ブログ主注:同著者による4本の連載記事をまとめてあります。
・日本人が知らない、ロシア「民間軍事会社」の驚異的な「戦争代行サービス」
何から何まで、超効率的に…(現代ismedia 2022年5月2日)
廣瀬 陽子 慶應義塾大学教授
※依然として激戦が続くウクライナ。国境を越えて攻撃している部隊の中には正規軍に加えて、ロシアから仕事を受注した民間軍事会社も混ざっていると言われている。プーチンの国家戦略を分析した書籍『ハイブリッド戦争』から、知られざる民間軍事会社のリアルについて紹介しよう。
意外と知らない「民間軍事会社」
サイバー攻撃、特殊部隊と並んで、特にハイブリッド戦争において重要な役割を果たしているのが、民間軍事会社(PMC:Private Military Company)である(注)。現代版「傭兵」とも言えるPMCは冷戦終結後の世界秩序の変化のなかで、欧米を中心に世界で短期間のうちに急速に成長を遂げた。
冷戦後の世界においては、欧米諸国が軍事力の削減を進めていったが、その一方で域外介入への志向性も高まるという矛盾が生まれた。そして、その矛盾によって生まれた真空を埋めたのがPMCだったのである。
だが、PMCは単なる傭兵ではなく、戦闘のみならず、ロジスティクスやインテリジェンスに至るまで、非常に幅広い分野をカバーしながら、国家や民間の需要に応えつつ、軍事的な活動を総合的に支える役割を担っている。
エルケ・クラフマンは、現代のPMCの役割を主に7つにまとめる。すなわち、
(1)戦闘
(2)紛争地域で活動する政府、国際機関および非国家主体(NGO)の人員および基地に関連する人質・施設保護
(3)軍事訓練およびアドバイス
(4)軍用装備の運用及び保守に関する支援
(5)軍用装備の調達、流通、仲介
(6)爆発物の解体
(7)捕虜の選別を含む情報収集および分析
である。
このように、PMCの守備範囲はかなり広く、多様化した新しい戦争に対処してゆくためにも不可欠な存在となりつつあるのである。
PMCを利用する7つのメリット
だが、軍事を民間にアウトソーシングすることにどれだけのメリットがあるのだろうか。以下に、PMCを利用するメリットを提示する。
(1)人件費の節約
軍隊で最もお金がかかるのが人件費である。前線で兵士1人を戦わせるためには、まず前線に立つ前の訓練費用、そして武器など戦闘装備の供給、弾薬から被服までの補給・補修、食事、宿舎、兵士が負傷した際の医療費、死亡した場合の弔慰金、退役後の年金など、とてつもない費用が必要となる。
とりわけ、米軍のように高度に技術化された軍隊では、最前線で戦う兵士とそれを支える人員の比率は1対100であるとされ、そのことは戦闘をおこなっている兵士1人を支える後方要員が100人必要となることを意味する。
米軍の一般部隊の兵士の平均年収を3万5000ドルとすると、兵士1人につき後方要員の給与として350万ドルが必要となり、1000名の兵士を戦わせるとなれば、最低でも後方要員の給与だけで35億ドルがかかり、実際には給与以外の諸々の費用がかかるわけであるから、想定できないほどの費用がかかることがわかる。
特に高額の費用がかかるのが、ロジスティクスや管理部門であるが、こうした分野を外部にアウトソーシングすることで、経費を大幅に削減しようとするニーズがPMCの誕生と成長に繋がったとされる。
戦闘訓練以外の部分を軍人が担わなくて済めば、軍隊は本来の主要任務に集中できるし、外注によって人件費を半分くらいに削減できるようになる。実際、米軍や英軍などはロジスティクスをほぼPMCに外注しているのである。
(2)サービスのきめ細かさ
次に、民間企業だからこそできるPMCのサービスのきめ細かさがある。民間企業であるが故に、PMCは政府に限らず、会社組織、団体、個人などからも依頼を引き受けることができる。
政情不安な地域に工場を置く企業、治安の悪い地域で活動するNGO(非政府組織)、戦地を取材するジャーナリストなども警護や警備を依頼できるし、費用さえ支払えば、クライアントの要望に応じて、かなり困難な依頼も引き受けてくれる。
つまりPMCは、正規軍にはできないような依頼にも対応してくれるという強みを持つ(ボランティアとして扱われながらも犯罪行為をさせられたとして、2018年末に数人のワグネル戦闘員が国際刑事裁判所に訴えた事実もあるが、本件の結論は不明)。
(3)質の高いサービス
また、質の高いサービスを必要な期間だけ利用できるというのもクライアントにとっては大きなメリットだ。PMCに所属する人員は、素人から元軍人や退役軍人まで、また階層も無関係でピンキリであるが、きわめて優秀な人材も集められている。プロ意識も技術も人によりけりであるが、多額な費用を出せば、正規軍よりも優秀な人材に任務を遂行してもらうこともできるのである。
(4)効率性・迅速性
人員の提供がきわめて効率的かつ迅速におこなえる。正規軍から人員を補充することになれば、厄介な政治的・官僚的手続きを要するが、PMCからはそのような煩雑な手続きなしに人員の補給が可能である。
そのため、クライアントが軍隊であることも多いという。軍隊にもPMCを利用する費用以外の大きなメリットがある。例えば、前線で急な増員が必要となった場合に、兵士を新たに訓練したり、予備兵を現役に戻したりするよりも、素早く柔軟に増員することが可能となる。
また、現代兵器はハイテク化があまりに進みすぎていて、昔ながらの小火器をのぞく兵器は、電子システムとITを連動させることなくしては運用が難しくなっている。このような最新兵器の操作、保守、整備は高度に専門化した技術者にしかできない。
軍隊も当初、専門家を育成しようとしたが、それにはあまりに費用と時間がかかるということで、兵器システムと技術者をともにアウトソーシングしたほうが手早く、費用も抑えられるということになった。これもPMCを利用するメリットとなっている。
同様のことが情報サービス分野においても言える。ITへの依存度が近年、飛躍的に増大し、また技術の発達がきわめて早いなかで、政府機関だけで最新の技術に対応してゆくのはもはや不可能となっている。
ハードウェア、ソフトウェアともに、技術の革新は民間で生まれているのであるから、軍隊や情報機関も優秀な民間企業や専門家に業務委託をしたほうが安上がりでかつ、最新かつハイレベルのサービスを期待できることとなる。ただし、政府と民間の癒着が生まれやすくなるというデメリットもあることは忘れるべきではない。
(5)死の保障をしなくてよい
軍人が死亡すれば、膨大な見舞金、補償金などの費用がかかり、また、遺族から批判を受けることも少なくないが、PMCの戦闘員はあくまでも自己責任で参加しているため、PMCの戦闘員がどうなろうと、政府の責任ではない。
