・性犯罪の「暴行・脅迫」要件撤廃も。刑法改正を議論する検討会で、論点の叩き台に盛り込まれる(ハフポスト日本版 2020年7月27日)
※性犯罪に関する刑法改正を議論する法務省の検討会の第4回会合が7月27日に開かれ、今後話し合う論点の叩き台が公表された。強制性交等罪の「暴行・脅迫」要件の撤廃や、検察側にある性交の「不同意」の立証責任を被告人側に転換する案などが盛り込まれた。
■同意年齢の引き上げ、時効撤廃も
法務省がこの日の会合で提案した叩き台には、主に以下のような内容が盛り込まれた。
1)「強制性交等罪」と「準強制性交等罪」の構成要件の見直し
2)地位・関係性を利用した犯罪を処罰する類型の創設
3)性交同意年齢(13歳以上)の引き上げ
4)強制性交等罪の対象となる行為の範囲拡大
5)強制性交等罪の法定刑(5年以上の懲役)の下限の見直し
6)配偶者間の性犯罪行為の処罰規定
7)他人の裸体などの性的な画像を没収できる特別規定の創設
8)時効の撤廃または延長
強制性交等罪の「暴行・脅迫」と準強制性交等罪の「心神喪失・抗拒不能」の要件を巡っては、立証のハードルの高さや表現の曖昧さから、被害を認定されにくい問題が生じている。
そのため、罪の構成要件を巡っては、叩き台で
・強制性交等罪の「暴行・脅迫」と、準強制性交等罪の「心神喪失・抗拒不能」のいずれの要件も撤廃し、被害者が性交に同意していないことを構成要件とするべきか
・上記の2つの罪の構成要件として、手段や状態を明確に列挙するべきか
・被害者が性交に同意していないことについて、一定の行為や状態が認められる場合、検察側ではなく被告人側に立証責任を求める規定を創設するか、または「不同意である」と推定される状況を規定に挙げるべきか
といった論点が示された。
検討会は6月に初会合を開催。これまでの会合では、教師からの性暴力被害者や性的少数者の性暴力被害に詳しい支援団体など計8人にヒアリングを行った。法務省は、聞き取り内容や委員の意見を基に論点の叩き台を作成。今回の会合で委員から上がった意見を踏まえ、次回(8月27日)の検討会で論点整理の修正案を示すという。
・「イエス以外はすべてノー」スウェーデン司法当局者が語る性的同意(毎日新聞 2020年1月21日)

(上)「性的同意」をベースにした性犯罪に関する規定について記者会見するスウェーデンのヘドビク・トロスト検察庁上級法務担当(右)とビベカ・ロング司法省上級顧問=東京都千代田区の日本記者クラブで2020年1月21日
2018年に性犯罪に関する法律を改正し、同意を得ていない性行為を罰する規定を新設したスウェーデンの司法当局者が来日し、21日に東京都千代田区の日本記者クラブで記者会見した。日本政府は今年、性犯罪に関する刑法の再改正に向けて議論すべきかどうか検討する方針。スウェーデンと同様に同意のない性交を処罰するよう求める声もあるが、「同意の有無」については被害を訴えた側と訴えられた側で主張が食い違うケースも多い。スウェーデンの改正法は、日本の議論に影響を与えるのか。会見を詳報する。
積極的な同意が示されていない性行為はすべてレイプ
来日したのはスウェーデン司法省上級顧問のビベカ・ロング氏(53)と検察庁上級法務担当のヘドビク・トロスト氏(51)。スウェーデンでは18年7月に性犯罪に関する改正法が施行された。改正法では、レイプ罪を「自発的に参加していない者と性交し、または性交と同等と認められる性的行為を行った者は、レイプ罪となる」と規定した。性的同意をベースに置いたこの規定のスローガンは「Yes means yes(イエスはイエス)」。「イエス」という積極的な同意が示されない性行為はすべて「ノー(不同意)」である、という意味だ。
日本の強制性交等罪は暴行や脅迫が構成要件で、加害者が「同意がある」と思い込んでいたと認定された場合は成立しない。トロスト氏はスウェーデンの新規定について「自発的な(性行為への)参加があったかどうかが要件となる。暴行や脅迫の有無や、それが加害者によって行われたか否か、被害者の脆弱(ぜいじゃく)性に乗じたかどうかということを証明しなくてもいい。片方が自発的に性行為に参加していなかったということ(の立証)だけで有罪にすることが可能になった」と解説する。
