・消費増税で輸出企業と金持ちが得するカラクリ。一方で「庶民の非正規雇用は拡大」(週刊女性PRIME 2019年9月10日)

※「消費税は恐怖でしかない。子どもの塾代だって上がるわけでしょう?」(40代=派遣)
「母を連れて病院通い。バス代が結構かさむので10%は痛いです」(50代=パート)
「いまだって生活が苦しいのに、老後資金なんて無理無理無理……」(30代=契約社員)
 
ちまたの女性たちは戦々恐々! 厚生労働省による'18年の国民生活基礎調査で「生活が苦しい」と答えた人が57・7%と、4年ぶりに増加したのもうなずける。そんな中、ついに近づいてきた消費税の増税。安倍首相は「リーマンショック級の出来事でもない限り増税を実施する」としていて、10月1日から消費税は10%に引き上げられる可能性が高い。その影響は家計の負担増だけにとどまらず広範囲にわたりそうだ。さっそく、項目別に見てみよう。

最悪のタイミングで引き上げ
 
消費税10%は過去に2度、見送られている。税率8%となった2014年、駆け込み需要の反動で消費が落ち込んだ結果、増税の延期を発表。
 
'16年6月には、「世界経済は不透明感が増している」として2度目の延期になった。
 
では、'19年の視界はどうか。見通しが悪く「危機的状況にある」と指摘するのは経済アナリスト・森永卓郎さんだ。

「アメリカと中国による貿易摩擦の激化で世界経済が悪化しています。'08年のリーマンショックのあと、世界経済は5年にわたって低迷しました。その間の平均成長率は3・03%でしたが、世界銀行による今年の『世界経済見通し』では2・6%。リーマン後よりも下がっているんです。
 
加えて、今年に入って日本の景気は落ち込み、実質賃金が前年比で1%前後のマイナスという状況が続いています。給料が下がってきているわけです。五輪需要もピークを超えた。インバウンドも、日韓関係の悪化によって、西日本、とりわけ韓国からの訪日客が多い九州で激減しています」
 
経済評論家の加谷珪一さんは、いまの日本経済は増税に耐えられないかもしれないと危惧する。

「みなさんが肌で実感しているとおり、いまの日本はかなり景気が悪い。政府はアベノミクスで経済はうまくいっているとアピールしますが、ここ5年、10年、日本の経済成長率は諸外国に比べて非常に低い。
 
GDP(国内総生産)でみると、日本の成長率が年0・5%なのに対し、アメリカなどは2%。欧米人の収入がこの10~15年で1・5~2倍くらいになっているのに、日本人の収入は全然上がっていません。輸入品の値段が上がり、それを組み込んだ製品の値段も上がるのに収入は変わらないから、じわじわ生活が苦しくなっています」

経済はさらに弱体化
 
アベノミクス3本の矢は、(1)日銀が日本株式や国債を大量購入して市場にお金をばらまく量的緩和を行い、(2)デフレ脱却を目指して公共投資などの財政出動で景気を保ちつつ、その間に、(3)経済構造の改革を行うとの計画だった。

「痛みを伴う構造改革への批判が大きくなると、いつしか安倍総理は、構造改革自体を言わなくなってしまった。さらに財務省が、これ以上お金は出せないと強く言い出して、財政出動もなくなった。結局やったのは量的緩和だけで、あとは実現できないまま。すべて実行していれば、それなりの効果はあったかもしれませんが、いまとなっては手遅れです」(加谷さん)
 
マイナス要素ばかりが並ぶいま、ここで消費税10%をぶつけたら、何が起きるのか。
 
加谷さんは「消費者心理が冷え込んで買い控えが起きます。経済がさらに弱体化するのは、ほぼ確実。GDPの数字は来年前半でかなり悪くなるでしょう」と見通す。
 
増税を待つまでもなく庶民の財布のヒモは固い。経済アナリストのあんびるえつこさんは「消費税が上がると何度もアナウンスした効果が大きい」と話し、こう続ける。

「エコノミストの間で、明治安田生命の夏休みに関するアンケートが話題になりました。夏休みに使うお金が前年比1万5743円減と調査開始以来、最低で、節約志向が極まった内容だったからです。今回の増税は2%で、軽減税率もあるし、たいしたインパクトを与えないんじゃないかと言われていますが実際は消費者心理に影響が出ています」
 
実際、過去2度の増税後、経済成長率はいずれもマイナスとなっていた。森永さんは大不況への懸念を隠さない。

「'14年には消費税率を3%引き上げて、消費がきれいに3%落ちました。今回も同様に落ち込むと思います。すると、ほぼ間違いなくマイナス成長になる。日本の景気は急速に悪化していくでしょう。世界経済も影響して、リーマン級や、それを超えるような不況も十分、起こりうる」
 
