中心にひと月、数百人が「学習」に訪れるといいます。
「多いときは10~20台のバスが来ますよ」
「習主席が来てから、大型バスで共産党員たちが大勢見学にくるようになったよ」
施設の中には習主席と毛沢東の言葉が並べて示されていました。
1960年代に始まったこの「楓橋経験」。住民をお互いに監視させ、治安維持にあたらせるというものです。当時を知る住民たちに聞くと…
住民
「当時はこの村は平和でした。何かトラブルがあったら村の中で解決していました。毛沢東の時代はみんな貧しかったけど、いい時代でした。貧富の差がなかったからね」
「治安が良くて泥棒もいなかったし、ケンカする人もいなかったよ」
しかし、行き過ぎた相互監視の結果、数千万人が密告などにより犠牲になったとされる「文化大革命」に発展したとの指摘もあります。
今なぜ、「楓橋経験」なのか。そこには中国が目指す国家像が見えると専門家は指摘します。
東京財団政策研究所 柯隆 主席研究員
「平たくいうと、きちんとコントロールされている社会、人々が豊かになるとおのずと自由や民主主義やいろいろ共産党にとって不都合なことを求めてくるわけですが、抑えてコントロールする、100%監視されている社会を目指しているのではないかと」
ただ、特に中国の若い世代は自由や経済発展も味わっています。再び、毛沢東時代のような社会に引き戻せるのか。
東京財団政策研究所 柯隆 主席研究員
「政治体制をより統制する方向へもっていけばいくほど、経済が犠牲にされてしまうので、経済を犠牲にしていいかどうか、もし本当に無理やり実現しようとすると、中国の社会が相当混乱するのではないかと思います」
今年も国内の治安維持に関する予算を増額する方針の中国。監視社会に向けた動きは年々、着実に強まっていきます。
おまけ
ロシアを理想化してはいけない。
・ロシアで増える密告……同僚でも他人でも 国のためか怨恨か ロシア人に密告されたロシアの人たち
2024年2月16日
アマリア・ザタリ、BBCロシア語
※ソヴィエト連邦時代のロシアでは、隣近所の人や同僚や、赤の他人でさえ、当局に密告するのは普通のことだった。それが今では、ウクライナでの戦争に批判的な国民をロシア当局が厳しく取り締まる中で、誰かが気に食わないとか、自分には政治的な主義主張があるのだなど、様々な理由から、他人を密告するロシア人が増えている。
「うちは、祖父が密告が得意だったので、どうすればいいか私は祖父に教わりました」
「アンナ・コロブコワ」を名乗る女性はこう話す。ロシアの大都市に住んでいるそうだが、具体的にどこかは明らかにしなかった。
そのコロブコワさんの祖父はスターリン時代、ソ連の秘密警察に匿名で情報提供をしていたのだという。当時は、他人を密告したり糾弾したりすることは日常生活の一部だったし、孫娘も今や祖父のあとを継いでいる。
彼女は今では、ウクライナでの戦争に批判的だと思う相手は誰だろうと、片端から通報している。
密告の常習者を自認
ロシアによるウクライナ全面侵攻が始まって以来、自分は1397通の通報文を書いたと、コロブコワさんは言う。自分の通報によって、大勢が罰金を科せられ、解雇され、「外国の代理人」のレッテルを貼られたという。
「気の毒とは思わない」と、コロブコワさんは明かす。「私が通報したおかげで罰せられたなら、とてもうれしい」。
2022年2月にロシアがウクライナに侵攻してから間もなく、新しい検閲制度が法制化された。それ以来、コロブコワさんは暇を見つけてはオンラインで過ごし、「ロシア軍の信用を傷つけた」と思う人たちを次々と通報している。今の制度では、「ロシア軍の信用を毀損(きそん)」した罪で有罪となれば、最高5万ルーブル(約8万円)の罰金か、2回以上の再犯の場合は最高5年間の禁錮刑の罰を受ける。
コロブコワさんは私の取材に対して非常に慎重で、メールでのやり取りにしか応じなかった。自分の顔を出すのはいやで、自分の身元を証明するものも提示したくないと力説した。なぜかというと、「殺してやる」と脅されることが多く、自分の個人情報がハッキングされたり盗まれたりするのが怖いからだという。
では、なぜ自分と同じロシア市民について、密告するのか。動機は二つあるという。
第一に、ロシアがウクライナに打ち勝つための手助けを、自分はしているのだと。そして第二に、自分の経済的安定の助けにもなるからだと。
