・仰天報道 カルロス・ゴーンの父親は神父を銃殺し、死刑判決を受けていた(Forbes JAPAN 2020年1月12日)
米レバノンに逃亡したカルロス・ゴーンの記者会見は、レバノンをはじめアラブ諸国でも大々的に報じられているが、衝撃的な報道が登場した。それは、ゴーンの実父、ジョージ・ゴーン(2006年に死亡)が、かつて密輸にからむ殺人事件を起こした後、いくつもの事件で死刑判決を受けていた、というものである。
ドバイのアル・アラビーヤ国際ニュース衛星放送が報じたところによると、フランスのオプセルヴァトゥール(LObs)の東京特派員レジー・アルノー記者が、カルロス・ゴーンの人生にせまる『逃亡者』という本を2月5日に発売する。その本に、ゴーンが6歳のとき、父親のジョージが犯した殺人事件について触れていることが明らかになった。
ただの脅しのつもりが……
アルノー記者の本を事前に入手したクウェートのアル・カバス紙によると、事件が起きたのは1960年4月17日。レバノンの村の路上で銃殺された死体が発見された。
被害者は、ボリス・ムスアド神父。3日後に5人組の犯人グループが逮捕された。その一人が、当時37歳だったジョージ・ゴーン。ダイヤモンド、金、外貨、麻薬の密輸業者であり、ジョージは検察官の取り調べに対し、「ただの脅しのつもりが最悪の結果になってしまった」と供述している。
ジョージは事件の20年前にナイジェリアの首都ラゴスでボリス神父と出会っていた。ボリスはレバノンの山岳地帯で羊飼いから神父になった人物。その神父にジョージは密輸を依頼するようになる。儲けたカネを分け合う関係だったが、「神父の欲深さに腹を立て、仲間をけしかけて脅していたら、神父を殺害してしまった」と、ジョージは供述している。
事件当時、息子のカルロスは6歳。父親は殺人で逮捕されるのだが、その後、さらなる驚きの犯罪が発覚する。
賄賂、偽札、脱出、成功
バアバダー刑務所に送還されたジョージは、「貧しそうだったので憐れんでやった」と看守たちに賄賂を配り、刑務所のドンとなった。昼間は刑務所外で過ごし、夜は刑務所に戻る形で、近くに開いた賭博所で看守や囚人たちをもてなしていたという。
同年の8月4日、仲間11名が逃亡を計画。ジョージは逃亡に加わらなかったが、脱獄に失敗して逮捕された仲間が衝撃的な供述を行う。それは、ジョージがバアバダーの地方検事、予審判事、刑事裁判所長の殺害計画をもちかけていたというのだ。これによって、ジョージ・ゴスンは1961年1月9日に死刑判決を言い渡された。
しかし、ジョージは模範囚となり、その後15年の禁固刑に減刑された。出所したのが、1970年。ところが、話はこれで終わらない。刑務所から出所した4か月後にまた逮捕された。3万4000ドルもの偽札を所持していたのだ。取り調べの結果、100万ドルの偽札をすでに販売していたため、再度15年間の禁固刑に処される。
3年後、刑務所内で自殺未遂事件を起こしたが、チャンスが到来する。1975年初頭、レバノン内戦の混乱に乗じてベイルート脱出に成功したのだ。ジョージはブラジルのリオデジャネイロに逃げて、ブラジルでビジネスに成功。2006年に死亡した。
これまで敏腕経営者としてのカルロス・ゴーンにまつわる本は数多く出版され、本人も多くのインタビューでも生い立ちについて語っている。ゴーンは祖父母や母親については多くを語っているが、父親についてはあまり話してこなかった。密輸、殺人、判事らの殺害計画、偽札など、その犯罪歴を考えれば、当然といえば当然だろう。
実はこのジョージ・ゴーンの悪行は今回初めて暴露されたわけではない。レバノン歌謡界の大御所で、アラブの歌姫としてアラブ諸国では知らぬ人はいない、サバハ(2014年に死去)が自叙伝に書いているのだ。サバハは日本でいう美空ひばりのような存在。彼女が自ら筆をとった自叙伝でこのことに触れているのは、かつての恋人がジョージに殺された神父だったからだ。
レバノンを見捨てた男?
