・「平成検証」改正水道法の急所(1)安倍政権、強硬に水道の事実上完全民営化を進める背景…“外資支配”に貢献する麻生太郎副総理(Business Journal 2019年2月2日)
文=藤野光太郎/ジャーナリスト
※2018年12月6日、国会で「改正水道法」が可決・成立し、同月12日に公布された。同法は公布日から1年以内に施行される。
かつて「水道民営化」で水質悪化や料金値上げなどにあえいだ諸外国は、民間企業と契約して数十年を経たのち、続々と「再公営化」に向かった。それらの失態を見聞きした日本の世論は、今回の法改正が「水道民営化への扉を開く」と反発したが、安倍晋三内閣は「そもそも民営化ではない。水道管の老朽化対策には官民連携による民間資金の活用が必要」と押し通し、法案を強行採決した。
実は、改正水道法の条文にはカラクリがある。本稿では、ほかの周辺法や制度と連動して仕込まれた法改正の急所と狙いを、懸念される「民営化」や「外資支配」の虚実とともに数回に分けて明らかにする。
厚労省が「すべての管路改修に130年」と試算
日本の水道普及率は97.9%。管路(水道管)の総延長距離は地球16周分の66万㎞。有収水量は1日で約3600万立法メートル(厚生労働省が17年にまとめた資料より抜粋。以下同。「有収水量=料金徴収対象の水量」は15年実績)。その水質は極めて高く、水道管は原則として人が住む全国の隅々にまで行きわたり、利用料金も低額で安定している。まさしく世界に誇る水道インフラだ。
水道は水を運ぶ社会基盤である。水は空気とともに生存に直結するため、その公益性は数あるインフラのなかでもっとも高い。そのため、水道事業はこれまで個別委託を除けば「営利事業」から隔てられ、地域住民の生活を守るべき自治体などの公的主体が経営してきた。
国内で人や企業が使う水は、海水を淡水化した人工の水を除けば、水源となるダムや川から取水される。そこから導水管を通って水道用水が浄水場に運ばれるまでの供給事業数は92。浄水場から配水池へと流れ込み、配水管で各地域に送られた水が給水管を通じて利用者に届けられる。配水池から先の供給事業数は上水道が1355、簡易水道が5133。これらを担う事業体は、従来から個別業務を民間にも委託してきた。
厚労省は、水道の現状をまとめた資料で「管路の法定耐用年数は40年」「改修を要する年間更新率は全国平均で約0.75%」と報告した。この更新率で100%を割れば133.3。厚労省は「全ての管路改修を終えるまでに130年かかる」と試算している。水道事業関係者は、老朽化した水道管の改修費を1億円超/kmと見積もっている。
同資料に管路総延長中の必要更新比率が明記されているということは、国や自治体、個々の事業体が、経年劣化する管路に改修が必要なことを承知していたということだ。それにもかかわらず、将来の設備投資としてそのコスト試算を組み込んでこなかったのはなぜか。
生存に欠かせない公共サービスを財政難を理由に放り出せば、政府や自治体の存在意義は失われる。従って、その維持・管理・運営に要する予算措置は当然、最優先されねばならない。利権優先で無駄なハコモノや天下り用の特殊法人を量産したり、自国の財政事情を承知で莫大な金を国庫から海外支援にばらまいたりすれば、納税者の金が水道改修のような公益事業に回せなくなるのは自明の理だ。
麻生太郎の「日本の水道は民営化します!」発言
18年暮れに成立した改正水道法は、サービスの劣化を招く民営化につながるとの強い批判を浴びた。しかし、安倍内閣は「改正水道法は民営化などではなくコンセッション方式である」「民間企業のノウハウを活用してコストダウンすれば水道料金が抑えられるし、老朽化した水道管の改修費も出てくる」として世論の批判を一蹴し、法案を強行採決した。
コンセッション方式とは、自治体などの公的主体が公共施設を所有したまま、料金収受業務を含む包括的な「運営権」を企業に売却する仕組みだ。東日本大震災が勃発した11年、「改正PFI法」(PFI=プライベート・ファイナンス・イニシアティブ/民間資金等の活用による公共施設等の整備等の促進に関する法律)が成立し、コンセッション方式による契約が実施可能となった。
政府は水道民営化を否定する。だが、この改正PFI法(以降、本稿では便宜上「旧PFI法」と呼称する)を法的根拠とする水道事業のコンセッション契約は、運営だけでなく施設も売却する「完全民営化」にもっとも近く、それは「事実上の民営化」である。
なぜなら、施設所有権が自治体に残されても、運営権を長期的・包括的に握る民間企業が日常的にもろもろを決定すれば、それは実態としての「経営」そのものだからだ。検針や浄水場管理など個別業務の委託は従来から行われてきたが、コンセッション方式はまったく次元の異なるものなのである。
改正水道法への反対世論には、再公営化する海外の経過を見て「日本の水も民営化で外資に支配されるのではないか」との不安が含まれていた。その不安を煽った張本人が、安倍内閣で金融担当の内閣府特命担当大臣や財務大臣など要職を担う麻生太郎副総理である。
すでに広く知られた麻生氏の発言「日本の水道は民営化します!」は、改正水道法の狙いを検証する上で欠かせないトピックでもある。講演の前段も加えて、ここで正確に再録しておこう。
13年4月19日(米国東部時間)、米国本拠の民間シンクタンク「戦略国際問題研究所(CSIS)」の会見に登壇した麻生氏は、満面の笑顔で開口一番「麻生太郎です。私も戻ってきました!」とあいさつし、米国産業が関心を抱きそうな日本のさまざまな市場について“報告”した。講演後、質疑応答の後半で麻生氏が得意げに宣言したのが水道民営化である。以下は、そのときの発言を文字に起こしたものだ(用語の重複や接続詞は筆者が一部加工。それ以外の名詞や数字などは原文ママ)。
「……水道とかいうものは、世界中ほとんどプライベートの会社が運営しておられますが、日本では自治省以外では扱うことはできません。水道料金を99.99%回収するシステムを持っている国は日本の水道会社以外にはありませんけれども、この水道はすべて、国営もしくは市営、町営でできていて、こういったものをすべて民営化します! いわゆる公設民営などもアイデアとして上がってきつつあります」
講演冒頭の「戻ってきた」が「米国に」なのか「CSISに」なのかはよくわからないが、それはある意味で、質疑応答で洩らした「民営化宣言」以上に衝撃的だと受け取る国民も少なくないのではないか。
水メジャーの仏ヴェオリアがすでに日本進出
水道の分野でコンセッション方式による国内初となった成約事例が、静岡県浜松市とフランスのヴェオリア社を代表とする6社連合(ヴェオリア・ジャパン、ヴェオリア・ジェネッツ、JFEエンジニアリング、オリックス、須山建設、東急建設)の特別目的会社HWS(浜松ウォーターシンフォニー)との「下水道コンセッション」である。
HWSが運営するのは、浜松市内で下水5割を処理する終末処理場の西遠浄化センターやポンプ場など。契約書に記載された契約期間は17年10月30日から38年3月31日の約20年間。同市と運営権者HWSが合意すれば、最長で43年3月31日まで延長される。期間中に同市が得る運営権対価は25億円だ。
仏ヴェオリア社は、周知のように「水メジャー」として知られるフランス本拠の多国籍巨大企業。水処理では世界最大手だ。同社のような水メジャーの多くは欧米本拠である。麻生講演の質疑応答で、隣に座る米CSIS日本幹部を気にしながら麻生氏が「戻ってきて報告した面々」は、同社をはじめとして日本の水道インフラ市場に業務委託その他のかたちですでに広く深く潜り込んでいる。
今年1月18日現在、水道コンセッションの成約事例は浜松市の下水道だけだが、旧PFI法で水道コンセッションが広がらなかったことにいらだっていた政府は、その内容をさらに強化した改正PFI法を18年6月に成立させ、同年10月1日に施行している(以降、こちらは「新PFI法」と呼称する)。今回の改正水道法が成立したのは、この新PFI法成立の2カ月後である。
新旧のPFI法を並べて照合すると、水道事業の運営権売買を検討する自治体と民間企業に対して、そのコンセッション契約を急増させるための強力な変更点が2つ盛り込まれている。ただし、あらかじめお伝えしておくが、本稿で指摘しようとしている問題は新PFI法で変更された事柄だけではない。
次回、改正水道法が新PFI法を含むほかの法律や制度とどのように関連しているかを、条文から拾い出して具体的に検証する。各々の条文が互いにリレーし合い、関連付けた「法の整合性」にこそ、改正水道法の本当の狙いが潜んでいるからである。