リーマンショックのあと、景気悪化から非正規労働者のクビ切りが相次ぎ、年越し派遣村がつくられたことを覚えている人も多いだろう。

「不況で庶民にいちばん影響が大きいのは雇用です。人手不足だと言われているのに、わずかとはいえ、すでに大卒の求人倍率は昨年を下回っています。転職したい人は早めに決めたほうがいいし、非正規の人は、正社員の口があるならできるだけ早くなっておいたほうがいい。安倍政権になってから非正規の割合は上がり続けていますが、その傾向に、さらに拍車がかかるでしょう」(森永さん)

消費税=不公平税のからくり
 
元静岡大学教授で税理士の湖東京至さんは「消費税には致命的な欠陥がある」と言ってはばからない。庶民や中小零細企業ばかりを直撃する「不公平な税」だからだ。
 
事業者の立場からみると、消費税の本質的な危険性がよくわかると湖東さんは言う。

「みなさんが物を買うときに“払う”消費税を税務署へ“納める”のは事業者です。事業者が納める消費税の金額は、年間の売り上げ高から、年間の仕入れ高などを引いて計算します。仕入れ高には、商品の仕入れ費用のほかに光熱費や交通費、家賃、通信費、広告宣伝費、外注費、派遣会社への支払いなどが含まれます。ただし、正社員へ支払う給料は入っていません。給料が多い企業ほど消費税を納める負担も大きくなるのです」
 
消費税は物にかかる税金だと思っている人は少なくない。だが、実態はまるで違うと湖東さんは強調する。

「事業者視点でみれば、消費税とは年間の売り上げと人件費(給料)にかかる税金と言えます。消費税の納税額を減らしたければ、正社員を雇わないで派遣や外注を増やせばいい。仕入れ高に計上できますから。消費税には非正規労働者を増やしてしまうからくりが仕組まれているのです」
 
非正規だけでなく働く人全体の賃金にも影響がおよぶ。

「非正規が増えれば、それに引きずられる形で正社員の賃金も上がらなくなります。使えるお金が減るわけですから、消費が落ち込むのは当たり前。さらに消費税には、低所得者ほど負担が重くなる逆進性の問題も指摘されています」
 
消費税の原形は1954年、フランスで導入された。「その際、納税義務のある事業者が直接納める直接税なのに、消費者が負担する間接税であるかのように無理やり仕立てたのです」
 
日本でも1989年に消費税がスタートするとき、物にかかる間接税を装うフランスの考え方を取り入れた。

「消費税は原材料やメーカー、卸、小売りへと転嫁され、最終的に消費者が払う税金だと信じられてきました。消費者は、自分で消費税を負担しているように錯覚しています」
 
消費税の仕組みが裁判になったことがある。1990年、原告である消費者側は、当時3%だったコンビニのレシートを示し、消費者が払った消費税がそのまま税務署に納められないのはおかしいとして、東京地裁へ訴えた。

「判決は、消費者は消費税を負担していないという内容でした。消費者の納税者はあくまで事業者であって、消費者が負担しているのは消費税ではなく、商品やサービスの提供に対する“価格の一部”であると裁判所は述べたのです。消費税が間接税ではないことを証明しています」
 
では、なぜ消費税の導入にあたり、わざわざ間接税を装うようなまねをしたのか。
「輸出企業が消費税の還付金を受けられるようにするため。『輸出戻し税』や『輸出還付金』と呼ばれる制度です。これを使えば、消費税を1度も納めたことがなくても、消費税が税務署から還付されます」
 
企業が輸出するとき、海外で販売される商品に日本の消費税をかけることはできない。輸出品に消費税をかけないという国際的な決まりがあるからだ。消費税非課税で販売することになるが、それでは国内で販売したときに受け取れるはずの消費税分を企業が負担することになる。そのため輸出還付金として消費税分が企業に還付されるわけだ。
 
輸出品への消費税の課税は国際ルールで禁じられているが、間接税であれば消費税分の還付が認められるという。

「さらに、輸出品には“ゼロ税率”を適用する。例えば、ある輸出企業の売上高が国内500億円、輸出500億円だったとします。国内分には8%の税率が適用されるから500億円×8%=40億円が税金となりますが、輸出分は0%をかけるので0円。
 
一方、仕入れ額が年間800億円とすれば、税額64億円。売上高にかかる税額40億円から仕入れ高にかかる税額64億円を引いて、マイナス24億円となります。これが輸出企業に還付されるのです」
 
この制度を利用して、添付の表にあるとおり、名だたる企業が巨額の還付金を受けている。

「売上高から仕入れ高を引いた粗利益に課税される消費税は、赤字企業であっても納税義務が生じます。苦しいフトコロから消費税を納める中小零細起業がある一方、輸出大企業への還付金は国内事業者が納めた消費税額の1/4にもなります。しかも下請けに対し、納品の際に消費税分を安くしろと買い叩く大企業も少なくないのです」
 
今年5月に日本商工会議所が実施した調査では、税率10%への引き上げの一部または全部を価格に転嫁できないと答えた中小企業の割合は、32・1%にのぼっている。

「能力に応じて納めるというのが税制の原則。それに反する消費税は不公平税なのです」

増税しても社会保障費が削られるワケ
 
施政方針演説で「全世代型社会保障制度を築き上げるために、消費税率の引き上げによる安定的な財源がどうしても必要」と、増税の必要性を力説した安倍首相。5%から8%に引き上げた2014年も同様に、増税は社会保障のためとしていた。