今回、『逃亡者』を書いたアルノー記者は、1960年代にベイルートで発刊されていたフランス語紙Lorientに掲載されていた殺人事件の記事に着目し、そこから丹念に調査を行ったという。
ゴーンにとって触れられたくない過去が今回明らかになる背景には、アラブ諸国でのゴーンへの厳しい見方もある。アラブ社会ではオーナー社長がワンマン経営で公私混同の好き放題をやるケースはある。ただ、ゴーンはオーナー社長ではなく、「雇われ社長のくせに何を勘違いしているんだ」という、成り上がりへのやっかみがある。
もちろん辣腕経営者として尊敬されている面もあるが、低所得者層からは「イスラエルに尻尾をふる億万長者」とか「レバノンを見捨てた男」と見られており、そうした庶民感情に応える形での暴露とも言えるだろう。
隠し続けた過去、成功、カネへの執着、元妻へのDV訴訟、そして今回の逮捕と逃亡。まるで戦後を代表する小説家、松本清張が描いてきた人間の現世欲や秘めた怨念の世界のグローバル版と言えるのではないだろうか。
・「食堂のランチは豚のエサか」 日産幹部が目撃していたカルロス・ゴーンの「裏の顔」(文春オンライン 2020年1月9日)
※レバノンに逃亡したカルロス・ゴーンの原点はここにあった。「日産・ルノー提携」の特ダネを1999年にスクープして以来、ゴーンを見つめてきたジャーナリストが、その栄光と墜落の軌跡、そして日産社内の権力闘争の実態をあますところなく描いた経済ノンフィクション『 日産vs.ゴーン 支配と暗闘の20年 』(文春新書)。
倒産寸前まで追い込まれた日産にルノーから送り込まれたゴーンは、トップ就任からわずか1年半後、「日産リバイバルプラン」をもとに過去最高益を叩き出す。だが、ゴーンには別の顔があった。寵愛する「チルドレン」で配下を固め、意見する者は容赦なく飛ばす。そして、会社の私物化した公私混同のエピソードは枚挙に暇がない。
独裁、ゴマスリ、権力闘争……強欲と収奪の内幕を克明に描くノンフィクションから、一部を抜粋して転載する。
◆ ◆ ◆
ゴーンに反論すると「Don't teach me!(俺に説教するな!)」
ゴーンが来日以来変わっていないことは、自分の指示通り黙って従う有能な部下を優遇することだ。ゴーンのイエスマンとして仕えた多くの役員は、ストックオプションを付与されるなどしてかなりの財を成した。
一方で、有能であっても自分に意見する部下に対しては、高圧的な態度で接し、会社から追い出した。
かつて日産の中枢に在籍したOBはこう語った。
「クルマ造りについてゴーンと意見が合わず反論すると、『Don't teach me!(俺に説教するな!)』と必ず言われた。何度も言うと、今度は、『Never teach me!(二度と説教するな!)』に変わる。
自分に苦言を呈する人間に対しては、徹底的に否定する。ずっとそれをやられているとゴーンの言うとおりにやるのがラクになってしまう。優秀でも意見を言うタイプは自ら辞表を書いて会社を去るか、ゴーンに左遷された」
来日当初から、幹部たちには「裏の顔」を見せていた
ゴーンは来日後、メディアの取材に積極的に応じ、親しみやすさを日本人にアピールしていた。私生活のことも積極的に語り、4人の子を持つ父としてテレビ番組で教育論を語ったりもした。
ところが、こうした姿は「表の顔」に過ぎなかったことが、今回の事件を契機に浮かび上がってきた。じつは来日当初から、社内の限られた幹部たちには「裏の顔」を見せていたというのだ。
重要案件をゴーンに直接報告することも多かった元幹部はこう打ち明けた。
