・米大統領、デジタルドル巡り省庁に評価指示 FRBに取り組み継続要請も(ロイター 2022年3月10日)
※バイデン米大統領は9日、中央銀行が発行するデジタル通貨「デジタルドル」に関する大統領令に署名した。デジタルドルのリスクや利点を踏まえ、必要な技術的インフラを評価するよう関係省庁に指示。さらに連邦準備理事会(FRB)に対し、研究開発に向けた取り組みを継続するよう求めた。
暗号通貨市場は昨年11月時点で3兆ドルを超える規模に達しており、膨張する市場への幅広い監視は米国の国家安全保障や金融の安定、米国の競争力確保のほか、増大するサイバー犯罪の脅威を食い止めるためにも不可欠であると考えられる。
ある政権幹部は、米国が世界の主要な基軸通貨としてのドルの役割を考慮し、慎重にではあるがデジタルドルの開発を進めていくと指摘。「この方向に進むことは米国にとって大きな意味を持つため、その分析には非常に慎重でなければならない」と語った。
FRBは1月、デジタル通貨に関する審議文書を公開。デジタルドルを開発すれば、決済技術の発展とともに決済スピードが上がり家計に安全な選択肢を提供できるが、金融安定を巡るリスクやプライバシーに関する懸念も出てくるとの見解を示した。
米シンクタンク大西洋評議会の調べによると、世界の9カ国が中央銀行デジタル通貨(CBDC)を立ち上げているほか、中国を含む16カ国がデジタル資産の開発を始めており、米政府内ではドルの一定の優位性が中国によって奪われるのではないかと懸念する声も出ている。
政府高官は、米ドルが透明性や法の支配、FRBの完全な独立性へのコミットメントなど、引き続き重要なファンダメンタルズによって支えられているとした上で、「ドルの役割は、これまでも、そしてこれからも、国際通貨システム全体の安定に欠かせないものであって、外国のCBDC導入そのものがドルの優位性を脅かすことはない」と強調した。
CBDCを巡っては、中国が導入競争で先頭を走っており、日銀も実証を始めている。
・米議会に決断を丸投げしたバイデン政権、デジタルドル導入に立ちはだかる隘路
推進派のブレイナード理事がFRB副理事に就任も費用対効果に疑問噴出(JB press 2022年3月11日)
岩田太郎:在米ジャーナリスト
※米国のデジタルドルは、誕生する前に死んでいるのかもしれない。
バイデン大統領は3月9日に、米国における中央銀行デジタル通貨(CBDC)発行のメリットとデメリットの研究を加速させるよう命ずる大統領令を発出した。だがこの命令は、米国によるデジタルドル発行の是非には触れておらず、その裏にある政治的な対立の根深さをかえって際立たせるものとなった。
これに先立つ1月20日、米連邦準備制度理事会(FRB)が2021年7月に発表される予定であった、米国におけるCBDC発行の利点と欠点をまとめた報告書を公表している。
発表が半年も遅れたのは、FRB内部の意見の対立が解消できなかったこと、さらに金融業界や米議会における民主党と共和党のデジタルドルや経済にまつわる考え方の根本的な違いに由来する議論の紛糾があったからだ。しかも報告は賛否の両論併記で、結論が出せないためにパブリックコメントの公募を呼びかけるという、玉虫色の内容になっている。
最終的には米議会の立法判断を仰ぐことになりそうだが、今年11月の中間選挙では上下院で民主党の大敗が予想され、リベラル派が強く推すデジタルドルの早期発行の見通しが怪しくなってきた。バイデン大統領の命令は、研究を加速させることでCBDC法案策定を後押ししようとするものだが、道のりは困難なものとなろう。
本稿では、CBDCをめぐる米国内の議論の本質を読み解くことで、民間の暗号資産(通貨)普及の動きと併せて、米デジタル経済の将来像を占う。
デジタルドルとデジタル人民元の共通性
そもそもの疑問として、現金・小切手やクレジットカード、アプリ送金など決済手段が豊富な米社会において、なぜCBDCであるデジタルドルが必要なのだろうか。
FRBの報告書は、(1)安全な支払い手段の提供、(2)国際間の支払いの利便性、(3)米ドルの国際的地位の維持、(4)社会的弱者の金融包摂、そして(5)安全な法定貨幣へのアクセスを主な理由として挙げる。
最も重要視されているのが、銀行口座の維持に必要な毎月の残高レベルも保てず、金融サービスを受けられない社会的弱者の救済と、世界の基軸通貨であるドルの地位の保持、および金融犯罪の防止であることがわかる。
一方、北京冬季五輪におけるデジタル人民元(e-CNY)の試験運用などを通し、CBDCのノウハウ獲得で先行する中国人民銀行(中国の中央銀行)が列挙する必要性の理由は、(1)現金形態の多様化、(2)金融包摂の支援、(3)決済サービスの公正な競争・効率性・安全性の確保、(4)国境を越えた決済の改善である。米国のデジタルドル同様、弱者の金融包摂や金融犯罪の防止を大きな目的として掲げている。
ただし、デジタルドルと同じ「国境をまたぐ決済の改善」を謳っていても、中国側は米ドルの基軸通貨としての地位を突き崩したい思惑があり、米国側はドルの金融覇権的地位を死守したい意図があるため、それぞれの国のCBDCの政治的な役割は違う。
CBDCの方法論の面について、FRBの報告書は「家計や事業所、そして米経済全体に、そのコストやリスクを上回る恩恵をより効果的にもたらすものでなければならない」との大前提を示した上で、「現行の貨幣や金融サービスに取って代わるのではなく、補完するもの」と明言する。
この面でも、中国人民銀行が「デジタル人民元は、ウィーチャットペイ(微信支付)やアリペイ(支付宝)などの決済プラットフォームに取って代わるものではなく、補完するもの」と述べていることと共通している。
弱いデジタルドルの存在理由は何か?
