・ナチスに酷似する「プーチン親衛隊」、内部崩壊は間近(JB press 2022年4月4日)
伊東 乾
※既にここ10年、ロシアに「鉄の結束」など存在せず、かつてナチスが独裁体制を作り上げたのとそっくりの「暴力装置の多重構造」が存在します。
そこで今回は40万人規模まで膨れ上がっているプーチンの私兵「ロシア国家親衛隊」など、ロシア暴力装置の構造を概観してみましょう。
大統領直属の「国営の私兵」
2016年4月5日、ウラジーミル・プーチンは一通の「ロシア連邦大統領令」に署名します。
これによって成立したのが「ロシア国家親衛隊」グヴァルディアでした。
英語の組織名を直訳すれば「Service of the Troops of the National Guard of the Russian Federation(ロシア連邦国立保安軍)」とでもなるでしょうか。グヴァルディアは「ガード」ボディガードです。
このグヴァルディア、本質は大統領に直属する「親衛隊」で、ロシア国軍とは独立した武力、いわば「プーチン個人のボディガード」「大統領の私兵」として「保安」「警護」「諜報」さらには「工作」「暗殺」などの任務に当たる武力、軍事力です。
トップには、文字通りプーチン長年のボディガードで柔道の仲間でもある、ヴィクトール・ゾロトフが就任しています。
端的に言えば「錠前工」を振り出しに職歴が始まるノンキャリ、完全叩き上げの「プーチン舎弟」。
プーチンは完全に信頼のおける舎弟を直属軍のトップとして将官に据え、既存勢力のクーデターに対しても「プーチン個人の軍隊」で十分圧殺できるよう、武力体制を固めている。
それが2016年4月ということになる。鉄の結束などちゃんちゃらおかしい。誰も信用できない相互監視の恐怖政治がソ連以来105年続くのがロシアの残念な実態です。
「結束」など存在するなら、こんな「私兵」を作る必要はない。
当初は2000とか3万といった人数であった「プーチン私兵」の「国家親衛隊」グヴァルディアは、いまや40万軍勢に膨れ上がっていると言われます。
これはつまりウクライナ国軍の2倍ほどにあたり、それが「プーチン個人」に直属する一種の「国が抱える民兵」として工作している。
それ以外にロシア国軍90万があるのだから、プーチンとしてはウクライナ侵攻、キーウ占領など朝飯前、と高を括った。無理ない話かもしれません。
3月18日、スタジアムに20万人を集めて行われた「クリミア併合8周年記念祭」も、ことによると「国家親衛隊」隊員や、その家族などからメンバーを選び、決してプーチンを狙撃しない数万の群衆を集めて執り行われた示威行為と見ることができそうです。
このように考えるとき、真っ先に思い出されるのが、ナチスドイツの独裁者アドルフ・ヒトラー個人に忠誠を誓うナチス「親衛隊」SSです。
また、親衛隊を核としてヒトラーに忠誠を誓うナチス党員を40万人以上集めて行われた「ニュルンベルク党大会」です。
ナチスが創始したマスゲームなどのイベントは、戦後もソビエト連邦、中国、また北朝鮮などに継承されていくことになります。
スターリンからナチスへ退行
なりふり構わないプーチンの「暴力装置」
1933年、ナチスドイツが政権を奪うに当たっては、南部バイエルン経済界の支援などと並んで、ナチス初期から体を賭けて武力行使してきた「ナチス突撃隊SA(1921-45)」が大きな戦功を挙げました。
しかしいったん権力を掌握してしまうと、ヒトラーを「おい、アドルフ」とファーストネームで呼べるような「大物」は邪魔になります。
翌1934年「長いナイフの夜」と呼ばれるクーデターで「突撃隊長」エルンスト・レームらは「国家反逆罪」容疑で射殺されてしまいました。
この粛清を実行したのが、元はアドルフ・ヒトラー個人の身辺警護からスタートした「ナチス親衛隊SS」(1925-45)で、古株の突撃隊は解体再編され、親衛隊の指揮下に置かれて骨抜きにされます。
これとよく似た状況が、プーチン独裁体制下のロシアで、過去10年来起きていることに注意する必要があります。
ソ連が崩壊すると、悪名高いKGBは「解体」ではなく、あろうことか「再編強化」されてロシア連邦保安庁FSBに格上げされてしまいます。
スターリン時代、大粛清を実行したラヴレンチ―・べリア率いる内務人民委員部NKVDは、自らが「警護」しているはずの「要人」がスターリンの邪魔になると、突然「反革命分子」として銃口を向ける厄介な秘密警察・暗殺部隊となりました。
フルシチョフらの画策で解体、縮小されてできたのが、1委員会規模のKGBでした。
それが再び省庁のレベルに格上げ、拡大され、35万人規模を擁する諜報機関~秘密警察となったのがFSB、つまりKGBが増強化して権力装置となったのがロシア連邦保安庁という出自に注目する必要があります。
このFSB第4代長官を1998年7月~99年8月まで務めたのがプーチンにほかならず、FSB長官からプーチンがシフトしたのが、ボリス・エリツィン大統領の指名によるロシア連邦第1副首相→首相代行(8月9日)→首相(8月16日)→エリツィンの引退で大統領代行(12月31日)→大統領選挙で過半数の支持を集め大統領当選(2000年3月26日)。
ほんの1年半前までは大統領府の副長官に過ぎなかったプーチンが、あっという間に政権中枢に躍り出、微妙な選挙を瞬間沸騰で制して権力掌握という経緯は、出身母体である秘密警察の全面的なバックアップあってのことでした。
プーチン「首相」が大衆人気を集めるのに成功したのは1999年10月~2000年2月にかけて集中的に行われた第2次チェチェン紛争での「勝利」によるもので、ロシア世論はプーチン支持に沸騰。
史上最悪と言われる徹底した軍事攻撃で無人の焼け跡と化したチェチェンの首都「グロズヌイ」にロシア軍は「凱旋」。
こうした「劇場戦争」を背景にプーチンはロシア連邦の権力を掌握し、ロシア版「戦後高度成長」を演出、経済の立て直しをアピールします。
しかし、一度権力を握れば、トップにとっては以前からの「同僚」は邪魔になります。
「旧KGB」などロシアの治安・保安・国防関係者は「シロヴィキ」と呼ばれますが、これはソ連崩壊後のロシア初期、エリツィン大統領が政敵に対抗するため旧諜報関係者を登用、FSBなどを強化し、新興財閥などと結託して勢力化したものです。
そこで担がれたナンバー・ワンがプーチンであって、FSBやシロヴィキ、新興財閥側にとって当初のプーチンは、仮に邪魔になれば挿げ替えるだけの首に過ぎず、事実、プーチン政権の長期化に伴い、様々な粛清や暗殺が続いたのは周知の通り。
プーチンを担ぐ側の実質「オーナー」だった新興財閥オリガルヒの巨頭、ボリス・ベレゾフスキーは「長いナイフの夜」同様の難に見舞われかけ2001年に英国亡命、最終的には2013年に「自殺」したとされますが、幾度もテロリストに命を狙われました。
こうした様々な不安定要素を払拭し、スターリンの秘密警察・べリア機関NKVDより退行したナチスのSSを彷彿させる実質「プーチン私兵」として組織されたのが2016年の「ロシア連邦親衛隊」。
鉄の団結なぞ最初からあるわけがないのです。
「親衛隊」グヴァルディアのトップ、ヴィクトール・ゾロトフは「プーチンにとってのヒムラー」と言うべき「片腕」。
これに対して、プーチンの後任で連邦保安庁FSBトップに就いたニコライ・パトルシェフや、さらにその後任で現在もFSBを率いるアレクサンドル・ボルトニコフらはプーチンと同世代で、それなりの折り合いをつけ、もっぱら「同じ舟に乗っている」人たち。
ナチスで言えば「突撃隊SA」以来の「同志」ではありますが、いつヒトラーにとっての「エルンスト・レーム」同様「長いナイフの夜」の牙にかけられるか、知れたものでないのも事実です。
これに対して、若いFSBエージェントたちは優秀なスパイですから、今後この勝算のない戦争が長引けばロシア社会経済がどのようなダメージを被るか、一番よく分っており、プーチン排除を考えるのは当然のこと。
プーチンは権力母胎のKGB-FSBを解体再編、さらに強化して軍隊化し、スターリン粛清のべリア機関よりも悪質な、ホロコーストのナチス親衛隊の21世紀版を己を警護する武力として身にまとっているわけです。
かつてのナチスが「ドイツ国軍」⇔「ナチス突撃隊SA」⇔「ヒトラー親衛隊SS」という、暴力の三すくみ構造であったのと同様、現在のロシアは「ロシア国軍」⇔「連邦保安庁FSB」⇔「プーチン親衛隊グヴァルディア」という武力の三すくみ構造の上に、プーチン政権は成り立っている。
ですから、もしもこのプーチン私兵である「はず」の「グヴァルディア」内から反逆や暗殺が出てくれば、それより先にプーチンを守る盾は存在しない。
この点も指摘しておくべきでしょう。
人は他者を批判するとき、期せずして己を語るものです。
プーチンがゼレンスキー政権を「ネオナチ」と呼ぶのは、ネオでなく本物のナチスを手本に、ホロコースト/ジェノサイドも厭わない武装勢力を濫造した己の姿を映しているように見えます。
・プーチン氏、情報員150人追放=ウクライナ侵攻難航で―英紙(時事通信 2022年4月12日)
※12日付の英紙タイムズは、ロシアのプーチン大統領がウクライナ侵攻の難航を受け、連邦保安局(FSB)に所属する情報員約150人を「追放」したと報じた。一部は「虚偽の情報を大統領府に提供した」との責任を問われたという。
FSBはプーチン氏が在籍した旧ソ連国家保安委員会(KGB)の後継機関。侵攻難航の責任が古巣の情報機関にあると判断した可能性もありそうだ。
・ウクライナ危機の影の主役――米ロが支援する白人右翼のナワバリ争い(Yahoo!News 2022年1月29日)
六辻彰二 国際政治学者
※ウクライナでの欧米とロシアの対立の影には白人右翼のナワバリ争いがある。
ロシアとウクライナのそれぞれの右翼団体は、欧米諸国から外国人戦闘員をリクルートしている。
それぞれの陣営の白人右翼は欧米とロシアに使われる「手駒」だが、日陰者だった彼らにとってウクライナ危機はいわばヒノキ舞台ともいえる。
風雲急を告げるウクライナ情勢は欧米とロシアのナワバリ争いであると同時に、白人右翼同士のナワバリ争いでもある。自ら望んで戦地に集まってきた白人右翼にとって、ウクライナ危機は自らの存在を示す絶好の機会でもある。
ウクライナ危機のレッドライン
昨年10月以来、ウクライナでの緊張は一気にエスカレートしてきた。アメリカがウクライナにミサイルを配備したことに対して、ロシアは「レッドラインを超えた」と判断し、国境付近に約10万人ともいわれる規模の部隊を配備したのだ。これは2014年のクリミア危機以来、ヨーロッパ最大の危機といえる。
ウクライナは帝国時代からいわばロシアのナワバリだった。これに拒絶反応をもつ親欧米派のウクライナ市民が欧米との関係を強化しようとすることに、ロシアは拒絶反応を示している。
欧米がロシアを信用しないように、ロシアも欧米に対する歴史的な不信感がある。ロシアに言わせれば、近代以降ロシアが欧米に軍事侵攻したことはなく、ナポレオンといいヒトラーといいロシアは常に侵攻されてきたからだ。
ともかく、ロシアはウクライナに関して決して譲ろうとしない。そのための手段として、ウクライナ国境に集結する10万人相当の部隊や極超音速ミサイル「イスカンデル」がよく注目されるが、これらに匹敵するロシアの武器として白人右翼がある。
戦地に集まる右翼
クリミア危機の後のミンスクII合意でロシアと欧米そしてウクライナは「外国の部隊」の駐留を禁じることを約束した。これは緊張緩和の一環だった。
ところが、その後もロシア系人の多いウクライナ東部ではウクライナからの分離独立とロシア編入を求める動きが活発化しており、その混乱に乗じて2019年段階ですでに50カ国以上から約17,000人の白人右翼が集まっていたと報告されている。
彼らは立場上「民間人」だが、実質的には外国人戦闘員だ。とりわけ多いのがロシアから流入した白人右翼で、その影にいるのが「ロシア帝国運動」である。
ロシア帝国運動は2002年に発足した白人右翼団体で、LGBTやムスリムにしばしば暴行を加えたりするだけでなく、プーチン政権に批判的な民主派の襲撃も行なってきた。形式的には民間団体だが、内実はロシア政府の出先機関に近く、サンクトペテルブルク近郊に広大な訓練場をもち、ここで軍事訓練などを行なっている。
性的少数者や異教徒に厳しいロシアは「キリスト教文明の伝統的価値観を尊重する国」として欧米の白人右翼を惹きつけている。その結果、ロシア帝国運動には多くの外国人が集まっており、例えば2017年にスウェーデンで難民キャンプを爆破した2人のテロリストはサンクトペテルブルクで訓練を受けていたことが判明している。
ロシア帝国運動のメンバーは民間軍事企業(言い換えると傭兵軍団)「ワーグナー・グループ」の「社員」として、シリア、リビア、中央アフリカなどの戦場で活動しているが、ウクライナ東部もその一部である。実質的にプーチンの実働部隊であるロシア帝国運動は、アメリカが2020年に国際テロ組織に指定するなど、各国で警戒の的になっている。
民間人の立場を隠れ蓑に軍事活動を活発化させるロシア帝国運動は、ウクライナでエスカレートする緊張と対立の、いわば影の主役とさえいえる。
右翼の敵は右翼
ただし、影の主役はウクライナ側にもいる。ウクライナの右翼団体アゾフ連隊だ。
アゾフは2014年、クリミア危機をきっかけに発足し、民兵としてロシア軍やロシア帝国運動と戦火を交えた経験を持ち、その頃から民間人の虐殺といった戦争犯罪がしばしば指摘されてきた(そのためロシアメディアではネオナチ、ファシストと呼ばれる)。
現在でも自警組織として市中パトロールなどを行なっているが、その一方ではLGBTや少数民族ロマへの襲撃もしばしば行なってきた。それでも現在のウクライナ政府と密接な関係にあることから、その不法行為はほとんど問題にもされず、首都キエフにある本部はウクライナ政府さえ介入できない、いわば「白人右翼の聖地」の一つになっている。
欧米諸国では2010年代後半から白人右翼によるテロや暴動が目立つようになったが、近年では取り締まりも強化されている。活動の場を求める白人右翼のなかには、混乱の続くウクライナや実戦経験の豊富なアゾフに惹きつけられる者も増えていて、例えば2019年NZクライストチャーチのモスクで51人を殺害したB.タラントもウクライナ行きを希望していた。
なかには実際にウクライナに渡る右翼活動家も多く、アゾフ基地には欧米だけでなく中東など50カ国以上から17,000人以上が集まり、訓練を受けているとみられる。ロシア軍が国境付近に迫る状況は、アゾフがこれまで以上に大々的に活動するきっかけになり、それはさらに多くの白人右翼をウクライナに集める宣伝材料にもなるだろう。
毒をもって毒を制す?
