日刊ゲンダイDIGITAL連載「「お友達」便宜供与の実態」シリーズ

鈴木宣弘東京大学教授
1958年、三重県生まれ。82年東大農学部卒。農水省、九州大学教授を経て、06年から東大教授。専門は農業経済学。「食の戦争」(文芸春秋)、「悪夢の食卓」(角川書店)など著書多数。

・ 根っこは同じ 規制緩和は国家の私物化、TPPは世界の私物化(日刊ゲンダイDIGITAL 2018年8月7日)

※規制緩和や自由貿易のキーワードは、最近はやりの「お友達」。すべては政権や政治家の「お友達」を儲けさせるための企てだ。

米国の共和党・ハッチ議員が2年ほどで5億円もの献金を製薬会社などから受け取り、「患者さんが死んだって、自分たちが儲かるルールを世界に広げたい」という製薬会社の思いに応えようと、新薬のデータ保護期間を延長する(ジェネリック医薬品を阻止する)ルールを求めた。

このように、グローバル企業である「お友達」が儲られるルールをアジア・太平洋地域に広げる“便宜供与”が、TPP(環太平洋連携協定)の本質なのである。

それは日本のグローバル企業にとっても同じこと。アジアへの直接投資を増やすことで企業(経営陣と株主)の利益は増えるものの、現地の人は安く働かされる。同時に、仕事が減った国内の労働者も安い賃金で働くか失業するしかない。

国内の規制改革も同じ構図にある。農業の国家戦略特区もそうだが、まず「今だけ、金だけ、自分だけ」の儲けたい日米の「お友達」企業が最初から決まっていて、その人たちに一部だけルールを破らせてあげて、儲けられるよう便宜供与する。こういうことを繰り返している。

だから国内の規制緩和というのはまさに国家の私物化。TPPのような国際ルール変更は世界の私物化だ。国民の99%がおかしいと思っていても、政治は結局、1%の「お友達」と結びついてしまう。一部メディアと研究者もムラを形成し、国民を欺いて誘導する。

米国は大統領選挙が直接選挙なので、「1%の利益のために失業と格差を広げるTPPなんてやめろ」という80%の国民世論がTPPを葬ったが、日本ではそういうことが起きていないため、お友達のための政治、99%の国民のことを考えない政治が、世界の先頭を切ってまだまだ暴走を続けている。

そうしたグローバル企業などの要求を実現する窓口が「規制改革推進会議」である。官邸の人事権の乱用で行政もそれと一体化し、国民の将来が一部の人たちの私腹を肥やすために私物化されている現状は限度を超えている。

・【農協改革】 「ウォール街」にJAマネー155兆円を献上(日刊ゲンダイDIGITAL 2018年8月8日)

※「今だけ、金だけ、自分だけ」の「3だけ主義」による国家の私物化、世界の私物化の対極に位置するのが、食と暮らしを核にした共助・共生システムである。

だから、一部に利益が集中しないように相互扶助で農家や地域住民の利益と権利を守り、命と健康、資源と環境、暮らしを守る協同組合(農協、漁協、生協、労組など)は、「3だけ主義」にとっては、目障りで存在を否定すべき障害物なのである。そこで、「既得権益」「岩盤規制」と攻撃し、ドリルで壊して市場を奪う。逆に自らの既得権益にして、私腹を肥やそうとする。

例えば、米国のウォール街は郵貯マネーに続き、貯金・共済のJAマネーも喉から手が出るほど欲しいから農協改革(=農協解体)を要請する。これが、彼らがもっともらしく主張する「対等な競争条件」要求の実態である。

農協解体の序章は郵政民営化だった。あれは、貯金と保険の郵政マネー350兆円の運用資金を米国のウォール街がどうしても欲しいと言ったから実行に移された。対等な競争条件という建前で米国から「民営化しろ」と言われて、小泉内閣の時に断行した。けれどもA社は、民営化されたかんぽ生命を見て、「これはいかん。大き過ぎるから競争したくない」とおののいた。そこで、「日本がTPPに入れてもらいたいならば、かんぽ生命はがん保険に参入しないと宣言しろ」と米国に要求され、財務大臣が「自主的に」それを宣言した。

日本の政治・行政が「自主的に」と言う時は、「米国(のグローバル企業)の言う通りに」と変換すると意味が分かる。

ただ、それだけでは済まなかった。その半年後、なんと、「全国2万局の郵便局でA社の保険を売ります」とまで言わされた。要は、全部市場をよこしたら許してやるということなのだ。

郵政マネー350兆円の次に狙われたのが、JAマネー155兆円だ。米国はこれをもらうまでは絶対に要求をやめない。だから、農協は解体してもらうという。つまり、農協改革の目的は農業所得の向上などという話ではないのだ。

規制改革推進会議の答申をよく透かして見ると、ちゃんと書いてある。まず、グローバル企業が1番目に欲しいのが155兆円、2番目に崩したいのが農協の共同販売だと。共同販売をできなくすれば、大手流通企業が農家から農産物を購入する際に、もっと買いたたけるからだ。農業機械や資材の共同購入についても崩して、大手企業がシェアを握ったら、後で価格を吊り上げる。そうすれば、農協も農家も苦しくなって潰れてしまうと考えているのだ。