金融包摂や金融犯罪防止の切り札と見られているCBDCは、中国だけでなく欧州、日本、インドなど各国で研究や発行準備が進められている。米国がその潮流に後れをとり続けることは適切ではないとの世論もあり、FRBは報告書をとりまとめる段階に漕ぎ着けた。バイデン大統領の大統領令もその一部世論に沿った形となっている。
背景の一つとして、ラエル・ブレイナード理事のFRB副議長への昇進が米議会で承認されることが、ほぼ確実であることが挙げられる。ブレイナード理事はCBDC推進に前のめりなハト派で、民主党中央の覚えもよい。
さらに、CBDC発行をめぐりブレイナード理事と対立してきたタカ派のランダル・クオールズ前副議長やリチャード・クラリダ前副議長が相次いで退任し、バイデン大統領が指名するハト派の理事候補や副議長候補たちが、FRBの多数派となることが確定している「天祐」もある。
だが同時に、民主党を中心とするデジタルドル推進派は、米国におけるCBDCの決定的なレーゾンデートル(存在理由)を示すことに失敗している。両論併記の玉虫色報告書という形となっているのはその証左だろう、発行にまつわる最終的な議論や決断も、米議会に丸投げされることとなった。
デジタルドルを発行する理由として、FRBは聞こえのよい「金融包摂」を挙げている。ただ、FRBがその100年以上の歴史の中で金融弱者の救済に真剣に取り組んだことはなく、一貫して低所得層や貧困層を放置してきた。それどころか、近年における経済危機対応としてのFRBの一連の金融緩和は、富裕層の持つ資産の価値を大いに高め、既存の経済格差をさらに悪化させる結果を生んでいる。
パウエルFRB議長は、2021年4月に講演した首都ワシントン経済クラブにおいて、「経済回復の力強さを見定めるには、ホームレスも考慮に入れられるべきだ」と発言。「金融政策が決定される際に、彼らもわれわれと同じ部屋にいるべきだ」と踏み込んだ。
だが、パウエル氏の講演中に、多くのホームレスたちがテントを張るFRB本部近くの一帯で雨が降っており、「ホームレスたちは政策決定に関与するどころか、ぬかるみとなった公園の地面の上で雨露を防ぐだけで精一杯であった」と、『ワシントン・ポスト』紙のルポは伝えた。
「デジタルドルで弱者の金融包摂が進む論」の違和感
そのように偽善的なFRB首脳部やハト派が突然、金融包摂を叫び始めたのだから、動機が真に純粋なものか検証が必要であろう。
金融リテラシーも十分でなく、インターネットへのアクセスを持たない者が多数の低所得層や貧困層を、スマートフォンが現金代わりとなるデジタルドルが包括的に引き上げるとの主張は説得力がない。FRBハト派の貧困層に対する歴史的な無関心を考えても、本気で弱者の金融包摂を推し進めようとしているのかは疑問だ。今後、FRBのデジタルドル政策が本当に弱者を救済する実績を挙げていくのかに、注目が集まろう。
さらに重要なのは、ブレイナード理事が「民間企業によるデジタル決済の選択肢が増えることで、決済システムが分断化され、摩擦が生じて一部の消費者が閉め出される恐れがある」と主張したことだ。ビットコインなど民間の暗号資産が、弱者の金融包摂を妨げると示唆している。
だが、ヒスパニック系移民やセックスワーカーなど、一部の金融弱者グループにとり、そのように分断された決済システム、すなわち匿名性の高い民間暗号資産こそが、逆に当局の不法入国や売春絡みのマネーロンダリングのチェックを回避するのに都合がよく、FRBが提供しない真の意味での「救済」をもたらしていると報告される。
ブレイナード理事が関心を持つのは、FRBによる金融秩序の維持と取引監視の徹底であり、弱者の生活の救済ではないように見える。国家によるお金のやり取りの監視に都合のよいCBDCは、逆に彼らを追い詰めてゆくだろう。だから、リベラル派による「デジタルドルは弱者の金融包摂を大目的としている」との主張は弱い。
「ドルは人民元に脅かされる」という煽り説は本当か?
FRBがCBDCを発行すれば、中国共産党の法定貨幣である人民元が米ドルの基軸通貨としての地位を脅かすことを防げるとの言説も、根拠が薄いものだ。
これは例えば、上海復旦大学の宋思斉教授などが主張する、「売り手と買い手が直接CBDCで決済ができるようになれば基軸通貨が不要となり、ドルが使われる機会は減る」との煽り説に基づいている。だが、カリフォルニア大学バークレー校で教鞭を執る金融理論の大家、バリー・アイケングリーン教授は、以下のように反駁する。
「例えば、韓国がCBDCを発行し、デジタルウォンを使ってコロンビアから購入したコーヒー豆の支払いに充てたとしよう。コロンビアはいずれ、その支払代金の韓国ウォンをより汎用性の高い米ドルに替えようとするだろう。だから、ドルの地位は不変だ」
歴史的に見て、いつ価値が暴落するかわからないリスクのある韓国ウォンを持つよりは、いつでも何にでも交換してもらえる米ドルを持ちたいと願うのは、どの国の人でも同じであろう。アイケングリーン教授は、さらに続ける。
「CBDCに互換性を持たせればドルを介さない中央銀行間の取引は理論上可能だが、200近い世界の国々が互いにそれぞれCBDCの為替管理や担保条件、貿易規制を世界貿易機関(WTO)や国際通貨基金(IMF)のルールと整合させるのは不可能だ。そのため、やはり基軸通貨としてのインフラが整ったドルを使わざるを得ない」
また、米ゴールドマンサックス・アセットマネジメントの元会長であるジム・オニール氏は、「中国の人民元にはマネーの流れを制限する資本規制がかかっており、国外の人民元の安全と流動性も保証されていない」と指摘している。現時点でドルに代わる基軸通貨は存在しないわけだ。
さらに、ロシアのプーチン大統領によるウクライナ侵攻への金融制裁が実行された際に、多くのロシア国民が銀行のATMに殺到して米ドルを引き出そうとしている「取り付け騒ぎ」を想起すればよい。ドルは、「敵国」の市民からも一番信頼され、渇望される存在なのだ。これは、北朝鮮やイラン、中国でも同じである。
デジタルドルの本当のメリットは何?
