・「ウクライナ軍の成功が戦争をより暴力的な方向に向かわせる」エマニュエル・トッドが語った“この戦争が長期化する”理由(文春オンライン 2022年6月21日)
『第三次世界大戦はもう始まっている』 #1
エマニュエル トッド
※「ウクライナ軍が軍事的に成功すればするほど、ロシア軍はより強い武器を用いることになり、戦闘はいっそう激化していきます。実際、その傾向がすでに見られます。」
いまだ戦火のやまぬロシアのウクライナ侵攻に対して、仏の歴史人口学者、エマニュエル・トッド氏は何を思うのか? トッド氏の新刊『第三次世界大戦はもう始まっている』より一部抜粋してお届けする。
◆◆◆
「戦争の責任はアメリカとNATOにある」
今回の戦争に対する反応として、実はアメリカと西欧の間には大きな違いがあります。イギリス、フランス、ドイツなどの西欧諸国では、地政学的思考や戦略的思考がまったく姿を消してしまい、皆が感情に流されています。
それに対して、アメリカでは議論が起きています。この戦争が、地政学的・戦略的視点からも論じられているのです。
その代表格が、元米空軍軍人で、現在、シカゴ大学教授の国際政治学者ジョン・ミアシャイマーです。
彼は、ハーバード大学教授の国際政治学者スティーヴン・ウォルトと『イスラエル・ロビーとアメリカの外交政策』(講談社)という共著もある戦略的現実主義の論客で、今回の戦争に関して、「まずは感情に流されず、リアル・ポリティクスの観点から、戦争の原因を考えなければならない」と問題提起をしています。
ミアシャイマーが出した最初の結論は、「いま起きている戦争の責任は、プーチンやロシアではなく、アメリカとNATOにある」ということです。
「ウクライナのNATO入りは絶対に許さない」とロシアは明確に警告を発してきたのにもかかわらず、アメリカとNATOがこれを無視したことが、今回の戦争の原因だとしているのです。
ウクライナはNATOの“事実上”の加盟国だった
重要なのは、「この問題は、ウクライナが実際に加盟申請をしたかどうかという形式的な問題としては片付けられない」とミアシャイマーが指摘していることです。ロシアの攻撃が始まる以前から、「ウクライナはすでにNATOの“事実上”(de facto)の加盟国」だったと彼は述べています。
もう一つミアシャイマーの指摘で重要なのは、「ウクライナのNATO加盟、つまりNATOがロシア国境まで拡大することは、ロシアにとっては、生存に関わる『死活問題』であり、そのことをロシアは我々に対して繰り返し強調してきた」ということです。
非常に明快な指摘で、私も基本的に彼と同じ考えです。ヨーロッパを“戦場”にしたアメリカに怒りを覚えています。
とはいえ、今の時点で、こう言い切るのは勇気のあることです。ただしアメリカには、彼の考えに賛同する人も数多くいるようです。というのも、ミアシャイマーがそう断言した20分ほどの動画は、アメリカを中心にわずか数日の間に1800万人もの人々が視聴した、と言われているからです。
ミュンヘン会談よりキューバ危機
「プーチンは、かつてのソ連やロシア帝国の復活を目論んでいて、東欧全体を支配しようとしている。ウクライナで終わりではない。その後は、ポーランドやバルト三国に侵攻する。ゆえにウクライナ問題でプーチンと交渉し、妥協することは、融和的態度で結局ヒトラーの暴走を許した1938年のミュンヘン会談の二の舞になる」──西側メディアでは、日々こう語られています。
これに対してミアシャイマーは、この見方は間違っていると言っています。歴史のアナロジーで言えば、「ミュンヘン会談」よりも、ソ連がキューバという“アメリカの裏庭”に核ミサイルを設置しようとして、アメリカがこれを許さなかった1962年の「キューバ危機」になぞらえるべきだ、と。
そして、この危機の起源と全体像をつかむには、冷戦終結後の歴史を振り返る必要がある、と説いています。
「NATOは東方に拡大しない」という約束
冷戦後、NATOは東方に拡大しましたが、これには、2つの画期がありました。ポーランド、ハンガリー、チェコが加盟した1999年と、ルーマニア、ブルガリア、スロバキア、スロベニア、エストニア、ラトビア、リトアニアが加盟した2004年です。
ドイツ統一が決まった1990年の時点で、「NATOは東方に拡大しない」といった“約束”がソ連に対してなされていましたが〔当時のソ連書記長ゴルバチョフに対し、1990年2月9日、アメリカのベーカー国務長官が「NATOを東方へは1インチたりとも拡大しないと保証する」と伝え、翌日にはコール西独首相が「NATOはその活動範囲を広げるべきでないと考える」と伝えている──編集部注〕、にもかかわらず、ロシアは、不快感を示しながら二度にわたるNATOの東方拡大を受け入れたのです。
その上で、2008年4月のブカレストでのNATO首脳会議で、「ジョージアとウクライナを将来的にNATOに組み込む」ことが宣言されました。
その直後、プーチンは、緊急記者会見を開き、「強力な国際機構が国境を接するということはわが国の安全保障への直接的な脅威とみなされる」と主張しました。
つまり、この時点でロシアは、「ジョージアとウクライナのNATO入りは絶対に許さない」という警告を発し、「ロシアにとって越えてはならないレッドライン」を明確に示していたわけです。
そして2014年2月22日、ウクライナで、「ユーロマイダン革命」と呼ばれる「クーデタ」──民主主義的手続きによらずに親EU派によってヤヌコビッチ政権が倒される──が発生しました。
これを受けて、ロシアはクリミアを編入し、親露派が東部ドンバス地方を実効支配しましたが、それは住民の大部分が、この「クーデタ」を認めなかったからです。
ウクライナを「武装化」した米国と英国
ウクライナは正式にはNATOに加盟していません。しかし、ロシアの侵攻が始まる前の段階で、ウクライナは「米英の衛星国」「NATOの“事実上”の加盟国」になっていた、とミアシャイマーは指摘しています。アメリカとイギリスが、高性能の兵器を大量に送り、軍事顧問団も派遣して、ウクライナを「武装化」していたからです。「ウクライナをすぐにNATOの一部にするとは誰も言っていない」というレトリックを用いながら、ウクライナを「武装化」し、“事実上”NATOに組み入れていたわけです。
現在、ウクライナ軍がロシア軍の攻勢を止めるほどの力を見せているのは、ウクライナ人兵士の奮闘にもよりますが、何よりもアメリカとイギリスによって効果的に増強されていたからです。
「ウクライナ軍の予想を上回る抵抗」は、まさに「アメリカとイギリスによる軍事支援の成果」なのです。
「手遅れになる前にウクライナ軍を破壊する」が目的だった
ロシアが看過できなかったのは、この「武装化」がクリミアとドンバス地方の奪還を目指すものだったからです。
フランスの『ル・モンド』紙──読者層は“インテリ”で反ロシア的立場──には、「クリミアへの水道供給を遮断し、クリミアからロシア人を追い出すことが、ウクライナ側の目的だ」という記事が出ていました。
要するに、2014年に“ロシアによって奪われた土地”を奪還することが、ウクライナの政治的、軍事的目標だったのです。
