・過剰反応で社会をぶち壊すロックダウンの本末転倒 ロックダウン論を斬る (3)(JB PRESS 2020年5月6日)
岩田 太郎:在米ジャーナリスト
※検査で感染拡大は防げるか
ロックダウン論と関連して、議論の前提に混乱が見られるのがPCR検査や抗体検査の有用性に関する言説だ。医療者や当局者が国や地域としての資源配分政策を考えるための検査と、政府が検査を受けた個人や組織、地域の安全を宣言するための検査は目的も意味合いも違う。
まず、医療崩壊を起こさないために感染経路を調べ、感染が本当に抑えられているか診断をつけることは重要だ。流行状態をより正確に把握し、パンデミックの範囲を特定し、今後の感染状況を予測し、これから取るべき行動の参考にすることは必須である。
米エール大学で臨床感染症学の教鞭を執るロバート・ヘクト教授らは4月26日付の『ニューヨーク・タイムズ』紙に寄稿し、「無症状の感染者を特定するために、検査体制を強化せよ」と訴えた。そして、「有効なワクチンが開発されるまでの期間、コロナの流行を制御する唯一の方法は、無症状の感染者をあぶり出して隔離し、これら無症状の感染者の濃厚接触者を検疫下に置き、新たに感染をさせないことだ」と論じた。その意味で世界保健機関(WHO)のテドロス事務局長が唱える「新型コロナを食い止めるには、検査、検査、検査だ」という言葉は誠に腑に落ちる。
しかし、現在の米国ではパンデミックを抑えるための検査と、安心・安全に経済を再開させるための検査の意味が混同されている。たとえば、2019年のノーベル経済学賞の受賞者であるニューヨーク大学のポール・ローマー教授は、「国民皆検査こそが、この夏に大多数の米国民が正常だと感じられる生活に戻る唯一の方策だ」と論じた。
また、多くのエコノミストや財界人は、全国民に検査を行い、PCR検査で陰性と判定された人、抗体検査で感染歴が認められ推定免疫とされた人から「安全のお墨付き」を保証する陰性および免疫証明書を与えた上で、職場や学校に復帰させるとの構想を語る。検査が経済再始動の切り札として語られているのだ。感染症の権威であり、今の米国で最も信頼されるパンデミック情報の発信者であるアンソニー・ファウチ米国立アレルギー感染症研究所(NIAID)所長でさえ、「連邦政府としてコロナ免疫証明カードの発行を検討している」と言明する。
だが、現場の医療者が指摘するように、「PCR 検査で感染者に陽性の検査結果が出る割合は高くて70%程度であり、30%以上の人は感染しているのに『陰性』と判定され、『偽陰性』となる」のである。また、PCR検査と同じく正確性が保証されない抗体検査で得られる推定免疫はあくまで推定だ。免疫そのものが果たしてできるのか、またできたとしてもそれが永続するのかさえわからない。さらに、ウイルスの変異や毒性増加の可能性もある。
また、WHOが4月24日に警告したように、「コロナウイルスの抗体陽性が免疫を証明するという十分なエビデンスはなく、再感染に免疫ができたと信じる人々が(社会的距離政策などの)公衆衛生勧告を無視する可能性がある。そうした免疫証明書の使用は、感染の継続のリスクを高める」のである。
過去にコロナに感染した人が陰性と判定された後に再び他人に感染させたというエビデンスは現時点ではないものの、頼りにならないPCR・抗体検査で「陰性判定」「免疫判定」をもらった元感染者や偽陰性の感染者が職場や学校で感染源や被感染者となり、流行の第2波、第3波の要因になる可能性は捨てきれない。「早まったロックダウン解除が人命を危機にさらす」と言うのなら、不確かな検査でウイルス感染の可能性がある者を「安全」として社会にばらまくことも、また人の命を危機にさらす。
検査は医療資源配分のために大いに役立つし、隔離・追跡政策も医療崩壊の阻止に果たす役割が大きい。だが同時に、ロックダウンは感染防止の特効薬とは言い切れないし、国民皆検査も安全な経済の再開を保証することはできないのである。そうした根拠の薄い社会的距離・ロックダウン理論が独り歩きを始め、それが「命の保護」という大目的から「ロックダウン政策の目的化」「異論を唱える者への非寛容」に変異を起こすことが一番こわい。
ロックダウン政策はサイトカインストーム?
