・国有林伐採後放置法案? 再造林も義務なしの仰天(Yahoo!ニュース 2019年5月8日)
田中淳夫 | 森林ジャーナリスト
※連休明けの国会で、国有林管理法の改正案(国有林野の管理経営に関する法律等の一部を改正する法律案)の審議が始まる。
私はこの法律改正案の性質を以前にも紹介している。
このときはまだ改正案が提出されていなかったので想像部分もあったのだが、今回改めて内容に目を通してみた。
まず農林水産省が提出した「概要」によると、この改正の目的として次のように記してある。
「森林経営管理法による新たな森林管理システムでは経営管理が不十分な民有林を、意欲と能力のある林業経営者(森林組合、素材生産業者、自伐林家等)に集積・集約することとした。このシステムを円滑に実施し、意欲と能力のある林業経営者を育成するためには、安定的な事業量の確保が必要であることから、民有林からの木材供給を補完する形で、国有林から長期・安定的にこうした林業経営者に木材を供給することが有効。このため、今後供給量の増加が見込まれる国有林材の一部について、公益的機能の維持増進や地域の産業振興等を条件に、現行の入札に加え、一定期間・安定的に原木供給できる仕組みを拡充するとともに、川上側の林業と木材の需要拡大を行う川中・川下側の木材関連産業の連携強化を進めるための環境整備を行う」
そして改正の要諦は、これまで入札では基本1年単位だったものを長期にすること。それがなんと50年だという。民間業者に「樹木採取権」という形で与えるのだ。(運用は、基本10年で設定するとなっている。面積も対応可能な数百ヘクタールを想定するという。年間約20ヘクタールずつ皆伐させる考えらしい。)
この辺だけでもいろいろツッコミみたい部分があるのだが、もっとも仰天したのは、伐採後の林地の扱いだ。
「農林水産大臣は、樹木採取区内の採取跡地において国有林野事業として行う植栽の効率的な実施を図るため、当該樹木採取区に係る樹木採取権者に対し、当該植栽をその樹木の採取と一体的に行うよう申し入れるものとする。」(8条25)
ん? 申し入れる? 伐採後の再造林を義務とするのではなく、あくまで植えてくださいよ、と申し入れるのか?
その「運用」として、
「伐採と併せて再造林を樹木採取権者が受託して行うことを内容に含む樹木採取権実施契約を締結する旨を公募時に提示し、樹木採取権者に伐採と再造林を一貫して行わせることとする。再造林は国が経費を支出するため、造林木は国の所有物となり、国が管理。」
再造林をしてくれといいつつ義務ではなく、経費は国が支出するのが前提のようである。どうやら申し入れても植栽されなかったら、国が代わってやりますよ、その後の管理(育林)も国が引き受けますよ……ということらしい。
まてよ、と振り返る。民有林の経営管理をなるべく伐採業者にゆだねようとする森林経営管理法(今年より施行)では、再造林は義務化していなかったか。
そこで森林経営管理法の条文をよく読むと、第三十八条にこのようにある。
「林業経営者は、販売収益について伐採後の植栽及び保育に要すると見込まれる額を適切に留保し、これらに要する経費に充てることにより、計画的かつ確実な伐採後の植栽及び保育を実施しなければならない。」
ようするに再造林とその後の育林を「しなければならない」し、その経費は伐採した木材の販売収益から留保しなさいということではないか。
ちなみに昨年できた皆伐補助金「資源高度利用型施業」でも、再造林は義務だ。
森をなくすことに補助金が出る? 林業政策の大転換
それに比べて国有林は、なんと甘甘なんだろう。
国有林の植栽は業者に任せておけん、国自らが責任を持って丁寧に行うというのなら「申し入れる」のはおかしいし、その経費を業者に出させるべきだろう。
もともと国有林はまとまった面積があり、しかも測量調査も行われ境界線などの確定もほとんど済んでいる。林道・作業道もかなり入っている。その点、小規模面積でバラバラにある民有林(しかも所有者や境界線がはっきりしないところが多い)と比べて圧倒的に作業がしやすい。
伐採業者にとっても、放置された民有林に興味はなくても国有林なら扱いたいという声が圧倒的だ。そんな声に応えて?国有林の投げ売りをする法律改正に見えてしまうのは私だけだろうか。
・トランプ接待外交の裏で安倍政権がひた隠す「密約」と「国有林売却法」(AERA.dot 2019年5月29日)
※令和初の国賓として来日したトランプ米大統領への「接待攻勢」に、議論が巻き起こっている。安倍晋三首相がゴルフに大相撲観戦、炉端焼き店などでトランプ氏を“おもてなし”したことに、米ニューヨーク・タイムズ紙は「おべっかの積み上げ(Piles on the Flattery)」と題した記事を掲載した。国内では立憲民主党の辻元清美国対委員長が「(トランプ氏は)観光旅行で日本に来るのか。首相はツアーガイドか」と批判するなど、野党が反発を強めている。
もちろん、一国の首相としての誇りをかなぐり捨て、大国の権力者とお近づきになって得られたものがあるなら、それも一つの外交戦術だろう。では、成果があったのかというと、どうにも心もとない。
今回の日米首脳会談では、事前に共同声明の発表見送りが決まっていた。最大の理由は、トランプ氏が農産物の関税引き下げを求めたことで、日米の貿易交渉が進んでいないからだ。