こうしたウクライナの動きに対して、「我々はスターリンの誤りを繰り返してはいけない。手遅れになる前に行動しなければならない」とプーチンは注目すべき発言をしていました。つまり、軍事上、今回のロシアの侵攻の目的は、何よりも日増しに強くなるウクライナ軍を手遅れになる前に破壊することにあったわけです。
ウクライナ軍が抵抗するほど戦争は激化
こうした状況で、ウクライナ側の軍事的抵抗を西側の人間は喜んではいられない、とミアシャイマーは指摘しています。ウクライナ軍が強く抵抗するほど、ロシア軍はより攻撃的になるだけだからです。ウクライナ軍が軍事的に成功すればするほど、ロシア軍はより強い武器を用いることになり、戦闘はいっそう激化していきます。実際、その傾向がすでに見られます。
マリウポリの街が“見せしめ”のように攻撃されているのには理由があります。アゾフ海に面した戦略的要衝というだけでなく、ネオナチの極右勢力「アゾフ大隊」〔2014年に白人至上主義極右思想の外国人義勇兵も含めた民兵組織として発足。現在はウクライナ内務省傘下にあるが、ナチスを彷彿とさせるエンブレム「ヴォルフスアンゲル」を部隊章として用いている。日本の公安調査庁も「ネオナチ組織がアゾフ大隊を結成した」としていたが、現在、この記事はHPから削除されている──編集部注〕の発祥地だからです。
ロシアが言っていることに我々は耳を傾けなければなりません。「非ナチ化」とは、このアゾフ大隊を叩き潰すという意味です。
ウクライナ軍の成功の一つ一つが、この戦争をより暴力的な方向へと向かわせていきます。ロシアにとって「死活問題」、つまり「生存をかけた問題」だからです。ミアシャイマーはこのように述べていて、私もその通りだと思います。
米国にとっても「死活問題」に
ここからミアシャイマーは、「ロシアはアメリカやNATOよりも決然たる態度でこの戦争に臨むので、いかなる犠牲を払ってでもロシアが勝利するだろう」と結論するのですが、この点は間違っているのではないでしょうか。ここに、「戦略的現実主義」と呼ばれるアメリカの地政学的思考の限界や欠点が露わになっているように思うのです。
要するに、ウクライナ問題は、ロシアにとっては「死活問題」であっても、アメリカにとっては「遠い問題」「優先度の低い問題」であるとミアシャイマーは言っているのですが、この問題は、実はアメリカにとっても、「死活問題」になりつつあるのです。
ロシアによるウクライナ侵攻は、アメリカ主導の国際秩序に直接挑みかかるもので、この点にアメリカは衝撃を受けました。
そしてアメリカを始めとする西側諸国は、ロシアに対する経済制裁やウクライナに対する軍事的、財政的支援など、直接的な軍事介入以外のあらゆる手段を用いて、ロシアの侵攻を食い止め、ロシアを敗北させようとしています。
これでもし、ロシアの勝利を阻止できなかったとしたら、どうなるのか。アメリカの威信が傷つき、アメリカ主導の国際秩序自体が揺るがされることになるでしょう。
アメリカは、軍事と金融の面で世界的な覇権を握るなかで、実物経済の面では、世界各地からの供給に全面的に依存していますが、このシステム全体が崩壊する恐れが出てくるのです。ウクライナ問題は、アメリカにとっても、それほどの「死活問題」になっています。ここがミアシャイマーの見誤った点で、アメリカはこの戦争に、彼が想像する以上に深くのめり込む可能性があるのです。
この意味で、ウクライナ問題は、すでに「グローバル化」しています。
・「我々はすでに第三次世界大戦に突入した」エマニュエル・トッドが指摘した世界戦争を激化させる“アメリカの無責任”(文春オンライン 2022年6月21日)
『第三次世界大戦はもう始まっている』 #2
エマニュエル トッド
※当初は、ローカルな問題に留まるはずだったウクライナ問題はなぜ国際秩序に大混乱を招くグローバルな問題に発展したのか?
ウクライナ問題に関わる大国たちの思惑を、仏の歴史人口学者、エマニュエル・トッド氏の新刊『第三次世界大戦はもう始まっている』より一部抜粋してお届けする。
◆◆◆
ウクライナは「NATOの“事実上”の加盟国」
ウクライナ問題は、元来は、ソ連崩壊後の国境の修正という「ローカルな問題」でした。1991年当時、ロシアがソ連解体を平和裏に受け入れたことに世界は驚いたわけですが、ロシアからすれば、1990年代前半に行なうべきだった国境の修正をいま試みている、とも言えるでしょう。
しかしこの問題は、初めから「グローバルな問題」としてもありました。
アメリカの地政学的思考を代表するポーランド出身のズビグネフ・ブレジンスキーは、「ウクライナなしではロシアは帝国にはなれない」と述べています(The Grand Chessboard、邦訳『地政学で世界を読む──21世紀のユーラシア覇権ゲーム』日経ビジネス人文庫)。アメリカに対抗しうる帝国となるのを防ぐには、ウクライナをロシアから引き離せばよい、と。
そして実際、アメリカは、こうした戦略に基づいて、ウクライナを「武装化」して「NATOの“事実上”の加盟国」としたわけです。つまり、こうしたアメリカの政策こそが、本来、「ローカルな問題」に留まるはずだったウクライナ問題を「グローバル化=世界戦争化」してしまったのです。
いま人々は「世界は第三次世界大戦に向かっている」と話していますが、「我々はすでに第三次世界大戦に突入した」と私は見ています。
ウクライナ軍は、アメリカとイギリスの指導と訓練によって再組織化され、歩兵に加えて、対戦車砲や対空砲も備えています。とくにアメリカの軍事衛星による支援が、ウクライナ軍の抵抗に決定的に寄与しています。
その意味で、ロシアとアメリカの間の軍事的衝突は、すでに始まっているのです。ただ、アメリカは、自国民の死者を出したくないだけです。
「20世紀最大の地政学的大惨事」
ロシアは、ある意味でエレガントな形で、共産主義体制から抜け出しました。人類史上最も強固な全体主義体制をみずからの手で打倒したのです。これは、ゴルバチョフの偉大な功績です。
そして東欧の衛星国の独立を受け入れ、さらにはソ連の解体さえも受け入れました。
バルト諸国、カフカスならびに中央アジアの諸共和国が独立を果たすことを平和裏に受け入れたのです。
それだけではありません。「広義のロシア」すなわち「スラヴ」の核心部は、ロシア(大ロシア)、ベラルーシ(白ロシア)、ウクライナ(小ロシア)からなりますが、ベラルーシとウクライナの分離独立、すなわち「広義のロシア」の核心部が分裂することまで受け入れたのです。
ちなみにソ連邦が成立した1922年以前に、ウクライナも、ベラルーシも「国家」として存在したことは一度もありません。「ソ連崩壊」は、「共産主義体制の終焉」と「(ソ連という)国家の解体」という二重の意味をもっていましたが、ソ連崩壊直後の「無政府状態」によって、ソ連時代に人工的につくられた国境がそのまま尊重される結果となったのです。プーチンが、ソ連崩壊を20世紀最大の地政学的大惨事」と呼ぶのは、この意味に他なりません。
ロシアによるクリミア編入も、ウクライナにおけるロシア系住民の自律性獲得のための支援(ドンバス地方における親露派の実効支配の支援)も、「人民自決権」という伝統的な考え方に照らせば、それなりの正当性をもっています。しかし西側諸国においては、「とんでもなく忌まわしいこと」とみなされているのです。
冷戦後の米露関係
冷戦後のロシアは、「西側との共存」を目指しました。けれども、ロシア人はすぐに裏切られたのです。
