・防衛産業は本当に旨味なし? 相次ぐ撤退 国防の危機打開に経団連も注目の「MRO」とは(乗り物ニュース 2021年3月22日)

竹内 修(軍事ジャーナリスト)

※日本で防衛装備品の輸入による調達が急増する一方、その製造から撤退する国内企業が相次いでいる。以前にも増して企業側に「旨味」が少なくなったことが防衛産業に影を落とすなかで、注目されているのが、装備品の維持管理事業「MRO」だ。

「あの事件」でさらに旨味が少なくなった防衛産業
 
防衛産業は独立国の安全保障にとって不可欠な存在だが、日本の防衛産業は今、危機に瀕していると言っても過言ではない。その理由のひとつは、利益率の低さ。さらにそれは、ある事件が尾を引いている。

その事件は2007(平成19)年に起こった、いわゆる「山田洋行事件」だ。当時の防衛事務次官が賄賂の見返りに防衛装備品納入の便宜供与を図ったもので、防衛省はこの反省から、防衛装備品の調達に原則として一般競争入札を適用している。

防衛省が防衛装備品の調達に、公平性の向上や企業努力の促進などが見込める一般競争入札を原則として適応したこと自体は正しかったと筆者は思うが、一般競争入札には過度な価格競争を招き、企業の利益率を著しく低下させるという側面もある。

一般競争入札の原則適用以前から、防衛装備品の製造は安定した受注は見込めるものの、それほど利益率の高いビジネスではなかった。しかし一般競争入札の適用によって厳しい価格競争を余儀なくされて以降、防衛装備品の製造は以前にも増して元請企業にとって、利益率の低いビジネスとなった。防衛省は2014(平成26)年2月、一律に一般競争入札を適用する方針を改めたが、利益率の低さは改善されていない。

これが実際に影響を及ぼし始めているのだ。たとえば陸上自衛隊と航空自衛隊で運用されている軽装甲機動車などを開発したコマツは、防衛省・自衛隊の装甲車両の新規製造から撤退する方針を固めている。また経営再建を進めている三井E&S造船は、防衛省向け艦艇事業を三菱重工業に売却する。コマツや三井E&S造船が防衛装備品の新規製造からの撤退を決めた背景には、その利益率の低さもあると見られている。

日本の防衛産業を衰退させるもうひとつの要因とは?
 
防衛装備品の輸入の急増も、日本の防衛産業を危機的な状況に追い込んでいる理由のひとつだ。

防衛省の予算の中で防衛装備品の調達に使用される経費は「物件費」と呼ばれるが、平成22(2010)年度の物件費の輸入比率は8.0%だったのに対し、令和元(2019)年度の物件費の輸入比率は27.8%に達している。とりわけアメリカからのFMS(対外有償軍事援助)を利用する防衛装備品の導入増加は著しく、令和元年度の防衛予算ではFMS経費が7013億円に膨れ上がっている。

日本の工業生産額全体に占める防衛省向け生産額は1%以下であることを考えれば、大手企業にとって防衛装備品の輸入増加に伴う国内生産の減少は、それほど大きな痛手になるとは言えない。ただ、元請企業からの受注で部品の製造などを行う中小企業にとって、輸入増加に伴う防衛装備品の国内生産の減少は死活問題であり、このため撤退する企業が増加している。

これら中小企業の撤退によりサプライチェーンの維持が困難になりつつあることに加えて、前述した利益率の低さもあいまって、防衛装備品の製造から撤退する大手企業も現れているというのが現状だ。

このまま防衛装備品を製造する企業の撤退が続出すると、自衛隊が運用する防衛装備品の維持が困難になるだけでなく、独自に防衛装備品を製造する能力を喪失すると、外国から防衛装備品を購入する際、価格を含めた条件交渉も困難になる。

こうした状況を打開するため、防衛装備庁は2020年12月17日に経団連(日本経済団体連合会)と意見交換会を実施し、「サプライチェーンの維持・強化」「契約制度および調達のあり方」「先進的な民生技術の積極的な活用」「情報保全の強化」「防衛装備・技術の海外移転」の5つの項目について話し合った。防衛装備庁は、アメリカ製防衛装備品の維持整備などへの国内企業の参画要望を調査した上で、アメリカ政府やアメリカ企業とのマッチングや、アメリカの入札制度などへの適応支援を行っていく方針を示している。

大手が獲得に乗り出す「MRO」事業
 
アフターマーケットであるMRO(整備・補修・オーバーホール)は完成品の製造に比べて地味な印象を受けるが、生産数の多いアメリカ製防衛装備品のMRO事業の市場は大きい。また、完成品の製造に比べて安定した収益が見込めることから、獲得に乗り出す企業もある。

