・空自元最高幹部が解説、ロシアが制空権を取れない驚くべき理由(JB press 2022年5月18日)
織田 邦男
※ロシアの苦戦が伝えられるウクライナ侵略戦争で、「ロシアはなぜ、制空権が取れない」という質問をよく受ける。
この場合、「制空権」という用語は不適切であり、「航空優勢」を使用する必要がある。
制空権とは、いわば絶対的な航空優勢の状況を言い、現代戦で絶対的航空優勢、つまり制空権を取れるのは米空軍くらいである。
航空優勢とは「時間的、空間的に航空戦力比が敵より優勢で、敵により大なる妨害を受けることなく諸作戦を実施できる状態」(自衛隊教範)をいう。
作戦の要時、要域においてどちらの方が「妨害されない状況」にあるかが重要となる。
また航空戦力の高速性、広域性という特性上、たとえ現時点で優勢であっても、次の瞬間には劣勢になるという「浮動性」も念頭に入れておかねばならない。
ウクライナの戦況は、双方共に絶対的航空優勢は取っていない。
ウクライナ東部においてはロシアが航空優勢を保持し、西部においてはウクライナがそれを保持している。
質、量共に軍事力に優るロシアがウクライナ全土の航空優勢を取れていないのは、緒戦における航空優勢獲得の拙劣な作戦が尾を引いている。
2月24日、ウクライナ全土にわたる空爆から戦争は始まった。
だが、翌日25日には、もう陸軍が侵攻を開始している。米軍の常識からすると考えられない。
米軍の場合であれば、最低1週間、徹底した空爆により敵の航空戦力を壊滅させ、絶対的航空優勢、つまり「制空権」を取った後、陸上部隊が進撃を開始する。
湾岸戦争では約800目標を、イラク戦争では約500目標を緒戦の段階で徹底して破壊した。
今回の場合、報道によるとウクライナ全土の74の軍事施設、11の空軍基地、3つの司令部、合計約90目標をミサイルと戦闘機によって攻撃した。
湾岸戦争の場合、初日で約3000ソーティ(軍用機の出撃する単位、以下「s」)、イラク戦争で約2000sの攻撃を実施した。
ロシアの場合、約200s(ミサイル攻撃150s、戦闘機50s)と報道されている。
米軍の場合、初日に大規模空爆を実施し、その後は、戦果確認(BDA:Bomb Damage Assessment)を徹底して実施し、生残した機能を「落穂拾い」のように丁寧に潰していく。
これが約1週間続けられる。そしてほぼ完全な航空優勢を確保した後、陸上作戦に移る。
いくらウクライナ空軍がロシアの10分の1の規模だからといって、これではあまりにも徹底さを欠いている。撃ち漏らしが出て当然だ。
陸軍がいったん侵攻を開始してしまうと、航空戦力は陸上作戦の支援に振り向けられる。よって純粋な航空優勢獲得の戦力割り当ては少なくなる。
ますます生き残った航空戦力を壊滅させることは難しくなる。
なぜロシアは空爆を徹底せず、残存航空戦力がある中で陸軍を侵攻させたのだろう。5つほど理由が考えられる。
巷間よく言われる「ウクライナを甘く見た」というのがある。
2014年、クリミア半島の事実上無血併合という成功体験により、数日間でウクライナは白旗を上げると考えていたようだ。徹底して壊滅させるまでもないと考えていたのかもしれない。
2番目に、ロシアはまともな空軍を保有する国と戦った経験がないという経験不足がある。
これまでアフガニスタン、チェチェン、グルジア、シリアなど、戦った国は航空戦力と呼べる戦力は持っていなかった。
ウクライナ空軍はロシアの約10分の1と小規模であるが、完結した航空戦力を持っており、練度も低くなかった。
3番目として、陸軍主体の戦争ドクトリンが挙げられる。
ロシア軍の航空作戦は陸軍支援を最優先する。航空優勢は陸上作戦に応じて要時、要域を確保すれば事足りると考えている。
米軍のように、全局の作戦要求に応じて、空軍が主体的に全般航空優勢を確保するという思想はない。
4番目としてロシア空軍がそもそも外征作戦、攻勢作戦には不向きの兵器体系になっていることがある。
例えば、外征作戦では、敵地でも緊急脱出したパイロットを救助できる戦闘救難(CSAR: Combat Search And Rescue)機能が必要である。
だがロシアには戦闘救難の専属部隊は保有していない。
また地上の攻撃目標を探知する装備、米軍の「E-8(Joint Star)」のような攻勢作戦に欠かせない装備も保有していない。
加えて先述した「落穂拾い」のような機能もない。
さらに長距離作戦に欠かせない空中給油機は保有するが、戦闘機を支援するにはあまりにも数が少なすぎる。
5番目として航空攻撃作戦計画の立案システムを持たないことがある。
1日に3000sの攻撃計画を作ろうとすれば、コンピューターを使った計画立案システムが不可欠である。
米軍はATO方式(Air Tasking Order)といって、約800人のスタッフを3クルー準備し、各クルーが順繰りに攻撃計画を作る。
戦闘機ごと作戦行動の詳細を計画しなければならず、膨大な作業となる。
立案後、攻撃目標は適切か、重複はないか、友軍相撃の可能性はないか、空中給油機、電子戦機等の運用に整合性がとられているかなど、作戦計画の瑕疵を洗い出すにはコンピューターなしにはできない。
今回、手書きの攻撃計画がリークされていたが、粗雑極まる航空攻撃計画だった。もし本物ならロシアの航空攻撃能力は相当未熟だと言わざるを得ない。
「制空権」を取れない要因の概要はこういうところだろう。だからと言ってウクライナが航空優勢を取れているわけでもない。
ウクライナ空軍は緒戦で大失態を犯している。
これはウォロディミル・ゼレンスキー大統領の責任が大きい。ゼレンスキー氏は、2021年11月から米国がリークする貴重なロシア侵攻情報を信じようとしなかった。
2月14日の時点でも「(米国は)誇張しすぎ」「すべての問題に交渉のみで対処する」と述べていた。予備役動員を命じたのも侵攻2日前である。
レズニコフ国防大臣は「侵攻寸前との発言は不適切」とまで言っていた。トップがこういう状況だから、空軍も即応態勢を上げないまま、ロシアの奇襲を受けた。
駐機場に戦闘機が整然と並べており、そこを爆撃された映像が流されていたが、いかに緊張感が欠如していたかを物語る。
少なくとも即応態勢を整えていれば、戦闘機を整然と並べて駐機することはあり得ない。1発のミサイルで数機の被害が出るからだ。常識的には各所に分散して配備する。
初日の攻撃でウクライナの警戒監視レーダー網は壊滅した。
だが攻撃が徹底を欠いていたため、戦闘機はかろうじて全滅は免れた。ただし航空戦力はシステムであり、警戒監視レーダーがなければ、戦闘機はほとんど役に立たない。
現在はNATO(北大西洋条約機構)の「E-3」空中警戒管制機(AWACS)がポーランド上空で空中哨戒を続け、ウクライナにレーダー情報を送っているようだ。
よってウクライナ西部においては、残存する数少ない戦闘機と、「S300」地対空誘導弾で航空優勢をかろうじて保っている。
他方、東部においては、ロシア国内の警戒監視レーダーが作動しており、戦闘機もロシア国内から出撃するので、航空優勢はロシアが取っている。
だがロシアの空地連携が拙劣であり、航空優勢を生かし切れていない。
またウクライナのドローンが航空優勢の欠落の穴を埋めるべく、大活躍している。
ドローンと航空優勢の関係は、今後の大きな研究課題となるだろう。
ウクライナ中部から西部にかけては、ロシアの地上レーダーでは情報を得られない。頼みの綱の「A-50」空中警戒管制機は約20機保有しているものの、約半数も稼働しておらず、あまり活躍できていない。
従ってロシアは西部の補給拠点攻撃は、戦闘機ではなく、地対地ミサイルで攻撃を行っている。
だが、移動目標は攻撃できないし、精密誘導性能も限定的であり、成果を上げているとは言い難い。
最後に航空作戦から見た今後の予測である。
ロシアにとってポーランドから続々と入ってくる軍事支援物資を食い止めることが喫緊の課題である。これは航空阻止(AI: Air Interdiction)と呼び、空軍の任務である。
物資の集積地はミサイルで攻撃可能だが、地上輸送する移動車両はどうしても戦闘機でなければ攻撃できない。
だが、ロシアは西部に戦闘機を飛ばすことができず、ロシア製ドローンも届かない。今のところ軍事支援物資の輸送を止めることができない。
またロシアの弾薬やミサイルはロシアしか生産できず、現在は備蓄を食いつぶしている状況である。