戦場の様子などもFacebookなどで発信し、欧米からも右翼活動家をリクルートするアゾフは、欧米での白人テロを誘発させかねない存在として危険視されている。実際、アメリカ議会は2015年、アゾフを「ネオナチの民兵」と位置付け、援助を禁じる法案を可決した。
ところが2018年、国防総省からの圧力で議会は法案を修正し、それを皮切りに欧米はアゾフに軍事援助をしてきた。ジョージワシントン大学研究チームが昨年発表した報告書によると、アゾフやその下部団体のメンバーはアメリカをはじめ欧米諸国から訓練を受けており、なかにはイギリス王室メンバーも卒業生のサンドハースト王立陸軍士官学校に留学した者までいる。
要するに、欧米はロシアを睨んでアゾフを手駒として利用しようとしているのだ。これこそ冷たい国際政治の現実であるが、欧米での右翼過激派の動向を考えれば、危険な賭けであることも確かだ。
しかし、それはアゾフには関係ない。むしろ、欧米から承認を取り付けたアゾフは、ウクライナ危機がさらにエスカレートすれば、これまで以上に活動を活発化させることになるだろう。
いわば世界が懸念を募らせるウクライナ危機は、日陰の身にあった白人右翼にとっての晴れ舞台ともなり得るのである。
・ウクライナ「義勇兵」を各国がスルーする理由――「自国民の安全」だけか?(Yahoo!News 2022年3月5日)
六辻彰二 国際政治学者
※ウクライナ政府は世界に向けて、ロシアと戦う「義勇兵」を募っているが、各国政府はこれに慎重な姿勢を崩さない。
ウクライナには2014年以降、すでに「義勇兵」が数多く集まっていたが、戦争犯罪や人種差別といった問題が指摘されてきた。
各国政府には、「義勇兵」として実戦経験を積んだ者が帰国した場合、自国にとって逆にリスクになるという懸念があるとみられる。
ウクライナ政府が「義勇兵」を呼びかけているのに対して、どの国の政府もうやむやの反応が目立つ。そこには「自国民の安全」という表向きの理由以外にも、「義勇兵」が逆に自国の安全を脅かしかねないことへの懸念がある。
「義勇兵」呼びかけへの警戒
ロシアによる侵攻に対抗して、ウクライナ政府は外国から「義勇兵」をリクルートしている。ゼレンスキー大統領は「これは…民主主義に対する、基本的人権に対する…戦争の始まりである…世界を守るために戦おうという者は、誰でもウクライナにやってくることができる」と述べた。
さらにウクライナ政府によると、「参加者には月額3,300ドルが支給される」。これに対して、欧米では退役軍人を中心に呼応する動きがあり、在日ウクライナ大使館にもすでに70人ほどの応募があったという。
ところが、各国政府はロシアを強く非難し、ウクライナ支援を鮮明にしながらも、「義勇兵」には目立った反応をみせていない。日本政府も「理由にかかわらずウクライナに渡航しないこと」を求めている。
そこに「自国民の安全」への配慮があるのは確かだ。また、たとえ非正規兵でも自国民がウクライナで戦闘にかかわれば、自国もロシアと交戦状態になりかねないという懸念もあるだろう。
しかし、それ以外にも、先進国とりわけ欧米には「義勇兵」が自国の過激派の育成になりかねないことへの警戒があるとみられる。
ウクライナに生まれた極右の巣窟
なぜウクライナ「義勇兵」が欧米の過激派の育成になるのか。端的にいえば、これまでに「自由と民主主義のため」というより「白人世界を陰謀から守るため」ウクライナに集まる者が数多くいたからだ。
「ウクライナもロシアも白人の国では?」と思われるかもしれないので、複雑な事情を多少なりともわかりやすくするため、以下では事実を箇条書きにして並べてみよう。
「義勇兵」はすでにいた
・2014年のクリミア危機をきっかけに、ウクライナでは祖国防衛を掲げる民兵がロシア軍と戦闘を重ねた。
・その代表格であるアゾフ連隊には、欧米各国から活動家が次々と加わり、その数は2015年段階で総勢1,400人にも及んだ。
・クリミア危機の後も、東部ドンバス地方ではロシアに支援される分離主義者とウクライナ側の戦闘が断続的に続き、アゾフなどはその最前線に立ってきた。
・そのなかでアゾフなどの民兵には、捕虜の虐殺といった戦争犯罪が指摘されてきた。
極右の「独立国」
・クリミア危機後、アゾフなど民兵はウクライナ国防軍に編入された。
・ところが、国防軍の一部となりながら、アゾフはナチスを賞賛する一方、人員のリクルートや訓練を独自に行なってきた。
・資金面でも、アゾフには仮想通貨などを用いた海外の白人至上主義者などからの献金が集まってきた。
・歴代のウクライナ政府は、ドンバスの分離主義者やロシアに対抗する必要から、アゾフの問題行動(後述)をほぼ黙認してきた。
・2020年に本部を訪問したアメリカのジャーナリストに対して、アゾフの広報責任者は「ここは国家のなかの小さな国家のようなものだ」と説明している。
ウクライナに集う差別主義者
・祖国防衛を掲げるアゾフなどウクライナ極右は、「ウクライナらしくないもの」を排除するため、LGBTやロマ(ジプシー)を迫害してきた。
・アゾフは「プーチンはユダヤ人だ」といった人種差別的なヘイトメッセージや陰謀論をSNSで拡散し、欧米の白人極右を惹きつけてきた。
・2019年2月にNZクライストチャーチでモスクを銃撃し、51人を殺害したブレントン・タラントも、事件前にウクライナ行きを希望していた。
・イギリスやカナダで「テロ組織」に指定されているアトムワーヘン分隊のメンバーもアゾフで訓練を受けている。
・ウクライナで活動する外国人は、2020年までに1万7,000人にのぼると推計された。
・なかにはシリアからウクライナへと戦場を渡り歩く、職業的傭兵と化した者もいる。
ウクライナ侵攻で高まる社会的認知
・アゾフはアメリカ国務省から「ナショナリストのヘイトグループ」と呼ばれ、Facebookなども「危険な組織」としてその投稿を規制してきた。
・ウクライナの現在のゼレンスキー政権は基本的に中道系で差別的ではないが、ドンバスの分離主義者やロシアに対抗する必要から、アゾフなど極右の活動を取り締まれなかった。
・これと並行して、欧米はアゾフに目立たないように軍事訓練を提供してきた。
・ロシアによるウクライナ侵攻が始まると、アゾフは国防軍の一部としてこれに対抗する一方、未成年や高齢者を含む民間人の訓練を行ない、総力戦を推し進める主体となっている。
・現在ウクライナには各国から義援金が寄せられているが、これに混じってアゾフもクラウドファンディングなどで募金を募っている。
「義勇兵」というとロマンティックな響きがあるかもしれないが、「外国人戦闘員」と呼びかえることもできる。
なんと呼ぶにしても、外国人が自発的に集まった事例には、古典的なものとしては1936年からのスペイン内戦があり、最近のものでは2014年からのシリア内戦がある。そして、これらに集まった外国人の多くは、自分の国の現状に不満を抱いていた点で共通する。
スペイン内戦の「義勇兵」は、若き日の文豪ヘミングウェイが参加したことがあまりに有名で、ナチス支援のフランコ将軍に対抗した「自由の戦士」のイメージが強い。しかし、「義勇兵」で編成された国際旅団は、もともと当時のヨーロッパ各国で冷遇されていた共産党を中心に発足したもので、総勢約6万にも及んだメンバーには失業者なども多くいた。
一方、シリア内戦では「イスラーム国」(IS)の「建国」宣言に合わせて世界中から約3万人が集まったが、最近の研究ではその多くが社会的孤立、貧困、差別といった問題を抱えていただけでなく、精神疾患や犯罪歴があったといわれる(彼らはISから給与を支給された)。
もっとも、ISの外国人戦闘員とウクライナ「義勇兵」を同列に扱えば非難されることはわかりきっている。
また、反体制派ISによるリクルートと、ウクライナ政府の呼びかけとでは、正当性が違うという主張もあり得る。
高まる反ロシア感情によるこうした反感や批判を招きやすいからこそ、各国政府は「義勇兵」に正面から反対できない。
ある国の政府が給与を支給して外国人に戦闘参加を呼びかけるのが正当かは疑わしく、それは国際法で禁じられる「傭兵」にあたる可能性があるが、こうした議論さえ現状ではできるはずもない。
第二のシリアになるか
しかし、その危険性も認識しているからこそ、先進国の政府はウクライナの「義勇兵」リクルートを事実上スルーしているといえる。
各国から「義勇兵」が集まれば、それがどんなイデオロギーの持ち主であれ、アゾフの勢力が増すウクライナ国防軍の指揮下に置かれる。それは結果的に、極右による多国籍の大軍団を生みかねない。
ウクライナに集まる外国人の危険性については、以前からすでに多くの専門家が指摘してきた。それは現地の戦闘を激化させるだけでなく、国外にまで影響を及ぼしかねないからだ。
欧米ではすでにイスラーム過激派によるものより、白人極右によるテロ事件の方が多くなっている。コロナ対策が厳しすぎると不満を募らせ、2020年にミシガン州知事の誘拐を試みたプラウド・ボーイズや、2021年に連邦議会議事堂を占拠したQ-Anon支持者をはじめ、現在の体制をひっくり返す「内戦」を主張する勢力も珍しくない。
だからこそ、アメリカ政府は白人極右による「ドメスティック・テロリズム」を国家安全保障にとっての脅威と位置付けている。
こうした状況下、ウクライナで「義勇兵」として軍事訓練を受け、戦闘に参加した白人極右が母国に戻れば、ドメスティック・テロリズムのリスクは格段に高まりかねない。それは「シリア帰り」の元ISが各地でテロ活動に走ったことを想起させる。
そのため、ロシアによる侵攻の前から、欧米各国の政府はウクライナの外国人戦闘員に神経を尖らせてきた。今回の当事者の一角を占めるNATOも2017年の時点で、シリアとウクライナに共通する現象として外国人戦闘員を取り上げ、その安全保障上のリスクに関する調査・研究を行なってきた。
眼前の脅威、明日のリスク
ところが、ロシアによる侵攻が始まると欧米ではウクライナの極右や外国人戦闘員に関するネガティブな論評は影を潜めた。
ウクライナ侵攻をきっかけに、Facebook がアゾフを称賛する投稿を許容するようになったことは、こうした気運を象徴する。
当然といえば当然で、眼前の脅威に対抗するため、それ以外と一時休戦することは珍しくない。それはちょうど、それまで共産主義への警戒感の強かったアメリカが、日独伊の枢軸国との戦争が始まるや、「民主主義とファシズムの戦い」の旗印のもとにソ連を招き入れたことと同じだ。
とはいえ、第二次世界大戦以前、国際的に孤立していたソ連が大戦中に立場を強め、大戦後に成立したアメリカ主導の国連で常任理事国の座を得たように、どんな決着に至るかはともかく、ウクライナ侵攻が欧米でこれまでになく極右と外国人戦闘員の正当性と社会的認知を高める転機にもなり得る。
眼前の脅威としてのロシアと、明日のリスクとしての極右テロ。先進各国の政府は両方を視野に入れざるを得ないのであり、「義勇兵」スルーはその象徴といえるだろう。
・「国家のため国民が戦う」が当たり前でなくなる日――ウクライナ侵攻の歴史的意味(Yahoo!News 2022年4月4日)
六辻彰二 国際政治学者
4/4(月) 8:31
※ロシアでは強制的な徴兵への警戒感が広がっているが、ロシア軍は外国人のリクルートで兵員の不足を補っている。
一方のウクライナでも、とりわけ若年層に兵役への拒絶反応があり、「義勇兵」の徴募はその穴埋めともいえる。
「国家のため国民が戦う」が当たり前でなくなりつつあるなか、外国人に頼ることはむしろグローバルな潮流に沿ったものでもある。
「国家のため国民が戦う」。いわば当たり前だったこの考え方は、時代とともに変化している。ウクライナ侵攻は図らずもこれを浮き彫りにしたといえる。
ロシアの「良心的兵役拒否」
ウクライナ侵攻後、ロシア各地で反戦デモが広がっているが、その中心は若者で、年長者との年代ギャップが鮮明になっている。
家族内でも議論が分かれることは珍しくないようで、ドイツメディアDWの取材に対して29歳のロシア人男性は「両親は国営TVから主に情報を得ていて、政府の説明を鵜呑みにしてウクライナ侵攻を支持している」「友人と一緒になって説明したので、父親は政府支持を止めて自分たちと一緒に抗議デモに参加するようになったが、母親は頑として譲らない」と嘆いている。