・「平成検証」改正水道法の急所(2)【水道民営化】安倍政権、自治体・議会の承認なしで運営権売却&料金値上げ可能に(Business Journal 2019年3月12日)
文=藤野光太郎/ジャーナリスト
※1.官僚が「法律をわかりにくくする」ことに頭脳全開
公務は法に則って行われる。従って、官僚のバイブルは法律である。国家公務員たる官僚が法に外れたことをすれば、いずれ問題が起きて、それが露呈すれば責任を問われる。そのため、もし官僚が政治家や民間企業に協調・結託し、あるいは忖度して、その法案づくりや行政行為が国民に不利益なことを承知でそれに加担しようとすれば、その行為に「合法性を担保するための“逃げ道”」をあらかじめ用意しようとする。
2月2日付記事『安倍政権、強硬に水道の事実上完全民営化を進める背景…“外資支配”に貢献する麻生太郎副総理』で、改正水道法の本当の狙いは、周辺法と相互に関連づけられた「法の整合性」にこそ潜んでいる、と書いた。それは、閣法をはじめとする政府主導法案のほとんどがマスコミにも国民にも「できるだけわかりにくく複雑にして国会に提出されがち」だからである。記者クラブで政治・行政の権力と馴れ合いが恒常化し鈍感になってしまったマスコミへの官僚レクチャーに、そうした“肝”の部分をあらかじめ意図的に外したものが多いことは、関係報道と事象の推移を併せ読めば容易に察しがつく。
当然、改正水道法もその例外ではない。しかも、情報の隠蔽・改竄・偽造・捏造が国内外に広く知れわたる安倍晋三政権の閣法である。指示を明示されたり暗示されたりした官僚は保身を優先し、己が持てる“能力”を発揮して「わかりにくくする」ことに頭脳全開となりがちだ。上司や官邸の期待にこたえて一目置かれなければ霞が関では昇進できないし、将来のよりよい天下り先も準備できないからである。
そのため、国民の疑念や批判をあらかじめ回避するための作文力と編集力が法案の隅々にまで冴えわたる。冴えわたった結果、問題の所在はマスコミにも国民にも見えなくなる。身も蓋もない話だが、法令がそのような意図と目的でつくられることは決して少なくない。
2.コンセッションによるインセンティブと規制緩和
さて、前回の続きである。
2018年10月に施行された「新PFI法」(PFI=プライベート・ファイナンス・イニシアティブ/民間資金等の活用による公共施設等の整備等の促進に関する法律)には、自治体に対する2つのインセンティブと手続き上の緩和規定が盛り込まれている。自治体が民間企業に「水道事業の運営権を売却するコンセッション契約」を急増させるため、同法には「3つの変更」が盛り込まれた。
ひとつ目は「自治体向けのインセンティブ=(1)と(2)」、2つ目は「運営権の移転手続きの緩和推進=(3)」、3つ目は「料金改定に関する規定の緩和=(4)」である。条文の解説で話がややこしくなりそうなので、水道事業の「運営権売却」を煽るために新PFI法が緩和した事柄を、旧法の一部も含めて以下、先に要約列挙しておこう。
(1)コンセッション契約で自治体は運営権対価を繰上償還に充てることができる。
(2)その繰上償還時に発生していた補償金の支払いは免除される。
(3)条例で決めておけば、自治体は議決なしで指定管理者に運営権を移転でき、議会に対しては事後報告のみでよい。
(4)運営権者が水道利用料金を変更する場合、あらかじめ自治体の承認を受ける必要はなく、届出でよい。
前回触れたように、改正水道法の施行は公布日である18年12月12日から1年以内だが、新PFI法の全面施行はその約2カ月前の18年10月1日。さらに2カ月を遡る同年8月1日、「自治体向けのインセンティブ=(1)と(2)」が先行して施行された。
3.「運営権対価による繰上償還」と「補償金の免除」
多くの地方自治体には、上下水道事業などインフラの整備財源として地方債が発行されている。地方債は原則として、交通・ガス・水道など公営事業の資金調達時に発行可能な財源であることが地方財政法の第5条に規定されている。それに充てられる公的資金として、財政融資資金(財投)と地方公共団体金融機構資金がある。
新PFI法の施行前は、自治体が財投の元金を繰上償還する際、別途「補償金」を支払わねばならなかった。自治体が借入金を一括で返済してしまえば、国は得られるはずの金利を失ってしまうからだ。
これについて、新PFI法は附則第4条「水道事業等に係る旧資金運用部資金等の繰上償還に係る措置」の第3項でこう記載した。
「……政府は、繰上償還に応ずるために必要な金銭として対象貸付金の元金償還金以外の金銭を受領しないものとする」
国を挙げて水道の運営権売却を煽るため、同規定は自治体が得る運営権対価を繰上償還に充当することを認め、しかも、その「補償金」支払いを条件付きで「免除」したのである。
安倍政権は、オリンピック閉幕後の2年先までにコンセッション事業が生み出す市場目標額7兆円を公言している。自治体が繰上償還を申し出る期限はその約2年以内。「水道の将来に対する世論の不安など無視して、さっさと水道コンセッション契約に邁進しなければ、出口のない自治体の財政負担は消えないぞ」というわけだ。
政府が期限を切って申請をいったん締め切るのは運営権者を守るためだが、経緯と理由、そして、そもそもの目的は回を追って後述する。首長からの上意下達でコンセッション契約に向かわされる自治体の担当部署は、足下を見た政府に追い立てられ、想定される契約上の不利を曖昧にしたまま水道コンセッションの研究や前交渉に没頭している。
4.「運営権」移転手続きに議決が不要と念押し
「運営権の移転手続きの緩和推進=(3)」と「料金改定に関する規定の緩和=(4)」は少し複雑で巧妙だ。水道法改正前の昨秋、筆者は同席した全国紙の記者から「議会が承認しなければ運営権の売却も料金改定もできないはずでしょ」と反論されて驚いたことがあった。記者が誤解していた原因は、旧PFI法から新PFI法への改正で関連法と巧妙につながれた条文を読み切れていなかったせいである。「地方自治法」「新PFI法」「改正水道法」などを照合すれば、コンセッション推進の執拗さと巧妙さがよくわかる。
まずは「運営権の移転手続きの緩和推進=(3)」に見られる執拗さだ。
地方自治法の第244条の2第6項は、自治体が管理者を指定する場合、「あらかじめ、当該普通地方公共団体の議会の議決を経なければならない」と規定している。PFI法は旧法第26条第2項で「許可を受けなければ、移転することができない」としつつ、第4項で「ただし、条例に特別の定めがある場合は、この限りでない」とすでに解禁していた。
新PFI法では、ここにわざわざ第5項を追加挿入し、次のように記述している。
「同項(筆者注:地方自治法第244条の2第6項)中『ならない』とあるのは、『ならない。ただし、第3項の条例に特別の定めがある場合は、この限りでないものとし、この場合には、当該普通地方公共団体の長は、指定管理者の指定後遅滞なく、当該指定について当該議会に報告しなければならない』とする」
面倒な言い回しだが、この「第3項」とは「条例で定めよ」である。運営権の移転手続きを厳しく「報告しなければならない」と装っているが、これは旧法の第26条第4項で解禁していた「議決不要」を、新法の同条に追記した第5項で執拗に再規定したものだ。まとめて平たく意訳すれば、こういうことである。
「自治体が公的施設の管理者を指定する場合、議会の議決が必要だと地方自治法では定められているが、旧PFI法の第26条第4項で条例に特別規定があれば問題ナシとしている。この点について、新PFI法で第5項を追加し、議会には『報告だけでよい』と念入りに規定した」――だから、自治体は公共施設の運営権売却にもっと拍車をかけたまえ、ということだ。
新旧PFI法が「議会承認も不要」として自治体に「これでもか」と執拗に促す移転手続きの緩和は、住民の承認も不要であることを意味している。住民は「水道を運営しているのは自治体だから安心」と思い込みがちだが、今後は自治体行政を監視する議会も、それを知るのは指定後ということになる。国民に対する水の供給を「民間には任せず公的主体が責任を持つ」ために、「水道法」を「水道事業法」としなかった立法時の理念を、新PFI法は苦もなく毀損し、骨抜きにしたのである。
5.水道料金改定の自治体に対する事前承認は不要
しかし、実はこれら以上に問題なのが、新PFI法に盛り込まれた「料金改定に関する規定の緩和=(4)」である。
地方自治法は、第244条の2第9項でこのように定めている。