ここで、身体の過剰免疫反応である「サイトカインストーム」の概念やアレルギー反応のメカニズムを使って、ロックダウン政策を考えてみたい。多くの死亡例において、コロナウイルスの攻撃を受けた人体が反撃を行うなかで免疫系が暴走し、感染した細胞だけでなく健康な組織までも破壊してしまい、多臓器不全に陥ったのではないかと疑われている。
これを人間社会に当てはめると、社会や経済を文字通り破壊し、極めて多数の人々の生活を成り立たなくさせるロックダウン政策が、銃で標的の悪者を撃つのではなく、社会そのものを吹き飛ばす核ミサイルを撃ち込むという、サイトカインストームのようなものではないかというイメージが浮かぶ。
ほぼ全土で強制力を伴うロックダウンが実施された米国においては、経済が壊滅的な打撃を被っており、その破壊力が日々明らかになりつつある。こうした中、ロックダウン論者たちは、「国民が外出さえしなければマスクを配ったりしなくてもいいわけで、政府は破産や自殺を防ぐための対策を全力で行えばいい」と主張する。だが、ロックダウンで文字通り経済が壊滅状態に陥った米国の例を見ると、そのような生易しいレベルの話ではないことがわかる。
まず、年間22兆ドル(約2400兆円)規模の米経済において、1~3月の国内総生産(GDP速報値)は第1四半期に前年比で4.8%落ち込み、前回2008年の金融危機以来の低水準に悪化したが、4~6月の第2四半期には前年比で最大50%急落することが予想されている。
失業者数は4月30日発表で3030万人に達したが、失業申請に各州政府のシステムが追いついておらず、実際にははるかに多いと予想される。このままロックダウンが長引けば5月中旬には、失業率が1933年の世界恐慌期に記録した米史上最高の24.9%と並ぶと予想されている。セントルイス連邦準備銀行のシミュレーションによれば、製造業や営業、サービス業を中心に4700万人が職を失う。この場合、失業率は32.1%という記録的なレベルに跳ね上がる。
こうした中、ニュースサイトのアクシオスが4月28日に発表した1000人超の米国人に対する世論調査によれば、89%が米経済の崩壊を懸念していることがわかった。経済を部分的に再開させている州もあるが、各州でロックダウン命令は引き続き延長されており、早い州でも6月まで解除されず、外出制限や営業制限が緩められたり再び強化されることが続くだろう。そのため、生産もサービスも安定せず、失業継続や再就職の困難で家賃や住宅ローンの支払いができない人が急激に増える。
そうした人々に対する支払い猶予期間は与えられても長くて3カ月程度で、猶予終了後は現在の月の支払い分に加えて、数カ月の滞納分の一括支払いを求められる。失業や給与減にあえぐ人たち、再就職したばかりの人たちにはできない相談だ。そのため、コロナの第2波が米国を襲うとされる冬に向けて、差し押さえや強制立ち退き処分が待っている。
英調査企業パンテオン・マクロエコノミクスのチーフエコノミストであるイアン・シェファードソン氏は、「2019年のFRBのデータが示すように、米世帯の40%が400ドルの緊急時用の蓄えさえ持たない。また、米世帯の53%が非常用資金をまったく持たない」と指摘している。コロナ以前にすでにギリギリであった生活は、立ち行かなくなる。
感染者増のたびに再び実施されるロックダウンのために将来が見通せず、多くの企業が事業を縮小する。そのため再就職できず、食事にも住み家にも事欠く人たちが街にあふれる。家庭の経済的な事情で、有為な高校生や大学生が大挙して退学せざるを得ないだろう。現時点で職が安泰な人たちさえも財布のひもを引き締め、米経済の67%を占める消費は、急激に冷え込む。
一方、ロックダウンの影響であまりに多くの人が同時多発的に家賃や住宅ローンの支払いができなくなるため、金融機関や非金融系の貸し付けが大規模に焦げ付く。また、企業では債務不履行、差し押さえ、倒産の連鎖が始まる。商業用不動産担保証券に組み込まれたショッピングモールやホテルなどの物件のテナントがロックダウンで収入を断たれ、リース料を支払えなくなる。
さらに、1兆ドル以上の企業負債が返済不可能になっている可能性があり、レバレッジをかけて資金調達をしている格付けの低い社債や、売上高が10億ドル以下の中規模企業が発行するミドルマーケット債の発行体が倒産の危機にある。
厳重なロックダウンが継続すれば、どこかでマネーの流動性が枯渇することは必定だ。それは金融市場全体に波及して、大規模な金融危機を引き起こす恐れがある。『国家は破綻する―金融危機の800年』の共著者であるハーバード大学のカーメン・ラインハート教授も、「医療危機は金融危機になり得る」と警鐘を鳴らしている。取り付け騒ぎになるかも知れない。そうなれば、健全な企業や職を失わなかった人々の雇用まで危うくなる。
個人や企業からの税収が干上がった州政府や自治体は公務員を大量解雇して、行政サービスや公立学校・大学の教育や治安維持の質が落ちる。猛暑や寒空の下で家を失った人々の衛生状態が悪化し、行政のロックダウン継続中にコロナ第2波、第3波、あるいは新型インフルエンザなどの疫病が社会を襲う可能性さえある。
まさにロックダウンが生じさせるサイトカインストームであり、人災だ。そうした中で、最も打撃を被るのは低所得層や黒人や先住民など底辺の人々である。彼らとて、死を含む感染リスクを負ってまで働きたくないが、リモートワークなどは夢の夢であり、低賃金で感染の危険の多い職場で働かねばならない。ある黒人の理髪店主の言葉を借りれば、「感染で死ぬか、飢えで死ぬかだ」となる。