こうしたロシアでは今、若者を中心に国外脱出を目指す動きが広がっており、その数はすでに20万人を超えたといわれる。その原因には経済破綻への恐怖だけでなく、強制的に徴兵されかねないことへの危惧がある。
戦争の大義を信用できない若者が兵役を拒絶する状況は、1960-70年代のアメリカでベトナム戦争への反対から広がった「良心的兵役拒否」を想起させる。
ともあれ、プーチンに背を向けるロシアの若者の姿からは「国家のため国民が戦う」ことへの拒絶の広がりがうかがえる。
兵員のアウトソーシング
これと並行して、ロシアは外国人で兵員の不足を補っている。
ロシア政府系の傭兵集団「ワーグナー・グループ」は、2014年のクリミア危機後、ウクライナ東部のドンバス地方で活動してきたが、ここには多くの外国人が含まれる。
しかし、こうした「影の部隊」だけでなく、正規のロシア軍も外国人ぬきに成立しなくなっている。
プーチン大統領は2015年、ロシア軍に外国人を受け入れることを認める法律に署名した。ロシア語を話せること、犯罪歴のないこと、などの条件を満たし、5年間勤務すればロシア市民権の申請がしやすくなる(情報部門は除外)。最低給与は月額約480ドル で、これはロシアの平均月収約450ドルを上回る。
情報の不透明さから規模や出身国、編成などについては不明だが、モスクワ・タイムズによると、貧困層の多いインドやアフリカからだけでなく欧米からも応募者があるという。その任務には戦闘への参加も含まれる。
後述するように、一般的に外国人兵士には条件の悪い任務が当てられる。そのため、今回ウクライナに向かう10万人のロシア軍のなかに少なくない外国人が投入されていても不思議ではない。
逃げられないウクライナ男性
これに対して、「国家のため国民が戦う」が当たり前でないことは、侵攻された側のウクライナでも大きな差はないとみられる。
ロシアによる侵攻をきっかけにウクライナ政府は国民に抵抗を呼びかけ、これに呼応する動きもある。海外メディアには「レジスタンス」を賞賛する論調も珍しくない。
もちろん、祖国のための献身は尊いが、国民の多くが自発的に協力しているかは別問題だ。
ウクライナからはすでに300万人以上が難民として国外に逃れているが、そのほとんどは女性や子ども、高齢者で、成人男性はほとんどいない。ロシアの侵攻を受け、ウクライナ政府は18-60歳の男性が国外に出るのを禁じ、軍事作戦に協力することを命じているからだ。
つまり、成人男性は望むと望まざるとにかかわらず、ロシア軍に立ち向かわざるを得ないのだ。そのため、国境まで逃れながら国外に脱出できなかったウクライナ人男性の嘆きはSNSに溢れている。
裏を返せば、成人男性が無理にでも止められなければ、難民はもっと多かったことになる(戦時下とはいえ強制的に軍務につかせることは国際法違反である可能性もある)。
「どこに行けば安全か」
予備役を含む職業軍人はともかく、ウクライナ人の多くがもともと戦う意志をもっていたとはいえない。
昨年末に行われたキエフ社会学国際研究所の世論調査によると、「ロシアの軍事侵攻があった場合にどうするか」という質問に対して、個別の回答では「武器を手にとる」が33.3%と最も多かった。
しかし、戦う意志を持つ人は必ずしも多数派ではなかった。同じ調査では「国内の安全な場所に逃れる(14.8%)」、「海外に逃れる(9.3%)」、「何もしない(18.6%)」の合計が42.7%だったからだ。
とりわけ若い世代ほどこの傾向は顕著で、18-29歳のうち「海外へ逃れる」は22.5%、「国内の安全な場所に逃れる」は28.0%だった。ウクライナ侵攻直前の2月初旬、アルジャズィーラの取材に18歳の若者は「僕らの…半分は、どこに行けば安全かを話し合っている」と応えていた。
こうした男性の多くは現在、望まないままに軍務に就かざるを得ないとみられる。少なくとも、多くのウクライナ人が「国家のために戦う」ことを当たり前と考えているわけではない。
外国人に頼るのは珍しくない
その一方で、ウクライナ政府は海外に「義勇兵」を呼びかけている。外国人で戦力を補うという意味で、ウクライナとロシアに大きな違いはない。
もっとも、戦争で外国人に頼ることは、むしろグローバルな潮流ともいえる。
例えば、アメリカではベトナム戦争をきっかけに徴兵制が事実上停止しているが、2000年代から永住権の保持者を対象に外国人をリクルートしており、ロシアと同じく一定期間の軍務と引き換えに市民権を手に入れやすくなる。現在、メキシコやフィリピンの出身者を中心に約6万9000人がいて、これは全兵員の約5%に当たる。
ヨーロッパに目を向けると、例えばフランスは1789年の革命をきっかけに「国民皆兵」が早期に成立した国の一つだが、この分野でも歴史が古く、映画などで名高いフランス外国人部隊は1831年に創設された。現代でもフランス人の嫌がる過酷な環境ほど配備されやすく、筆者もアフリカなどで調査した際、フランス軍の現地担当者ということで会ってみたら外国人兵だった経験がある。
また、イギリスもやはり20世紀前半から中東やアフリカなどで兵員を募ってきたが、現在でも多くはやはり海外勤務に当てられる。
近年は英仏以外の小国でも、一定期間その国に居住した経験がある、言語に支障がないなどの条件のもと、他のEU加盟国出身者などから兵員を受け入れている。このうちスペインでは外国人が全兵員の約10%を占めるに至っている。
欧米以外でも、実際に戦火の絶えないリビアやシリアなど、中東やアフリカでは国民ではなく外国人が戦闘で大きな役割を果たす状況が、すでに珍しくなくない。
「国民が戦う」はいつから当たり前か
「国家のため国民が戦う」のを当たり前と考えないことには、様々な意見があり得るだろう。しかし、その良し悪しはともかく、「自分の生命が大事」と思えば、「戦争があれば避難する」という選択は、ほとんどの人にとってむしろ合理的かもしれない。
ただ、従来は戦火を嫌っても、ほとんどの人にとって母国を離れることが難しかった。それがグローバル化にともなう交通手段の発達、国をまたいだ移住システムの普及などで可能な時代になったから目立つようになっただけ、といった方がいいだろう。
もともと「国家のため国民が戦う」という考え方は、近代国家が成立するまで一般的でなく、それまでは基本的に戦士階級と傭兵だけが行なうものだった。
「国民主権」の下、国民が名目上国家の主人となったことは、封建的な貴族やキリスト教会の支配から抜け出すことを意味した。だから、国民にとっても、国家のために戦い、国家の一員であることを証明することは、それまでの従属的な立場から解放されるために必要な道だった。
ナポレオン時代のフランス軍が圧倒的な強さを誇った一因は、ほぼ無尽蔵に兵員を供給できる「国民皆兵」のシステムが他のヨーロッパ諸国にまだなかったことにあった。
21世紀的な戦争
しかし、第二次世界大戦後、普通選挙の普及と社会保障の発達もあって、国家の一員であることはむしろ当たり前になった。さらに冷戦終結後、人権意識が発達し、国家に何かを強制されることへの拒絶反応は強くなった。
そのうえ、どの国でも貧困や格差が蔓延し、多くの国民が困窮するなか、そもそも国家に対する信頼や一体感は損なわれている(コロナ対策への拒否反応はその象徴だ)。
その結果、何がなんでも徴兵に応じなければならないという義務感は衰退し、その裏返しで外国人への依存度が高まっている。各国政府にとっても、国民の抵抗が大きい徴兵制を採用して危険な任務を課すより、その意志をもつ外国人を受け入れる方が政治的コストは安くあがる。
こうした見た時、人手不足を外国人で穴埋めする構図は、多くの産業分野と同じく、国防や安全保障でも珍しくないといえる。これは単に「たるんでいる」という話ではなく、世の中全体の変化を反映したものとみた方が良い。
ウクライナ侵攻は土地の奪い合いという極めて古典的な戦争である一方、外国人ぬきに成り立たないという意味で極めて21世紀的な戦争でもあるのだ。
・コスパ最優先の「次世代の戦争」――実験場になったリビア内戦が示すもの(Yahoo!News 2020年2月15日)
六辻彰二 国際政治学者
・埋蔵量でアフリカ大陸一の産油国であるリビアの内戦は、多くの国が介入する代理戦争の様相を呈している
・介入する外部の国は「自軍兵士の犠牲を減らしつつ戦果をあげる」という意味でコスパをあげるため、遠隔操作できるドローンと、戦死しても「戦死者」にカウントしなくてよい傭兵の利用を増やしている
・しかし、その結果、外部のスポンサーにとって介入のハードルが引き下がっていることで、リビア内戦は激化しつつある
※国際的に注目されることの少ないリビア内戦は、次世代の戦場の実験場になっている。そこでは「自軍兵士の犠牲」というコストの削減が目立つが、それは結果的に戦闘をドロ沼化させてもいる。
「空爆誕生の地」の現在
現代の戦場で当たり前のように行われる空爆は、イタリア・トルコ戦争の最中の1911年にイタリア軍が北アフリカのリビアで初めて行ない、その後の第一次世界大戦などで急速に普及した。空爆は「自軍兵士の犠牲を減らしながら相手に大きな損害を与える」という意味でコストパフォーマンスが高いといえるが、それから約100年後の今日のリビアでは、それがさらに「進化」している。
ここでまず、背景としてのリビア内戦を簡単に確認しよう。
リビアでは2011年の政変「アラブの春」で、この国を40年以上に渡って支配したカダフィ体制が崩壊した後、混乱が続き、2015年に多くの政党を糾合した「国民統一政府」が発足した。ここにはイスラーム団体「ムスリム同胞団」も含まれる。
国民統一政府は国連からの承認も受けているが、これに反対する世俗的な民兵組織の集合体「リビア国軍」が昨年4月、首都トリポリに進撃を開始。激しい戦闘で、国内避難民は昨年末に34万人を超えた。
リビアは埋蔵量でアフリカ大陸一の産油国であるため、この内戦には多くの国が介入し、代理戦争の様相を呈している。
国民統一政府には、1947年までリビアを植民地支配したイタリアの他、ムスリム同胞団を支援するトルコやカタールが協力している。これに対して、リビア国軍にはムスリム同胞団を敵視するサウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)、エジプトの他、アフリカ一帯に勢力拡大を図るロシアやフランスが支援している。
コスパ対策その1 ドローン利用
このリビア内戦で目立つのがドローン攻撃の応酬だ。国民統一政府はトルコ製「バイラクタルTB2」を、リビア国軍はUAEから提供された中国製「翼竜」を、それぞれ用いている。
アフガンなどでアメリカ軍がドローンを用いていることはよく知られるが、最近ではイエメンの武装組織フーシ派がサウジアラビアの油田やタンカーを攻撃したことでも注目された。
とはいえ、リビアほどドローンが飛び交う戦場も少ない。イギリスのシンクタンク、ドローン・ウォーUKの代表、クリス・コール博士はリビア内戦を「ドローン戦争のグラウンド・ゼロ」と呼ぶ。
有人の戦闘爆撃機より安価で、しかも騒音が小さくて発見されにくいドローンは、「自軍兵士の犠牲を減らしながら戦果をあげる」という意味ではコスパがよいかもしれない。
しかし、遠隔操作のため標的の確認が不十分になりがちで、民間人の殺傷も多い。それが大量に用いられることは、いつ何時、どこから攻撃されるかわからない緊張感をこれまで以上に高めるものでもある。
リビアでは2019年8月、南部ムルズークで集会所に集まっていた40人以上の民間人がリビア国軍のドローン空爆で殺害されている。
コスパ対策その2 傭兵の派遣
「自軍兵士の犠牲を減らしながら戦果をあげる」という意味でのコスパ重視は、ドローン利用だけではなく、正規軍ではない兵力の投入にもみてとれる。
その象徴は、ロシアの民間軍事企業「ワーグナー・グループ」だ。ワーグナー社員の多くはロシア軍出身者だが、なかにはウクライナ人、アルバニア人、セルビア人などもいるとみられ、これは要するに傭兵だ。