ところが27日、トランプ氏はツイッターで<日本との貿易交渉で素晴らしい進展があった。農業と牛肉で特に大きい。日本の7月の選挙後に大きな数字を期待している!>と投稿。同日の日米首脳会談後の記者会見でも「おそらく8月に両国にとって素晴らしいことが発表されると思う」と発言。参院選後に貿易交渉が妥結されるとの見通しを示した。
日本は、日米の貿易交渉でTPP以上の関税引き下げに応じないことを基本方針としている。一方のトランプ氏は、会見で「TPPなんか関係ない」と言い放った。いったい、どちらがウソをついているのか。東京大学の鈴木宣弘教授(農業経済学)は言う。
「日本でTPPやEUとのEPA(経済連携協定)が発効したことで、米国は日本への農産物輸出で出遅れています。しかも、日本はEUとの貿易交渉で、チーズなどの分野でTPP以上の譲歩をしている。そういった状況で、トランプ氏がTPP以下の水準で『進展』と考えるとは思えません。安倍首相としては選挙が終わるまで秘密にしておくつもりが、トランプ氏が勝手に公表してしまったので『密約』にならなかったのでしょう」
実は、過去の米国大統領訪日でも“密約”があった。鈴木教授は続ける。
「2014年4月に来日したオバマ氏(当時は米大統領)は、安倍首相と一緒に銀座の高級すし店で夕食をともにしました。その時にTPP交渉で議論されていた農産物の関税引き下げについて、オバマ氏と秘密合意をしたと一部で報道されました。安倍政権はその事実を認めませんでしたが、同年12月に安倍首相は解散総選挙を実施して、再び圧勝。その後、オバマ氏との密約の内容がTPP交渉で次々と実現していきました」
当時の報道によると、すしを食べながら“密約”を交わしたのは、牛肉や豚肉の関税についてだった。牛肉を38.5%から9%に、豚肉は安い部位で1キログラムあたり482円の関税を50円に引き下げることで実質合意した。TPP反対は、12年に自民と公明が政権に返り咲いたときの公約だ。テレビではオバマ氏がすしを食べる様子がさかんに報道されていた裏では、安倍首相が公約破りの大幅譲歩していたのだ。
そういった経緯があるからだろう。国民民主党の玉木雄一郎代表は27日、「(トランプ氏と)密約的に約束を交わして、国民に明らかにするのは選挙の後というのは、我が国の国民や国会をだます結果としてなってしまう」と警告した。一方、河野太郎外相は「交渉は(TPP以上の関税引き下げはないと定めた)共同声明の枠組みで行われる」(28日参院外交委員会)と説明したものの、5年前と同じで参院選後になれば前回と同じように国民との約束をひっくり返す可能性は十分にある。
■接待外交の裏で国会では重大法案が審議中
隠したいのは日米の貿易交渉の中身だけではない。国内では、国民の生活に深く関わる法案がまもなく成立しようとしている。
参院では現在、国民の共有財産である国有林で、最長50年にわたって大規模に木材を伐採・販売する権利を民間業者に与える国有林野管理経営法の改正案が審議されている。
12年に第2次安倍政権が発足してから、政府は農業や漁業の第一次産業や空港や水道など公共インフラを「民間開放」する政策を進めてきた。今回の法改正も、その一連の流れに位置づけられている。最長50年の伐採期間は世界的にも例がないことから、法案に反対する林業関係者からは「国土切り売りだ」との批判が起きている。
国会の審議も、異例の展開をたどった。
衆院農水委員会の参考人質疑では、東京農工大の土屋俊幸教授が野党推薦の参考人として国会で答弁した。土屋教授は林野庁の政策を外部有識者で審議する林政審議会の会長で、政治的中立性が求められる立場だ。にもかかわらず、野党推薦の参考人として国会で話すことは「異例なこと」(林野庁関係者)だった。
土屋教授は、参考人質疑でこのように話した。
「少し批判的な言い方になるのをご承知おかれたいのですが、(国有林法改正案の立案過程は)少し唐突であったように私は感じています」
土屋教授の指摘通り、法案は林野庁ではなく官邸主導で作られた。昨年5月、政府の未来投資会議(議長・安倍晋三首相)で、民間議員の竹中平蔵東洋大教授が、国有林事業の運営権を民間業者に委託する「コンセッション方式」の導入を提案。日本商工会議所の三村明夫会頭も「林業政策を産業政策の方向に大きく転換する必要がある」と後押しした。竹中氏は、バイオマス発電事業を手がけるオリックスの社外取締役で、人材派遣大手のパソナ会長も務めている。
その頃、土屋教授が林政審議会で話したことは、もっと直接的だった。「私はクビを切られても全く問題ない」と前置きしたうえで、こう話している。
「未来投資会議というのが官邸にあって、その委員の竹中平蔵氏が、何回にもわたって国有林の改革について主張されてきたというのは、ホームページ等を見ればわかることです。(中略)ですが、こと、森林や林業や山村については、(竹中氏は)やはりいわゆる専門の方ではないと私は思います」
竹中氏をはじめ、官邸の意向を受けて作られたこの法案は、林業の専門家から激しく批判されている。
今月15日には、研究者や林業関係者らが「国有林野管理経営法改正案を考える会」を設立、法案に反対する声明を発表した。同会事務局の上垣喜寛氏は言う。
「林業は『伐る・植える・育てる』の循環によって経営が成り立つのですが、今回の法案は『伐る』ことだけに重点が置かれています。国有林にある木をすべて伐ってしまう『皆伐』が広がるのは確実です。しかも、木を伐った後の再造林(木を植えること)は伐採業者に義務づけられておらず、再造林費用はすべて国民の負担。これでは、伐採業者に国民の共有財産である国有林が売り渡されるだけです」