時間が経てばミサイル、弾薬は底を尽く。そうなればいくら強気のプーチンであっても、適当な口実を捏造して停戦するしかなくなる。
他方、ウクライナは戦車、榴弾砲、弾薬などは入ってくるが、肝心の戦闘機をNATOは供与しない。
数少ない戦闘機を細々と運用しているが、戦闘機がなくなれば西部の航空優勢はロシアの手に落ちる。そうなればポーランドからの補給路は脅かされることになる。
いずれにしろ双方とも、装備、人員不足に悩まされ、時間と共にジリ貧になるのは目に見えている。
どちらが早くジリ貧になるかという消耗戦になることは間違いない。
・「信じられないくらい未熟でお粗末」元自衛隊幹部が読み解くロシア軍の"決定的な弱点"(PRESIDENT Online 2022年6月8日)
渡部 悦和,佐々木 孝博,井上 武
※ロシア軍によるウクライナ侵攻は軍事のプロからどう評価されているのか。元陸将で陸上自衛隊富士学校長をつとめていた井上武さんは「ロシア軍は侵攻2日目あたりから主導権を失っている。まったく戦況の変化に対応できておらず、地上部隊が大損害を受けている。ロシア軍の現状は信じられないくらい未熟でお粗末だ」という――。
侵攻から2日目で主導権を失ったロシア軍
【井上武(元陸上自衛隊富士学校長)】ひとことで言えば、ロシア軍の陸戦は杜撰な計画に加えて、攻撃開始後もまったく戦況の変化に対応できていない。普通の軍隊であれば、戦況の変化に応じて判断し、計画を修正し、必要な対策をとります。しかしロシア軍は、侵攻後も作戦をいっさい変更していません。
戦いの原則でいえば、攻めるほうは主導権をもち、所望の時期と場所に攻撃できる優位性がありますが、侵攻して2日目あたりからロシア軍は主導権を失っています。しかも、陸上侵攻は、まず、誘導ミサイル攻撃や航空攻撃で、ウクライナ軍の航空基地、対空火器、対空レーダーおよび作戦指揮組織等を徹底的に破壊し、航空優勢を獲得し、それから地上攻撃を開始するのが鉄則ですが、それをやっていない。航空攻撃と地上攻撃が、ほぼ同時でした。
キーウ制圧をかなり焦っていたので、航空優勢をとらないままに、ロシア軍は地上攻撃を開始しています。絶対にやってはいけない作戦展開です。私の現役時代の大規模指揮所演習の教訓では、対空カバーのない状況で、攻撃した戦車群が、敵の航空攻撃によって短時間で壊滅的な損害を被ったことがありました。
【渡部悦和(ハーバード大学アジアセンター・シニアフェロー)】ロシアのウクライナへの精密誘導ミサイル攻撃について、ミサイル失敗率が最大で60%にものぼるとアメリカ政府は分析しているとの報道もあります。ミサイル自体に不良品が多いと私は見ています。
地上部隊が大損害を受けても当然
【井上】なぜ、作戦の成否を左右する航空優勢が獲得できなかったのかは、今後、いろいろなデータを分析する必要がありますが、渡部さんが指摘した精密誘導ミサイルの質の問題もありそうです。撃つには撃ったけど、その効果が出ていない。ロシアも偵察衛星でウクライナ軍の動きを把握し、重要目標を捕捉しているはずです。それでも成果を上げられないのは、ひとつにはアメリカ軍やNATO軍からの情報提供があるからではないでしょうか。
アメリカ軍やNATO軍が偵察衛星や早期警戒管制機でロシア軍の動きを捕捉し、ミサイルを撃ちそうな前兆があれば、それをウクライナ軍に伝える。それによってウクライナ軍は航空機や防空ミサイルなどを移動させるので、ロシアのミサイル攻撃は失敗に終わっています。
防空ミサイルが生き残っている状況でロシアが航空機や武装ヘリコプターで攻撃しても、逆に撃ち落とされてしまうわけです。完全な航空優勢の獲得は無理だとしても、時間をかけてある程度の航空優勢を確保してから地上攻撃はやらなければいけない。今回はその鉄則さえロシア軍は守っていない。地上部隊が大損害を受けても当然だと思います。
【佐々木孝博(広島大学 大学院人間社会科学研究科 客員教授)】飛行機がいないところにミサイルを撃ち込んでみたところで、攻撃する意味はありません。
航空基地へのミサイル攻撃は効果的ではなかった可能性も
【井上】航空基地へのミサイル攻撃をロシアはやっています。しかし、ミサイルが届いたときには飛行機は上空にいた、といった情報がけっこうあります。防空ミサイルも多くが移動式ですから、攻撃される情報があれば、そこから移動してしまえばいいだけのことです。そういう情報がアメリカ軍やNATO軍から流れている。
【佐々木】そういう情報がなければ、いくら移動式でも的確に動くことはできません。正確な情報があってこそできることです。
【井上】ミサイルを発射するときには発射機を移動したり、発射態勢をとりますので偵察衛星等からある程度探知できます。その情報をウクライナ側に流せば、航空機なら上空に逃げればいいし、移動式ミサイルなら移動してしまえばいいわけです。ロシアのミサイルが狙ったところに着弾しても、命中したことにはなりません。
【渡部】アメリカ軍やイギリス軍がとった情報は、リアルタイムでウクライナに伝わっています。それがなければ、ウクライナ軍は初期段階で大きな被害を受けていたはずです。
戦闘損害の評価を適切に行わずに戦力を投入
【井上】仮定の話として、航空優勢獲得のため2~3日間ほどミサイル攻撃を継続し、そのあとに「バトル・ダメージ・アセスメント」といわれる戦闘損害評価を実施します。これによって、ミサイルによる攻撃が狙いどおりの戦果を上げているかどうかを確認していれば、ロシア軍の損害は局限できたと推測します。
空挺部隊を送り込んだり、地上軍を本格的に動かす前に、侵攻条件が整っているか確認することが重要となります。そうした戦い方の鉄則を、ロシア軍はまったくとっていません。バトル・ダメージ・アセスメントによって戦果を確認しないままに、ヘリコプターや輸送機による地上軍の投入を行ってしまっている。侵攻が始まってから5日間でロシア空軍は、29機の飛行機と29機のヘリコプターを撃墜されています。ウクライナの対空火器が損害を受けずに健在だった証拠です。
撃墜された航空機のなかには、兵員輸送に使われる「イリューシンII―76大型輸送機」2機が含まれていました。この2機だけで、200人から400人のロシア兵が死亡した可能性があるといわれています。
【佐々木】バトル・ダメージ・アセスメントを行わずに無謀な兵員投入を行った結果です。これはロシア軍に大きなショックを与えているはずです。
重要な空港占拠にもあえなく失敗
【井上】輸送機で空輸し、パラシュートで敵地に降下する空挺部隊は、軍管区に所属しているのではなく、たぶんモスクワ直轄の部隊だと思います。
【佐々木】統合司令部があって、その傘下に空挺部隊も入って作戦を遂行していれば、対空火器が待ち構えているところに飛んで行ったりはしなかったかもしれません。モスクワ中央の命令で、軍管区とは連携をとらないままに作戦が行われた気がします。同じロシア軍でありながら、別々の作戦を展開している状態で戦っていたわけで、これでは損害が大きくなるのも無理ありません。
【渡部】ロシア軍は、空挺作戦だけでなく、ヘリボーン作戦も実行しています。多数のヘリコプターに兵士を乗せ、空港などの重要な目標を奇襲して占拠する作戦です。侵攻後の早い時期に、キーウ近郊のホストメル空港を、この方法でロシアは占拠しました。
しかし、すぐにウクライナ軍に押し戻されて、取り返されています。キーウ近郊の空港を押さえておけば、空路での補給が効率的にできて、キーウ制圧は簡単に達成されたかもしれない。その大事な空港占拠に失敗したことは、ロシア軍にとっては大きな痛手だったはずです。
ロシア軍が駄目な一方で、ウクライナ軍は的確に部隊を運用している
【井上】それも、ウクライナとアメリカ・イギリスとの情報共有の成果だと思います。空挺部隊を運ぶ輸送機やヘリコプターの大群が飛び立ち、どこに向かっているか情報が共有できれば、防空体制を敷くとか、部隊を迅速に集中するなどして、降着直後の弱点に乗じて撃破することができます。情報共有による作戦展開が、じつにうまくできたのだと思います。
【渡部】情報に基づいて、ウクライナ軍は的確に部隊を運用しています。ロシア軍の作戦のマズさが目立つ一方で、ウクライナ軍はすごく頑張っているという印象です。
【井上】渡部さんが指摘されたとおり、ロシア軍のマズさということでは、諸兵科協同作戦がまるでやれていないことが気になりました。
軍隊内には歩兵部隊、砲兵部隊、戦車などを有する機甲部隊など、異なる兵科があります。どれも単体では弱いので、それを統合して弱点を補いながら戦うのが諸兵科協同作戦です。これがうまく展開できないと、戦いに勝つことは難しくなります。