「利用料金は…(略)…指定管理者が定めるものとする」「指定管理者は、あらかじめ当該利用料金について当該普通地方公共団体の承認を受けなければならない」
これに基づいて、旧PFI法では第23条第2項でこう規定していた。
「利用料金は、実施方針に従い、公共施設等運営権者が定めるものとする。この場合において、公共施設等運営権者は、あらかじめ、当該利用料金を公共施設等の管理者等に届け出なければならない」
ところが、新PFI法にはその第23条に、次のような規定が第3項として追加挿入されている。
「……前項の規定により定められた…(略)…利用料金に関する事項に適合し、かつ、当該公共施設等の利用料金を当該公の施設に係る同法第244条の2第8項の場合における利用料金として定めることが同条第9項の条例の定めるところに適合するときは、当該公共施設等の利用料金を当該公の施設に係る同条第8項の場合における利用料金として定めることについては、同条第9項後段の規定は、適用しない」
前述のように、地方自治法第244条の2第9項の「後段」には、「指定管理者は、あらかじめ当該利用料金について当該普通地方公共団体の承認を受けなければならない」と書かれている。この部分の規定を「適用しない」ということは、つまり、水道料金についても「自治体の承認」は不要ということだ。
しかし、承認ナシの届け出だけで運営権者の料金改定が可能だとしても、その値上げ額が大きければ世論の反発は必至だ。そうなれば立場上、自治体もマスコミも傍観するわけにはいかない。当然、大幅値上げには法制度上の根拠や必然性が求められる。
そうした事態になれば契約後の事業運営に支障をきたすであろうことを、「運営権」狙いの民間企業も想定していた。それは、コンセッション契約が滞ってきた理由のひとつでもある。なんとしても水道コンセッションを推進したい政府は、これを解消しなければ先に進めなかったのである。
つまり、水道コンセッション事業を全国で広めるためには、新PFI法だけではまだ不十分だったのだ。それでは、何をどうしたか。その鍵は、地方自治法と新PFI法ではなく、「改正水道法」の条文そのものに潜んでいる。
次回で、その仕掛けをえぐり出す。
・「平成検証」改正水道法の急所(3) 安倍政権の水道民営化の根本的矛盾…運営企業の儲けのために住民に犠牲と負担を強いる’Business Journal 2019年4月12日)
文=藤野光太郎/ジャーナリスト
※●1.運営権者は「運営権対価回収」と「莫大な儲け」を想定
水道事業が公的機関から離れる場合、それが「運営権」を売買するコンセッション方式であろうが、「所有権」も移転する完全民営化であろうが、売買契約の当事者である自治体と民間企業の目的は「カネ」である。それは、「新PFI法」(PFI=プライベート・ファイナンス・イニシアティブ/民間資金等の活用による公共施設等の整備等の促進に関する法律)が公共事業の運営権を自治体から民間企業に売り渡すための“餌”として登場したことを見れば明白だ。
前回までに述べたように、自治体は水道コンセッションによる運営権対価を借金の繰上償還に充て、同時に補償金も免除される。また、運営権者が設定する高額の水道利用料金から上納分を確保し、それまでに悪化した財政を数字の上で好転させられる。もし住民の監視が不十分であれば、水道コンセッション契約期間中になんらかの問題が生じて途中解約となっても、運営権者が設定した高額料金をそのまま引き継ぐことができる。最後に割を食うのは、やはり住民だ。
ただし、自治体がその気になっても企業側にメリットがなければ契約は成立しない。運営権者が惜しみなく数十億円規模の対価を支払うのは、「運営権対価の回収」と「莫大な儲け」を想定しているからである。しかも、静岡県浜松市の下水道コンセッションに見られるように、運営権者は複数の企業連合で新設されるSPC(特別目的会社)なのだ。ただでさえ収益は分散されるため、儲けが大きくなければ元も取れず、契約する価値はない。
管路改修費などで遅かれ早かれ料金改定が必要だとしても、儲けを含まない自治体運営の料金値上げと違って、運営権者は住民から大儲けを上乗せした料金を徴収しなければビジネスは成立しない。したがって、水道コンセッション契約が住民にとって損であることは単純算数であり、小学生でも理解できる話だ。
改正水道法は今年10月1日に施行される見通しである。施行日の公表後、厚生労働省は「運営権者が経営難に陥ったり地域が災害に見舞われた場合、自治体も運営責任を分担するようなコンセッション契約の中身になることを義務づける」との方針を表明した。浅慮でコンセッション契約に歩み出す自治体は今後、真綿で首を絞められるように運営権者の利益サポート役としてがんじがらめに縛られていくのである。自治体の負担は常に財政と直結しているため、結局は住民が税金で負担させられる。給水にさまざまな問題が生じたり経営的な収支が思わしくなければ、運営権者はインフラを所有する自治体を矢面に立たせられる。
水道コンセッションを推進する政府と自治体が、国民/住民の利益を二の次にしていることは明らかである。
●2.大幅値上げ批判の「盾」となる論拠こそが改正水道法の肝
政府が水道コンセッションを全国の自治体に成約させるために新PFI法で緩和した「利用料金」の規定について、前回の記事でこう書いた。
「(4)運営権者が水道利用料金を変更する場合、あらかじめ自治体の承認を受ける必要はなく、届出でよい」
新PFI法の第18条は「条例に従って実施方針を定め」「条例には利用料金についても定めよ」と命じている。つまり、「自治体の承認は不要」でも、それが「届出のみでよい」のは、改定料金が「水道条例に基づくものであることが前提だから」である。
自治体の水道条令には料金設定の範囲が定められている。料金を含む具体的な個別契約での運営権設定は「実施方針」に基づいて作成されるが、それは水道条例に則って作成される。条例の料金上限を上回る金額設定には当然、条令改正が必要であり、条令改正は議会の承認を必要とする。
前回の記事で、最後に「……新PFI法だけではまだ不十分だった」と書いたのは、「料金上限枠を広げた条例改定案を議会が認めざるを得ないような改正水道法」が、運営権狙いの民間企業にとっては是が非でも必要だったからである。
それはつまり、こういうことだ。
前述のように、自治体は水道条例で料金の範囲等を定め、条例に則って実施方針が決められる。コンセッションの個別契約では、この実施方針に基づいて運営権が設定される。運営権者は3~5年ごとに自治体に対して水道料金の値上げを求めることができる。その見直し案を含む改定条例案が議会に提出され、その可否が議決される。
自治体が議会の承認を得て料金上限枠の範囲を大きく広げるためには、「こういう論拠によるものだから料金の範囲を広げることは法制度的になんら問題はない」と世論を一蹴し批判を門前払いできる「論拠」を準備しなければならない。法制度的な担保がなければ、自治体は料金規定の改定を断行できないのである。
したがって、大幅値上げへの反発に対する「盾」となる論拠こそが、改正水道法の「肝」だということだ。
●3.キーワードは「矛盾」「官民双方の不安の源泉」「明確に」
今、筆者の手元に2枚組の興味深いペーパーがある。記載の日付は16年8月29日。水道法とコンセッション方式に関する論点を整理したこの文書は、水道法改正に向けて厚生労働省が開いた6回目の専門委員会で配布された資料である。
端的に整理された箇条書きのメモからいくつか拾い出してみよう。
「コンセッション方式が料金徴収部分のみを地方自治法の特例としつつ、手続き自体は地方自治法に則っている以上は、これに移行しても議会手続きは残ることになる。また、水道法が事業者による利用者からの水道料金徴収の前提に認可の取得を置いている以上、水道法から認可規定を全て取り去らない限り、両法のハイブリッドは残ると考えざるを得ない(その場合、水道料金の変更は、水道法上認可となってしまうため、議会の判断と認可上の判断が矛盾することも想定しうる)」
「ハイブリッドであることを前提に、二つの仕組みの間に矛盾が存在しないと、自治体と民間事業者の双方が納得できる全体像を示す必要がある(=現状では、以下の<具体的な論点>に示すような理由で、これがないと感じられていることが官民双方の不安の源泉)」
「……料金の変更の際にも認可が必要とされている。ただ、この認可を行う上での料金原価・事業報酬の計算式、算定期間、自治体とコンセッション事業者の協調メカニズムなどが不明確であり、国は明確に示す必要があるのではないか」