吉川貴盛農相は、国有林の入札の際に再造林を同時に行うことを申し入れることで「確実に再造林される」と説明するが、野党は「『申し入れ』ではなく『義務』にすべきだ」と反発している。
日本では戦後に植林された木が成長して、伐採量を増やす政策が進められている。一方で、皆伐や過度な間伐で木を伐りすぎたために山が荒れ、再造林に失敗した山も多い。林野庁の森林・林業白書によると、伐採された山の面積の約6~7割が、再造林されないままとなっている。
一方で、林野庁に同情する声も聞こえてくる。別の林野庁関係者は、こう話す。
「林野庁にとって国有林事業は庁内のエリートコースで絶対に手放したくない。官邸からトップダウンで指令が来たが、基本の伐採期間を10年にしたり、5年後に法案の見直し条項を入れたりしたことで、法案に一定の制約を入れることができた。今後は、林野庁がどのように国有林を管理・運営していくかが問われる」
日本の国土面積の7割は森林で、そのうち3割の758万ヘクタールを国有林が占める。国有林のなかで人工林だけを抽出しても、222万ヘクタールだ。今回の改正案は伐採可能な人工林が対象となるが、林野庁は、当面は「1カ所あたり数百ヘクタール規模で、全国10カ所程度」と限定した。一気に国有林が伐採されることを防ぐためだ。
官邸の圧力と、それに必至の抵抗をする官僚たち。森友・加計問題など、安倍政権下で繰り返されてきた霞が関の暗闘がここにもある。しかし、法案に一定の歯止めがかけられたからといって、楽観はできない。前出の上垣氏は言う。
「日本ではいま、再造林を担う人材が不足しています。皆伐した後に木を植えてもシカなどに食べられてしまう。国有林では、どれほど再造林されているのかも把握できていません。そもそも、林野庁は国有林事業の失敗で1兆円以上の負債を抱えていて、50年後も今のままの組織として存在しているかはわかりません」
衆院農林水産委員会の審議では、共産党の田村貴昭議員が山林1ヘクタールあたりの平均販売価格が130万円であるのに対して、再造林と木の保育にかかる費用は220万円だと指摘した。1ヘクタールあたり90万円の赤字で、伐れば伐るほど国民負担は増える。また、国有林の山は急峻な山など林業をするには条件が不利な場所にあることも多く、「実際の販売価格はもっと安いはずだ」(林業関係者)という。前出の上垣氏は、さらに国民負担が増す可能性も指摘する。
「大規模な皆伐が増えれば土砂災害を誘発します。そして、その災害復旧費用も国民の税金で負担しなければなりません。経済的にも環境的にも国民生活に大きな影響を与える法案であるにもかかわらず、国民にほとんど説明がなされていません。それが最大の問題です」
林野庁は指摘に対し、こう説明する。
「伐採と再造林のコストについては、林野庁としても重要視しています。皆伐だけではなく、多様な伐採方法も認めて、国民負担を下げるようにしていきたい」(林野庁経営企画課)
法案は、30日の参院農林水産委員会で採決が行われる。前出の鈴木氏は言う。
「貿易交渉の密約も国有林法の改正も、トランプ接待外交ばかりが報道されるうちに、国民の知らないところで物事が進んでいる。日本人は、その事実を知らなければなりません」
(AERA dot.編集部・西岡千史)
・水道の次は国有林コンセッション。日本の森林はどうなる?(Yahoo NEWS 2019年2月27日)
橋本淳司 | 水ジャーナリスト、アクアスフィア・水教育研究所代表
※地球温暖化防止、災害防止のため
Yahoo!ニュース記事「住民税に1000円加算される森林環境税とは何か?」で書いたように、2月15日、衆議院本会議で安倍晋三首相は日本の森林について、以下のように述べた。
「森林バンクも活用し、森林整備をしっかりと加速させてまいります。その際、地域の自然条件等に応じて、針葉樹だけでなく、広葉樹が交じった森づくりも進めます。新たに創設する、森林環境税・譲与税も活用し、こうした政策を推し進め、次世代へ豊かな森林を引き継いでまいります」
新設された森林環境税・譲与税は、地球温暖化防止や災害防止を図るための地方財源。全国の市町村が有効に活用し、これまで手入れができていなかった森林の整備が進むと期待されている。
もしあなたが都市に住んでいたら関係ないだろうか。税金を納めるだけで恩恵はないだろうか。
いや、そんなことはない。森林がほとんどない都市部であっても、同じ流域(降った雨が1つの川の流れに収れんする場所)にある自治体の木材を活用すれば、上流部の森林を下支えすることができる。それは自分たちが安全な水を確保し、水災害を緩和することにつながる。
流域上流部の森林づくりに、下流部の都市住民が参加することで、新たな連携が生まれるのは好ましい。上下流が連携して流域の水循環の健全化を図ることができる。
森林環境税・譲与税の使途についてまとめると、
1.間伐(混み合っている森林の一部を取り去ること)や路網(森林内にある公道、林道、作業道の総称)などの森林整備
2.森林整備を促進するための人材育成・担い手の確保
3.木材利用の促進や普及啓発
とされ、税を活用するときには、国民全体に対して説明責任を果たすこと、とされている。地球温暖化防止、災害防止のために使用され、どのように使うか(使ったか)もきちんと説明されるなら、何も問題はないと思う人も多いだろう。
新たな森林管理システムとは何か?