「消費税が上がって社会保障が充実するどころか、反対に削減され続けています」
 
そう指摘するのは鹿児島大学の伊藤周平教授だ。

「8%増税の使い道をみていくと、国民年金の国庫負担財源に回したのが3・2兆円、負担のつけ回しの軽減、つまり借金の穴埋めに使ったのが3・4兆円。社会保障の充実に回されたのは16%だけでした。充実分は大半が子育て支援に回り、医療や介護分野は逆に削られています」
 
とりわけ介護分野で削減・給付の抑制が目立つ。

「要支援1・2の訪問・通所介護サービスを介護保険の給付からはずし、特別養護老人ホームの入所基準を要介護3以上に厳格化。要介護1・2の生活援助を介護保険からはずすことも検討され始めています。介護保険の利用者負担もすべての利用者について1割から2割に引き上げることが計画されています」
 
こうした利用者負担や窓口負担の増大により、必要な医療や介護が受けられない人も出てきている。
 
さらに、社会保険料の負担も増している。

「医療や介護などの社会保険料は、所得の低い人・所得のない人にも負担がかかる。消費税と同じように、弱い立場の人ほど負担が重くなる逆進性が強い点が問題です」
 
少子高齢化が加速して社会保障費が財政を圧迫しているのだから、負担はしかたがないと消費税を必要悪のようにとらえる人も珍しくない。だが、それは違うと伊藤教授。

「なぜ社会保障が削られるのか。保育も介護も家族がやればいい、誰でもできると低く見られているからでしょう。その証拠に、国は保育士の配置基準を緩和して、無資格の人にやらせています。介護も同じで、痰の吸引などの医療行為を、研修を受けたヘルパーなどにもやらせています。専門性の軽視が著しい。
 
そもそも社会保障は命にかかわること。必要な予算である以上、優先されるべきで削ってはならないはずです」
 
一方、消費増税に合わせるかのように行われてきたのが、法人税の減税だ。

「消費税を社会保障の財源にすると、これまで社会保障に充ててきた法人税収や所得税収の部分が浮きます。東日本大震災の復興特別法人税は予定より1年前倒しで'14年に廃止、1・2兆円が減収に。'12年には30%だった法人税が'18年に23・2%にまで引き下げられました。法人実効税率も20%台にまで下げられた。
 
所得税も同じです。かつては最高税率が住民税特例水準あわせて70%でしたが、'15年以降は55%が上限になりました。
 
こうして見ていくと、消費税の増税分は、法人税や所得税の減税による穴埋めに消えたと言えます。そして、逆進性の強い消費税を社会保障の財源としてひもづける限り、貧困や格差に対応するため、この先も消費税の税率を上げ続けなければならないでしょう」
消費税をアップせずとも財源は作れる

「税金はあるところから取るのが大原則。赤字でも納税義務がある消費税を上げるより、減収に減収を重ねてきた法人税を見直さなくてはなりません。それも、より多くの利益を上げている大企業には高い税率で、小さい企業には少ない税率という累進課税を適用させるのです」
 
とは、前出の湖東さん。そうすれば、消費税を廃止しても財源は作れると断言する。

「予算も組んでいるので、いきなり廃止するのは難しい。2度にわたり引き下げたカナダのように、段階的に税率を下げていくべきでしょう。
 
また、法人税を上げるというと、大企業が海外に逃げてしまうのでは? と心配する人がいますが、その心配はいりません。日本の大企業は諸外国と比べて法人税の実際の負担が極めて低い。試験研究費の税額控除や法人株主の受取配当金など、さまざまな特別措置があるからです。 それに大企業のほとんどは上場企業です。日本での上場をやめてまで海外へ行くのか疑問です」(湖東さん、以下同)
 
消費税廃止と言えば山本太郎代表率いる『れいわ新選組』。8月の世論調査では支持率を4・3%に伸ばし、共産党と並んだ。その山本代表が最近、立憲民主党の若手議員らとともに、昨年に消費税を廃止したマレーシアへ視察に出向いて話題を集めている。

「マレーシアで昨年5月、国政選挙がありました。当時92歳だったマハティール元首相の野党連合が公約のトップに、消費税の廃止を掲げたのです。マレーシアの消費税は税率6%で'15年4月に導入、その後は物価が大幅に上がり、国民の不満は大きくなっていました。

選挙前、当時の与党は財源がなくなると廃止に反対しましたが、ふたを開けてみれば野党連合の大勝利。マハティール氏は選挙が終わったすぐあと、6月1日に消費税を廃止しました。
 
財源は、中国との合弁で進めていた新幹線などの無駄な公共事業をやめたり、かつての税制を復活させたりして充てたそうです。その結果、景気が向上し、法人税の税収が大幅に上がり個人消費も伸びたといいます。消費税を廃止すると景気がよくなり、法人税や所得税の税収も増える。日本でも同じことが言えると思います」

自営業を狙い撃ち!「インボイス」って何?
 
