・自民、「緊急政令」の検討主張=内閣が立法措置―衆院憲法審(時事通信 2022年3月31日)

※衆院憲法審査会は31日、緊急事態条項の創設などに関して討議した。自民党の新藤義孝元総務相は「国会が壊滅的被害を受ける最悪の事態に備えるため、内閣が暫定的に立法措置を行う緊急政令の制度について議論する必要がある」と主張。緊急事態の際に人権を制限する是非についても検討すべきだとの認識を示した。

これに対し、立憲民主党の奥野総一郎氏は「多くの国が緊急政令の規定を設けていない」と反論。憲法改正国民投票に関し、外国政府がインターネット交流サイト(SNS)を悪用して干渉する可能性があるとして、その対策について議論を急ぐよう訴えた。 



http://www.hyogoben.or.jp/topics/iken/pdf/180928seimei.pdf

・憲法上の緊急政令制度及び国会議員の任期特例制度の創設に反対する会長声明

2018年(平成30年)9月28日

兵庫県弁護士会 会長 藤 掛 伸 之

〈声明の趣旨〉
自由民主党(自民党)憲法改正推進本部の憲法改正のたたき台素案にある憲
法上の緊急政令制度及び国会議員の任期特例制度の創設に反対する。

〈声明の理由〉
1 はじめに

本年3月24日,自由民主党憲法改正推進本部は,憲法改正のたたき台素
案(以下,「素案」という。)として,緊急事態条項に関連する規定を発表し
た。

当会では,2016年(平成28年)9月28日付で「日本国憲法に国家
緊急権(緊急事態条項)を創設することに反対する意見書」を発出し,緊急
事態条項が,そもそも立憲主義を停止するものであって濫用の危険があるこ
と,現在のわが国の情勢において緊急事態条項の創設に具体的な立法事実(必
要性)は存在しないことを指摘し,2012年に発表された自民党憲法改正
草案(以下,「草案」という。)で規定された緊急事態条項が濫用の危険が大
きいことを指摘してきたことから,緊急事態条項に関連する今回の素案につ
いても意見を表明する。


2 緊急政令制度について

素案は,73条の2として,「大地震その他の異常かつ大規模な災害により,
国会による法律の制定のいとまがないと認める特別の事情があるときは,内
閣は,法律で定めるところにより,国民の生命,身体及び財産を保護するた
め,政令を制定することができる。」「内閣は,前項の政令を制定したときは,
法律で定めるところにより,速やかに国会の承認を求めなければならない。」
と規定する。


(1)緊急政令の前提となる緊急事態認定手続を欠いていること

前記のとおり,当会が反対した2012年の草案でさえも,国家緊急権
を発動する場合に,内閣総理大臣の緊急事態の宣言の事前又は事後の国会
の承認のほか,100日を超える緊急事態宣言継続時の国会の承認に加え,
国会の決議または内閣の認定による緊急事態宣言解除の手続があったため
(草案99条1項ないし3項),国家緊急権が発動され,効力が持続してい
ることを国民が知ることができるとともに,国家緊急権の発動と持続に対
する国会の統制があった。ところが,素案73条の2には,国家緊急権の
発動期間の限定が全くない。

また,素案73条の2は,緊急事態宣言などの国家緊急権発動の手続規
定を欠いており,宣言に対する承認や解除の手続など国会等の統制の規定
も全く欠如しているため,立憲主義,民主主義及び法治主義の根幹を脅か
すものである。


(2)緊急政令の制定要件が不明確であること

法律の制定権は全国民の代表で構成される国会に帰属するものであるか
ら(憲法41条),緊急政令の制定要件は国会が真に機能しない特別な場合
に限られなければならない。例えば,災害対策基本法の「緊急政令」の制定
は,国会が閉会中や衆議院解散中で,臨時国会の召集や参議院の緊急集会
の請求ができない場合に限定されているし(同法109条),旧憲法の緊急
勅令でさえ議会閉会の場合に限定されていた(旧憲法8条)。

素案73条の2第1項は,内閣が「災害により」国会による「法律の制定を
待ついとまがない」と評価すれば足り,国会開会中の与野党の対立による審
議が紛糾した場合などにも,「いとまがない」などと判断して緊急政令制度
を濫用する危険性がある。さらに,国民保護法では,武力攻撃により直接
又は間接に生ずる人の死亡又は負傷,火事,爆発,放射性物質の放出その
他の人的又は物的災害という「武力攻撃災害」(同法2条4項)が規定され
ているところ,素案は「自然災害」に限定していないため,武力攻撃があっ
た場合にも「災害」を理由に緊急政令が制定することが可能である。
素案では,国会の会期中に,自然災害以外にも武力攻撃などを理由とし
て,国会に代わり内閣が立法することも許すものであり,民主主義の根幹
を脅かすものである。


(3)緊急政令事項が何ら限定されていないこと

2012年の草案と同様に,素案73条の2第1項は,緊急政令で定め
ることができる事項を,「災害」に関連する事項などに限定しておらず,「国
民の生命,身体及び財産を保護するため」という目的があれば,いかなる緊
急政令も制定できる。例えば,「災害」を理由とした緊急政令により,現在
の特定秘密保護法やいわゆる「共謀罪」法の規制を強化し,報道や通信の
制限・監視を行うことにより,政府を監視する機能のある報道機関等の活
動を著しく萎縮させ,国民の知る権利や表現の自由を制限するなど,民主
主義の根幹を脅かすことにもなりかねない。