同意に対する注意を怠ったら「過失レイプ罪」
「自発的参加」は法的に定義されていないが、「認定にあたっては、言葉や行動、その他の方法によって、自発的関与が表現されたか否かに特別の考慮が払われなければならない」と示されているという。また、暴行や脅迫の結果として性的行為をした場合▽相手が無意識や酩酊(めいてい)、身体・精神障害などにより特別に脆弱な状況に置かれていることを悪用した場合▽教師と生徒などの依存関係を乱用した場合――は、「自発的」とは認められないという。
レイプ罪の法定刑は2年以上6年以下の拘禁刑。相手が同意していなかったことに対して著しく注意を怠った場合に適用される「重過失レイプ罪」も新設された。トロスト氏は過失罪について「加害者側が、『もしかしたら相手は性行為に積極的に同意していないかもしれない』という疑いを持っていたということだけで(要件としては)十分だ」と指摘。「加害者が故意か過失かに関わらず、被害者にとって被害は被害だから」と話す。
最高裁判決「下着姿でベッド」は「自発的参加ではない」
この新規定に基づく初めての最高裁判決は、19年7月に示された。ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)を通じて初めて顔を合わせた男女が性行為に及んだ事例。女性からは性的行為をしたいという明確な表現はなく、男性は「過失レイプ罪」に処された。女性と男性は同じベッドで横になることに同意し、下着しか着用していなかったが、最高裁はそれが女性の自発的参加の証明にはならないと判断したという。
トロスト氏は「(性行為への同意は)『イエス』という言葉や表現、行動で示されていなければならない。もし相手が何も語らず、受け身であった場合には、その相手に性行為をしたいかどうか、尋ねなければならないということです」と話す。
裁判所が被害者支援の弁護士を任命、国費でサポート
会見では、被害者支援のあり方についても言及された。ロング氏によると、スウェーデンでは裁判所が被害者支援の弁護士を任命。予備審問から公判、損害賠償請求手続きまで、被害者をサポートするという。弁護士費用は国費でまかなわれる。ロング氏は「良い法律があっても、それだけでは十分ではありません。必要なのは被害者を支援することです」と話した。
冤罪は「比較的まれなことではないか」
質疑応答では、被害者救済に重点を置いた今回の法改正について、ジャーナリストの江川紹子さんが「冤罪(えんざい)が生まれるのではないかという懸念がある。どのように冤罪防止の工夫を行っているのか」と質問。トロスト氏は「レイプが立証が難しい犯罪であることに変わりはない。目撃者がいない場合も多い。友人との会話や行為直後の警察への通報、本人の反応を家族がどう見ていたかなどが補強する証拠になる」と答えた。「うその被害申告は重い罪になる。だからといって100%冤罪がないとは言い切れないが、比較的まれなことではないか」とも話した。
「性交は自由意思に基づいた行為でなければならない」
「何が同意を示す言葉や表現にあたるのかについて、共通理解をどう深めるのか」という質問には、ロング氏が「これは裁判所の問題。法律には『こういう行動を必ずとらなければならない』とは規定されていない。具体的な言葉の意味や解釈は裁判所の判断が積み重なって今後明確化されていく」と回答した。また、「法改正の前は、相手が不同意の意思を示さなければ同意があったとみなされたが、それが180度変わった」と意義を強調した。
性犯罪に関する刑法改正を求める要望書を「刑法改正市民プロジェクト」のメンバーから手渡された法務省の宮崎政久政務官(中央)=2019年11月21日午後2時1分、塩田彩撮影