安倍首相は前述の答弁の冒頭に「わが国の森林は、戦後植林されたものが本格的な利用期を迎えていますが、十分に利用されず」と述べている。これは「木を切って利用する」という意思表示である。
じつは合わせて考えておきたいことがある。それは「新たな森林管理システム」。森林環境税・譲与税は、この新たなシステムを実行するための財源という側面をもっている。
新たなシステムとは、
1.森林所有者に適切な森林管理を促すため、適時に伐採、造林、保育を実施するという森林所有者の責務を明確化する
2.森林所有者自らが森林管理できない場合には、その森林を市町村に委ねる
3.経済ベースにのる森林については、意欲と能力のある林業経営者に経営を再委託する
4.自然的条件から見て経済ベースでの森林管理を行うことが困難な森林等については、市町村が公的に管理を行う
と説明されている。
同時に森林管理に関する法律も改正されている。
その第1弾は、個人が所有する森林、すなわち民有林に関するものだ。昨年、森林経営管理法が成立し、今年4月から施行される。
これらは基本的に、民有林の所有権と管理権を分離し、森林整備を進めやすくしようというもの。森林環境税・譲与税を使って、森林整備を行なうこともできる。長年放置されていたり、所有者不明でいつ崩れるかもしれない森林を整備するには有効だろう。
しかし、この法律では森林の所有者に「伐採の責務」を課している。そのうえで、
1.伐採しない所有者は、「森林経営の意欲がない」と決め、市町村が伐採計画を立てる
2.新設された経営管理権によって集積する
3.もうかる森林は「規模拡大の意欲がある事業体」に再委託する
4.もうからないところは市町村が責任を負う
所有者の意に反して木が切られはしないか?
すなわち自治体が森林所有者の経営状況をチェックし、「きちんと管理(じつは伐採)する意思がない」と見なすと、企業に委託して伐採できることになる。
だが、伐採の時期が来たからといって、所有者全員が「木を切りたい」と考えているわけではないだろう。そのような場合でも所有者の同意なしで、伐採したり、路網をつくったりすることが可能と考えられる。
安倍首相が発言しているように、基本的には森林の伐採を促す法律であり、伐採のために税金が投入される可能性がある。すると次のような懸念が生じる。
・他人の山を儲けのネタとしか考えない業者がやってくる
・儲けになりそうもない所には見向きもしない
・本来は天然林に戻したほうがよい奥山のような場所であっても、税金を使って一律に伐採される
・再造林の手法は公益性への配慮が行われない
コンセッション!国有林の運営権を民間に売却
そして森林管理に関する法改正の第2弾が、国有林のコンセッションである。
吉川貴盛農相は今国会に、「国有林野管理経営法改正法案」を提出する考えを示している(選挙前に野党が猛反対するような法案を審議するのは好ましくないという考えから、選挙後に提出する可能性が高い)。
この法改正は、国有林を長期間(10~50年間)、大規模(数百ヘクタール)で、民間企業に経営を任せるというもの。企業は年間数千立方メートルの伐採ができる権利を得る。
国有林のコンセッションは、発展途上国の森林ではよく見られる。しかし、失敗も多い。たとえばフィリピンで国有林の伐採権を企業に与えたところ、大規模なラワン材の切り出しが行われた。そして運営権の期限が切れたのちに、禿山が国に返されたのである。
森林の保全か金か
水道法改正の時には、経営の悪化した水道事業体を救う方法として、民間企業に運営権を売却するコンセッションが上がってきた。
今度も、荒れた森林を救う方法として、民間企業に運営権を売却するコンセッションを上げようとしている。
確かに稼ぐ産業としての林業がないと地域は疲弊し、山は崩れていく。
しかし、その方法は地域ごとに工夫を凝らしたやり方で行われるべきだ。
大企業のやり方だけでなく、小規模な林業者のやり方もある。原木をバイオマス発電の燃料に使うような荒っぽいやり方ではなく、木材の付加価値を高める加工品の生産など工夫を凝らせるはずだ。
林野庁は従来型の林業の焼き直しを行おうとしているように見える。
生産コスト、維持管理コストを安くする。成長の早い品種を用いて早く伐採して回転率を上げる。機械導入で生産性を向上させる。放置された人工林を安い費用で、成長の早い品種に切り替え、同じ人工林をつくろうとしている。
しかし、それでは災害の問題は解消されない。
安倍首相は国会での答弁の中で「広葉樹も増やしていく」と述べている。
確かに今後15年の森林の維持・管理の方向性を決める全国森林計画案では、針葉樹と広葉樹の複層林化を進めるとは記載されているが、放置人工林を天然林に戻していくという方向性は、打ち出されていない。それどころか、2035年には天然林は今よりさらに57万ヘクタール減る計画となっている。
せめて植林して、木の根の踏ん張りを期待し、崩れにくくしたい。
しかし、斜面安定のために、根をしっかり広げて山が崩れるのを防ぐ力の強い樹種を植えたくても、国の決まりで補助金は使えない。補助金は林業で儲けるためのもの。植林できる木の種類は限定されており、細かな根のネットワークを作ってくれる低木は入っていない。
森林は儲ける林業だけのものではない。観光、防災、生態系保全の面もあるが、それらは無視されている。そして、残念ながら儲ける林業の範疇を超えて、観光、防災、生態系保全の面などから、森林経営のできる専門家は圧倒的に少ない。補助対象の森林事業の計画立案をする森林総合管理士は、防災、観光などの公益性を学んでいないのだ。森林環境・譲与税は、こうした森林経営の専門家育成のために活用すべきだろう。