ところが、今回の戦争でロシア軍には、諸兵科協同作戦の欠片も見あたりません。精強と思われたロシア軍が、このような基本的な戦術行動がとれていないのはほんとうに不思議なことです。
125個用意した部隊も基本的な行動がとれていない
【渡部】それについてもう一度説明します。ロシア軍改革の目玉のひとつとしてロシアは、大隊規模の諸兵科連合部隊である「大隊戦術群(BTG)」を170個もつくりました。機械化歩兵大隊を根幹にして、戦車、防空、砲兵、通信、工兵、そして補給を担う後方支援の各部隊で構成されています。歩兵が200人、戦車が10両、装甲歩兵戦闘車が40両の組織です。
ロシア軍は、このBTGを125個(125個はアメリカの説、イギリスの説では120個)、戦争に投入しましたが、とくにキーウ正面では大きな損耗を出しました。じつはBTGにはいくつかの欠点がありました。
まず、歩兵の数が200人と少なすぎる点です。200人は自衛隊でいえば一個普通科中隊の人数です。大隊レベルであれば600人の歩兵は最低限必要だと思います。次にBTGは指揮・統制が難しい組織だというです。指揮官は機動と火力を連携させ、電子戦をやり、障害処理を行い、補給や修理などの兵站も行わなければいけません。そのためには優秀な指揮・統制システムが必要ですが、そのシステムが機能したとはとても思えません。
そして、ロシア軍がBTGの実戦的訓練をほんとうに行ったのか極めて疑わしいと思います。それは井上さんが指摘した基本的な行動をとれていない点からも明らかです。
アメリカ軍とロシア軍は根本的に戦術が違う
【井上】アメリカ軍とロシア軍の戦術面の根本的な「違い」を指摘したいと思います。ロシア軍は、伝統的に「命令で動く戦術」です。それに対して西側諸国のアメリカやドイツ、イスラエルなどは、任務を与えて達成させる「任務戦術」を基本にしています。「任務戦術」においては、上級部隊は任務を付与しますが、その達成の仕方の細部まで統制することなく、下級部隊を信頼して委任します。
加えて上級部隊は、任務達成に必要なアセット、つまり装備等を提供します。任務を与えられた下級部隊のリーダーは、階級に関係なく、上級部隊の企図や指針に基づき、自ら状況判断と決心を繰り返しながら、任務を達成していきます。ロシアの大隊戦術群が、しっかり機能するには、このような「任務戦術」をベースにする必要があります。
ところが「命令で動く戦術」だと、上級部隊の命令がないと動けません。上級部隊の命令を実行するには状況が違いすぎているにもかかわらず、その命令を守っていくことしかできない。侵攻してみたら状況が違っていたにもかかわらず、現状に合わせた作戦変更を現場の部隊ができない。上級部隊は現場の状況を把握できないので、適切な命令変更ができない。これでは任務の達成が難しくなります。
ウクライナでのロシア軍は、まさに、このような状況で、指揮や戦術が硬直化しており、柔軟性に欠けています。
【渡部】そういう柔軟な作戦を実行できる部隊を、ロシア軍も改革のなかで目指し、大隊戦術群をつくったはずなのです。しかし末端の指揮官や兵士が、それを運用できる練度に、まだまだ達していなかったことを、今回の戦争で示してしまったことになります。
ジョージア紛争での成功体験が裏目に出ている
【佐々木】ジョージア紛争での成功体験も影響していると思います。ジョージア紛争では今回に比べて作戦は非常に単純でした。ジョージア中央に位置する「南オセチア自治州」には、紛争前からロシアの平和維持軍が駐留しており、現地のロシア軍部隊の支援を得ながら軍事作戦ができました。
また、ウクライナと違い、当時のジョージアは旧式の装備しか保有していませんでしたので、5日ほどで、西部のアブハジア自治共和国および中部の南オセチア自治州を制圧でき、作戦目的を達成しました。部隊規模も今回と比べて小さかったために、比較的容易にいわゆる統合的な作戦ができたものと思われます。そのため、改革で目指した本来の機能を実現できていない部隊でも勝てた単純な戦争でしかなかったのかもしれません。
ジョージア紛争以降でロシアによる軍事介入は、シリアくらいしかありません。そのシリアでもミサイルを大量に撃ち込んだくらいで、派遣された地上軍が大々的に作戦を展開したわけではありません。軍改革の目標が実現されているかどうか、まったく検証されてこなかったわけです。
そのうえ、渡部さんが指摘されるように訓練が十分にできていないのですから、大隊戦術群が構想どおりのオペーレーションができるはずがありません。
【井上】組織は変えたけれど魂までは変えられていない。それが、今回のウクライナ侵攻で証明されてしまった。信じられないくらい未熟で、お粗末なロシア軍の現状です。
---------- 渡部 悦和(わたなべ・よしかず) ハーバード大学アジアセンター・シニアフェロー 1978年東京大学卒。陸上自衛隊入隊後、外務省出向、ドイツ連邦軍指揮幕僚大学留学等を経て、東部方面総監。2013年退職。 ----------
---------- 佐々木 孝博(ささき・たかひろ) 広島大学大学院人間社会科学研究科客員教授 1986年防衛大学校卒(30期)、博士(学術)。海上自衛隊入隊後、オーストラリア海軍大学留学、在ロシア防衛駐在官等を経て、下関基地隊司令。2018年退職。 ----------
---------- 井上 武(いのうえ・たける) 元陸上自衛隊富士学校長 1978年防衛大学校卒(22期)。陸上自衛隊入隊後、ドイツ連邦軍指揮幕僚大学留学、ドイツ防衛駐在官、陸上自衛隊富士学校長等を経て、2013年退職。 ----------
・ウクライナはいま“兵器の見本市”に…戦争で“太る”人たち「戦争は軍需産業の在庫一掃セール」か(TBS NEWS 2022年6月5日)
※6月、アメリカのロッキード・マーチン社の株価が、ウクライナ戦争が始まって以来最高値を記録した。この会社、一般の航空機から宇宙船まで製造するが軍需企業としては世界ランク1位(ストックホルム国際平和研究所発表)を誇る。どこかで戦争があれば、軍需産業が儲かる。当然の理屈ではあり古くは“死の商人”などと呼ばれた。今回は戦争の“市場としての側面”を読み解いた。
ロッキード・マーチンだけでなく、イギリス、フランスの軍需産業も軒並み株価を上げ、兵器市場は今活況を呈している。「ユーロサトリ」という催しが6月、パリで開かれる。
ヨーロッパ最大の防衛装備、安全保障の展示会で、隔年で開かれるが前回がコロナ禍で中止され、4年ぶり。今回はウクライナでの戦争もあって盛況の極み、世界62か国から1720社の企業などが参加した。ここでは政府や軍の関係者によって兵器の商談も行われる。関係者に話を聞いた。
ユーロサトリ 販売マーティング担当 デービッド・ルーコスさん
「スカンジナビア、バルト海の国々の参加が前回に比べ驚くほど増えた。
(中略)ウクライナの代表団の参加も決まっています。非常に喜ばしい。今年のユーロサトリは特別なものになると思います。多くの国はパンデミック後の経済復興のために防衛や安全保障に期待することを決めたからです。
(中略)宇宙やサイバーに傾倒していた中、ウクライナの状況でわかることは古典的な紛争の概念が存在し続けていること・・・」
昔ながらのいわゆる“武器”と“物量”が戦場ではまだまだ需要があるということがウクライナ戦争で証明されたという。一方で軍需産業の活況を懸念する声も聞いた。
イギリス・エセックス大学 ピーター・ブルーム教授
「残念ながらウクライナもまた武器を試す格好の見せ場になっている。さながら世界規模の見本市のようです。軍需産業に特需が起きている。受注が増え需要が高まりそれが以前より正当化されている点も重要だ」
こうしたインタビューを受けて、世界の軍需産業に精通する国際政治学者の佐藤丙午氏は語る。
拓殖大学海外事情研究所 佐藤丙午副所長
「武器というのは、スペック上はどれほどの性能かわかるんですが、実際戦場でどのくらい使えるかは実戦を見ながら判断するしかない。そういう意味でも今回のウクライナ戦争は、新兵器を含め色んな兵器が投入されているので、それがこの後の防衛ビジネスにおいて重要な意味を持つと思います」
各国が、持っているものの使ったことがない兵器の実力や、これからどの武器を買おうか、どの武器が効果的かなど、じっと見ているってことなのだろうか?