ソ連崩壊後、欧米はロシアに新自由主義者の助言者を送り込みました。1990年から1997年までの間、アメリカ人顧問の助けを借りて経済自由化の乱暴な企てが推進されましたが、ロシアの経済と国家を破綻させただけでした。彼らが間違った助言を行なったことで、ロシアがプーチン主導で経済的に立ち直るのに、多大な努力が必要となったのです。
さらにアメリカは「NATOは東方に拡大しない」と言っていたのに、実際は、可能なかぎり戦略的な優位を保って、結局、ロシアを軍事的にも囲い込んでしまいました。誰もがロシアを責めますが、アメリカと同盟国の軍事基地のネットワークを見れば一目瞭然であるように、囲い込まれているのは西側ではなく、ロシアの方です。軍事的緊張を高めてきたのは、ロシアではなくNATOの方だったのです。
戦争前の各国の思惑
「今回の戦争がなぜ始まったか」を理解するには、まず戦争前の各国の思惑を理解する必要があります。
アメリカの目的は、ウクライナをNATOの事実上の加盟国とし、ロシアをアメリカには対抗できない従属的な地位に追いやることでした。
それに対してロシアの目的は、アメリカの目論見を阻止し、アメリカに対抗しうる大国としての地位を維持することでした。
ロシアは、人口規模は日本と同程度ですが、アメリカに対抗しうる勢力であり続けようとしたわけです。だからこそ、アメリカによるウクライナの「武装化」がこれ以上進むことを恐れ、ロシアは侵攻を決断したのです。
今の状況は、「強いロシアが弱いウクライナを攻撃している」と見ることができますが、地政学的により大きく捉えれば、「弱いロシアが強いアメリカを攻撃している」と見ることもできます。
超大国は1つだけより2つ以上ある方がいい
ちなみに、1つの国家、1つの帝国が、誰もブレーキをかけられない状態で世界全体に絶対的な支配力を及ぼすのが、よいことであるはずはありません。超大国は、たった1つしかない状態よりも、2つ以上ある方が、世界の均衡はとれるのです。
要するに、冷戦の勝利に酔うアメリカが「全世界の支配者」として君臨するのを阻止できる唯一の存在は、ロシアだったのです。2003年、イラクに対してアメリカが独善的に行動した時も、“西側の自由な空間の保全”に貢献したのはロシアでした。スノーデンをあえて迎え入れることで、結果的に“西洋の市民の自由の擁護”に貢献したのも、ロシアです。そのことに我々は感謝すべきなのです。
そもそも第二次世界大戦時に、みずから多大な犠牲を払ってドイツ国防軍を打ち破り、アメリカ・イギリス・カナダの連合軍による「フランス解放」を可能にしてくれたのも、ソ連でした。ソ連は、2000万人以上の犠牲者を出しながら、ナチスドイツの悪夢からヨーロッパを解放するのに、ある意味でアメリカ以上に貢献したのです。ところが、冷戦後の西側は、その歴史をすっかり忘却してしまったかのような振る舞いをロシアに対してしてきました。
それどころか、ロシアが回復に向かうにつれて、「ロシア嫌い(ロシア恐怖症)」の感情は、弱まるのではなく、いっそう強まりました。プーチン率いるロシアの権威的民主主義体制が、それ自体として憎しみの対象になってしまったのです。西側諸国における「歴史の忘却」や「地政学的な無思慮」以上に、唖然とせざるを得ないのは、この「ロシア嫌い」の高まりです。
・エマニュエル・トッド「ロシアは国際社会にとって脅威ではない」…ウクライナ戦争で露呈したロシア軍の無力(文春オンライン 2022年7月5日)
エマニュエル トッド
※ロシアとウクライナとの戦争の長期化が懸念されるなか、それでも仏の歴史人口学者、エマニュエル・トッド氏が「ロシアは国際社会にとって脅威ではない」と語る理由とは?
トッド氏の新刊『 第三次世界大戦はもう始まっている 』より一部抜粋してお届けする。
◆◆◆
第二次世界大戦より第一次世界大戦に似ている
我々はすでに「世界大戦」に突入してしまいました。そして戦争の歴史によく見られるように、誰もが予測していなかった事態が、いま起きています。
先日、ドイツの財界人や経営者が読む『フランクフルター・アルゲマイネ・ツァイトゥング』紙に、「この戦争は1914年と1939年のどちらと比較すべきか?」という見出しの記事が出ていました。要するに、この戦争を「第一次世界大戦」と「第二次世界大戦」のどちらのアナロジーで捉えるのが適切なのか、と問いかけているわけですが、私自身は「第一次世界大戦」の方が近いと考えています。
ロシアによるウクライナ侵攻が始まった時、おそらく多くの人々は、第二次世界大戦の電撃戦のような戦争を想像していたことでしょう。しかし実際は、戦争の進行は遅く、むしろ第一次世界大戦のようになりつつあります。
もちろん第一次世界大戦の時も、人々は、「短期決戦」で片がつくと思っていました。ところが実際は、誰も想定していなかったことが起きたのです。
予想に反して、フランス軍がドイツ軍による攻撃を食い止めました。そこでドイツ軍は北海方面へと突き進み、4年にわたる「長期戦」が始まってしまったのです。
第一次世界大戦は、少なくとも西部戦線においては、はっきりとした軍事的勝利によって終結を迎えたわけではありません。連合国のイギリスと、とくにフランスが「兵糧攻め」にしたことによって疲弊したドイツが、精神的にも崩壊し、第一次世界大戦はようやく終わりを告げたのです。
ではいま、何が起きているのでしょうか。軍事的な側面と経済的な側面の2つの面から分析できるでしょう。
軍事面での予想外の事態
我々は、まず軍事面で驚かされました。
人々は、「2014年のクリミア制圧や親露派によるドンバス地方の一部掌握の時のように、ロシア軍は、ウクライナ軍をあっという間に潰してしまうだろう」と思っていました。しかしすぐに明らかになったのは、ロシア軍はそれほど強力でも有能でもなかったことです。アメリカとイギリスによって増強されていたウクライナ軍も、誰も予想していなかったような粘り強い抵抗を見せました。
我々は、想像していたのとはまったく異なる事態を目の当たりにしているわけです。それだけにこの先も、どうなるのか分かりません。ドンバス地方での攻防がどうなっていくのかも見通せません。いずれにしても、ロシア軍の軍事作戦がスムーズに進むことはなく、おそらく長期戦になるでしょう。
逆に言えば、ウクライナでのロシア軍の無力さは、「ロシアは西欧にとって何の脅威でもない」ことを示しているわけです。ロシアがウクライナを征服できなければ、ポーランドやドイツを征服することなどあり得ません。自国の国境に対するロシアの懸念にさえ理解を示せば、それ以外の意味において、ロシアは国際社会にとって脅威ではないのです。
経済面での予想外の事態
そして経済面でも、人々の予想は裏切られました。
「ロシアは、経済的に弱体化した貧しい国なので、ヨーロッパによる経済制裁に耐えられないだろう」と見られていました。
ところが、侵攻から1カ月以上経って明らかになったのは、「ロシア経済の耐久力」です。ロシア通貨ルーブルの相場は、いったんは暴落したものの、現在はほぼ通常レベルにまで回復しています。さらに戦争勃発時にロシアから逃げだした多くのロシア人も、再び国に戻ってきています。
さまざまな情報を見ていると、「ロシアの人々も戦争に慣れ始めたのだ」と感じられます。