ワーグナー社員の1カ月の給料は8万~25万ルーブルといわれ、これはロシアの平均月収(約4万6000ルーブル=約8万円)の2~6倍にあたる。
ワーグナーはウクライナやシリアでも活動が報告されているが、リビアに関してはUAEとの契約に基づき、昨年末の段階で約1000人がリビア国軍を支援しているとみられている。国民統一政府のムハンマド・アル・ダラート司令官は米誌フォーリン・ポリシーに対して、彼の部隊の被害の約30%が高度な訓練を受けたワーグナーのスナイパーによるものと述べている。
民間軍事企業はアメリカやイギリスにもあり、1990年代からアフリカの内戦で頭角を現し、その後はイラク侵攻(2003)後のイラクでも活動した。その特性から民間軍事企業は自国政府との結びつきが強いが、ロシアの場合は特にそれが顕著で、「ワーグナーはロシア国防省の一部に過ぎない」という見方もある。
「戦死者を出さない」軍事展開
いわば兵力を外注することで、各国は「自軍兵士の犠牲を減らす」ことができるだけでなく、国内の反戦世論という政治的コストをも軽減できる。
ロシアでは経済の悪化で「新しい靴を買えない家庭が3割強」といわれるほど市民生活がひっ迫している。さらに、「フェイクニュース規制」を名目にSNS規制が強化されたこともあり、政府への不満は高まっている。こうした背景のもと、リビアで新たな戦線を開くことは、プーチン大統領にとってもハードルが高い。
しかし、正規軍でない部隊なら、その心配も小さくて済む。
実際、アメリカがイラク駐留などの人員を、正規のアメリカ軍を上回るほど民間軍事企業から調達したことは、傭兵が死亡してもアーリントン墓地に葬らなくてよい(アメリカ軍の戦死者にカウントしなくて済む)ことが大きな理由だった。
自国の兵士が海外で被害にあえば、国民から批判や不満が出やすいことは、民主的でない国でも基本的に同じだ。つまり、ワーグナーによってロシアは「戦死者」を出さずにリビアで軍事展開できることになる。
イスラーム過激派の「再利用」
同様のことは、もう一方の国民統一政府を支援するトルコについてもいえる。トルコは正規軍だけでなく、2000人以上のシリア人戦闘員をリビアに送り込んでいるが、その多くはシリア内戦でトルコが活用したイスラーム過激派メンバーとみられる。
つまり、シリア内戦での利用価値を失った「手駒」に、トルコは新たな活動の場を与えたとみられるのだ。これに加えて、トルコ政府はシリア内戦で戦ったはずのイスラーム国(IS)系の戦闘員までリビアに送り込んでいるという報道もある。
トルコではエルドアン大統領の強権的な統治に批判の声もあり、経済の悪化とともに国外での軍事作戦にも批判が高まっている。トルコ政府にとってシリア人戦闘員を用いることは、自国兵士の犠牲を減らし、反戦世論を抑えるうえで有効だろう。
リビアに送り込まれたシリア人戦闘員は、トルコ政府から月額で約2000ドルの「給与」を支給されているといわれる。
外交的コストのカット
これに加えて、傭兵の利用には、正規軍の派遣にともなう外交的コストを軽減する効果もある。
ロシアに関していうと、プーチン大統領はアフリカ大陸への進出を重視しているが、その一方でリビア国民統一政府の中核を占めるイスラーム組織への警戒感は強い。その結果、ロシアは世俗的な傾向の強いリビア国軍を支援している。
ところが、先述のように、国連はロシアが支援するリビア国軍ではなく、国民統一政府を承認している。「正統な政府を攻撃する反体制派」への支援は、珍しいものではないが、外交的には不利な条件になる。
そのうえ、やはりリビア国軍を支援するサウジアラビアやUAEは、シリア内戦やイラン危機ではロシアと敵対する立場にある。時と場合によってパートナーを変えることも珍しくないが、あまりそれが目立てば「無節操な国」とみられやすくもなる。
こうした環境のもと、正規軍を派遣するなら、正当化のための労力が大きくなる。しかし、形式的には民間企業であるワーグナーの活動なら、ロシア政府は公式には「国際的に認められた政府の転覆に関わっていない」「(他所で敵対しているはずの)UAEなどと協力していない」と言い張って済ますことができる。
先端を行くアフリカ
このように、各国はコストを軽減しつつ戦果をあげる形でリビアに関与している。こうした軍事展開は、今後ほかの戦場で模倣されることもあり得る。
しかし、ドローンや外国人傭兵の投入は、結果的にリビア内戦を激化させている。戦闘が長期化すれば、死傷者の数だけでなく、兵力を投入する側にとってのトータルコストもむしろ大きくなりかねない。
「コスパ重視の戦争」の実験場とされたリビアは、ある一面からのコスパ向上が全体にとってのコストをむしろ膨れ上がらせる危険性についての実験場になっているともいえるだろう。
・プーチン氏に尽くす残虐部隊「カディロフツィ」 ウクライナでも活動(AFPBB 2022年4月15日)
※チェチェン人戦闘員が四方八方に銃を乱射し、ウクライナ兵の捕虜はうつろな目でひざまずき、あるいは遺体の間を引きずられていく──ロシア南部チェチェン(Chechen)共和国の独裁者ラムザン・カディロフ(Ramzan Kadyrov)首長(45)は、自身の私兵がウクライナでロシアのために戦う様子をソーシャルメディアで自慢している。
カディロフ氏の部隊「カディロフツィ(Kadyrovtsy)」は、チェチェンの民兵組織だ。ウクライナの人々は、侵攻してきたロシア軍の中で、カディロフツィが最も残忍だと口をそろえる。
カディロフ氏は、チェチェン紛争でロシア側に寝返った元独立派指導者の息子で、ウラジーミル・プーチン(Vladimir Putin)大統領の忠実な配下として知られる。イスラム教徒が多数派のチェチェン共和国で、拷問や処刑など深刻な人権侵害を行っていると非難されてきた。
カディロフ氏はプーチン氏のウクライナ侵攻を歓迎し、直ちに部隊を送ると表明。ウクライナで戦うカディロフツィの動画を誇らしげにメッセージアプリのテレグラム(Telegram)に投稿し、ロシアの主張をなぞって「ウクライナのナチス(・ドイツ、Nazis)」と戦っていると主張している。
先月には、ロシア軍が包囲するウクライナ南部の港湾都市マリウポリ(Mariupol)に入ったとして、約30人の戦闘員に囲まれた自身の写真を投稿した。また、ロシア兵を拷問したウクライナ兵を発見し、直々に「罰した」と主張した。
カディロフツィは、チェチェンのみならず2014年のウクライナ東部紛争やシリア内戦などでも悪名高い。
ロシアの政治的暴力に詳しいカナダ・ラバル大学(Laval University)のオーレリー・カンパーナ(Aurelie Campana)氏は、「カディロフ部隊の参戦発表とそれをめぐるプロパガンダは、敵を不安定化させる試みの一環」だと指摘する。
■恐怖の種をまく
カンパーナ氏によれば「残酷さで知られるチェチェン部隊の参加は、ウクライナ人の恐怖心をあおる」。
侵攻直後、プーチン氏がウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー(Volodymyr Zelensky)政権を迅速に打倒するため、チェチェン人暗殺部隊を送り込んだといううわさが広まった。カディロフ氏も、ゼレンスキー氏は間もなく「前大統領」になると宣言した。
「ウクライナで何人のチェチェン人が戦っていて、どこに配備されているのか、正確なことは誰にも分からない」と、ロシアの政治専門家アレクセイ・マラシェンコ(Alexei Malashenko)氏はAFPに語る。
カディロフ氏は先月中旬、ウクライナにいる配下は約1000人だと述べたが、真偽を確認するすべはない。カディロフ氏を支持しないチェチェン人はウクライナ政府側に付いてロシア軍と戦っている。
カディロフツィの残虐性については疑う余地もないが、戦果はまだ証明されていない。カディロフ氏は、配下の部隊がマリウポリ市庁舎を占拠したと勝ち誇ったように発表したが、その建物は市庁舎ではなかったことが後に公開された動画で明らかになった。
政治学者のコンスタンティン・カラチェフ(Konstantin Kalachev)氏は、「ウクライナでの作戦に加わることでカディロフ氏はプーチン氏への全面的な忠誠心を示し、影響力を維持しようとしている」と見ている。「カディロフ氏にとって、今回の作戦は個人的な宣伝になる」
■ロシア兵への懲罰
カディロフ氏は、プーチン氏に批判的だったロシアの野党指導者ボリス・ネムツォフ(Boris Nemtsov)元第1副首相やジャーナリストのアンナ・ポリトコフスカヤ(Anna Politkovskaya)氏をはじめ、数々の要人暗殺の裏で糸を引いていたとされる。
2015年のネムツォフ氏暗殺事件の計画を練ったのは、マリウポリでカディロフツィを指揮し、3月下旬にウクライナ軍との戦闘中に負傷したルスラン・ゲレメエフ(Ruslan Geremeyev)司令官だったとみられている。
ウクライナでのカディロフツィについて、複数の有識者は、2014年の東部紛争で親ロシア派に対して行ったように、ロシア兵を規律に従わせる役割も担っている可能性があると指摘する。カンパーナ氏は「カディロツィの経験はウクライナ各地の抵抗を圧倒するだけでなく、ロシア軍と親ロシア派に対する懲罰として機能し得る」と記している。
実際、ロシア軍内にもカディロフツィの味方は少ない。「だが、プーチン氏は全面的に信頼している」「カディロフ氏個人にとって、ウクライナでの軍事作戦への参加は成功と言える」とマラシェンコ氏は述べた。
伊東 乾
※既にここ10年、ロシアに「鉄の結束」など存在せず、かつてナチスが独裁体制を作り上げたのとそっくりの「暴力装置の多重構造」が存在します。
そこで今回は40万人規模まで膨れ上がっているプーチンの私兵「ロシア国家親衛隊」など、ロシア暴力装置の構造を概観してみましょう。
大統領直属の「国営の私兵」
2016年4月5日、ウラジーミル・プーチンは一通の「ロシア連邦大統領令」に署名します。
これによって成立したのが「ロシア国家親衛隊」グヴァルディアでした。
英語の組織名を直訳すれば「Service of the Troops of the National Guard of the Russian Federation(ロシア連邦国立保安軍)」とでもなるでしょうか。グヴァルディアは「ガード」ボディガードです。
このグヴァルディア、本質は大統領に直属する「親衛隊」で、ロシア国軍とは独立した武力、いわば「プーチン個人のボディガード」「大統領の私兵」として「保安」「警護」「諜報」さらには「工作」「暗殺」などの任務に当たる武力、軍事力です。
トップには、文字通りプーチン長年のボディガードで柔道の仲間でもある、ヴィクトール・ゾロトフが就任しています。
端的に言えば「錠前工」を振り出しに職歴が始まるノンキャリ、完全叩き上げの「プーチン舎弟」。
プーチンは完全に信頼のおける舎弟を直属軍のトップとして将官に据え、既存勢力のクーデターに対しても「プーチン個人の軍隊」で十分圧殺できるよう、武力体制を固めている。
それが2016年4月ということになる。鉄の結束などちゃんちゃらおかしい。誰も信用できない相互監視の恐怖政治がソ連以来105年続くのがロシアの残念な実態です。
「結束」など存在するなら、こんな「私兵」を作る必要はない。
当初は2000とか3万といった人数であった「プーチン私兵」の「国家親衛隊」グヴァルディアは、いまや40万軍勢に膨れ上がっていると言われます。
これはつまりウクライナ国軍の2倍ほどにあたり、それが「プーチン個人」に直属する一種の「国が抱える民兵」として工作している。
それ以外にロシア国軍90万があるのだから、プーチンとしてはウクライナ侵攻、キーウ占領など朝飯前、と高を括った。無理ない話かもしれません。
3月18日、スタジアムに20万人を集めて行われた「クリミア併合8周年記念祭」も、ことによると「国家親衛隊」隊員や、その家族などからメンバーを選び、決してプーチンを狙撃しない数万の群衆を集めて執り行われた示威行為と見ることができそうです。