「昼休みにゴーンの部屋に説明に行ったら、靴を履いたまま机に足を挙げ、ふんぞり返って報告を聞くんだ。『役員が食べている食堂のランチは豚のエサか』とまで言ったのをよく覚えている。この人はマスコミの前ではニコニコしているが、本性はわからないと感じた。外面がいいから社外の人にはわからない。それを隠す演技力が凄かったんだ」
そして、カネへの執着、傍若無人な振る舞いは、当時から相当なものがあったという。
「当時、妻のリタさんが東京・代官山でやっていたレバノン料理店では、日産自動車名義のクレジッドカード(コーポレートカード)で仕入れ代金を払っていた。秘書部長が気がつき、ゴーンに『こんなことは困ります』と諫めると、その秘書部長はすぐに小さな関連企業に左遷されてしまった」(同前)
「名誉はカネで買うものだよ」
私的な家族旅行に、会社所有のプライベートジェットを使うこともしばしばあったと報じられているが、家族旅行についてはこんな証言もある。
「ゴーンから『家族旅行の見積もりを作ってくれ』と言われ、担当者は社長が行くんだからと、気合を入れてプランを作った。すると『こんな高い金額が払えるか!』と激怒したという。あれだけ報酬を貰っているから少しくらい贅沢でもいいだろうと思ったらしいのですが……」
側近のひとりによれば、外国に保管していたワインを日本に輸入する際、数千円ほどの関税を払うのを渋ったこともあったという。
なぜゴーンは巨額の報酬を受け取りながら、ここまでカネに執着するのだろうか。
日産のある幹部はこう分析する。
「ゴーンは移民の子として異文化の中を生き抜いてきた。そんな中で自分の存在を他人に認めさせるのは、結局は経済力が大事なのだと考えたのではないか。ゴーンの言うアイデンティティは、結局のところカネだったのでしょう」
「名誉はカネで買うものだよ」。ゴーンがそう言っているのを聞いた元幹部もいる。
・外国人犯罪のプロが予測していた「ゴーンは確実に飛ぶ」(NEWポストセブン 2020年1月21日)
※警察や軍関係の内部事情に詳しい人物、通称・ブラックテリア氏が、関係者の証言から得た警官の日常や刑事の捜査活動などにおける驚くべき真実を明かすシリーズ。今回はレバノンに逃亡中のゴーン被告について、刑事たちがホンネを明かす。
* * *
「ゴーンは飛ぶ」
これが、外国人犯罪捜査の経験がある刑事らの共通認識だったようだ。
警視庁には外国人犯罪を専門に扱う刑事がいる。ゴーン被告が保釈されるというニュースが報じられた時、国籍や民族を問わず日本国内で外国人が犯した犯罪を捜査してきたベテラン刑事らが顔を合わせる機会があった。そこにいた全員の意見は同じだった。
「保釈されれば、ゴーンは確実に飛ぶ」
警視庁に限らず、外国人による犯罪を取り調べたことのある者なら、みんなそう考えたはずだと元刑事は断言する。
理由は簡単だ。
「自分の国があるやつは逃げると考えるのが普通です。彼らは日本人ではなく、帰る国がある。日本に居着いていたり、家族全員が日本にいるなら別ですが」
中には「保釈されて3日以内に飛ぶ」と予想した元刑事もいたという。保釈後3日以内というのははずれたが、まんざら当たっていないわけでもなかった。
この予想には「監視がなければ」という条件がついていたからだ。保釈され、監視がなければ3日以内に飛ぶ、元刑事はそう予想したのだ。行動が制限されていなければ、それぐらい迅速に逃亡すると考えたのである。
実際、ゴーン被告がレバノンに逃亡したのは、日産自動車が手配していた警備会社が監視を中止した当日だ。弁護人だった弘中淳一郎弁護士がゴーン被告から委任状を受け、監視をしていた警備会社を刑事告訴すると表明し、業者は監視を中止した。監視がなくなった当日、ゴーンは元刑事の予想通り飛んだのである。