つまり、政治コストがきわめて安くなる。なお、ロシアのPMCの戦闘員は戦地で死亡したとしても、ほとんどが遺族の元に帰れないという。戦地で身元不明の遺体として埋葬されるケースがほとんどであるらしい。
6)国際的な批判を受けづらい
正規軍であれば、その活動の責任は、当該軍が属する国家に帰せられるが、あくまでも民間であるPMCの活動については、仮に当該国家が活動を依頼していたとしても、当該国家は「知らぬ存ぜぬ」を貫き通すことができる可能性が高い。
つまり、ある国家が望む軍事行動をPMCにおこなわせれば、国際的な批判を受けづらいというメリットがあり、実際、諸外国に対する軍事行動は、国際的な批判や制裁の対象になることがほとんどであるため、この意義はきわめて大きい。
(7)軍事力の補填
PMCに頼りたいのは、大国だけではない。内戦状況のなかで、弱小な軍事力しか持たないような国にとっても、PMCは重要な意味を持ちうる。PMCを雇うことによって、国内のゲリラ、武装勢力、テロリストなどに対抗する術を得ることができるのである。だが、このような国内の問題にPMCを使うことに対しては国際的な批判も多く、最近ではあまり用いられなくなっているとも聞く。
* * *
「ワグネル」をはじめとしたロシアのPMCは、世界各地へと赴いてさまざま戦闘や工作に従事していると言われている。もはやロシアにとって、PMCという存在は戦争遂行に必要不可欠なのではないだろうか。
・プーチンも完全には制御できない? ロシア「民間軍事会社」の恐ろしい実態 世界各地で暗躍している
激戦が続くウクライナ国内で、戦闘や情報収集などさまざまな場面で活躍していると見られる民間軍事会社(PMC)。ロシア政府が「ワグネル社」をはじめとするPMCに軍事業務を「外注」する理由については、解説した。
ロシアのプーチン大統領も、過去の戦争や紛争でPMCを戦闘や工作に積極的に利用してきた。これまでの実例を検討しながら、今もウクライナで暗躍しているというPMCの知られざる実態を紹介しよう。
暗躍するロシアのPMC
近年、ロシアのPMCの暗躍がめだつようになってきたが、じつは、ロシアのPMCは、世界で見ればきわめて小さい規模である。世界のPMCトップ20にもロシアのPMCは入らず、米国、英国などのPMCがやはり大きな影響力を持ってきた。
それでも、ロシアのハイブリッド戦争には、やはりPMCの活動が不可欠である。PMCのロシアにおける発展は、戦争のあり方が変化するなかでの必然であったという見方もされている。
それではロシアはどのようにPMCを利用してきたのだろうか。1990年代前半のボスニアにロシアの民間警備会社「ルビコン」に所属する義勇兵が展開していたことが明らかになっているなど、その利用は決して新しいものではなさそうだ。
1990年代初頭のアルメニアとアゼルバイジャンのナゴルノ・カラバフ紛争、沿ドニエストル、アブハジアやボスニア紛争などでPMCが展開していたと言われているが、当時は、1995年に連邦保安庁(FSB)を設立した連邦防諜局(FSK)の管轄下にあったことを強調したい。
なお、筆者は1988~94年の第一次ナゴルノ・カラバフ紛争にアフガニスタンからの傭兵が使われていたという情報を得ているものの、PMCについては情報を得ていない。そもそも、PMCと傭兵の区別が難しいという問題もあるが、その判断も今後のPMC研究の論点になってゆくだろう。
他方、この時期には、西側のPMCに勤務し、各地で活躍したロシア人も出てきていたようである。 クレムリンとは無関係に、アフリカ(特に、エチオピア、アンゴラ、スーダン、ザイール)で勤務した旧ソ連の元軍人も少なくなかったと言われる。
PMC活用に前向きだったプーチン
プーチン政権下では、PMCは2000年代半ばから暗躍をはじめたと見られている。例えば、04年2月にカタールでチェチェンのゼリムハン・ヤンダルビエフ大統領代行を暗殺したとする2人のロシア人は、プーチンの息がかかったPMCメンバーだとみなされている。
また、10年には、アラブの春などに危機感を覚えた当時のニコライ・マカロフ参謀総長が、海外におけるデリケートな任務にPMCを使うことを公に提案した。アラブの春は、ロシアの戦略家に、戦争の性格が変化したことと、ロシアの軍事戦略においてPMCを重視しなければならないということを認識させたのである。
そして、12年にはプーチンもPMCを利用するという考えを公に支持したが、その発言を発表したロシアの国営国際通信社である「RIAノーボスチ」は米国、英国、フランスがPMCを海外で使っていることを付記することも忘れなかった。
そして、ウクライナ危機にも、さらにシリアへの公式の介入(2015年9月)にも先立ち、13年には、PMCのスラブ軍団(Slavonic Corps)がシリアでの活動をはじめていた。なお、スラブ軍団は、ロシアの退役軍人が創設し、海賊対策を専門として世界で活躍していた「モラン・セキュリティ・グループ」のシニア・マネージャーたちが13年に香港を基盤として形成したPMCである。
ハイブリッド戦争においては、PMCはシリア、ウクライナ東部、アフリカ、ベネズエラなどに展開してきた。
法律では禁止されているが…
ロシア政府とPMCのあいだには明確な関係があり、ロシア政府は、最初の頃はPMCを都合よく利用してきたが、最近では、制御不能になっているPMCの活動も多いとされる。
他方、ロシアの法律、特に憲法では傭兵が認められていない。例えば、憲法13条5項は武装部隊の設立を目的とする公共機関を禁じており、刑法359条は傭兵活動を禁じているほか、刑法208条は不法な武装勢力の組織を禁じている。
とはいえ、PMCを合法化する動きもあった。まず2007年7月4日にはトランスネフチ、ルクオイル、ガスプロムなどの国営エネルギー会社が施設の安全を確保するために兵器を用いることが法案可決により合法化された。そのため、PMCはそれらの安全確保に使われるようになり、アフリカ、ラテンアメリカ、中東では、それら国営企業の利益を守るためのPMCがかなり展開してきたのである。
そして、11年以降、マスコミがPMCの合法化について議論を活発化させるようになった。その後、13年に下院議員のミトロファノフが「民間軍事会社の設立と運営に関する州の規制について」という法案を提出したが、合法化には至らなかった。
そして、16年3月には、「公正ロシア」党のゲンナジー・ノソブコとオレグ・ミヘエフ両下院議員が国外のロシアの利益を守り、ロシアのPMCを世界で活躍させるべきだとして合法化するための法案を下院に提出したが、撤回されるに至った。
