プライバシー保護を後退させるマイナンバー法等の一部改正法案に反対する会長声明

2023年05月18日

https://senben.org/archives/10267

※岸田内閣は、第211回国会(常会)にマイナンバー法等の一部改正法案を提出した。同法案は、本年4月27日に衆議院本会議で賛成多数により可決され、現在参議院で審議が行われている。
 
しかし、同法案は、以下に述べるとおり、マイナンバー(個人番号)ないしマイナンバーカード(個人番号カード)の利用促進を重視するあまり、プライバシー保護への配慮が不十分であり、人権保障とのバランスを失しており適切ではない。
 
第一に、マイナンバーの利用範囲の拡大及び利用事務・情報連携事務の増大によりプライバシー侵害の危険性を高めている点である。すなわち、そもそもマイナンバーは、悉皆性(住民票を有する全員に付番)及び唯一無二性(一人一番号を重複しないように付番)という性質を有し、原則として生涯不変の個人識別番号である。そのため、マイナンバーの使い方によっては広範な個人情報がマイナンバーに紐付けられることでデータマッチングされ、マッチングされた様々な個人情報によりプロファイリング(個人の職務能力、経済状況、健康、趣味嗜好、信頼度、行動、位置・移動に関する特性の分析・予測)されてしまうことによるプライバシー侵害のおそれがある。そこで、マイナンバー法は利用範囲や情報連携の範囲を法律で限定し(3条2項、9条、19条)、これらの制限違反について通常の個人情報の場合よりも重い罰則を科す(第9章)など、厳格な規制を定めている。
ところが、同法案は、①社会保障制度、税制及び災害対策の分野に限定していたマイナンバー(個人番号)の利用範囲(法3条2項)をそれ以外の行政分野(建築士や行政書士等の国家資格、自動車登録、在留資格に係る許可等に関する事務等)に拡大し、②法律別表記載の事務(法定事務)に限定していたマイナンバーの利用(法9条)を法定事務に「準ずる事務」についても可能とし、また、法律の別表記載事務に限定していた情報連携を行う事務(法19条)についても、マイナンバーの利用が認められている事務であれば主務省令に記載することで情報連携を可能としている。これはプライバシー保護のための規制を緩めるもので、プライバシー侵害のおそれを増幅させるものである。最高裁第一小法廷2023年3月9日判決は、利用範囲を上記3分野に限定している現行のマイナンバー制度を憲法違反ではない旨判示しているが、具体的な法制度や実際に使用されるシステムの内容次第では、不当なデータマッチングによる権利侵害の具体的な危険が生じ得ることを指摘している。そうすると、マイナンバーの利用範囲を拡大する同法案や同法案に基づく運用によりプライバシー侵害の具体的危険が生じ得ることを否定できない。にもかかわらず、事前のプライバシー影響評価(PIA)手続すら行われないまま同法案が提出・審議されている。

第二に、自己情報の取扱いについての本人同意を軽視している点である。すなわち、プライバシー保護の基本は本人が自己の情報の取扱について決定権(同意権)を有することである。そのため、公金受取口座とマイナンバーの紐付け登録を行う場合には、口座名義人の積極的な同意の意思表示を求めるべきであり、名義人が積極的な同意をせず、又は知らないうちに紐付けがなされるという方法をとるべきではない。
しかし、同法案では、公金受取口座登録を推進するために、「行政機関が公的給付の支給に利用する口座情報を既に保有している場合に、当該口座名義人に対して、当該口座情報を内閣総理大臣に提供して、マイナンバーと紐付けている公金受取口座登録簿に登録すること」についての同意・不同意の回答を求める書面を送付し、期限内に回答がない場合には同意をしたものとして公金受取口座登録簿に登録することを内容としている。このような方法は、本人の同意を軽視するものであって、プライバシー保護の要請と整合しない。

第三に、同法案が前提としている健康保険証を廃止してマイナンバーカードと健康保険証を一体化する方針が、同カードの申請主義(任意取得の原則)を没却する点である。すなわち、マイナンバーカードの裏面にはマイナンバーが記載されているため、同カードの提示や紛失拾得等を契機とした他者による不正利用の危険が存する。マイナンバー法は、このようなマイナンバーカード取得に伴う危険性を考慮し、同カードの取得は、本人がその利便性と危険性を利益衡量して決めるという申請主義(任意取得の原則、法16条の2、17条)を採用している。したがって、マイナンバーカード取得についての本人の自由な選択を阻害するような強制的な措置や利益誘導は申請主義を没却するものであって、適切ではない。

しかし、同法案では、2024年秋に健康保険証を廃止するという政府方針の下、マイナンバーカードと健康保険証を一体化(マイナ保険証)した上で、同カードを保有していない者が保険診療を受けるためには「資格確認書」の交付申請を行う必要があるとされている。資格確認書は、毎年交付申請をしなければならず、申請を忘れると無保険扱いとなってしまうおそれがある点で、申請せずとも交付される現在の健康保険証よりも住民に不利益をもたらす。これは、マイナンバーカードの取得を強力に誘導するものであり、事実上の強制の要素を含んでいると言わざるを得ず、申請主義(任意取得の原則)を没却するものである。

まして、マイナンバーカードをめぐっては、今年になってから、別人の顔写真を載せた同カードを交付した事例(島根県安来市)や、同カードを利用してコンビニエンスストアの証明書自動交付サービスにより証明書の交付を受ける際に別人の住民票等が交付された事例(東京都足立区、横浜市、川崎市、徳島市)、マイナ保険証に別人の情報が紐付けられていた事例(2021年10月から2022年11月までの間に7312件)が発覚しており、プライバシー侵害が現実の脅威として現れている。このような状況下で、マイナンバーカードの取得を事実上強制する方策を推進することはプライバシー保護に逆行する。
 