お笑い芸人の岡村隆史氏は、「コロナ禍で収入が減った美女が、短期間でお金を稼ぐために大挙して風俗入りする可能性があるので楽しみ」という趣旨の発言で大バッシングを浴びたが、米国でも日本でもロックダウン・外出制限のために収入が途絶えてセックスワーカーにならざるを得ない人は、現実として増えるだろう。
ロックダウン政策の目的化は危険
これらの予想は絵空事ではなく、ロックダウンが長引くほど順を追って実際に展開してゆく可能性が高まる大恐慌の阿鼻叫喚地獄だ。
しかし、「人々の健康と安全を優先事項とする」ロックダウン論者たちの議論には、こうした視点がすっぽり抜け落ちている。社会の免疫が暴走して国民の生活や命が危険にさらされることは人災であり、本末転倒だ。ロックダウン論者はサイトカインストームのように、感染した細胞だけでなく健康な組織までも破壊し、結果として人々の命や健康と安全を脅かしていないか。
著名な米実業家・映画製作者で、「資本主義の権化」「地球上の富の半分を持つ男」と評されたハワード・ヒューズ(1905-1976)は晩年に、病的なまでに細菌を恐れるようになり、所有していた当時花形のトランスワールド航空(2001年にアメリカン航空に吸収合併され消滅)を売却した資金でラスベガスの名物カジノホテルであるデザート・インを買収し、完全除菌された最上階のスイートルームに引きこもるようになった。
ヒューズは除菌されたハンカチでドアノブを覆わないと触れることができなくなり、手を洗い始めると肌が擦り切れ血が出るまで止められず、果てには手の洗浄や入浴を一切しなくなった。そのため、髪と髭は伸び放題、体は垢まみれで異臭を放つという、普通の人間であれば恐ろしくてうらやむこともできない生活を送った。健康そのものよりも、健康になるための行為が目的化してしまったからだ。
フランス出身の米細菌学者ルネ・デュボス(1901-1982)は、著書の『健康という幻想 医学の生物学的変化』の中で、「無菌の世界を想定することは、危険思想であると同時に愚人の戯言(たわごと)だ」と看破し、病気からの完全な解放は夢物語と断じたという。ロックダウンの目的や手段や是非を考える際に頭に入れておくべきだろう。
・コロナ時代の私たちに必要なのは「知恵と寛容」だ ロックダウン論を斬る(最終回)(JB PRESS 2020年5月8日)
岩田 太郎:在米ジャーナリスト
※スペイン風邪とは異なる状況
神戸大学の感染症学の専門家である岩田健太郎教授によれば、「短期間に強いロックダウンを行って、その間は政府が全力で企業や国民に経済支援などを行う。これが一番、経済にとってはダメージが少ないはず」であるという。
そうした主張を補強するものとして、「1918年のスペイン風邪に対応した米都市を比較したところ、当局が早期にまた強力に市民生活に介入した都市では結果として経済は悪化せず、パンデミックが終了した後にも力強く経済が拡大した」という趣旨で米連邦準備理事会(FRB)とマサチューセッツ工科大学(MIT)の3人の研究者が3月26日に発表した論文が、日本のウェブメディアや5月3日放送の「池上彰の人類vs新型コロナ 緊急生解説」でも大きく取り上げられた。)(JB PRESS 2020年5月6日)
しかし、スペイン風邪のインフルエンザウイルスと新型コロナウイルスは同じではない。死亡率が高い年齢層も違うし、コロナでは免疫形成が弱いと見られる点も異なる。神奈川県医師会の宮川政昭副会長が述べるように、「新しく未知の新型コロナウイルスには本当の専門家がおらず、本当は誰も理解していない。だから、過去の類似のウイルスの経験のみですべてを語ることは不適切」なのだ。
また、経済へのインパクトについても、1918年と2020年では実施されたロックダウンの破壊度、失業率、セーフティーネットのあり方、経済規模、産業構造、医療的アプローチも大きく違っている。そうした理由で、厳重な対コロナ・ロックダウンを行う州や都市で傷が浅く、自動的にV字型の急回復が見られるという単純な類推はできないのである。
家計の食費や家賃や住宅ローン、企業の給与や税金、固定費などの支払いなどは止めることができないが、ロックダウンによって収入は断たれるか、大幅に減る。これだけ多くの人や企業のバランスシートが、これだけひどく毀損すれば、従来通りに出費を行うことは不可能だ。こうして一度崩壊した需要やマネーの循環は、ちょっとやそっとでは呼び戻せない。
また、今回のロックダウンによる米国の経済崩壊は、「政府が国民に経済支援を行えばよい」などという簡単なレベルを、はるかに超えている。現実問題として、トランプ政権には全国民やすべての企業を救う能力も強固な意思もない。すでに連邦政府は、人々の生活や企業を支えるために数兆ドルという巨費を投じてはいるが、職や収入面で救済されない人が数千万の単位で出ている。その状況はロックダウン継続で悪化するのみだ。
一方、ロックダウンを実施していないスウェーデンの国内総生産(GDP)の落ち込みが、ロックダウンを行っている他の欧州の国と同じくらい落ち込むとのスウェーデン国立銀行(同国の中央銀行)の発表を受け、「それならロックダウンをして国民の健康を守った方がよい」という声が出そうだが、少なくとも欧米の文脈においてロックダウンで感染者数や死者数が期待通りの期間内に有意に減少するとのデータは示されていない。
また、国民の安寧はGDPだけではなく、雇用や需要の維持、家計や企業のバランスシートの痛みの少なさ、破産や破綻の少なさなど国民生活の「質」の面からも総合的に評価されなければならない。その点で、ロックダウンをしなかったスウェーデンの経済健康度が他国と比較して痛みの少ないものになるのか、注目されるところだ。
リスク回避に見合わないコスト