法改正の背景には、同意のない性行為を罰するよう求める大きな市民運動があったという。ロング氏は「法改正は05年と13年に行われ、私自身もそれ以上の改正は必要ないのではないかと思っていた。でも、市民の中では、それでも十分ではないとして議論が続いていた。最終的には議会が全会一致で法改正を支持した」と語った。
両氏は今回の法改正について「この法律が明示しているのは、すべての個人が性的な自己決定権を持ち、その権利は尊重されなければならないということだ」と指摘。「この法律の長期的目標は、人々の姿勢や価値観を変えていくこと。性交は自由意思に基づいた行為でなければならない」と語った。
・YES以外はすべてNO~スウェーデンの“希望の法”~(NHK NEWS web 2020年3月26日)
※おととし、北欧スウェーデンが改正した性犯罪に関する刑法の基礎にあるのは、「YES以外はすべてNO」。同意のない性行為はすべて違法になります。なぜ、法律を厳しくしたのでしょうか。
日本での高いハードル
日本では2017年に、明治時代に制定された性犯罪に関する刑法が110年ぶりに改正されました。
しかし、「相手が性行為に同意していなかった」ことに加えて、「暴行や脅迫を加えて抵抗できない状況につけこんだ」ことが証明されなければ罪に問えず、有罪となるハードルが高いのが現状です。
根強い世論の末に…
海外に目を向けると、以前は日本と似たような状況だった国も少なくありません。しかし時代の変化とともに、法律も変わってきているのです。
その1つがスウェーデンです。性犯罪に関する法律が改正されたのは2018年。それまではスウェーデンも、日本と同じように、性的暴行の罪に問うには「同意の有無」に加えて、「暴行や脅迫があったかどうか」も必要でした。
「同意のない性行為は違法」とする法律の改正を望む声は多かったものの、立証には被害者の証言が欠かせず、心的負担が高まるおそれがあるとして、法改正が見送られてきました。
それでも根強い世論の後押しを受け、超党派の委員会を立ち上げ、政治家や警察、検察、弁護士協会などが議論を重ねて、ようやく法改正にこぎ着けたのです。
「YES以外はすべてNO」。つまり「相手が明確な合意を示さないまま行った性行為はすべて違法」になりました。相手が「NO」と言う必要もありません。受け身の相手との性行為も違法です。
立証には、ことばや態度で相手から同意が示されたかどうかが最も考慮されます。暴力や脅迫があったかどうかを証明する必要はありません。
有罪となった場合、2年以上6年以下の拘禁刑に処されます。
変わった捜査のポイント
ことし1月。被害者を守るスウェーデンの法律を知ってもらおうと、スウェーデンの司法省と検察庁の2人が日本を訪れました。
2人が参加した都内の大学で開催されたフォーラムには150人が参加し、立ち見が出るほど高い関心が寄せられました。
この中で司法省のヴィヴェカ・ロング上級顧問は法改正によって捜査の方法も被害者に寄り添うものになったと指摘しました。
ロング上級顧問
「事件当時の被害者の服装や、過去の性行為を聞かれることがなくなった。むしろ、加害者側の『なぜ、被害者がみずから同意していると思ったのか』という部分に焦点が当たるようになった」
一方、こうした事案は、双方の意見が食い違うことが多いことから、同意の有無だけでは被害者の証言に頼ることになるとの懸念があることについて…。
ロング上級顧問
「検察は、被害者が警察や病院に行ったかや、SNSのメッセージ履歴など、証拠を積み上げる必要があり、被害者の発言のみに頼ることはない」
日本では水を飲むのにも許可をもらうのに…
日本では“性行為に同意があったかどうか”だけが罪を問う条件になることに、懸念を示す人もいます。
検察庁のヘドヴィク・トロスト上級法務担当に日本の現状を伝えると、逆に質問されました。
トロスト上級法務担当
「日本人は水を飲む時やいすに座る時、さまざまな場面で相手に対して許可をとるのに、なぜ性行為の同意を取ることを難しく感じる人がいるのでしょうか?」