拓殖大学海外事情研究所 佐藤丙午 副所長
「そうです。イギリスをはじめ送った兵器がどのくらい性能を発揮するか各国の軍関係者は非常に厳しく見ている。我々もジャベリンもスティンガーも知ってはいたが、それがどれだけの効果を持って戦車を破壊できるかを実地で見たことがなかったわけで、軍事関係者は非常にドラマチックな現実を見ている」
■「戦争は、軍需産業の在庫一掃セール」
戦争が武器の見本市であり、戦場が性能チェックの場であることは紛れもない現実だ。
しかし、一方で西側からウクライナに大量に供与されている武器は、必ずしも新しいものではない。例えばアメリカは対戦車ミサイル“ジャベリン”を5500基以上ウクライナに供与している。地対空ミサイル“スティンガー”は1400基以上だ。
だが、元陸上自衛隊の渡部氏はこう話す。
渡部悦和 元陸上自衛隊東部方面総監
「これはいつの戦争もそうなんですが、ジャベリンにしても結構古い兵器なんです。スティンガーなんていうのはもっと古く、何十年も前の兵器。こういった物を各軍需産業は持っているわけです。これを戦争の機会に在庫を一掃する。処分のチャンスと・・・」
対ウクライナにおいては、ジャベリンもスティンガーもアメリカ軍が保有していたものを提供したというが、アメリカ軍の在庫がなくなれば、軍需産業に新たな武器を受注することになるのは自明である。そして今回のアメリカによる多額の軍事援助は、アメリカの圧倒的軍事力を世界に見せつける結果となったことは間違いない。その逆となっているのはロシアの軍需産業だ。
■「ロシアをもの凄く小さな国にしてしまおう」
兵器、防衛装備品等の販売額を見てみると次のようになる。
① アメリカ 約36兆5000億円
② 中国 約8兆5000億円
③ イギリス 約4兆8000億円
④ ロシア 約3兆4000億円
⑤ フランス 約3兆2000億円
⑥ 日本 約1兆3000億円
アメリカだけが圧倒的だが、ロシアも4位に名を連ねている。だがその地位が今崩れようとしている。ロシア製の武器の輸出先は現在、インドが28%、中国が21%、エジプトが13%だ。この状況がどう変わろうとしているのか?
拓殖大学海外事情研究所 佐藤丙午 副所長
「活況を見せるNATOの軍需産業の裏返しです。ロシアの兵器システムに対する信頼感が徐々に失われていくと思います。(中略)アメリカの武器の売り方は、“ネットワークで戦争を戦う”という文脈の中で同盟国に武器を売っていくというシステム。ロシアは今回分かったように友達というか友好国がいないわけですから市場が限られる。技術面でも政治面でも軍需産業は苦労するでしょう」
ロシアの事情に詳しい兵頭氏も、ロシアはますます苦しくなるという。
防衛省防衛研究所 兵頭慎治 政策研究部長
「ロシアはエネルギー大国であり、武器輸出大国であり、この二つを輸出することで国家の財政を成してきた。エネルギーでは禁輸が進み、武器ではインドがロシア離れを始めている。理由としては、ロシア製兵器の信頼性の低さが実戦で明らかになった。ミサイルの命中精度が思いのほか低かったとか・・・。
もう一つは、半導体など電子部品の調達が西側の制裁で難しくなって、戦車などの生産も事実上止まっている。すると、インドなどロシア製兵器を買っている側にすれば、今後安定供給が難しいだろうと。ということでなおさらロシア離れが進む」
この事態をアメリカは千載一遇のチャンスとしていると話すのは渡部悦和氏だ。
渡部悦和 元陸上自衛隊東部方面総監
「アメリカが目指しているのは、ロシアを軍需産業も含めて徹底的にダウングレードさせようということ。ロシアが二度と軍事大国にならない、ものすごく小さな国にしてしまおうと・・・。そうなればインドや中国などロシア製の武器を買っている国はさらに大変な思いするでしょう」
■新型コロナで経済危機のトルコ救った攻撃用ドローン
兵器によって“株”が上がった国の一つはトルコだ。それに最も貢献したのはバイラクタルTB2という攻撃用ドローンだ。長時間の自律飛行が可能で、AIで敵を見分け正確に攻撃できる。ウクライナに販売され、この3か月だけでロシア軍に750億円の損害を与えたとして注目されたのだ。
トルコの最大手のシンクタンクのアナリストは「誇らしい」といいながらこう説明してくれた。
トルコのシンクタンク「へダム」 シーネ・オズカラシャヒン氏
「トルコの軍需品が大きな国際的役割を担ったこと、TB2が初めてで輸出品としてもほぼはじめての成功と言えます」
トルコは2021年、新型コロナや通貨安で経済的危機に陥っていたが、それを救った大きな要因がこのドローンでもあるというのだ。実際、セルビアやリトアニアなど、地政学的にロシアに近い国から購入の申し込みが相次いでいるという。さらにこのドローンを作っている会社の共同経営者はエルドアン大統領の娘婿なのも大きな要素だという。
■フィンランドやスウェーデンのNATO加盟にドローンが影響?