私たちは2つのことを注視していかなくてはならない。1つは森林管理に関する法改正の行方。もう1つは、森林環境・贈与税が何に使われるのか、である。森林経営は100年の計。けっして目先の利益に踊らされてはならない。
橋本淳司
水ジャーナリスト、アクアスフィア・水教育研究所代表
水ジャーナリスト、「水と人の未来を語るWEBマガジン"aqua-sphere"」編集長として水問題や解決方法を発信。アクアスフィア・水教育研究所を設立し、自治体・学校・企業・NPO・NGOと連携しながら、水リテラシーの普及活動(国や自治体への政策提言やサポート、子どもや市民を対象とする講演活動、啓発活動のプロデュース)を行う。近著に『67億人の水』(日本経済新聞出版社)、『日本の地下水が危ない』(幻冬舎新書)、『100年後の水を守る 水ジャーナリストの20年』(文研出版)、『水がなくなる日』(産業編集センター)など。
田中淳夫 | 森林ジャーナリスト
※連休明けの国会で、国有林管理法の改正案(国有林野の管理経営に関する法律等の一部を改正する法律案)の審議が始まる。
私はこの法律改正案の性質を以前にも紹介している。
このときはまだ改正案が提出されていなかったので想像部分もあったのだが、今回改めて内容に目を通してみた。
まず農林水産省が提出した「概要」によると、この改正の目的として次のように記してある。
「森林経営管理法による新たな森林管理システムでは経営管理が不十分な民有林を、意欲と能力のある林業経営者(森林組合、素材生産業者、自伐林家等)に集積・集約することとした。このシステムを円滑に実施し、意欲と能力のある林業経営者を育成するためには、安定的な事業量の確保が必要であることから、民有林からの木材供給を補完する形で、国有林から長期・安定的にこうした林業経営者に木材を供給することが有効。このため、今後供給量の増加が見込まれる国有林材の一部について、公益的機能の維持増進や地域の産業振興等を条件に、現行の入札に加え、一定期間・安定的に原木供給できる仕組みを拡充するとともに、川上側の林業と木材の需要拡大を行う川中・川下側の木材関連産業の連携強化を進めるための環境整備を行う」
そして改正の要諦は、これまで入札では基本1年単位だったものを長期にすること。それがなんと50年だという。民間業者に「樹木採取権」という形で与えるのだ。(運用は、基本10年で設定するとなっている。面積も対応可能な数百ヘクタールを想定するという。年間約20ヘクタールずつ皆伐させる考えらしい。)
この辺だけでもいろいろツッコミみたい部分があるのだが、もっとも仰天したのは、伐採後の林地の扱いだ。
「農林水産大臣は、樹木採取区内の採取跡地において国有林野事業として行う植栽の効率的な実施を図るため、当該樹木採取区に係る樹木採取権者に対し、当該植栽をその樹木の採取と一体的に行うよう申し入れるものとする。」(8条25)
ん? 申し入れる? 伐採後の再造林を義務とするのではなく、あくまで植えてくださいよ、と申し入れるのか?
その「運用」として、
「伐採と併せて再造林を樹木採取権者が受託して行うことを内容に含む樹木採取権実施契約を締結する旨を公募時に提示し、樹木採取権者に伐採と再造林を一貫して行わせることとする。再造林は国が経費を支出するため、造林木は国の所有物となり、国が管理。」
再造林をしてくれといいつつ義務ではなく、経費は国が支出するのが前提のようである。どうやら申し入れても植栽されなかったら、国が代わってやりますよ、その後の管理(育林)も国が引き受けますよ……ということらしい。
まてよ、と振り返る。民有林の経営管理をなるべく伐採業者にゆだねようとする森林経営管理法(今年より施行)では、再造林は義務化していなかったか。
そこで森林経営管理法の条文をよく読むと、第三十八条にこのようにある。
「林業経営者は、販売収益について伐採後の植栽及び保育に要すると見込まれる額を適切に留保し、これらに要する経費に充てることにより、計画的かつ確実な伐採後の植栽及び保育を実施しなければならない。」
ようするに再造林とその後の育林を「しなければならない」し、その経費は伐採した木材の販売収益から留保しなさいということではないか。
ちなみに昨年できた皆伐補助金「資源高度利用型施業」でも、再造林は義務だ。
森をなくすことに補助金が出る? 林業政策の大転換
それに比べて国有林は、なんと甘甘なんだろう。
国有林の植栽は業者に任せておけん、国自らが責任を持って丁寧に行うというのなら「申し入れる」のはおかしいし、その経費を業者に出させるべきだろう。
もともと国有林はまとまった面積があり、しかも測量調査も行われ境界線などの確定もほとんど済んでいる。林道・作業道もかなり入っている。その点、小規模面積でバラバラにある民有林(しかも所有者や境界線がはっきりしないところが多い)と比べて圧倒的に作業がしやすい。
伐採業者にとっても、放置された民有林に興味はなくても国有林なら扱いたいという声が圧倒的だ。そんな声に応えて?国有林の投げ売りをする法律改正に見えてしまうのは私だけだろうか。
・トランプ接待外交の裏で安倍政権がひた隠す「密約」と「国有林売却法」(AERA.dot 2019年5月29日)
※令和初の国賓として来日したトランプ米大統領への「接待攻勢」に、議論が巻き起こっている。安倍晋三首相がゴルフに大相撲観戦、炉端焼き店などでトランプ氏を“おもてなし”したことに、米ニューヨーク・タイムズ紙は「おべっかの積み上げ(Piles on the Flattery)」と題した記事を掲載した。国内では立憲民主党の辻元清美国対委員長が「(トランプ氏は)観光旅行で日本に来るのか。首相はツアーガイドか」と批判するなど、野党が反発を強めている。
