・NHK、「宗教2世」番組を放送。カルト2世問題を“宗教”に一般化する危うさ(HARBOR BUSINESS ONLINE 2021年2月28日)
※2月9日、NHK Eテレの福祉情報番組で「宗教2世」をテーマとした番組が放送された。「宗教2世」と聴くとお寺や教会などの跡継ぎを巡る事象のことかと思ってしまうところだが、番組で取り上げられたのは全てカルトと指摘される宗教団体の2世信者、所謂「カルト2世」の問題に関わるものだった。当初、取材対象を「カルト宗教の2世信者」としていた番組制作サイドは、なぜテーマを「カルト2世」や「カルト宗教2世」ではなく「宗教2世」と“宗教”に一般化してしまったのか。社会におけるカルト問題の認知が後戻りしてしまいかねない危険な兆候を検証する。
◆NHKハートネットTV「宗教2世」
2月9日夜、福祉情報番組・ハートネットTV(NHK Eテレ)が『“神様の子”と呼ばれて~宗教2世 迷いながら生きる~』を放送した。具体的な教団名こそ出していないものの、エホバの証人(ものみの塔聖書冊子協会)や統一教会(天の父母様聖会世界平和統一家庭連合)を脱会した元2世信者が自身の苦悩や葛藤、親との関係性や自身の子どもへの接し方などを語る内容で、実質的に「カルト2世」の問題を扱ったものだ。番組では2世の親(元信者)の証言やカルトの2世問題に詳しい社会心理学者のコメントも紹介、SNS上での反響は2世当事者を始め殆どが好意的なものだった。しかし「2世問題」の取材や報道などを行ってきた筆者から見ると、看過できない点が多々あった。
◆筆者が追ってきた「2世問題」
筆者はこれまで週刊誌『AERA』(朝日新聞出版)2018年6月11号に『時代を読む 新宗教元2世信者「目に見えない檻の中に隔離された」「親の付属品」脱け出した』を寄稿、2世問題が「カルト団体」に付随した事象であることを指摘した同記事はAERA.dotに『新宗教団体2世信者たちの葛藤 オフ会が居場所、難民化の懸念も』として転載されている。
その半年後、2019年1月発行の『一冊の本』(朝日新聞出版)には、スピリチュアル系の2世についての論考『神格化する胎内記憶少女、繰り返す「感動ポルノ」と商業利用されるスピリチュアル2世』が掲載された。
また、この時期に数回主催した2世問題のトークイベントでは各カルト団体の2世に共通する事象やその背景を探り、問題の本質の可視化を試みた。2019年8月、破壊的カルトの諸問題の研究を行う日本脱カルト協会(JSCPR)が開いた夏季公開講座『子どもの虐待と家族・集団の構図』を企画、モデレーターを務めた。公開講座のテーマは検討を重ねた末に「外部からは見えにくい集団や家族内での虐待。その背景に何があるのか。私たちはどのように連携すべきなのか。具体的な対応や支援の方法を探る」とし、2世問題の核心を明示化するための言葉を慎重に選んだ。
◆“嫌な予感”が的中、2世問題の背景はスルー
今回のハートネットTVの番組宣伝文はこういうものだった。
“「あなたは私の子じゃない。神様の子なのよ」。今、親が信仰する宗教の下で育った「宗教2世」と呼ばれる人たちが、SNSや漫画を通して声を上げ始めている。宗教こそが家族を幸せにし、教義を基軸とした教育こそが我が子のためになると信じる親によって、恋愛や進学、就労などさまざまな場面で自らの意志を奪われ続けてきたという。これまであまり語られることのなかった、“神様の子”として生きてきた人たちの声に耳を傾ける。”〈出典:ハートネット福祉情報総合サイト|ハートネットTV〉
筆者はこの番組予告を見て以下の懸念をツイートした。
“嫌な予感しかしない。カルト問題の枠組みの中で捉えるべき問題が単に宗教の問題だと誤解されかねない。“
〈筆者のtwitter|鈴木エイト ジャーナリスト@cult_and_fraudより〉
予感は“的中”した。実際に放送された内容は当事者の“声に耳を傾け”たのみで、やはり「カルト」という言葉は一切使われず、2世問題の背景にある「組織と人権侵害の構図」は明示されなかった。前述のJSCPR公開講座のテーマにもある「その背景に何があるのか」を示さない限り、2世たちが辿ってきた過程は単なる「逆境に耐えて頑張った人たちの物語」になってしまう。