たとえばボーイングは自社製品の包括的なサポート事業「ボーイング・グローバル・サービス(BGS)」部門を立ち上げ、将来的には民間航空機部門と防衛宇宙部門に並ぶ企業の柱とすることを目論んでいる。

日本企業はどうか。アメリカ製防衛装備品の維持整備については、F-35戦闘機のアジア太平洋地域の整備担当企業に三菱重工業とIHIが選定されており、2019年2月13日付の日本経済新聞は、2025年以降にF-35の戦闘システム構成品を整備するアジア太平洋地域の拠点も日本に置かれ、三菱電機が受注する見込みであると報じている。F-35はアジア太平洋地区だけでも航空自衛隊、韓国空軍、オーストラリア空軍、シンガポール空軍が導入しており、同地域に展開するアメリカ軍やイギリス軍機などのMROも手がけることができれば、より事業規模は拡大する。

防衛装備庁と経団連は前述した意見交換会で、防衛装備品と技術の海外移転に関して、官民の連携をいっそう強化し、防衛装備庁、商社、製造企業が連携した「事業実現可能性調査」を推進していくことでも一致している(令和2年度から事業化)。これは相手国の潜在的なニーズを把握して、提案に向けた活動を行う事業だが、この調査の過程で、対象となっている東南アジア諸国が運用するアメリカ製防衛装備品のMROに対するニーズが判明したとの話もある。

振り返って日本は、少子化による若年労働力の不足により、将来すべての防衛装備品の完成品製造事業を継続するのは困難だ。こうした状況下で日本の安全保障にとって不可欠な存在である国内防衛産業を維持していくためには、高い技術力と豊富な経験という財産が活用できる、外国製装備品のMRO事業に活路を見出すべきだと筆者は思う。


・スクープ!住友重機械が機関銃生産から撤退へ 日本の防衛産業から撤退が相次ぐ切実な事情(東洋経済ONLINE 2021年4月15日)

清谷 信一

※防衛産業から撤退する大手企業が増えている。戦闘機選定が混迷した末に、F-35Aが選定されたことで、横浜ゴムや住友電工が戦闘機生産から撤退、その後、戦闘機などの射出座席を生産していたダイセルは完全に防衛産業から撤退した。コマツは装甲車製造から撤退を決定。同社は砲弾も製造しているが、これも戦車や火砲の数が前防衛大綱から現防衛大綱になって半減することが決まっており、同社の撤退は時間の問題と見られている。

そして最近、自衛隊に機関銃を供給している住友重機械工業(住友重機)が、現在の陸自次期機銃選定の途中で辞退、機関銃の生産をやめると見られている。

陸自の評価試験を途中で辞退
 
住友重機械工業は陸自の次期5.56ミリ機関銃選定に試作品を出していたが、評価試験を途中で辞退した。陸自は7.62ミリ62式機銃の後継としてFN社の5.56ミリのMINIMI(Mk1)を1993年に選定、以後住友重機械工業が2019年度までライセンス生産で、4922丁を生産した。

新型機銃はMINIMI Mk1の調達と中止で旧式化したため、未調達の約800丁の更新用となる。その後、既存のMINIMI MK1もこの新型機銃で置き換えられるとみられている。

候補は住商エアロシステムが代理店を務めるFN社のMINIMI Mk3、JALUXが代理店を務めるH&KのMG4、そして住友重機械工業が独自開発した5.56ミリ機銃の3種類であった。

防衛省2019年度にこれら3種類のサンプルの予算を計上、2020年度から試験を開始している。防衛省のスポークスマンは「企業側から、仮に選定された場合における量産の辞退の申し出があった」と説明、当該品種に係る試験は継続しないことになった。

このためトライアルはMINIMI Mk3とMG4の2候補で継続される。新機関銃はライセンス生産ではなく、輸入になると見られている。

住友重機械工業は自社開発の74式機銃、12.7ミリM2機銃、5.56ミリMINIMI Mk1、M61A1 20mmなどをライセンス生産してきた。2013年、住友重機械工業がこれらの機銃の性能や耐久性などのデータを40年以上改ざんし、防衛省が定める発射速度や目標命中率などの基準を満たさないまま納入していたことが判明した。このため同社は指名停止措置5カ月、賠償請求金額6247万4916円の罰則を受けた。

国産機銃の価格は外国製の約5倍であり、財務省からも改善あるいは輸入に切り替えることをたびたび要求されている。また海自は2016年に住友重機械工業のMINIMIが高いために、外国製に切り替えることを検討したこともある。