このように考えるとき、真っ先に思い出されるのが、ナチスドイツの独裁者アドルフ・ヒトラー個人に忠誠を誓うナチス「親衛隊」SSです。
また、親衛隊を核としてヒトラーに忠誠を誓うナチス党員を40万人以上集めて行われた「ニュルンベルク党大会」です。
ナチスが創始したマスゲームなどのイベントは、戦後もソビエト連邦、中国、また北朝鮮などに継承されていくことになります。
スターリンからナチスへ退行
なりふり構わないプーチンの「暴力装置」
1933年、ナチスドイツが政権を奪うに当たっては、南部バイエルン経済界の支援などと並んで、ナチス初期から体を賭けて武力行使してきた「ナチス突撃隊SA(1921-45)」が大きな戦功を挙げました。
しかしいったん権力を掌握してしまうと、ヒトラーを「おい、アドルフ」とファーストネームで呼べるような「大物」は邪魔になります。
翌1934年「長いナイフの夜」と呼ばれるクーデターで「突撃隊長」エルンスト・レームらは「国家反逆罪」容疑で射殺されてしまいました。
この粛清を実行したのが、元はアドルフ・ヒトラー個人の身辺警護からスタートした「ナチス親衛隊SS」(1925-45)で、古株の突撃隊は解体再編され、親衛隊の指揮下に置かれて骨抜きにされます。
これとよく似た状況が、プーチン独裁体制下のロシアで、過去10年来起きていることに注意する必要があります。
ソ連が崩壊すると、悪名高いKGBは「解体」ではなく、あろうことか「再編強化」されてロシア連邦保安庁FSBに格上げされてしまいます。
スターリン時代、大粛清を実行したラヴレンチ―・べリア率いる内務人民委員部NKVDは、自らが「警護」しているはずの「要人」がスターリンの邪魔になると、突然「反革命分子」として銃口を向ける厄介な秘密警察・暗殺部隊となりました。
フルシチョフらの画策で解体、縮小されてできたのが、1委員会規模のKGBでした。
それが再び省庁のレベルに格上げ、拡大され、35万人規模を擁する諜報機関~秘密警察となったのがFSB、つまりKGBが増強化して権力装置となったのがロシア連邦保安庁という出自に注目する必要があります。
このFSB第4代長官を1998年7月~99年8月まで務めたのがプーチンにほかならず、FSB長官からプーチンがシフトしたのが、ボリス・エリツィン大統領の指名によるロシア連邦第1副首相→首相代行(8月9日)→首相(8月16日)→エリツィンの引退で大統領代行(12月31日)→大統領選挙で過半数の支持を集め大統領当選(2000年3月26日)。
ほんの1年半前までは大統領府の副長官に過ぎなかったプーチンが、あっという間に政権中枢に躍り出、微妙な選挙を瞬間沸騰で制して権力掌握という経緯は、出身母体である秘密警察の全面的なバックアップあってのことでした。
プーチン「首相」が大衆人気を集めるのに成功したのは1999年10月~2000年2月にかけて集中的に行われた第2次チェチェン紛争での「勝利」によるもので、ロシア世論はプーチン支持に沸騰。
史上最悪と言われる徹底した軍事攻撃で無人の焼け跡と化したチェチェンの首都「グロズヌイ」にロシア軍は「凱旋」。
こうした「劇場戦争」を背景にプーチンはロシア連邦の権力を掌握し、ロシア版「戦後高度成長」を演出、経済の立て直しをアピールします。
しかし、一度権力を握れば、トップにとっては以前からの「同僚」は邪魔になります。
「旧KGB」などロシアの治安・保安・国防関係者は「シロヴィキ」と呼ばれますが、これはソ連崩壊後のロシア初期、エリツィン大統領が政敵に対抗するため旧諜報関係者を登用、FSBなどを強化し、新興財閥などと結託して勢力化したものです。
そこで担がれたナンバー・ワンがプーチンであって、FSBやシロヴィキ、新興財閥側にとって当初のプーチンは、仮に邪魔になれば挿げ替えるだけの首に過ぎず、事実、プーチン政権の長期化に伴い、様々な粛清や暗殺が続いたのは周知の通り。
プーチンを担ぐ側の実質「オーナー」だった新興財閥オリガルヒの巨頭、ボリス・ベレゾフスキーは「長いナイフの夜」同様の難に見舞われかけ2001年に英国亡命、最終的には2013年に「自殺」したとされますが、幾度もテロリストに命を狙われました。
こうした様々な不安定要素を払拭し、スターリンの秘密警察・べリア機関NKVDより退行したナチスのSSを彷彿させる実質「プーチン私兵」として組織されたのが2016年の「ロシア連邦親衛隊」。
鉄の団結なぞ最初からあるわけがないのです。
「親衛隊」グヴァルディアのトップ、ヴィクトール・ゾロトフは「プーチンにとってのヒムラー」と言うべき「片腕」。
これに対して、プーチンの後任で連邦保安庁FSBトップに就いたニコライ・パトルシェフや、さらにその後任で現在もFSBを率いるアレクサンドル・ボルトニコフらはプーチンと同世代で、それなりの折り合いをつけ、もっぱら「同じ舟に乗っている」人たち。
ナチスで言えば「突撃隊SA」以来の「同志」ではありますが、いつヒトラーにとっての「エルンスト・レーム」同様「長いナイフの夜」の牙にかけられるか、知れたものでないのも事実です。
これに対して、若いFSBエージェントたちは優秀なスパイですから、今後この勝算のない戦争が長引けばロシア社会経済がどのようなダメージを被るか、一番よく分っており、プーチン排除を考えるのは当然のこと。
プーチンは権力母胎のKGB-FSBを解体再編、さらに強化して軍隊化し、スターリン粛清のべリア機関よりも悪質な、ホロコーストのナチス親衛隊の21世紀版を己を警護する武力として身にまとっているわけです。
かつてのナチスが「ドイツ国軍」⇔「ナチス突撃隊SA」⇔「ヒトラー親衛隊SS」という、暴力の三すくみ構造であったのと同様、現在のロシアは「ロシア国軍」⇔「連邦保安庁FSB」⇔「プーチン親衛隊グヴァルディア」という武力の三すくみ構造の上に、プーチン政権は成り立っている。
ですから、もしもこのプーチン私兵である「はず」の「グヴァルディア」内から反逆や暗殺が出てくれば、それより先にプーチンを守る盾は存在しない。
この点も指摘しておくべきでしょう。
人は他者を批判するとき、期せずして己を語るものです。
プーチンがゼレンスキー政権を「ネオナチ」と呼ぶのは、ネオでなく本物のナチスを手本に、ホロコースト/ジェノサイドも厭わない武装勢力を濫造した己の姿を映しているように見えます。
・プーチン氏、情報員150人追放=ウクライナ侵攻難航で―英紙(時事通信 2022年4月12日)
※12日付の英紙タイムズは、ロシアのプーチン大統領がウクライナ侵攻の難航を受け、連邦保安局(FSB)に所属する情報員約150人を「追放」したと報じた。一部は「虚偽の情報を大統領府に提供した」との責任を問われたという。
FSBはプーチン氏が在籍した旧ソ連国家保安委員会(KGB)の後継機関。侵攻難航の責任が古巣の情報機関にあると判断した可能性もありそうだ。
・ウクライナ危機の影の主役――米ロが支援する白人右翼のナワバリ争い(Yahoo!News 2022年1月29日)
六辻彰二 国際政治学者
※ウクライナでの欧米とロシアの対立の影には白人右翼のナワバリ争いがある。
ロシアとウクライナのそれぞれの右翼団体は、欧米諸国から外国人戦闘員をリクルートしている。
それぞれの陣営の白人右翼は欧米とロシアに使われる「手駒」だが、日陰者だった彼らにとってウクライナ危機はいわばヒノキ舞台ともいえる。
風雲急を告げるウクライナ情勢は欧米とロシアのナワバリ争いであると同時に、白人右翼同士のナワバリ争いでもある。自ら望んで戦地に集まってきた白人右翼にとって、ウクライナ危機は自らの存在を示す絶好の機会でもある。
ウクライナ危機のレッドライン
昨年10月以来、ウクライナでの緊張は一気にエスカレートしてきた。アメリカがウクライナにミサイルを配備したことに対して、ロシアは「レッドラインを超えた」と判断し、国境付近に約10万人ともいわれる規模の部隊を配備したのだ。これは2014年のクリミア危機以来、ヨーロッパ最大の危機といえる。
ウクライナは帝国時代からいわばロシアのナワバリだった。これに拒絶反応をもつ親欧米派のウクライナ市民が欧米との関係を強化しようとすることに、ロシアは拒絶反応を示している。
欧米がロシアを信用しないように、ロシアも欧米に対する歴史的な不信感がある。ロシアに言わせれば、近代以降ロシアが欧米に軍事侵攻したことはなく、ナポレオンといいヒトラーといいロシアは常に侵攻されてきたからだ。
ともかく、ロシアはウクライナに関して決して譲ろうとしない。そのための手段として、ウクライナ国境に集結する10万人相当の部隊や極超音速ミサイル「イスカンデル」がよく注目されるが、これらに匹敵するロシアの武器として白人右翼がある。
戦地に集まる右翼
クリミア危機の後のミンスクII合意でロシアと欧米そしてウクライナは「外国の部隊」の駐留を禁じることを約束した。これは緊張緩和の一環だった。
ところが、その後もロシア系人の多いウクライナ東部ではウクライナからの分離独立とロシア編入を求める動きが活発化しており、その混乱に乗じて2019年段階ですでに50カ国以上から約17,000人の白人右翼が集まっていたと報告されている。
彼らは立場上「民間人」だが、実質的には外国人戦闘員だ。とりわけ多いのがロシアから流入した白人右翼で、その影にいるのが「ロシア帝国運動」である。
ロシア帝国運動は2002年に発足した白人右翼団体で、LGBTやムスリムにしばしば暴行を加えたりするだけでなく、プーチン政権に批判的な民主派の襲撃も行なってきた。形式的には民間団体だが、内実はロシア政府の出先機関に近く、サンクトペテルブルク近郊に広大な訓練場をもち、ここで軍事訓練などを行なっている。
性的少数者や異教徒に厳しいロシアは「キリスト教文明の伝統的価値観を尊重する国」として欧米の白人右翼を惹きつけている。その結果、ロシア帝国運動には多くの外国人が集まっており、例えば2017年にスウェーデンで難民キャンプを爆破した2人のテロリストはサンクトペテルブルクで訓練を受けていたことが判明している。
ロシア帝国運動のメンバーは民間軍事企業(言い換えると傭兵軍団)「ワーグナー・グループ」の「社員」として、シリア、リビア、中央アフリカなどの戦場で活動しているが、ウクライナ東部もその一部である。実質的にプーチンの実働部隊であるロシア帝国運動は、アメリカが2020年に国際テロ組織に指定するなど、各国で警戒の的になっている。
民間人の立場を隠れ蓑に軍事活動を活発化させるロシア帝国運動は、ウクライナでエスカレートする緊張と対立の、いわば影の主役とさえいえる。
右翼の敵は右翼
ただし、影の主役はウクライナ側にもいる。ウクライナの右翼団体アゾフ連隊だ。
アゾフは2014年、クリミア危機をきっかけに発足し、民兵としてロシア軍やロシア帝国運動と戦火を交えた経験を持ち、その頃から民間人の虐殺といった戦争犯罪がしばしば指摘されてきた(そのためロシアメディアではネオナチ、ファシストと呼ばれる)。
現在でも自警組織として市中パトロールなどを行なっているが、その一方ではLGBTや少数民族ロマへの襲撃もしばしば行なってきた。それでも現在のウクライナ政府と密接な関係にあることから、その不法行為はほとんど問題にもされず、首都キエフにある本部はウクライナ政府さえ介入できない、いわば「白人右翼の聖地」の一つになっている。
欧米諸国では2010年代後半から白人右翼によるテロや暴動が目立つようになったが、近年では取り締まりも強化されている。活動の場を求める白人右翼のなかには、混乱の続くウクライナや実戦経験の豊富なアゾフに惹きつけられる者も増えていて、例えば2019年NZクライストチャーチのモスクで51人を殺害したB.タラントもウクライナ行きを希望していた。
なかには実際にウクライナに渡る右翼活動家も多く、アゾフ基地には欧米だけでなく中東など50カ国以上から17,000人以上が集まり、訓練を受けているとみられる。ロシア軍が国境付近に迫る状況は、アゾフがこれまで以上に大々的に活動するきっかけになり、それはさらに多くの白人右翼をウクライナに集める宣伝材料にもなるだろう。
毒をもって毒を制す?