軽減税率の導入によって、10%と8%という2つの税率が登場すると、請求書やレシートの書き方も複雑になる。ただでさえ面倒なのに、さらに厄介な制度が待ちかまえている。今回の増税に合わせて、2023年10月から「日本版インボイス」という制度が導入されるのだ。

「インボイスとは適格請求書と呼ばれるもの。取引品目ごとの税率や税額を詳しく記す経理書類の発行が義務化されるのです。税務署から事業者登録番号を発行してもらい、それにひもづけて税金を納める仕組みのことを言います」
 
と、教えてくれたのは前出・湖東さん。そのターゲットは、日本に現在500万人はいるという売り上げ1000万円以下の零細事業者たちだ。

「インボイス方式になると、税務署に事業者登録をして番号を発行してもらい、その番号が記載された請求書・領収書が消費税の控除を受ける際の要件となります。そうしなければ消費税が高くなるなど計算上、不利になるほか、取引の輪からはずされるおそれがあります」(湖東さん)
 
売り上げ1000万円以下の免税事業者は2023年以降、事業者登録をして課税業者にならなければ消費税の還付を受けられるインボイスが発行できない。取引から排除されるおそれがあるため、多くの人々が課税業者への転換を強いられ、事実上、免税業者がいなくなるかもしれない。
 
前出の森永さんは、「軽減税率によって企業は二重に帳簿をつけなくてはならず、むちゃくちゃ負担が大きくなった。そこへインボイスが直撃する。1円でも多く税金を取りたい財務省の中小零細いじめです」
 
インボイスによって、財務省は取引の流れやその全貌が手に入るようになり、ガラス張りにされる。そればかりか、軽減税率による税収減を穴埋めしたいという思惑もあるようだ。財務省はインボイスの導入で2000億円程度の税収を見込んでいるという。

「インボイスへの完全移行までに4年の猶予期間があるとはいえ、品目ごとの税率や税金合計などを記載した帳票類の提出が求められるなど、事務作業に手間がかかるようになります。特に、中小零細の経理にとって負担は大きいでしょう。地方経済はそうした人たちが支えているので、個人商店の廃業が増え、シャッター商店街が加速するかもしれません」(森永さん)
 
ほかにどんな影響が考えられるか?

「インボイスの導入後、事務作業の煩雑さから、ヨーロッパでは起業する人が減ったといいます」(森永さん)
 
今後の動きに注視していく必要がありそうだ。


・復興税の「不正流用」、中止のフリをして今も執行されている現実(マネーポストweb 2019年9月10日)

※東日本大震災の復旧・復興財源として創設された10兆円の「復興特別税」が、中央官庁が巨額の予算を被災地以外の事業に流用していたことが発覚して国民の大きな批判を浴びたのはまだ記憶に新しい。「流用したカネは国庫に返納させた」。時の政府はそう説明したが、実際は大半が戻っていなかった。どこに消えたのか──。

無人の土地を守る防潮堤

東日本大震災(2011年3月11日)から8年半、復興は未だ道半ばだ。

4000人近い犠牲者を出した宮城県石巻市の北部、雄勝地区は高さ約10mの津波に襲われて町が潰滅した。現在、住民は海から離れた安全な高台に集団移転し、そこからは巨大な防潮堤が一望できる。高台から防潮堤までの空き地に住宅はなく、真新しい道路の建設工事が急ピッチで進んでいた。

「誰もいない土地を守るためになぜあんな巨大な堤防が必要なのか、不思議でしょう?」

高台に住む男性が語り始めた。

「私も疑問に思って説明会で県の農林水産部のお役人に聞いたんです。そしたら、あの堤防は津波から人を守るんじゃなくて『県道を守るためです』と答えました」

本誌・週刊ポスト取材班は「復興道路」の三陸自動車道を北に向かい、やはり津波で大きな被害を受けた岩手県陸前高田市に入った。

ここでは被災地最大の“台地建設”が行なわれている。川向こうの愛宕山を切り崩して巨大なベルトコンベアで毎日トラック4000台分の土を運び、復興予算1600億円をかけて市の中心部を10m以上盛り土をして約300ヘクタール(東京ドーム64個分)の市街地を造成する区画整理事業だ。だが、現地ではメインの商業施設は開業したのに、肝心の宅地予定地はガラガラで空き地が目立つ。

「時間がかかりすぎた。待ちきれずに別の土地に引っ越した人も多いし、被災者住宅などに残った人たちは高齢化して、いまから借金をして家を建てる気にならない」(住民の1人)

造成した宅地の66%で住宅建設希望者がいない。その造成につぎ込まれた復興予算は1戸あたり5000万円といわれる。その原資は復興税である。

「増税の口実になる」──大地震と大津波、原発事故という未曾有の危機に直面したあの時、当時の菅直人内閣の中枢にそう考えた者がいたことは間違いない。

復興税の構想が浮上したのは震災発生のわずか2日後だった。菅首相は野党だった自民党の谷垣禎一総裁と会談して復興への協力を要請する。2人とも財務大臣経験者で増税論者として知られていた。党首会談後の会見で谷垣氏はこう述べた。