さらに、17年後半にロシアの一部の高官がPMC合法化の必要性を問うたのをきっかけに、合法化の議論が一時活発化し、18年にはセルゲイ・ラブロフ外相が海外でPMCを利用する慣行が広まっていることを指摘しつつ、法的枠組みが必要であるということを提起した。
その直後に、当時、ロシア下院の国防委員会議長であったウラジーミル・シャマノフは、同委員会が合法化の議論を始める用意ができているという発言もしていた。
有用な「外交ツール」でもある
さらに、2018年には合法化のための草案文書もすでに存在しているという報道が出た他、軍事専門家のなかには法制化に賛同するものも出てきていた。
他方で、PMCの合法化は、ロシア国内の危機が起きた場合に、状況を悪化させる可能性が高く、また、その合法化はロシア国家がその行動に対する責任を回避することを確実にするだけで、大きな危険を孕むというロシアの著名な軍事専門家であるアレクサンドル・ゴルツのような意見もあった。
だが、結局、法制化には至らず、現状では、ロシアにおいてPMCは非合法事業に他ならず、実際、スラブ軍団(Slavonic Corps)は違法にシリアで活動をおこなったとして、その代表が逮捕されている。
そのため、ロシアのPMCは外国に登記して、法の穴を潜り抜け、そしてプーチンはじめ政権中枢部が、それを黙認しているのである。また、本来はPMCであるのに、通常の企業としてロシアに登記されている場合もあると言う。
ロシアのPMCは約20社あるとされているが、このように登記も正確ではないため、謎に包まれている部分が多い。また、どこで活動しているのかもすべてが詳らかにされているわけではないが、少なくとも、シリア、ウクライナ、リビア、ベネズエラ、キューバ、中央アフリカ共和国、スーダン、その他のアフリカ諸国など、12ヵ国以上で展開されていることが確認されている(ただし、それらのケースの多くの場合、特にまちがいなくアフリカについては、つねに旧ソ連ないしロシアの軍人も常駐していたことをPMCの専門家であるセルゲイ・エレディノフが証言している)。
米国に対する挑発にもなっているベネズエラへの展開については、2018年5月の大統領選挙に先立ち、ワグネルのアドバイザーなどがベネズエラ入りし、2019年1月には、ワグネルの戦闘員400人ほどが兵器などとともにベネズエラ入りしたとされる。ベネズエラは産油国であり、ロシアは石油の存在にも魅力を感じている。
また、2020年になって、ロシアのPMCとりわけワグネルがリビアで軍事活動を活発化させており、またロシア政府は関与しないふりをしながら物資提供などをおこなっているということが米国のアメリカアフリカ軍(USAFRICOM)から指摘されており、そのあたりも気になるところである。
クレムリンは、PMCをグレーゾーンに置きつづけながら、外交の有用なツールとして用いており、PMCが展開されている場所は、ロシアの外交の重要拠点となっていると見てよいだろう。とはいえ、モスクワの統制下に収まらなくなるケースが少ないのも事実のようである。
・「プーチンの側近」がオーナーを務める軍事会社「ワグネル」の知られざる現実
所属する戦闘要員は2000人
現地での戦闘のみならず、サイバー攻撃や破壊工作など数々の業務を請け負う「民間軍事会社」(PMC)。ロシアでは正規軍に加えて数々のPMCが活動し、現在ウクライナでも複数の会社が暗躍しているという。中でも最大規模を誇るのが、プーチンの側近が出資する「ワグネル」だ。
ロシア最大のPMC「ワグネル」
ロシアには多数のPMCがあるが、そのなかでも最大の規模を誇り、政府ときわめて緊密な関係にあるのが、『ハイブリッド戦争』プロローグで紹介した「プーチン大統領の料理長」エブゲニー・プリゴジンが出資する「ワグネル」である。
ワグネルは、複数の紛争でロシア軍や親ロシア系武装勢力とともに戦う準軍事組織であるが、特に、2014年以降のウクライナ危機やシリア内戦などでの暗躍はよく知られている。
ウクライナ危機の際には、実際にはロシア軍も動いていたものの、ロシア軍が活動している事実を隠蔽するためにワグネルが戦いに投入された。ウクライナ危機の死者のなかで、身元の特定がなされずにウクライナに葬られている身元不明戦士はワグネルないし他のPMCの戦闘要員の氷山の一角であり(PMCでは死に関する保障が一切ないからである)、相当数のPMC戦闘員が亡くなっているのはまちがいない。
また、シリアにも、ロシア正規軍が送り込まれる前からワグネルの戦闘員がかなりの役割を果たしていたと言われている。例えば、シリアでは2018年2月7日の衝突で、5~200人のロシア兵が殺害されたと報じられているが、ロシア外務省のザハロワ情報局長が「ロシア市民5人が犠牲になった可能性がある」と述べただけで、ロシア当局はシリアにおけるPMC戦闘員の活動を確認することを拒否している。
だが、このことは、実際には200人近いPMC戦闘員が犠牲になったことを意味しており、遺族の怒りを買っているという。
驚くほど大規模な企業
ワグネルは、2014年に創設されたPMCであり、ロシアのPMCのなかでは最大規模を誇る。ワグネルは、ロシア・クラスノダール州のモリキノ村に訓練施設も持っており、明らかにロシア基盤のPMCだが、『プーチンも完全には制御できない? ロシア「民間軍事会社」の恐ろしい実態』で説明したようにロシアではPMCは非合法であるため、16年にアルゼンチン、18年には香港で登記をおこなっている。
ワグネル設立の契機となったのは2010年のサンクトペテルブルク経済フォーラムであったという。同フォーラムで講演した一人であった南アフリカの退役軍人、イーベン・バーロウは、アンゴラ内戦やシエラレオネ内戦で素晴らしい成果をあげたPMCであるエグゼクティブ・アウトカム社の設立者として有名な人物で、フォーラム参加の真の目的は、ロシア軍参謀本部との接触であったと言われる。バーロウはロシア版PMCの設立に関するアイデアを説明し、ロシア側の賛同を受けたようだ。
ワグネルの前身は、ロシアのPMCのなかでは先駆的な位置づけとなる2013年に創設された香港を拠点とする「スラブ軍団(Slavonic Corps)」という組織である。同組織は、ロシアの総合警備会社「モラン・セキュリティ・グループ」が母体となっており、戦時下シリアで活動するために創設されたものである。
そして、ワグネルを創設したのが「スラブ軍団」に所属していたドミトリー・ウトキン(ロシア連邦軍参謀本部情報総局、通称GRUに属するスペツナズの元中佐だった人物)である。ウトキンは、退役後にプリゴジンの護衛を務め、そのまま側近となった。ウトキン自身は退役後に、早い時期からシリアで活躍していたことも知られている。