戦場の様子などもFacebookなどで発信し、欧米からも右翼活動家をリクルートするアゾフは、欧米での白人テロを誘発させかねない存在として危険視されている。実際、アメリカ議会は2015年、アゾフを「ネオナチの民兵」と位置付け、援助を禁じる法案を可決した。
ところが2018年、国防総省からの圧力で議会は法案を修正し、それを皮切りに欧米はアゾフに軍事援助をしてきた。ジョージワシントン大学研究チームが昨年発表した報告書によると、アゾフやその下部団体のメンバーはアメリカをはじめ欧米諸国から訓練を受けており、なかにはイギリス王室メンバーも卒業生のサンドハースト王立陸軍士官学校に留学した者までいる。
要するに、欧米はロシアを睨んでアゾフを手駒として利用しようとしているのだ。これこそ冷たい国際政治の現実であるが、欧米での右翼過激派の動向を考えれば、危険な賭けであることも確かだ。
しかし、それはアゾフには関係ない。むしろ、欧米から承認を取り付けたアゾフは、ウクライナ危機がさらにエスカレートすれば、これまで以上に活動を活発化させることになるだろう。
いわば世界が懸念を募らせるウクライナ危機は、日陰の身にあった白人右翼にとっての晴れ舞台ともなり得るのである。
・ウクライナ「義勇兵」を各国がスルーする理由――「自国民の安全」だけか?(Yahoo!News 2022年3月5日)
六辻彰二 国際政治学者
※ウクライナ政府は世界に向けて、ロシアと戦う「義勇兵」を募っているが、各国政府はこれに慎重な姿勢を崩さない。
ウクライナには2014年以降、すでに「義勇兵」が数多く集まっていたが、戦争犯罪や人種差別といった問題が指摘されてきた。
各国政府には、「義勇兵」として実戦経験を積んだ者が帰国した場合、自国にとって逆にリスクになるという懸念があるとみられる。
ウクライナ政府が「義勇兵」を呼びかけているのに対して、どの国の政府もうやむやの反応が目立つ。そこには「自国民の安全」という表向きの理由以外にも、「義勇兵」が逆に自国の安全を脅かしかねないことへの懸念がある。
「義勇兵」呼びかけへの警戒
ロシアによる侵攻に対抗して、ウクライナ政府は外国から「義勇兵」をリクルートしている。ゼレンスキー大統領は「これは…民主主義に対する、基本的人権に対する…戦争の始まりである…世界を守るために戦おうという者は、誰でもウクライナにやってくることができる」と述べた。
さらにウクライナ政府によると、「参加者には月額3,300ドルが支給される」。これに対して、欧米では退役軍人を中心に呼応する動きがあり、在日ウクライナ大使館にもすでに70人ほどの応募があったという。
ところが、各国政府はロシアを強く非難し、ウクライナ支援を鮮明にしながらも、「義勇兵」には目立った反応をみせていない。日本政府も「理由にかかわらずウクライナに渡航しないこと」を求めている。
そこに「自国民の安全」への配慮があるのは確かだ。また、たとえ非正規兵でも自国民がウクライナで戦闘にかかわれば、自国もロシアと交戦状態になりかねないという懸念もあるだろう。
しかし、それ以外にも、先進国とりわけ欧米には「義勇兵」が自国の過激派の育成になりかねないことへの警戒があるとみられる。
ウクライナに生まれた極右の巣窟
なぜウクライナ「義勇兵」が欧米の過激派の育成になるのか。端的にいえば、これまでに「自由と民主主義のため」というより「白人世界を陰謀から守るため」ウクライナに集まる者が数多くいたからだ。
「ウクライナもロシアも白人の国では?」と思われるかもしれないので、複雑な事情を多少なりともわかりやすくするため、以下では事実を箇条書きにして並べてみよう。
「義勇兵」はすでにいた
・2014年のクリミア危機をきっかけに、ウクライナでは祖国防衛を掲げる民兵がロシア軍と戦闘を重ねた。
・その代表格であるアゾフ連隊には、欧米各国から活動家が次々と加わり、その数は2015年段階で総勢1,400人にも及んだ。
・クリミア危機の後も、東部ドンバス地方ではロシアに支援される分離主義者とウクライナ側の戦闘が断続的に続き、アゾフなどはその最前線に立ってきた。
・そのなかでアゾフなどの民兵には、捕虜の虐殺といった戦争犯罪が指摘されてきた。
極右の「独立国」
・クリミア危機後、アゾフなど民兵はウクライナ国防軍に編入された。
・ところが、国防軍の一部となりながら、アゾフはナチスを賞賛する一方、人員のリクルートや訓練を独自に行なってきた。
・資金面でも、アゾフには仮想通貨などを用いた海外の白人至上主義者などからの献金が集まってきた。
・歴代のウクライナ政府は、ドンバスの分離主義者やロシアに対抗する必要から、アゾフの問題行動(後述)をほぼ黙認してきた。
・2020年に本部を訪問したアメリカのジャーナリストに対して、アゾフの広報責任者は「ここは国家のなかの小さな国家のようなものだ」と説明している。
ウクライナに集う差別主義者
・祖国防衛を掲げるアゾフなどウクライナ極右は、「ウクライナらしくないもの」を排除するため、LGBTやロマ(ジプシー)を迫害してきた。
・アゾフは「プーチンはユダヤ人だ」といった人種差別的なヘイトメッセージや陰謀論をSNSで拡散し、欧米の白人極右を惹きつけてきた。
・2019年2月にNZクライストチャーチでモスクを銃撃し、51人を殺害したブレントン・タラントも、事件前にウクライナ行きを希望していた。
・イギリスやカナダで「テロ組織」に指定されているアトムワーヘン分隊のメンバーもアゾフで訓練を受けている。
・ウクライナで活動する外国人は、2020年までに1万7,000人にのぼると推計された。
・なかにはシリアからウクライナへと戦場を渡り歩く、職業的傭兵と化した者もいる。
ウクライナ侵攻で高まる社会的認知
・アゾフはアメリカ国務省から「ナショナリストのヘイトグループ」と呼ばれ、Facebookなども「危険な組織」としてその投稿を規制してきた。
・ウクライナの現在のゼレンスキー政権は基本的に中道系で差別的ではないが、ドンバスの分離主義者やロシアに対抗する必要から、アゾフなど極右の活動を取り締まれなかった。
・これと並行して、欧米はアゾフに目立たないように軍事訓練を提供してきた。
・ロシアによるウクライナ侵攻が始まると、アゾフは国防軍の一部としてこれに対抗する一方、未成年や高齢者を含む民間人の訓練を行ない、総力戦を推し進める主体となっている。
・現在ウクライナには各国から義援金が寄せられているが、これに混じってアゾフもクラウドファンディングなどで募金を募っている。
「義勇兵」というとロマンティックな響きがあるかもしれないが、「外国人戦闘員」と呼びかえることもできる。
なんと呼ぶにしても、外国人が自発的に集まった事例には、古典的なものとしては1936年からのスペイン内戦があり、最近のものでは2014年からのシリア内戦がある。そして、これらに集まった外国人の多くは、自分の国の現状に不満を抱いていた点で共通する。
スペイン内戦の「義勇兵」は、若き日の文豪ヘミングウェイが参加したことがあまりに有名で、ナチス支援のフランコ将軍に対抗した「自由の戦士」のイメージが強い。しかし、「義勇兵」で編成された国際旅団は、もともと当時のヨーロッパ各国で冷遇されていた共産党を中心に発足したもので、総勢約6万にも及んだメンバーには失業者なども多くいた。
一方、シリア内戦では「イスラーム国」(IS)の「建国」宣言に合わせて世界中から約3万人が集まったが、最近の研究ではその多くが社会的孤立、貧困、差別といった問題を抱えていただけでなく、精神疾患や犯罪歴があったといわれる(彼らはISから給与を支給された)。
もっとも、ISの外国人戦闘員とウクライナ「義勇兵」を同列に扱えば非難されることはわかりきっている。
また、反体制派ISによるリクルートと、ウクライナ政府の呼びかけとでは、正当性が違うという主張もあり得る。
高まる反ロシア感情によるこうした反感や批判を招きやすいからこそ、各国政府は「義勇兵」に正面から反対できない。
ある国の政府が給与を支給して外国人に戦闘参加を呼びかけるのが正当かは疑わしく、それは国際法で禁じられる「傭兵」にあたる可能性があるが、こうした議論さえ現状ではできるはずもない。
第二のシリアになるか
しかし、その危険性も認識しているからこそ、先進国の政府はウクライナの「義勇兵」リクルートを事実上スルーしているといえる。
各国から「義勇兵」が集まれば、それがどんなイデオロギーの持ち主であれ、アゾフの勢力が増すウクライナ国防軍の指揮下に置かれる。それは結果的に、極右による多国籍の大軍団を生みかねない。
ウクライナに集まる外国人の危険性については、以前からすでに多くの専門家が指摘してきた。それは現地の戦闘を激化させるだけでなく、国外にまで影響を及ぼしかねないからだ。
欧米ではすでにイスラーム過激派によるものより、白人極右によるテロ事件の方が多くなっている。コロナ対策が厳しすぎると不満を募らせ、2020年にミシガン州知事の誘拐を試みたプラウド・ボーイズや、2021年に連邦議会議事堂を占拠したQ-Anon支持者をはじめ、現在の体制をひっくり返す「内戦」を主張する勢力も珍しくない。
だからこそ、アメリカ政府は白人極右による「ドメスティック・テロリズム」を国家安全保障にとっての脅威と位置付けている。
こうした状況下、ウクライナで「義勇兵」として軍事訓練を受け、戦闘に参加した白人極右が母国に戻れば、ドメスティック・テロリズムのリスクは格段に高まりかねない。それは「シリア帰り」の元ISが各地でテロ活動に走ったことを想起させる。
そのため、ロシアによる侵攻の前から、欧米各国の政府はウクライナの外国人戦闘員に神経を尖らせてきた。今回の当事者の一角を占めるNATOも2017年の時点で、シリアとウクライナに共通する現象として外国人戦闘員を取り上げ、その安全保障上のリスクに関する調査・研究を行なってきた。
眼前の脅威、明日のリスク
ところが、ロシアによる侵攻が始まると欧米ではウクライナの極右や外国人戦闘員に関するネガティブな論評は影を潜めた。
ウクライナ侵攻をきっかけに、Facebook がアゾフを称賛する投稿を許容するようになったことは、こうした気運を象徴する。
当然といえば当然で、眼前の脅威に対抗するため、それ以外と一時休戦することは珍しくない。それはちょうど、それまで共産主義への警戒感の強かったアメリカが、日独伊の枢軸国との戦争が始まるや、「民主主義とファシズムの戦い」の旗印のもとにソ連を招き入れたことと同じだ。
とはいえ、第二次世界大戦以前、国際的に孤立していたソ連が大戦中に立場を強め、大戦後に成立したアメリカ主導の国連で常任理事国の座を得たように、どんな決着に至るかはともかく、ウクライナ侵攻が欧米でこれまでになく極右と外国人戦闘員の正当性と社会的認知を高める転機にもなり得る。
眼前の脅威としてのロシアと、明日のリスクとしての極右テロ。先進各国の政府は両方を視野に入れざるを得ないのであり、「義勇兵」スルーはその象徴といえるだろう。
・「国家のため国民が戦う」が当たり前でなくなる日――ウクライナ侵攻の歴史的意味(Yahoo!News 2022年4月4日)
六辻彰二 国際政治学者
4/4(月) 8:31
※ロシアでは強制的な徴兵への警戒感が広がっているが、ロシア軍は外国人のリクルートで兵員の不足を補っている。