「復興財源を国債発行だけで賄うことができるのか。復興支援税制のようなことを考える必要があるかもしれない」

自衛隊や消防、警察が懸命に被災者の救助にあたり、福島第一原発ではメルトダウンが進んでいたさなかに、国民の生命を預かる首相と野党第一党の党首がカネの話し合いをしていたのだ。

菅首相はほどなく「震災に伴う負担を社会全体が分かち合う」と呼応し、そこから与野党一体で増税シナリオが進んでいく。

菅首相から「東日本大震災復興構想会議」の議長に任命された五百旗頭眞・防衛大学校校長が「震災復興税を創設する」と提案すると、短期間の議論で政府は復興基本方針に復興税の創設を盛り込む。その年11月には復興増税法案が民主、自民、公明党の賛成多数で成立した。所得税と住民税にそれぞれ「復興特別税」を上乗せする形で、総額10兆5000億円の増税が決められた。

負担額は年収500万円のサラリーマン世帯(4人家族)で年間約2600円、年収1000万円なら年間約1万5000円だ。

どんな国の政府であろうと大災害が起きれば被災者の生活再建と復興に最優先で取り組むはずだ。震災を口実に「財源がない」と復興より増税を優先させたのは世界でもこの時の日本の政治家、官僚たちだけではないか。国民は口車に乗ったことで、後々まで苦しめられる。

役人の給料に計上

増税が決まると、各省庁は被災地そっちのけで湯水のようにカネを使い始めた。「復興予算の流用」である。

国民が増税の痛みに耐え、何十万人もの被災者が不自由な避難所生活を強いられているとき、役人は自分たちの“職場環境改善”や福利厚生に増税のカネを食いつぶしていった。

文科省は復興予算389億円で被災地以外の国立大学の体育館、図書館などの施設を建設し、国交省は「道のないところに道路ができれば防災に役立つ」と100億円をかけて沖縄と北海道で国道を整備、農水省は「被災地の住宅再建のために木を植える」と九州に林道を引き、水産庁は「被災地の石巻はかつて捕鯨の町だった。商業捕鯨再開で活気づけたい」と南氷洋での調査捕鯨とシーシェパード対策に23億円をつぎ込んだ。

それだけではない。官僚たちは「防災」名目で内閣府が入居する霞が関の中央合同庁舎4号館、荒川税務署などの改修費など役所の職場環境改善に何億、何十億の復興予算を計上、各省の人件費(給料)にも131億円が計上され、果ては福利厚生で利用するスポーツクラブの割引にまで復興増税を使い込んだ。

 そうした実態をジャーナリスト・福場ひとみ氏が本誌追及レポート(2012年8月10日号)でスクープすると、被災者や国民から怒りの声が巻き起こった。『国家のシロアリ 復興予算流用の真相』の著者でもある福場氏が指摘する。

「官僚たちは最初から流用するつもりで復興特別税をつくった。当時は民主党政権で公共事業予算が減らされており、各省とも予算が欲しい。そのために政府の復興基本方針にあらかじめ『全国防災』という考え方を盛り込んで、復興予算を全国の公共事業に流用する口実を用意していたのです」

流用問題は国会で問題化し、会計検査院も調査に乗り出す。次の野田佳彦内閣は「復興予算見直し」の方針を掲げて35事業の予算執行を停止した。各省が基金に貯め込んでいた復興予算流用分の1000億円も追加で返納させると発表した。

国民は役人が流用したカネは国庫に戻ったと思い込まされた。

返納額は1割未満

真相は違った。返納指示の一方、野田内閣は役所がすでに執行していた予算は「返納に及ばず」と不問にしていたからだ。

当時、会計検査院は復興予算が使われた1401事業を調査し、そのうち326事業、総額1兆3000億円分を「被災地と関係ない」と認定していた。政府が執行停止したのはわずか35事業、しかも全額停止は8事業のみで一部停止を合わせても停止額は168億円。追加返納分を合計しても1168億円で、流用総額の1割にも満たない。

会計検査院はこの326の流用事業が何かを具体的に明らかにしていない。では、1兆2000億円ものカネは何に消えたのか。予算が消化された事業を探れば行き当たる。

前述の水産庁は捕鯨調査費を全額執行し、昔からの天下り財団として知られる日本鯨類研究所への赤字補填の補助金につぎ込んでいた。

環境省は震災の瓦礫処理を引き受けなかったにもかかわらず、自治体のごみ処理施設建設に250億円の補助金を与え、公安調査庁は「被災地での過激派や外国スパイの活動監視」を名目に無線付きの公用車14台を復興予算で購入していた。合同庁舎や税務署の改修予算は一部執行停止されたものの、その後、別の予算で改修工事が行なわれ、役人の“職場環境”はしっかり改善した。