カルト団体の2世を巡る諸問題について、一般メディアが「宗教2世」との呼称を前面に立て取り上げた例はこれまでなかった。聞くところによると、今回の番組を企画したNHK名古屋放送局のディレクターも当初「カルト宗教の2世信者」をテーマに取材を始めたという。ところが、当事者への取材を経て「カルト2世」や「カルト宗教2世」は封印され「宗教2世」となった。
なぜ「カルト」の表記は使われなかったのか。可能性の一つとして考えられるのは、当事者に対する“配慮”だ。
◆当事者への配慮による功罪
番組制作サイドが当事者への配慮、つまり2世からの要望によって「宗教2世」にしたとすると、思い当たるのは番組で紹介されたあるサイトの記述だ。昨年5月、統一教会2世の20代女性が“経験共有の場”として開設した自助サイト『宗教2世ホットライン』には、「カルト2世」との表現を使用しない理由がこう綴られている。
宗教2世ホットラインHP 〈宗教2世ホットライン|ホーム〉© ハーバー・ビジネス・オンライン 宗教2世ホットラインHP 〈宗教2世ホットライン|ホーム〉
“○宗教2世とは
巷では「カルト2世」という表現がされることもありますが、本サイトでは彼らを指すものとしてそのような表現は使用しません。その理由を以下に記します。
①現在も信仰生活を続ける2世達の信教の自由、そして尊厳を保持するため。
②「カルト」とは否定的なイメージがつきまとう修飾語であり、2世の存在そのものに対して差別的ニュアンスを与えかねないため。
③当問題は「カルト」と目される教団以外でも観察されるため。“〈出典:宗教2世ホットライン|宗教2世問題とは〉
この一連の記述には違和感を抱いた。
「カルト2世」との呼称は、2世信者の信教の自由を侵害するものではないからだ。また「否定的なイメージ」「差別的ニュアンス」との指摘は、全国の各大学で採られているカルト対策に統一教会系の原理研究会(CARP)が抗議した際の「カルトという言葉はヘイトスピーチ、差別用語である」旨の主張との近似性を感じる。当然ながら「カルト」は差別用語ではなく、現役2世信者の尊厳を損なうものでもない。
また、社会問題となった複数の農業コミューンを始め宗教系カルト以外にも「カルト2世問題」はあり、「宗教2世」では問題の対象が限定されてしまいかねない。2世問題は「組織性による人権侵害と不可避な子どもへの加虐性」との枠で捉える必要がある。但しこれは、そこまで広く宗教系カルトを脱会した当事者2世にカバーすることを求める筋合いのものではない。
『宗教2世ホットライン』については2世の自発的活動として高く評価している。但し、その“基本設定”には危うさも見られる。
◆ミスリードも
この種の社会問題を扱う際の制作側の問題点は、番組のツイッターでも露わになった。放送当日、ハートネットTV公式ツイッターに番組ディレクターがこうツイートした。
“「親は憎くないのか」という問いかけに当事者たちの答えは「憎くはない」でした“〈出典:twitter|NHKハートネット@nhk_heart〉
筆者は引用ツイートで番組制作側の型の嵌め方やミスリードに苦言を呈した。
“親や当該団体を憎む2世も少なからず存在する。「親を憎むべきではない」が”正しい2世の心構え”としてスタンダード設定されてしまうことは、2世の多様性の否定になりかねない。「取材した範囲では~」等のエクスキューズを入れるべきだと思う“〈出典:twitter|鈴木エイト ジャーナリスト@cult_and_fraud〉
すると放送翌日、同アカウントにやはり番組ディレクターの表記とともにリプライがあった。
“取材時、「親は憎くないのか」という問いかけに当事者からは「憎くはない」という答えもあり、 一方で、「親が憎い」と感じる方も“〈出典:twitter|NHKハートネット@nhk_heart〉
取材時、実際にそのような反応があったのであれば、当事者の声を黙殺するような発信は避けるべきだった。また、当事者の一方の“主張”を全体のスタンダードとして提示する傾向が番組側にあるとしたらそれも問題だ。
◆俯瞰する視点なし、当事者が見ないものとは
