ザグレウス
Zagreus

古代ギリシアの密儀宗教オルフェウス教の神。ゼウスが娘のペルセフォネと、ヘビに化身し交わってもうけた子で、父に鍾愛され、その後継者の地位を約束され、アポロンとクレテスたちに預けられて、パルナソスの山中でひそかに育てられていたが、このことを知ったゼウスの妃ヘラは、ティタンたちをそそのかしてこの幼児の神を虐殺させた。ティタンたちは、彼を八つ裂きにし、その肉を料理して食べたところで、このことを知ったゼウスによって雷で焼殺され、その灰から人間がつくられたので、人間は、オルフェウス教の教義によれば、ティタンに由来するあしき肉体の牢獄の中にザグレウスの破片にほかならない神的霊魂をもつことになった。一方ザグレウスの心臓は、まだティタンに食われず鼓動し続けていたのを、アテナがゼウスに渡し、ゼウスはこれを飲み、またはセメレに飲ませたうえでこの愛人と交わり、ディオニュソスをもうけたので、ディオニュソスは、実はザグレウスの生れ変りにほかならないという。ザグレウスとは「引き裂かれたる」という意味で、非ギリシア(おそらくはフリギアかトラキア)系の名前である。


オルフェウス教

紀元前7世紀ごろから前5世紀ごろに栄えた、オルフェウスを開祖と仰ぐ、古代ギリシアの密儀宗教。英語でOrphism。時間神クロノスや卵生神話を含む宇宙創成論、ディオニュソス=ザグレウスの死と復活に仮託された人間論および輪廻転生説など、
特異な教義で知られる。伝説の詩人オルフェウス作と称する詩に基づき、宇宙の起源や神々の系譜を説き、霊魂不滅信仰を中心に密儀を行い、禁欲的苦行を行なった。未来の転生を説いて奴隷階級に普及。全ギリシアから、とくに南イタリアのギリシア植民都市、シチリア島にかけて広く信仰された。

オルフェウスはギリシアの伝説的詩人・音楽家。トラキアに生まれ、母は詩女神カリオペといわれる。竪琴をかなで、美しい声で歌うと、人も木も石も動いたという。死んだ妻エウリュディケを冥府から連れ戻すのに失敗し、いつまでも嘆き悲しんでいたため、トラキアのマイナデスたちに体を裂かれた。

神話的人物とはいえ、オルフェウスという個人を創始者と仰ぎ、個人の魂の救済を目的とし、聖典ともいうべき文書を備えていた点において、宗教が国家的集団的で教典の類を欠いていた古代ギリシアでは特異なものであった。

オルフェウスの名の下にこの派の文学として伝えられてきたものには、87編の《オルフィク賛歌》(ほとんど2世紀以後にできた一種の祈禱書)、《アルゴナウティカ》(成立年代は不明であるが4世紀以後のもので、アルゴ船の物語をオルフェウス中心に語りかえた内容)、《リティカ》(宝石の不思議な効力を叙事詩形で語ったもの)がある。

プラトン、ピンダロス、アリストファネスなども言及しているが、オルフェウス教の特色は、輪廻転生の教説にあり、肉体は牢獄であり、それに対して魂(プシケ)は永遠不滅の本質であるとみなしている点であろう。

そうした人間の二元性はディオニソス・ザグレウスの神話によって説明されるとしている。つまり、魂はディオニソス・ザグレウスの神的要素に由来し、肉体はティタンの悪の要素を受け継いでいるというわけである。

オルフェウス教の目的は、過去の罪によって肉体に幽閉されている魂を救済することにあり、肉体からの不滅の神的霊魂の解放と神界への復帰を説く。その教義によって、ピタゴラス教団やプラトン哲学やグノーシス派の教理などに強い影響を与え、西洋の神秘思想の重要な源泉の一つとなった。

そうした教義や肉食を避ける慣習、浄めの儀式など、さまざまな点でピタゴラス派の宗教運動ときわめて似た特徴を備えているが、ともに北方系の宗教の影響が色濃いとされている。

古代末期まで存続、新プラトン主義者などからは高い評価が与えられた。


イアッコス
Iakchos

古代ギリシアの神。エレウシスの密儀で,入信者たちがアテネからエレウシスまで行列しながらあげるかけ声の神格化された存在で、ゼウスがデメーテルまたはペルセフォネに生ませた子とされて、密儀の主神である大女神たちと結びつけられ、またオルフェウス教の神ザグレウスの生れ変りともみなされ、ディオニュソスとも同一視された。幼児の姿で手にたいまつを持ち、踊りながら信徒たちの列を導くと信じられた。