話を米国に戻すと、同国ではロックダウンに対する超党派的な支持が維持されている。4月22日に発表された米AP通信の調査では、民主党支持者の合計95%がロックダウン政策は「正しい」「強化すべき」としたのに対し、共和党支持者は合計78%と17ポイント低いものの、支持はかなり強い。
こうした中、米『ワシントン・ポスト』紙のコラムニストであるリバタリアンのミーガン・マッカードル氏は、ロックダウン政策を支持しながらも、「現在の攻撃的な政策を支持する我々は、(そのような政策に成功の)確証がないことを認めるべきだ。あまりに効果の薄い、峻烈で懲罰的な政策を支持したことを後悔する可能性はある」と述べている。
ピューリッツァー賞の受賞者である『ワシントン・ポスト』紙のコラムニスト、スティーブン・パールシュタイン氏は、「人命が貴いものであることは確かだが、1人の命は1兆ドルの経済生産や、1万社の倒産や、ワクチン実現まで3億人以上の国民が1年以上の自己隔離をするだけの価値はない」と言い切った。その上で、「もしそのようなロックダウンが正当化されるのであれば、酒や銃や自動車や水泳プールを非合法化しなくてはならない。ロックダウン絶対主義のコストとリスクが論じられるべきだ」と指摘した。
パールシュタイン氏はロックダウン解除に反対する人々を説得するため、以下のような具体的な「知恵」の提言を行った。新型肺炎に対して特に脆弱な高齢者の保護を最優先する、十分に消毒された環境において従業員の半分を朝のシフトに出勤させ、残りを昼のシフトに振り分けることで社会的距離を確保する、レストランがテーブルの半分を閉鎖した上で客と給仕の距離も取ることを条件に営業再開を許可する、大学は対面講義を再開する一方でオンライン参加を選ぶ学生にはそれを許可する、などである。
これらに加え、コロナと闘う医療現場をはじめ、食肉工場やeコマースの配送センター、生鮮スーパーなどの密閉・密集・密接で劣悪な労働環境を当局者が即時改善させ、雇用者をして働く者すべてに十分な防護キットを支給させることも必須となろう。
ロックダウンにはエビデンスとバランスが必要
また、懲罰を伴うロックダウンにはバランスが必要だ。自動車の都デトロイトを中心に感染者数が5月3日現在で約4万3000人、死者数が約4000人と、全米でも有数のコロナ蔓延地となったミシガン州では、民主党のグレッチェン・ホイットマー知事がロックダウンの強化のため、花や苗などを販売する園芸用品店を知事令で「営業を許可される必須事業ではない」と定めたことが州民を怒らせ、トランプ支持派をして武装反対デモを仕掛けさせる絶好の口実となった。
巣ごもりを強要されて気晴らしを求める人々は、園芸シーズンである春に、店内で距離をとっても園芸用品を求めることさえ禁じられたのだ。知事は「オンラインでの購入はできる」と弁明したが、怨嗟の声は高まるばかりで、この措置を早々に撤回している。彼女は、何を間違えたのか。
知事に抗議するためライフル銃を振り回して、マスクも着用せず互いの社会的距離もとらないトランプ派のデモ隊のやり方は論外だが、権力側の理屈の妥当性も分析する必要がある。ジョージタウン大学ローセンターで公衆衛生法を専門とするローレンス・ゴスティン教授によれば、私権の制限を伴う公衆衛生政策は、次の要件を満たすべきだと言う。日本におけるロックダウン議論の参考にもなるので、ミシガン州の例と比べながら検討してみよう。
1.私権を制限される個人が社会に対する顕著なリスクである科学的なエビデンスの提示
(実際は、社会的距離を確保した店内で販売される花や苗や用具からコロナ感染が起こるというエビデンスはなく、園芸店内での感染も特に報告されていない)
2.政府による介入は、公衆衛生上の目的を達成するための手段の内、最も制限の少ないものであること
(園芸店への客の訪問を禁ずるという、より制約度の高い命令が、州民の安全を高める措置だと納得させられなかった)
3.政策が国民の支持と信頼を得るものであること
(一挙手一投足に至るまで次々と私権が奪われることに怒った州民がデモを仕掛けた)
4.私権を制限される個人は政府の介入に不服を唱える正当な法の手続きを有すること
(知事は非常時に州民の生殺与奪権を握り、訴訟ではすぐに覆せない)
5.政府が執行する措置が恣意的また差別的、過度に懲罰的ではないこと
(科学的に説明できない政策であるにもかかわらず、違反者には1000ドルの罰金あるいは90日の懲役刑など重い処罰が伴う)
ロックダウン論とアマビエ
ここで、ロックダウン論者の主目的が安全や命の保全ではなく「政治的な暗闘」であるとすれば、ロックダウンの科学的根拠ではなく、命令に服従するかしないかが焦点になる現在の傾向に説明がつきやすくなる。
また、ロックダウン支持者の多くが、グローバル化の逆転で既得権を脅かされる知識エリート層に多く、彼らの支持するロックダウンが、グローバル化に反対する「敵」の中・低所得層に最もひどく打撃を与えている構図にも注目だ。意図的であるかそうでないかは別として、ロックダウン支持者は結果的に低所得層、黒人、先住民などの弱者を傷めつけている。
収入や職が安定し、在宅勤務も可能なエリート層がロックダウン至上主義という北風を吹かせれば、失業や収入減に直面し、私権まで奪われる弱者は反発してコートを脱ぐことを拒否する。その反発をまるで精神異常者か反社会勢力のごとく扱い、「ロックダウン反対者は非科学的」「感染を広げる」とのレッテル貼りを行えば、彼らの協力を得ることはますます困難となり、社会の衛生と安全を確保することは難しくなる。
「命を守る」ことを念仏のように唱えるロックダウン論者は、経済的な理由で中絶を求める女性の決断に反対しながらも、その女性と生まれてくる子供が生きてゆけるだけの金銭的な援助を与えない保守の反中絶派と似ている。