前述の通り、制作側は当初「カルト宗教2世」をテーマに動いていた。それが「宗教2世」となった経緯に、2世問題を読み解くポイントがある。取材者・メディアには第三者として俯瞰する観点が求められる。当事者が見ようとしない、見えないところに問題の核心があり、その可視化こそメディアの役割である。
親(1世)から子ども(2世)への加害性や加虐性はどこからもたらされ何に由来するのか、包括的に捉える視点は見出せず、全体の構図が示されないまま番組は終了した。視聴者は単に「宗教が悪い」「宗教は怖い」と思わなかっただろうか。
◆直前でのトークイベント名称変更「カルト2世」はNGワードなのか
当事者への配慮が働いたケースには先例がある。
毒親系の作品を発表している漫画家の菊池真理子氏と生きづらさをテーマにする朗読詩人の成宮アイコ氏が企画・司会を担い、ゲストにエホバの証人2世で詩人のiidabii氏と創価学会2世のネイキッドロフトスタッフ幸氏を迎え1月16日に開催された『宗教2世と機能不全家庭〜うえつけられた価値観から逃げたい!』という配信トークイベントだ。
昨年12月に発表された際のイベントタイトルは『カルト2世と機能不全家庭〜うえつけられた価値観から逃げたい!』だった。しかし、1月8日になってタイトル内の「カルト2世」が「宗教2世」へと変更されたのだ。
イベント冒頭、タイトル変更の理由について成宮氏から「当事者2世からの要望」と説明があった。質問箱サービス“マシュマロ”での菊地氏と2世とのやり取りが背景にあったようだ。
当事者である2世が「カルト」という言葉を忌避する心情は理解できる。但し、そのことによって問題を正確に捉えることができなくなったり、不可視化してしまうようでは本末転倒だ。
当事者からの要望や企画・制作側の配慮によって「カルト2世」表記が排除される事例は今後も起こり得る。
◆カルト問題の認知が退行する懸念も
ハートネットTVの番宣には『「宗教2世」と呼ばれる人たち』とあるが、一部の当事者が使う「宗教2世」をメディアまでもが率先して“採用”することによって「『カルト2世』ではなく『宗教2世』にすべき」ということがこのまま既成事実化してしまうと、今後「カルト」という言葉自体が禁句扱いされかねない。それは間違いなく「カルトにおける2世問題」の周知や理解への妨げとなる。
カルト団体に共通する問題の本質は人権侵害にあり、カルトにおける2世問題はその人権侵害の最たるものだ。団体・組織が持つ特性として人権侵害や精神的(時には肉体的)虐待が不可避な状態で2世に圧し掛かっているのが「カルトの2世問題」である。
「カルト」という言葉を使わなくても、2世への深刻な人権侵害の構造を提示することは可能だ。だが、今回のハートネットTVのように、その本質や枠組みを意図的に排除した状態では問題の全体像を示すことはできない。
カルト問題の文脈の中での「2世問題」を「宗教2世」としてしまうことが決定的におかしいと筆者が感じる根拠は、宗教系カルトの諸問題に対するこれまでの議論の蓄積にある。
我々の社会は一連のオウム真理教事件への考察を経て、学んだ筈だ。問題の核心は「宗教」ではなく「カルト性」にあったことを。社会の至る所にカルトの萌芽はある。2世問題が「カルト」ではなく「宗教」の問題と一般化されてしまうことは、カルト問題に対するこの25年間の歩みを無にするばかりか、社会の認知が誤った方向へ進みかねないと危惧する。
◆欠けていた視点
また今回の番組に欠けていたのが、2世たちが受けてきた様々な被害は我々の社会の無関心・無知・偏見によって齎されてきたという視点である。その指摘があれば、少なくとも視聴者は自身に直結した問題であると受け止めることができた筈だ。それは2世たちが直面する生きづらさの軽減に繋がる。
カルト2世当事者のうち、時間をかけて自身の経験を対象化し客観的に総括できている人は一部に限られる。カルト2世は成長過程において自由な意思決定を阻害されていたためか、対人関係スキルや社会的な経験値の低さと相俟って脱会後の社会生活を送る上でトラブルに直面しやすい傾向も指摘されている。