ゴーン被告の保釈は「証拠隠滅のおそれがある」として2度却下された。しかし「無罪請負人」弘中弁護士と「レジェンド」と呼ばれる高野隆弁護士が10の保釈条件を出し、3回目で保釈が許可された。パソコンの使用制限、メールやインターネットの利用禁止、監視カメラの設置などその条件は厳しいと言われたが、元刑事は首を横に振る。
「保釈条件が甘かった。相手は日本人ではない、裁判所はそこをわかっていなかったんです」
裁判所の最近の傾向として、早期保釈が増えていたのは確かだ。またゴーン被告の長期身柄拘束を人質司法と揶揄し、批判する記事も増えていた。だが、早期保釈された被告のほとんどは日本人である。
「保釈条件には、24時間の監視を自費でつけるという項目が必要だった。裁判所は証拠隠滅の中に逃亡が含まれるとは解釈しない。そこが大きな間違いです」
また、「飛ぶなら船だ」とも言われていたという。ゴーン被告が迅速に逃亡する手段として予想されたのは、貨物船だったらしい。
「羽田や横浜あたりの港から出る外国船籍の貨物船に、まぎれて乗り込めばわからない。1000万円も渡せば、話に乗るやつらはいくらでもいる」
貨物船が真っ先にあがったのは、パスポートの問題があるからだ。外国人犯罪者が保釈される場合、保釈条件として弁護士がパスポートを預かるケースがほとんどだ。逃亡しようとする外国人犯罪者の手元にパスポートがなくても、外国船籍の貨物船なら乗船する船員に対していちいちパスポートを確認しないだろう。
ゴーン被告も当然、パスポートは所持していないと思われていた。だがゴーン被告の弁護団は、旅券は透明のケースに入れた状態で被告に携帯させていた。逃亡のお膳立てをしたと言われても仕方がない。
「さすがにプライベートジェットとは思わなかった。船と考えるのが一般人の思考だ。金持ちの考え方は違う」
また、国籍によっても保釈後、自国に逃亡するか否かは異なるという。
「韓国と米国の間には犯罪人引き渡し条約があるため、韓国人や米国人は自国への逃亡は考えない。だがこの条約がない国なら、保釈された時から逃亡は頭にあったはずだ」
ゴーン被告は今回の会見やインタビューで、起訴されている特別背任事件の審理に今年9月から入ると考えていたのに、その開始が2021年以降になると裁判官に告げられ逃亡を決めたと話す。つまり、逃亡の2文字はずっと頭にあったのだ。
レバノンに逃れたゴーン被告が日本に引き渡されることはないだろう。しかし、引き渡さなくとも、逃亡してきた容疑者を自国の法律で裁く国もある。
「例えば中国です。日本で殺人を犯した中国人は、中国には逃げ帰らない。自分から日本の警察に自首してきますよ」
中国では代理処罰という制度により、日本で罪を犯した中国人が自国に逃亡してくれば、中国の刑法で処罰される。殺人犯の場合、日本なら懲役刑だったとしても中国なら死刑が言い渡されるからだ。
「経済事犯の容疑者の場合は、すぐに中国に逃げ帰ります」
中国では詐欺や横領などの事件は、ほとんど捜査されずに終わってしまうという。
「そうは言っても、習金平政権になってから経済事犯に対しても厳しくなってきました。ゴーンほどの経済犯がもし逃亡してきたら調べるでしょう。でも、ゴーンほどの金持ちなら、中国だったら金でどうにでもできますけどね」
外国人犯罪者は、どんな形でも逃亡を企てる可能性がある。決して彼らを、日本人と同じ感覚で捉えてはいけなかったのだ。
米レバノンに逃亡したカルロス・ゴーンの記者会見は、レバノンをはじめアラブ諸国でも大々的に報じられているが、衝撃的な報道が登場した。それは、ゴーンの実父、ジョージ・ゴーン(2006年に死亡)が、かつて密輸にからむ殺人事件を起こした後、いくつもの事件で死刑判決を受けていた、というものである。