専門家はどう見ているのか。外国の刑法に詳しい、獨協大学の齋藤実特任教授はこう指摘します。
齋藤特任教授
「スウェーデンの法律は、要はきちんと相手に確認しようということ。“YES”か“NO”以外の残りを“グレーゾーン”とするならば、懸念している人たちは、実は確認せずに性行為に及んでいるケースが多いのだろう。酔っ払った時に勢いで、など。女性は男性の持ち物だという発想でできている明治時代の規定はそのままなので、変えなければならない」
そのうえで、現在の刑法に疑問を呈しました。
齋藤特任教授
「脅迫や暴行が認められたケース以外を処罰しないのであれば、検察官も立証が楽になる。しかし、限られた条件でしか処罰しない国は、世界でどんどん少なくなっている」
遅れている日本
スウェーデンの法律が突出して進んでいるかと思いきや、実はそうでもありません。
NPO法人「ヒューマンライツ・ナウ」は日本を含めた世界10の国や地域を対象に、性犯罪をめぐる法律を調査しました。
その結果、イギリスやドイツ、台湾や韓国などでも、ここ20年間で、被害者たちの声を反映し、性犯罪の法改正を進めてきたことがわかりました。
中でも、NOと言えない被害者の心情に寄り添ったスウェーデンの法律は最も被害者寄りの制度だといいます。
低すぎる性行為同意年齢
また、調査では、性行為に同意する能力があると見なされる年齢、いわゆる日本の性行為同意年齢の低さについても指摘しています。日本では性的暴行を受けた場合、13歳以上、すなわち中学1年生以上は、「暴行や脅迫があったこと」や「どの程度抵抗したか」を立証しなければなりません。

多くの国では、子どもを保護するためにこの年齢が引き上げられ、子どもに対するレイプはより重い処罰が科せられます。そのうえで、性教育は性犯罪から身を守るうえで重要だとも指摘しています。
スウェーデンでは幼稚園の頃から、胸や性器といった他者が触れてはいけない部分があると教えるほか、ハグも嫌だと思ったら拒否をすることなどを教えています。
ヒューマンライツ・ナウ 伊藤和子理事
「日本の子どもたちは適切な性教育をほとんど受けていないので、自分たちが性的虐待を受けそうになった時『これはされてはいけないことだ』とアラートを立てて逃げることができない。危険から身を守る知識を学校で得られるようにするべき。また、子どもの頃から男女問わず同意のない性行為はしてはいけないとしっかりと教えることが必要」
取材を通して…
内閣府の調査(2017年度)によりますと、女性の13人に1人が、意に反して性行為を強要された経験があるといいます。
去年、実の娘に性的暴行をした罪に問われた父親が無罪になるなど、性暴力をめぐる裁判で、加害者側が無罪となる判決が相次ぎました。(注:2審で有罪となった父親が最高裁判所に上告中。3月26日現在)
これを受けて、性暴力のない世界、被害の実態を反映した法改正を求めて、去年4月から「フラワーデモ」が全国各地で行われています。これまでに参加した人は合わせて1万人以上に上ります。
「14歳の時から父親にレイプされ、誰かに話せば一家心中と脅された」
「派遣先の会社の上司に繰り返し呼び出され性器を触られたが、会社は一切とり合わなかった」
今回の取材で、多くの女性の話を聞きましたが、中でも印象に残っているのが、繰り返し性被害にあったものの、いずれも事件化できなかったという女性の話でした。
「やめてと強く言えなかった私が悪かったのだと自分を責め、日本に生まれたことさえ後悔した。しかしスウェーデンで改正された刑法について知り、希望を持つことができた」
スウェーデンでは被害者を救う法律に改正するため、多くの人が動きました。
日本では、2017年に性犯罪に関する刑法が改正された際、3年後の今年をめどに見直しを検討することが盛り込まれました。
性犯罪において世界の法制度から立ち遅れていると指摘される日本で、被害者たちが泣き寝入りすることなく、「希望」が持てる法律に変わることができるのか。被害者だけでなく、政治家や法曹界がともに立ち上がり、法改正につなげていけるか、見守りたいと思います。