葛藤や生きづらさを抱えたまま社会に適応することが困難な状態に置かれている2世は多い。そんな大人になったカルト2世たちを「カルトアダルトチルドレン(CAC)」等の呼称で可視化していくことも、今後の2世問題の周知では必要となっていくだろう。
◆ハートネットTVへ照会、NHK広報局からの回答は
2月20日、ハートネットTVサイトの投稿フォームへ、筆者の懸念を記した上で今回の番組において「宗教2世」とした理由や経緯について問い合わせた。2月25日にNHK広報局から来た回答は素っ気ないものだった。
「個別の番組の制作過程についてはお答えしておりません」
公共放送で「2世問題」を取り上げた意義は大きい。しかし、その公共放送においてカルトの2世問題を「宗教2世」と“宗教”に一般化したことには異議を表明しておきたい。
◆人権侵害と信仰継承
これまで筆者は山口県岩国市の自治体直営施設内で起こった “レリジャスハラスメント(*立場を利用した宗教勧誘/religious harassment)”事件を報じた本サイト記事で、天理教の“里親連盟福祉活動”における里子への教化に言及するなど人権侵害を伴う広義の「信仰継承」問題について書いてきた。
その上で、カルト宗教における苛烈な人権侵害を伴う2世問題は、冒頭で触れた寺や教会の跡継ぎ問題のような一般的な信仰継承に纏わる“葛藤”などとは全く次元が異なるものであることだけは強調しておきたい。
憲法20条の「信教の自由」には、当人の「信仰しない自由」と親による「宗教教育の自由」がせめぎ合う。カルト宗教の2世問題を考える際に相反するこれらの「信仰の自由」についての議論はここでは措き、別の機会に提示したい。
<取材・文/鈴木エイト(ジャーナリスト)>
【鈴木エイト】
すずきえいと●やや日刊カルト新聞主筆・Twitter ID:@cult_and_fraud。滋賀県生まれ。日本大学卒業 2009年創刊のニュースサイト「やや日刊カルト新聞」で副代表~主筆を歴任。2011年よりジャーナリスト活動を始め「週刊朝日」「AERA」「東洋経済」「ダイヤモンド」に寄稿。宗教と政治というテーマのほかに宗教2世問題や反ワクチン問題を取材しトークイベントの主催も行う。共著に『徹底検証 日本の右傾化』(筑摩選書)、『日本を壊した安倍政権』(扶桑社)
※2月9日、NHK Eテレの福祉情報番組で「宗教2世」をテーマとした番組が放送された。「宗教2世」と聴くとお寺や教会などの跡継ぎを巡る事象のことかと思ってしまうところだが、番組で取り上げられたのは全てカルトと指摘される宗教団体の2世信者、所謂「カルト2世」の問題に関わるものだった。当初、取材対象を「カルト宗教の2世信者」としていた番組制作サイドは、なぜテーマを「カルト2世」や「カルト宗教2世」ではなく「宗教2世」と“宗教”に一般化してしまったのか。社会におけるカルト問題の認知が後戻りしてしまいかねない危険な兆候を検証する。
◆NHKハートネットTV「宗教2世」
2月9日夜、福祉情報番組・ハートネットTV(NHK Eテレ)が『“神様の子”と呼ばれて~宗教2世 迷いながら生きる~』を放送した。具体的な教団名こそ出していないものの、エホバの証人(ものみの塔聖書冊子協会)や統一教会(天の父母様聖会世界平和統一家庭連合)を脱会した元2世信者が自身の苦悩や葛藤、親との関係性や自身の子どもへの接し方などを語る内容で、実質的に「カルト2世」の問題を扱ったものだ。番組では2世の親(元信者)の証言やカルトの2世問題に詳しい社会心理学者のコメントも紹介、SNS上での反響は2世当事者を始め殆どが好意的なものだった。しかし「2世問題」の取材や報道などを行ってきた筆者から見ると、看過できない点が多々あった。
◆筆者が追ってきた「2世問題」
筆者はこれまで週刊誌『AERA』(朝日新聞出版)2018年6月11号に『時代を読む 新宗教元2世信者「目に見えない檻の中に隔離された」「親の付属品」脱け出した』を寄稿、2世問題が「カルト団体」に付随した事象であることを指摘した同記事はAERA.dotに『新宗教団体2世信者たちの葛藤 オフ会が居場所、難民化の懸念も』として転載されている。
その半年後、2019年1月発行の『一冊の本』(朝日新聞出版)には、スピリチュアル系の2世についての論考『神格化する胎内記憶少女、繰り返す「感動ポルノ」と商業利用されるスピリチュアル2世』が掲載された。