米ドルの汎用性や支配的地位は、人民元やその他のCBDC発行・流通によって簡単には揺らがない。日常だけでなく、有事の貨幣価値の保持を考えるならば、国際決済においてドルの代わりにデジタル人民元を使う理由は強くない。
加えて、ドル建ての決済はCBDCでデジタル化しなくても、すでに十分な実用性と実績がある。手数料が高い、即時性に欠けるなどの不便な点は、既存のシステムにイノベーションによる改良を加えるだけでよい。つまり、デジタルドル推進派の「デジタル人民元脅威論」の論拠はそれほど強いものではない。
このように論理面でCBDCの決定的な存在理由を説明できないデジタルドル推進派は、「CBDCでどのような問題が解決できるのか。それは、コストに見合ったものか」との問いの答えに常に窮する羽目に陥ることになるのである。(続く)
・リベラルが進めるデジタルドルの導入は中国共産党型監視社会の足がかりか(JB press 2022年3月12日)
岩田太郎:在米ジャーナリスト
※バイデン大統領は3月9日に、米国における中央銀行デジタル通貨(CBDC)発行のメリットとデメリットの研究を加速させるよう命ずる大統領令を発出した。今後、デジタルドル発行の是非に関する議論が高まることが予想される。
だが、リベラル派のCBDC推進者たちが唱える「貧困層など弱者の金融包摂」は、実はアングラ現金経済のデジタル技術による見える化と監視を狙ったものだ。
さらに、中国のデジタル人民元(e-CNY)が米ドルの基軸通貨の地位を脅かすことを防ぐというデジタルドルの目的についても、著名エコノミストたちが、「デジタル人民元脅威論」が誇張されたものであると結論付けている。
CBDC発行目的が金融包摂のためではなく、米ドルの基軸通貨としての地位防衛でもないとすれば、デジタルドルを推すリベラル派の真の狙いは何なのだろうか。
真の目的は「大きな政府」
デジタルドル推進派の真の目的を知るためには、CBDCを強力に推す民主党の経済政策の本質を見極める必要がある。例えば、党内から造反者が出たことで事実上の廃案となった、バイデン政権の超目玉政策「社会支出・税制パッケージ(ビルドバック・ベター)」は当初、1兆7500億ドル(約200兆円)の超大型歳出・歳入法案として上程された。
その中身を見ると、子育て世帯への税控除が大きな柱となっていたことがわかる。だが、この子育て世帯支援策は、単なるバラマキや中間選挙向け票稼ぎとは違う。なぜなら、民主党が提出した別の法案において、デジタルドルが税控除の自動給付システムの不可欠な一部として構想されていたからだ。また、リベラル派に支持者が多い最低限所得保障の「ベーシックインカム」の給付装置としても、CBDCが盛んに議論されていることは特筆される。
これは、保守派から見ると、国民を政府からの福祉補助金に恒久的に依存させる「大きな政府」のデジタル版に他ならない。
デジタルドル導入を渇望するリベラルの狙い
事実、米金融業界誌である『アメリカン・バンカー』は2021年3月3日付の記事で、「米上院銀行委員会のシェロッド・ブラウン委員長(民主党)は、すべての米国人に米連邦準備制度理事会(FRB)が提供する無料デジタル口座『FedAccount』の推進者であり、CBDCはそのような金融包摂に必須だ」と分析している。
つまり、(1)デジタル版の現金であるデジタルドル、(2)無料デジタル口座(ウォレット)の「FedAccount」、(3)エンド・ツー・エンドの支払いを24時間365日可能にする「FedNow」決済サービスという、「三位一体」の政府による金融・福祉サービスの中心としてCBDCが機能する可能性が示唆されているのだ。そこには民間金融機関なども関与するものの、連邦政府が民間の領域に進出する民業圧迫であることは、間違いない。
このように米国におけるCBDCは、従来は民間が担当してきたリテール金融に対する統制とともに政府の金融・福祉サービスに対する国民の依存度を高め、さらには金融包摂を口実に低所得層や貧困層の経済、生活、行動を監視しようとするものだ。底辺の経済では、現金の匿名性がアンダーグラウンドな環境を提供しており、取引データが可視化されるCBDCで現金を置き換えて取り締まろうというわけだ。
ズバリ、CBDCの目的は金融包摂や弱者救済ではなく、底辺を中心とする人々の経済活動における一挙手一投足の統制と監視ではないかと保守派は疑っている。中国共産党のデジタル人民元による国民の監視体制を米国に輸入しようとする動きと言ってよい。そうした文脈において、デジタル人民元とデジタルドルは、同じコインの表と裏、すなわち表裏一体なのだ。
人権団体のアムネスティ・インターナショナルは2月15日、民主党支配地域であるニューヨーク市の非白人居住地域において、「犯罪抑止を名目とした顔認識技術を使った当局による監視が、白人居住地域と比較して一般的かつ広範に使われている」と報告した。非白人が多い金融弱者の取引を逐一把握できるテクノロジーであるCBDCも、そのように有色人種底辺層の監視に転用される可能性を秘める。
このように、CBDCは本質において民主党の推し進める「大きな政府・警察国家」的な政策との親和性が高い。いすれにせよ、デジタルドル構想の底流にある中国共産党的・全体主義的な思想は保守派に見抜かれており、米議会での審議は紛糾することとなろう。
また、現在は民主党が大統領・上院・下院のすべてを抑えているが、11月の中間選挙で民主党の大敗が予想される中、CBDCは棚上げ、あるいは大幅なプログラム規模の縮小を迫られることになるだろう。
事実、デジタルドル推進の旗振り役であるラエル・ブレイナードFRB理事が2月18日に行った講演は、CBDCを引き続き強力に推しながらも、早期の発行に対する期待の高まりを戒める内容となった。
「弱者の金融包摂」はFRBの法的使命か?