アメリカとヨーロッパは、経済制裁によって、プーチンの支持率が下がることを期待していました。ところが、そうはなりませんでした。軍事的に困難な状況のなかで芽生える愛国主義──これはよく見られることです──に支えられ、むしろプーチンの支持率は上昇し、おそらく80%程度にまで達しているでしょう。
要するに、我々が目の当たりにしているのは、軍事的にも経済的にも、意外にも“比較的安定した”状況で、この「世界戦争」が長期的なものになることを示唆しています。
その意味でも、今次の戦争は、「第一次世界大戦」を彷彿とさせるのです。さらに、本質においてはイデオロギーや思想をめぐる対立でない点でも、「第二次世界大戦」よりも「第一次世界大戦」に近いと言えます。
正しかったミアシャイマーの指摘
2022年3月23日のインタビューで、私は、アメリカの戦略的現実主義者の論客ミアシャイマーの議論に言及し、彼の見立てに大方同意しながら、批判も加えました。
それから1カ月近く経過したわけですが、この間の推移を見ていると、前回述べたことはすべて有効であることが明らかになってきたように思います。
私が同意したミアシャイマーの第一の見解は、「いま起きている戦争の原因と責任は、アメリカとNATOにある」ということ、つまり、ウクライナが“事実上”(de facto)のNATO加盟国になっていたからこそ、ロシアは、強大化していたウクライナ軍を手遅れになる前に叩き潰そうと決断した、という指摘です。
私が同意した第二の見解は、「ウクライナ側の軍事的成功と、ロシアが陥っている困難な状況を、われわれ西側の人間は、手放しで喜んでばかりはいられない」というものです。その上でミアシャイマーは、「この問題は、ロシアにとって『生存をかけた死活問題』である以上、ロシアは困難な状況に陥ることで、さらに攻撃的、暴力的になるだろう」と予測していました。
現状を見るかぎり、すべて彼の予測通りに事態は進んでいます。戦闘は、ますます容赦ないものとなり、ロシアは、この戦争にますます深くのめり込んでいるからです。
米国は戦争にさらにコミットする
しかし私は、一点においてミアシャイマーを批判しました。
「ロシアはアメリカやNATOよりも決然たる態度でこの戦争に臨むので、いかなる犠牲を払ってでもロシアが勝利するだろう」と彼は予測しました。この問題は、ロシアにとって「死活問題」である一方、アメリカにとっては「地理的に遠い問題」「優先度の低い問題」で「死活問題」ではないからだ、と。
しかし私は、そうではないと考えました。これでもしアメリカがロシアの勝利を阻止できなかったら、アメリカの威信が傷つき、アメリカ主導の国際秩序自体が揺るがされることになるからです。そうである以上、この問題は、アメリカにとっても「死活問題」になる、と私は考えたわけです。
この一カ月の事態の推移によって、ミアシャイマーの指摘の大部分だけでなく、彼に対する私の批判もまた有効だったことが証明されたように思います。
いまアメリカがロシアの軍事的失敗を喜んでいるのは、明らかです。
ロシアに対する経済制裁によって、ヨーロッパ経済、とくにドイツ経済が麻痺していくことについても、ひそかに満足感を味わっていることでしょう。
・「日本が核を持つことは、世界にとっても望ましい」エマニュエル・トッドが語った“この国の平和を守る”唯一の方法(文春オンライン 2022年7月5日)
エマニュエル トッド
※「日本は核を持つべきだと私は考えます」――仏の歴史人口学者で「知の巨人」とも評されるエマニュエル・トッド氏インタビュー。国際社会で日本の平和を守るためには、なぜ再軍備が必要なのか?
トッド氏の新刊『第三次世界大戦はもう始まっている』より一部抜粋してお届けする。
◆◆◆
米国の“危うさ”は日本にとって最大のリスク
アメリカの行動の“危うさ”や“不確かさ”は、同盟国日本にとっては最大のリスクで、不必要な戦争に巻き込まれる恐れがあります。実際、ウクライナ危機では、日本の国益に反する対ロシア制裁に巻き込まれています。
当面、日本の安全保障に日米同盟は不可欠だとしても、アメリカに頼りきってよいのか。アメリカの行動はどこまで信頼できるのか。
こうした疑いを拭えない以上、日本は核を持つべきだと私は考えます。
日本の核保有は、私が以前から提案してきたことで、今回の危機で考えを改めたわけではありませんが、現在その必要性は、さらに高まっているように見えます。
日本において「核」は非常にセンシティブな問題だということは承知しています。約30年前に初訪日した際、私が真っ先に訪れたのも広島でした。しかし、そもそも「核とは何か」を改めて冷静に考える必要があります。
核を持つとは国家として自律すること
核の保有は、私の母国フランスもそうであるように、攻撃的なナショナリズムの表明でも、パワーゲームのなかでの力の誇示でもありません。むしろパワーゲームの埒外にみずからを置くことを可能にするものです。「同盟」から抜け出し、真の「自律」を得るための手段なのです。
過去の歴史に範をとれば、日本の核保有は、鎖国によって「孤立・自律状態」にあった江戸時代に回帰するようなものです。その後の日本が攻撃的になったのは「孤立・自律状態」から抜け出し、欧米諸国を模倣して同盟関係や植民地獲得競争に参加したからです。
つまり核を持つことは、国家として“自律すること”です。核を持たないことは、他国の思惑やその時々の状況という“偶然に身を任せること”です。アメリカの行動が“危うさ”を抱えている以上、日本が核を持つことで、アメリカに対して自律することは、世界にとっても望ましいはずです。
ウクライナ危機は、歴史的意味をもっています。第二次大戦後、今回のような「通常戦」は小国が行なうものでしたが、ロシアのような大国が「通常戦」を行なったからです。つまり、本来「通常戦」に歯止めをかける「核」であるはずなのに、むしろ「核」を保有することで「通常戦」が可能になる、という新たな事態が生じたのです。これを受けて、中国が同じような行動に出ないとも限りません。これが現在の日本を取り巻く状況なのです。
ですから日本には再軍備が必要となるでしょう。そしてもし完全な安全を確保したいのであれば、核兵器を保有するしかありません。
自律を選んで核兵器を保有するのか、あるいは偶然に身を任せるのか。偶然に委ねるというのも、ひとつの道ではあるかもしれません。日本は、地震など、いつ起きるかわからない災害という偶然とともに生きてきた国であるからです。しかし昨今のベネズエラに対するアメリカの行動ひとつとっても、こんな身勝手に振る舞う国に自国の運命を委ねてよいのか、と不安を感じざるを得ません
「核シェアリング」も「核の傘」も幻想にすぎない
いま日本では「核シェアリング」が議論されていると聞いています。しかし、「核共有」という概念は完全にナンセンスです。「核の傘」も幻想です。使用すれば自国も核攻撃を受けるリスクのある核兵器は、原理的に他国のためには使えないからです。中国や北朝鮮にアメリカ本土を核攻撃できる能力があれば、アメリカが自国の核を使って日本を守ることは絶対にあり得ません。
自国で核を保有するのか、しないのか。それ以外に選択肢はないのです。
ヒロシマとナガサキは、世界でアメリカだけが核保有国であった時期に起きた悲劇です。核の不均衡は、それ自体が不安定要因となります。中国に加えて北朝鮮も実質的に核保有国になるなかで、日本の核保有は、むしろ地域の安定化につながるでしょう。
