・初期人類は日常的に人肉を食べていた?(NATIONAL GEOGRAPHIC 2010年8月31日)
※洞穴で暮らすヨーロッパの初期人類にとって、人肉は儀式のごちそうでも餓死を避ける最後の手段でもなかったようだ。スペインで発掘された骨の化石から、日常的な食人の可能性が明らかになった。しかも、化石が発掘された一帯では、すべての初期人類が人肉を食べていた可能性がある。食人風習の最も古い例だという。
80万年前に解体された人間の骨が見つかったのはスペイン北部、アタプエルカのグラン・ドリーナ洞穴。骨に残る跡から、西ヨーロッパ最古の人類とされるホモ・アンテセッサー種(Homo antecessor)は食人が一般的だったとわかった。
発表によると、1994年に発見されたホモ・アンテセッサー種は、遺体の調理が一般的で慣習化していたらしい。必要な栄養を摂取し、しかも敵を根絶やしにできる一石二鳥を狙ったようだ。
発掘された骨には、切削痕や打撃の跡がはっきり残っていた。“調理”用の石器によるものと思われる。
研究に参加したホセ・マリア・ベルムデス・デ・カストロ氏によると、バイソンやシカ、野生のヒツジなどと一緒に少なくとも11人の骨が見つかり、すべて食用に解体された痕跡があったという。肉を切り取ったり、骨を砕いて髄を取り出したり、脳を食べた痕跡もある。
スペイン、ブルゴスの国立人類進化研究センターに所属するベルムデス・デ・カストロ氏は、頭蓋の側下部にある側頭骨に切断や打撃の跡があり、首が切り落とされたことがわかると説明する。「おそらく頭部を切り落として、脳を取り出したのだろう。脳組織は食用に適している」と同氏は言い添えている。
人骨が動物の骨と一緒に捨てられていたことから、食人には信仰と関わる儀式的な役割はなかったとベルムデス・デ・カストロ氏らは推測している。
また、食糧が手に入らない非常時だけ人肉を食べていたわけでもなさそうだ。研究論文によると、食用となった人間の骨は約10万年にわたる地層から発掘されており、長年の食人風習だったことがうかがえるという。
さらに、一帯では食べ物に困る状況はほとんどなかったはずだ。洞穴があるシエラ・デ・アタプエルカという地域は、初期人類には最高の居住地だとベルムデス・デ・カストロ氏は話す。食べ物や水に恵まれ、気候も穏やかだったという。
シエラ・デ・アタプエルカに魅せられた初期人類は、この豊かな土地をめぐって争ったのだろう。「敵を食べてしまえば、手っ取り早く争いが決着する」とベルムデス・デ・カストロ氏は説明する。
しかも、まともに戦った結果ではないらしい。肉を食べられた11人はすべて子供か10代の若者だった。身を守る能力が不十分な若者を狙えば、「捕まえる側は危険が小さく、敵を支配する戦略としても効果的」だという。
ロンドン自然史博物館で人類の起源を研究した経歴を持つ人類学者ピーター・アンドリュース氏は、今回の研究結果を条件付きで支持している。
アンドリュース氏は次のようなコメントを寄せた。「人類の大部分の進化過程で、食人は一般的だったようだ。人類の祖先の発掘研究が始まったばかりの頃は、食人の証拠を見落としていた可能性もある。現時点で見つかっている証拠が示唆する以上に食人は広まっていたのかもしれない」。
ただし、「食人が習慣化していたのか、または食糧不足の非常時に限られていたかはまだ明らかになっていない。断定できるほど厳密な時期がわかる発掘現場は少ないためだ」。どちらか判明するには、「月単位の厳密さが必要だ」とアンドリュース氏は指摘する。
・人肉はカロリー低め、旧人類はなぜ食べた?ヒト100体よりマンモス1頭のほうが栄養価は高かった(NATIONAL GEOGRAPHIC 2017年4月11日)

※1頭のマンモスの肉があれば25人を1カ月間もてなせるが、1人のヒトの肉を25人に分けたら1日に必要なカロリーの3分の1にしかならない。