※性犯罪に関する刑法改正を議論する法務省の検討会の第4回会合が7月27日に開かれ、今後話し合う論点の叩き台が公表された。強制性交等罪の「暴行・脅迫」要件の撤廃や、検察側にある性交の「不同意」の立証責任を被告人側に転換する案などが盛り込まれた。
■同意年齢の引き上げ、時効撤廃も
法務省がこの日の会合で提案した叩き台には、主に以下のような内容が盛り込まれた。
1)「強制性交等罪」と「準強制性交等罪」の構成要件の見直し
2)地位・関係性を利用した犯罪を処罰する類型の創設
3)性交同意年齢(13歳以上)の引き上げ
4)強制性交等罪の対象となる行為の範囲拡大
5)強制性交等罪の法定刑(5年以上の懲役)の下限の見直し
6)配偶者間の性犯罪行為の処罰規定
7)他人の裸体などの性的な画像を没収できる特別規定の創設
8)時効の撤廃または延長
強制性交等罪の「暴行・脅迫」と準強制性交等罪の「心神喪失・抗拒不能」の要件を巡っては、立証のハードルの高さや表現の曖昧さから、被害を認定されにくい問題が生じている。
そのため、罪の構成要件を巡っては、叩き台で
・強制性交等罪の「暴行・脅迫」と、準強制性交等罪の「心神喪失・抗拒不能」のいずれの要件も撤廃し、被害者が性交に同意していないことを構成要件とするべきか
・上記の2つの罪の構成要件として、手段や状態を明確に列挙するべきか
・被害者が性交に同意していないことについて、一定の行為や状態が認められる場合、検察側ではなく被告人側に立証責任を求める規定を創設するか、または「不同意である」と推定される状況を規定に挙げるべきか
といった論点が示された。
検討会は6月に初会合を開催。これまでの会合では、教師からの性暴力被害者や性的少数者の性暴力被害に詳しい支援団体など計8人にヒアリングを行った。法務省は、聞き取り内容や委員の意見を基に論点の叩き台を作成。今回の会合で委員から上がった意見を踏まえ、次回(8月27日)の検討会で論点整理の修正案を示すという。
・「イエス以外はすべてノー」スウェーデン司法当局者が語る性的同意(毎日新聞 2020年1月21日)

(上)「性的同意」をベースにした性犯罪に関する規定について記者会見するスウェーデンのヘドビク・トロスト検察庁上級法務担当(右)とビベカ・ロング司法省上級顧問=東京都千代田区の日本記者クラブで2020年1月21日
2018年に性犯罪に関する法律を改正し、同意を得ていない性行為を罰する規定を新設したスウェーデンの司法当局者が来日し、21日に東京都千代田区の日本記者クラブで記者会見した。日本政府は今年、性犯罪に関する刑法の再改正に向けて議論すべきかどうか検討する方針。スウェーデンと同様に同意のない性交を処罰するよう求める声もあるが、「同意の有無」については被害を訴えた側と訴えられた側で主張が食い違うケースも多い。スウェーデンの改正法は、日本の議論に影響を与えるのか。会見を詳報する。
積極的な同意が示されていない性行為はすべてレイプ
来日したのはスウェーデン司法省上級顧問のビベカ・ロング氏(53)と検察庁上級法務担当のヘドビク・トロスト氏(51)。スウェーデンでは18年7月に性犯罪に関する改正法が施行された。改正法では、レイプ罪を「自発的に参加していない者と性交し、または性交と同等と認められる性的行為を行った者は、レイプ罪となる」と規定した。性的同意をベースに置いたこの規定のスローガンは「Yes means yes(イエスはイエス)」。「イエス」という積極的な同意が示されない性行為はすべて「ノー(不同意)」である、という意味だ。
日本の強制性交等罪は暴行や脅迫が構成要件で、加害者が「同意がある」と思い込んでいたと認定された場合は成立しない。トロスト氏はスウェーデンの新規定について「自発的な(性行為への)参加があったかどうかが要件となる。暴行や脅迫の有無や、それが加害者によって行われたか否か、被害者の脆弱(ぜいじゃく)性に乗じたかどうかということを証明しなくてもいい。片方が自発的に性行為に参加していなかったということ(の立証)だけで有罪にすることが可能になった」と解説する。