剛腕エルドアン大統領の娘婿が関係するドローン。このドローン効果はトルコの経済やウクライナの戦闘に寄与することだけではない。NATOに加盟申請しているフィンランドとスウェーデンの今後にも関係するかもしれないというのだ。
トルコのシンクタンク「へダム」 シーネ・オズカラシャヒン氏
「ドローンは国際関係のための資産となっていて、同盟国との関係強化のために使われています。例えば最近の例でいうと、フィンランドとスウェーデンのNATO加盟でトルコとの間で緊張が生まれましたがドローン外交によって2国間の対話が可能になるかもしれません」
現にスウェーデンもバイラクタルの購入を検討していると表明している。近日中にプーチン大統領訪問を受けるというエルドアン大統領。果たしてどんな選択をするのか注目だ。
(BS-TBS 「報道1930」 6月2日放送より)
織田 邦男
※ロシアの苦戦が伝えられるウクライナ侵略戦争で、「ロシアはなぜ、制空権が取れない」という質問をよく受ける。
この場合、「制空権」という用語は不適切であり、「航空優勢」を使用する必要がある。
制空権とは、いわば絶対的な航空優勢の状況を言い、現代戦で絶対的航空優勢、つまり制空権を取れるのは米空軍くらいである。
航空優勢とは「時間的、空間的に航空戦力比が敵より優勢で、敵により大なる妨害を受けることなく諸作戦を実施できる状態」(自衛隊教範)をいう。
作戦の要時、要域においてどちらの方が「妨害されない状況」にあるかが重要となる。
また航空戦力の高速性、広域性という特性上、たとえ現時点で優勢であっても、次の瞬間には劣勢になるという「浮動性」も念頭に入れておかねばならない。
ウクライナの戦況は、双方共に絶対的航空優勢は取っていない。
ウクライナ東部においてはロシアが航空優勢を保持し、西部においてはウクライナがそれを保持している。
質、量共に軍事力に優るロシアがウクライナ全土の航空優勢を取れていないのは、緒戦における航空優勢獲得の拙劣な作戦が尾を引いている。
2月24日、ウクライナ全土にわたる空爆から戦争は始まった。
だが、翌日25日には、もう陸軍が侵攻を開始している。米軍の常識からすると考えられない。
米軍の場合であれば、最低1週間、徹底した空爆により敵の航空戦力を壊滅させ、絶対的航空優勢、つまり「制空権」を取った後、陸上部隊が進撃を開始する。
湾岸戦争では約800目標を、イラク戦争では約500目標を緒戦の段階で徹底して破壊した。
今回の場合、報道によるとウクライナ全土の74の軍事施設、11の空軍基地、3つの司令部、合計約90目標をミサイルと戦闘機によって攻撃した。
湾岸戦争の場合、初日で約3000ソーティ(軍用機の出撃する単位、以下「s」)、イラク戦争で約2000sの攻撃を実施した。
ロシアの場合、約200s(ミサイル攻撃150s、戦闘機50s)と報道されている。
米軍の場合、初日に大規模空爆を実施し、その後は、戦果確認(BDA:Bomb Damage Assessment)を徹底して実施し、生残した機能を「落穂拾い」のように丁寧に潰していく。
これが約1週間続けられる。そしてほぼ完全な航空優勢を確保した後、陸上作戦に移る。
いくらウクライナ空軍がロシアの10分の1の規模だからといって、これではあまりにも徹底さを欠いている。撃ち漏らしが出て当然だ。
陸軍がいったん侵攻を開始してしまうと、航空戦力は陸上作戦の支援に振り向けられる。よって純粋な航空優勢獲得の戦力割り当ては少なくなる。
ますます生き残った航空戦力を壊滅させることは難しくなる。
なぜロシアは空爆を徹底せず、残存航空戦力がある中で陸軍を侵攻させたのだろう。5つほど理由が考えられる。
巷間よく言われる「ウクライナを甘く見た」というのがある。
2014年、クリミア半島の事実上無血併合という成功体験により、数日間でウクライナは白旗を上げると考えていたようだ。徹底して壊滅させるまでもないと考えていたのかもしれない。
2番目に、ロシアはまともな空軍を保有する国と戦った経験がないという経験不足がある。
これまでアフガニスタン、チェチェン、グルジア、シリアなど、戦った国は航空戦力と呼べる戦力は持っていなかった。
ウクライナ空軍はロシアの約10分の1と小規模であるが、完結した航空戦力を持っており、練度も低くなかった。
3番目として、陸軍主体の戦争ドクトリンが挙げられる。
ロシア軍の航空作戦は陸軍支援を最優先する。航空優勢は陸上作戦に応じて要時、要域を確保すれば事足りると考えている。
米軍のように、全局の作戦要求に応じて、空軍が主体的に全般航空優勢を確保するという思想はない。
4番目としてロシア空軍がそもそも外征作戦、攻勢作戦には不向きの兵器体系になっていることがある。
例えば、外征作戦では、敵地でも緊急脱出したパイロットを救助できる戦闘救難(CSAR: Combat Search And Rescue)機能が必要である。
だがロシアには戦闘救難の専属部隊は保有していない。
また地上の攻撃目標を探知する装備、米軍の「E-8(Joint Star)」のような攻勢作戦に欠かせない装備も保有していない。
加えて先述した「落穂拾い」のような機能もない。
さらに長距離作戦に欠かせない空中給油機は保有するが、戦闘機を支援するにはあまりにも数が少なすぎる。
5番目として航空攻撃作戦計画の立案システムを持たないことがある。
1日に3000sの攻撃計画を作ろうとすれば、コンピューターを使った計画立案システムが不可欠である。
米軍はATO方式(Air Tasking Order)といって、約800人のスタッフを3クルー準備し、各クルーが順繰りに攻撃計画を作る。
戦闘機ごと作戦行動の詳細を計画しなければならず、膨大な作業となる。
立案後、攻撃目標は適切か、重複はないか、友軍相撃の可能性はないか、空中給油機、電子戦機等の運用に整合性がとられているかなど、作戦計画の瑕疵を洗い出すにはコンピューターなしにはできない。
今回、手書きの攻撃計画がリークされていたが、粗雑極まる航空攻撃計画だった。もし本物ならロシアの航空攻撃能力は相当未熟だと言わざるを得ない。
「制空権」を取れない要因の概要はこういうところだろう。だからと言ってウクライナが航空優勢を取れているわけでもない。
ウクライナ空軍は緒戦で大失態を犯している。
これはウォロディミル・ゼレンスキー大統領の責任が大きい。ゼレンスキー氏は、2021年11月から米国がリークする貴重なロシア侵攻情報を信じようとしなかった。
2月14日の時点でも「(米国は)誇張しすぎ」「すべての問題に交渉のみで対処する」と述べていた。予備役動員を命じたのも侵攻2日前である。
レズニコフ国防大臣は「侵攻寸前との発言は不適切」とまで言っていた。トップがこういう状況だから、空軍も即応態勢を上げないまま、ロシアの奇襲を受けた。
駐機場に戦闘機が整然と並べており、そこを爆撃された映像が流されていたが、いかに緊張感が欠如していたかを物語る。
少なくとも即応態勢を整えていれば、戦闘機を整然と並べて駐機することはあり得ない。1発のミサイルで数機の被害が出るからだ。常識的には各所に分散して配備する。
初日の攻撃でウクライナの警戒監視レーダー網は壊滅した。
だが攻撃が徹底を欠いていたため、戦闘機はかろうじて全滅は免れた。ただし航空戦力はシステムであり、警戒監視レーダーがなければ、戦闘機はほとんど役に立たない。
現在はNATO(北大西洋条約機構)の「E-3」空中警戒管制機(AWACS)がポーランド上空で空中哨戒を続け、ウクライナにレーダー情報を送っているようだ。
よってウクライナ西部においては、残存する数少ない戦闘機と、「S300」地対空誘導弾で航空優勢をかろうじて保っている。
他方、東部においては、ロシア国内の警戒監視レーダーが作動しており、戦闘機もロシア国内から出撃するので、航空優勢はロシアが取っている。
だがロシアの空地連携が拙劣であり、航空優勢を生かし切れていない。
またウクライナのドローンが航空優勢の欠落の穴を埋めるべく、大活躍している。
ドローンと航空優勢の関係は、今後の大きな研究課題となるだろう。
ウクライナ中部から西部にかけては、ロシアの地上レーダーでは情報を得られない。頼みの綱の「A-50」空中警戒管制機は約20機保有しているものの、約半数も稼働しておらず、あまり活躍できていない。
従ってロシアは西部の補給拠点攻撃は、戦闘機ではなく、地対地ミサイルで攻撃を行っている。
だが、移動目標は攻撃できないし、精密誘導性能も限定的であり、成果を上げているとは言い難い。
最後に航空作戦から見た今後の予測である。
ロシアにとってポーランドから続々と入ってくる軍事支援物資を食い止めることが喫緊の課題である。これは航空阻止(AI: Air Interdiction)と呼び、空軍の任務である。