ワグネルの詳細は明らかになっていないものの、社員は5000人以上と言われ、そのうち2000~3000人ほどが戦闘要員だと言われる。戦闘要員には、ロシア軍や警察出身者のほか、北コーカサス地方の元親露派民兵、単に金銭目当てで軍事的バックグラウンドなしに志願する者なども含まれる。
かなりハードな訓練により、エリート部隊を育て上げている。ウクライナ、シリア、アフリカでの活動が特に顕著だとされており、最近では、リビアやベネズエラでの活動も報告されている。
* * *
数千人の戦闘要員が所属するワグネルは、事実上の「ロシア軍別働隊」とも言われている。上層部とロシア政府が緊密な関係を築いていることから「民間に偽装した軍隊」と評され、さまざまな仕事を請け負ってきた。
・知りすぎると“消される”…ロシア最大の民間軍事会社「ワグネル」のヤバい実態 事実上の「ロシア軍別動隊」だ
ウクライナをはじめ、世界各地でロシアの軍事作戦に従事しているといわれる「民間軍事会社」(PMC)。中でも最大規模を誇るのが、プーチンの側近であるエブゲニー・プリゴジンが出資する「ワグネル」だ。
実態は国営の軍事会社
ワグネルは、ロシア連邦軍参謀本部情報総局(GRU)と緊密な関係にあるとされている。小泉悠は、GRUが民間企業を装って設立した事実上の「ロシア軍別働隊」であるとし、コントラクターの募集、訓練、実際の軍事作戦に至るまで、すべて、GRUの指揮下でおこなわれていると見られると述べる。
ワグネルの訓練キャンプはロシア南部クラスノダール州のモリキノに設置されているといわれるが、そのキャンプもGRU第10特殊作戦旅団のすぐ隣にあり、射撃訓練場などは共有されているという。元コントラクターの話によれば、戦地に派遣されるワグネルの部隊はGRUの特殊作戦部隊にほぼ準拠した編制を採用し、シリアでは戦車や火砲さえ与えられていたという。
つまり、実態としては、ほとんど「国営」軍事会社であり、「民間」に偽装した軍隊ともいえるのである。
そして、オーナーのプリゴジンもクレムリンから支持を得ていることから、ワグネルがロシア政府ときわめて緊密な関係を維持しているのはまちがいない。なお、ウトキンもクレムリンのレセプションに招待されており、プーチンとの直接の関係もあるという見方が有力だ。また、ロシア連邦軍の総参謀本部の一般情報機関(GIA)の特別任務旅団に指定されているとも言われている。
プリゴジンは、前述のようにプーチンや軍からの信頼もあり、ロシア版PMCの設立を任されたが、彼は当初、その役目を積極的に引き受けたわけではなく、その危険性やどれだけの儲けがあるのかについて、かなり真剣に悩んでいたという。しかし、プーチンの意向には逆らえず、出資を引き受けたと言われている。
だが、プリゴジンはボランティア的に資金提供をしているわけではなく、それ以上の大きな見返りを受けているという。例えば、ISISから奪還したシリア東部の油田開発の権利やアフリカの資源開発の権利などを得ているとされる。特にシリアの油田開発権はきわめて魅力的なものだったと言われており、プリゴジンにとってワグネルは美味しいドル箱なのが実情だ。
なお、ワグネル創設者のウトキンもプリゴジンのコンコルド・マネジメントのディレクターであり、また、2016年11月には、ウトキンがプリゴジンのケータリングビジネスのCEOに就任していることも明らかになっている。
さらに、ワグネルの海外での活動については、GRUからの支援や調整を受けているとも言われる。そのため、ワグネルはGRUの傭兵部隊だという理解もなされている。なお、プリゴジンの活動には、ロシア企業のみならず、香港の企業も融資をおこなっているとされ、ワグネルのバックグラウンドは相当複雑であると言ってよい。
調べていたジャーナリストが…
ワグネルの活動は闇に包まれており、その詳細を確かめようとすれば「消される」可能性も高い。
2018年7月30日に中央アフリカ共和国で3人のジャーナリストが移動中に殺害されたが、その3人は、反プーチン派の元実業家であるミハイル・ホドルコフスキーが創設した調査機関「調査管理センター」(ICC)の依頼で、ワグネルの調査をおこなっていたという。
そのため、彼らはワグネルないし、ロシア軍当局関係者によって暗殺されたと考えられている(ただし、ロシアメディアはプーチンに配慮し、強盗説や地元ゲリラ説を主張。ロシア外務省も死亡したジャーナリストが公的な認可なしに現地に赴いていたことを強調)。
じつは、ロシアは17年10月に中央アフリカ共和国大統領との協力を開始し、18年2月には中央アフリカ共和国の国軍に軍事顧問や大統領警備要員など180人を派遣していたが、それに関連してワグネルの人員も投入されていたという疑惑があるのだ。
暗殺には、ワグネルのことを調べるなという警告の意味もあるのかもしれない。ワグネルを調べていた記者が奇妙な死に方をしている他の事例もある。
そういうわけで、ワグネルの本質というのはなかなか見えてこないのであるが、現状で、ワグネルが確実に関わっている事案は最低でも、
(1)ウクライナ紛争における親露派への支援
(2)シリア内戦におけるバッシャール・アサド政権への支援
(3)スーダンにおけるオマル・アル = バシール政権への支援
(4)2014年リビア内戦におけるハリファ・ハフタルへの支援
(5)中央アフリカ共和国の内戦における政府支援
(6)ベネズエラにおけるニコラス・マドゥロ政権への支援
という6事案があるとされている。
・ロシアの民間軍事会社25社がウクライナ侵略に参加…公金を資金源、全社がプーチン政権と関係(読売新聞 2023年5月1日)
※ウクライナの英字紙キーウ・ポストは4月末、公開情報収集(オシント)企業の調査に基づき、雇い兵を戦地に送るロシアの民間軍事会社25社がウクライナ侵略作戦に参加していると伝えた。東部バフムト攻略で露軍側の主力を担う「ワグネル」以外にも、露国防省や情報機関「連邦保安局」(FSB)との関係が深い軍事会社が確認された。
調査を行った国際的なオシント企業「モルファー」によると、露軍事会社はウクライナ以外で活動している12社と合わせて37社あり、全社がプーチン政権と何らかの関係があるという。ワグネルの創設者エフゲニー・プリゴジン氏は複数の会社に関わっている。
37社のうち67%が公金を資金源とし、実業家が運営資金を拠出している会社は16%だった。残る17%は官民の資金で活動しているという。露軍事会社は非合法だが、プーチン政権は戦死者を出しても責任を負う必要がなく、財政負担を軽減できることから特例にしているようだ。
正規軍と軍事会社間や軍事会社同士の勢力争いが露側の攻撃に影響しているとの見方がある。米政策研究機関「戦争研究所」は4月下旬、バフムト攻略でワグネルと国営ガス会社「ガスプロム」系とされる軍事会社などの競争が激化していると指摘した。