同意に対する注意を怠ったら「過失レイプ罪」
「自発的参加」は法的に定義されていないが、「認定にあたっては、言葉や行動、その他の方法によって、自発的関与が表現されたか否かに特別の考慮が払われなければならない」と示されているという。また、暴行や脅迫の結果として性的行為をした場合▽相手が無意識や酩酊(めいてい)、身体・精神障害などにより特別に脆弱な状況に置かれていることを悪用した場合▽教師と生徒などの依存関係を乱用した場合――は、「自発的」とは認められないという。
レイプ罪の法定刑は2年以上6年以下の拘禁刑。相手が同意していなかったことに対して著しく注意を怠った場合に適用される「重過失レイプ罪」も新設された。トロスト氏は過失罪について「加害者側が、『もしかしたら相手は性行為に積極的に同意していないかもしれない』という疑いを持っていたということだけで(要件としては)十分だ」と指摘。「加害者が故意か過失かに関わらず、被害者にとって被害は被害だから」と話す。
最高裁判決「下着姿でベッド」は「自発的参加ではない」
この新規定に基づく初めての最高裁判決は、19年7月に示された。ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)を通じて初めて顔を合わせた男女が性行為に及んだ事例。女性からは性的行為をしたいという明確な表現はなく、男性は「過失レイプ罪」に処された。女性と男性は同じベッドで横になることに同意し、下着しか着用していなかったが、最高裁はそれが女性の自発的参加の証明にはならないと判断したという。
トロスト氏は「(性行為への同意は)『イエス』という言葉や表現、行動で示されていなければならない。もし相手が何も語らず、受け身であった場合には、その相手に性行為をしたいかどうか、尋ねなければならないということです」と話す。
裁判所が被害者支援の弁護士を任命、国費でサポート
会見では、被害者支援のあり方についても言及された。ロング氏によると、スウェーデンでは裁判所が被害者支援の弁護士を任命。予備審問から公判、損害賠償請求手続きまで、被害者をサポートするという。弁護士費用は国費でまかなわれる。ロング氏は「良い法律があっても、それだけでは十分ではありません。必要なのは被害者を支援することです」と話した。
冤罪は「比較的まれなことではないか」
質疑応答では、被害者救済に重点を置いた今回の法改正について、ジャーナリストの江川紹子さんが「冤罪(えんざい)が生まれるのではないかという懸念がある。どのように冤罪防止の工夫を行っているのか」と質問。トロスト氏は「レイプが立証が難しい犯罪であることに変わりはない。目撃者がいない場合も多い。友人との会話や行為直後の警察への通報、本人の反応を家族がどう見ていたかなどが補強する証拠になる」と答えた。「うその被害申告は重い罪になる。だからといって100%冤罪がないとは言い切れないが、比較的まれなことではないか」とも話した。
「性交は自由意思に基づいた行為でなければならない」
「何が同意を示す言葉や表現にあたるのかについて、共通理解をどう深めるのか」という質問には、ロング氏が「これは裁判所の問題。法律には『こういう行動を必ずとらなければならない』とは規定されていない。具体的な言葉の意味や解釈は裁判所の判断が積み重なって今後明確化されていく」と回答した。また、「法改正の前は、相手が不同意の意思を示さなければ同意があったとみなされたが、それが180度変わった」と意義を強調した。
性犯罪に関する刑法改正を求める要望書を「刑法改正市民プロジェクト」のメンバーから手渡された法務省の宮崎政久政務官(中央)=2019年11月21日午後2時1分、塩田彩撮影