コロブコワさんは独り暮らしで、人文系の教授としてパートタイムで働いているという。貯金を取り崩しながらなんとか、やりくりしているのだと。もしも戦争でウクライナが有利になれば、ロシアは賠償金を払う羽目になり、そんなことになれば国全体と国民全員の経済状態が打撃を受けかねないと、心配しているのだと話す。
「特別軍事作戦に反対する全員が、私の安全と生活にとって、敵です」。こう言うコロブコワさんにとって、ウクライナの勝利は自分の敗北を意味する。
「貯金がなくなって、フルタイムの仕事を見つけなくてはならなくなる」
政府から離れて活動するロシアの独立系人権団体「OVD-インフォ」によると、新しい検閲法が制定されて以来、軍を批判した疑いで8000件以上の事案が立件されているという。
標的
コロブコワさんが通報するのは主に、マスコミに話をする人たちだ。特に、BBCなどの外国メディアの取材に応じる人たちを、標的としている。人類学者のアレクサンドラ・アルヒポワさんも、コロブコワさんに通報された一人だ。
アレクサンドラ・アルヒポワさんは人類学者として、ロシアで密告が再燃している現状を研究している
「彼女はもう7回、私のことを通報しています」とアルヒポワさんは話す。「密告文を書くことがあの人にとって、当局とやりとりする手段で、それが自分の使命だと思っている」。
「自分にぴったりな、得意なことを見つけたんでしょう。彼女に糾弾されると、専門家や研究者は往々にして、黙るしかなくなる」
アルヒポワさんは今や亡命中だ。自分が昨年5月にロシア国内法に基づき「外国の代理人」と認定されたことと、コロブコワさんの行動は、無縁ではないかもしれないと思っている。
「彼女に通報された私の友人たちは、もう一切、マスコミに話をしなくなりました。なので、彼女は成功したと言えるでしょう。任務完了です」
もう一人、標的にされたのは、タティアナ・チェルヴェンコさんというモスクワの教師だった。
ロシア政府が2022年9月に愛国教育を導入した際、チェルヴェンコさんは独立系メディア「ドシチ(TV Rain)」で、自分は代わりに数学を教えることにしたと発言した。「ドシチ」はその後、ロシア国内では閉鎖され、今ではオランダを拠点にしている。
「ドシチ」のインタビューを見たコロブコワさんは、チェルヴェンコさんを攻撃し始めた。チェルヴェンコさんの勤務先に苦情を繰り返し、モスクワの教育当局やロシアの子どもの権利当局にもクレームを重ねた。
結果的にチェルヴェンコさんは、2022年12月に解雇された。
タティアナ・チェルヴェンコさんは、自分が教職を追われたのは、通報・糾弾されたからだと言う
コロブコワさんは自分のしたことを、何も後悔していない様子だ。それどころか、自分が通報した人たちのデータベースを作り、その結果どうなったかも記録している。
自分の通報の結果、6人が解雇されたほか、15人が罰金処分を受けたのだという。
コロブコワさんは、ロシア国家の敵だと思う相手しか自分は相手にしていないと力説する。しかし、ロシア国内には個人的な恨みつらみを晴らすために通報している人もいるという話が、BBCに寄せられている。
投獄され、自由を求め
漁師のヤロスラフ・レフチェンコさんは、ロシア極東のカムチャッカ半島出身だ。
半島は火山と珍しい野生動物で有名なだけでなく、ロシア軍が重点配備されていることでも知られる。
この地域に住む人たちの多くは、ウラジーミル・プーチン大統領を支持している。レフチェンコさんの同僚たちもそうだ。
2023年2月のことだ。レフチェンコさんの漁船は1カ月の航海を終えて、カムチャッカの港に戻った。仲間の漁師に酒を勧められたが、断った。相手の男は以前から自分に不満があったらしいと、レフチェンコさんは言う。酒を断ったことから口論になり、レフチェンコさんは頭をびんで殴られ、意識が戻った時には病院にいた。
退院が許され、被害届を出そうと警察署へ行くと、通報されていたのはむしろ自分の方だと知らされた。暴行ではなく、反戦思想を理由に。愕然(がくぜん)とした。
レフチェンコさんに警察は、彼を殴った同僚を訴えられるほどの証拠がないと告げたのだという。
やがて7月13日になり、レフチェンコさんは逮捕された。BBCが確認した裁判資料によると、問われている罪状はテロの正当化だ。そんなことはしていないと否定するレフチェンコさんは、公判開始前という理由で勾留された。
BBCと連絡をとるには、弁護士に手紙を託すしか方法がない。「私が他の船員に暴力をはたらいたと、捜査員たちは言う(中略)そして、ロシア連邦に対して敵対行為をするつもりだと、私がそう話していたことになっている」と、レフチェンコさんは私たちに書いた。