もちろん、一国の首相としての誇りをかなぐり捨て、大国の権力者とお近づきになって得られたものがあるなら、それも一つの外交戦術だろう。では、成果があったのかというと、どうにも心もとない。
今回の日米首脳会談では、事前に共同声明の発表見送りが決まっていた。最大の理由は、トランプ氏が農産物の関税引き下げを求めたことで、日米の貿易交渉が進んでいないからだ。
ところが27日、トランプ氏はツイッターで<日本との貿易交渉で素晴らしい進展があった。農業と牛肉で特に大きい。日本の7月の選挙後に大きな数字を期待している!>と投稿。同日の日米首脳会談後の記者会見でも「おそらく8月に両国にとって素晴らしいことが発表されると思う」と発言。参院選後に貿易交渉が妥結されるとの見通しを示した。
日本は、日米の貿易交渉でTPP以上の関税引き下げに応じないことを基本方針としている。一方のトランプ氏は、会見で「TPPなんか関係ない」と言い放った。いったい、どちらがウソをついているのか。東京大学の鈴木宣弘教授(農業経済学)は言う。
「日本でTPPやEUとのEPA(経済連携協定)が発効したことで、米国は日本への農産物輸出で出遅れています。しかも、日本はEUとの貿易交渉で、チーズなどの分野でTPP以上の譲歩をしている。そういった状況で、トランプ氏がTPP以下の水準で『進展』と考えるとは思えません。安倍首相としては選挙が終わるまで秘密にしておくつもりが、トランプ氏が勝手に公表してしまったので『密約』にならなかったのでしょう」
実は、過去の米国大統領訪日でも“密約”があった。鈴木教授は続ける。
「2014年4月に来日したオバマ氏(当時は米大統領)は、安倍首相と一緒に銀座の高級すし店で夕食をともにしました。その時にTPP交渉で議論されていた農産物の関税引き下げについて、オバマ氏と秘密合意をしたと一部で報道されました。安倍政権はその事実を認めませんでしたが、同年12月に安倍首相は解散総選挙を実施して、再び圧勝。その後、オバマ氏との密約の内容がTPP交渉で次々と実現していきました」
当時の報道によると、すしを食べながら“密約”を交わしたのは、牛肉や豚肉の関税についてだった。牛肉を38.5%から9%に、豚肉は安い部位で1キログラムあたり482円の関税を50円に引き下げることで実質合意した。TPP反対は、12年に自民と公明が政権に返り咲いたときの公約だ。テレビではオバマ氏がすしを食べる様子がさかんに報道されていた裏では、安倍首相が公約破りの大幅譲歩していたのだ。
そういった経緯があるからだろう。国民民主党の玉木雄一郎代表は27日、「(トランプ氏と)密約的に約束を交わして、国民に明らかにするのは選挙の後というのは、我が国の国民や国会をだます結果としてなってしまう」と警告した。一方、河野太郎外相は「交渉は(TPP以上の関税引き下げはないと定めた)共同声明の枠組みで行われる」(28日参院外交委員会)と説明したものの、5年前と同じで参院選後になれば前回と同じように国民との約束をひっくり返す可能性は十分にある。
■接待外交の裏で国会では重大法案が審議中
隠したいのは日米の貿易交渉の中身だけではない。国内では、国民の生活に深く関わる法案がまもなく成立しようとしている。
参院では現在、国民の共有財産である国有林で、最長50年にわたって大規模に木材を伐採・販売する権利を民間業者に与える国有林野管理経営法の改正案が審議されている。
12年に第2次安倍政権が発足してから、政府は農業や漁業の第一次産業や空港や水道など公共インフラを「民間開放」する政策を進めてきた。今回の法改正も、その一連の流れに位置づけられている。最長50年の伐採期間は世界的にも例がないことから、法案に反対する林業関係者からは「国土切り売りだ」との批判が起きている。
国会の審議も、異例の展開をたどった。
衆院農水委員会の参考人質疑では、東京農工大の土屋俊幸教授が野党推薦の参考人として国会で答弁した。土屋教授は林野庁の政策を外部有識者で審議する林政審議会の会長で、政治的中立性が求められる立場だ。にもかかわらず、野党推薦の参考人として国会で話すことは「異例なこと」(林野庁関係者)だった。
土屋教授は、参考人質疑でこのように話した。
「少し批判的な言い方になるのをご承知おかれたいのですが、(国有林法改正案の立案過程は)少し唐突であったように私は感じています」
土屋教授の指摘通り、法案は林野庁ではなく官邸主導で作られた。昨年5月、政府の未来投資会議(議長・安倍晋三首相)で、民間議員の竹中平蔵東洋大教授が、国有林事業の運営権を民間業者に委託する「コンセッション方式」の導入を提案。日本商工会議所の三村明夫会頭も「林業政策を産業政策の方向に大きく転換する必要がある」と後押しした。竹中氏は、バイオマス発電事業を手がけるオリックスの社外取締役で、人材派遣大手のパソナ会長も務めている。
その頃、土屋教授が林政審議会で話したことは、もっと直接的だった。「私はクビを切られても全く問題ない」と前置きしたうえで、こう話している。
「未来投資会議というのが官邸にあって、その委員の竹中平蔵氏が、何回にもわたって国有林の改革について主張されてきたというのは、ホームページ等を見ればわかることです。(中略)ですが、こと、森林や林業や山村については、(竹中氏は)やはりいわゆる専門の方ではないと私は思います」
竹中氏をはじめ、官邸の意向を受けて作られたこの法案は、林業の専門家から激しく批判されている。
今月15日には、研究者や林業関係者らが「国有林野管理経営法改正案を考える会」を設立、法案に反対する声明を発表した。同会事務局の上垣喜寛氏は言う。