一方でブレイナード氏は、民間の暗号資産が通貨のように使われるようになり、金融の安定を脅かす存在となることに警戒感を示した。1月の連邦公開市場委員会(FOMC)議事要旨でも、一部の政策担当者ら(おそらくブレイナード理事を含む)がデジタルマネーの動向を注視しており、金融システム上のリスクが議題に上ったことが明らかにされている。
だが暗号資産は、米証券取引委員会(SEC)や米商品先物取引委員会(CFTC)などが金融商品として監視・監督することが既定路線となりつつある。バイデン大統領の暗号資産規制に関する3月9日付の大統領令は、その流れを踏襲している。中国は暗号資産を禁止しているから、暗号資産を許容する米国の金融競争力は、規制による「安心・安全」で逆に高まるのである。
具体的には、(1)暗号資産の「金融商品」としての登録、(2)取引所のコンプライアンス責任と自己資本能力、およびサイバーセキュリティ強化を明確化させた上での免許発行、(3)市場参加者の個人情報の収集・保存・保護の義務付け、(4)暗号資産をめぐる税制整備、(5)暗号資産に関する裁判の判例積み重ねによるルールの細分化・明確化、などを通して透明性が確保されてゆこう。
暗号資産の規制は暗号資産にとり決して悪いものではない。リスクの極めて高い「アブナイ私鋳銭」が、ルールに従って安全安心に取引される「一般的なリスク金融商品の一つ」になる過程の始まりと見ることもできる。従来はほとんど提供されなかった投資家保護が制度化されるからだ。
ノーベル経済学賞受賞者のポール・クルーグマン教授が指摘するように、暗号資産全体の時価総額が米国内総生産(GDP)に占める割合は6%程度と、システミックなリスクになる可能性は高くない。ブレイナード理事が懸念する民間の暗号資産の「不安定性」は、FRBのデジタルドルの必要性を正当化しない。
また、そもそも米議会がFRBに立法で義務付けているのは、「雇用の最大化」と「物価の安定」のみであり、金融の安定ではない。ましてや弱者の金融包摂やドルの基軸通貨としての地位防衛、さらにFRBハト派が最近ご執心である地球温暖化の防止や人種・ジェンダー平等は、まったくの職権外なのである。
FRBは現在高進を続けて米国民を苦しめているインフレさえコントロールできておらず、その金融緩和で資産価値を増大させて、金融資産を持つ富裕層と持たざる者の貧富の差を大幅に拡大させている。にもかかわらず、なぜFRBハト派は殊更に「弱者の金融包摂」や「ドルの基軸通貨としての地位防衛」「金融の安定」を叫ぶのだろうか。すべては、法に定められた職責である「物価の安定」と「雇用の最大化」を達成してからではないか。
失敗に終わった「リブラ」の教訓
そうした意味において、FRBのCBDC報告書に明記された、「デジタルドルは、家計や事業所、そして米経済全体に、そのコストやリスクを上回る恩恵をより効果的にもたらすものでなければならない」との記述は、FRB内部のタカ派が仕込んだポイズンピル(毒薬)条項であろう。
ただでさえ法で定められた職責を全うできていないFRBに、デジタルドル報告書が要求する高いハードルを、クリアすることはできないと思われるからだ。
振り返れば、米テック大手のメタ・テクノロジーズ(旧フェイスブック)が失敗に終わったグローバル暗号資産リブラ(ディエム)協会を立ち上げた際、その元副会長であったダンテ・ディスパルテ氏は2021年7月2日付の評論サイト『プロジェクト・シンジケート』で以下のように警鐘を鳴らしていた。
「通貨冷戦で米国や西側が敗戦する最短の道は、CDBCを発行することだ。中央銀行がリテールバンクになるだけでなく、グローバルな金融システムの基礎が揺らぐ」
これは単なるポジショントークではなく、資本主義体制の下で活性化する民間の暗号資産の力こそ、中国共産党のデジタル人民元などの統制経済体制に勝てる決め手となる可能性を示唆したものとも読める。監視統制的なFRBのデジタルドルは、たとえ中間に民間金融機関や暗号資産取引所をかませたとしても、非効率な官営金融サービスのツールとなる恐れがあり、資本主義のもたらす活力を削ぐ蓋然性は高いだろう。
銀行監督担当であったランダル・クオールズ前FRB副議長は2021年6月28日に、「バスに乗り遅れまいとして(fear of missing out)、デジタル通貨に関する流行に安易に飛びつく」危険性を警告し、「FRBは民間のイノベーションを奨励してきた歴史があり、(米ドルや金などの安定した準備資産にペッグしている暗号資産の)ステーブルコインを怖れる必要はない。グローバルなドル建てステーブルコインの普及はクロスボーダー決済をより速く、より安価にして、世界的なドルの使用へのさらなる追い風になる」と予想している。
デジタル人民元に米国らしく勝つには
通貨発行権を持つ官と、実際の金融業務を担当する民の棲み分けに基づく二元金融システムを維持しつつ、民間の暗号資産を規制して安心・安全な金融商品に仕立て上げることこそ、暗号資産を禁止した中国に、米国が「米国らしく」勝つ道であろう。監視統制的なデジタル人民元をまねたデジタルドルの発行・流通は、「通貨冷戦」での負けを意味する。それは、統制からの自由を重んじる民主主義の敗北でもある。
FRBのCBDCが真に包摂的なものであり、民間のステーブルコインより優れたものになるという決定的なエビデンスが示されない今、近未来の官製デジタルドル発行は逆に遠のきつつあるのかも知れない。リベラル派が2022年と2024年の連邦・州両レベルにおける選挙で政治のコントロールを失うと予想される政治環境では、なおさらだ。
とはいえ、官民分業のコンセンサスが得られれば、デジタルドルが限定的な形で発行される可能性は残る。そのためには、民間の力を活用する、米国ならではの官民パートナーシップの構築が必要だ。CBDCに関する3月9日の大統領令が、そうした方向に米国が進むきっかけとなれば、バイデン大統領の大きな功績として記憶されることになろう。