ドバイのアル・アラビーヤ国際ニュース衛星放送が報じたところによると、フランスのオプセルヴァトゥール(LObs)の東京特派員レジー・アルノー記者が、カルロス・ゴーンの人生にせまる『逃亡者』という本を2月5日に発売する。その本に、ゴーンが6歳のとき、父親のジョージが犯した殺人事件について触れていることが明らかになった。
ただの脅しのつもりが……
アルノー記者の本を事前に入手したクウェートのアル・カバス紙によると、事件が起きたのは1960年4月17日。レバノンの村の路上で銃殺された死体が発見された。
被害者は、ボリス・ムスアド神父。3日後に5人組の犯人グループが逮捕された。その一人が、当時37歳だったジョージ・ゴーン。ダイヤモンド、金、外貨、麻薬の密輸業者であり、ジョージは検察官の取り調べに対し、「ただの脅しのつもりが最悪の結果になってしまった」と供述している。
ジョージは事件の20年前にナイジェリアの首都ラゴスでボリス神父と出会っていた。ボリスはレバノンの山岳地帯で羊飼いから神父になった人物。その神父にジョージは密輸を依頼するようになる。儲けたカネを分け合う関係だったが、「神父の欲深さに腹を立て、仲間をけしかけて脅していたら、神父を殺害してしまった」と、ジョージは供述している。
事件当時、息子のカルロスは6歳。父親は殺人で逮捕されるのだが、その後、さらなる驚きの犯罪が発覚する。
賄賂、偽札、脱出、成功
バアバダー刑務所に送還されたジョージは、「貧しそうだったので憐れんでやった」と看守たちに賄賂を配り、刑務所のドンとなった。昼間は刑務所外で過ごし、夜は刑務所に戻る形で、近くに開いた賭博所で看守や囚人たちをもてなしていたという。
同年の8月4日、仲間11名が逃亡を計画。ジョージは逃亡に加わらなかったが、脱獄に失敗して逮捕された仲間が衝撃的な供述を行う。それは、ジョージがバアバダーの地方検事、予審判事、刑事裁判所長の殺害計画をもちかけていたというのだ。これによって、ジョージ・ゴスンは1961年1月9日に死刑判決を言い渡された。
しかし、ジョージは模範囚となり、その後15年の禁固刑に減刑された。出所したのが、1970年。ところが、話はこれで終わらない。刑務所から出所した4か月後にまた逮捕された。3万4000ドルもの偽札を所持していたのだ。取り調べの結果、100万ドルの偽札をすでに販売していたため、再度15年間の禁固刑に処される。
3年後、刑務所内で自殺未遂事件を起こしたが、チャンスが到来する。1975年初頭、レバノン内戦の混乱に乗じてベイルート脱出に成功したのだ。ジョージはブラジルのリオデジャネイロに逃げて、ブラジルでビジネスに成功。2006年に死亡した。
これまで敏腕経営者としてのカルロス・ゴーンにまつわる本は数多く出版され、本人も多くのインタビューでも生い立ちについて語っている。ゴーンは祖父母や母親については多くを語っているが、父親についてはあまり話してこなかった。密輸、殺人、判事らの殺害計画、偽札など、その犯罪歴を考えれば、当然といえば当然だろう。
実はこのジョージ・ゴーンの悪行は今回初めて暴露されたわけではない。レバノン歌謡界の大御所で、アラブの歌姫としてアラブ諸国では知らぬ人はいない、サバハ(2014年に死去)が自叙伝に書いているのだ。サバハは日本でいう美空ひばりのような存在。彼女が自ら筆をとった自叙伝でこのことに触れているのは、かつての恋人がジョージに殺された神父だったからだ。
レバノンを見捨てた男?