・日本人が知らない、ロシア「民間軍事会社」の驚異的な「戦争代行サービス」
何から何まで、超効率的に…(現代ismedia 2022年5月2日)
廣瀬 陽子 慶應義塾大学教授
※依然として激戦が続くウクライナ。国境を越えて攻撃している部隊の中には正規軍に加えて、ロシアから仕事を受注した民間軍事会社も混ざっていると言われている。プーチンの国家戦略を分析した書籍『ハイブリッド戦争』から、知られざる民間軍事会社のリアルについて紹介しよう。
意外と知らない「民間軍事会社」
サイバー攻撃、特殊部隊と並んで、特にハイブリッド戦争において重要な役割を果たしているのが、民間軍事会社(PMC:Private Military Company)である(注)。現代版「傭兵」とも言えるPMCは冷戦終結後の世界秩序の変化のなかで、欧米を中心に世界で短期間のうちに急速に成長を遂げた。
冷戦後の世界においては、欧米諸国が軍事力の削減を進めていったが、その一方で域外介入への志向性も高まるという矛盾が生まれた。そして、その矛盾によって生まれた真空を埋めたのがPMCだったのである。
だが、PMCは単なる傭兵ではなく、戦闘のみならず、ロジスティクスやインテリジェンスに至るまで、非常に幅広い分野をカバーしながら、国家や民間の需要に応えつつ、軍事的な活動を総合的に支える役割を担っている。
エルケ・クラフマンは、現代のPMCの役割を主に7つにまとめる。すなわち、
(1)戦闘
(2)紛争地域で活動する政府、国際機関および非国家主体(NGO)の人員および基地に関連する人質・施設保護
(3)軍事訓練およびアドバイス
(4)軍用装備の運用及び保守に関する支援
(5)軍用装備の調達、流通、仲介
(6)爆発物の解体
(7)捕虜の選別を含む情報収集および分析
である。
このように、PMCの守備範囲はかなり広く、多様化した新しい戦争に対処してゆくためにも不可欠な存在となりつつあるのである。
PMCを利用する7つのメリット
だが、軍事を民間にアウトソーシングすることにどれだけのメリットがあるのだろうか。以下に、PMCを利用するメリットを提示する。
(1)人件費の節約
軍隊で最もお金がかかるのが人件費である。前線で兵士1人を戦わせるためには、まず前線に立つ前の訓練費用、そして武器など戦闘装備の供給、弾薬から被服までの補給・補修、食事、宿舎、兵士が負傷した際の医療費、死亡した場合の弔慰金、退役後の年金など、とてつもない費用が必要となる。
とりわけ、米軍のように高度に技術化された軍隊では、最前線で戦う兵士とそれを支える人員の比率は1対100であるとされ、そのことは戦闘をおこなっている兵士1人を支える後方要員が100人必要となることを意味する。
米軍の一般部隊の兵士の平均年収を3万5000ドルとすると、兵士1人につき後方要員の給与として350万ドルが必要となり、1000名の兵士を戦わせるとなれば、最低でも後方要員の給与だけで35億ドルがかかり、実際には給与以外の諸々の費用がかかるわけであるから、想定できないほどの費用がかかることがわかる。
特に高額の費用がかかるのが、ロジスティクスや管理部門であるが、こうした分野を外部にアウトソーシングすることで、経費を大幅に削減しようとするニーズがPMCの誕生と成長に繋がったとされる。
戦闘訓練以外の部分を軍人が担わなくて済めば、軍隊は本来の主要任務に集中できるし、外注によって人件費を半分くらいに削減できるようになる。実際、米軍や英軍などはロジスティクスをほぼPMCに外注しているのである。
(2)サービスのきめ細かさ
次に、民間企業だからこそできるPMCのサービスのきめ細かさがある。民間企業であるが故に、PMCは政府に限らず、会社組織、団体、個人などからも依頼を引き受けることができる。
政情不安な地域に工場を置く企業、治安の悪い地域で活動するNGO(非政府組織)、戦地を取材するジャーナリストなども警護や警備を依頼できるし、費用さえ支払えば、クライアントの要望に応じて、かなり困難な依頼も引き受けてくれる。
つまりPMCは、正規軍にはできないような依頼にも対応してくれるという強みを持つ(ボランティアとして扱われながらも犯罪行為をさせられたとして、2018年末に数人のワグネル戦闘員が国際刑事裁判所に訴えた事実もあるが、本件の結論は不明)。
(3)質の高いサービス
また、質の高いサービスを必要な期間だけ利用できるというのもクライアントにとっては大きなメリットだ。PMCに所属する人員は、素人から元軍人や退役軍人まで、また階層も無関係でピンキリであるが、きわめて優秀な人材も集められている。プロ意識も技術も人によりけりであるが、多額な費用を出せば、正規軍よりも優秀な人材に任務を遂行してもらうこともできるのである。
(4)効率性・迅速性
人員の提供がきわめて効率的かつ迅速におこなえる。正規軍から人員を補充することになれば、厄介な政治的・官僚的手続きを要するが、PMCからはそのような煩雑な手続きなしに人員の補給が可能である。
そのため、クライアントが軍隊であることも多いという。軍隊にもPMCを利用する費用以外の大きなメリットがある。例えば、前線で急な増員が必要となった場合に、兵士を新たに訓練したり、予備兵を現役に戻したりするよりも、素早く柔軟に増員することが可能となる。
また、現代兵器はハイテク化があまりに進みすぎていて、昔ながらの小火器をのぞく兵器は、電子システムとITを連動させることなくしては運用が難しくなっている。このような最新兵器の操作、保守、整備は高度に専門化した技術者にしかできない。
軍隊も当初、専門家を育成しようとしたが、それにはあまりに費用と時間がかかるということで、兵器システムと技術者をともにアウトソーシングしたほうが手早く、費用も抑えられるということになった。これもPMCを利用するメリットとなっている。
同様のことが情報サービス分野においても言える。ITへの依存度が近年、飛躍的に増大し、また技術の発達がきわめて早いなかで、政府機関だけで最新の技術に対応してゆくのはもはや不可能となっている。
ハードウェア、ソフトウェアともに、技術の革新は民間で生まれているのであるから、軍隊や情報機関も優秀な民間企業や専門家に業務委託をしたほうが安上がりでかつ、最新かつハイレベルのサービスを期待できることとなる。ただし、政府と民間の癒着が生まれやすくなるというデメリットもあることは忘れるべきではない。
(5)死の保障をしなくてよい
軍人が死亡すれば、膨大な見舞金、補償金などの費用がかかり、また、遺族から批判を受けることも少なくないが、PMCの戦闘員はあくまでも自己責任で参加しているため、PMCの戦闘員がどうなろうと、政府の責任ではない。
