・中国版ワクチンパスポートに潜む、国民監視の「真の狙い」(DIAMOND online 2021年8月26日)
筑前サンミゲル
※「今後、日本人も接種証明アプリがないと飛行機も乗れないし、カフェも入れなくなるかもしれない」という話が中国在留邦人の間でささやかれている。
中国在住の外国人向けの新型コロナワクチン接種は今年3月末から始まった。当初は中国国産のシノファーム製とシノバック製ワクチン(ともに不活化ワクチンタイプ・2回)、現在は、同じく中国国産のカンシノ製(ウイルスベクタータイプ・1回)ワクチンも追加されて接種されている。接種するワクチンの種類を選ぶことはできず、外国製ワクチンはそもそも選択肢にない。
規定回数の接種が終わると接種証明書がスマートフォン向けアプリで提供され、このアプリを日常生活で表示する機会が増えている。
中国人はワクチン接種状況がマイナンバー相当の身分証にひも付けられているので、スマホを持っていない高齢者は病院で身分証を示して紙の接種証明書を受け取ることになる。
結果、「スマホがないとますます生活できなくなった」と話す中国人が増えた。
中国は都市部での接種率が高く、18歳以上の市民ではおおむね8割を超えていると発表している。それでも日本同様に若年層の接種率が低いため、上海の一部の地域では、接種が完了すれば1000元(約1万7000円)をインセンティブとして給付する地域も出てきている。
接種証明書がないと生活に支障
外国製ワクチンは対象外
中国在留邦人のワクチン接種も進んでいる。接種には1回100元(約1700円)かかり、強制でも義務でもないが、「接種証明書がないと生活に支障をきたすようになってきた」との声が聞かれる(在住都市の保険があれば無料、接種費用は地域差あり)。
現在、省を越える移動には、接種証明書や決められた期間にPCR検査を受けた陰性証明を提示する必要があるが、今後はより狭い範囲で必須となりそうだからだ。
在住日本人の中には、中国製ワクチンへの懸念から6月末に日本で始まった職域接種や8月1日から成田空港と羽田空港で実施されている海外在住者向けのワクチン接種を受けるために一時帰国をする人も出始めている。
しかし、日本でファイザー製ワクチンを2回接種して、7月末から始まった日本版の「新型コロナワクチン接種証明書(ワクチンパスポート)」を取得しても中国ではワクチン接種とはみなされていないのが現実だ。
中国版のワクチンパスポート(接種証明書)は、中国製ワクチンしか認められておらず、中国製以外のワクチンは今後も含まれることはないだろうと在留邦人の中ではうわさされている。
中国に支社を持ち、新型コロナ前まで頻繁に日中を往復していた日本人の中には、日本でファイザー製ワクチンを2回、中国でも中国製ワクチンを2回の合計4回接種した人もいる。
中国国内の移動やビジネスに支障が出るため、中国が発行する接種証明書がどうしても必要だからだ。しかも、中国が認めるワクチンの接種を完了させていても海外からの入国時の隔離は免除されていない。当然、ファイザーなどを接種していても隔離措置においては意味をなさない。
現在、中国の主要都市では入国後、指定のホテルで21日間隔離される。大連など一部地域では28日間隔離と実に約1カ月間も部屋から一歩も出ることができないという、世界のどこよりも過酷な感染対策を実施している。
8月上旬に大連から入国して指定ホテルで隔離中の日本企業代表によると、ホテルは2カ所から選ぶことができ、28泊分の滞在費1万1550元(約19万7000円)と別途かかる検査費用も合わせて前払いで支払ったとのこと。
中国の厳しい防疫体制
いつまで続く?