『第三次世界大戦はもう始まっている』 #1
エマニュエル トッド
※「ウクライナ軍が軍事的に成功すればするほど、ロシア軍はより強い武器を用いることになり、戦闘はいっそう激化していきます。実際、その傾向がすでに見られます。」
いまだ戦火のやまぬロシアのウクライナ侵攻に対して、仏の歴史人口学者、エマニュエル・トッド氏は何を思うのか? トッド氏の新刊『第三次世界大戦はもう始まっている』より一部抜粋してお届けする。
◆◆◆
「戦争の責任はアメリカとNATOにある」
今回の戦争に対する反応として、実はアメリカと西欧の間には大きな違いがあります。イギリス、フランス、ドイツなどの西欧諸国では、地政学的思考や戦略的思考がまったく姿を消してしまい、皆が感情に流されています。
それに対して、アメリカでは議論が起きています。この戦争が、地政学的・戦略的視点からも論じられているのです。
その代表格が、元米空軍軍人で、現在、シカゴ大学教授の国際政治学者ジョン・ミアシャイマーです。
彼は、ハーバード大学教授の国際政治学者スティーヴン・ウォルトと『イスラエル・ロビーとアメリカの外交政策』(講談社)という共著もある戦略的現実主義の論客で、今回の戦争に関して、「まずは感情に流されず、リアル・ポリティクスの観点から、戦争の原因を考えなければならない」と問題提起をしています。
ミアシャイマーが出した最初の結論は、「いま起きている戦争の責任は、プーチンやロシアではなく、アメリカとNATOにある」ということです。
「ウクライナのNATO入りは絶対に許さない」とロシアは明確に警告を発してきたのにもかかわらず、アメリカとNATOがこれを無視したことが、今回の戦争の原因だとしているのです。
ウクライナはNATOの“事実上”の加盟国だった
重要なのは、「この問題は、ウクライナが実際に加盟申請をしたかどうかという形式的な問題としては片付けられない」とミアシャイマーが指摘していることです。ロシアの攻撃が始まる以前から、「ウクライナはすでにNATOの“事実上”(de facto)の加盟国」だったと彼は述べています。
もう一つミアシャイマーの指摘で重要なのは、「ウクライナのNATO加盟、つまりNATOがロシア国境まで拡大することは、ロシアにとっては、生存に関わる『死活問題』であり、そのことをロシアは我々に対して繰り返し強調してきた」ということです。
非常に明快な指摘で、私も基本的に彼と同じ考えです。ヨーロッパを“戦場”にしたアメリカに怒りを覚えています。
とはいえ、今の時点で、こう言い切るのは勇気のあることです。ただしアメリカには、彼の考えに賛同する人も数多くいるようです。というのも、ミアシャイマーがそう断言した20分ほどの動画は、アメリカを中心にわずか数日の間に1800万人もの人々が視聴した、と言われているからです。
ミュンヘン会談よりキューバ危機
「プーチンは、かつてのソ連やロシア帝国の復活を目論んでいて、東欧全体を支配しようとしている。ウクライナで終わりではない。その後は、ポーランドやバルト三国に侵攻する。ゆえにウクライナ問題でプーチンと交渉し、妥協することは、融和的態度で結局ヒトラーの暴走を許した1938年のミュンヘン会談の二の舞になる」──西側メディアでは、日々こう語られています。
これに対してミアシャイマーは、この見方は間違っていると言っています。歴史のアナロジーで言えば、「ミュンヘン会談」よりも、ソ連がキューバという“アメリカの裏庭”に核ミサイルを設置しようとして、アメリカがこれを許さなかった1962年の「キューバ危機」になぞらえるべきだ、と。
そして、この危機の起源と全体像をつかむには、冷戦終結後の歴史を振り返る必要がある、と説いています。
「NATOは東方に拡大しない」という約束
冷戦後、NATOは東方に拡大しましたが、これには、2つの画期がありました。ポーランド、ハンガリー、チェコが加盟した1999年と、ルーマニア、ブルガリア、スロバキア、スロベニア、エストニア、ラトビア、リトアニアが加盟した2004年です。
ドイツ統一が決まった1990年の時点で、「NATOは東方に拡大しない」といった“約束”がソ連に対してなされていましたが〔当時のソ連書記長ゴルバチョフに対し、1990年2月9日、アメリカのベーカー国務長官が「NATOを東方へは1インチたりとも拡大しないと保証する」と伝え、翌日にはコール西独首相が「NATOはその活動範囲を広げるべきでないと考える」と伝えている──編集部注〕、にもかかわらず、ロシアは、不快感を示しながら二度にわたるNATOの東方拡大を受け入れたのです。
その上で、2008年4月のブカレストでのNATO首脳会議で、「ジョージアとウクライナを将来的にNATOに組み込む」ことが宣言されました。
その直後、プーチンは、緊急記者会見を開き、「強力な国際機構が国境を接するということはわが国の安全保障への直接的な脅威とみなされる」と主張しました。
つまり、この時点でロシアは、「ジョージアとウクライナのNATO入りは絶対に許さない」という警告を発し、「ロシアにとって越えてはならないレッドライン」を明確に示していたわけです。
そして2014年2月22日、ウクライナで、「ユーロマイダン革命」と呼ばれる「クーデタ」──民主主義的手続きによらずに親EU派によってヤヌコビッチ政権が倒される──が発生しました。
これを受けて、ロシアはクリミアを編入し、親露派が東部ドンバス地方を実効支配しましたが、それは住民の大部分が、この「クーデタ」を認めなかったからです。
ウクライナを「武装化」した米国と英国
ウクライナは正式にはNATOに加盟していません。しかし、ロシアの侵攻が始まる前の段階で、ウクライナは「米英の衛星国」「NATOの“事実上”の加盟国」になっていた、とミアシャイマーは指摘しています。アメリカとイギリスが、高性能の兵器を大量に送り、軍事顧問団も派遣して、ウクライナを「武装化」していたからです。「ウクライナをすぐにNATOの一部にするとは誰も言っていない」というレトリックを用いながら、ウクライナを「武装化」し、“事実上”NATOに組み入れていたわけです。
現在、ウクライナ軍がロシア軍の攻勢を止めるほどの力を見せているのは、ウクライナ人兵士の奮闘にもよりますが、何よりもアメリカとイギリスによって効果的に増強されていたからです。
「ウクライナ軍の予想を上回る抵抗」は、まさに「アメリカとイギリスによる軍事支援の成果」なのです。
「手遅れになる前にウクライナ軍を破壊する」が目的だった
ロシアが看過できなかったのは、この「武装化」がクリミアとドンバス地方の奪還を目指すものだったからです。
フランスの『ル・モンド』紙──読者層は“インテリ”で反ロシア的立場──には、「クリミアへの水道供給を遮断し、クリミアからロシア人を追い出すことが、ウクライナ側の目的だ」という記事が出ていました。
要するに、2014年に“ロシアによって奪われた土地”を奪還することが、ウクライナの政治的、軍事的目標だったのです。
こうしたウクライナの動きに対して、「我々はスターリンの誤りを繰り返してはいけない。手遅れになる前に行動しなければならない」とプーチンは注目すべき発言をしていました。つまり、軍事上、今回のロシアの侵攻の目的は、何よりも日増しに強くなるウクライナ軍を手遅れになる前に破壊することにあったわけです。