つまり、政治コストがきわめて安くなる。なお、ロシアのPMCの戦闘員は戦地で死亡したとしても、ほとんどが遺族の元に帰れないという。戦地で身元不明の遺体として埋葬されるケースがほとんどであるらしい。
6)国際的な批判を受けづらい
正規軍であれば、その活動の責任は、当該軍が属する国家に帰せられるが、あくまでも民間であるPMCの活動については、仮に当該国家が活動を依頼していたとしても、当該国家は「知らぬ存ぜぬ」を貫き通すことができる可能性が高い。
つまり、ある国家が望む軍事行動をPMCにおこなわせれば、国際的な批判を受けづらいというメリットがあり、実際、諸外国に対する軍事行動は、国際的な批判や制裁の対象になることがほとんどであるため、この意義はきわめて大きい。
(7)軍事力の補填
PMCに頼りたいのは、大国だけではない。内戦状況のなかで、弱小な軍事力しか持たないような国にとっても、PMCは重要な意味を持ちうる。PMCを雇うことによって、国内のゲリラ、武装勢力、テロリストなどに対抗する術を得ることができるのである。だが、このような国内の問題にPMCを使うことに対しては国際的な批判も多く、最近ではあまり用いられなくなっているとも聞く。
* * *
「ワグネル」をはじめとしたロシアのPMCは、世界各地へと赴いてさまざま戦闘や工作に従事していると言われている。もはやロシアにとって、PMCという存在は戦争遂行に必要不可欠なのではないだろうか。
・プーチンも完全には制御できない? ロシア「民間軍事会社」の恐ろしい実態 世界各地で暗躍している
激戦が続くウクライナ国内で、戦闘や情報収集などさまざまな場面で活躍していると見られる民間軍事会社(PMC)。ロシア政府が「ワグネル社」をはじめとするPMCに軍事業務を「外注」する理由については、解説した。
ロシアのプーチン大統領も、過去の戦争や紛争でPMCを戦闘や工作に積極的に利用してきた。これまでの実例を検討しながら、今もウクライナで暗躍しているというPMCの知られざる実態を紹介しよう。
暗躍するロシアのPMC
近年、ロシアのPMCの暗躍がめだつようになってきたが、じつは、ロシアのPMCは、世界で見ればきわめて小さい規模である。世界のPMCトップ20にもロシアのPMCは入らず、米国、英国などのPMCがやはり大きな影響力を持ってきた。
それでも、ロシアのハイブリッド戦争には、やはりPMCの活動が不可欠である。PMCのロシアにおける発展は、戦争のあり方が変化するなかでの必然であったという見方もされている。
それではロシアはどのようにPMCを利用してきたのだろうか。1990年代前半のボスニアにロシアの民間警備会社「ルビコン」に所属する義勇兵が展開していたことが明らかになっているなど、その利用は決して新しいものではなさそうだ。
1990年代初頭のアルメニアとアゼルバイジャンのナゴルノ・カラバフ紛争、沿ドニエストル、アブハジアやボスニア紛争などでPMCが展開していたと言われているが、当時は、1995年に連邦保安庁(FSB)を設立した連邦防諜局(FSK)の管轄下にあったことを強調したい。
なお、筆者は1988~94年の第一次ナゴルノ・カラバフ紛争にアフガニスタンからの傭兵が使われていたという情報を得ているものの、PMCについては情報を得ていない。そもそも、PMCと傭兵の区別が難しいという問題もあるが、その判断も今後のPMC研究の論点になってゆくだろう。
他方、この時期には、西側のPMCに勤務し、各地で活躍したロシア人も出てきていたようである。 クレムリンとは無関係に、アフリカ(特に、エチオピア、アンゴラ、スーダン、ザイール)で勤務した旧ソ連の元軍人も少なくなかったと言われる。
PMC活用に前向きだったプーチン
プーチン政権下では、PMCは2000年代半ばから暗躍をはじめたと見られている。例えば、04年2月にカタールでチェチェンのゼリムハン・ヤンダルビエフ大統領代行を暗殺したとする2人のロシア人は、プーチンの息がかかったPMCメンバーだとみなされている。
また、10年には、アラブの春などに危機感を覚えた当時のニコライ・マカロフ参謀総長が、海外におけるデリケートな任務にPMCを使うことを公に提案した。アラブの春は、ロシアの戦略家に、戦争の性格が変化したことと、ロシアの軍事戦略においてPMCを重視しなければならないということを認識させたのである。
そして、12年にはプーチンもPMCを利用するという考えを公に支持したが、その発言を発表したロシアの国営国際通信社である「RIAノーボスチ」は米国、英国、フランスがPMCを海外で使っていることを付記することも忘れなかった。
そして、ウクライナ危機にも、さらにシリアへの公式の介入(2015年9月)にも先立ち、13年には、PMCのスラブ軍団(Slavonic Corps)がシリアでの活動をはじめていた。なお、スラブ軍団は、ロシアの退役軍人が創設し、海賊対策を専門として世界で活躍していた「モラン・セキュリティ・グループ」のシニア・マネージャーたちが13年に香港を基盤として形成したPMCである。
ハイブリッド戦争においては、PMCはシリア、ウクライナ東部、アフリカ、ベネズエラなどに展開してきた。
法律では禁止されているが…
ロシア政府とPMCのあいだには明確な関係があり、ロシア政府は、最初の頃はPMCを都合よく利用してきたが、最近では、制御不能になっているPMCの活動も多いとされる。
他方、ロシアの法律、特に憲法では傭兵が認められていない。例えば、憲法13条5項は武装部隊の設立を目的とする公共機関を禁じており、刑法359条は傭兵活動を禁じているほか、刑法208条は不法な武装勢力の組織を禁じている。
とはいえ、PMCを合法化する動きもあった。まず2007年7月4日にはトランスネフチ、ルクオイル、ガスプロムなどの国営エネルギー会社が施設の安全を確保するために兵器を用いることが法案可決により合法化された。そのため、PMCはそれらの安全確保に使われるようになり、アフリカ、ラテンアメリカ、中東では、それら国営企業の利益を守るためのPMCがかなり展開してきたのである。
そして、11年以降、マスコミがPMCの合法化について議論を活発化させるようになった。その後、13年に下院議員のミトロファノフが「民間軍事会社の設立と運営に関する州の規制について」という法案を提出したが、合法化には至らなかった。
そして、16年3月には、「公正ロシア」党のゲンナジー・ノソブコとオレグ・ミヘエフ両下院議員が国外のロシアの利益を守り、ロシアのPMCを世界で活躍させるべきだとして合法化するための法案を下院に提出したが、撤回されるに至った。