「……条例で設定されている水道料金(コンセッション事業者に課されている水道料金)の上限を超えてしまう可能性があり、条例の改定を自治体や議会が認めないことが起こりうる。この場合の解決策が示されておらず、国は明確に示す必要があるのではないか」
鋭い問題提起だが、それが結果的に運営権者と政府、自治体の思惑を露呈してしまったようだ。この文書のキーワードは「矛盾」「官民双方の不安の源泉」「明確に」である。つまり「今のままだと提示したような矛盾が残り、法的・制度的に整合性がないため、官民いずれもコンセッション契約に二の足を踏む。政府はこの点をどうにかしなさい」という要求だ。
提出委員は「浜松市水道事業官民連携検討調査」も担当した日本経済研究所の幹部社員である。コンセッション狙いの民間企業にくすぶる「不安」を代弁するこうした要求が厚労省傘下の会議で着々と積み重ねられた結果、次のような方向に結論が誘導されていった。
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民間企業が水道事業の運営に関わることを前提にした「料金原価の算定方法」を検討すべきではないか
(主な意見)
・水道料金の設定について、一定のルールの「明確」化が、将来民間事業者が参入するためには重要。
・「資産維持費」の会計上の取扱いを明確にしてほしい。利益として計上されると、納税の必要が生じる。
※カギカッコは筆者
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水道事業を民間企業に委ねた世界各国で「水質・供給・料金」が惨憺たる状況に陥った数多の事実を知るからこそ、国内には改正水道法に対する「不安」が募った。それに対して政府は「まぁまぁ、そんなに心配しなくても大丈夫ですから」と適当にあしらう一方で、儲けを期待して運営権を買収する民間企業の「不安」は優先して解消したということだ。
それでは、運営権者の「不安」を解消するため、安倍内閣と官庁上層部の期待にこたえて、官僚の冴えた国語はどう発揮されたか。
それは、たった1カ所である。次回、その中身を見ていきたい。
・「平成検証」改正水道法の急所(4)安倍政権の水道民営化、運営企業の「利益」「株主配当」のために料金値上げも…改正法の罪(Business Journal 2019年4月13日)
文=藤野光太郎/ジャーナリスト
※4.改正水道法第14条第2項の1に追記挿入された文言の意味
料金決定に関する根拠法は水道法第14条の「供給規定」だ。同条には「前項の供給規程は、次の各号に掲げる要件に適合するものでなければならない」と前置きし、旧水道法では同条第2項の1で次のように規定していた。
「料金が、能率的な経営の下における適正な原価に照らし公正妥当なものであること」
この条文が、改正水道法では次のように変更されている。
「料金が、能率的な経営の下における適正な原価に照らし、健全な経営を確保することができる公正妥当なものであること」
条文中の「能率的な」も「健全な」も、油断するとなんでもなさそうな常套句に読める。そのため、改正水道法を議論した国会質疑や報道のすべてがここを読み飛ばしてしまい、同法の急所は隠されたまま法案は強行採決された。条文を自ら精査せず、官僚の要点レクチャーだけで記事を書けば、当然、行政権力の掌で踊ることになる。
良くも悪くも、法令の条文は句読点の位置まで周到に配置されているものだ。ましてや「用語」ともなればなおさらである。そもそも政府提出法案は、自分たちのバイブルである法律の条文を自らがつくるわけだから、それを実際に運用する官僚自身の解釈が最適解となるようにできている。
ここで追記挿入された「健全な経営を確保することができる」とは何か。
一般に「能率的な経営」とは「無駄のない経営」だが、「健全な経営」とは「堅実で危なげがない経営」という意味である。換言すれば、「無駄のない経営」は「コスト抑制の奨励」が目的、「堅実で危なげがない経営」は「利幅を広げた余裕の承認」が目的ということだ。
水道コンセッション事業の運営権者にとって、この「余裕」となる利益の源泉が、前掲の「資産維持費」なるコストである。資産維持費の算式は、公益社団法人日本水道協会の「水道料金算定要領」に掲示されている。
資産維持費=対象資産×資産維持率
資産維持率とは、施設設備の更新や再構築に要する費用を確保できる水準として割り出されたもので、08年の水道料金算定要領改定時に「標準3%」が設定されていた。
公共の資産は適切に維持されねばならず、そのための財政措置を講じるのは当然だ。ところが、これまでは自治体の水道事業で改修費等を算入した資産維持費を総括原価計算に組み入れてこなかった例が多い。
本連載の1回目で「将来の設備投資としてそのコスト試算を組み込んでこなかったのはなぜか」と問うたのはそのことだ。理由は、自治体が「水道条例の料金規定枠を広げれば議会で紛糾するだろうし、住民の反発を招けば選挙にも響くから」といった政治的思惑で腰が引け、行政者としての適時適切な条例改正を怠ってきたからである。
そうであれば、水道コンセッション契約を進めようとする自治体の無責任ぶりが露呈する。これまで述べてきたように、管路改修が迫る今後の水道事業には莫大な費用が見込まれている。営利目的で名乗り出る民間企業(運営権者)が自治体に料金引き上げを迫らないはずはなく、長期契約でいずれ人材と運営ノウハウを失っていく自治体は交渉力も漸減し、運営権者の言いなりになりがちだ。
何度も述べてきたように、自治体が自ら運営すれば利益なしの料金改定で済むにもかかわらず、営利優先で複数企業が山分けできるような儲けを料金に上乗せされる水道コンセッションへと踏み出すのであれば、そういう自治体は住民の将来を度外視していると批判されても仕方がないからだ。
5.料金高騰の水道条例を議会で通すための“公明正大”な論拠
この上乗せ分をコストから計上する会計方法が、電気・ガス・水道など公共事業に許されている「総括原価方式」だ。算式の基本構造は、「営業費用+(支払利息+資産維持費)-営業収益」の額から給水収益を控除した額が、「料金合計」と等しくなるような仕組みである。同会計では「原価合計=料金合計」となる。
電力会社はこの会計方式を駆使し、原子力発電のコストを算入することで得た莫大なカネで「安全神話」をつくりあげた。その結果、2011年3月11日に未曽有の巨大原発事故が勃発した。筆者は8年前、それが裏工作の渉外費・接待費や広告・宣伝費などを賄うための莫大な「事業報酬」を得るために総括原価方式を“悪用”した結果であることを記事で批判した。電気事業では来年、この会計方式が撤廃される。電力各社は新たなカネの源泉を捻り出そうと、この7~8年の間にその仕掛けを画策してきた。
改正水道法の第14条に仕込まれた「健全な経営を確保する」との文言は、数年後に運営権者が「管路改修費等を資産維持費に算入して原価に組み入れた料金設定」を自治体に迫り、その水道条例を自治体が議会で通すための公明正大な法制度上の根拠となるに違いない。
実は、これを論拠として算入されそうな「原価」が、まだある。たとえば、電気事業では「配当金等」が原価算入を認められてきた。ガス事業でも「株主配当等」が同じく算入され、料金が弾き出されてきた。水道コンセッションでも同じことがなされるはずだ。
そうなれば、運営権者は自治体に、「健全な経営を確保する」ための新たな原価算入による新料金を迫り、自治体はその金額を勘案して料金上限を決め、その水道条例を議会に提出する。議会でも結局は条文の理屈に押されて反対質疑が尻すぼみになる。
地方自治法を骨抜きにした「新PFI法」(PFI=プライベート・ファイナンス・イニシアティブ/民間資金等の活用による公共施設等の整備等の促進に関する法律)と、堂々と料金値上げができる改正水道法の「文言挿入」で、戦後日本が「国民の水道」として築き上げてきた「水質の安全性」「供給の安定性と公平性」「料金の適正性」の3つを失うことになりかねないのだ。
改正法に反対した一部の野党も、権力の内側に堕ちて監視の嗅覚を失ったマスメディアも、このカラクリを見破れぬまま、その仕掛けに眩惑され続けたのである。
――以上が、改正水道法に仕込まれた法制度上のカラクリだ。
ところで、読者にはこういう疑問が生じないだろうか。
「それでは、なぜ政府はここまでして企業を儲けさせたいのか?」
「そもそも、政府が優遇する民間企業とはなんなのか?」
「それは結局、誰を儲けさせるための企みなのか?」
安全で廉価で安定した日本の水道を国民から奪おうとする人々は、果たして何をどうしようと計画しているのか。