人肉の栄養価は、旧石器時代の人々が食べていたほかの動物と比較して高くないことが研究で明らかになり、4月6日付け『サイエンティフィック・リポーツ』誌に発表された。「ほかの動物に比べて、ヒトは栄養学的に優れた食品ではありません」と、論文著者である英ブライトン大学のジェームズ・コール氏は語る。
コール氏の推定値によると、イノシシやビーバーの筋肉は1kgあたり4000カロリーあるが、現代人の筋肉は1300カロリーしかないという。
食品としてそれほど優れていないなら、初期人類はなぜ人肉を食べたのだろう? 病気だったり死にかけたりしているのでないかぎり、人間を狩るのはそれほど容易ではない。「人間を狩るためには、グループを組織して追跡しなければなりません。相手の方も、槍で突き殺されるのを黙って待っているわけではありません」とコール氏。
コール氏は、初期人類が人肉を食べたのは、単に空腹を満たすためではなかったのだろうと考えている。初期人類とその祖先にとって、人肉を食べる行為には、さまざまな社会的意味があった可能性がある。
共食いの起源
考古学者は、少なくとも80万年前の初期人類が人肉を食べていた証拠を発見している。人骨を切断したりかじったりした痕跡だけでは、人肉を食べた理由まではわからないが、古代の遺跡からは、人類進化の歴史を通じて共食いがどのくらい広く行われていたかを知るための手がかりが得られる。
例えば、スペインのグラン・ドリーナ洞窟のホモ・アンテセッサーと呼ばれる初期人類の遺跡からは、バイソン、ヒツジ、シカを解体した骨と一緒に、少なくとも11人の人間を解体した骨が見つかっている。骨はすべて子供か若者のもので、食べられた形跡があった。骨には肉をこそげとった痕跡があったほかに、脳を食べた痕跡もあった。
解体された人骨は、洞窟内の10万年分に相当する地層から見つかっていて、住人が定期的に人肉を食べていたことを示唆している。
解体された人骨は、同じ方法で処理されたほかの動物の骨と混ざっていた。そのため、この洞窟に住んでいた人々は、食料がなくてやむにやまれず人肉を食べたわけでも、儀式として食べたわけでもないと、一部の人類学者は考えている。
初期人類にとっての人肉は、ごく一般的な栄養補助食品だったのかもしれない。あるいは、食べられた若者たちはよそ者で、これを食べたのは、自分たちの土地に近づくなという警告のためだったのかもしれない。いずれにせよ、骨からは確実な答えはわからない。
英ロンドン自然史博物館の人類学者シルビア・ベッロ氏も、初期人類が人肉を食べた理由を知るのは難しいと考えている。「旧石器時代の人々が必要に迫られて人肉を食べた事例はそう多くなかったと考えています」と彼女は言う。「それではなぜ、彼らは人肉を食べることを選んだのでしょう? 選択の理由を明らかにするのは非常に難しいと思います」
人肉を食べた理由は一つではない
もちろん、必要に迫られて人肉を食べたこともあっただろう。
「ヒトの肉が栄養学的に大型獣の肉の代わりになるかという問題ではないのです」と、米ワシントン大学セントルイス校の人類学者エリック・トリンカウス氏は指摘する。「ほかに食べるものがないときに、いかにして生き残るかという問題なのです。社会集団の誰かが死亡したときに、生きているメンバーがその死体を食べたのです」
コール氏の研究は、数人の現代人の分析からヒトの肉の栄養価を見積もったもので、そこからわかることには限界がある。このことはコール氏自身も認めている。そしてもちろん、私たちの祖先は、カロリーを考えて夕食を決めたりはしていなかった。
今回の研究が本当に意味しているのは、初期人類が人肉を食べた理由は1つではなく、複数の理由があったということなのかもしれない。実際、ここ数百年の人肉食の原因は、戦争、非常事態、信仰、精神病などさまざまだ。
米ロングアイランド大学ポスト校の生物学教授ビル・シュット氏は、初期人類は信じられないくらい考え方が柔軟で、ときどき人肉を食べることで生き残ってきたのだろうと言う。
「共食いは多くの動物に見られます」とシュット氏。ヒトも例外ではない。「ヒトがほかの動物と違うのは、儀式、文化、タブーがある点です。私たちは、人肉を食べることは最も悪いことだと、徐々に教え込まれてきたのです」