増税は政治家も潤した。震災復興は2020年までの10年計画で総額23兆円をあてる予定だった。だが、安倍首相は政権に返り咲いた直後の2013年1月に復興計画を修正して「前半5年で25兆円」に予算を増額させる。そのタイミングで自民党は復興特需に沸くゼネコン業界に「4億7100万円」の献金を要請する文書を送った。

効果は覿面だった。その年の建設業界の自民党へのゼネコン献金は倍増し、大手ゼネコン5社の自民党献金が2012年は1社約810万円だったが、2017年には1800万円へと倍増している。

その間、復興予算はさらに膨れあがって8年目の今年度までに35兆円が投じられた。シロアリ官僚が全国にバラ撒いた復興予算がゼネコンを太らせ、自民党へと還流する増税のトリクルダウンである。

恒久的に徴収され続ける

味をしめた政治家と官僚は復興も増税も決して終わらせるつもりはない。住民税の増税分(1000円上乗せ)は期間10年間で2023年までで廃止されることになっていた。

ところが、自民党は今年の通常国会で法案を成立させ、国民が気づかないうちに2024年からは「森林環境税」(国税)と名前を変えて同額を恒久的に徴収することが決まった。正直に「復興増税を永遠に続ける」といえば国民は黙っていなかったはずだ。

復興事業も止まらない。復興庁は10年の復興期間が終われば廃止される臨時官庁だが、自民党と公明党は政府に「存続」を提言し、「防災省」へと格上げすべきという意見もある。

「臨時増税」を安易に認めてしまうと、いつまでも増税が終わらなくなるという苦い教訓を国民に残した。

※週刊ポスト2019年9月13日号


・「消費税を廃止した国、マレーシア」は本当か(IDE-JETRO 2019年9月)

ポイント

•2018年5月に実施された総選挙で、消費税廃止を掲げたマハティール元首相率いる希望連盟が勝利し、2018年6月1日より6%の消費税が事実上廃止された。
•2018年9月1日より消費税に代わって売上サービス税(SST)が「再導入」された。これは、2015年の消費税導入に伴って廃止されていた従来の仕組み。税率はサービスが6%、財が10%で従前どおり、また、新政権の選挙公約どおり。
•SSTは食品や生活必需品など非課税品目が多いため消費者の負担感は軽く、消費税からSSTへの移行で、税収は220億リンギ(約5500億円)減少した。マレーシア政府は様々な方法でこれを埋めることに腐心している。
•マレーシアの民間消費は堅調で、税率が0%になった期間は特に好調だった。ただ、長期的に見るとマレーシアの民間消費は好ましい人口動態が支えており、消費税からSSTへの移行のみが要因ではない。
•所得税の課税ベースが極端に小さいマレーシアの税収構造を前提とすれば、財源安定化の観点からは消費税の廃止は望ましくないが、それぞれの国で財政の条件は異なり一般化できない。

※マレーシア は本当に消費税廃止したのか?

2018年5月9日に投票が行われたマレーシアの第14回総選挙では、与党連合・国民戦線が政権を維持するとの大方の予想を覆し、マハティール元首相が率いる野党連合・希望連盟(PH)が議席の過半数を占め、マレーシア史上初の政権交代が現実となった。これに伴い、事前にPHが発表していた選挙公約のひとつであった「消費税の廃止」が2018年6月1日に実現した。

ただし、話はここで終わらない。消費税が廃止されたといっても、当然、代替の財源がなければ財政に穴が開くわけで、新政権が選挙公約の段階で公言していたとおり、2018年9月1日から売上・サービス税(SST)が再導入された。消費税廃止の経済効果は好調な民間消費として確かに観察されるが、消費税廃止以外の要因も大きく、慎重に議論する必要がある。

本論は、マレーシアで消費税が廃止されSSTが再導入された経緯とその影響について、事実を整理し、統計に基づいて論じることを目的とする。2019年10月1日に実施される日本の消費税引き上げと関連し、ネット上ではマレーシアの消費税廃止についての断片的な情報があふれており、実際にマレーシアで何が起こったのかについて客観的な情報が共有されることで、消費税をめぐる一般的な議論がより意味のあるものになれば幸甚である。

消費税導入、廃止、SST再導入の経緯

マレーシアでは、2015年4月1日より、それまでのSSTに代わって6%の消費税(Goods and Services Tax: GST)1が導入された。マレーシアでは、それに先立つ10年以上前から消費税についての議論が重ねられてきており、その背景には、税収の石油依存を脱却して財政を安定させ、財政赤字を抑制したいというマレーシア政府の意向があった。

一方で、近年マレーシアでは「生活費(Costs of living)の上昇」が政治的にも大きな問題になってきた。特に、2014年夏以降、米ドルに対する通貨・リンギ安が急速に進み、輸入物価が上昇したことが、これに追い打ちを掛けた。SSTから消費税への移行はまさにこうした時期に行われたため、国民の不満が高まっていた。

これに対して、2018年5月の第14回総選挙に向けて、マハティール元首相を統一の首相候補とする野党連合・希望連盟(PH)は消費税を廃止して従来のSSTに戻すことなどを公約として掲げた。与党連合・国民戦線を率いるナジブ首相の巨額の汚職問題が大きく影響したことから、5月14日の総選挙ではPHが連邦議会下院の過半数の議席を獲得、マレーシアで初の政権交代が実現した。