中国はこの厳しい防疫体制をいつまで続けるのか。
「少なくても来年2月の北京冬季オリンピックまでは、今の体制は緩めないだろうと聞いています。今、中国国内では『感染は抑え込んだ。ウイルスはすべて外から入ってくる。危険なのは外だ』と繰り返し訴えています。中国政府は『市民の命を守る』ことを前面に押し出しているので、そう言われてしまうと、表向き異を唱える人は誰もいない状態です」(青島在住の日本人)
中国政府は、新型コロナウイルスで人的往来が大きく抑制され、内向きになったことを好機とばかりに内需主導型の成長を柱とすると「双循環」という成長戦略を打ち出している。
一党独裁の中国では、コロナ禍とは関係なく、元々中国人の海外旅行は許可制で、全面解禁されているわけではない。
近年、中間層が拡大したことによって海外旅行を求める声の高まりに応じて、しぶしぶ許可人数を増やしてきた。だが、海外、特に日本や欧米などの自由主義国へは行かせたくないというのが中国政府の本音だ。そのため、いろいろな理由を付けて日本などへの渡航を禁止したり、人数を制限することを繰り返してきた。さすがに、対米渡航制限は米国からの猛烈な反発を懸念してか、これまで日本のように言いがかり的な理由での大規模な制限は確認されていない。
中国版ワクチンパスポートに潜む
もう一つの思惑
中国政府は国民の命を守るという大義名分を唱えることで、これまで以上に私権制限を堂々と行うことができるようになった。接種証明書をほぼ全員のスマホへ入れることで、中国のテック企業であるテンセントが運営するメッセージアプリであり、検閲やユーザー監視が行われているという批判の声もあるWeChat(ウィーチャット)を超えるデジタル監視体制ができつつある。
そう考えると、中国にとっては中国製ワクチンの効果はそれほど問題ではない。監視アプリを全員へ導入させて日常的に起動し機能させることのほうが国内を統制する上で重要なのだろう。
「新幹線(高速鉄道)に乗るのに接種証明アプリが必要なので入れています。当然、私の位置情報や端末内の情報は抜き取られていると思います。そう認識して、VPN(仮想プライベートネットワーク)を入れた別端末を用意して日本とのやり取りするなど使い分けるようにしています。周りの日本人たちも同じような認識で監視をできる限り回避させていますよ」(大連在住の日本人)
仮に北京冬季オリンピックが開催されて、無事に終わったとしても、中国政府は、継続的なコロナ対策を理由に入出国制限をある程度維持すると考える在留邦人は多い。
そうなれば、中国政府は合法的に中国人の海外出国者を減らせる。さらに、これまで日本国籍を持つ者なら誰でもビザなしで入国できたが、中国の接種証明書を持っていないと7日間隔離するなどの制限をかける場合、日本人をはじめとする外国籍者の入国も減らすことができる。
この状態こそが毛沢東をロールモデルにしているとされ、前例を打ち破って3期目を目指す習近平国家主席が理想とする「中国共産党が指導する“正しい”中国」に近づくのではないだろうか。
筑前サンミゲル
※「今後、日本人も接種証明アプリがないと飛行機も乗れないし、カフェも入れなくなるかもしれない」という話が中国在留邦人の間でささやかれている。
中国在住の外国人向けの新型コロナワクチン接種は今年3月末から始まった。当初は中国国産のシノファーム製とシノバック製ワクチン(ともに不活化ワクチンタイプ・2回)、現在は、同じく中国国産のカンシノ製(ウイルスベクタータイプ・1回)ワクチンも追加されて接種されている。接種するワクチンの種類を選ぶことはできず、外国製ワクチンはそもそも選択肢にない。
規定回数の接種が終わると接種証明書がスマートフォン向けアプリで提供され、このアプリを日常生活で表示する機会が増えている。
中国人はワクチン接種状況がマイナンバー相当の身分証にひも付けられているので、スマホを持っていない高齢者は病院で身分証を示して紙の接種証明書を受け取ることになる。
結果、「スマホがないとますます生活できなくなった」と話す中国人が増えた。
中国は都市部での接種率が高く、18歳以上の市民ではおおむね8割を超えていると発表している。それでも日本同様に若年層の接種率が低いため、上海の一部の地域では、接種が完了すれば1000元(約1万7000円)をインセンティブとして給付する地域も出てきている。
接種証明書がないと生活に支障
外国製ワクチンは対象外
中国在留邦人のワクチン接種も進んでいる。接種には1回100元(約1700円)かかり、強制でも義務でもないが、「接種証明書がないと生活に支障をきたすようになってきた」との声が聞かれる(在住都市の保険があれば無料、接種費用は地域差あり)。
現在、省を越える移動には、接種証明書や決められた期間にPCR検査を受けた陰性証明を提示する必要があるが、今後はより狭い範囲で必須となりそうだからだ。