物資の集積地はミサイルで攻撃可能だが、地上輸送する移動車両はどうしても戦闘機でなければ攻撃できない。
だが、ロシアは西部に戦闘機を飛ばすことができず、ロシア製ドローンも届かない。今のところ軍事支援物資の輸送を止めることができない。
またロシアの弾薬やミサイルはロシアしか生産できず、現在は備蓄を食いつぶしている状況である。
時間が経てばミサイル、弾薬は底を尽く。そうなればいくら強気のプーチンであっても、適当な口実を捏造して停戦するしかなくなる。
他方、ウクライナは戦車、榴弾砲、弾薬などは入ってくるが、肝心の戦闘機をNATOは供与しない。
数少ない戦闘機を細々と運用しているが、戦闘機がなくなれば西部の航空優勢はロシアの手に落ちる。そうなればポーランドからの補給路は脅かされることになる。
いずれにしろ双方とも、装備、人員不足に悩まされ、時間と共にジリ貧になるのは目に見えている。
どちらが早くジリ貧になるかという消耗戦になることは間違いない。
・「信じられないくらい未熟でお粗末」元自衛隊幹部が読み解くロシア軍の"決定的な弱点"(PRESIDENT Online 2022年6月8日)
渡部 悦和,佐々木 孝博,井上 武
※ロシア軍によるウクライナ侵攻は軍事のプロからどう評価されているのか。元陸将で陸上自衛隊富士学校長をつとめていた井上武さんは「ロシア軍は侵攻2日目あたりから主導権を失っている。まったく戦況の変化に対応できておらず、地上部隊が大損害を受けている。ロシア軍の現状は信じられないくらい未熟でお粗末だ」という――。
侵攻から2日目で主導権を失ったロシア軍
【井上武(元陸上自衛隊富士学校長)】ひとことで言えば、ロシア軍の陸戦は杜撰な計画に加えて、攻撃開始後もまったく戦況の変化に対応できていない。普通の軍隊であれば、戦況の変化に応じて判断し、計画を修正し、必要な対策をとります。しかしロシア軍は、侵攻後も作戦をいっさい変更していません。
戦いの原則でいえば、攻めるほうは主導権をもち、所望の時期と場所に攻撃できる優位性がありますが、侵攻して2日目あたりからロシア軍は主導権を失っています。しかも、陸上侵攻は、まず、誘導ミサイル攻撃や航空攻撃で、ウクライナ軍の航空基地、対空火器、対空レーダーおよび作戦指揮組織等を徹底的に破壊し、航空優勢を獲得し、それから地上攻撃を開始するのが鉄則ですが、それをやっていない。航空攻撃と地上攻撃が、ほぼ同時でした。
キーウ制圧をかなり焦っていたので、航空優勢をとらないままに、ロシア軍は地上攻撃を開始しています。絶対にやってはいけない作戦展開です。私の現役時代の大規模指揮所演習の教訓では、対空カバーのない状況で、攻撃した戦車群が、敵の航空攻撃によって短時間で壊滅的な損害を被ったことがありました。
【渡部悦和(ハーバード大学アジアセンター・シニアフェロー)】ロシアのウクライナへの精密誘導ミサイル攻撃について、ミサイル失敗率が最大で60%にものぼるとアメリカ政府は分析しているとの報道もあります。ミサイル自体に不良品が多いと私は見ています。
地上部隊が大損害を受けても当然
【井上】なぜ、作戦の成否を左右する航空優勢が獲得できなかったのかは、今後、いろいろなデータを分析する必要がありますが、渡部さんが指摘した精密誘導ミサイルの質の問題もありそうです。撃つには撃ったけど、その効果が出ていない。ロシアも偵察衛星でウクライナ軍の動きを把握し、重要目標を捕捉しているはずです。それでも成果を上げられないのは、ひとつにはアメリカ軍やNATO軍からの情報提供があるからではないでしょうか。
アメリカ軍やNATO軍が偵察衛星や早期警戒管制機でロシア軍の動きを捕捉し、ミサイルを撃ちそうな前兆があれば、それをウクライナ軍に伝える。それによってウクライナ軍は航空機や防空ミサイルなどを移動させるので、ロシアのミサイル攻撃は失敗に終わっています。
防空ミサイルが生き残っている状況でロシアが航空機や武装ヘリコプターで攻撃しても、逆に撃ち落とされてしまうわけです。完全な航空優勢の獲得は無理だとしても、時間をかけてある程度の航空優勢を確保してから地上攻撃はやらなければいけない。今回はその鉄則さえロシア軍は守っていない。地上部隊が大損害を受けても当然だと思います。
【佐々木孝博(広島大学 大学院人間社会科学研究科 客員教授)】飛行機がいないところにミサイルを撃ち込んでみたところで、攻撃する意味はありません。
航空基地へのミサイル攻撃は効果的ではなかった可能性も
【井上】航空基地へのミサイル攻撃をロシアはやっています。しかし、ミサイルが届いたときには飛行機は上空にいた、といった情報がけっこうあります。防空ミサイルも多くが移動式ですから、攻撃される情報があれば、そこから移動してしまえばいいだけのことです。そういう情報がアメリカ軍やNATO軍から流れている。
【佐々木】そういう情報がなければ、いくら移動式でも的確に動くことはできません。正確な情報があってこそできることです。
【井上】ミサイルを発射するときには発射機を移動したり、発射態勢をとりますので偵察衛星等からある程度探知できます。その情報をウクライナ側に流せば、航空機なら上空に逃げればいいし、移動式ミサイルなら移動してしまえばいいわけです。ロシアのミサイルが狙ったところに着弾しても、命中したことにはなりません。
【渡部】アメリカ軍やイギリス軍がとった情報は、リアルタイムでウクライナに伝わっています。それがなければ、ウクライナ軍は初期段階で大きな被害を受けていたはずです。
戦闘損害の評価を適切に行わずに戦力を投入
【井上】仮定の話として、航空優勢獲得のため2~3日間ほどミサイル攻撃を継続し、そのあとに「バトル・ダメージ・アセスメント」といわれる戦闘損害評価を実施します。これによって、ミサイルによる攻撃が狙いどおりの戦果を上げているかどうかを確認していれば、ロシア軍の損害は局限できたと推測します。
空挺部隊を送り込んだり、地上軍を本格的に動かす前に、侵攻条件が整っているか確認することが重要となります。そうした戦い方の鉄則を、ロシア軍はまったくとっていません。バトル・ダメージ・アセスメントによって戦果を確認しないままに、ヘリコプターや輸送機による地上軍の投入を行ってしまっている。侵攻が始まってから5日間でロシア空軍は、29機の飛行機と29機のヘリコプターを撃墜されています。ウクライナの対空火器が損害を受けずに健在だった証拠です。
撃墜された航空機のなかには、兵員輸送に使われる「イリューシンII―76大型輸送機」2機が含まれていました。この2機だけで、200人から400人のロシア兵が死亡した可能性があるといわれています。
【佐々木】バトル・ダメージ・アセスメントを行わずに無謀な兵員投入を行った結果です。これはロシア軍に大きなショックを与えているはずです。
重要な空港占拠にもあえなく失敗
【井上】輸送機で空輸し、パラシュートで敵地に降下する空挺部隊は、軍管区に所属しているのではなく、たぶんモスクワ直轄の部隊だと思います。
【佐々木】統合司令部があって、その傘下に空挺部隊も入って作戦を遂行していれば、対空火器が待ち構えているところに飛んで行ったりはしなかったかもしれません。モスクワ中央の命令で、軍管区とは連携をとらないままに作戦が行われた気がします。同じロシア軍でありながら、別々の作戦を展開している状態で戦っていたわけで、これでは損害が大きくなるのも無理ありません。
【渡部】ロシア軍は、空挺作戦だけでなく、ヘリボーン作戦も実行しています。多数のヘリコプターに兵士を乗せ、空港などの重要な目標を奇襲して占拠する作戦です。侵攻後の早い時期に、キーウ近郊のホストメル空港を、この方法でロシアは占拠しました。
しかし、すぐにウクライナ軍に押し戻されて、取り返されています。キーウ近郊の空港を押さえておけば、空路での補給が効率的にできて、キーウ制圧は簡単に達成されたかもしれない。その大事な空港占拠に失敗したことは、ロシア軍にとっては大きな痛手だったはずです。
ロシア軍が駄目な一方で、ウクライナ軍は的確に部隊を運用している
【井上】それも、ウクライナとアメリカ・イギリスとの情報共有の成果だと思います。空挺部隊を運ぶ輸送機やヘリコプターの大群が飛び立ち、どこに向かっているか情報が共有できれば、防空体制を敷くとか、部隊を迅速に集中するなどして、降着直後の弱点に乗じて撃破することができます。情報共有による作戦展開が、じつにうまくできたのだと思います。
【渡部】情報に基づいて、ウクライナ軍は的確に部隊を運用しています。ロシア軍の作戦のマズさが目立つ一方で、ウクライナ軍はすごく頑張っているという印象です。