ウクライナ軍が抵抗するほど戦争は激化
こうした状況で、ウクライナ側の軍事的抵抗を西側の人間は喜んではいられない、とミアシャイマーは指摘しています。ウクライナ軍が強く抵抗するほど、ロシア軍はより攻撃的になるだけだからです。ウクライナ軍が軍事的に成功すればするほど、ロシア軍はより強い武器を用いることになり、戦闘はいっそう激化していきます。実際、その傾向がすでに見られます。
マリウポリの街が“見せしめ”のように攻撃されているのには理由があります。アゾフ海に面した戦略的要衝というだけでなく、ネオナチの極右勢力「アゾフ大隊」〔2014年に白人至上主義極右思想の外国人義勇兵も含めた民兵組織として発足。現在はウクライナ内務省傘下にあるが、ナチスを彷彿とさせるエンブレム「ヴォルフスアンゲル」を部隊章として用いている。日本の公安調査庁も「ネオナチ組織がアゾフ大隊を結成した」としていたが、現在、この記事はHPから削除されている──編集部注〕の発祥地だからです。
ロシアが言っていることに我々は耳を傾けなければなりません。「非ナチ化」とは、このアゾフ大隊を叩き潰すという意味です。
ウクライナ軍の成功の一つ一つが、この戦争をより暴力的な方向へと向かわせていきます。ロシアにとって「死活問題」、つまり「生存をかけた問題」だからです。ミアシャイマーはこのように述べていて、私もその通りだと思います。
米国にとっても「死活問題」に
ここからミアシャイマーは、「ロシアはアメリカやNATOよりも決然たる態度でこの戦争に臨むので、いかなる犠牲を払ってでもロシアが勝利するだろう」と結論するのですが、この点は間違っているのではないでしょうか。ここに、「戦略的現実主義」と呼ばれるアメリカの地政学的思考の限界や欠点が露わになっているように思うのです。
要するに、ウクライナ問題は、ロシアにとっては「死活問題」であっても、アメリカにとっては「遠い問題」「優先度の低い問題」であるとミアシャイマーは言っているのですが、この問題は、実はアメリカにとっても、「死活問題」になりつつあるのです。
ロシアによるウクライナ侵攻は、アメリカ主導の国際秩序に直接挑みかかるもので、この点にアメリカは衝撃を受けました。
そしてアメリカを始めとする西側諸国は、ロシアに対する経済制裁やウクライナに対する軍事的、財政的支援など、直接的な軍事介入以外のあらゆる手段を用いて、ロシアの侵攻を食い止め、ロシアを敗北させようとしています。
これでもし、ロシアの勝利を阻止できなかったとしたら、どうなるのか。アメリカの威信が傷つき、アメリカ主導の国際秩序自体が揺るがされることになるでしょう。
アメリカは、軍事と金融の面で世界的な覇権を握るなかで、実物経済の面では、世界各地からの供給に全面的に依存していますが、このシステム全体が崩壊する恐れが出てくるのです。ウクライナ問題は、アメリカにとっても、それほどの「死活問題」になっています。ここがミアシャイマーの見誤った点で、アメリカはこの戦争に、彼が想像する以上に深くのめり込む可能性があるのです。
この意味で、ウクライナ問題は、すでに「グローバル化」しています。
・「我々はすでに第三次世界大戦に突入した」エマニュエル・トッドが指摘した世界戦争を激化させる“アメリカの無責任”(文春オンライン 2022年6月21日)
『第三次世界大戦はもう始まっている』 #2
エマニュエル トッド
※当初は、ローカルな問題に留まるはずだったウクライナ問題はなぜ国際秩序に大混乱を招くグローバルな問題に発展したのか?
ウクライナ問題に関わる大国たちの思惑を、仏の歴史人口学者、エマニュエル・トッド氏の新刊『第三次世界大戦はもう始まっている』より一部抜粋してお届けする。
◆◆◆
ウクライナは「NATOの“事実上”の加盟国」
ウクライナ問題は、元来は、ソ連崩壊後の国境の修正という「ローカルな問題」でした。1991年当時、ロシアがソ連解体を平和裏に受け入れたことに世界は驚いたわけですが、ロシアからすれば、1990年代前半に行なうべきだった国境の修正をいま試みている、とも言えるでしょう。
しかしこの問題は、初めから「グローバルな問題」としてもありました。
アメリカの地政学的思考を代表するポーランド出身のズビグネフ・ブレジンスキーは、「ウクライナなしではロシアは帝国にはなれない」と述べています(The Grand Chessboard、邦訳『地政学で世界を読む──21世紀のユーラシア覇権ゲーム』日経ビジネス人文庫)。アメリカに対抗しうる帝国となるのを防ぐには、ウクライナをロシアから引き離せばよい、と。
そして実際、アメリカは、こうした戦略に基づいて、ウクライナを「武装化」して「NATOの“事実上”の加盟国」としたわけです。つまり、こうしたアメリカの政策こそが、本来、「ローカルな問題」に留まるはずだったウクライナ問題を「グローバル化=世界戦争化」してしまったのです。
いま人々は「世界は第三次世界大戦に向かっている」と話していますが、「我々はすでに第三次世界大戦に突入した」と私は見ています。
ウクライナ軍は、アメリカとイギリスの指導と訓練によって再組織化され、歩兵に加えて、対戦車砲や対空砲も備えています。とくにアメリカの軍事衛星による支援が、ウクライナ軍の抵抗に決定的に寄与しています。
その意味で、ロシアとアメリカの間の軍事的衝突は、すでに始まっているのです。ただ、アメリカは、自国民の死者を出したくないだけです。
「20世紀最大の地政学的大惨事」
ロシアは、ある意味でエレガントな形で、共産主義体制から抜け出しました。人類史上最も強固な全体主義体制をみずからの手で打倒したのです。これは、ゴルバチョフの偉大な功績です。
そして東欧の衛星国の独立を受け入れ、さらにはソ連の解体さえも受け入れました。
バルト諸国、カフカスならびに中央アジアの諸共和国が独立を果たすことを平和裏に受け入れたのです。
それだけではありません。「広義のロシア」すなわち「スラヴ」の核心部は、ロシア(大ロシア)、ベラルーシ(白ロシア)、ウクライナ(小ロシア)からなりますが、ベラルーシとウクライナの分離独立、すなわち「広義のロシア」の核心部が分裂することまで受け入れたのです。
ちなみにソ連邦が成立した1922年以前に、ウクライナも、ベラルーシも「国家」として存在したことは一度もありません。「ソ連崩壊」は、「共産主義体制の終焉」と「(ソ連という)国家の解体」という二重の意味をもっていましたが、ソ連崩壊直後の「無政府状態」によって、ソ連時代に人工的につくられた国境がそのまま尊重される結果となったのです。プーチンが、ソ連崩壊を20世紀最大の地政学的大惨事」と呼ぶのは、この意味に他なりません。
ロシアによるクリミア編入も、ウクライナにおけるロシア系住民の自律性獲得のための支援(ドンバス地方における親露派の実効支配の支援)も、「人民自決権」という伝統的な考え方に照らせば、それなりの正当性をもっています。しかし西側諸国においては、「とんでもなく忌まわしいこと」とみなされているのです。
冷戦後の米露関係
冷戦後のロシアは、「西側との共存」を目指しました。けれども、ロシア人はすぐに裏切られたのです。