今回、『逃亡者』を書いたアルノー記者は、1960年代にベイルートで発刊されていたフランス語紙Lorientに掲載されていた殺人事件の記事に着目し、そこから丹念に調査を行ったという。
ゴーンにとって触れられたくない過去が今回明らかになる背景には、アラブ諸国でのゴーンへの厳しい見方もある。アラブ社会ではオーナー社長がワンマン経営で公私混同の好き放題をやるケースはある。ただ、ゴーンはオーナー社長ではなく、「雇われ社長のくせに何を勘違いしているんだ」という、成り上がりへのやっかみがある。
もちろん辣腕経営者として尊敬されている面もあるが、低所得者層からは「イスラエルに尻尾をふる億万長者」とか「レバノンを見捨てた男」と見られており、そうした庶民感情に応える形での暴露とも言えるだろう。
隠し続けた過去、成功、カネへの執着、元妻へのDV訴訟、そして今回の逮捕と逃亡。まるで戦後を代表する小説家、松本清張が描いてきた人間の現世欲や秘めた怨念の世界のグローバル版と言えるのではないだろうか。
・「食堂のランチは豚のエサか」 日産幹部が目撃していたカルロス・ゴーンの「裏の顔」(文春オンライン 2020年1月9日)
※レバノンに逃亡したカルロス・ゴーンの原点はここにあった。「日産・ルノー提携」の特ダネを1999年にスクープして以来、ゴーンを見つめてきたジャーナリストが、その栄光と墜落の軌跡、そして日産社内の権力闘争の実態をあますところなく描いた経済ノンフィクション『 日産vs.ゴーン 支配と暗闘の20年 』(文春新書)。
倒産寸前まで追い込まれた日産にルノーから送り込まれたゴーンは、トップ就任からわずか1年半後、「日産リバイバルプラン」をもとに過去最高益を叩き出す。だが、ゴーンには別の顔があった。寵愛する「チルドレン」で配下を固め、意見する者は容赦なく飛ばす。そして、会社の私物化した公私混同のエピソードは枚挙に暇がない。
独裁、ゴマスリ、権力闘争……強欲と収奪の内幕を克明に描くノンフィクションから、一部を抜粋して転載する。
◆ ◆ ◆
ゴーンに反論すると「Don't teach me!(俺に説教するな!)」
ゴーンが来日以来変わっていないことは、自分の指示通り黙って従う有能な部下を優遇することだ。ゴーンのイエスマンとして仕えた多くの役員は、ストックオプションを付与されるなどしてかなりの財を成した。
一方で、有能であっても自分に意見する部下に対しては、高圧的な態度で接し、会社から追い出した。
かつて日産の中枢に在籍したOBはこう語った。
「クルマ造りについてゴーンと意見が合わず反論すると、『Don't teach me!(俺に説教するな!)』と必ず言われた。何度も言うと、今度は、『Never teach me!(二度と説教するな!)』に変わる。
自分に苦言を呈する人間に対しては、徹底的に否定する。ずっとそれをやられているとゴーンの言うとおりにやるのがラクになってしまう。優秀でも意見を言うタイプは自ら辞表を書いて会社を去るか、ゴーンに左遷された」
来日当初から、幹部たちには「裏の顔」を見せていた
ゴーンは来日後、メディアの取材に積極的に応じ、親しみやすさを日本人にアピールしていた。私生活のことも積極的に語り、4人の子を持つ父としてテレビ番組で教育論を語ったりもした。
ところが、こうした姿は「表の顔」に過ぎなかったことが、今回の事件を契機に浮かび上がってきた。じつは来日当初から、社内の限られた幹部たちには「裏の顔」を見せていたというのだ。
重要案件をゴーンに直接報告することも多かった元幹部はこう打ち明けた。