また、この時期に数回主催した2世問題のトークイベントでは各カルト団体の2世に共通する事象やその背景を探り、問題の本質の可視化を試みた。2019年8月、破壊的カルトの諸問題の研究を行う日本脱カルト協会(JSCPR)が開いた夏季公開講座『子どもの虐待と家族・集団の構図』を企画、モデレーターを務めた。公開講座のテーマは検討を重ねた末に「外部からは見えにくい集団や家族内での虐待。その背景に何があるのか。私たちはどのように連携すべきなのか。具体的な対応や支援の方法を探る」とし、2世問題の核心を明示化するための言葉を慎重に選んだ。
◆“嫌な予感”が的中、2世問題の背景はスルー
今回のハートネットTVの番組宣伝文はこういうものだった。
“「あなたは私の子じゃない。神様の子なのよ」。今、親が信仰する宗教の下で育った「宗教2世」と呼ばれる人たちが、SNSや漫画を通して声を上げ始めている。宗教こそが家族を幸せにし、教義を基軸とした教育こそが我が子のためになると信じる親によって、恋愛や進学、就労などさまざまな場面で自らの意志を奪われ続けてきたという。これまであまり語られることのなかった、“神様の子”として生きてきた人たちの声に耳を傾ける。”〈出典:ハートネット福祉情報総合サイト|ハートネットTV〉
筆者はこの番組予告を見て以下の懸念をツイートした。
“嫌な予感しかしない。カルト問題の枠組みの中で捉えるべき問題が単に宗教の問題だと誤解されかねない。“
〈筆者のtwitter|鈴木エイト ジャーナリスト@cult_and_fraudより〉
予感は“的中”した。実際に放送された内容は当事者の“声に耳を傾け”たのみで、やはり「カルト」という言葉は一切使われず、2世問題の背景にある「組織と人権侵害の構図」は明示されなかった。前述のJSCPR公開講座のテーマにもある「その背景に何があるのか」を示さない限り、2世たちが辿ってきた過程は単なる「逆境に耐えて頑張った人たちの物語」になってしまう。
カルト団体の2世を巡る諸問題について、一般メディアが「宗教2世」との呼称を前面に立て取り上げた例はこれまでなかった。聞くところによると、今回の番組を企画したNHK名古屋放送局のディレクターも当初「カルト宗教の2世信者」をテーマに取材を始めたという。ところが、当事者への取材を経て「カルト2世」や「カルト宗教2世」は封印され「宗教2世」となった。
なぜ「カルト」の表記は使われなかったのか。可能性の一つとして考えられるのは、当事者に対する“配慮”だ。
◆当事者への配慮による功罪
番組制作サイドが当事者への配慮、つまり2世からの要望によって「宗教2世」にしたとすると、思い当たるのは番組で紹介されたあるサイトの記述だ。昨年5月、統一教会2世の20代女性が“経験共有の場”として開設した自助サイト『宗教2世ホットライン』には、「カルト2世」との表現を使用しない理由がこう綴られている。
宗教2世ホットラインHP 〈宗教2世ホットライン|ホーム〉© ハーバー・ビジネス・オンライン 宗教2世ホットラインHP 〈宗教2世ホットライン|ホーム〉
“○宗教2世とは
巷では「カルト2世」という表現がされることもありますが、本サイトでは彼らを指すものとしてそのような表現は使用しません。その理由を以下に記します。
①現在も信仰生活を続ける2世達の信教の自由、そして尊厳を保持するため。
②「カルト」とは否定的なイメージがつきまとう修飾語であり、2世の存在そのものに対して差別的ニュアンスを与えかねないため。
③当問題は「カルト」と目される教団以外でも観察されるため。“〈出典:宗教2世ホットライン|宗教2世問題とは〉
この一連の記述には違和感を抱いた。
「カルト2世」との呼称は、2世信者の信教の自由を侵害するものではないからだ。また「否定的なイメージ」「差別的ニュアンス」との指摘は、全国の各大学で採られているカルト対策に統一教会系の原理研究会(CARP)が抗議した際の「カルトという言葉はヘイトスピーチ、差別用語である」旨の主張との近似性を感じる。当然ながら「カルト」は差別用語ではなく、現役2世信者の尊厳を損なうものでもない。