※洞穴で暮らすヨーロッパの初期人類にとって、人肉は儀式のごちそうでも餓死を避ける最後の手段でもなかったようだ。スペインで発掘された骨の化石から、日常的な食人の可能性が明らかになった。しかも、化石が発掘された一帯では、すべての初期人類が人肉を食べていた可能性がある。食人風習の最も古い例だという。
80万年前に解体された人間の骨が見つかったのはスペイン北部、アタプエルカのグラン・ドリーナ洞穴。骨に残る跡から、西ヨーロッパ最古の人類とされるホモ・アンテセッサー種(Homo antecessor)は食人が一般的だったとわかった。
発表によると、1994年に発見されたホモ・アンテセッサー種は、遺体の調理が一般的で慣習化していたらしい。必要な栄養を摂取し、しかも敵を根絶やしにできる一石二鳥を狙ったようだ。
発掘された骨には、切削痕や打撃の跡がはっきり残っていた。“調理”用の石器によるものと思われる。
研究に参加したホセ・マリア・ベルムデス・デ・カストロ氏によると、バイソンやシカ、野生のヒツジなどと一緒に少なくとも11人の骨が見つかり、すべて食用に解体された痕跡があったという。肉を切り取ったり、骨を砕いて髄を取り出したり、脳を食べた痕跡もある。
スペイン、ブルゴスの国立人類進化研究センターに所属するベルムデス・デ・カストロ氏は、頭蓋の側下部にある側頭骨に切断や打撃の跡があり、首が切り落とされたことがわかると説明する。「おそらく頭部を切り落として、脳を取り出したのだろう。脳組織は食用に適している」と同氏は言い添えている。
人骨が動物の骨と一緒に捨てられていたことから、食人には信仰と関わる儀式的な役割はなかったとベルムデス・デ・カストロ氏らは推測している。
また、食糧が手に入らない非常時だけ人肉を食べていたわけでもなさそうだ。研究論文によると、食用となった人間の骨は約10万年にわたる地層から発掘されており、長年の食人風習だったことがうかがえるという。
さらに、一帯では食べ物に困る状況はほとんどなかったはずだ。洞穴があるシエラ・デ・アタプエルカという地域は、初期人類には最高の居住地だとベルムデス・デ・カストロ氏は話す。食べ物や水に恵まれ、気候も穏やかだったという。
シエラ・デ・アタプエルカに魅せられた初期人類は、この豊かな土地をめぐって争ったのだろう。「敵を食べてしまえば、手っ取り早く争いが決着する」とベルムデス・デ・カストロ氏は説明する。
しかも、まともに戦った結果ではないらしい。肉を食べられた11人はすべて子供か10代の若者だった。身を守る能力が不十分な若者を狙えば、「捕まえる側は危険が小さく、敵を支配する戦略としても効果的」だという。
ロンドン自然史博物館で人類の起源を研究した経歴を持つ人類学者ピーター・アンドリュース氏は、今回の研究結果を条件付きで支持している。
アンドリュース氏は次のようなコメントを寄せた。「人類の大部分の進化過程で、食人は一般的だったようだ。人類の祖先の発掘研究が始まったばかりの頃は、食人の証拠を見落としていた可能性もある。現時点で見つかっている証拠が示唆する以上に食人は広まっていたのかもしれない」。
ただし、「食人が習慣化していたのか、または食糧不足の非常時に限られていたかはまだ明らかになっていない。断定できるほど厳密な時期がわかる発掘現場は少ないためだ」。どちらか判明するには、「月単位の厳密さが必要だ」とアンドリュース氏は指摘する。
・人肉はカロリー低め、旧人類はなぜ食べた?ヒト100体よりマンモス1頭のほうが栄養価は高かった(NATIONAL GEOGRAPHIC 2017年4月11日)

※1頭のマンモスの肉があれば25人を1カ月間もてなせるが、1人のヒトの肉を25人に分けたら1日に必要なカロリーの3分の1にしかならない。
人肉の栄養価は、旧石器時代の人々が食べていたほかの動物と比較して高くないことが研究で明らかになり、4月6日付け『サイエンティフィック・リポーツ』誌に発表された。「ほかの動物に比べて、ヒトは栄養学的に優れた食品ではありません」と、論文著者である英ブライトン大学のジェームズ・コール氏は語る。