法改正の背景には、同意のない性行為を罰するよう求める大きな市民運動があったという。ロング氏は「法改正は05年と13年に行われ、私自身もそれ以上の改正は必要ないのではないかと思っていた。でも、市民の中では、それでも十分ではないとして議論が続いていた。最終的には議会が全会一致で法改正を支持した」と語った。
両氏は今回の法改正について「この法律が明示しているのは、すべての個人が性的な自己決定権を持ち、その権利は尊重されなければならないということだ」と指摘。「この法律の長期的目標は、人々の姿勢や価値観を変えていくこと。性交は自由意思に基づいた行為でなければならない」と語った。
・YES以外はすべてNO~スウェーデンの“希望の法”~(NHK NEWS web 2020年3月26日)
※おととし、北欧スウェーデンが改正した性犯罪に関する刑法の基礎にあるのは、「YES以外はすべてNO」。同意のない性行為はすべて違法になります。なぜ、法律を厳しくしたのでしょうか。
日本での高いハードル
日本では2017年に、明治時代に制定された性犯罪に関する刑法が110年ぶりに改正されました。
しかし、「相手が性行為に同意していなかった」ことに加えて、「暴行や脅迫を加えて抵抗できない状況につけこんだ」ことが証明されなければ罪に問えず、有罪となるハードルが高いのが現状です。
根強い世論の末に…
海外に目を向けると、以前は日本と似たような状況だった国も少なくありません。しかし時代の変化とともに、法律も変わってきているのです。
その1つがスウェーデンです。性犯罪に関する法律が改正されたのは2018年。それまではスウェーデンも、日本と同じように、性的暴行の罪に問うには「同意の有無」に加えて、「暴行や脅迫があったかどうか」も必要でした。
「同意のない性行為は違法」とする法律の改正を望む声は多かったものの、立証には被害者の証言が欠かせず、心的負担が高まるおそれがあるとして、法改正が見送られてきました。
それでも根強い世論の後押しを受け、超党派の委員会を立ち上げ、政治家や警察、検察、弁護士協会などが議論を重ねて、ようやく法改正にこぎ着けたのです。
「YES以外はすべてNO」。つまり「相手が明確な合意を示さないまま行った性行為はすべて違法」になりました。相手が「NO」と言う必要もありません。受け身の相手との性行為も違法です。
立証には、ことばや態度で相手から同意が示されたかどうかが最も考慮されます。暴力や脅迫があったかどうかを証明する必要はありません。
有罪となった場合、2年以上6年以下の拘禁刑に処されます。
変わった捜査のポイント
ことし1月。被害者を守るスウェーデンの法律を知ってもらおうと、スウェーデンの司法省と検察庁の2人が日本を訪れました。
2人が参加した都内の大学で開催されたフォーラムには150人が参加し、立ち見が出るほど高い関心が寄せられました。
この中で司法省のヴィヴェカ・ロング上級顧問は法改正によって捜査の方法も被害者に寄り添うものになったと指摘しました。
ロング上級顧問
「事件当時の被害者の服装や、過去の性行為を聞かれることがなくなった。むしろ、加害者側の『なぜ、被害者がみずから同意していると思ったのか』という部分に焦点が当たるようになった」
一方、こうした事案は、双方の意見が食い違うことが多いことから、同意の有無だけでは被害者の証言に頼ることになるとの懸念があることについて…。
ロング上級顧問
「検察は、被害者が警察や病院に行ったかや、SNSのメッセージ履歴など、証拠を積み上げる必要があり、被害者の発言のみに頼ることはない」
日本では水を飲むのにも許可をもらうのに…
日本では“性行為に同意があったかどうか”だけが罪を問う条件になることに、懸念を示す人もいます。
検察庁のヘドヴィク・トロスト上級法務担当に日本の現状を伝えると、逆に質問されました。
トロスト上級法務担当
「日本人は水を飲む時やいすに座る時、さまざまな場面で相手に対して許可をとるのに、なぜ性行為の同意を取ることを難しく感じる人がいるのでしょうか?」
専門家はどう見ているのか。外国の刑法に詳しい、獨協大学の齋藤実特任教授はこう指摘します。