平成検証シリーズ第1弾「改正水道法」の最終回は、その奥の院に分け入って、彼らの描く「絵」を白日の下に晒す。
文=藤野光太郎/ジャーナリスト
※2018年12月6日、国会で「改正水道法」が可決・成立し、同月12日に公布された。同法は公布日から1年以内に施行される。
かつて「水道民営化」で水質悪化や料金値上げなどにあえいだ諸外国は、民間企業と契約して数十年を経たのち、続々と「再公営化」に向かった。それらの失態を見聞きした日本の世論は、今回の法改正が「水道民営化への扉を開く」と反発したが、安倍晋三内閣は「そもそも民営化ではない。水道管の老朽化対策には官民連携による民間資金の活用が必要」と押し通し、法案を強行採決した。
実は、改正水道法の条文にはカラクリがある。本稿では、ほかの周辺法や制度と連動して仕込まれた法改正の急所と狙いを、懸念される「民営化」や「外資支配」の虚実とともに数回に分けて明らかにする。
厚労省が「すべての管路改修に130年」と試算
日本の水道普及率は97.9%。管路(水道管)の総延長距離は地球16周分の66万㎞。有収水量は1日で約3600万立法メートル(厚生労働省が17年にまとめた資料より抜粋。以下同。「有収水量=料金徴収対象の水量」は15年実績)。その水質は極めて高く、水道管は原則として人が住む全国の隅々にまで行きわたり、利用料金も低額で安定している。まさしく世界に誇る水道インフラだ。
水道は水を運ぶ社会基盤である。水は空気とともに生存に直結するため、その公益性は数あるインフラのなかでもっとも高い。そのため、水道事業はこれまで個別委託を除けば「営利事業」から隔てられ、地域住民の生活を守るべき自治体などの公的主体が経営してきた。
国内で人や企業が使う水は、海水を淡水化した人工の水を除けば、水源となるダムや川から取水される。そこから導水管を通って水道用水が浄水場に運ばれるまでの供給事業数は92。浄水場から配水池へと流れ込み、配水管で各地域に送られた水が給水管を通じて利用者に届けられる。配水池から先の供給事業数は上水道が1355、簡易水道が5133。これらを担う事業体は、従来から個別業務を民間にも委託してきた。
厚労省は、水道の現状をまとめた資料で「管路の法定耐用年数は40年」「改修を要する年間更新率は全国平均で約0.75%」と報告した。この更新率で100%を割れば133.3。厚労省は「全ての管路改修を終えるまでに130年かかる」と試算している。水道事業関係者は、老朽化した水道管の改修費を1億円超/kmと見積もっている。
同資料に管路総延長中の必要更新比率が明記されているということは、国や自治体、個々の事業体が、経年劣化する管路に改修が必要なことを承知していたということだ。それにもかかわらず、将来の設備投資としてそのコスト試算を組み込んでこなかったのはなぜか。
生存に欠かせない公共サービスを財政難を理由に放り出せば、政府や自治体の存在意義は失われる。従って、その維持・管理・運営に要する予算措置は当然、最優先されねばならない。利権優先で無駄なハコモノや天下り用の特殊法人を量産したり、自国の財政事情を承知で莫大な金を国庫から海外支援にばらまいたりすれば、納税者の金が水道改修のような公益事業に回せなくなるのは自明の理だ。
麻生太郎の「日本の水道は民営化します!」発言
18年暮れに成立した改正水道法は、サービスの劣化を招く民営化につながるとの強い批判を浴びた。しかし、安倍内閣は「改正水道法は民営化などではなくコンセッション方式である」「民間企業のノウハウを活用してコストダウンすれば水道料金が抑えられるし、老朽化した水道管の改修費も出てくる」として世論の批判を一蹴し、法案を強行採決した。
コンセッション方式とは、自治体などの公的主体が公共施設を所有したまま、料金収受業務を含む包括的な「運営権」を企業に売却する仕組みだ。東日本大震災が勃発した11年、「改正PFI法」(PFI=プライベート・ファイナンス・イニシアティブ/民間資金等の活用による公共施設等の整備等の促進に関する法律)が成立し、コンセッション方式による契約が実施可能となった。
政府は水道民営化を否定する。だが、この改正PFI法(以降、本稿では便宜上「旧PFI法」と呼称する)を法的根拠とする水道事業のコンセッション契約は、運営だけでなく施設も売却する「完全民営化」にもっとも近く、それは「事実上の民営化」である。
なぜなら、施設所有権が自治体に残されても、運営権を長期的・包括的に握る民間企業が日常的にもろもろを決定すれば、それは実態としての「経営」そのものだからだ。検針や浄水場管理など個別業務の委託は従来から行われてきたが、コンセッション方式はまったく次元の異なるものなのである。
改正水道法への反対世論には、再公営化する海外の経過を見て「日本の水も民営化で外資に支配されるのではないか」との不安が含まれていた。その不安を煽った張本人が、安倍内閣で金融担当の内閣府特命担当大臣や財務大臣など要職を担う麻生太郎副総理である。
すでに広く知られた麻生氏の発言「日本の水道は民営化します!」は、改正水道法の狙いを検証する上で欠かせないトピックでもある。講演の前段も加えて、ここで正確に再録しておこう。
13年4月19日(米国東部時間)、米国本拠の民間シンクタンク「戦略国際問題研究所(CSIS)」の会見に登壇した麻生氏は、満面の笑顔で開口一番「麻生太郎です。私も戻ってきました!」とあいさつし、米国産業が関心を抱きそうな日本のさまざまな市場について“報告”した。講演後、質疑応答の後半で麻生氏が得意げに宣言したのが水道民営化である。以下は、そのときの発言を文字に起こしたものだ(用語の重複や接続詞は筆者が一部加工。それ以外の名詞や数字などは原文ママ)。
「……水道とかいうものは、世界中ほとんどプライベートの会社が運営しておられますが、日本では自治省以外では扱うことはできません。水道料金を99.99%回収するシステムを持っている国は日本の水道会社以外にはありませんけれども、この水道はすべて、国営もしくは市営、町営でできていて、こういったものをすべて民営化します! いわゆる公設民営などもアイデアとして上がってきつつあります」
講演冒頭の「戻ってきた」が「米国に」なのか「CSISに」なのかはよくわからないが、それはある意味で、質疑応答で洩らした「民営化宣言」以上に衝撃的だと受け取る国民も少なくないのではないか。
水メジャーの仏ヴェオリアがすでに日本進出
水道の分野でコンセッション方式による国内初となった成約事例が、静岡県浜松市とフランスのヴェオリア社を代表とする6社連合(ヴェオリア・ジャパン、ヴェオリア・ジェネッツ、JFEエンジニアリング、オリックス、須山建設、東急建設)の特別目的会社HWS(浜松ウォーターシンフォニー)との「下水道コンセッション」である。
HWSが運営するのは、浜松市内で下水5割を処理する終末処理場の西遠浄化センターやポンプ場など。契約書に記載された契約期間は17年10月30日から38年3月31日の約20年間。同市と運営権者HWSが合意すれば、最長で43年3月31日まで延長される。期間中に同市が得る運営権対価は25億円だ。
仏ヴェオリア社は、周知のように「水メジャー」として知られるフランス本拠の多国籍巨大企業。水処理では世界最大手だ。同社のような水メジャーの多くは欧米本拠である。麻生講演の質疑応答で、隣に座る米CSIS日本幹部を気にしながら麻生氏が「戻ってきて報告した面々」は、同社をはじめとして日本の水道インフラ市場に業務委託その他のかたちですでに広く深く潜り込んでいる。
今年1月18日現在、水道コンセッションの成約事例は浜松市の下水道だけだが、旧PFI法で水道コンセッションが広がらなかったことにいらだっていた政府は、その内容をさらに強化した改正PFI法を18年6月に成立させ、同年10月1日に施行している(以降、こちらは「新PFI法」と呼称する)。今回の改正水道法が成立したのは、この新PFI法成立の2カ月後である。
新旧のPFI法を並べて照合すると、水道事業の運営権売買を検討する自治体と民間企業に対して、そのコンセッション契約を急増させるための強力な変更点が2つ盛り込まれている。ただし、あらかじめお伝えしておくが、本稿で指摘しようとしている問題は新PFI法で変更された事柄だけではない。
次回、改正水道法が新PFI法を含むほかの法律や制度とどのように関連しているかを、条文から拾い出して具体的に検証する。各々の条文が互いにリレーし合い、関連付けた「法の整合性」にこそ、改正水道法の本当の狙いが潜んでいるからである。