また、モーセの時代に奴隷のユダヤ人にレンガ造りを命じながら、主材料のわらの配給を停止して、その上に変わらぬ生産量を要求したエジプト人のようでもある。さらに、律法の完全なる遵守(現代の言葉に言い換えればコンプライアンス)という負い切れない重荷を人に負わせながら、自分ではその荷に指一本でも触れようとしなかった律法専門家のパリサイ人(びと)をも想起させる。
懲罰や社会的・経済的な巨大損害を伴うロックダウンには十分な根拠、および社会に与える益と害のバランスを民主的に議論する場が必要だ。さもないと、ロックダウンに対する現時点での広範な支持は、一夜にしてひっくり返るかも知れない。コロナ時代に求められているのは、知識ではなく知恵、わずかな違反も見逃さない非寛容ではなく寛容な包摂である。
わが国で豊作や疫病などの予言をする妖怪のアマビエは、江戸時代末期の弘化年間にその姿を肥後国の役人に現し、「疫病が流行する。その際は私の姿を描き写した絵を人々に見せよ」と述べたという。コロナウイルスの流行で、アマビエは疫病退散を願う日本人の注目を再び集めることになり、神社の護符をはじめ、自己流にアレンジされたイラスト、漫画、動画、ぬいぐるみ、あみぐるみ、刺繍、フィギュア、スタンプ、こいのぼりなどが見られるようになった。
米『ニューヨーカー』誌はアマビエ現象と、日本人が自然万物に神性を見出す「八百万の神」信仰を関連づけている。その信仰には知恵と寛容がある。日本人のコロナ禍との科学的・実際的な闘いを根底で支える思想は、恐怖や処罰や過剰反応で人を縛るロックダウン的な二元論ではなく、懐が深く、あいまいで何でも取り入れてしまう知恵と寛容であってほしい。
岩田 太郎:在米ジャーナリスト
※検査で感染拡大は防げるか
ロックダウン論と関連して、議論の前提に混乱が見られるのがPCR検査や抗体検査の有用性に関する言説だ。医療者や当局者が国や地域としての資源配分政策を考えるための検査と、政府が検査を受けた個人や組織、地域の安全を宣言するための検査は目的も意味合いも違う。
まず、医療崩壊を起こさないために感染経路を調べ、感染が本当に抑えられているか診断をつけることは重要だ。流行状態をより正確に把握し、パンデミックの範囲を特定し、今後の感染状況を予測し、これから取るべき行動の参考にすることは必須である。
米エール大学で臨床感染症学の教鞭を執るロバート・ヘクト教授らは4月26日付の『ニューヨーク・タイムズ』紙に寄稿し、「無症状の感染者を特定するために、検査体制を強化せよ」と訴えた。そして、「有効なワクチンが開発されるまでの期間、コロナの流行を制御する唯一の方法は、無症状の感染者をあぶり出して隔離し、これら無症状の感染者の濃厚接触者を検疫下に置き、新たに感染をさせないことだ」と論じた。その意味で世界保健機関(WHO)のテドロス事務局長が唱える「新型コロナを食い止めるには、検査、検査、検査だ」という言葉は誠に腑に落ちる。
しかし、現在の米国ではパンデミックを抑えるための検査と、安心・安全に経済を再開させるための検査の意味が混同されている。たとえば、2019年のノーベル経済学賞の受賞者であるニューヨーク大学のポール・ローマー教授は、「国民皆検査こそが、この夏に大多数の米国民が正常だと感じられる生活に戻る唯一の方策だ」と論じた。
また、多くのエコノミストや財界人は、全国民に検査を行い、PCR検査で陰性と判定された人、抗体検査で感染歴が認められ推定免疫とされた人から「安全のお墨付き」を保証する陰性および免疫証明書を与えた上で、職場や学校に復帰させるとの構想を語る。検査が経済再始動の切り札として語られているのだ。感染症の権威であり、今の米国で最も信頼されるパンデミック情報の発信者であるアンソニー・ファウチ米国立アレルギー感染症研究所(NIAID)所長でさえ、「連邦政府としてコロナ免疫証明カードの発行を検討している」と言明する。
だが、現場の医療者が指摘するように、「PCR 検査で感染者に陽性の検査結果が出る割合は高くて70%程度であり、30%以上の人は感染しているのに『陰性』と判定され、『偽陰性』となる」のである。また、PCR検査と同じく正確性が保証されない抗体検査で得られる推定免疫はあくまで推定だ。免疫そのものが果たしてできるのか、またできたとしてもそれが永続するのかさえわからない。さらに、ウイルスの変異や毒性増加の可能性もある。
また、WHOが4月24日に警告したように、「コロナウイルスの抗体陽性が免疫を証明するという十分なエビデンスはなく、再感染に免疫ができたと信じる人々が(社会的距離政策などの)公衆衛生勧告を無視する可能性がある。そうした免疫証明書の使用は、感染の継続のリスクを高める」のである。
過去にコロナに感染した人が陰性と判定された後に再び他人に感染させたというエビデンスは現時点ではないものの、頼りにならないPCR・抗体検査で「陰性判定」「免疫判定」をもらった元感染者や偽陰性の感染者が職場や学校で感染源や被感染者となり、流行の第2波、第3波の要因になる可能性は捨てきれない。「早まったロックダウン解除が人命を危機にさらす」と言うのなら、不確かな検査でウイルス感染の可能性がある者を「安全」として社会にばらまくことも、また人の命を危機にさらす。
検査は医療資源配分のために大いに役立つし、隔離・追跡政策も医療崩壊の阻止に果たす役割が大きい。だが同時に、ロックダウンは感染防止の特効薬とは言い切れないし、国民皆検査も安全な経済の再開を保証することはできないのである。そうした根拠の薄い社会的距離・ロックダウン理論が独り歩きを始め、それが「命の保護」という大目的から「ロックダウン政策の目的化」「異論を唱える者への非寛容」に変異を起こすことが一番こわい。
ロックダウン政策はサイトカインストーム?
