・南北極の融解で進行する海の「腐海化」(JBpress 2020年2月3日)

篠原 信

※地球の温暖化のせいか、夏になると北極の氷はかなり融けて小さくなるのだという。2019年9月には観測史上2番目に小さい面積になった。近年、凍っていない海域が広がってきたことから、これまでは不可能だった北極海での船の航行も可能になってきたらしい。

こうした現象を歓迎する向きも結構あるようだ。北極の氷が全部融けると北極海中の石油が採れるようになるし、北極海を横断できたら近道ができて便利になる。グリーンランドの氷が融けて海面が上昇したからといって小さな島が沈むだけでしょう? それくらいならなんとかなるんじゃないか、という人も結構多いのかもしれない。

ただ私が非常に恐れている現象がある。それが海洋無酸素事変だ。

海洋生物が大量絶滅する海洋無酸素事変

海には海流があり、海流によって海底までかき混ぜられて酸素が隅々まで行き渡る。そのおかげで深海でも魚が棲めるようになっている。この海流の原動力が、グリーンランドや南極の氷。氷で冷やされた海水は比重が重くなり、下に沈み込む。このエネルギーで、世界中の海をかき混ぜる海流が起きるのだそうだ。

もし南北両極の氷がなくなると、海水の沈み込みが起きなくなる。すると海流が止まり、海をかき混ぜる力が失われる。酸素が送り届けられなくなった海底は無酸素となり、やがて深海に生きていた生き物(好気性生物)は窒息死する。

その死体は、酸素がない状態では腐敗する。腐敗すると硫化水素などの毒ガスが発生し、海底の生物だけでなく、海面の魚も死に、海底へと沈む。海底の死骸が腐敗してさらに硫化水素を発生させ、それがさらに大量の魚を死に至らしめ・・・の悪循環が始まり、海洋生物の大量絶滅が起きる。これを海洋無酸素事変という。

被害は陸地の生物に及ぶ

海洋無酸素事変は、地球の歴史で過去に何度か生物の大絶滅を起こしたことがある現象だ。北極南極の氷を失えば、人類自らの手で海洋無酸素事変を招き、海洋生物の大量絶滅を引き起こしかねない。

しかも、海洋生物が絶滅するとかなりの陸上生物が絶滅に瀕する恐れがある。鮭やウナギが遡上し、渡り鳥が干潟で魚を食べて山でフンをすることで、陸地に物質循環をもたらしている。海が死ねばこうした「海から陸への物質供給」の道が絶たれる。ひたすら、陸地から海へ物質が流出する一方通行になる。

こうなると、海は生物を取り込んでは腐敗させ、毒ガスでさらなる生物の死を招き、それをまた腐敗の材料にするという死のブラックホールになりかねない。人類は海底に酸素を送り込む有効な手段を持たない。海が腐り死んでいけば、止める手だてはない。

実は、海洋無酸素事変こそ、石油を作った現象なのだと言われている。折り重なるように降り積もった海底の死骸が、やがて石油へと変質したのだという。

もしそうだとしたら、人類は石油を燃やすことで地球を温め、南北両極の氷を融かし、海流を止め、海洋無酸素事変を招き、自らの屍と地球上の生物の死骸によって、石油を再生産しようとしていることになる。

北極南極の氷を失うことは、海洋無酸素事変を引き起こし、「腐海」が地球の生物を飲み込み、死に追いやることになりかねない。そんな事態にならないことを切に願うばかりだ。

南北極の氷が全部解けたら、本当に海洋無酸素事変が起きるのかどうかは、確証はない。ただ、古代生物の研究者たちは、地球の歴史を顧みるに、十分起こり得る現象だと見ているようだ。その割には、なぜかこの現象は一般には知られていない。