新政権発足後、消費税廃止は速やかに行われた。選挙からわずか2日後の5月16日には財務省が2018年6月1日から当面の間、消費税率を0%とすることを発表した。これは、法制度の変更を待たずに事実上の消費税廃止を実施するための方策である。同時にSSTが再導入されることも発表されたが、この時点では導入時期などは不明であった。5月29日になって、マハティール新首相がSSTは9月1日より再導入されると発表した。ただ、この時点ではSSTの税率は明かされておらず、7月17日になって、SSTの税率が財に対する売上税が5-10%、サービス税は6%と消費税導入以前と同様になることが財務大臣より発表された。

その後、6月1日から予定どおり消費税率は0%となり、8月8日に消費税廃止法が、8月20日までにSST関連法が議会を通過したことを受けて、9月1日からSSTが再導入され、現在に至っている。

ちなみに、消費税の税率は6%で、食品などの545品目については0%の税率となっていた。一方で、SSTの税率は、財に対する売上税は10%が基本で、一部品目は5%、生活必需品を中心に5443品目が非課税となっている。サービス税はホテルの宿泊料や外食などを中心に6%の税率となる。税率だけ比較すれば、SSTは消費税よりも高いが、課税対象が大幅に少ないため、消費者の負担感は軽くなっている。

消費税廃止の経済効果

図1はマレーシアの月次の消費者物価指数の変動をいくつかの財について示したものである。2018年6月の消費税廃止に伴って、衣服・履物と娯楽については大幅に物価が下落していることが分かる。一方で、食品・飲料については下落幅は小さい。これは、食品・飲料の多くはもともと消費税の対象になっていなかったためである。また、9月のSST再導入に伴って、娯楽の物価は大きく上昇しているが衣服・履物にはほとんど変化がないことが分かる。これは、娯楽などのサービスがSSTの対象になっているのに対し、衣服・履物の多くはSSTの対象外であることを反映している。物価指数全体で見ると、2018年6月の消費者物価指数は前年同期比でプラス0.8%となり、前月のプラス1.8%から1.0%ポイント下落した。また、SSTが再導入された9月の消費者物価指数の伸びはプラス0.3%と低く、その後も消費者物価指数の変動はプラス1%以下(2019年1・2月についてはマイナス)で推移している。消費税の廃止は、SSTの再導入を含めても、消費者物価の上昇を沈静化させる効果があったと言える。



図1 マレーシアの消費者物価指数の推移

(出所)Monthly Statistical Bulletin, Bank Negara Malaysiaより筆者作成。

図2はマレーシアの四半期毎のGDPおよび民間消費の伸び率を示したものである。民間消費の推移を見ると、2018年1-3月期の6.6%増から4-6月期には7.9%増、7-9月期には8.9%増と大きく伸びている。また、SST導入後の10-12月期も7.6%増と好調を維持している。GDP成長率は、2017年の年率5.9%から2018年は年率4.7%へと減速しているが、米中貿易戦争の影響などもあって輸出が伸びないなかで、民間消費はマレーシアの経済成長を下支えする要因となっている。



図2 マレーシアの実質GDPおよび民間消費の推移

(出所)Monthly Statistical Bulletin, Bank Negara Malaysiaより筆者作成。

図3は税制変更の影響を受けやすい自動車の販売台数を月次で示したものである。自動車に対する消費税率が0%となった3カ月間については、6月が28%増、7月が41%増、8月が27%増と、いずれも前年同月の販売台数を大幅に上回った。SSTが再導入された9月以降も自動車の販売台数は落ち込んでいないが、これは、マレーシア国内で組み立てられた自動車を中心に、SST再導入後にわずかながら価格が下がったためである。この値下がりは予想外のことで、消費税とSSTの仕組みの違いやローカルコンテントについてのインセンティブの影響などが指摘されているが、正確なところは分からない。



図3 マレーシアの月別自動車販売台数

(出所)Malaysian Automotive Association(MAA)資料より筆者作成。

このように、消費税からSSTへの移行は、特に税率が0%であった3カ月間については、民間消費を刺激する効果が顕著に現れた。また、SSTは消費税よりも課税対象が狭いためか、再導入後も民間消費は好調に見える。ただし、マレーシア経済における民間消費の好調さは今回の消費税廃止以前から指摘されている。世界金融危機後の2009年からは輸出の伸びが鈍る一方で、好調な内需がマレーシアの経済成長を支えてきた。

マレーシアの人口の平均年齢は2019年時点で28.9歳と若く、日本の47歳を大きく下回っている。マレーシアの人口の23.3%は15歳未満、65歳以上の比率は6.7%にとどまり、いままさに、依存人口(15歳未満+65歳以上)に対して生産年齢人口(15歳〜64歳)が2倍を超える「人口ボーナス期」を謳歌している。