(4) 国会の承認がない場合の緊急政令の失効規定を欠いていること

旧憲法の緊急勅令制度では,議会の承認がない場合に将来に向かって効
力を失わせていた(旧憲法8条)。

しかし,2012年の草案と同様に,素案では,内閣は緊急政令を制定
した後,速やかに国会の承認を求めるのみであり,国会が承認しなかった
場合でも効力を失うことを規定していない(73条の2第2項)。国会が承
認しなかった場合の緊急政令の失効規定を置かなければ,緊急政令への国
会によるコントロールはないに等しい点で,ナチスの「全権委任法」と同
じく国民主権を崩壊させる「独裁条項」となりかねない。


(5)現在も緊急政令制度の創設に具体的な立法事実は存在しないこと

平成27年7月から9月にかけて,日本弁護士連合会が実施した岩手,
宮城,福島各県内の被災市町村首長からのヒアリングや,同年9月のアン
ケート結果(24市町村,回答率64%)においては「原則として市町村
に主導的な権限を与え,国は後方支援をして欲しい」との回答が92%に
達しており,被災市町村が国への権力集中を求めていないことが明らかと
なっている。また,「憲法は災害対策の障害にならなかった」という回答も
96%に達しており,被災市町村も,「災害」を理由にした憲法改正の必要
性を認めていない。

現行法では,災害対策基本法,災害救助法,大規模地震対策特別措置法,
原子力災害特別措置法,警察法,自衛隊法等によって,すでに,自然災害
を想定し,一定の要件で,国への権力の集中と被災地の財産権等の制限な
どが認められており,災害関連の法制度は充分に整備されている。

災害対策の原則は「準備していないことはできない。」ということである。
災害が発生した後には,準備していない事項について,強力に権力を集中
しても対応することはできない。このことは,東日本大震災で津波に襲わ
れて死亡した児童の遺族の国家賠償請求訴訟である大川小学校事件の控訴
審判決(仙台高等裁判所平成30年4月26日判決)が,災害が発生した
後の関係者の対処を問題視せず,平常時からの災害対策の「準備をしていな
かった」ことに過失責任を認めていることからも明らかである。

以上のとおり,素案は,立憲主義,民主主義及び法治主義の根幹を脅か
すものであるとともに,「災害」の場合の具体的な必要性も存在しない。


3 国会議員の任期特例について

素案は,憲法第64条の2として,「大地震その他の異常かつ大規模な災害
により,衆議院議員の総選挙又は参議院議員の通常選挙の適正な実施が困難
であると認めるときは,国会で,法律で定めるところにより,各議院の出席
議員の三分の二以上の多数で,その任期の特例を定めることができる。」と規
定する。


(1)国会議員の任期特例の期間・解消手続の規定を欠いていること

議員の任期特例は,民主主義のもと,主権者たる国民が国会議員を自ら
選択する機会を奪うものであり,国会や内閣に対する民主的統制が機能し
なくなり,立憲主義の崩壊を招くことにもなりかねないのであるから,憲
法により,制度の濫用を防止することが極めて重要である。

しかし,国会議員の任期の特例を規定する素案64条の2は,任期を延
長するための要件として「大地震その他の異常かつ大規模な災害により,
衆議院議員の総選挙又は参議院議員の通常選挙の適正な実施が困難である
と認めるとき」の判断を国会に行わせており,国会の多数派や政権を構成
する会派などにより議員の地位を守るために濫用される危険性がある。

また,素案64条の2には,特例を認める期間の制限規定や特例が適用
された後に特例を解消する規定も設けられていないため,国会の多数派が,
法律によって,事実上無期限に任期を延長することも可能である。


(2)国会議員の任期特例の具体的な立法事実が存在しないこと

当会の2016年(平成28年)9月28日付意見書において述べたと
おり,災害により選挙が実施されない場合にも,具体的な問題は生じない。
①参議院の通常選挙の実施が困難な場合は非改選議員が在任しており,参
議院の審議・議決に何ら影響は生じない。また,②衆議院の解散後の総選
挙が困難な場合や,③衆議院の解散後の総選挙と参議院の通常選挙日程が
重なった場合も,参議院の緊急集会制度(憲法54条2項但書)により,
国会は対応できる。④衆議院の任期満了による総選挙が実施困難となった
場合でも公職選挙法57条による繰延投票制度を利用すれば議員の選出は
可能である(任期満了による総選挙の実施困難な事態を回避するのであれ
ば,現在よりも早期に総選挙を実施することを可能とするために,憲法改
正よりも,公職選挙法31条の改正を検討すべきである。)。

以上のとおり,大規模な災害があった場合も,現在の憲法や法律のもと
で十分に対応可能であり,国会議員の任期を特例によって延長する立法事
実がない。


4 結語

以上のとおり,このたびの素案の各規定を見るに,政令の制定に関する必
要な手続規定や,任期特例の期間や解消手続の規定を欠くとともに,それぞ
れの制度の必要性も明らかにされていない点で,当会がすでに意見を述べた
草案の緊急事態条項にも増して,濫用の危険性が強まっている。

よって,自由民主党憲法改正推進本部の憲法改正のたたき台素案で規定さ
れる憲法上の緊急政令制度及び国会議員の任期特例制度の創設に反対する。

以上