陸自は現在M2および、74式機銃の後継も検討中であり、これらが外国製に切り替わる可能性は大きい。また機関砲や火砲を生産している日本製鋼所は機銃ビジネスに興味を持っていると同社の関係者は語っている。同社は近年自社開発のRWS向けに動力付きの20mm機関砲を開発し、海上自衛隊に提案したが、この機関砲は採用されなかった。

複数の業界関係者の情報によれば住友重機の機銃生産撤退は決定事項だという。事実、防衛省の機銃調達も大きく減っている。

この背景にはいくつかの理由がある。

発注が小単位、高価に
 
まず防衛省しか顧客がいないのに、小規模な小火器メーカーが乱立し、それぞれを維持するために発注が少単位、高価になってきたことがある。高価だから調達数が減るという悪循環に陥ってきた。

拳銃と短機関銃はミネベアミツミ、小銃、迫撃砲、対戦車無反動砲などは豊和工業、機銃と20ミリ機関砲は住友重機、それ以上の口径の機関砲や戦車砲、榴弾砲、護衛艦の主砲などは日本製鋼所が担当して棲み分けてきた。

だがミネベアミツミの短機関銃である機関拳銃は単価が44万円と高価格でしかも性能不良で途中で調達が中止され、自衛隊向けの新型拳銃はH&K社にSFP9の輸入に決定し、残るのは警察用の拳銃ぐらいで事業の維持が難しいだろう。

豊和工業にしても89式の更新である2式小銃の契約はとれたが、84ミリ無反動砲M2はライセンス生産だったが、これにかわるM3は輸入に切り替わり、近年採用された60ミリ迫撃砲も輸入である。81ミリ迫撃砲と120ミリ迫撃砲は生産が続いているが生産数は少なく、導入が予定されている自走120ミリ迫撃砲用の迫撃砲は輸入に切り替わる可能性もある。このためこれまた防衛部門の売り上げは減っている。

比較的売り上げを維持できているのは日本製鋼所だけだ。だが、先に述べたように戦車・火砲の定数は半減する。また同社の開発したRWS(リモート・ウェポン・ステーション)は海自には採用されたが、陸自の新型装甲車には採用されないと見られている。

防衛予算が大きく伸びることがなく、装備の高度化によって維持整備費用が装備の調達費を上回っている。しかも少子高齢化で将来の自衛隊の縮小は明らかだ。厳しい国際市場で戦うことなく、国内の自衛隊、海保、警察などが顧客である国内火器メーカーは価格が海外の製品の5~10倍であり、性能的にも劣ることが多い。

そして製品の多くはライセンス品であるが、先述の住友重機のように品質が劣ることが多い。ミネベアミツミが生産していた9ミリ拳銃でも2000発程度でフレームにヒビがはいるなど、オリジナルのSIG社の製品より耐久性は1桁低い。また日本製鋼所のライセンス製造していた牽引式155ミリ榴弾砲も、砲身の精度は高いものの、オリジナルよりも作動不良が多い。

監督官庁は再編を促せず、企業側も決定を先送り
 
国内で企画される火器は少なく、設計者が設計に携わるのは一生に1~2回程度でしかない。また売り上げが小さいために基礎研究費も大して出せない。

本来なら防衛省や経産省が音頭を取って業界再編を促すのが望ましかった。1社に拳銃から火砲まで任せれば、生産性が上がり、コストが低減でき、また開発の機会も増えたはずだ。

無論企業側にも問題がある。将来性がなく、いつかは事業として成り立たないまでに売り上げ規模が減り、開発能力を向上させることもなく、新たな設備投資もできないのにいつまでも防衛産業から撤退できずに、決定を先送りしてきた。これは官民ともに当事者意識と能力の欠如だと筆者は思う。

今後も外国よりも高いコストで、低性能、低品質の装備を作り続けた揚げ句に、防衛産業から手を引く企業は増えていくだろう。


※ブログ主コメント:安全と安定供給が優先される水道事業や電気事業や農業と同じで、公共事業である防衛産業と新自由主義≒市場原理主義は合わない。市場原理=調達価格の安さを徹底すれば、ライセンス生産すら不可能になり、日本の防衛産業の市場規模の小ささの面から、どうしても日本の国内防衛産業は潰れ、兵器は全て外国製となり、国産兵器開発・製造能力=自主防衛能力は失われてしまう。

もちろん公共事業によって求められるものは異なる。防衛産業に求められるのが自国の自主独立と自主防衛能力の維持である。ゆえに外国製兵器に依存するのは、供給国に、軍事的のみならず、政治的にも経済的にも依存・従属することにつながり、危険なのである。

兵器に関しては国内防衛産業の安定した利益を保証するべきであり、ある程度の採算は度外視して、兵器の一般競争入札は廃止すべきである。