「林業は『伐る・植える・育てる』の循環によって経営が成り立つのですが、今回の法案は『伐る』ことだけに重点が置かれています。国有林にある木をすべて伐ってしまう『皆伐』が広がるのは確実です。しかも、木を伐った後の再造林(木を植えること)は伐採業者に義務づけられておらず、再造林費用はすべて国民の負担。これでは、伐採業者に国民の共有財産である国有林が売り渡されるだけです」
吉川貴盛農相は、国有林の入札の際に再造林を同時に行うことを申し入れることで「確実に再造林される」と説明するが、野党は「『申し入れ』ではなく『義務』にすべきだ」と反発している。
日本では戦後に植林された木が成長して、伐採量を増やす政策が進められている。一方で、皆伐や過度な間伐で木を伐りすぎたために山が荒れ、再造林に失敗した山も多い。林野庁の森林・林業白書によると、伐採された山の面積の約6~7割が、再造林されないままとなっている。
一方で、林野庁に同情する声も聞こえてくる。別の林野庁関係者は、こう話す。
「林野庁にとって国有林事業は庁内のエリートコースで絶対に手放したくない。官邸からトップダウンで指令が来たが、基本の伐採期間を10年にしたり、5年後に法案の見直し条項を入れたりしたことで、法案に一定の制約を入れることができた。今後は、林野庁がどのように国有林を管理・運営していくかが問われる」
日本の国土面積の7割は森林で、そのうち3割の758万ヘクタールを国有林が占める。国有林のなかで人工林だけを抽出しても、222万ヘクタールだ。今回の改正案は伐採可能な人工林が対象となるが、林野庁は、当面は「1カ所あたり数百ヘクタール規模で、全国10カ所程度」と限定した。一気に国有林が伐採されることを防ぐためだ。
官邸の圧力と、それに必至の抵抗をする官僚たち。森友・加計問題など、安倍政権下で繰り返されてきた霞が関の暗闘がここにもある。しかし、法案に一定の歯止めがかけられたからといって、楽観はできない。前出の上垣氏は言う。
「日本ではいま、再造林を担う人材が不足しています。皆伐した後に木を植えてもシカなどに食べられてしまう。国有林では、どれほど再造林されているのかも把握できていません。そもそも、林野庁は国有林事業の失敗で1兆円以上の負債を抱えていて、50年後も今のままの組織として存在しているかはわかりません」
衆院農林水産委員会の審議では、共産党の田村貴昭議員が山林1ヘクタールあたりの平均販売価格が130万円であるのに対して、再造林と木の保育にかかる費用は220万円だと指摘した。1ヘクタールあたり90万円の赤字で、伐れば伐るほど国民負担は増える。また、国有林の山は急峻な山など林業をするには条件が不利な場所にあることも多く、「実際の販売価格はもっと安いはずだ」(林業関係者)という。前出の上垣氏は、さらに国民負担が増す可能性も指摘する。
「大規模な皆伐が増えれば土砂災害を誘発します。そして、その災害復旧費用も国民の税金で負担しなければなりません。経済的にも環境的にも国民生活に大きな影響を与える法案であるにもかかわらず、国民にほとんど説明がなされていません。それが最大の問題です」
林野庁は指摘に対し、こう説明する。
「伐採と再造林のコストについては、林野庁としても重要視しています。皆伐だけではなく、多様な伐採方法も認めて、国民負担を下げるようにしていきたい」(林野庁経営企画課)
法案は、30日の参院農林水産委員会で採決が行われる。前出の鈴木氏は言う。
「貿易交渉の密約も国有林法の改正も、トランプ接待外交ばかりが報道されるうちに、国民の知らないところで物事が進んでいる。日本人は、その事実を知らなければなりません」
(AERA dot.編集部・西岡千史)
・水道の次は国有林コンセッション。日本の森林はどうなる?(Yahoo NEWS 2019年2月27日)
橋本淳司 | 水ジャーナリスト、アクアスフィア・水教育研究所代表
※地球温暖化防止、災害防止のため
Yahoo!ニュース記事「住民税に1000円加算される森林環境税とは何か?」で書いたように、2月15日、衆議院本会議で安倍晋三首相は日本の森林について、以下のように述べた。
「森林バンクも活用し、森林整備をしっかりと加速させてまいります。その際、地域の自然条件等に応じて、針葉樹だけでなく、広葉樹が交じった森づくりも進めます。新たに創設する、森林環境税・譲与税も活用し、こうした政策を推し進め、次世代へ豊かな森林を引き継いでまいります」
新設された森林環境税・譲与税は、地球温暖化防止や災害防止を図るための地方財源。全国の市町村が有効に活用し、これまで手入れができていなかった森林の整備が進むと期待されている。
もしあなたが都市に住んでいたら関係ないだろうか。税金を納めるだけで恩恵はないだろうか。
いや、そんなことはない。森林がほとんどない都市部であっても、同じ流域(降った雨が1つの川の流れに収れんする場所)にある自治体の木材を活用すれば、上流部の森林を下支えすることができる。それは自分たちが安全な水を確保し、水災害を緩和することにつながる。
流域上流部の森林づくりに、下流部の都市住民が参加することで、新たな連携が生まれるのは好ましい。上下流が連携して流域の水循環の健全化を図ることができる。
森林環境税・譲与税の使途についてまとめると、
1.間伐(混み合っている森林の一部を取り去ること)や路網(森林内にある公道、林道、作業道の総称)などの森林整備
2.森林整備を促進するための人材育成・担い手の確保
3.木材利用の促進や普及啓発
とされ、税を活用するときには、国民全体に対して説明責任を果たすこと、とされている。地球温暖化防止、災害防止のために使用され、どのように使うか(使ったか)もきちんと説明されるなら、何も問題はないと思う人も多いだろう。
新たな森林管理システムとは何か?