「昼休みにゴーンの部屋に説明に行ったら、靴を履いたまま机に足を挙げ、ふんぞり返って報告を聞くんだ。『役員が食べている食堂のランチは豚のエサか』とまで言ったのをよく覚えている。この人はマスコミの前ではニコニコしているが、本性はわからないと感じた。外面がいいから社外の人にはわからない。それを隠す演技力が凄かったんだ」
そして、カネへの執着、傍若無人な振る舞いは、当時から相当なものがあったという。
「当時、妻のリタさんが東京・代官山でやっていたレバノン料理店では、日産自動車名義のクレジッドカード(コーポレートカード)で仕入れ代金を払っていた。秘書部長が気がつき、ゴーンに『こんなことは困ります』と諫めると、その秘書部長はすぐに小さな関連企業に左遷されてしまった」(同前)
「名誉はカネで買うものだよ」
私的な家族旅行に、会社所有のプライベートジェットを使うこともしばしばあったと報じられているが、家族旅行についてはこんな証言もある。
「ゴーンから『家族旅行の見積もりを作ってくれ』と言われ、担当者は社長が行くんだからと、気合を入れてプランを作った。すると『こんな高い金額が払えるか!』と激怒したという。あれだけ報酬を貰っているから少しくらい贅沢でもいいだろうと思ったらしいのですが……」
側近のひとりによれば、外国に保管していたワインを日本に輸入する際、数千円ほどの関税を払うのを渋ったこともあったという。
なぜゴーンは巨額の報酬を受け取りながら、ここまでカネに執着するのだろうか。
日産のある幹部はこう分析する。
「ゴーンは移民の子として異文化の中を生き抜いてきた。そんな中で自分の存在を他人に認めさせるのは、結局は経済力が大事なのだと考えたのではないか。ゴーンの言うアイデンティティは、結局のところカネだったのでしょう」
「名誉はカネで買うものだよ」。ゴーンがそう言っているのを聞いた元幹部もいる。
・外国人犯罪のプロが予測していた「ゴーンは確実に飛ぶ」(NEWポストセブン 2020年1月21日)
※警察や軍関係の内部事情に詳しい人物、通称・ブラックテリア氏が、関係者の証言から得た警官の日常や刑事の捜査活動などにおける驚くべき真実を明かすシリーズ。今回はレバノンに逃亡中のゴーン被告について、刑事たちがホンネを明かす。
* * *
「ゴーンは飛ぶ」
これが、外国人犯罪捜査の経験がある刑事らの共通認識だったようだ。
警視庁には外国人犯罪を専門に扱う刑事がいる。ゴーン被告が保釈されるというニュースが報じられた時、国籍や民族を問わず日本国内で外国人が犯した犯罪を捜査してきたベテラン刑事らが顔を合わせる機会があった。そこにいた全員の意見は同じだった。
「保釈されれば、ゴーンは確実に飛ぶ」
警視庁に限らず、外国人による犯罪を取り調べたことのある者なら、みんなそう考えたはずだと元刑事は断言する。
理由は簡単だ。
「自分の国があるやつは逃げると考えるのが普通です。彼らは日本人ではなく、帰る国がある。日本に居着いていたり、家族全員が日本にいるなら別ですが」
中には「保釈されて3日以内に飛ぶ」と予想した元刑事もいたという。保釈後3日以内というのははずれたが、まんざら当たっていないわけでもなかった。
この予想には「監視がなければ」という条件がついていたからだ。保釈され、監視がなければ3日以内に飛ぶ、元刑事はそう予想したのだ。行動が制限されていなければ、それぐらい迅速に逃亡すると考えたのである。