ソ連崩壊後、欧米はロシアに新自由主義者の助言者を送り込みました。1990年から1997年までの間、アメリカ人顧問の助けを借りて経済自由化の乱暴な企てが推進されましたが、ロシアの経済と国家を破綻させただけでした。彼らが間違った助言を行なったことで、ロシアがプーチン主導で経済的に立ち直るのに、多大な努力が必要となったのです。
さらにアメリカは「NATOは東方に拡大しない」と言っていたのに、実際は、可能なかぎり戦略的な優位を保って、結局、ロシアを軍事的にも囲い込んでしまいました。誰もがロシアを責めますが、アメリカと同盟国の軍事基地のネットワークを見れば一目瞭然であるように、囲い込まれているのは西側ではなく、ロシアの方です。軍事的緊張を高めてきたのは、ロシアではなくNATOの方だったのです。
戦争前の各国の思惑
「今回の戦争がなぜ始まったか」を理解するには、まず戦争前の各国の思惑を理解する必要があります。
アメリカの目的は、ウクライナをNATOの事実上の加盟国とし、ロシアをアメリカには対抗できない従属的な地位に追いやることでした。
それに対してロシアの目的は、アメリカの目論見を阻止し、アメリカに対抗しうる大国としての地位を維持することでした。
ロシアは、人口規模は日本と同程度ですが、アメリカに対抗しうる勢力であり続けようとしたわけです。だからこそ、アメリカによるウクライナの「武装化」がこれ以上進むことを恐れ、ロシアは侵攻を決断したのです。
今の状況は、「強いロシアが弱いウクライナを攻撃している」と見ることができますが、地政学的により大きく捉えれば、「弱いロシアが強いアメリカを攻撃している」と見ることもできます。
超大国は1つだけより2つ以上ある方がいい
ちなみに、1つの国家、1つの帝国が、誰もブレーキをかけられない状態で世界全体に絶対的な支配力を及ぼすのが、よいことであるはずはありません。超大国は、たった1つしかない状態よりも、2つ以上ある方が、世界の均衡はとれるのです。
要するに、冷戦の勝利に酔うアメリカが「全世界の支配者」として君臨するのを阻止できる唯一の存在は、ロシアだったのです。2003年、イラクに対してアメリカが独善的に行動した時も、“西側の自由な空間の保全”に貢献したのはロシアでした。スノーデンをあえて迎え入れることで、結果的に“西洋の市民の自由の擁護”に貢献したのも、ロシアです。そのことに我々は感謝すべきなのです。
そもそも第二次世界大戦時に、みずから多大な犠牲を払ってドイツ国防軍を打ち破り、アメリカ・イギリス・カナダの連合軍による「フランス解放」を可能にしてくれたのも、ソ連でした。ソ連は、2000万人以上の犠牲者を出しながら、ナチスドイツの悪夢からヨーロッパを解放するのに、ある意味でアメリカ以上に貢献したのです。ところが、冷戦後の西側は、その歴史をすっかり忘却してしまったかのような振る舞いをロシアに対してしてきました。
それどころか、ロシアが回復に向かうにつれて、「ロシア嫌い(ロシア恐怖症)」の感情は、弱まるのではなく、いっそう強まりました。プーチン率いるロシアの権威的民主主義体制が、それ自体として憎しみの対象になってしまったのです。西側諸国における「歴史の忘却」や「地政学的な無思慮」以上に、唖然とせざるを得ないのは、この「ロシア嫌い」の高まりです。
・エマニュエル・トッド「ロシアは国際社会にとって脅威ではない」…ウクライナ戦争で露呈したロシア軍の無力(文春オンライン 2022年7月5日)
エマニュエル トッド
※ロシアとウクライナとの戦争の長期化が懸念されるなか、それでも仏の歴史人口学者、エマニュエル・トッド氏が「ロシアは国際社会にとって脅威ではない」と語る理由とは?
トッド氏の新刊『 第三次世界大戦はもう始まっている 』より一部抜粋してお届けする。
◆◆◆
第二次世界大戦より第一次世界大戦に似ている
我々はすでに「世界大戦」に突入してしまいました。そして戦争の歴史によく見られるように、誰もが予測していなかった事態が、いま起きています。
先日、ドイツの財界人や経営者が読む『フランクフルター・アルゲマイネ・ツァイトゥング』紙に、「この戦争は1914年と1939年のどちらと比較すべきか?」という見出しの記事が出ていました。要するに、この戦争を「第一次世界大戦」と「第二次世界大戦」のどちらのアナロジーで捉えるのが適切なのか、と問いかけているわけですが、私自身は「第一次世界大戦」の方が近いと考えています。
ロシアによるウクライナ侵攻が始まった時、おそらく多くの人々は、第二次世界大戦の電撃戦のような戦争を想像していたことでしょう。しかし実際は、戦争の進行は遅く、むしろ第一次世界大戦のようになりつつあります。
もちろん第一次世界大戦の時も、人々は、「短期決戦」で片がつくと思っていました。ところが実際は、誰も想定していなかったことが起きたのです。
予想に反して、フランス軍がドイツ軍による攻撃を食い止めました。そこでドイツ軍は北海方面へと突き進み、4年にわたる「長期戦」が始まってしまったのです。
第一次世界大戦は、少なくとも西部戦線においては、はっきりとした軍事的勝利によって終結を迎えたわけではありません。連合国のイギリスと、とくにフランスが「兵糧攻め」にしたことによって疲弊したドイツが、精神的にも崩壊し、第一次世界大戦はようやく終わりを告げたのです。
ではいま、何が起きているのでしょうか。軍事的な側面と経済的な側面の2つの面から分析できるでしょう。
軍事面での予想外の事態
我々は、まず軍事面で驚かされました。
人々は、「2014年のクリミア制圧や親露派によるドンバス地方の一部掌握の時のように、ロシア軍は、ウクライナ軍をあっという間に潰してしまうだろう」と思っていました。しかしすぐに明らかになったのは、ロシア軍はそれほど強力でも有能でもなかったことです。アメリカとイギリスによって増強されていたウクライナ軍も、誰も予想していなかったような粘り強い抵抗を見せました。
我々は、想像していたのとはまったく異なる事態を目の当たりにしているわけです。それだけにこの先も、どうなるのか分かりません。ドンバス地方での攻防がどうなっていくのかも見通せません。いずれにしても、ロシア軍の軍事作戦がスムーズに進むことはなく、おそらく長期戦になるでしょう。
逆に言えば、ウクライナでのロシア軍の無力さは、「ロシアは西欧にとって何の脅威でもない」ことを示しているわけです。ロシアがウクライナを征服できなければ、ポーランドやドイツを征服することなどあり得ません。自国の国境に対するロシアの懸念にさえ理解を示せば、それ以外の意味において、ロシアは国際社会にとって脅威ではないのです。
経済面での予想外の事態
そして経済面でも、人々の予想は裏切られました。
「ロシアは、経済的に弱体化した貧しい国なので、ヨーロッパによる経済制裁に耐えられないだろう」と見られていました。
ところが、侵攻から1カ月以上経って明らかになったのは、「ロシア経済の耐久力」です。ロシア通貨ルーブルの相場は、いったんは暴落したものの、現在はほぼ通常レベルにまで回復しています。さらに戦争勃発時にロシアから逃げだした多くのロシア人も、再び国に戻ってきています。
さまざまな情報を見ていると、「ロシアの人々も戦争に慣れ始めたのだ」と感じられます。
アメリカとヨーロッパは、経済制裁によって、プーチンの支持率が下がることを期待していました。ところが、そうはなりませんでした。軍事的に困難な状況のなかで芽生える愛国主義──これはよく見られることです──に支えられ、むしろプーチンの支持率は上昇し、おそらく80%程度にまで達しているでしょう。