コール氏の推定値によると、イノシシやビーバーの筋肉は1kgあたり4000カロリーあるが、現代人の筋肉は1300カロリーしかないという。
食品としてそれほど優れていないなら、初期人類はなぜ人肉を食べたのだろう? 病気だったり死にかけたりしているのでないかぎり、人間を狩るのはそれほど容易ではない。「人間を狩るためには、グループを組織して追跡しなければなりません。相手の方も、槍で突き殺されるのを黙って待っているわけではありません」とコール氏。
コール氏は、初期人類が人肉を食べたのは、単に空腹を満たすためではなかったのだろうと考えている。初期人類とその祖先にとって、人肉を食べる行為には、さまざまな社会的意味があった可能性がある。
共食いの起源
考古学者は、少なくとも80万年前の初期人類が人肉を食べていた証拠を発見している。人骨を切断したりかじったりした痕跡だけでは、人肉を食べた理由まではわからないが、古代の遺跡からは、人類進化の歴史を通じて共食いがどのくらい広く行われていたかを知るための手がかりが得られる。
例えば、スペインのグラン・ドリーナ洞窟のホモ・アンテセッサーと呼ばれる初期人類の遺跡からは、バイソン、ヒツジ、シカを解体した骨と一緒に、少なくとも11人の人間を解体した骨が見つかっている。骨はすべて子供か若者のもので、食べられた形跡があった。骨には肉をこそげとった痕跡があったほかに、脳を食べた痕跡もあった。
解体された人骨は、洞窟内の10万年分に相当する地層から見つかっていて、住人が定期的に人肉を食べていたことを示唆している。
解体された人骨は、同じ方法で処理されたほかの動物の骨と混ざっていた。そのため、この洞窟に住んでいた人々は、食料がなくてやむにやまれず人肉を食べたわけでも、儀式として食べたわけでもないと、一部の人類学者は考えている。
初期人類にとっての人肉は、ごく一般的な栄養補助食品だったのかもしれない。あるいは、食べられた若者たちはよそ者で、これを食べたのは、自分たちの土地に近づくなという警告のためだったのかもしれない。いずれにせよ、骨からは確実な答えはわからない。
英ロンドン自然史博物館の人類学者シルビア・ベッロ氏も、初期人類が人肉を食べた理由を知るのは難しいと考えている。「旧石器時代の人々が必要に迫られて人肉を食べた事例はそう多くなかったと考えています」と彼女は言う。「それではなぜ、彼らは人肉を食べることを選んだのでしょう? 選択の理由を明らかにするのは非常に難しいと思います」
人肉を食べた理由は一つではない
もちろん、必要に迫られて人肉を食べたこともあっただろう。
「ヒトの肉が栄養学的に大型獣の肉の代わりになるかという問題ではないのです」と、米ワシントン大学セントルイス校の人類学者エリック・トリンカウス氏は指摘する。「ほかに食べるものがないときに、いかにして生き残るかという問題なのです。社会集団の誰かが死亡したときに、生きているメンバーがその死体を食べたのです」
コール氏の研究は、数人の現代人の分析からヒトの肉の栄養価を見積もったもので、そこからわかることには限界がある。このことはコール氏自身も認めている。そしてもちろん、私たちの祖先は、カロリーを考えて夕食を決めたりはしていなかった。
今回の研究が本当に意味しているのは、初期人類が人肉を食べた理由は1つではなく、複数の理由があったということなのかもしれない。実際、ここ数百年の人肉食の原因は、戦争、非常事態、信仰、精神病などさまざまだ。
米ロングアイランド大学ポスト校の生物学教授ビル・シュット氏は、初期人類は信じられないくらい考え方が柔軟で、ときどき人肉を食べることで生き残ってきたのだろうと言う。
「共食いは多くの動物に見られます」とシュット氏。ヒトも例外ではない。「ヒトがほかの動物と違うのは、儀式、文化、タブーがある点です。私たちは、人肉を食べることは最も悪いことだと、徐々に教え込まれてきたのです」