在住日本人の中には、中国製ワクチンへの懸念から6月末に日本で始まった職域接種や8月1日から成田空港と羽田空港で実施されている海外在住者向けのワクチン接種を受けるために一時帰国をする人も出始めている。
しかし、日本でファイザー製ワクチンを2回接種して、7月末から始まった日本版の「新型コロナワクチン接種証明書(ワクチンパスポート)」を取得しても中国ではワクチン接種とはみなされていないのが現実だ。
中国版のワクチンパスポート(接種証明書)は、中国製ワクチンしか認められておらず、中国製以外のワクチンは今後も含まれることはないだろうと在留邦人の中ではうわさされている。
中国に支社を持ち、新型コロナ前まで頻繁に日中を往復していた日本人の中には、日本でファイザー製ワクチンを2回、中国でも中国製ワクチンを2回の合計4回接種した人もいる。
中国国内の移動やビジネスに支障が出るため、中国が発行する接種証明書がどうしても必要だからだ。しかも、中国が認めるワクチンの接種を完了させていても海外からの入国時の隔離は免除されていない。当然、ファイザーなどを接種していても隔離措置においては意味をなさない。
現在、中国の主要都市では入国後、指定のホテルで21日間隔離される。大連など一部地域では28日間隔離と実に約1カ月間も部屋から一歩も出ることができないという、世界のどこよりも過酷な感染対策を実施している。
8月上旬に大連から入国して指定ホテルで隔離中の日本企業代表によると、ホテルは2カ所から選ぶことができ、28泊分の滞在費1万1550元(約19万7000円)と別途かかる検査費用も合わせて前払いで支払ったとのこと。
中国の厳しい防疫体制
いつまで続く?
中国はこの厳しい防疫体制をいつまで続けるのか。
「少なくても来年2月の北京冬季オリンピックまでは、今の体制は緩めないだろうと聞いています。今、中国国内では『感染は抑え込んだ。ウイルスはすべて外から入ってくる。危険なのは外だ』と繰り返し訴えています。中国政府は『市民の命を守る』ことを前面に押し出しているので、そう言われてしまうと、表向き異を唱える人は誰もいない状態です」(青島在住の日本人)
中国政府は、新型コロナウイルスで人的往来が大きく抑制され、内向きになったことを好機とばかりに内需主導型の成長を柱とすると「双循環」という成長戦略を打ち出している。
一党独裁の中国では、コロナ禍とは関係なく、元々中国人の海外旅行は許可制で、全面解禁されているわけではない。
近年、中間層が拡大したことによって海外旅行を求める声の高まりに応じて、しぶしぶ許可人数を増やしてきた。だが、海外、特に日本や欧米などの自由主義国へは行かせたくないというのが中国政府の本音だ。そのため、いろいろな理由を付けて日本などへの渡航を禁止したり、人数を制限することを繰り返してきた。さすがに、対米渡航制限は米国からの猛烈な反発を懸念してか、これまで日本のように言いがかり的な理由での大規模な制限は確認されていない。
中国版ワクチンパスポートに潜む
もう一つの思惑
中国政府は国民の命を守るという大義名分を唱えることで、これまで以上に私権制限を堂々と行うことができるようになった。接種証明書をほぼ全員のスマホへ入れることで、中国のテック企業であるテンセントが運営するメッセージアプリであり、検閲やユーザー監視が行われているという批判の声もあるWeChat(ウィーチャット)を超えるデジタル監視体制ができつつある。
そう考えると、中国にとっては中国製ワクチンの効果はそれほど問題ではない。監視アプリを全員へ導入させて日常的に起動し機能させることのほうが国内を統制する上で重要なのだろう。
「新幹線(高速鉄道)に乗るのに接種証明アプリが必要なので入れています。当然、私の位置情報や端末内の情報は抜き取られていると思います。そう認識して、VPN(仮想プライベートネットワーク)を入れた別端末を用意して日本とのやり取りするなど使い分けるようにしています。周りの日本人たちも同じような認識で監視をできる限り回避させていますよ」(大連在住の日本人)
仮に北京冬季オリンピックが開催されて、無事に終わったとしても、中国政府は、継続的なコロナ対策を理由に入出国制限をある程度維持すると考える在留邦人は多い。
そうなれば、中国政府は合法的に中国人の海外出国者を減らせる。さらに、これまで日本国籍を持つ者なら誰でもビザなしで入国できたが、中国の接種証明書を持っていないと7日間隔離するなどの制限をかける場合、日本人をはじめとする外国籍者の入国も減らすことができる。
この状態こそが毛沢東をロールモデルにしているとされ、前例を打ち破って3期目を目指す習近平国家主席が理想とする「中国共産党が指導する“正しい”中国」に近づくのではないだろうか。