一方のウクライナでも、とりわけ若年層に兵役への拒絶反応があり、「義勇兵」の徴募はその穴埋めともいえる。
「国家のため国民が戦う」が当たり前でなくなりつつあるなか、外国人に頼ることはむしろグローバルな潮流に沿ったものでもある。
「国家のため国民が戦う」。いわば当たり前だったこの考え方は、時代とともに変化している。ウクライナ侵攻は図らずもこれを浮き彫りにしたといえる。
ロシアの「良心的兵役拒否」
ウクライナ侵攻後、ロシア各地で反戦デモが広がっているが、その中心は若者で、年長者との年代ギャップが鮮明になっている。
家族内でも議論が分かれることは珍しくないようで、ドイツメディアDWの取材に対して29歳のロシア人男性は「両親は国営TVから主に情報を得ていて、政府の説明を鵜呑みにしてウクライナ侵攻を支持している」「友人と一緒になって説明したので、父親は政府支持を止めて自分たちと一緒に抗議デモに参加するようになったが、母親は頑として譲らない」と嘆いている。
こうしたロシアでは今、若者を中心に国外脱出を目指す動きが広がっており、その数はすでに20万人を超えたといわれる。その原因には経済破綻への恐怖だけでなく、強制的に徴兵されかねないことへの危惧がある。
戦争の大義を信用できない若者が兵役を拒絶する状況は、1960-70年代のアメリカでベトナム戦争への反対から広がった「良心的兵役拒否」を想起させる。
ともあれ、プーチンに背を向けるロシアの若者の姿からは「国家のため国民が戦う」ことへの拒絶の広がりがうかがえる。
兵員のアウトソーシング
これと並行して、ロシアは外国人で兵員の不足を補っている。
ロシア政府系の傭兵集団「ワーグナー・グループ」は、2014年のクリミア危機後、ウクライナ東部のドンバス地方で活動してきたが、ここには多くの外国人が含まれる。
しかし、こうした「影の部隊」だけでなく、正規のロシア軍も外国人ぬきに成立しなくなっている。
プーチン大統領は2015年、ロシア軍に外国人を受け入れることを認める法律に署名した。ロシア語を話せること、犯罪歴のないこと、などの条件を満たし、5年間勤務すればロシア市民権の申請がしやすくなる(情報部門は除外)。最低給与は月額約480ドル で、これはロシアの平均月収約450ドルを上回る。
情報の不透明さから規模や出身国、編成などについては不明だが、モスクワ・タイムズによると、貧困層の多いインドやアフリカからだけでなく欧米からも応募者があるという。その任務には戦闘への参加も含まれる。
後述するように、一般的に外国人兵士には条件の悪い任務が当てられる。そのため、今回ウクライナに向かう10万人のロシア軍のなかに少なくない外国人が投入されていても不思議ではない。
逃げられないウクライナ男性
これに対して、「国家のため国民が戦う」が当たり前でないことは、侵攻された側のウクライナでも大きな差はないとみられる。
ロシアによる侵攻をきっかけにウクライナ政府は国民に抵抗を呼びかけ、これに呼応する動きもある。海外メディアには「レジスタンス」を賞賛する論調も珍しくない。
もちろん、祖国のための献身は尊いが、国民の多くが自発的に協力しているかは別問題だ。
ウクライナからはすでに300万人以上が難民として国外に逃れているが、そのほとんどは女性や子ども、高齢者で、成人男性はほとんどいない。ロシアの侵攻を受け、ウクライナ政府は18-60歳の男性が国外に出るのを禁じ、軍事作戦に協力することを命じているからだ。
つまり、成人男性は望むと望まざるとにかかわらず、ロシア軍に立ち向かわざるを得ないのだ。そのため、国境まで逃れながら国外に脱出できなかったウクライナ人男性の嘆きはSNSに溢れている。
裏を返せば、成人男性が無理にでも止められなければ、難民はもっと多かったことになる(戦時下とはいえ強制的に軍務につかせることは国際法違反である可能性もある)。
「どこに行けば安全か」
予備役を含む職業軍人はともかく、ウクライナ人の多くがもともと戦う意志をもっていたとはいえない。
昨年末に行われたキエフ社会学国際研究所の世論調査によると、「ロシアの軍事侵攻があった場合にどうするか」という質問に対して、個別の回答では「武器を手にとる」が33.3%と最も多かった。
しかし、戦う意志を持つ人は必ずしも多数派ではなかった。同じ調査では「国内の安全な場所に逃れる(14.8%)」、「海外に逃れる(9.3%)」、「何もしない(18.6%)」の合計が42.7%だったからだ。
とりわけ若い世代ほどこの傾向は顕著で、18-29歳のうち「海外へ逃れる」は22.5%、「国内の安全な場所に逃れる」は28.0%だった。ウクライナ侵攻直前の2月初旬、アルジャズィーラの取材に18歳の若者は「僕らの…半分は、どこに行けば安全かを話し合っている」と応えていた。
こうした男性の多くは現在、望まないままに軍務に就かざるを得ないとみられる。少なくとも、多くのウクライナ人が「国家のために戦う」ことを当たり前と考えているわけではない。
外国人に頼るのは珍しくない
その一方で、ウクライナ政府は海外に「義勇兵」を呼びかけている。外国人で戦力を補うという意味で、ウクライナとロシアに大きな違いはない。
もっとも、戦争で外国人に頼ることは、むしろグローバルな潮流ともいえる。
例えば、アメリカではベトナム戦争をきっかけに徴兵制が事実上停止しているが、2000年代から永住権の保持者を対象に外国人をリクルートしており、ロシアと同じく一定期間の軍務と引き換えに市民権を手に入れやすくなる。現在、メキシコやフィリピンの出身者を中心に約6万9000人がいて、これは全兵員の約5%に当たる。
ヨーロッパに目を向けると、例えばフランスは1789年の革命をきっかけに「国民皆兵」が早期に成立した国の一つだが、この分野でも歴史が古く、映画などで名高いフランス外国人部隊は1831年に創設された。現代でもフランス人の嫌がる過酷な環境ほど配備されやすく、筆者もアフリカなどで調査した際、フランス軍の現地担当者ということで会ってみたら外国人兵だった経験がある。
また、イギリスもやはり20世紀前半から中東やアフリカなどで兵員を募ってきたが、現在でも多くはやはり海外勤務に当てられる。
近年は英仏以外の小国でも、一定期間その国に居住した経験がある、言語に支障がないなどの条件のもと、他のEU加盟国出身者などから兵員を受け入れている。このうちスペインでは外国人が全兵員の約10%を占めるに至っている。
欧米以外でも、実際に戦火の絶えないリビアやシリアなど、中東やアフリカでは国民ではなく外国人が戦闘で大きな役割を果たす状況が、すでに珍しくなくない。
「国民が戦う」はいつから当たり前か
「国家のため国民が戦う」のを当たり前と考えないことには、様々な意見があり得るだろう。しかし、その良し悪しはともかく、「自分の生命が大事」と思えば、「戦争があれば避難する」という選択は、ほとんどの人にとってむしろ合理的かもしれない。
ただ、従来は戦火を嫌っても、ほとんどの人にとって母国を離れることが難しかった。それがグローバル化にともなう交通手段の発達、国をまたいだ移住システムの普及などで可能な時代になったから目立つようになっただけ、といった方がいいだろう。
もともと「国家のため国民が戦う」という考え方は、近代国家が成立するまで一般的でなく、それまでは基本的に戦士階級と傭兵だけが行なうものだった。
「国民主権」の下、国民が名目上国家の主人となったことは、封建的な貴族やキリスト教会の支配から抜け出すことを意味した。だから、国民にとっても、国家のために戦い、国家の一員であることを証明することは、それまでの従属的な立場から解放されるために必要な道だった。
ナポレオン時代のフランス軍が圧倒的な強さを誇った一因は、ほぼ無尽蔵に兵員を供給できる「国民皆兵」のシステムが他のヨーロッパ諸国にまだなかったことにあった。
21世紀的な戦争
しかし、第二次世界大戦後、普通選挙の普及と社会保障の発達もあって、国家の一員であることはむしろ当たり前になった。さらに冷戦終結後、人権意識が発達し、国家に何かを強制されることへの拒絶反応は強くなった。
そのうえ、どの国でも貧困や格差が蔓延し、多くの国民が困窮するなか、そもそも国家に対する信頼や一体感は損なわれている(コロナ対策への拒否反応はその象徴だ)。
その結果、何がなんでも徴兵に応じなければならないという義務感は衰退し、その裏返しで外国人への依存度が高まっている。各国政府にとっても、国民の抵抗が大きい徴兵制を採用して危険な任務を課すより、その意志をもつ外国人を受け入れる方が政治的コストは安くあがる。
こうした見た時、人手不足を外国人で穴埋めする構図は、多くの産業分野と同じく、国防や安全保障でも珍しくないといえる。これは単に「たるんでいる」という話ではなく、世の中全体の変化を反映したものとみた方が良い。
ウクライナ侵攻は土地の奪い合いという極めて古典的な戦争である一方、外国人ぬきに成り立たないという意味で極めて21世紀的な戦争でもあるのだ。
・コスパ最優先の「次世代の戦争」――実験場になったリビア内戦が示すもの(Yahoo!News 2020年2月15日)
六辻彰二 国際政治学者
・埋蔵量でアフリカ大陸一の産油国であるリビアの内戦は、多くの国が介入する代理戦争の様相を呈している
・介入する外部の国は「自軍兵士の犠牲を減らしつつ戦果をあげる」という意味でコスパをあげるため、遠隔操作できるドローンと、戦死しても「戦死者」にカウントしなくてよい傭兵の利用を増やしている
・しかし、その結果、外部のスポンサーにとって介入のハードルが引き下がっていることで、リビア内戦は激化しつつある
※国際的に注目されることの少ないリビア内戦は、次世代の戦場の実験場になっている。そこでは「自軍兵士の犠牲」というコストの削減が目立つが、それは結果的に戦闘をドロ沼化させてもいる。
「空爆誕生の地」の現在
現代の戦場で当たり前のように行われる空爆は、イタリア・トルコ戦争の最中の1911年にイタリア軍が北アフリカのリビアで初めて行ない、その後の第一次世界大戦などで急速に普及した。空爆は「自軍兵士の犠牲を減らしながら相手に大きな損害を与える」という意味でコストパフォーマンスが高いといえるが、それから約100年後の今日のリビアでは、それがさらに「進化」している。
ここでまず、背景としてのリビア内戦を簡単に確認しよう。
リビアでは2011年の政変「アラブの春」で、この国を40年以上に渡って支配したカダフィ体制が崩壊した後、混乱が続き、2015年に多くの政党を糾合した「国民統一政府」が発足した。ここにはイスラーム団体「ムスリム同胞団」も含まれる。
国民統一政府は国連からの承認も受けているが、これに反対する世俗的な民兵組織の集合体「リビア国軍」が昨年4月、首都トリポリに進撃を開始。激しい戦闘で、国内避難民は昨年末に34万人を超えた。
リビアは埋蔵量でアフリカ大陸一の産油国であるため、この内戦には多くの国が介入し、代理戦争の様相を呈している。
国民統一政府には、1947年までリビアを植民地支配したイタリアの他、ムスリム同胞団を支援するトルコやカタールが協力している。これに対して、リビア国軍にはムスリム同胞団を敵視するサウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)、エジプトの他、アフリカ一帯に勢力拡大を図るロシアやフランスが支援している。