よって、当会は、プライバシー保護を後退させ、マイナンバーカードの取得を事実上強制する要素を含む同法案に反対する。

2023年(令和5年)5月18日

仙 台 弁 護 士 会

会 長  野  呂   圭



・マイナ保険証 選択制だったのに「廃止」に突然変わった日…審議会の議論飛ばし 立民が徹底追及の構え(東京新聞web 2023年10月25日)

※他人の情報を誤ってひもづけするなどのトラブルが相次ぐ「マイナ保険証」。政府は来年秋に現行の健康保険証を廃止する方針だが、当初は選択制にして併存させようとしていた。

それがなぜ「廃止」になったのか。24日から与野党の論戦が始まった臨時国会で、立憲民主党などは廃止の延期を求めるとともに、廃止に至った経緯も徹底追及する構えだ。(長久保宏美)

◆いまもトラブル続発に怒り

「本当に保険証が廃止できると思うてはるんでっか?ホンネで言うて下さい」…。
10月19日、参院議員会館内の会議室で行われた会合で、大阪保険医協会加盟の医師らが厚生労働省の若い担当者らにこう詰め寄った。今年8月、岸田文雄首相や河野太郎デジタル相が相次ぐトラブルの中間報告を行った後も、日常的に診療所でマイナ保険証関連のトラブルが続いているため怒っているのだ。

マイナ保険証の導入を巡って厚労省は、遅くとも2019年6月の段階で、現在、発生しているマイナ保険証関連のトラブルを予測していた。

「オンライン資格確認等システムに関する運用などの整理案」によると、このなかで、転職などに伴う保険組合の変更時に保険証の情報更新が遅れ「無効エラー」となるタイムラグ問題やシステムが使用する漢字コードの違いから、保険証の氏名の漢字が「●」で表示される問題など課題を列記し、対応策を検討していた。

にもかかわらず、なぜ、任意取得のはずのマイナンバーカードと保険証の一体化と現行保険証廃止に踏み切ったのか。厚生労働行政に詳しい専門家の中には「2024年秋の現行保険証廃止決定までの政策決定経過が不自然だ」という指摘がある。

◆2022年6月7日の閣議決定では…

政府は2022年度末までに、ほとんどの国民がマイナンバーカードを所持することを目標とし、22年6月7日の閣議決定では「23年4月からのオンライン資格確認の義務化とともに、マイナンバーカードの保険証利用が進むよう、24年度中をめどに保険者(保険組合など)による保険証発行の選択制の導入を目指し、保険証の原則廃止を目指す」とし、脚注に「加入者からの申請があれば保険証は交付される」としていた。

この決定は同年8月19日の厚生労働省の第152回社会保障審議会医療保険部会でも維持されていた。

しかし、この時点でのマイナンバーカードの交付率は50%を切っていた。そしてその後、河野デジタル相の口から「一本化」「廃止」の言葉が相次ぐようになる。

9月29日の「マイナンバーカードの普及・利用の推進に関する関係省庁連絡会議」。河野氏は「第一に健康保険証、運転免許証…など全部マイナンバーカードにもれなく一本化し、加速をしていきたいと思っている」と発言。

10月13日午前10時10分からの記者会見では、岸田文雄首相とマイナンバーカードの取得利用の加速化について話し合ったことを報告するとともに「2024年秋に現在の健康保険証の廃止を目指す」と初めて、廃止時期を公言した。

同じ日の午後に開催された第155回社会保険審議会医療保険部会では、廃止時期が報道されたことに対し、一部の委員の中からは同部会できちんとした説明・報告を求める意見が出たが、事務局から報告はなく、同部会で正式に議論されたのは10月28日に開催された第156回の部会になってからだった。



◆廃止はいつ、誰が決めたのか?

こうした経過について立憲民主党の山井和則衆院議員は今年10月11日の国会内で行われたヒアリングの場で「河野大臣の会見の前の正式な会議で(廃止時期を)議論した形跡がない。24年秋廃止としたのは、いつ、どの会議か」と、厚労省の担当者を追及。

同党の杉尾秀哉参院議員も「そもそも、閣議決定では(廃止時期が)秋とはなっていなかった。いつ秋となったのか。24年度中は選択制で、それが、なぜ、24年秋廃止となったのか」と畳みかけた。

これに対し厚労省の担当課長は「基本的にオープンな資料、議事録などをもとに回答している」とした上で「2024年秋と明示的に審議会で事務局から示したのは156回(の部会)。なぜ秋になったかというと、実際に河野大臣が10月13日の関係大臣の間で廃止を確認したということ以上の情報は持ち合わせていない」と答えた。

デジタル庁の担当者も、河野会見前に事務レベルで議論があったかは「確認できない。いや、ないと思います」と回答した。

こうした説明について同党の山井和則衆院議員は「省庁間の水面下の会議で決定したということが明らかになった。なぜ、(専門家を集めた)審議会の部会にかけなかったというと、たぶん、通らなかったから」と指摘。

「そういう意味で保険証廃止は政治案件だ。マイナ保険証の利用率が5%(8月末時点)を切っているなかで、廃止して本当に大丈夫なのか再検討すべきだ」と述べた。

◆岸田首相、廃止延期に含み

立民は今月20日、健康保険証の廃止を延期するための法案を提出した。岸田首相は24日の代表質問で、来秋のマイナ保険証への一本化方針に関して「ひも付けの総点検と修正作業を見定め、さらなる期間が必要と判断された場合には必要な対応を行う」と廃止延期に含みを残した。