こうした若い年齢構成と増加する人口が、着実に増加する雇用、上昇する賃金と相まって、マレーシアの強い民間消費を支えてきた。消費税の廃止は民間消費をさらに刺激したことは間違いないが、その背景には、こうした長期的な要因があることを指摘しておきたい。

ちなみに、今回の政権交代はほとんどの人にとって予想外であり、消費税が廃止されることをみこした「買い控え」はほとんど起きていなかったことが図2から読み取れる。

消費税廃止の財政への影響

消費税を廃止してより課税対象品目の少ないSSTで置き換えたことにより、マレーシアの連邦政府の歳入は220億リンギ(歳入の8.4%分に相当)もの減収になることがあきらかになった。マハティール新政権はこれに対し、輸入サービスへの課税や不動産売却益への課税強化などの徴税の強化と、2019年に限っては国有石油会社ペトロナスからの「特別配当」300億リンギで対応することを明らかにした。

マレーシアの財政は、1997年のアジア通貨危機に端を発する不況を切っかけとして、2000年代には毎年、GDP比で3~5%の赤字が定着し、世界金融危機の影響が顕在化した2009年にはGDP比6.1%にまで財政赤字が拡大した。政府債務残高について見ると、2013年には近年では最も高いGDP比54.7%に達し、これは、マレーシア政府の財政規律として定められている上限のGDP比55%に限りなく近い数字であった。

図4は消費税導入前の2013年と導入後の2016年のマレーシアの連邦政府歳入と、同時期の日本政府の歳入を比較したものである。2013年の時点で、所得税の割合が歳入のわずか10%とかなり低いことがマレーシアの財政の特徴のひとつである。マレーシアにおける所得税の納税者は2012年時点で就業者数のわずか12%にとどまっている。日本の場合、就業者に占める納税者の比率は約70%だから、マレーシアの所得税の課税ベースが極めて狭いことが分かる。



図4 マレーシアと日本の中央政府歳入の内訳

(出所)Financial Report, Ministry of Finance, Malaysia各年版および財務省資料より筆者作成。

同時に、当時のマレーシア政府は歳入の3割近くを石油関連収入に依存していた。マレーシア政府は財政を安定させるため、石油関連収入への依存脱却を目指しており、消費税導入はその柱であった。実際、2015年の消費税導入とほぼ時を同じくして原油価格が大幅に下落し、マレーシア政府の石油関連収入は大幅に減少した。しかし、ほぼ同額を消費税の導入で賄うことが出来たため、財政赤字を増やさずに済んだ。

したがって、消費税の廃止が、マレーシア政府の財政を制約する大きな要因になっていることは間違いない。2018年11月、格付機関ムーディーズはペトロナスの債券発行に関する格付けをA1(安定的)からA1(ネガティブ)に引き下げ、政府による高配当の要求が同社の財務に悪影響を与える可能性をその理由としてあげた。

まとめ

マレーシアで、当時の野党連合が消費税廃止を公約に掲げて総選挙を戦い、勝利を収めて消費税を廃止したことは事実である。また、PHの予想外の勝利からわずか2週間後には消費税率を0%にするというかたちで、事実上の消費税廃止を実現したことは、マレーシアが民主主義国家であり、民意を反映したかたちで速やかに政策を変更できることを印象づけた。

一方で、消費税廃止によってその分の税収がなくなることは当然で、新政権もそれを想定して従来のSSTを再導入することを選挙公約の中で既に掲げていた。それでもなお、課税対象が狭い分、税収は大幅に減少したため(というより、税収が減らなければ消費者に対する減税にならない)、代替の財源としてペトロナスに特別配当を求めたり、支出を削減するなどの努力が必要となった。

マレーシアの場合、消費税が導入された背景には、所得税の課税ベースが極端に狭い中で、財政の石油依存から脱却したいという事情があった。財政事情は国によって様々で、他国の例を挙げて、ある税の妥当性を一般論として論じることは難しい。

もちろん、マレーシアを「サンプル」として、どのような手順で消費税を廃止し、その後、財政のつじつまをどう合わせているのか、あるいは消費税の廃止が経済にどのような影響を与えたのかを学ぶことは、消費税に関する議論を深めるために有効である。しかし、マレーシアの消費税廃止を「ダシ」にして、都合の良い部分だけを抜き出したり、印象論のみで持論を正当化する輩を見かけた際には、「マレーシアに1ミリも興味がないと思うけど、最低限、読もう」と本論へのリンクを添えていただければ幸いである。

著者プロフィール

熊谷聡(くまがいさとる)。アジア経済研究所開発研究センター経済地理研究グループ長。専門は、国際経済学(貿易)およびマレーシア経済。主な著作に『経済地理シミュレーションモデル――理論と応用』(共編著)アジア経済研究所(2015年)、『ポスト・マハティール時代のマレーシア――政治と経済はどう変わったか』(共編著)アジア経済研究所(2018年)、"The Middle-Income Trap in the ASEAN-4 Countries from the Trade Structure Viewpoint." In Emerging States at Crossroads (pp. 49-69). Singapore: Springer (2019)など。