【井上】渡部さんが指摘されたとおり、ロシア軍のマズさということでは、諸兵科協同作戦がまるでやれていないことが気になりました。
軍隊内には歩兵部隊、砲兵部隊、戦車などを有する機甲部隊など、異なる兵科があります。どれも単体では弱いので、それを統合して弱点を補いながら戦うのが諸兵科協同作戦です。これがうまく展開できないと、戦いに勝つことは難しくなります。
ところが、今回の戦争でロシア軍には、諸兵科協同作戦の欠片も見あたりません。精強と思われたロシア軍が、このような基本的な戦術行動がとれていないのはほんとうに不思議なことです。
125個用意した部隊も基本的な行動がとれていない
【渡部】それについてもう一度説明します。ロシア軍改革の目玉のひとつとしてロシアは、大隊規模の諸兵科連合部隊である「大隊戦術群(BTG)」を170個もつくりました。機械化歩兵大隊を根幹にして、戦車、防空、砲兵、通信、工兵、そして補給を担う後方支援の各部隊で構成されています。歩兵が200人、戦車が10両、装甲歩兵戦闘車が40両の組織です。
ロシア軍は、このBTGを125個(125個はアメリカの説、イギリスの説では120個)、戦争に投入しましたが、とくにキーウ正面では大きな損耗を出しました。じつはBTGにはいくつかの欠点がありました。
まず、歩兵の数が200人と少なすぎる点です。200人は自衛隊でいえば一個普通科中隊の人数です。大隊レベルであれば600人の歩兵は最低限必要だと思います。次にBTGは指揮・統制が難しい組織だというです。指揮官は機動と火力を連携させ、電子戦をやり、障害処理を行い、補給や修理などの兵站も行わなければいけません。そのためには優秀な指揮・統制システムが必要ですが、そのシステムが機能したとはとても思えません。
そして、ロシア軍がBTGの実戦的訓練をほんとうに行ったのか極めて疑わしいと思います。それは井上さんが指摘した基本的な行動をとれていない点からも明らかです。
アメリカ軍とロシア軍は根本的に戦術が違う
【井上】アメリカ軍とロシア軍の戦術面の根本的な「違い」を指摘したいと思います。ロシア軍は、伝統的に「命令で動く戦術」です。それに対して西側諸国のアメリカやドイツ、イスラエルなどは、任務を与えて達成させる「任務戦術」を基本にしています。「任務戦術」においては、上級部隊は任務を付与しますが、その達成の仕方の細部まで統制することなく、下級部隊を信頼して委任します。
加えて上級部隊は、任務達成に必要なアセット、つまり装備等を提供します。任務を与えられた下級部隊のリーダーは、階級に関係なく、上級部隊の企図や指針に基づき、自ら状況判断と決心を繰り返しながら、任務を達成していきます。ロシアの大隊戦術群が、しっかり機能するには、このような「任務戦術」をベースにする必要があります。
ところが「命令で動く戦術」だと、上級部隊の命令がないと動けません。上級部隊の命令を実行するには状況が違いすぎているにもかかわらず、その命令を守っていくことしかできない。侵攻してみたら状況が違っていたにもかかわらず、現状に合わせた作戦変更を現場の部隊ができない。上級部隊は現場の状況を把握できないので、適切な命令変更ができない。これでは任務の達成が難しくなります。
ウクライナでのロシア軍は、まさに、このような状況で、指揮や戦術が硬直化しており、柔軟性に欠けています。
【渡部】そういう柔軟な作戦を実行できる部隊を、ロシア軍も改革のなかで目指し、大隊戦術群をつくったはずなのです。しかし末端の指揮官や兵士が、それを運用できる練度に、まだまだ達していなかったことを、今回の戦争で示してしまったことになります。
ジョージア紛争での成功体験が裏目に出ている
【佐々木】ジョージア紛争での成功体験も影響していると思います。ジョージア紛争では今回に比べて作戦は非常に単純でした。ジョージア中央に位置する「南オセチア自治州」には、紛争前からロシアの平和維持軍が駐留しており、現地のロシア軍部隊の支援を得ながら軍事作戦ができました。
また、ウクライナと違い、当時のジョージアは旧式の装備しか保有していませんでしたので、5日ほどで、西部のアブハジア自治共和国および中部の南オセチア自治州を制圧でき、作戦目的を達成しました。部隊規模も今回と比べて小さかったために、比較的容易にいわゆる統合的な作戦ができたものと思われます。そのため、改革で目指した本来の機能を実現できていない部隊でも勝てた単純な戦争でしかなかったのかもしれません。
ジョージア紛争以降でロシアによる軍事介入は、シリアくらいしかありません。そのシリアでもミサイルを大量に撃ち込んだくらいで、派遣された地上軍が大々的に作戦を展開したわけではありません。軍改革の目標が実現されているかどうか、まったく検証されてこなかったわけです。
そのうえ、渡部さんが指摘されるように訓練が十分にできていないのですから、大隊戦術群が構想どおりのオペーレーションができるはずがありません。
【井上】組織は変えたけれど魂までは変えられていない。それが、今回のウクライナ侵攻で証明されてしまった。信じられないくらい未熟で、お粗末なロシア軍の現状です。
---------- 渡部 悦和(わたなべ・よしかず) ハーバード大学アジアセンター・シニアフェロー 1978年東京大学卒。陸上自衛隊入隊後、外務省出向、ドイツ連邦軍指揮幕僚大学留学等を経て、東部方面総監。2013年退職。 ----------
---------- 佐々木 孝博(ささき・たかひろ) 広島大学大学院人間社会科学研究科客員教授 1986年防衛大学校卒(30期)、博士(学術)。海上自衛隊入隊後、オーストラリア海軍大学留学、在ロシア防衛駐在官等を経て、下関基地隊司令。2018年退職。 ----------
---------- 井上 武(いのうえ・たける) 元陸上自衛隊富士学校長 1978年防衛大学校卒(22期)。陸上自衛隊入隊後、ドイツ連邦軍指揮幕僚大学留学、ドイツ防衛駐在官、陸上自衛隊富士学校長等を経て、2013年退職。 ----------
・ウクライナはいま“兵器の見本市”に…戦争で“太る”人たち「戦争は軍需産業の在庫一掃セール」か(TBS NEWS 2022年6月5日)
※6月、アメリカのロッキード・マーチン社の株価が、ウクライナ戦争が始まって以来最高値を記録した。この会社、一般の航空機から宇宙船まで製造するが軍需企業としては世界ランク1位(ストックホルム国際平和研究所発表)を誇る。どこかで戦争があれば、軍需産業が儲かる。当然の理屈ではあり古くは“死の商人”などと呼ばれた。今回は戦争の“市場としての側面”を読み解いた。
ロッキード・マーチンだけでなく、イギリス、フランスの軍需産業も軒並み株価を上げ、兵器市場は今活況を呈している。「ユーロサトリ」という催しが6月、パリで開かれる。
ヨーロッパ最大の防衛装備、安全保障の展示会で、隔年で開かれるが前回がコロナ禍で中止され、4年ぶり。今回はウクライナでの戦争もあって盛況の極み、世界62か国から1720社の企業などが参加した。ここでは政府や軍の関係者によって兵器の商談も行われる。関係者に話を聞いた。
ユーロサトリ 販売マーティング担当 デービッド・ルーコスさん
「スカンジナビア、バルト海の国々の参加が前回に比べ驚くほど増えた。
(中略)ウクライナの代表団の参加も決まっています。非常に喜ばしい。今年のユーロサトリは特別なものになると思います。多くの国はパンデミック後の経済復興のために防衛や安全保障に期待することを決めたからです。
(中略)宇宙やサイバーに傾倒していた中、ウクライナの状況でわかることは古典的な紛争の概念が存在し続けていること・・・」
昔ながらのいわゆる“武器”と“物量”が戦場ではまだまだ需要があるということがウクライナ戦争で証明されたという。一方で軍需産業の活況を懸念する声も聞いた。
イギリス・エセックス大学 ピーター・ブルーム教授
「残念ながらウクライナもまた武器を試す格好の見せ場になっている。さながら世界規模の見本市のようです。軍需産業に特需が起きている。受注が増え需要が高まりそれが以前より正当化されている点も重要だ」
こうしたインタビューを受けて、世界の軍需産業に精通する国際政治学者の佐藤丙午氏は語る。
拓殖大学海外事情研究所 佐藤丙午副所長
「武器というのは、スペック上はどれほどの性能かわかるんですが、実際戦場でどのくらい使えるかは実戦を見ながら判断するしかない。そういう意味でも今回のウクライナ戦争は、新兵器を含め色んな兵器が投入されているので、それがこの後の防衛ビジネスにおいて重要な意味を持つと思います」
各国が、持っているものの使ったことがない兵器の実力や、これからどの武器を買おうか、どの武器が効果的かなど、じっと見ているってことなのだろうか?