安倍首相は前述の答弁の冒頭に「わが国の森林は、戦後植林されたものが本格的な利用期を迎えていますが、十分に利用されず」と述べている。これは「木を切って利用する」という意思表示である。
じつは合わせて考えておきたいことがある。それは「新たな森林管理システム」。森林環境税・譲与税は、この新たなシステムを実行するための財源という側面をもっている。
新たなシステムとは、
1.森林所有者に適切な森林管理を促すため、適時に伐採、造林、保育を実施するという森林所有者の責務を明確化する
2.森林所有者自らが森林管理できない場合には、その森林を市町村に委ねる
3.経済ベースにのる森林については、意欲と能力のある林業経営者に経営を再委託する
4.自然的条件から見て経済ベースでの森林管理を行うことが困難な森林等については、市町村が公的に管理を行う
と説明されている。
同時に森林管理に関する法律も改正されている。
その第1弾は、個人が所有する森林、すなわち民有林に関するものだ。昨年、森林経営管理法が成立し、今年4月から施行される。
これらは基本的に、民有林の所有権と管理権を分離し、森林整備を進めやすくしようというもの。森林環境税・譲与税を使って、森林整備を行なうこともできる。長年放置されていたり、所有者不明でいつ崩れるかもしれない森林を整備するには有効だろう。
しかし、この法律では森林の所有者に「伐採の責務」を課している。そのうえで、
1.伐採しない所有者は、「森林経営の意欲がない」と決め、市町村が伐採計画を立てる
2.新設された経営管理権によって集積する
3.もうかる森林は「規模拡大の意欲がある事業体」に再委託する
4.もうからないところは市町村が責任を負う
所有者の意に反して木が切られはしないか?
すなわち自治体が森林所有者の経営状況をチェックし、「きちんと管理(じつは伐採)する意思がない」と見なすと、企業に委託して伐採できることになる。
だが、伐採の時期が来たからといって、所有者全員が「木を切りたい」と考えているわけではないだろう。そのような場合でも所有者の同意なしで、伐採したり、路網をつくったりすることが可能と考えられる。
安倍首相が発言しているように、基本的には森林の伐採を促す法律であり、伐採のために税金が投入される可能性がある。すると次のような懸念が生じる。
・他人の山を儲けのネタとしか考えない業者がやってくる
・儲けになりそうもない所には見向きもしない
・本来は天然林に戻したほうがよい奥山のような場所であっても、税金を使って一律に伐採される
・再造林の手法は公益性への配慮が行われない
コンセッション!国有林の運営権を民間に売却
そして森林管理に関する法改正の第2弾が、国有林のコンセッションである。
吉川貴盛農相は今国会に、「国有林野管理経営法改正法案」を提出する考えを示している(選挙前に野党が猛反対するような法案を審議するのは好ましくないという考えから、選挙後に提出する可能性が高い)。
この法改正は、国有林を長期間(10~50年間)、大規模(数百ヘクタール)で、民間企業に経営を任せるというもの。企業は年間数千立方メートルの伐採ができる権利を得る。
国有林のコンセッションは、発展途上国の森林ではよく見られる。しかし、失敗も多い。たとえばフィリピンで国有林の伐採権を企業に与えたところ、大規模なラワン材の切り出しが行われた。そして運営権の期限が切れたのちに、禿山が国に返されたのである。
森林の保全か金か
水道法改正の時には、経営の悪化した水道事業体を救う方法として、民間企業に運営権を売却するコンセッションが上がってきた。
今度も、荒れた森林を救う方法として、民間企業に運営権を売却するコンセッションを上げようとしている。
確かに稼ぐ産業としての林業がないと地域は疲弊し、山は崩れていく。
しかし、その方法は地域ごとに工夫を凝らしたやり方で行われるべきだ。
大企業のやり方だけでなく、小規模な林業者のやり方もある。原木をバイオマス発電の燃料に使うような荒っぽいやり方ではなく、木材の付加価値を高める加工品の生産など工夫を凝らせるはずだ。
林野庁は従来型の林業の焼き直しを行おうとしているように見える。
生産コスト、維持管理コストを安くする。成長の早い品種を用いて早く伐採して回転率を上げる。機械導入で生産性を向上させる。放置された人工林を安い費用で、成長の早い品種に切り替え、同じ人工林をつくろうとしている。
しかし、それでは災害の問題は解消されない。
安倍首相は国会での答弁の中で「広葉樹も増やしていく」と述べている。
確かに今後15年の森林の維持・管理の方向性を決める全国森林計画案では、針葉樹と広葉樹の複層林化を進めるとは記載されているが、放置人工林を天然林に戻していくという方向性は、打ち出されていない。それどころか、2035年には天然林は今よりさらに57万ヘクタール減る計画となっている。
せめて植林して、木の根の踏ん張りを期待し、崩れにくくしたい。
しかし、斜面安定のために、根をしっかり広げて山が崩れるのを防ぐ力の強い樹種を植えたくても、国の決まりで補助金は使えない。補助金は林業で儲けるためのもの。植林できる木の種類は限定されており、細かな根のネットワークを作ってくれる低木は入っていない。
森林は儲ける林業だけのものではない。観光、防災、生態系保全の面もあるが、それらは無視されている。そして、残念ながら儲ける林業の範疇を超えて、観光、防災、生態系保全の面などから、森林経営のできる専門家は圧倒的に少ない。補助対象の森林事業の計画立案をする森林総合管理士は、防災、観光などの公益性を学んでいないのだ。森林環境・譲与税は、こうした森林経営の専門家育成のために活用すべきだろう。
私たちは2つのことを注視していかなくてはならない。1つは森林管理に関する法改正の行方。もう1つは、森林環境・贈与税が何に使われるのか、である。森林経営は100年の計。けっして目先の利益に踊らされてはならない。
橋本淳司
水ジャーナリスト、アクアスフィア・水教育研究所代表
水ジャーナリスト、「水と人の未来を語るWEBマガジン"aqua-sphere"」編集長として水問題や解決方法を発信。アクアスフィア・水教育研究所を設立し、自治体・学校・企業・NPO・NGOと連携しながら、水リテラシーの普及活動(国や自治体への政策提言やサポート、子どもや市民を対象とする講演活動、啓発活動のプロデュース)を行う。近著に『67億人の水』(日本経済新聞出版社)、『日本の地下水が危ない』(幻冬舎新書)、『100年後の水を守る 水ジャーナリストの20年』(文研出版)、『水がなくなる日』(産業編集センター)など。