ここで、身体の過剰免疫反応である「サイトカインストーム」の概念やアレルギー反応のメカニズムを使って、ロックダウン政策を考えてみたい。多くの死亡例において、コロナウイルスの攻撃を受けた人体が反撃を行うなかで免疫系が暴走し、感染した細胞だけでなく健康な組織までも破壊してしまい、多臓器不全に陥ったのではないかと疑われている。
これを人間社会に当てはめると、社会や経済を文字通り破壊し、極めて多数の人々の生活を成り立たなくさせるロックダウン政策が、銃で標的の悪者を撃つのではなく、社会そのものを吹き飛ばす核ミサイルを撃ち込むという、サイトカインストームのようなものではないかというイメージが浮かぶ。
ほぼ全土で強制力を伴うロックダウンが実施された米国においては、経済が壊滅的な打撃を被っており、その破壊力が日々明らかになりつつある。こうした中、ロックダウン論者たちは、「国民が外出さえしなければマスクを配ったりしなくてもいいわけで、政府は破産や自殺を防ぐための対策を全力で行えばいい」と主張する。だが、ロックダウンで文字通り経済が壊滅状態に陥った米国の例を見ると、そのような生易しいレベルの話ではないことがわかる。
まず、年間22兆ドル(約2400兆円)規模の米経済において、1~3月の国内総生産(GDP速報値)は第1四半期に前年比で4.8%落ち込み、前回2008年の金融危機以来の低水準に悪化したが、4~6月の第2四半期には前年比で最大50%急落することが予想されている。
失業者数は4月30日発表で3030万人に達したが、失業申請に各州政府のシステムが追いついておらず、実際にははるかに多いと予想される。このままロックダウンが長引けば5月中旬には、失業率が1933年の世界恐慌期に記録した米史上最高の24.9%と並ぶと予想されている。セントルイス連邦準備銀行のシミュレーションによれば、製造業や営業、サービス業を中心に4700万人が職を失う。この場合、失業率は32.1%という記録的なレベルに跳ね上がる。
こうした中、ニュースサイトのアクシオスが4月28日に発表した1000人超の米国人に対する世論調査によれば、89%が米経済の崩壊を懸念していることがわかった。経済を部分的に再開させている州もあるが、各州でロックダウン命令は引き続き延長されており、早い州でも6月まで解除されず、外出制限や営業制限が緩められたり再び強化されることが続くだろう。そのため、生産もサービスも安定せず、失業継続や再就職の困難で家賃や住宅ローンの支払いができない人が急激に増える。
そうした人々に対する支払い猶予期間は与えられても長くて3カ月程度で、猶予終了後は現在の月の支払い分に加えて、数カ月の滞納分の一括支払いを求められる。失業や給与減にあえぐ人たち、再就職したばかりの人たちにはできない相談だ。そのため、コロナの第2波が米国を襲うとされる冬に向けて、差し押さえや強制立ち退き処分が待っている。
英調査企業パンテオン・マクロエコノミクスのチーフエコノミストであるイアン・シェファードソン氏は、「2019年のFRBのデータが示すように、米世帯の40%が400ドルの緊急時用の蓄えさえ持たない。また、米世帯の53%が非常用資金をまったく持たない」と指摘している。コロナ以前にすでにギリギリであった生活は、立ち行かなくなる。
感染者増のたびに再び実施されるロックダウンのために将来が見通せず、多くの企業が事業を縮小する。そのため再就職できず、食事にも住み家にも事欠く人たちが街にあふれる。家庭の経済的な事情で、有為な高校生や大学生が大挙して退学せざるを得ないだろう。現時点で職が安泰な人たちさえも財布のひもを引き締め、米経済の67%を占める消費は、急激に冷え込む。
一方、ロックダウンの影響であまりに多くの人が同時多発的に家賃や住宅ローンの支払いができなくなるため、金融機関や非金融系の貸し付けが大規模に焦げ付く。また、企業では債務不履行、差し押さえ、倒産の連鎖が始まる。商業用不動産担保証券に組み込まれたショッピングモールやホテルなどの物件のテナントがロックダウンで収入を断たれ、リース料を支払えなくなる。
さらに、1兆ドル以上の企業負債が返済不可能になっている可能性があり、レバレッジをかけて資金調達をしている格付けの低い社債や、売上高が10億ドル以下の中規模企業が発行するミドルマーケット債の発行体が倒産の危機にある。
厳重なロックダウンが継続すれば、どこかでマネーの流動性が枯渇することは必定だ。それは金融市場全体に波及して、大規模な金融危機を引き起こす恐れがある。『国家は破綻する―金融危機の800年』の共著者であるハーバード大学のカーメン・ラインハート教授も、「医療危機は金融危機になり得る」と警鐘を鳴らしている。取り付け騒ぎになるかも知れない。そうなれば、健全な企業や職を失わなかった人々の雇用まで危うくなる。
個人や企業からの税収が干上がった州政府や自治体は公務員を大量解雇して、行政サービスや公立学校・大学の教育や治安維持の質が落ちる。猛暑や寒空の下で家を失った人々の衛生状態が悪化し、行政のロックダウン継続中にコロナ第2波、第3波、あるいは新型インフルエンザなどの疫病が社会を襲う可能性さえある。
まさにロックダウンが生じさせるサイトカインストームであり、人災だ。そうした中で、最も打撃を被るのは低所得層や黒人や先住民など底辺の人々である。彼らとて、死を含む感染リスクを負ってまで働きたくないが、リモートワークなどは夢の夢であり、低賃金で感染の危険の多い職場で働かねばならない。ある黒人の理髪店主の言葉を借りれば、「感染で死ぬか、飢えで死ぬかだ」となる。
お笑い芸人の岡村隆史氏は、「コロナ禍で収入が減った美女が、短期間でお金を稼ぐために大挙して風俗入りする可能性があるので楽しみ」という趣旨の発言で大バッシングを浴びたが、米国でも日本でもロックダウン・外出制限のために収入が途絶えてセックスワーカーにならざるを得ない人は、現実として増えるだろう。
ロックダウン政策の目的化は危険
これらの予想は絵空事ではなく、ロックダウンが長引くほど順を追って実際に展開してゆく可能性が高まる大恐慌の阿鼻叫喚地獄だ。