さらに、17年後半にロシアの一部の高官がPMC合法化の必要性を問うたのをきっかけに、合法化の議論が一時活発化し、18年にはセルゲイ・ラブロフ外相が海外でPMCを利用する慣行が広まっていることを指摘しつつ、法的枠組みが必要であるということを提起した。
その直後に、当時、ロシア下院の国防委員会議長であったウラジーミル・シャマノフは、同委員会が合法化の議論を始める用意ができているという発言もしていた。
有用な「外交ツール」でもある
さらに、2018年には合法化のための草案文書もすでに存在しているという報道が出た他、軍事専門家のなかには法制化に賛同するものも出てきていた。
他方で、PMCの合法化は、ロシア国内の危機が起きた場合に、状況を悪化させる可能性が高く、また、その合法化はロシア国家がその行動に対する責任を回避することを確実にするだけで、大きな危険を孕むというロシアの著名な軍事専門家であるアレクサンドル・ゴルツのような意見もあった。
だが、結局、法制化には至らず、現状では、ロシアにおいてPMCは非合法事業に他ならず、実際、スラブ軍団(Slavonic Corps)は違法にシリアで活動をおこなったとして、その代表が逮捕されている。
そのため、ロシアのPMCは外国に登記して、法の穴を潜り抜け、そしてプーチンはじめ政権中枢部が、それを黙認しているのである。また、本来はPMCであるのに、通常の企業としてロシアに登記されている場合もあると言う。
ロシアのPMCは約20社あるとされているが、このように登記も正確ではないため、謎に包まれている部分が多い。また、どこで活動しているのかもすべてが詳らかにされているわけではないが、少なくとも、シリア、ウクライナ、リビア、ベネズエラ、キューバ、中央アフリカ共和国、スーダン、その他のアフリカ諸国など、12ヵ国以上で展開されていることが確認されている(ただし、それらのケースの多くの場合、特にまちがいなくアフリカについては、つねに旧ソ連ないしロシアの軍人も常駐していたことをPMCの専門家であるセルゲイ・エレディノフが証言している)。
米国に対する挑発にもなっているベネズエラへの展開については、2018年5月の大統領選挙に先立ち、ワグネルのアドバイザーなどがベネズエラ入りし、2019年1月には、ワグネルの戦闘員400人ほどが兵器などとともにベネズエラ入りしたとされる。ベネズエラは産油国であり、ロシアは石油の存在にも魅力を感じている。
また、2020年になって、ロシアのPMCとりわけワグネルがリビアで軍事活動を活発化させており、またロシア政府は関与しないふりをしながら物資提供などをおこなっているということが米国のアメリカアフリカ軍(USAFRICOM)から指摘されており、そのあたりも気になるところである。
クレムリンは、PMCをグレーゾーンに置きつづけながら、外交の有用なツールとして用いており、PMCが展開されている場所は、ロシアの外交の重要拠点となっていると見てよいだろう。とはいえ、モスクワの統制下に収まらなくなるケースが少ないのも事実のようである。
・「プーチンの側近」がオーナーを務める軍事会社「ワグネル」の知られざる現実
所属する戦闘要員は2000人
現地での戦闘のみならず、サイバー攻撃や破壊工作など数々の業務を請け負う「民間軍事会社」(PMC)。ロシアでは正規軍に加えて数々のPMCが活動し、現在ウクライナでも複数の会社が暗躍しているという。中でも最大規模を誇るのが、プーチンの側近が出資する「ワグネル」だ。
ロシア最大のPMC「ワグネル」
ロシアには多数のPMCがあるが、そのなかでも最大の規模を誇り、政府ときわめて緊密な関係にあるのが、『ハイブリッド戦争』プロローグで紹介した「プーチン大統領の料理長」エブゲニー・プリゴジンが出資する「ワグネル」である。
ワグネルは、複数の紛争でロシア軍や親ロシア系武装勢力とともに戦う準軍事組織であるが、特に、2014年以降のウクライナ危機やシリア内戦などでの暗躍はよく知られている。
ウクライナ危機の際には、実際にはロシア軍も動いていたものの、ロシア軍が活動している事実を隠蔽するためにワグネルが戦いに投入された。ウクライナ危機の死者のなかで、身元の特定がなされずにウクライナに葬られている身元不明戦士はワグネルないし他のPMCの戦闘要員の氷山の一角であり(PMCでは死に関する保障が一切ないからである)、相当数のPMC戦闘員が亡くなっているのはまちがいない。
また、シリアにも、ロシア正規軍が送り込まれる前からワグネルの戦闘員がかなりの役割を果たしていたと言われている。例えば、シリアでは2018年2月7日の衝突で、5~200人のロシア兵が殺害されたと報じられているが、ロシア外務省のザハロワ情報局長が「ロシア市民5人が犠牲になった可能性がある」と述べただけで、ロシア当局はシリアにおけるPMC戦闘員の活動を確認することを拒否している。
だが、このことは、実際には200人近いPMC戦闘員が犠牲になったことを意味しており、遺族の怒りを買っているという。
驚くほど大規模な企業
ワグネルは、2014年に創設されたPMCであり、ロシアのPMCのなかでは最大規模を誇る。ワグネルは、ロシア・クラスノダール州のモリキノ村に訓練施設も持っており、明らかにロシア基盤のPMCだが、『プーチンも完全には制御できない? ロシア「民間軍事会社」の恐ろしい実態』で説明したようにロシアではPMCは非合法であるため、16年にアルゼンチン、18年には香港で登記をおこなっている。
ワグネル設立の契機となったのは2010年のサンクトペテルブルク経済フォーラムであったという。同フォーラムで講演した一人であった南アフリカの退役軍人、イーベン・バーロウは、アンゴラ内戦やシエラレオネ内戦で素晴らしい成果をあげたPMCであるエグゼクティブ・アウトカム社の設立者として有名な人物で、フォーラム参加の真の目的は、ロシア軍参謀本部との接触であったと言われる。バーロウはロシア版PMCの設立に関するアイデアを説明し、ロシア側の賛同を受けたようだ。
ワグネルの前身は、ロシアのPMCのなかでは先駆的な位置づけとなる2013年に創設された香港を拠点とする「スラブ軍団(Slavonic Corps)」という組織である。同組織は、ロシアの総合警備会社「モラン・セキュリティ・グループ」が母体となっており、戦時下シリアで活動するために創設されたものである。
そして、ワグネルを創設したのが「スラブ軍団」に所属していたドミトリー・ウトキン(ロシア連邦軍参謀本部情報総局、通称GRUに属するスペツナズの元中佐だった人物)である。ウトキンは、退役後にプリゴジンの護衛を務め、そのまま側近となった。ウトキン自身は退役後に、早い時期からシリアで活躍していたことも知られている。