BBCが確認した書類によると、レフチェンコさんはテロを正当化した罪に問われている。本人は否認している
レフチェンコさんの友人たちは、相手の船員が自分の暴力行為をごまかし、警察の目をそらすために、彼が通報したのだろうと、私に話した。漁船内での飲酒は禁止されているのに、酒を勧めたことも、相手の男はごまかそうとしているのだろうと。
「自分はただ家に戻りたい」と、レフチェンコさんは言う。「自分の牢(ろう)では、何重もの鉄格子の向こうにかろうじて、空がぎりぎり少し見えるだけで、こんなことは耐えられない」。彼がこう友人に書き送った手紙を、その友人がBBCに見せてくれた。
「果てしない訴え」
戦争が始まって以来、あまりに大量の通報が次々とくるため対応しきれないのだと、ロシア警察は認めている。「誰かがロシア軍を批判したという訴えが、延々と届く」ため、警察はその捜査と対応に多くの時間を割いているのだと、警察関係者はBBCに匿名で明らかにした。
「特別軍事作戦」をめぐり「何かしら他人を攻撃したい人たちが、常に言いがかりの口実を探している」のだと、引退間もない警官がBBCに話した。
「おかげで、たとえ具体的な中身のある本物の案件がいざ来ても、捜査しようにも人手がない。みんな、ウクライナの旗に見えるカーテンを見たという、どこかのおばあちゃんの話を確認しに、出払ってしまっているので」
プーチン大統領は、「裏切り者を罰せよ」と繰り返している。そして、ウクライナでの戦争に終わりは全く見えない。それだけに、コロブコワさんのような常習的な密告者も、ほかの市民について密告するのを全くやめようとしない。
「私はこれからも、通報文を書き続ける」と、彼女はメールでBBCに伝えてきた。
「たくさん書かなくてはならないので、忙しい」のだという。
(英語記事 Ukraine war: The Russians snitching on colleagues and strangers)
※中国では今、国会にあたる全人代=全国人民代表大会が開かれていますが、毛沢東時代に登場したある政策への言及がありました。そこから見えてくる中国の未来の姿とは。
今年の中国全人代、李強首相が演説で触れたある言葉が今、注目されています。
中国 李強首相
「新時代の『楓橋経験』を堅持し発展させ、紛争の予防と解決を推進し、陳情取り扱いの法治化を推進する」
「楓橋経験」。毛沢東時代に行われていた治安維持のための運動を指します。
その成果を展示したこちらの施設は去年9月、習近平国家主席が訪れたことで有名になりました。今では共産党員を中心にひと月、数百人が「学習」に訪れるといいます。
「多いときは10~20台のバスが来ますよ」
「習主席が来てから、大型バスで共産党員たちが大勢見学にくるようになったよ」
施設の中には習主席と毛沢東の言葉が並べて示されていました。
1960年代に始まったこの「楓橋経験」。住民をお互いに監視させ、治安維持にあたらせるというものです。当時を知る住民たちに聞くと…
住民
「当時はこの村は平和でした。何かトラブルがあったら村の中で解決していました。毛沢東の時代はみんな貧しかったけど、いい時代でした。貧富の差がなかったからね」
「治安が良くて泥棒もいなかったし、ケンカする人もいなかったよ」
しかし、行き過ぎた相互監視の結果、数千万人が密告などにより犠牲になったとされる「文化大革命」に発展したとの指摘もあります。
今なぜ、「楓橋経験」なのか。そこには中国が目指す国家像が見えると専門家は指摘します。
東京財団政策研究所 柯隆 主席研究員
「平たくいうと、きちんとコントロールされている社会、人々が豊かになるとおのずと自由や民主主義やいろいろ共産党にとって不都合なことを求めてくるわけですが、抑えてコントロールする、100%監視されている社会を目指しているのではないかと」
ただ、特に中国の若い世代は自由や経済発展も味わっています。再び、毛沢東時代のような社会に引き戻せるのか。
東京財団政策研究所 柯隆 主席研究員
「政治体制をより統制する方向へもっていけばいくほど、経済が犠牲にされてしまうので、経済を犠牲にしていいかどうか、もし本当に無理やり実現しようとすると、中国の社会が相当混乱するのではないかと思います」
今年も国内の治安維持に関する予算を増額する方針の中国。監視社会に向けた動きは年々、着実に強まっていきます。
おまけ
ロシアを理想化してはいけない。
・ロシアで増える密告……同僚でも他人でも 国のためか怨恨か ロシア人に密告されたロシアの人たち