コスパ対策その1 ドローン利用
このリビア内戦で目立つのがドローン攻撃の応酬だ。国民統一政府はトルコ製「バイラクタルTB2」を、リビア国軍はUAEから提供された中国製「翼竜」を、それぞれ用いている。
アフガンなどでアメリカ軍がドローンを用いていることはよく知られるが、最近ではイエメンの武装組織フーシ派がサウジアラビアの油田やタンカーを攻撃したことでも注目された。
とはいえ、リビアほどドローンが飛び交う戦場も少ない。イギリスのシンクタンク、ドローン・ウォーUKの代表、クリス・コール博士はリビア内戦を「ドローン戦争のグラウンド・ゼロ」と呼ぶ。
有人の戦闘爆撃機より安価で、しかも騒音が小さくて発見されにくいドローンは、「自軍兵士の犠牲を減らしながら戦果をあげる」という意味ではコスパがよいかもしれない。
しかし、遠隔操作のため標的の確認が不十分になりがちで、民間人の殺傷も多い。それが大量に用いられることは、いつ何時、どこから攻撃されるかわからない緊張感をこれまで以上に高めるものでもある。
リビアでは2019年8月、南部ムルズークで集会所に集まっていた40人以上の民間人がリビア国軍のドローン空爆で殺害されている。
コスパ対策その2 傭兵の派遣
「自軍兵士の犠牲を減らしながら戦果をあげる」という意味でのコスパ重視は、ドローン利用だけではなく、正規軍ではない兵力の投入にもみてとれる。
その象徴は、ロシアの民間軍事企業「ワーグナー・グループ」だ。ワーグナー社員の多くはロシア軍出身者だが、なかにはウクライナ人、アルバニア人、セルビア人などもいるとみられ、これは要するに傭兵だ。
ワーグナー社員の1カ月の給料は8万~25万ルーブルといわれ、これはロシアの平均月収(約4万6000ルーブル=約8万円)の2~6倍にあたる。
ワーグナーはウクライナやシリアでも活動が報告されているが、リビアに関してはUAEとの契約に基づき、昨年末の段階で約1000人がリビア国軍を支援しているとみられている。国民統一政府のムハンマド・アル・ダラート司令官は米誌フォーリン・ポリシーに対して、彼の部隊の被害の約30%が高度な訓練を受けたワーグナーのスナイパーによるものと述べている。
民間軍事企業はアメリカやイギリスにもあり、1990年代からアフリカの内戦で頭角を現し、その後はイラク侵攻(2003)後のイラクでも活動した。その特性から民間軍事企業は自国政府との結びつきが強いが、ロシアの場合は特にそれが顕著で、「ワーグナーはロシア国防省の一部に過ぎない」という見方もある。
「戦死者を出さない」軍事展開
いわば兵力を外注することで、各国は「自軍兵士の犠牲を減らす」ことができるだけでなく、国内の反戦世論という政治的コストをも軽減できる。
ロシアでは経済の悪化で「新しい靴を買えない家庭が3割強」といわれるほど市民生活がひっ迫している。さらに、「フェイクニュース規制」を名目にSNS規制が強化されたこともあり、政府への不満は高まっている。こうした背景のもと、リビアで新たな戦線を開くことは、プーチン大統領にとってもハードルが高い。
しかし、正規軍でない部隊なら、その心配も小さくて済む。
実際、アメリカがイラク駐留などの人員を、正規のアメリカ軍を上回るほど民間軍事企業から調達したことは、傭兵が死亡してもアーリントン墓地に葬らなくてよい(アメリカ軍の戦死者にカウントしなくて済む)ことが大きな理由だった。
自国の兵士が海外で被害にあえば、国民から批判や不満が出やすいことは、民主的でない国でも基本的に同じだ。つまり、ワーグナーによってロシアは「戦死者」を出さずにリビアで軍事展開できることになる。
イスラーム過激派の「再利用」
同様のことは、もう一方の国民統一政府を支援するトルコについてもいえる。トルコは正規軍だけでなく、2000人以上のシリア人戦闘員をリビアに送り込んでいるが、その多くはシリア内戦でトルコが活用したイスラーム過激派メンバーとみられる。
つまり、シリア内戦での利用価値を失った「手駒」に、トルコは新たな活動の場を与えたとみられるのだ。これに加えて、トルコ政府はシリア内戦で戦ったはずのイスラーム国(IS)系の戦闘員までリビアに送り込んでいるという報道もある。
トルコではエルドアン大統領の強権的な統治に批判の声もあり、経済の悪化とともに国外での軍事作戦にも批判が高まっている。トルコ政府にとってシリア人戦闘員を用いることは、自国兵士の犠牲を減らし、反戦世論を抑えるうえで有効だろう。
リビアに送り込まれたシリア人戦闘員は、トルコ政府から月額で約2000ドルの「給与」を支給されているといわれる。
外交的コストのカット
これに加えて、傭兵の利用には、正規軍の派遣にともなう外交的コストを軽減する効果もある。
ロシアに関していうと、プーチン大統領はアフリカ大陸への進出を重視しているが、その一方でリビア国民統一政府の中核を占めるイスラーム組織への警戒感は強い。その結果、ロシアは世俗的な傾向の強いリビア国軍を支援している。
ところが、先述のように、国連はロシアが支援するリビア国軍ではなく、国民統一政府を承認している。「正統な政府を攻撃する反体制派」への支援は、珍しいものではないが、外交的には不利な条件になる。
そのうえ、やはりリビア国軍を支援するサウジアラビアやUAEは、シリア内戦やイラン危機ではロシアと敵対する立場にある。時と場合によってパートナーを変えることも珍しくないが、あまりそれが目立てば「無節操な国」とみられやすくもなる。
こうした環境のもと、正規軍を派遣するなら、正当化のための労力が大きくなる。しかし、形式的には民間企業であるワーグナーの活動なら、ロシア政府は公式には「国際的に認められた政府の転覆に関わっていない」「(他所で敵対しているはずの)UAEなどと協力していない」と言い張って済ますことができる。
先端を行くアフリカ
このように、各国はコストを軽減しつつ戦果をあげる形でリビアに関与している。こうした軍事展開は、今後ほかの戦場で模倣されることもあり得る。
しかし、ドローンや外国人傭兵の投入は、結果的にリビア内戦を激化させている。戦闘が長期化すれば、死傷者の数だけでなく、兵力を投入する側にとってのトータルコストもむしろ大きくなりかねない。
「コスパ重視の戦争」の実験場とされたリビアは、ある一面からのコスパ向上が全体にとってのコストをむしろ膨れ上がらせる危険性についての実験場になっているともいえるだろう。
・プーチン氏に尽くす残虐部隊「カディロフツィ」 ウクライナでも活動(AFPBB 2022年4月15日)
※チェチェン人戦闘員が四方八方に銃を乱射し、ウクライナ兵の捕虜はうつろな目でひざまずき、あるいは遺体の間を引きずられていく──ロシア南部チェチェン(Chechen)共和国の独裁者ラムザン・カディロフ(Ramzan Kadyrov)首長(45)は、自身の私兵がウクライナでロシアのために戦う様子をソーシャルメディアで自慢している。
カディロフ氏の部隊「カディロフツィ(Kadyrovtsy)」は、チェチェンの民兵組織だ。ウクライナの人々は、侵攻してきたロシア軍の中で、カディロフツィが最も残忍だと口をそろえる。
カディロフ氏は、チェチェン紛争でロシア側に寝返った元独立派指導者の息子で、ウラジーミル・プーチン(Vladimir Putin)大統領の忠実な配下として知られる。イスラム教徒が多数派のチェチェン共和国で、拷問や処刑など深刻な人権侵害を行っていると非難されてきた。
カディロフ氏はプーチン氏のウクライナ侵攻を歓迎し、直ちに部隊を送ると表明。ウクライナで戦うカディロフツィの動画を誇らしげにメッセージアプリのテレグラム(Telegram)に投稿し、ロシアの主張をなぞって「ウクライナのナチス(・ドイツ、Nazis)」と戦っていると主張している。
先月には、ロシア軍が包囲するウクライナ南部の港湾都市マリウポリ(Mariupol)に入ったとして、約30人の戦闘員に囲まれた自身の写真を投稿した。また、ロシア兵を拷問したウクライナ兵を発見し、直々に「罰した」と主張した。
カディロフツィは、チェチェンのみならず2014年のウクライナ東部紛争やシリア内戦などでも悪名高い。
ロシアの政治的暴力に詳しいカナダ・ラバル大学(Laval University)のオーレリー・カンパーナ(Aurelie Campana)氏は、「カディロフ部隊の参戦発表とそれをめぐるプロパガンダは、敵を不安定化させる試みの一環」だと指摘する。
■恐怖の種をまく
カンパーナ氏によれば「残酷さで知られるチェチェン部隊の参加は、ウクライナ人の恐怖心をあおる」。
侵攻直後、プーチン氏がウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー(Volodymyr Zelensky)政権を迅速に打倒するため、チェチェン人暗殺部隊を送り込んだといううわさが広まった。カディロフ氏も、ゼレンスキー氏は間もなく「前大統領」になると宣言した。
「ウクライナで何人のチェチェン人が戦っていて、どこに配備されているのか、正確なことは誰にも分からない」と、ロシアの政治専門家アレクセイ・マラシェンコ(Alexei Malashenko)氏はAFPに語る。
カディロフ氏は先月中旬、ウクライナにいる配下は約1000人だと述べたが、真偽を確認するすべはない。カディロフ氏を支持しないチェチェン人はウクライナ政府側に付いてロシア軍と戦っている。
カディロフツィの残虐性については疑う余地もないが、戦果はまだ証明されていない。カディロフ氏は、配下の部隊がマリウポリ市庁舎を占拠したと勝ち誇ったように発表したが、その建物は市庁舎ではなかったことが後に公開された動画で明らかになった。
政治学者のコンスタンティン・カラチェフ(Konstantin Kalachev)氏は、「ウクライナでの作戦に加わることでカディロフ氏はプーチン氏への全面的な忠誠心を示し、影響力を維持しようとしている」と見ている。「カディロフ氏にとって、今回の作戦は個人的な宣伝になる」
■ロシア兵への懲罰
カディロフ氏は、プーチン氏に批判的だったロシアの野党指導者ボリス・ネムツォフ(Boris Nemtsov)元第1副首相やジャーナリストのアンナ・ポリトコフスカヤ(Anna Politkovskaya)氏をはじめ、数々の要人暗殺の裏で糸を引いていたとされる。
2015年のネムツォフ氏暗殺事件の計画を練ったのは、マリウポリでカディロフツィを指揮し、3月下旬にウクライナ軍との戦闘中に負傷したルスラン・ゲレメエフ(Ruslan Geremeyev)司令官だったとみられている。
ウクライナでのカディロフツィについて、複数の有識者は、2014年の東部紛争で親ロシア派に対して行ったように、ロシア兵を規律に従わせる役割も担っている可能性があると指摘する。カンパーナ氏は「カディロツィの経験はウクライナ各地の抵抗を圧倒するだけでなく、ロシア軍と親ロシア派に対する懲罰として機能し得る」と記している。
実際、ロシア軍内にもカディロフツィの味方は少ない。「だが、プーチン氏は全面的に信頼している」「カディロフ氏個人にとって、ウクライナでの軍事作戦への参加は成功と言える」とマラシェンコ氏は述べた。