※バイデン米大統領は9日、中央銀行が発行するデジタル通貨「デジタルドル」に関する大統領令に署名した。デジタルドルのリスクや利点を踏まえ、必要な技術的インフラを評価するよう関係省庁に指示。さらに連邦準備理事会(FRB)に対し、研究開発に向けた取り組みを継続するよう求めた。
暗号通貨市場は昨年11月時点で3兆ドルを超える規模に達しており、膨張する市場への幅広い監視は米国の国家安全保障や金融の安定、米国の競争力確保のほか、増大するサイバー犯罪の脅威を食い止めるためにも不可欠であると考えられる。
ある政権幹部は、米国が世界の主要な基軸通貨としてのドルの役割を考慮し、慎重にではあるがデジタルドルの開発を進めていくと指摘。「この方向に進むことは米国にとって大きな意味を持つため、その分析には非常に慎重でなければならない」と語った。
FRBは1月、デジタル通貨に関する審議文書を公開。デジタルドルを開発すれば、決済技術の発展とともに決済スピードが上がり家計に安全な選択肢を提供できるが、金融安定を巡るリスクやプライバシーに関する懸念も出てくるとの見解を示した。
米シンクタンク大西洋評議会の調べによると、世界の9カ国が中央銀行デジタル通貨(CBDC)を立ち上げているほか、中国を含む16カ国がデジタル資産の開発を始めており、米政府内ではドルの一定の優位性が中国によって奪われるのではないかと懸念する声も出ている。
政府高官は、米ドルが透明性や法の支配、FRBの完全な独立性へのコミットメントなど、引き続き重要なファンダメンタルズによって支えられているとした上で、「ドルの役割は、これまでも、そしてこれからも、国際通貨システム全体の安定に欠かせないものであって、外国のCBDC導入そのものがドルの優位性を脅かすことはない」と強調した。
CBDCを巡っては、中国が導入競争で先頭を走っており、日銀も実証を始めている。
・米議会に決断を丸投げしたバイデン政権、デジタルドル導入に立ちはだかる隘路
推進派のブレイナード理事がFRB副理事に就任も費用対効果に疑問噴出(JB press 2022年3月11日)
岩田太郎:在米ジャーナリスト
※米国のデジタルドルは、誕生する前に死んでいるのかもしれない。
バイデン大統領は3月9日に、米国における中央銀行デジタル通貨(CBDC)発行のメリットとデメリットの研究を加速させるよう命ずる大統領令を発出した。だがこの命令は、米国によるデジタルドル発行の是非には触れておらず、その裏にある政治的な対立の根深さをかえって際立たせるものとなった。
これに先立つ1月20日、米連邦準備制度理事会(FRB)が2021年7月に発表される予定であった、米国におけるCBDC発行の利点と欠点をまとめた報告書を公表している。
発表が半年も遅れたのは、FRB内部の意見の対立が解消できなかったこと、さらに金融業界や米議会における民主党と共和党のデジタルドルや経済にまつわる考え方の根本的な違いに由来する議論の紛糾があったからだ。しかも報告は賛否の両論併記で、結論が出せないためにパブリックコメントの公募を呼びかけるという、玉虫色の内容になっている。
最終的には米議会の立法判断を仰ぐことになりそうだが、今年11月の中間選挙では上下院で民主党の大敗が予想され、リベラル派が強く推すデジタルドルの早期発行の見通しが怪しくなってきた。バイデン大統領の命令は、研究を加速させることでCBDC法案策定を後押ししようとするものだが、道のりは困難なものとなろう。
本稿では、CBDCをめぐる米国内の議論の本質を読み解くことで、民間の暗号資産(通貨)普及の動きと併せて、米デジタル経済の将来像を占う。
デジタルドルとデジタル人民元の共通性
そもそもの疑問として、現金・小切手やクレジットカード、アプリ送金など決済手段が豊富な米社会において、なぜCBDCであるデジタルドルが必要なのだろうか。
FRBの報告書は、(1)安全な支払い手段の提供、(2)国際間の支払いの利便性、(3)米ドルの国際的地位の維持、(4)社会的弱者の金融包摂、そして(5)安全な法定貨幣へのアクセスを主な理由として挙げる。
最も重要視されているのが、銀行口座の維持に必要な毎月の残高レベルも保てず、金融サービスを受けられない社会的弱者の救済と、世界の基軸通貨であるドルの地位の保持、および金融犯罪の防止であることがわかる。
一方、北京冬季五輪におけるデジタル人民元(e-CNY)の試験運用などを通し、CBDCのノウハウ獲得で先行する中国人民銀行(中国の中央銀行)が列挙する必要性の理由は、(1)現金形態の多様化、(2)金融包摂の支援、(3)決済サービスの公正な競争・効率性・安全性の確保、(4)国境を越えた決済の改善である。米国のデジタルドル同様、弱者の金融包摂や金融犯罪の防止を大きな目的として掲げている。
ただし、デジタルドルと同じ「国境をまたぐ決済の改善」を謳っていても、中国側は米ドルの基軸通貨としての地位を突き崩したい思惑があり、米国側はドルの金融覇権的地位を死守したい意図があるため、それぞれの国のCBDCの政治的な役割は違う。
CBDCの方法論の面について、FRBの報告書は「家計や事業所、そして米経済全体に、そのコストやリスクを上回る恩恵をより効果的にもたらすものでなければならない」との大前提を示した上で、「現行の貨幣や金融サービスに取って代わるのではなく、補完するもの」と明言する。
この面でも、中国人民銀行が「デジタル人民元は、ウィーチャットペイ(微信支付)やアリペイ(支付宝)などの決済プラットフォームに取って代わるものではなく、補完するもの」と述べていることと共通している。
弱いデジタルドルの存在理由は何か?