拓殖大学海外事情研究所 佐藤丙午 副所長
「そうです。イギリスをはじめ送った兵器がどのくらい性能を発揮するか各国の軍関係者は非常に厳しく見ている。我々もジャベリンもスティンガーも知ってはいたが、それがどれだけの効果を持って戦車を破壊できるかを実地で見たことがなかったわけで、軍事関係者は非常にドラマチックな現実を見ている」
■「戦争は、軍需産業の在庫一掃セール」
戦争が武器の見本市であり、戦場が性能チェックの場であることは紛れもない現実だ。
しかし、一方で西側からウクライナに大量に供与されている武器は、必ずしも新しいものではない。例えばアメリカは対戦車ミサイル“ジャベリン”を5500基以上ウクライナに供与している。地対空ミサイル“スティンガー”は1400基以上だ。
だが、元陸上自衛隊の渡部氏はこう話す。
渡部悦和 元陸上自衛隊東部方面総監
「これはいつの戦争もそうなんですが、ジャベリンにしても結構古い兵器なんです。スティンガーなんていうのはもっと古く、何十年も前の兵器。こういった物を各軍需産業は持っているわけです。これを戦争の機会に在庫を一掃する。処分のチャンスと・・・」
対ウクライナにおいては、ジャベリンもスティンガーもアメリカ軍が保有していたものを提供したというが、アメリカ軍の在庫がなくなれば、軍需産業に新たな武器を受注することになるのは自明である。そして今回のアメリカによる多額の軍事援助は、アメリカの圧倒的軍事力を世界に見せつける結果となったことは間違いない。その逆となっているのはロシアの軍需産業だ。
■「ロシアをもの凄く小さな国にしてしまおう」
兵器、防衛装備品等の販売額を見てみると次のようになる。
① アメリカ 約36兆5000億円
② 中国 約8兆5000億円
③ イギリス 約4兆8000億円
④ ロシア 約3兆4000億円
⑤ フランス 約3兆2000億円
⑥ 日本 約1兆3000億円
アメリカだけが圧倒的だが、ロシアも4位に名を連ねている。だがその地位が今崩れようとしている。ロシア製の武器の輸出先は現在、インドが28%、中国が21%、エジプトが13%だ。この状況がどう変わろうとしているのか?
拓殖大学海外事情研究所 佐藤丙午 副所長
「活況を見せるNATOの軍需産業の裏返しです。ロシアの兵器システムに対する信頼感が徐々に失われていくと思います。(中略)アメリカの武器の売り方は、“ネットワークで戦争を戦う”という文脈の中で同盟国に武器を売っていくというシステム。ロシアは今回分かったように友達というか友好国がいないわけですから市場が限られる。技術面でも政治面でも軍需産業は苦労するでしょう」
ロシアの事情に詳しい兵頭氏も、ロシアはますます苦しくなるという。
防衛省防衛研究所 兵頭慎治 政策研究部長
「ロシアはエネルギー大国であり、武器輸出大国であり、この二つを輸出することで国家の財政を成してきた。エネルギーでは禁輸が進み、武器ではインドがロシア離れを始めている。理由としては、ロシア製兵器の信頼性の低さが実戦で明らかになった。ミサイルの命中精度が思いのほか低かったとか・・・。
もう一つは、半導体など電子部品の調達が西側の制裁で難しくなって、戦車などの生産も事実上止まっている。すると、インドなどロシア製兵器を買っている側にすれば、今後安定供給が難しいだろうと。ということでなおさらロシア離れが進む」
この事態をアメリカは千載一遇のチャンスとしていると話すのは渡部悦和氏だ。
渡部悦和 元陸上自衛隊東部方面総監
「アメリカが目指しているのは、ロシアを軍需産業も含めて徹底的にダウングレードさせようということ。ロシアが二度と軍事大国にならない、ものすごく小さな国にしてしまおうと・・・。そうなればインドや中国などロシア製の武器を買っている国はさらに大変な思いするでしょう」
■新型コロナで経済危機のトルコ救った攻撃用ドローン
兵器によって“株”が上がった国の一つはトルコだ。それに最も貢献したのはバイラクタルTB2という攻撃用ドローンだ。長時間の自律飛行が可能で、AIで敵を見分け正確に攻撃できる。ウクライナに販売され、この3か月だけでロシア軍に750億円の損害を与えたとして注目されたのだ。
トルコの最大手のシンクタンクのアナリストは「誇らしい」といいながらこう説明してくれた。
トルコのシンクタンク「へダム」 シーネ・オズカラシャヒン氏
「トルコの軍需品が大きな国際的役割を担ったこと、TB2が初めてで輸出品としてもほぼはじめての成功と言えます」
トルコは2021年、新型コロナや通貨安で経済的危機に陥っていたが、それを救った大きな要因がこのドローンでもあるというのだ。実際、セルビアやリトアニアなど、地政学的にロシアに近い国から購入の申し込みが相次いでいるという。さらにこのドローンを作っている会社の共同経営者はエルドアン大統領の娘婿なのも大きな要素だという。
■フィンランドやスウェーデンのNATO加盟にドローンが影響?
剛腕エルドアン大統領の娘婿が関係するドローン。このドローン効果はトルコの経済やウクライナの戦闘に寄与することだけではない。NATOに加盟申請しているフィンランドとスウェーデンの今後にも関係するかもしれないというのだ。
トルコのシンクタンク「へダム」 シーネ・オズカラシャヒン氏
「ドローンは国際関係のための資産となっていて、同盟国との関係強化のために使われています。例えば最近の例でいうと、フィンランドとスウェーデンのNATO加盟でトルコとの間で緊張が生まれましたがドローン外交によって2国間の対話が可能になるかもしれません」
現にスウェーデンもバイラクタルの購入を検討していると表明している。近日中にプーチン大統領訪問を受けるというエルドアン大統領。果たしてどんな選択をするのか注目だ。
(BS-TBS 「報道1930」 6月2日放送より)