・「平成検証」改正水道法の急所(2)【水道民営化】安倍政権、自治体・議会の承認なしで運営権売却&料金値上げ可能に(Business Journal 2019年3月12日)
文=藤野光太郎/ジャーナリスト
※1.官僚が「法律をわかりにくくする」ことに頭脳全開
公務は法に則って行われる。従って、官僚のバイブルは法律である。国家公務員たる官僚が法に外れたことをすれば、いずれ問題が起きて、それが露呈すれば責任を問われる。そのため、もし官僚が政治家や民間企業に協調・結託し、あるいは忖度して、その法案づくりや行政行為が国民に不利益なことを承知でそれに加担しようとすれば、その行為に「合法性を担保するための“逃げ道”」をあらかじめ用意しようとする。
2月2日付記事『安倍政権、強硬に水道の事実上完全民営化を進める背景…“外資支配”に貢献する麻生太郎副総理』で、改正水道法の本当の狙いは、周辺法と相互に関連づけられた「法の整合性」にこそ潜んでいる、と書いた。それは、閣法をはじめとする政府主導法案のほとんどがマスコミにも国民にも「できるだけわかりにくく複雑にして国会に提出されがち」だからである。記者クラブで政治・行政の権力と馴れ合いが恒常化し鈍感になってしまったマスコミへの官僚レクチャーに、そうした“肝”の部分をあらかじめ意図的に外したものが多いことは、関係報道と事象の推移を併せ読めば容易に察しがつく。
当然、改正水道法もその例外ではない。しかも、情報の隠蔽・改竄・偽造・捏造が国内外に広く知れわたる安倍晋三政権の閣法である。指示を明示されたり暗示されたりした官僚は保身を優先し、己が持てる“能力”を発揮して「わかりにくくする」ことに頭脳全開となりがちだ。上司や官邸の期待にこたえて一目置かれなければ霞が関では昇進できないし、将来のよりよい天下り先も準備できないからである。
そのため、国民の疑念や批判をあらかじめ回避するための作文力と編集力が法案の隅々にまで冴えわたる。冴えわたった結果、問題の所在はマスコミにも国民にも見えなくなる。身も蓋もない話だが、法令がそのような意図と目的でつくられることは決して少なくない。
2.コンセッションによるインセンティブと規制緩和
さて、前回の続きである。
2018年10月に施行された「新PFI法」(PFI=プライベート・ファイナンス・イニシアティブ/民間資金等の活用による公共施設等の整備等の促進に関する法律)には、自治体に対する2つのインセンティブと手続き上の緩和規定が盛り込まれている。自治体が民間企業に「水道事業の運営権を売却するコンセッション契約」を急増させるため、同法には「3つの変更」が盛り込まれた。
ひとつ目は「自治体向けのインセンティブ=(1)と(2)」、2つ目は「運営権の移転手続きの緩和推進=(3)」、3つ目は「料金改定に関する規定の緩和=(4)」である。条文の解説で話がややこしくなりそうなので、水道事業の「運営権売却」を煽るために新PFI法が緩和した事柄を、旧法の一部も含めて以下、先に要約列挙しておこう。
(1)コンセッション契約で自治体は運営権対価を繰上償還に充てることができる。
(2)その繰上償還時に発生していた補償金の支払いは免除される。
(3)条例で決めておけば、自治体は議決なしで指定管理者に運営権を移転でき、議会に対しては事後報告のみでよい。
(4)運営権者が水道利用料金を変更する場合、あらかじめ自治体の承認を受ける必要はなく、届出でよい。
前回触れたように、改正水道法の施行は公布日である18年12月12日から1年以内だが、新PFI法の全面施行はその約2カ月前の18年10月1日。さらに2カ月を遡る同年8月1日、「自治体向けのインセンティブ=(1)と(2)」が先行して施行された。
3.「運営権対価による繰上償還」と「補償金の免除」
多くの地方自治体には、上下水道事業などインフラの整備財源として地方債が発行されている。地方債は原則として、交通・ガス・水道など公営事業の資金調達時に発行可能な財源であることが地方財政法の第5条に規定されている。それに充てられる公的資金として、財政融資資金(財投)と地方公共団体金融機構資金がある。
新PFI法の施行前は、自治体が財投の元金を繰上償還する際、別途「補償金」を支払わねばならなかった。自治体が借入金を一括で返済してしまえば、国は得られるはずの金利を失ってしまうからだ。
これについて、新PFI法は附則第4条「水道事業等に係る旧資金運用部資金等の繰上償還に係る措置」の第3項でこう記載した。
「……政府は、繰上償還に応ずるために必要な金銭として対象貸付金の元金償還金以外の金銭を受領しないものとする」
国を挙げて水道の運営権売却を煽るため、同規定は自治体が得る運営権対価を繰上償還に充当することを認め、しかも、その「補償金」支払いを条件付きで「免除」したのである。
安倍政権は、オリンピック閉幕後の2年先までにコンセッション事業が生み出す市場目標額7兆円を公言している。自治体が繰上償還を申し出る期限はその約2年以内。「水道の将来に対する世論の不安など無視して、さっさと水道コンセッション契約に邁進しなければ、出口のない自治体の財政負担は消えないぞ」というわけだ。
政府が期限を切って申請をいったん締め切るのは運営権者を守るためだが、経緯と理由、そして、そもそもの目的は回を追って後述する。首長からの上意下達でコンセッション契約に向かわされる自治体の担当部署は、足下を見た政府に追い立てられ、想定される契約上の不利を曖昧にしたまま水道コンセッションの研究や前交渉に没頭している。
4.「運営権」移転手続きに議決が不要と念押し
「運営権の移転手続きの緩和推進=(3)」と「料金改定に関する規定の緩和=(4)」は少し複雑で巧妙だ。水道法改正前の昨秋、筆者は同席した全国紙の記者から「議会が承認しなければ運営権の売却も料金改定もできないはずでしょ」と反論されて驚いたことがあった。記者が誤解していた原因は、旧PFI法から新PFI法への改正で関連法と巧妙につながれた条文を読み切れていなかったせいである。「地方自治法」「新PFI法」「改正水道法」などを照合すれば、コンセッション推進の執拗さと巧妙さがよくわかる。
まずは「運営権の移転手続きの緩和推進=(3)」に見られる執拗さだ。
地方自治法の第244条の2第6項は、自治体が管理者を指定する場合、「あらかじめ、当該普通地方公共団体の議会の議決を経なければならない」と規定している。PFI法は旧法第26条第2項で「許可を受けなければ、移転することができない」としつつ、第4項で「ただし、条例に特別の定めがある場合は、この限りでない」とすでに解禁していた。
新PFI法では、ここにわざわざ第5項を追加挿入し、次のように記述している。
「同項(筆者注:地方自治法第244条の2第6項)中『ならない』とあるのは、『ならない。ただし、第3項の条例に特別の定めがある場合は、この限りでないものとし、この場合には、当該普通地方公共団体の長は、指定管理者の指定後遅滞なく、当該指定について当該議会に報告しなければならない』とする」
面倒な言い回しだが、この「第3項」とは「条例で定めよ」である。運営権の移転手続きを厳しく「報告しなければならない」と装っているが、これは旧法の第26条第4項で解禁していた「議決不要」を、新法の同条に追記した第5項で執拗に再規定したものだ。まとめて平たく意訳すれば、こういうことである。
「自治体が公的施設の管理者を指定する場合、議会の議決が必要だと地方自治法では定められているが、旧PFI法の第26条第4項で条例に特別規定があれば問題ナシとしている。この点について、新PFI法で第5項を追加し、議会には『報告だけでよい』と念入りに規定した」――だから、自治体は公共施設の運営権売却にもっと拍車をかけたまえ、ということだ。
新旧PFI法が「議会承認も不要」として自治体に「これでもか」と執拗に促す移転手続きの緩和は、住民の承認も不要であることを意味している。住民は「水道を運営しているのは自治体だから安心」と思い込みがちだが、今後は自治体行政を監視する議会も、それを知るのは指定後ということになる。国民に対する水の供給を「民間には任せず公的主体が責任を持つ」ために、「水道法」を「水道事業法」としなかった立法時の理念を、新PFI法は苦もなく毀損し、骨抜きにしたのである。
5.水道料金改定の自治体に対する事前承認は不要
しかし、実はこれら以上に問題なのが、新PFI法に盛り込まれた「料金改定に関する規定の緩和=(4)」である。
地方自治法は、第244条の2第9項でこのように定めている。
「利用料金は…(略)…指定管理者が定めるものとする」「指定管理者は、あらかじめ当該利用料金について当該普通地方公共団体の承認を受けなければならない」