金融包摂や金融犯罪防止の切り札と見られているCBDCは、中国だけでなく欧州、日本、インドなど各国で研究や発行準備が進められている。米国がその潮流に後れをとり続けることは適切ではないとの世論もあり、FRBは報告書をとりまとめる段階に漕ぎ着けた。バイデン大統領の大統領令もその一部世論に沿った形となっている。
背景の一つとして、ラエル・ブレイナード理事のFRB副議長への昇進が米議会で承認されることが、ほぼ確実であることが挙げられる。ブレイナード理事はCBDC推進に前のめりなハト派で、民主党中央の覚えもよい。
さらに、CBDC発行をめぐりブレイナード理事と対立してきたタカ派のランダル・クオールズ前副議長やリチャード・クラリダ前副議長が相次いで退任し、バイデン大統領が指名するハト派の理事候補や副議長候補たちが、FRBの多数派となることが確定している「天祐」もある。
だが同時に、民主党を中心とするデジタルドル推進派は、米国におけるCBDCの決定的なレーゾンデートル(存在理由)を示すことに失敗している。両論併記の玉虫色報告書という形となっているのはその証左だろう、発行にまつわる最終的な議論や決断も、米議会に丸投げされることとなった。
デジタルドルを発行する理由として、FRBは聞こえのよい「金融包摂」を挙げている。ただ、FRBがその100年以上の歴史の中で金融弱者の救済に真剣に取り組んだことはなく、一貫して低所得層や貧困層を放置してきた。それどころか、近年における経済危機対応としてのFRBの一連の金融緩和は、富裕層の持つ資産の価値を大いに高め、既存の経済格差をさらに悪化させる結果を生んでいる。
パウエルFRB議長は、2021年4月に講演した首都ワシントン経済クラブにおいて、「経済回復の力強さを見定めるには、ホームレスも考慮に入れられるべきだ」と発言。「金融政策が決定される際に、彼らもわれわれと同じ部屋にいるべきだ」と踏み込んだ。
だが、パウエル氏の講演中に、多くのホームレスたちがテントを張るFRB本部近くの一帯で雨が降っており、「ホームレスたちは政策決定に関与するどころか、ぬかるみとなった公園の地面の上で雨露を防ぐだけで精一杯であった」と、『ワシントン・ポスト』紙のルポは伝えた。
「デジタルドルで弱者の金融包摂が進む論」の違和感
そのように偽善的なFRB首脳部やハト派が突然、金融包摂を叫び始めたのだから、動機が真に純粋なものか検証が必要であろう。
金融リテラシーも十分でなく、インターネットへのアクセスを持たない者が多数の低所得層や貧困層を、スマートフォンが現金代わりとなるデジタルドルが包括的に引き上げるとの主張は説得力がない。FRBハト派の貧困層に対する歴史的な無関心を考えても、本気で弱者の金融包摂を推し進めようとしているのかは疑問だ。今後、FRBのデジタルドル政策が本当に弱者を救済する実績を挙げていくのかに、注目が集まろう。
さらに重要なのは、ブレイナード理事が「民間企業によるデジタル決済の選択肢が増えることで、決済システムが分断化され、摩擦が生じて一部の消費者が閉め出される恐れがある」と主張したことだ。ビットコインなど民間の暗号資産が、弱者の金融包摂を妨げると示唆している。
だが、ヒスパニック系移民やセックスワーカーなど、一部の金融弱者グループにとり、そのように分断された決済システム、すなわち匿名性の高い民間暗号資産こそが、逆に当局の不法入国や売春絡みのマネーロンダリングのチェックを回避するのに都合がよく、FRBが提供しない真の意味での「救済」をもたらしていると報告される。
ブレイナード理事が関心を持つのは、FRBによる金融秩序の維持と取引監視の徹底であり、弱者の生活の救済ではないように見える。国家によるお金のやり取りの監視に都合のよいCBDCは、逆に彼らを追い詰めてゆくだろう。だから、リベラル派による「デジタルドルは弱者の金融包摂を大目的としている」との主張は弱い。
「ドルは人民元に脅かされる」という煽り説は本当か?
FRBがCBDCを発行すれば、中国共産党の法定貨幣である人民元が米ドルの基軸通貨としての地位を脅かすことを防げるとの言説も、根拠が薄いものだ。
これは例えば、上海復旦大学の宋思斉教授などが主張する、「売り手と買い手が直接CBDCで決済ができるようになれば基軸通貨が不要となり、ドルが使われる機会は減る」との煽り説に基づいている。だが、カリフォルニア大学バークレー校で教鞭を執る金融理論の大家、バリー・アイケングリーン教授は、以下のように反駁する。
「例えば、韓国がCBDCを発行し、デジタルウォンを使ってコロンビアから購入したコーヒー豆の支払いに充てたとしよう。コロンビアはいずれ、その支払代金の韓国ウォンをより汎用性の高い米ドルに替えようとするだろう。だから、ドルの地位は不変だ」
歴史的に見て、いつ価値が暴落するかわからないリスクのある韓国ウォンを持つよりは、いつでも何にでも交換してもらえる米ドルを持ちたいと願うのは、どの国の人でも同じであろう。アイケングリーン教授は、さらに続ける。
「CBDCに互換性を持たせればドルを介さない中央銀行間の取引は理論上可能だが、200近い世界の国々が互いにそれぞれCBDCの為替管理や担保条件、貿易規制を世界貿易機関(WTO)や国際通貨基金(IMF)のルールと整合させるのは不可能だ。そのため、やはり基軸通貨としてのインフラが整ったドルを使わざるを得ない」
また、米ゴールドマンサックス・アセットマネジメントの元会長であるジム・オニール氏は、「中国の人民元にはマネーの流れを制限する資本規制がかかっており、国外の人民元の安全と流動性も保証されていない」と指摘している。現時点でドルに代わる基軸通貨は存在しないわけだ。
さらに、ロシアのプーチン大統領によるウクライナ侵攻への金融制裁が実行された際に、多くのロシア国民が銀行のATMに殺到して米ドルを引き出そうとしている「取り付け騒ぎ」を想起すればよい。ドルは、「敵国」の市民からも一番信頼され、渇望される存在なのだ。これは、北朝鮮やイラン、中国でも同じである。
デジタルドルの本当のメリットは何?