齋藤特任教授
「スウェーデンの法律は、要はきちんと相手に確認しようということ。“YES”か“NO”以外の残りを“グレーゾーン”とするならば、懸念している人たちは、実は確認せずに性行為に及んでいるケースが多いのだろう。酔っ払った時に勢いで、など。女性は男性の持ち物だという発想でできている明治時代の規定はそのままなので、変えなければならない」
そのうえで、現在の刑法に疑問を呈しました。
齋藤特任教授
「脅迫や暴行が認められたケース以外を処罰しないのであれば、検察官も立証が楽になる。しかし、限られた条件でしか処罰しない国は、世界でどんどん少なくなっている」
遅れている日本
スウェーデンの法律が突出して進んでいるかと思いきや、実はそうでもありません。
NPO法人「ヒューマンライツ・ナウ」は日本を含めた世界10の国や地域を対象に、性犯罪をめぐる法律を調査しました。
その結果、イギリスやドイツ、台湾や韓国などでも、ここ20年間で、被害者たちの声を反映し、性犯罪の法改正を進めてきたことがわかりました。
中でも、NOと言えない被害者の心情に寄り添ったスウェーデンの法律は最も被害者寄りの制度だといいます。
低すぎる性行為同意年齢
また、調査では、性行為に同意する能力があると見なされる年齢、いわゆる日本の性行為同意年齢の低さについても指摘しています。日本では性的暴行を受けた場合、13歳以上、すなわち中学1年生以上は、「暴行や脅迫があったこと」や「どの程度抵抗したか」を立証しなければなりません。

多くの国では、子どもを保護するためにこの年齢が引き上げられ、子どもに対するレイプはより重い処罰が科せられます。そのうえで、性教育は性犯罪から身を守るうえで重要だとも指摘しています。
スウェーデンでは幼稚園の頃から、胸や性器といった他者が触れてはいけない部分があると教えるほか、ハグも嫌だと思ったら拒否をすることなどを教えています。
ヒューマンライツ・ナウ 伊藤和子理事
「日本の子どもたちは適切な性教育をほとんど受けていないので、自分たちが性的虐待を受けそうになった時『これはされてはいけないことだ』とアラートを立てて逃げることができない。危険から身を守る知識を学校で得られるようにするべき。また、子どもの頃から男女問わず同意のない性行為はしてはいけないとしっかりと教えることが必要」
取材を通して…
内閣府の調査(2017年度)によりますと、女性の13人に1人が、意に反して性行為を強要された経験があるといいます。
去年、実の娘に性的暴行をした罪に問われた父親が無罪になるなど、性暴力をめぐる裁判で、加害者側が無罪となる判決が相次ぎました。(注:2審で有罪となった父親が最高裁判所に上告中。3月26日現在)
これを受けて、性暴力のない世界、被害の実態を反映した法改正を求めて、去年4月から「フラワーデモ」が全国各地で行われています。これまでに参加した人は合わせて1万人以上に上ります。
「14歳の時から父親にレイプされ、誰かに話せば一家心中と脅された」
「派遣先の会社の上司に繰り返し呼び出され性器を触られたが、会社は一切とり合わなかった」
今回の取材で、多くの女性の話を聞きましたが、中でも印象に残っているのが、繰り返し性被害にあったものの、いずれも事件化できなかったという女性の話でした。
「やめてと強く言えなかった私が悪かったのだと自分を責め、日本に生まれたことさえ後悔した。しかしスウェーデンで改正された刑法について知り、希望を持つことができた」
スウェーデンでは被害者を救う法律に改正するため、多くの人が動きました。
日本では、2017年に性犯罪に関する刑法が改正された際、3年後の今年をめどに見直しを検討することが盛り込まれました。
性犯罪において世界の法制度から立ち遅れていると指摘される日本で、被害者たちが泣き寝入りすることなく、「希望」が持てる法律に変わることができるのか。被害者だけでなく、政治家や法曹界がともに立ち上がり、法改正につなげていけるか、見守りたいと思います。