実際、ゴーン被告がレバノンに逃亡したのは、日産自動車が手配していた警備会社が監視を中止した当日だ。弁護人だった弘中淳一郎弁護士がゴーン被告から委任状を受け、監視をしていた警備会社を刑事告訴すると表明し、業者は監視を中止した。監視がなくなった当日、ゴーンは元刑事の予想通り飛んだのである。
ゴーン被告の保釈は「証拠隠滅のおそれがある」として2度却下された。しかし「無罪請負人」弘中弁護士と「レジェンド」と呼ばれる高野隆弁護士が10の保釈条件を出し、3回目で保釈が許可された。パソコンの使用制限、メールやインターネットの利用禁止、監視カメラの設置などその条件は厳しいと言われたが、元刑事は首を横に振る。
「保釈条件が甘かった。相手は日本人ではない、裁判所はそこをわかっていなかったんです」
裁判所の最近の傾向として、早期保釈が増えていたのは確かだ。またゴーン被告の長期身柄拘束を人質司法と揶揄し、批判する記事も増えていた。だが、早期保釈された被告のほとんどは日本人である。
「保釈条件には、24時間の監視を自費でつけるという項目が必要だった。裁判所は証拠隠滅の中に逃亡が含まれるとは解釈しない。そこが大きな間違いです」
また、「飛ぶなら船だ」とも言われていたという。ゴーン被告が迅速に逃亡する手段として予想されたのは、貨物船だったらしい。
「羽田や横浜あたりの港から出る外国船籍の貨物船に、まぎれて乗り込めばわからない。1000万円も渡せば、話に乗るやつらはいくらでもいる」
貨物船が真っ先にあがったのは、パスポートの問題があるからだ。外国人犯罪者が保釈される場合、保釈条件として弁護士がパスポートを預かるケースがほとんどだ。逃亡しようとする外国人犯罪者の手元にパスポートがなくても、外国船籍の貨物船なら乗船する船員に対していちいちパスポートを確認しないだろう。
ゴーン被告も当然、パスポートは所持していないと思われていた。だがゴーン被告の弁護団は、旅券は透明のケースに入れた状態で被告に携帯させていた。逃亡のお膳立てをしたと言われても仕方がない。
「さすがにプライベートジェットとは思わなかった。船と考えるのが一般人の思考だ。金持ちの考え方は違う」
また、国籍によっても保釈後、自国に逃亡するか否かは異なるという。
「韓国と米国の間には犯罪人引き渡し条約があるため、韓国人や米国人は自国への逃亡は考えない。だがこの条約がない国なら、保釈された時から逃亡は頭にあったはずだ」
ゴーン被告は今回の会見やインタビューで、起訴されている特別背任事件の審理に今年9月から入ると考えていたのに、その開始が2021年以降になると裁判官に告げられ逃亡を決めたと話す。つまり、逃亡の2文字はずっと頭にあったのだ。
レバノンに逃れたゴーン被告が日本に引き渡されることはないだろう。しかし、引き渡さなくとも、逃亡してきた容疑者を自国の法律で裁く国もある。
「例えば中国です。日本で殺人を犯した中国人は、中国には逃げ帰らない。自分から日本の警察に自首してきますよ」
中国では代理処罰という制度により、日本で罪を犯した中国人が自国に逃亡してくれば、中国の刑法で処罰される。殺人犯の場合、日本なら懲役刑だったとしても中国なら死刑が言い渡されるからだ。
「経済事犯の容疑者の場合は、すぐに中国に逃げ帰ります」
中国では詐欺や横領などの事件は、ほとんど捜査されずに終わってしまうという。
「そうは言っても、習金平政権になってから経済事犯に対しても厳しくなってきました。ゴーンほどの経済犯がもし逃亡してきたら調べるでしょう。でも、ゴーンほどの金持ちなら、中国だったら金でどうにでもできますけどね」
外国人犯罪者は、どんな形でも逃亡を企てる可能性がある。決して彼らを、日本人と同じ感覚で捉えてはいけなかったのだ。