米ドルの汎用性や支配的地位は、人民元やその他のCBDC発行・流通によって簡単には揺らがない。日常だけでなく、有事の貨幣価値の保持を考えるならば、国際決済においてドルの代わりにデジタル人民元を使う理由は強くない。
加えて、ドル建ての決済はCBDCでデジタル化しなくても、すでに十分な実用性と実績がある。手数料が高い、即時性に欠けるなどの不便な点は、既存のシステムにイノベーションによる改良を加えるだけでよい。つまり、デジタルドル推進派の「デジタル人民元脅威論」の論拠はそれほど強いものではない。
このように論理面でCBDCの決定的な存在理由を説明できないデジタルドル推進派は、「CBDCでどのような問題が解決できるのか。それは、コストに見合ったものか」との問いの答えに常に窮する羽目に陥ることになるのである。(続く)
・リベラルが進めるデジタルドルの導入は中国共産党型監視社会の足がかりか(JB press 2022年3月12日)
岩田太郎:在米ジャーナリスト
※バイデン大統領は3月9日に、米国における中央銀行デジタル通貨(CBDC)発行のメリットとデメリットの研究を加速させるよう命ずる大統領令を発出した。今後、デジタルドル発行の是非に関する議論が高まることが予想される。
だが、リベラル派のCBDC推進者たちが唱える「貧困層など弱者の金融包摂」は、実はアングラ現金経済のデジタル技術による見える化と監視を狙ったものだ。
さらに、中国のデジタル人民元(e-CNY)が米ドルの基軸通貨の地位を脅かすことを防ぐというデジタルドルの目的についても、著名エコノミストたちが、「デジタル人民元脅威論」が誇張されたものであると結論付けている。
CBDC発行目的が金融包摂のためではなく、米ドルの基軸通貨としての地位防衛でもないとすれば、デジタルドルを推すリベラル派の真の狙いは何なのだろうか。
真の目的は「大きな政府」
デジタルドル推進派の真の目的を知るためには、CBDCを強力に推す民主党の経済政策の本質を見極める必要がある。例えば、党内から造反者が出たことで事実上の廃案となった、バイデン政権の超目玉政策「社会支出・税制パッケージ(ビルドバック・ベター)」は当初、1兆7500億ドル(約200兆円)の超大型歳出・歳入法案として上程された。
その中身を見ると、子育て世帯への税控除が大きな柱となっていたことがわかる。だが、この子育て世帯支援策は、単なるバラマキや中間選挙向け票稼ぎとは違う。なぜなら、民主党が提出した別の法案において、デジタルドルが税控除の自動給付システムの不可欠な一部として構想されていたからだ。また、リベラル派に支持者が多い最低限所得保障の「ベーシックインカム」の給付装置としても、CBDCが盛んに議論されていることは特筆される。
これは、保守派から見ると、国民を政府からの福祉補助金に恒久的に依存させる「大きな政府」のデジタル版に他ならない。
デジタルドル導入を渇望するリベラルの狙い
事実、米金融業界誌である『アメリカン・バンカー』は2021年3月3日付の記事で、「米上院銀行委員会のシェロッド・ブラウン委員長(民主党)は、すべての米国人に米連邦準備制度理事会(FRB)が提供する無料デジタル口座『FedAccount』の推進者であり、CBDCはそのような金融包摂に必須だ」と分析している。
つまり、(1)デジタル版の現金であるデジタルドル、(2)無料デジタル口座(ウォレット)の「FedAccount」、(3)エンド・ツー・エンドの支払いを24時間365日可能にする「FedNow」決済サービスという、「三位一体」の政府による金融・福祉サービスの中心としてCBDCが機能する可能性が示唆されているのだ。そこには民間金融機関なども関与するものの、連邦政府が民間の領域に進出する民業圧迫であることは、間違いない。
このように米国におけるCBDCは、従来は民間が担当してきたリテール金融に対する統制とともに政府の金融・福祉サービスに対する国民の依存度を高め、さらには金融包摂を口実に低所得層や貧困層の経済、生活、行動を監視しようとするものだ。底辺の経済では、現金の匿名性がアンダーグラウンドな環境を提供しており、取引データが可視化されるCBDCで現金を置き換えて取り締まろうというわけだ。
ズバリ、CBDCの目的は金融包摂や弱者救済ではなく、底辺を中心とする人々の経済活動における一挙手一投足の統制と監視ではないかと保守派は疑っている。中国共産党のデジタル人民元による国民の監視体制を米国に輸入しようとする動きと言ってよい。そうした文脈において、デジタル人民元とデジタルドルは、同じコインの表と裏、すなわち表裏一体なのだ。
人権団体のアムネスティ・インターナショナルは2月15日、民主党支配地域であるニューヨーク市の非白人居住地域において、「犯罪抑止を名目とした顔認識技術を使った当局による監視が、白人居住地域と比較して一般的かつ広範に使われている」と報告した。非白人が多い金融弱者の取引を逐一把握できるテクノロジーであるCBDCも、そのように有色人種底辺層の監視に転用される可能性を秘める。
このように、CBDCは本質において民主党の推し進める「大きな政府・警察国家」的な政策との親和性が高い。いすれにせよ、デジタルドル構想の底流にある中国共産党的・全体主義的な思想は保守派に見抜かれており、米議会での審議は紛糾することとなろう。
また、現在は民主党が大統領・上院・下院のすべてを抑えているが、11月の中間選挙で民主党の大敗が予想される中、CBDCは棚上げ、あるいは大幅なプログラム規模の縮小を迫られることになるだろう。
事実、デジタルドル推進の旗振り役であるラエル・ブレイナードFRB理事が2月18日に行った講演は、CBDCを引き続き強力に推しながらも、早期の発行に対する期待の高まりを戒める内容となった。
「弱者の金融包摂」はFRBの法的使命か?