しかし、「人々の健康と安全を優先事項とする」ロックダウン論者たちの議論には、こうした視点がすっぽり抜け落ちている。社会の免疫が暴走して国民の生活や命が危険にさらされることは人災であり、本末転倒だ。ロックダウン論者はサイトカインストームのように、感染した細胞だけでなく健康な組織までも破壊し、結果として人々の命や健康と安全を脅かしていないか。
著名な米実業家・映画製作者で、「資本主義の権化」「地球上の富の半分を持つ男」と評されたハワード・ヒューズ(1905-1976)は晩年に、病的なまでに細菌を恐れるようになり、所有していた当時花形のトランスワールド航空(2001年にアメリカン航空に吸収合併され消滅)を売却した資金でラスベガスの名物カジノホテルであるデザート・インを買収し、完全除菌された最上階のスイートルームに引きこもるようになった。
ヒューズは除菌されたハンカチでドアノブを覆わないと触れることができなくなり、手を洗い始めると肌が擦り切れ血が出るまで止められず、果てには手の洗浄や入浴を一切しなくなった。そのため、髪と髭は伸び放題、体は垢まみれで異臭を放つという、普通の人間であれば恐ろしくてうらやむこともできない生活を送った。健康そのものよりも、健康になるための行為が目的化してしまったからだ。
フランス出身の米細菌学者ルネ・デュボス(1901-1982)は、著書の『健康という幻想 医学の生物学的変化』の中で、「無菌の世界を想定することは、危険思想であると同時に愚人の戯言(たわごと)だ」と看破し、病気からの完全な解放は夢物語と断じたという。ロックダウンの目的や手段や是非を考える際に頭に入れておくべきだろう。
・コロナ時代の私たちに必要なのは「知恵と寛容」だ ロックダウン論を斬る(最終回)(JB PRESS 2020年5月8日)
岩田 太郎:在米ジャーナリスト
※スペイン風邪とは異なる状況
神戸大学の感染症学の専門家である岩田健太郎教授によれば、「短期間に強いロックダウンを行って、その間は政府が全力で企業や国民に経済支援などを行う。これが一番、経済にとってはダメージが少ないはず」であるという。
そうした主張を補強するものとして、「1918年のスペイン風邪に対応した米都市を比較したところ、当局が早期にまた強力に市民生活に介入した都市では結果として経済は悪化せず、パンデミックが終了した後にも力強く経済が拡大した」という趣旨で米連邦準備理事会(FRB)とマサチューセッツ工科大学(MIT)の3人の研究者が3月26日に発表した論文が、日本のウェブメディアや5月3日放送の「池上彰の人類vs新型コロナ 緊急生解説」でも大きく取り上げられた。)(JB PRESS 2020年5月6日)
しかし、スペイン風邪のインフルエンザウイルスと新型コロナウイルスは同じではない。死亡率が高い年齢層も違うし、コロナでは免疫形成が弱いと見られる点も異なる。神奈川県医師会の宮川政昭副会長が述べるように、「新しく未知の新型コロナウイルスには本当の専門家がおらず、本当は誰も理解していない。だから、過去の類似のウイルスの経験のみですべてを語ることは不適切」なのだ。
また、経済へのインパクトについても、1918年と2020年では実施されたロックダウンの破壊度、失業率、セーフティーネットのあり方、経済規模、産業構造、医療的アプローチも大きく違っている。そうした理由で、厳重な対コロナ・ロックダウンを行う州や都市で傷が浅く、自動的にV字型の急回復が見られるという単純な類推はできないのである。
家計の食費や家賃や住宅ローン、企業の給与や税金、固定費などの支払いなどは止めることができないが、ロックダウンによって収入は断たれるか、大幅に減る。これだけ多くの人や企業のバランスシートが、これだけひどく毀損すれば、従来通りに出費を行うことは不可能だ。こうして一度崩壊した需要やマネーの循環は、ちょっとやそっとでは呼び戻せない。
また、今回のロックダウンによる米国の経済崩壊は、「政府が国民に経済支援を行えばよい」などという簡単なレベルを、はるかに超えている。現実問題として、トランプ政権には全国民やすべての企業を救う能力も強固な意思もない。すでに連邦政府は、人々の生活や企業を支えるために数兆ドルという巨費を投じてはいるが、職や収入面で救済されない人が数千万の単位で出ている。その状況はロックダウン継続で悪化するのみだ。
一方、ロックダウンを実施していないスウェーデンの国内総生産(GDP)の落ち込みが、ロックダウンを行っている他の欧州の国と同じくらい落ち込むとのスウェーデン国立銀行(同国の中央銀行)の発表を受け、「それならロックダウンをして国民の健康を守った方がよい」という声が出そうだが、少なくとも欧米の文脈においてロックダウンで感染者数や死者数が期待通りの期間内に有意に減少するとのデータは示されていない。
また、国民の安寧はGDPだけではなく、雇用や需要の維持、家計や企業のバランスシートの痛みの少なさ、破産や破綻の少なさなど国民生活の「質」の面からも総合的に評価されなければならない。その点で、ロックダウンをしなかったスウェーデンの経済健康度が他国と比較して痛みの少ないものになるのか、注目されるところだ。
リスク回避に見合わないコスト
話を米国に戻すと、同国ではロックダウンに対する超党派的な支持が維持されている。4月22日に発表された米AP通信の調査では、民主党支持者の合計95%がロックダウン政策は「正しい」「強化すべき」としたのに対し、共和党支持者は合計78%と17ポイント低いものの、支持はかなり強い。
こうした中、米『ワシントン・ポスト』紙のコラムニストであるリバタリアンのミーガン・マッカードル氏は、ロックダウン政策を支持しながらも、「現在の攻撃的な政策を支持する我々は、(そのような政策に成功の)確証がないことを認めるべきだ。あまりに効果の薄い、峻烈で懲罰的な政策を支持したことを後悔する可能性はある」と述べている。
ピューリッツァー賞の受賞者である『ワシントン・ポスト』紙のコラムニスト、スティーブン・パールシュタイン氏は、「人命が貴いものであることは確かだが、1人の命は1兆ドルの経済生産や、1万社の倒産や、ワクチン実現まで3億人以上の国民が1年以上の自己隔離をするだけの価値はない」と言い切った。その上で、「もしそのようなロックダウンが正当化されるのであれば、酒や銃や自動車や水泳プールを非合法化しなくてはならない。ロックダウン絶対主義のコストとリスクが論じられるべきだ」と指摘した。