これに基づいて、旧PFI法では第23条第2項でこう規定していた。
「利用料金は、実施方針に従い、公共施設等運営権者が定めるものとする。この場合において、公共施設等運営権者は、あらかじめ、当該利用料金を公共施設等の管理者等に届け出なければならない」
ところが、新PFI法にはその第23条に、次のような規定が第3項として追加挿入されている。
「……前項の規定により定められた…(略)…利用料金に関する事項に適合し、かつ、当該公共施設等の利用料金を当該公の施設に係る同法第244条の2第8項の場合における利用料金として定めることが同条第9項の条例の定めるところに適合するときは、当該公共施設等の利用料金を当該公の施設に係る同条第8項の場合における利用料金として定めることについては、同条第9項後段の規定は、適用しない」
前述のように、地方自治法第244条の2第9項の「後段」には、「指定管理者は、あらかじめ当該利用料金について当該普通地方公共団体の承認を受けなければならない」と書かれている。この部分の規定を「適用しない」ということは、つまり、水道料金についても「自治体の承認」は不要ということだ。
しかし、承認ナシの届け出だけで運営権者の料金改定が可能だとしても、その値上げ額が大きければ世論の反発は必至だ。そうなれば立場上、自治体もマスコミも傍観するわけにはいかない。当然、大幅値上げには法制度上の根拠や必然性が求められる。
そうした事態になれば契約後の事業運営に支障をきたすであろうことを、「運営権」狙いの民間企業も想定していた。それは、コンセッション契約が滞ってきた理由のひとつでもある。なんとしても水道コンセッションを推進したい政府は、これを解消しなければ先に進めなかったのである。
つまり、水道コンセッション事業を全国で広めるためには、新PFI法だけではまだ不十分だったのだ。それでは、何をどうしたか。その鍵は、地方自治法と新PFI法ではなく、「改正水道法」の条文そのものに潜んでいる。
次回で、その仕掛けをえぐり出す。
・「平成検証」改正水道法の急所(3) 安倍政権の水道民営化の根本的矛盾…運営企業の儲けのために住民に犠牲と負担を強いる’Business Journal 2019年4月12日)
文=藤野光太郎/ジャーナリスト
※●1.運営権者は「運営権対価回収」と「莫大な儲け」を想定
水道事業が公的機関から離れる場合、それが「運営権」を売買するコンセッション方式であろうが、「所有権」も移転する完全民営化であろうが、売買契約の当事者である自治体と民間企業の目的は「カネ」である。それは、「新PFI法」(PFI=プライベート・ファイナンス・イニシアティブ/民間資金等の活用による公共施設等の整備等の促進に関する法律)が公共事業の運営権を自治体から民間企業に売り渡すための“餌”として登場したことを見れば明白だ。
前回までに述べたように、自治体は水道コンセッションによる運営権対価を借金の繰上償還に充て、同時に補償金も免除される。また、運営権者が設定する高額の水道利用料金から上納分を確保し、それまでに悪化した財政を数字の上で好転させられる。もし住民の監視が不十分であれば、水道コンセッション契約期間中になんらかの問題が生じて途中解約となっても、運営権者が設定した高額料金をそのまま引き継ぐことができる。最後に割を食うのは、やはり住民だ。
ただし、自治体がその気になっても企業側にメリットがなければ契約は成立しない。運営権者が惜しみなく数十億円規模の対価を支払うのは、「運営権対価の回収」と「莫大な儲け」を想定しているからである。しかも、静岡県浜松市の下水道コンセッションに見られるように、運営権者は複数の企業連合で新設されるSPC(特別目的会社)なのだ。ただでさえ収益は分散されるため、儲けが大きくなければ元も取れず、契約する価値はない。
管路改修費などで遅かれ早かれ料金改定が必要だとしても、儲けを含まない自治体運営の料金値上げと違って、運営権者は住民から大儲けを上乗せした料金を徴収しなければビジネスは成立しない。したがって、水道コンセッション契約が住民にとって損であることは単純算数であり、小学生でも理解できる話だ。
改正水道法は今年10月1日に施行される見通しである。施行日の公表後、厚生労働省は「運営権者が経営難に陥ったり地域が災害に見舞われた場合、自治体も運営責任を分担するようなコンセッション契約の中身になることを義務づける」との方針を表明した。浅慮でコンセッション契約に歩み出す自治体は今後、真綿で首を絞められるように運営権者の利益サポート役としてがんじがらめに縛られていくのである。自治体の負担は常に財政と直結しているため、結局は住民が税金で負担させられる。給水にさまざまな問題が生じたり経営的な収支が思わしくなければ、運営権者はインフラを所有する自治体を矢面に立たせられる。
水道コンセッションを推進する政府と自治体が、国民/住民の利益を二の次にしていることは明らかである。
●2.大幅値上げ批判の「盾」となる論拠こそが改正水道法の肝
政府が水道コンセッションを全国の自治体に成約させるために新PFI法で緩和した「利用料金」の規定について、前回の記事でこう書いた。
「(4)運営権者が水道利用料金を変更する場合、あらかじめ自治体の承認を受ける必要はなく、届出でよい」
新PFI法の第18条は「条例に従って実施方針を定め」「条例には利用料金についても定めよ」と命じている。つまり、「自治体の承認は不要」でも、それが「届出のみでよい」のは、改定料金が「水道条例に基づくものであることが前提だから」である。
自治体の水道条令には料金設定の範囲が定められている。料金を含む具体的な個別契約での運営権設定は「実施方針」に基づいて作成されるが、それは水道条例に則って作成される。条例の料金上限を上回る金額設定には当然、条令改正が必要であり、条令改正は議会の承認を必要とする。
前回の記事で、最後に「……新PFI法だけではまだ不十分だった」と書いたのは、「料金上限枠を広げた条例改定案を議会が認めざるを得ないような改正水道法」が、運営権狙いの民間企業にとっては是が非でも必要だったからである。
それはつまり、こういうことだ。
前述のように、自治体は水道条例で料金の範囲等を定め、条例に則って実施方針が決められる。コンセッションの個別契約では、この実施方針に基づいて運営権が設定される。運営権者は3~5年ごとに自治体に対して水道料金の値上げを求めることができる。その見直し案を含む改定条例案が議会に提出され、その可否が議決される。
自治体が議会の承認を得て料金上限枠の範囲を大きく広げるためには、「こういう論拠によるものだから料金の範囲を広げることは法制度的になんら問題はない」と世論を一蹴し批判を門前払いできる「論拠」を準備しなければならない。法制度的な担保がなければ、自治体は料金規定の改定を断行できないのである。
したがって、大幅値上げへの反発に対する「盾」となる論拠こそが、改正水道法の「肝」だということだ。
●3.キーワードは「矛盾」「官民双方の不安の源泉」「明確に」
今、筆者の手元に2枚組の興味深いペーパーがある。記載の日付は16年8月29日。水道法とコンセッション方式に関する論点を整理したこの文書は、水道法改正に向けて厚生労働省が開いた6回目の専門委員会で配布された資料である。
端的に整理された箇条書きのメモからいくつか拾い出してみよう。
「コンセッション方式が料金徴収部分のみを地方自治法の特例としつつ、手続き自体は地方自治法に則っている以上は、これに移行しても議会手続きは残ることになる。また、水道法が事業者による利用者からの水道料金徴収の前提に認可の取得を置いている以上、水道法から認可規定を全て取り去らない限り、両法のハイブリッドは残ると考えざるを得ない(その場合、水道料金の変更は、水道法上認可となってしまうため、議会の判断と認可上の判断が矛盾することも想定しうる)」
「ハイブリッドであることを前提に、二つの仕組みの間に矛盾が存在しないと、自治体と民間事業者の双方が納得できる全体像を示す必要がある(=現状では、以下の<具体的な論点>に示すような理由で、これがないと感じられていることが官民双方の不安の源泉)」
「……料金の変更の際にも認可が必要とされている。ただ、この認可を行う上での料金原価・事業報酬の計算式、算定期間、自治体とコンセッション事業者の協調メカニズムなどが不明確であり、国は明確に示す必要があるのではないか」
「……条例で設定されている水道料金(コンセッション事業者に課されている水道料金)の上限を超えてしまう可能性があり、条例の改定を自治体や議会が認めないことが起こりうる。この場合の解決策が示されておらず、国は明確に示す必要があるのではないか」