2024年2月16日
アマリア・ザタリ、BBCロシア語
※ソヴィエト連邦時代のロシアでは、隣近所の人や同僚や、赤の他人でさえ、当局に密告するのは普通のことだった。それが今では、ウクライナでの戦争に批判的な国民をロシア当局が厳しく取り締まる中で、誰かが気に食わないとか、自分には政治的な主義主張があるのだなど、様々な理由から、他人を密告するロシア人が増えている。
「うちは、祖父が密告が得意だったので、どうすればいいか私は祖父に教わりました」
「アンナ・コロブコワ」を名乗る女性はこう話す。ロシアの大都市に住んでいるそうだが、具体的にどこかは明らかにしなかった。
そのコロブコワさんの祖父はスターリン時代、ソ連の秘密警察に匿名で情報提供をしていたのだという。当時は、他人を密告したり糾弾したりすることは日常生活の一部だったし、孫娘も今や祖父のあとを継いでいる。
彼女は今では、ウクライナでの戦争に批判的だと思う相手は誰だろうと、片端から通報している。
密告の常習者を自認
ロシアによるウクライナ全面侵攻が始まって以来、自分は1397通の通報文を書いたと、コロブコワさんは言う。自分の通報によって、大勢が罰金を科せられ、解雇され、「外国の代理人」のレッテルを貼られたという。
「気の毒とは思わない」と、コロブコワさんは明かす。「私が通報したおかげで罰せられたなら、とてもうれしい」。
2022年2月にロシアがウクライナに侵攻してから間もなく、新しい検閲制度が法制化された。それ以来、コロブコワさんは暇を見つけてはオンラインで過ごし、「ロシア軍の信用を傷つけた」と思う人たちを次々と通報している。今の制度では、「ロシア軍の信用を毀損(きそん)」した罪で有罪となれば、最高5万ルーブル(約8万円)の罰金か、2回以上の再犯の場合は最高5年間の禁錮刑の罰を受ける。
コロブコワさんは私の取材に対して非常に慎重で、メールでのやり取りにしか応じなかった。自分の顔を出すのはいやで、自分の身元を証明するものも提示したくないと力説した。なぜかというと、「殺してやる」と脅されることが多く、自分の個人情報がハッキングされたり盗まれたりするのが怖いからだという。
では、なぜ自分と同じロシア市民について、密告するのか。動機は二つあるという。
第一に、ロシアがウクライナに打ち勝つための手助けを、自分はしているのだと。そして第二に、自分の経済的安定の助けにもなるからだと。
コロブコワさんは独り暮らしで、人文系の教授としてパートタイムで働いているという。貯金を取り崩しながらなんとか、やりくりしているのだと。もしも戦争でウクライナが有利になれば、ロシアは賠償金を払う羽目になり、そんなことになれば国全体と国民全員の経済状態が打撃を受けかねないと、心配しているのだと話す。
「特別軍事作戦に反対する全員が、私の安全と生活にとって、敵です」。こう言うコロブコワさんにとって、ウクライナの勝利は自分の敗北を意味する。
「貯金がなくなって、フルタイムの仕事を見つけなくてはならなくなる」
政府から離れて活動するロシアの独立系人権団体「OVD-インフォ」によると、新しい検閲法が制定されて以来、軍を批判した疑いで8000件以上の事案が立件されているという。
標的
コロブコワさんが通報するのは主に、マスコミに話をする人たちだ。特に、BBCなどの外国メディアの取材に応じる人たちを、標的としている。人類学者のアレクサンドラ・アルヒポワさんも、コロブコワさんに通報された一人だ。
アレクサンドラ・アルヒポワさんは人類学者として、ロシアで密告が再燃している現状を研究している
「彼女はもう7回、私のことを通報しています」とアルヒポワさんは話す。「密告文を書くことがあの人にとって、当局とやりとりする手段で、それが自分の使命だと思っている」。
「自分にぴったりな、得意なことを見つけたんでしょう。彼女に糾弾されると、専門家や研究者は往々にして、黙るしかなくなる」
アルヒポワさんは今や亡命中だ。自分が昨年5月にロシア国内法に基づき「外国の代理人」と認定されたことと、コロブコワさんの行動は、無縁ではないかもしれないと思っている。
「彼女に通報された私の友人たちは、もう一切、マスコミに話をしなくなりました。なので、彼女は成功したと言えるでしょう。任務完了です」
もう一人、標的にされたのは、タティアナ・チェルヴェンコさんというモスクワの教師だった。
ロシア政府が2022年9月に愛国教育を導入した際、チェルヴェンコさんは独立系メディア「ドシチ(TV Rain)」で、自分は代わりに数学を教えることにしたと発言した。「ドシチ」はその後、ロシア国内では閉鎖され、今ではオランダを拠点にしている。