また、社会問題となった複数の農業コミューンを始め宗教系カルト以外にも「カルト2世問題」はあり、「宗教2世」では問題の対象が限定されてしまいかねない。2世問題は「組織性による人権侵害と不可避な子どもへの加虐性」との枠で捉える必要がある。但しこれは、そこまで広く宗教系カルトを脱会した当事者2世にカバーすることを求める筋合いのものではない。
『宗教2世ホットライン』については2世の自発的活動として高く評価している。但し、その“基本設定”には危うさも見られる。
◆ミスリードも
この種の社会問題を扱う際の制作側の問題点は、番組のツイッターでも露わになった。放送当日、ハートネットTV公式ツイッターに番組ディレクターがこうツイートした。
“「親は憎くないのか」という問いかけに当事者たちの答えは「憎くはない」でした“〈出典:twitter|NHKハートネット@nhk_heart〉
筆者は引用ツイートで番組制作側の型の嵌め方やミスリードに苦言を呈した。
“親や当該団体を憎む2世も少なからず存在する。「親を憎むべきではない」が”正しい2世の心構え”としてスタンダード設定されてしまうことは、2世の多様性の否定になりかねない。「取材した範囲では~」等のエクスキューズを入れるべきだと思う“〈出典:twitter|鈴木エイト ジャーナリスト@cult_and_fraud〉
すると放送翌日、同アカウントにやはり番組ディレクターの表記とともにリプライがあった。
“取材時、「親は憎くないのか」という問いかけに当事者からは「憎くはない」という答えもあり、 一方で、「親が憎い」と感じる方も“〈出典:twitter|NHKハートネット@nhk_heart〉
取材時、実際にそのような反応があったのであれば、当事者の声を黙殺するような発信は避けるべきだった。また、当事者の一方の“主張”を全体のスタンダードとして提示する傾向が番組側にあるとしたらそれも問題だ。
◆俯瞰する視点なし、当事者が見ないものとは
前述の通り、制作側は当初「カルト宗教2世」をテーマに動いていた。それが「宗教2世」となった経緯に、2世問題を読み解くポイントがある。取材者・メディアには第三者として俯瞰する観点が求められる。当事者が見ようとしない、見えないところに問題の核心があり、その可視化こそメディアの役割である。
親(1世)から子ども(2世)への加害性や加虐性はどこからもたらされ何に由来するのか、包括的に捉える視点は見出せず、全体の構図が示されないまま番組は終了した。視聴者は単に「宗教が悪い」「宗教は怖い」と思わなかっただろうか。
◆直前でのトークイベント名称変更「カルト2世」はNGワードなのか
当事者への配慮が働いたケースには先例がある。
毒親系の作品を発表している漫画家の菊池真理子氏と生きづらさをテーマにする朗読詩人の成宮アイコ氏が企画・司会を担い、ゲストにエホバの証人2世で詩人のiidabii氏と創価学会2世のネイキッドロフトスタッフ幸氏を迎え1月16日に開催された『宗教2世と機能不全家庭〜うえつけられた価値観から逃げたい!』という配信トークイベントだ。
昨年12月に発表された際のイベントタイトルは『カルト2世と機能不全家庭〜うえつけられた価値観から逃げたい!』だった。しかし、1月8日になってタイトル内の「カルト2世」が「宗教2世」へと変更されたのだ。
イベント冒頭、タイトル変更の理由について成宮氏から「当事者2世からの要望」と説明があった。質問箱サービス“マシュマロ”での菊地氏と2世とのやり取りが背景にあったようだ。
当事者である2世が「カルト」という言葉を忌避する心情は理解できる。但し、そのことによって問題を正確に捉えることができなくなったり、不可視化してしまうようでは本末転倒だ。
当事者からの要望や企画・制作側の配慮によって「カルト2世」表記が排除される事例は今後も起こり得る。
◆カルト問題の認知が退行する懸念も
ハートネットTVの番宣には『「宗教2世」と呼ばれる人たち』とあるが、一部の当事者が使う「宗教2世」をメディアまでもが率先して“採用”することによって「『カルト2世』ではなく『宗教2世』にすべき」ということがこのまま既成事実化してしまうと、今後「カルト」という言葉自体が禁句扱いされかねない。それは間違いなく「カルトにおける2世問題」の周知や理解への妨げとなる。