パールシュタイン氏はロックダウン解除に反対する人々を説得するため、以下のような具体的な「知恵」の提言を行った。新型肺炎に対して特に脆弱な高齢者の保護を最優先する、十分に消毒された環境において従業員の半分を朝のシフトに出勤させ、残りを昼のシフトに振り分けることで社会的距離を確保する、レストランがテーブルの半分を閉鎖した上で客と給仕の距離も取ることを条件に営業再開を許可する、大学は対面講義を再開する一方でオンライン参加を選ぶ学生にはそれを許可する、などである。
これらに加え、コロナと闘う医療現場をはじめ、食肉工場やeコマースの配送センター、生鮮スーパーなどの密閉・密集・密接で劣悪な労働環境を当局者が即時改善させ、雇用者をして働く者すべてに十分な防護キットを支給させることも必須となろう。
ロックダウンにはエビデンスとバランスが必要
また、懲罰を伴うロックダウンにはバランスが必要だ。自動車の都デトロイトを中心に感染者数が5月3日現在で約4万3000人、死者数が約4000人と、全米でも有数のコロナ蔓延地となったミシガン州では、民主党のグレッチェン・ホイットマー知事がロックダウンの強化のため、花や苗などを販売する園芸用品店を知事令で「営業を許可される必須事業ではない」と定めたことが州民を怒らせ、トランプ支持派をして武装反対デモを仕掛けさせる絶好の口実となった。
巣ごもりを強要されて気晴らしを求める人々は、園芸シーズンである春に、店内で距離をとっても園芸用品を求めることさえ禁じられたのだ。知事は「オンラインでの購入はできる」と弁明したが、怨嗟の声は高まるばかりで、この措置を早々に撤回している。彼女は、何を間違えたのか。
知事に抗議するためライフル銃を振り回して、マスクも着用せず互いの社会的距離もとらないトランプ派のデモ隊のやり方は論外だが、権力側の理屈の妥当性も分析する必要がある。ジョージタウン大学ローセンターで公衆衛生法を専門とするローレンス・ゴスティン教授によれば、私権の制限を伴う公衆衛生政策は、次の要件を満たすべきだと言う。日本におけるロックダウン議論の参考にもなるので、ミシガン州の例と比べながら検討してみよう。
1.私権を制限される個人が社会に対する顕著なリスクである科学的なエビデンスの提示
(実際は、社会的距離を確保した店内で販売される花や苗や用具からコロナ感染が起こるというエビデンスはなく、園芸店内での感染も特に報告されていない)
2.政府による介入は、公衆衛生上の目的を達成するための手段の内、最も制限の少ないものであること
(園芸店への客の訪問を禁ずるという、より制約度の高い命令が、州民の安全を高める措置だと納得させられなかった)
3.政策が国民の支持と信頼を得るものであること
(一挙手一投足に至るまで次々と私権が奪われることに怒った州民がデモを仕掛けた)
4.私権を制限される個人は政府の介入に不服を唱える正当な法の手続きを有すること
(知事は非常時に州民の生殺与奪権を握り、訴訟ではすぐに覆せない)
5.政府が執行する措置が恣意的また差別的、過度に懲罰的ではないこと
(科学的に説明できない政策であるにもかかわらず、違反者には1000ドルの罰金あるいは90日の懲役刑など重い処罰が伴う)
ロックダウン論とアマビエ
ここで、ロックダウン論者の主目的が安全や命の保全ではなく「政治的な暗闘」であるとすれば、ロックダウンの科学的根拠ではなく、命令に服従するかしないかが焦点になる現在の傾向に説明がつきやすくなる。
また、ロックダウン支持者の多くが、グローバル化の逆転で既得権を脅かされる知識エリート層に多く、彼らの支持するロックダウンが、グローバル化に反対する「敵」の中・低所得層に最もひどく打撃を与えている構図にも注目だ。意図的であるかそうでないかは別として、ロックダウン支持者は結果的に低所得層、黒人、先住民などの弱者を傷めつけている。
収入や職が安定し、在宅勤務も可能なエリート層がロックダウン至上主義という北風を吹かせれば、失業や収入減に直面し、私権まで奪われる弱者は反発してコートを脱ぐことを拒否する。その反発をまるで精神異常者か反社会勢力のごとく扱い、「ロックダウン反対者は非科学的」「感染を広げる」とのレッテル貼りを行えば、彼らの協力を得ることはますます困難となり、社会の衛生と安全を確保することは難しくなる。
「命を守る」ことを念仏のように唱えるロックダウン論者は、経済的な理由で中絶を求める女性の決断に反対しながらも、その女性と生まれてくる子供が生きてゆけるだけの金銭的な援助を与えない保守の反中絶派と似ている。
また、モーセの時代に奴隷のユダヤ人にレンガ造りを命じながら、主材料のわらの配給を停止して、その上に変わらぬ生産量を要求したエジプト人のようでもある。さらに、律法の完全なる遵守(現代の言葉に言い換えればコンプライアンス)という負い切れない重荷を人に負わせながら、自分ではその荷に指一本でも触れようとしなかった律法専門家のパリサイ人(びと)をも想起させる。
懲罰や社会的・経済的な巨大損害を伴うロックダウンには十分な根拠、および社会に与える益と害のバランスを民主的に議論する場が必要だ。さもないと、ロックダウンに対する現時点での広範な支持は、一夜にしてひっくり返るかも知れない。コロナ時代に求められているのは、知識ではなく知恵、わずかな違反も見逃さない非寛容ではなく寛容な包摂である。
わが国で豊作や疫病などの予言をする妖怪のアマビエは、江戸時代末期の弘化年間にその姿を肥後国の役人に現し、「疫病が流行する。その際は私の姿を描き写した絵を人々に見せよ」と述べたという。コロナウイルスの流行で、アマビエは疫病退散を願う日本人の注目を再び集めることになり、神社の護符をはじめ、自己流にアレンジされたイラスト、漫画、動画、ぬいぐるみ、あみぐるみ、刺繍、フィギュア、スタンプ、こいのぼりなどが見られるようになった。
米『ニューヨーカー』誌はアマビエ現象と、日本人が自然万物に神性を見出す「八百万の神」信仰を関連づけている。その信仰には知恵と寛容がある。日本人のコロナ禍との科学的・実際的な闘いを根底で支える思想は、恐怖や処罰や過剰反応で人を縛るロックダウン的な二元論ではなく、懐が深く、あいまいで何でも取り入れてしまう知恵と寛容であってほしい。