一方でブレイナード氏は、民間の暗号資産が通貨のように使われるようになり、金融の安定を脅かす存在となることに警戒感を示した。1月の連邦公開市場委員会(FOMC)議事要旨でも、一部の政策担当者ら(おそらくブレイナード理事を含む)がデジタルマネーの動向を注視しており、金融システム上のリスクが議題に上ったことが明らかにされている。
だが暗号資産は、米証券取引委員会(SEC)や米商品先物取引委員会(CFTC)などが金融商品として監視・監督することが既定路線となりつつある。バイデン大統領の暗号資産規制に関する3月9日付の大統領令は、その流れを踏襲している。中国は暗号資産を禁止しているから、暗号資産を許容する米国の金融競争力は、規制による「安心・安全」で逆に高まるのである。
具体的には、(1)暗号資産の「金融商品」としての登録、(2)取引所のコンプライアンス責任と自己資本能力、およびサイバーセキュリティ強化を明確化させた上での免許発行、(3)市場参加者の個人情報の収集・保存・保護の義務付け、(4)暗号資産をめぐる税制整備、(5)暗号資産に関する裁判の判例積み重ねによるルールの細分化・明確化、などを通して透明性が確保されてゆこう。
暗号資産の規制は暗号資産にとり決して悪いものではない。リスクの極めて高い「アブナイ私鋳銭」が、ルールに従って安全安心に取引される「一般的なリスク金融商品の一つ」になる過程の始まりと見ることもできる。従来はほとんど提供されなかった投資家保護が制度化されるからだ。
ノーベル経済学賞受賞者のポール・クルーグマン教授が指摘するように、暗号資産全体の時価総額が米国内総生産(GDP)に占める割合は6%程度と、システミックなリスクになる可能性は高くない。ブレイナード理事が懸念する民間の暗号資産の「不安定性」は、FRBのデジタルドルの必要性を正当化しない。
また、そもそも米議会がFRBに立法で義務付けているのは、「雇用の最大化」と「物価の安定」のみであり、金融の安定ではない。ましてや弱者の金融包摂やドルの基軸通貨としての地位防衛、さらにFRBハト派が最近ご執心である地球温暖化の防止や人種・ジェンダー平等は、まったくの職権外なのである。
FRBは現在高進を続けて米国民を苦しめているインフレさえコントロールできておらず、その金融緩和で資産価値を増大させて、金融資産を持つ富裕層と持たざる者の貧富の差を大幅に拡大させている。にもかかわらず、なぜFRBハト派は殊更に「弱者の金融包摂」や「ドルの基軸通貨としての地位防衛」「金融の安定」を叫ぶのだろうか。すべては、法に定められた職責である「物価の安定」と「雇用の最大化」を達成してからではないか。
失敗に終わった「リブラ」の教訓
そうした意味において、FRBのCBDC報告書に明記された、「デジタルドルは、家計や事業所、そして米経済全体に、そのコストやリスクを上回る恩恵をより効果的にもたらすものでなければならない」との記述は、FRB内部のタカ派が仕込んだポイズンピル(毒薬)条項であろう。
ただでさえ法で定められた職責を全うできていないFRBに、デジタルドル報告書が要求する高いハードルを、クリアすることはできないと思われるからだ。
振り返れば、米テック大手のメタ・テクノロジーズ(旧フェイスブック)が失敗に終わったグローバル暗号資産リブラ(ディエム)協会を立ち上げた際、その元副会長であったダンテ・ディスパルテ氏は2021年7月2日付の評論サイト『プロジェクト・シンジケート』で以下のように警鐘を鳴らしていた。
「通貨冷戦で米国や西側が敗戦する最短の道は、CDBCを発行することだ。中央銀行がリテールバンクになるだけでなく、グローバルな金融システムの基礎が揺らぐ」
これは単なるポジショントークではなく、資本主義体制の下で活性化する民間の暗号資産の力こそ、中国共産党のデジタル人民元などの統制経済体制に勝てる決め手となる可能性を示唆したものとも読める。監視統制的なFRBのデジタルドルは、たとえ中間に民間金融機関や暗号資産取引所をかませたとしても、非効率な官営金融サービスのツールとなる恐れがあり、資本主義のもたらす活力を削ぐ蓋然性は高いだろう。
銀行監督担当であったランダル・クオールズ前FRB副議長は2021年6月28日に、「バスに乗り遅れまいとして(fear of missing out)、デジタル通貨に関する流行に安易に飛びつく」危険性を警告し、「FRBは民間のイノベーションを奨励してきた歴史があり、(米ドルや金などの安定した準備資産にペッグしている暗号資産の)ステーブルコインを怖れる必要はない。グローバルなドル建てステーブルコインの普及はクロスボーダー決済をより速く、より安価にして、世界的なドルの使用へのさらなる追い風になる」と予想している。
デジタル人民元に米国らしく勝つには
通貨発行権を持つ官と、実際の金融業務を担当する民の棲み分けに基づく二元金融システムを維持しつつ、民間の暗号資産を規制して安心・安全な金融商品に仕立て上げることこそ、暗号資産を禁止した中国に、米国が「米国らしく」勝つ道であろう。監視統制的なデジタル人民元をまねたデジタルドルの発行・流通は、「通貨冷戦」での負けを意味する。それは、統制からの自由を重んじる民主主義の敗北でもある。
FRBのCBDCが真に包摂的なものであり、民間のステーブルコインより優れたものになるという決定的なエビデンスが示されない今、近未来の官製デジタルドル発行は逆に遠のきつつあるのかも知れない。リベラル派が2022年と2024年の連邦・州両レベルにおける選挙で政治のコントロールを失うと予想される政治環境では、なおさらだ。
とはいえ、官民分業のコンセンサスが得られれば、デジタルドルが限定的な形で発行される可能性は残る。そのためには、民間の力を活用する、米国ならではの官民パートナーシップの構築が必要だ。CBDCに関する3月9日の大統領令が、そうした方向に米国が進むきっかけとなれば、バイデン大統領の大きな功績として記憶されることになろう。