要するに、我々が目の当たりにしているのは、軍事的にも経済的にも、意外にも“比較的安定した”状況で、この「世界戦争」が長期的なものになることを示唆しています。
その意味でも、今次の戦争は、「第一次世界大戦」を彷彿とさせるのです。さらに、本質においてはイデオロギーや思想をめぐる対立でない点でも、「第二次世界大戦」よりも「第一次世界大戦」に近いと言えます。
正しかったミアシャイマーの指摘
2022年3月23日のインタビューで、私は、アメリカの戦略的現実主義者の論客ミアシャイマーの議論に言及し、彼の見立てに大方同意しながら、批判も加えました。
それから1カ月近く経過したわけですが、この間の推移を見ていると、前回述べたことはすべて有効であることが明らかになってきたように思います。
私が同意したミアシャイマーの第一の見解は、「いま起きている戦争の原因と責任は、アメリカとNATOにある」ということ、つまり、ウクライナが“事実上”(de facto)のNATO加盟国になっていたからこそ、ロシアは、強大化していたウクライナ軍を手遅れになる前に叩き潰そうと決断した、という指摘です。
私が同意した第二の見解は、「ウクライナ側の軍事的成功と、ロシアが陥っている困難な状況を、われわれ西側の人間は、手放しで喜んでばかりはいられない」というものです。その上でミアシャイマーは、「この問題は、ロシアにとって『生存をかけた死活問題』である以上、ロシアは困難な状況に陥ることで、さらに攻撃的、暴力的になるだろう」と予測していました。
現状を見るかぎり、すべて彼の予測通りに事態は進んでいます。戦闘は、ますます容赦ないものとなり、ロシアは、この戦争にますます深くのめり込んでいるからです。
米国は戦争にさらにコミットする
しかし私は、一点においてミアシャイマーを批判しました。
「ロシアはアメリカやNATOよりも決然たる態度でこの戦争に臨むので、いかなる犠牲を払ってでもロシアが勝利するだろう」と彼は予測しました。この問題は、ロシアにとって「死活問題」である一方、アメリカにとっては「地理的に遠い問題」「優先度の低い問題」で「死活問題」ではないからだ、と。
しかし私は、そうではないと考えました。これでもしアメリカがロシアの勝利を阻止できなかったら、アメリカの威信が傷つき、アメリカ主導の国際秩序自体が揺るがされることになるからです。そうである以上、この問題は、アメリカにとっても「死活問題」になる、と私は考えたわけです。
この一カ月の事態の推移によって、ミアシャイマーの指摘の大部分だけでなく、彼に対する私の批判もまた有効だったことが証明されたように思います。
いまアメリカがロシアの軍事的失敗を喜んでいるのは、明らかです。
ロシアに対する経済制裁によって、ヨーロッパ経済、とくにドイツ経済が麻痺していくことについても、ひそかに満足感を味わっていることでしょう。
・「日本が核を持つことは、世界にとっても望ましい」エマニュエル・トッドが語った“この国の平和を守る”唯一の方法(文春オンライン 2022年7月5日)
エマニュエル トッド
※「日本は核を持つべきだと私は考えます」――仏の歴史人口学者で「知の巨人」とも評されるエマニュエル・トッド氏インタビュー。国際社会で日本の平和を守るためには、なぜ再軍備が必要なのか?
トッド氏の新刊『第三次世界大戦はもう始まっている』より一部抜粋してお届けする。
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米国の“危うさ”は日本にとって最大のリスク
アメリカの行動の“危うさ”や“不確かさ”は、同盟国日本にとっては最大のリスクで、不必要な戦争に巻き込まれる恐れがあります。実際、ウクライナ危機では、日本の国益に反する対ロシア制裁に巻き込まれています。
当面、日本の安全保障に日米同盟は不可欠だとしても、アメリカに頼りきってよいのか。アメリカの行動はどこまで信頼できるのか。
こうした疑いを拭えない以上、日本は核を持つべきだと私は考えます。
日本の核保有は、私が以前から提案してきたことで、今回の危機で考えを改めたわけではありませんが、現在その必要性は、さらに高まっているように見えます。
日本において「核」は非常にセンシティブな問題だということは承知しています。約30年前に初訪日した際、私が真っ先に訪れたのも広島でした。しかし、そもそも「核とは何か」を改めて冷静に考える必要があります。
核を持つとは国家として自律すること
核の保有は、私の母国フランスもそうであるように、攻撃的なナショナリズムの表明でも、パワーゲームのなかでの力の誇示でもありません。むしろパワーゲームの埒外にみずからを置くことを可能にするものです。「同盟」から抜け出し、真の「自律」を得るための手段なのです。
過去の歴史に範をとれば、日本の核保有は、鎖国によって「孤立・自律状態」にあった江戸時代に回帰するようなものです。その後の日本が攻撃的になったのは「孤立・自律状態」から抜け出し、欧米諸国を模倣して同盟関係や植民地獲得競争に参加したからです。
つまり核を持つことは、国家として“自律すること”です。核を持たないことは、他国の思惑やその時々の状況という“偶然に身を任せること”です。アメリカの行動が“危うさ”を抱えている以上、日本が核を持つことで、アメリカに対して自律することは、世界にとっても望ましいはずです。
ウクライナ危機は、歴史的意味をもっています。第二次大戦後、今回のような「通常戦」は小国が行なうものでしたが、ロシアのような大国が「通常戦」を行なったからです。つまり、本来「通常戦」に歯止めをかける「核」であるはずなのに、むしろ「核」を保有することで「通常戦」が可能になる、という新たな事態が生じたのです。これを受けて、中国が同じような行動に出ないとも限りません。これが現在の日本を取り巻く状況なのです。
ですから日本には再軍備が必要となるでしょう。そしてもし完全な安全を確保したいのであれば、核兵器を保有するしかありません。
自律を選んで核兵器を保有するのか、あるいは偶然に身を任せるのか。偶然に委ねるというのも、ひとつの道ではあるかもしれません。日本は、地震など、いつ起きるかわからない災害という偶然とともに生きてきた国であるからです。しかし昨今のベネズエラに対するアメリカの行動ひとつとっても、こんな身勝手に振る舞う国に自国の運命を委ねてよいのか、と不安を感じざるを得ません
「核シェアリング」も「核の傘」も幻想にすぎない
いま日本では「核シェアリング」が議論されていると聞いています。しかし、「核共有」という概念は完全にナンセンスです。「核の傘」も幻想です。使用すれば自国も核攻撃を受けるリスクのある核兵器は、原理的に他国のためには使えないからです。中国や北朝鮮にアメリカ本土を核攻撃できる能力があれば、アメリカが自国の核を使って日本を守ることは絶対にあり得ません。
自国で核を保有するのか、しないのか。それ以外に選択肢はないのです。
ヒロシマとナガサキは、世界でアメリカだけが核保有国であった時期に起きた悲劇です。核の不均衡は、それ自体が不安定要因となります。中国に加えて北朝鮮も実質的に核保有国になるなかで、日本の核保有は、むしろ地域の安定化につながるでしょう。