ワグネルの詳細は明らかになっていないものの、社員は5000人以上と言われ、そのうち2000~3000人ほどが戦闘要員だと言われる。戦闘要員には、ロシア軍や警察出身者のほか、北コーカサス地方の元親露派民兵、単に金銭目当てで軍事的バックグラウンドなしに志願する者なども含まれる。
かなりハードな訓練により、エリート部隊を育て上げている。ウクライナ、シリア、アフリカでの活動が特に顕著だとされており、最近では、リビアやベネズエラでの活動も報告されている。
* * *
数千人の戦闘要員が所属するワグネルは、事実上の「ロシア軍別働隊」とも言われている。上層部とロシア政府が緊密な関係を築いていることから「民間に偽装した軍隊」と評され、さまざまな仕事を請け負ってきた。
・知りすぎると“消される”…ロシア最大の民間軍事会社「ワグネル」のヤバい実態 事実上の「ロシア軍別動隊」だ
ウクライナをはじめ、世界各地でロシアの軍事作戦に従事しているといわれる「民間軍事会社」(PMC)。中でも最大規模を誇るのが、プーチンの側近であるエブゲニー・プリゴジンが出資する「ワグネル」だ。
実態は国営の軍事会社
ワグネルは、ロシア連邦軍参謀本部情報総局(GRU)と緊密な関係にあるとされている。小泉悠は、GRUが民間企業を装って設立した事実上の「ロシア軍別働隊」であるとし、コントラクターの募集、訓練、実際の軍事作戦に至るまで、すべて、GRUの指揮下でおこなわれていると見られると述べる。
ワグネルの訓練キャンプはロシア南部クラスノダール州のモリキノに設置されているといわれるが、そのキャンプもGRU第10特殊作戦旅団のすぐ隣にあり、射撃訓練場などは共有されているという。元コントラクターの話によれば、戦地に派遣されるワグネルの部隊はGRUの特殊作戦部隊にほぼ準拠した編制を採用し、シリアでは戦車や火砲さえ与えられていたという。
つまり、実態としては、ほとんど「国営」軍事会社であり、「民間」に偽装した軍隊ともいえるのである。
そして、オーナーのプリゴジンもクレムリンから支持を得ていることから、ワグネルがロシア政府ときわめて緊密な関係を維持しているのはまちがいない。なお、ウトキンもクレムリンのレセプションに招待されており、プーチンとの直接の関係もあるという見方が有力だ。また、ロシア連邦軍の総参謀本部の一般情報機関(GIA)の特別任務旅団に指定されているとも言われている。
プリゴジンは、前述のようにプーチンや軍からの信頼もあり、ロシア版PMCの設立を任されたが、彼は当初、その役目を積極的に引き受けたわけではなく、その危険性やどれだけの儲けがあるのかについて、かなり真剣に悩んでいたという。しかし、プーチンの意向には逆らえず、出資を引き受けたと言われている。
だが、プリゴジンはボランティア的に資金提供をしているわけではなく、それ以上の大きな見返りを受けているという。例えば、ISISから奪還したシリア東部の油田開発の権利やアフリカの資源開発の権利などを得ているとされる。特にシリアの油田開発権はきわめて魅力的なものだったと言われており、プリゴジンにとってワグネルは美味しいドル箱なのが実情だ。
なお、ワグネル創設者のウトキンもプリゴジンのコンコルド・マネジメントのディレクターであり、また、2016年11月には、ウトキンがプリゴジンのケータリングビジネスのCEOに就任していることも明らかになっている。
さらに、ワグネルの海外での活動については、GRUからの支援や調整を受けているとも言われる。そのため、ワグネルはGRUの傭兵部隊だという理解もなされている。なお、プリゴジンの活動には、ロシア企業のみならず、香港の企業も融資をおこなっているとされ、ワグネルのバックグラウンドは相当複雑であると言ってよい。
調べていたジャーナリストが…
ワグネルの活動は闇に包まれており、その詳細を確かめようとすれば「消される」可能性も高い。
2018年7月30日に中央アフリカ共和国で3人のジャーナリストが移動中に殺害されたが、その3人は、反プーチン派の元実業家であるミハイル・ホドルコフスキーが創設した調査機関「調査管理センター」(ICC)の依頼で、ワグネルの調査をおこなっていたという。
そのため、彼らはワグネルないし、ロシア軍当局関係者によって暗殺されたと考えられている(ただし、ロシアメディアはプーチンに配慮し、強盗説や地元ゲリラ説を主張。ロシア外務省も死亡したジャーナリストが公的な認可なしに現地に赴いていたことを強調)。
じつは、ロシアは17年10月に中央アフリカ共和国大統領との協力を開始し、18年2月には中央アフリカ共和国の国軍に軍事顧問や大統領警備要員など180人を派遣していたが、それに関連してワグネルの人員も投入されていたという疑惑があるのだ。
暗殺には、ワグネルのことを調べるなという警告の意味もあるのかもしれない。ワグネルを調べていた記者が奇妙な死に方をしている他の事例もある。
そういうわけで、ワグネルの本質というのはなかなか見えてこないのであるが、現状で、ワグネルが確実に関わっている事案は最低でも、
(1)ウクライナ紛争における親露派への支援
(2)シリア内戦におけるバッシャール・アサド政権への支援
(3)スーダンにおけるオマル・アル = バシール政権への支援
(4)2014年リビア内戦におけるハリファ・ハフタルへの支援
(5)中央アフリカ共和国の内戦における政府支援
(6)ベネズエラにおけるニコラス・マドゥロ政権への支援
という6事案があるとされている。
・ロシアの民間軍事会社25社がウクライナ侵略に参加…公金を資金源、全社がプーチン政権と関係(読売新聞 2023年5月1日)
※ウクライナの英字紙キーウ・ポストは4月末、公開情報収集(オシント)企業の調査に基づき、雇い兵を戦地に送るロシアの民間軍事会社25社がウクライナ侵略作戦に参加していると伝えた。東部バフムト攻略で露軍側の主力を担う「ワグネル」以外にも、露国防省や情報機関「連邦保安局」(FSB)との関係が深い軍事会社が確認された。
調査を行った国際的なオシント企業「モルファー」によると、露軍事会社はウクライナ以外で活動している12社と合わせて37社あり、全社がプーチン政権と何らかの関係があるという。ワグネルの創設者エフゲニー・プリゴジン氏は複数の会社に関わっている。
37社のうち67%が公金を資金源とし、実業家が運営資金を拠出している会社は16%だった。残る17%は官民の資金で活動しているという。露軍事会社は非合法だが、プーチン政権は戦死者を出しても責任を負う必要がなく、財政負担を軽減できることから特例にしているようだ。
正規軍と軍事会社間や軍事会社同士の勢力争いが露側の攻撃に影響しているとの見方がある。米政策研究機関「戦争研究所」は4月下旬、バフムト攻略でワグネルと国営ガス会社「ガスプロム」系とされる軍事会社などの競争が激化していると指摘した。