カルト団体に共通する問題の本質は人権侵害にあり、カルトにおける2世問題はその人権侵害の最たるものだ。団体・組織が持つ特性として人権侵害や精神的(時には肉体的)虐待が不可避な状態で2世に圧し掛かっているのが「カルトの2世問題」である。
「カルト」という言葉を使わなくても、2世への深刻な人権侵害の構造を提示することは可能だ。だが、今回のハートネットTVのように、その本質や枠組みを意図的に排除した状態では問題の全体像を示すことはできない。
カルト問題の文脈の中での「2世問題」を「宗教2世」としてしまうことが決定的におかしいと筆者が感じる根拠は、宗教系カルトの諸問題に対するこれまでの議論の蓄積にある。
我々の社会は一連のオウム真理教事件への考察を経て、学んだ筈だ。問題の核心は「宗教」ではなく「カルト性」にあったことを。社会の至る所にカルトの萌芽はある。2世問題が「カルト」ではなく「宗教」の問題と一般化されてしまうことは、カルト問題に対するこの25年間の歩みを無にするばかりか、社会の認知が誤った方向へ進みかねないと危惧する。
◆欠けていた視点
また今回の番組に欠けていたのが、2世たちが受けてきた様々な被害は我々の社会の無関心・無知・偏見によって齎されてきたという視点である。その指摘があれば、少なくとも視聴者は自身に直結した問題であると受け止めることができた筈だ。それは2世たちが直面する生きづらさの軽減に繋がる。
カルト2世当事者のうち、時間をかけて自身の経験を対象化し客観的に総括できている人は一部に限られる。カルト2世は成長過程において自由な意思決定を阻害されていたためか、対人関係スキルや社会的な経験値の低さと相俟って脱会後の社会生活を送る上でトラブルに直面しやすい傾向も指摘されている。
葛藤や生きづらさを抱えたまま社会に適応することが困難な状態に置かれている2世は多い。そんな大人になったカルト2世たちを「カルトアダルトチルドレン(CAC)」等の呼称で可視化していくことも、今後の2世問題の周知では必要となっていくだろう。
◆ハートネットTVへ照会、NHK広報局からの回答は
2月20日、ハートネットTVサイトの投稿フォームへ、筆者の懸念を記した上で今回の番組において「宗教2世」とした理由や経緯について問い合わせた。2月25日にNHK広報局から来た回答は素っ気ないものだった。
「個別の番組の制作過程についてはお答えしておりません」
公共放送で「2世問題」を取り上げた意義は大きい。しかし、その公共放送においてカルトの2世問題を「宗教2世」と“宗教”に一般化したことには異議を表明しておきたい。
◆人権侵害と信仰継承
これまで筆者は山口県岩国市の自治体直営施設内で起こった “レリジャスハラスメント(*立場を利用した宗教勧誘/religious harassment)”事件を報じた本サイト記事で、天理教の“里親連盟福祉活動”における里子への教化に言及するなど人権侵害を伴う広義の「信仰継承」問題について書いてきた。
その上で、カルト宗教における苛烈な人権侵害を伴う2世問題は、冒頭で触れた寺や教会の跡継ぎ問題のような一般的な信仰継承に纏わる“葛藤”などとは全く次元が異なるものであることだけは強調しておきたい。
憲法20条の「信教の自由」には、当人の「信仰しない自由」と親による「宗教教育の自由」がせめぎ合う。カルト宗教の2世問題を考える際に相反するこれらの「信仰の自由」についての議論はここでは措き、別の機会に提示したい。
<取材・文/鈴木エイト(ジャーナリスト)>
【鈴木エイト】
すずきえいと●やや日刊カルト新聞主筆・Twitter ID:@cult_and_fraud。滋賀県生まれ。日本大学卒業 2009年創刊のニュースサイト「やや日刊カルト新聞」で副代表~主筆を歴任。2011年よりジャーナリスト活動を始め「週刊朝日」「AERA」「東洋経済」「ダイヤモンド」に寄稿。宗教と政治というテーマのほかに宗教2世問題や反ワクチン問題を取材しトークイベントの主催も行う。共著に『徹底検証 日本の右傾化』(筑摩選書)、『日本を壊した安倍政権』(扶桑社)