「ドシチ」のインタビューを見たコロブコワさんは、チェルヴェンコさんを攻撃し始めた。チェルヴェンコさんの勤務先に苦情を繰り返し、モスクワの教育当局やロシアの子どもの権利当局にもクレームを重ねた。
結果的にチェルヴェンコさんは、2022年12月に解雇された。
タティアナ・チェルヴェンコさんは、自分が教職を追われたのは、通報・糾弾されたからだと言う
コロブコワさんは自分のしたことを、何も後悔していない様子だ。それどころか、自分が通報した人たちのデータベースを作り、その結果どうなったかも記録している。
自分の通報の結果、6人が解雇されたほか、15人が罰金処分を受けたのだという。
コロブコワさんは、ロシア国家の敵だと思う相手しか自分は相手にしていないと力説する。しかし、ロシア国内には個人的な恨みつらみを晴らすために通報している人もいるという話が、BBCに寄せられている。
投獄され、自由を求め
漁師のヤロスラフ・レフチェンコさんは、ロシア極東のカムチャッカ半島出身だ。
半島は火山と珍しい野生動物で有名なだけでなく、ロシア軍が重点配備されていることでも知られる。
この地域に住む人たちの多くは、ウラジーミル・プーチン大統領を支持している。レフチェンコさんの同僚たちもそうだ。
2023年2月のことだ。レフチェンコさんの漁船は1カ月の航海を終えて、カムチャッカの港に戻った。仲間の漁師に酒を勧められたが、断った。相手の男は以前から自分に不満があったらしいと、レフチェンコさんは言う。酒を断ったことから口論になり、レフチェンコさんは頭をびんで殴られ、意識が戻った時には病院にいた。
退院が許され、被害届を出そうと警察署へ行くと、通報されていたのはむしろ自分の方だと知らされた。暴行ではなく、反戦思想を理由に。愕然(がくぜん)とした。
レフチェンコさんに警察は、彼を殴った同僚を訴えられるほどの証拠がないと告げたのだという。
やがて7月13日になり、レフチェンコさんは逮捕された。BBCが確認した裁判資料によると、問われている罪状はテロの正当化だ。そんなことはしていないと否定するレフチェンコさんは、公判開始前という理由で勾留された。
BBCと連絡をとるには、弁護士に手紙を託すしか方法がない。「私が他の船員に暴力をはたらいたと、捜査員たちは言う(中略)そして、ロシア連邦に対して敵対行為をするつもりだと、私がそう話していたことになっている」と、レフチェンコさんは私たちに書いた。
BBCが確認した書類によると、レフチェンコさんはテロを正当化した罪に問われている。本人は否認している
レフチェンコさんの友人たちは、相手の船員が自分の暴力行為をごまかし、警察の目をそらすために、彼が通報したのだろうと、私に話した。漁船内での飲酒は禁止されているのに、酒を勧めたことも、相手の男はごまかそうとしているのだろうと。
「自分はただ家に戻りたい」と、レフチェンコさんは言う。「自分の牢(ろう)では、何重もの鉄格子の向こうにかろうじて、空がぎりぎり少し見えるだけで、こんなことは耐えられない」。彼がこう友人に書き送った手紙を、その友人がBBCに見せてくれた。
「果てしない訴え」
戦争が始まって以来、あまりに大量の通報が次々とくるため対応しきれないのだと、ロシア警察は認めている。「誰かがロシア軍を批判したという訴えが、延々と届く」ため、警察はその捜査と対応に多くの時間を割いているのだと、警察関係者はBBCに匿名で明らかにした。
「特別軍事作戦」をめぐり「何かしら他人を攻撃したい人たちが、常に言いがかりの口実を探している」のだと、引退間もない警官がBBCに話した。
「おかげで、たとえ具体的な中身のある本物の案件がいざ来ても、捜査しようにも人手がない。みんな、ウクライナの旗に見えるカーテンを見たという、どこかのおばあちゃんの話を確認しに、出払ってしまっているので」
プーチン大統領は、「裏切り者を罰せよ」と繰り返している。そして、ウクライナでの戦争に終わりは全く見えない。それだけに、コロブコワさんのような常習的な密告者も、ほかの市民について密告するのを全くやめようとしない。
「私はこれからも、通報文を書き続ける」と、彼女はメールでBBCに伝えてきた。
「たくさん書かなくてはならないので、忙しい」のだという。
(英語記事 Ukraine war: The Russians snitching on colleagues and strangers)