鋭い問題提起だが、それが結果的に運営権者と政府、自治体の思惑を露呈してしまったようだ。この文書のキーワードは「矛盾」「官民双方の不安の源泉」「明確に」である。つまり「今のままだと提示したような矛盾が残り、法的・制度的に整合性がないため、官民いずれもコンセッション契約に二の足を踏む。政府はこの点をどうにかしなさい」という要求だ。
提出委員は「浜松市水道事業官民連携検討調査」も担当した日本経済研究所の幹部社員である。コンセッション狙いの民間企業にくすぶる「不安」を代弁するこうした要求が厚労省傘下の会議で着々と積み重ねられた結果、次のような方向に結論が誘導されていった。
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民間企業が水道事業の運営に関わることを前提にした「料金原価の算定方法」を検討すべきではないか
(主な意見)
・水道料金の設定について、一定のルールの「明確」化が、将来民間事業者が参入するためには重要。
・「資産維持費」の会計上の取扱いを明確にしてほしい。利益として計上されると、納税の必要が生じる。
※カギカッコは筆者
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水道事業を民間企業に委ねた世界各国で「水質・供給・料金」が惨憺たる状況に陥った数多の事実を知るからこそ、国内には改正水道法に対する「不安」が募った。それに対して政府は「まぁまぁ、そんなに心配しなくても大丈夫ですから」と適当にあしらう一方で、儲けを期待して運営権を買収する民間企業の「不安」は優先して解消したということだ。
それでは、運営権者の「不安」を解消するため、安倍内閣と官庁上層部の期待にこたえて、官僚の冴えた国語はどう発揮されたか。
それは、たった1カ所である。次回、その中身を見ていきたい。
・「平成検証」改正水道法の急所(4)安倍政権の水道民営化、運営企業の「利益」「株主配当」のために料金値上げも…改正法の罪(Business Journal 2019年4月13日)
文=藤野光太郎/ジャーナリスト
※4.改正水道法第14条第2項の1に追記挿入された文言の意味
料金決定に関する根拠法は水道法第14条の「供給規定」だ。同条には「前項の供給規程は、次の各号に掲げる要件に適合するものでなければならない」と前置きし、旧水道法では同条第2項の1で次のように規定していた。
「料金が、能率的な経営の下における適正な原価に照らし公正妥当なものであること」
この条文が、改正水道法では次のように変更されている。
「料金が、能率的な経営の下における適正な原価に照らし、健全な経営を確保することができる公正妥当なものであること」
条文中の「能率的な」も「健全な」も、油断するとなんでもなさそうな常套句に読める。そのため、改正水道法を議論した国会質疑や報道のすべてがここを読み飛ばしてしまい、同法の急所は隠されたまま法案は強行採決された。条文を自ら精査せず、官僚の要点レクチャーだけで記事を書けば、当然、行政権力の掌で踊ることになる。
良くも悪くも、法令の条文は句読点の位置まで周到に配置されているものだ。ましてや「用語」ともなればなおさらである。そもそも政府提出法案は、自分たちのバイブルである法律の条文を自らがつくるわけだから、それを実際に運用する官僚自身の解釈が最適解となるようにできている。
ここで追記挿入された「健全な経営を確保することができる」とは何か。
一般に「能率的な経営」とは「無駄のない経営」だが、「健全な経営」とは「堅実で危なげがない経営」という意味である。換言すれば、「無駄のない経営」は「コスト抑制の奨励」が目的、「堅実で危なげがない経営」は「利幅を広げた余裕の承認」が目的ということだ。
水道コンセッション事業の運営権者にとって、この「余裕」となる利益の源泉が、前掲の「資産維持費」なるコストである。資産維持費の算式は、公益社団法人日本水道協会の「水道料金算定要領」に掲示されている。
資産維持費=対象資産×資産維持率
資産維持率とは、施設設備の更新や再構築に要する費用を確保できる水準として割り出されたもので、08年の水道料金算定要領改定時に「標準3%」が設定されていた。
公共の資産は適切に維持されねばならず、そのための財政措置を講じるのは当然だ。ところが、これまでは自治体の水道事業で改修費等を算入した資産維持費を総括原価計算に組み入れてこなかった例が多い。
本連載の1回目で「将来の設備投資としてそのコスト試算を組み込んでこなかったのはなぜか」と問うたのはそのことだ。理由は、自治体が「水道条例の料金規定枠を広げれば議会で紛糾するだろうし、住民の反発を招けば選挙にも響くから」といった政治的思惑で腰が引け、行政者としての適時適切な条例改正を怠ってきたからである。
そうであれば、水道コンセッション契約を進めようとする自治体の無責任ぶりが露呈する。これまで述べてきたように、管路改修が迫る今後の水道事業には莫大な費用が見込まれている。営利目的で名乗り出る民間企業(運営権者)が自治体に料金引き上げを迫らないはずはなく、長期契約でいずれ人材と運営ノウハウを失っていく自治体は交渉力も漸減し、運営権者の言いなりになりがちだ。
何度も述べてきたように、自治体が自ら運営すれば利益なしの料金改定で済むにもかかわらず、営利優先で複数企業が山分けできるような儲けを料金に上乗せされる水道コンセッションへと踏み出すのであれば、そういう自治体は住民の将来を度外視していると批判されても仕方がないからだ。
5.料金高騰の水道条例を議会で通すための“公明正大”な論拠
この上乗せ分をコストから計上する会計方法が、電気・ガス・水道など公共事業に許されている「総括原価方式」だ。算式の基本構造は、「営業費用+(支払利息+資産維持費)-営業収益」の額から給水収益を控除した額が、「料金合計」と等しくなるような仕組みである。同会計では「原価合計=料金合計」となる。
電力会社はこの会計方式を駆使し、原子力発電のコストを算入することで得た莫大なカネで「安全神話」をつくりあげた。その結果、2011年3月11日に未曽有の巨大原発事故が勃発した。筆者は8年前、それが裏工作の渉外費・接待費や広告・宣伝費などを賄うための莫大な「事業報酬」を得るために総括原価方式を“悪用”した結果であることを記事で批判した。電気事業では来年、この会計方式が撤廃される。電力各社は新たなカネの源泉を捻り出そうと、この7~8年の間にその仕掛けを画策してきた。
改正水道法の第14条に仕込まれた「健全な経営を確保する」との文言は、数年後に運営権者が「管路改修費等を資産維持費に算入して原価に組み入れた料金設定」を自治体に迫り、その水道条例を自治体が議会で通すための公明正大な法制度上の根拠となるに違いない。
実は、これを論拠として算入されそうな「原価」が、まだある。たとえば、電気事業では「配当金等」が原価算入を認められてきた。ガス事業でも「株主配当等」が同じく算入され、料金が弾き出されてきた。水道コンセッションでも同じことがなされるはずだ。
そうなれば、運営権者は自治体に、「健全な経営を確保する」ための新たな原価算入による新料金を迫り、自治体はその金額を勘案して料金上限を決め、その水道条例を議会に提出する。議会でも結局は条文の理屈に押されて反対質疑が尻すぼみになる。
地方自治法を骨抜きにした「新PFI法」(PFI=プライベート・ファイナンス・イニシアティブ/民間資金等の活用による公共施設等の整備等の促進に関する法律)と、堂々と料金値上げができる改正水道法の「文言挿入」で、戦後日本が「国民の水道」として築き上げてきた「水質の安全性」「供給の安定性と公平性」「料金の適正性」の3つを失うことになりかねないのだ。
改正法に反対した一部の野党も、権力の内側に堕ちて監視の嗅覚を失ったマスメディアも、このカラクリを見破れぬまま、その仕掛けに眩惑され続けたのである。
――以上が、改正水道法に仕込まれた法制度上のカラクリだ。
ところで、読者にはこういう疑問が生じないだろうか。
「それでは、なぜ政府はここまでして企業を儲けさせたいのか?」
「そもそも、政府が優遇する民間企業とはなんなのか?」
「それは結局、誰を儲けさせるための企みなのか?」
安全で廉価で安定した日本の水道を国民から奪おうとする人々は、果たして何をどうしようと計画しているのか。
平成検証シリーズ第1弾「改正水道法」の最終回は、その奥の院に分け入って、彼らの描く「絵」を白日の下に晒す。