でも、それでいい。なぜなら、農業に参入してみたい、政権の「お友達」の大手流通企業が控えているのだから。待っていましたとばかりに、全国で条件のいい農地だけつまみ食いして、農業に参入して、利益が得られればそれでいいじゃないかという発想。確かに、規制改革会議の答申にはその通り書いてある。

・【農業の国家戦略特区】受注は特区会議委員の関連会社が(日刊ゲンダイDIGITAL 2018年8月9日)
 
※JAマネー155兆円の収奪に農協解体。農業がグローバル企業の餌食にされる構図は、国家戦略特区も同じだ。「既存の農漁家を潰したら、そこで大手企業が自由に儲けられる」という企みの下で、ルールを破って「今だけ、金だけ、自分だけ」の特定企業に便宜供与する国家私物化の典型である。しかも、特区会議の委員の会社や関連会社が受注するという「利益相反」が公然と繰り返されている。

農業での最近の象徴的「事件」は兵庫県養父市の農業特区である。突如、大企業が農地を買うことができるようになった。その企業はどこか。社外取締役に就任しているのは誰か。政権と結びついた「利益相反」で地域を食い物にしている、とても有能な“常習犯”3人の名前が挙がる。あまりにも分かりやすすぎる。

つまり、国家戦略特区は、政権と近い特定の企業・事業体がまず決まっていて、その私益のために規制緩和の突破口の名目でルールを破って便宜供与する手段だ。自分だけに規制緩和するからおいしい。このような構造は、最近、国会で大問題となった事例のずっと前から、至るところで進んでいた。

筆者はすでに、2016年5月19日の参院内閣委員会の国家戦略特区の質疑の参考人として出席した際、「端的に申し上げれば、特区は政権と近い一部の企業の経営陣の皆さんが利益を増やせるルールを広げる突破口をつくるのが目的ですから、地方創生には逆行します」と指摘していた。

・【種子法廃止】 「グローバル種子企業」が日本を植民地化(日刊ゲンダイDIGITAL 2018年8月10日)
 
※国民の命の源の食料、その源の種。その中でも、一番の基礎食料であるコメや麦の種を守る「種子法」が今年の4月1日に廃止された。ほとんど議論もしないまま、どさくさに紛れるように採決されてしまった。

コメや麦の種。これらは国民の命の源だから、国がお金を出して県が奨励品種を育成し、それを農家に安く提供することで、農家にしっかり生産してもらい、消費者に届けることを義務付けてきた。それを突如廃止する表向きの理由は、「生産資材価格の低減」なのだが、これは嘘だとすぐわかる。良い種を安く供給するための事業を止めたら、種の値段は上がるに決まっている。現に今、民間で流通しているコメの種は県の奨励品種の10倍の価格である。

自治体に代わって、コメの種を大々的に担うのはグローバル種子企業であり、農家のためではなく、彼らのために種子法を廃止したというのが真相。それは、種子法廃止と同時に成立させた別の法律(農業競争力強化支援法)の8条の4項を見ればバレバレだ。今まで国や県の農業試験場が開発してきたコメの種とその情報を民間企業に提供しなさいと書いてある。すごいことだ。今年2月の平昌五輪の際、韓国で日本のイチゴの苗が勝手に使われていたと、あんなに問題にしたのに、コメの種は差し出せというのだ。

グローバル種子企業は“濡れ手で粟”。タダで材料をもらって、ちょっとだけ遺伝子を組み換えて、高い値段にして、「日本の農家の皆さん、これ買わないと生産できませんよ。消費者の皆さん、この遺伝子組み換えのコメを買わないと生きていけませんよ」と言えるように、わざわざ日本の政府が一生懸命お膳立てしてあげている。グローバル種子企業による日本の植民地化を手助けする“売国行為”になりかねない。

多くの県で今後も奨励品種を育成、提供する事業を継続する条例が可決されているので、売国の流れに対抗する措置として一定の効果は期待できるが、大きなネックは、グローバル種子企業への種の提供を定めた農業競争力強化支援法8条4項だ。これを執行停止にしないとダメだ。

さらには、種子法廃止に続いて「種苗法」が改定され、今後は種の自家採種が原則禁止される。どんな種も買わなくてはいけない。代々、地域の農家が自家採種してきた伝統的な種で、自分の種だと思っていても、品種登録されていなかったら自分のものではない。

農家が自身で品種登録するのは大変だから、いつの間にか、グローバル種子企業が品種登録してしまう。早い者勝ちだ。そうなると、自分の種だと思って自家採種したら、グローバル種子企業から特許侵害で損害賠償請求されてしまう。

これは、グローバル種子企業が途上国のみならず、各国で展開してきている戦略(手口)だ。今回の種苗法改定は、同様の手口を日本でも促進するための「環境整備」なのである。

・遺伝子組み換え表示】 「組み換えでない」が一掃の恐れ(日刊ゲンダイDIGITAL 2018年8月11日)

※今年3月末に、「消費者の遺伝子組み換え(GM)表示の厳格化を求める声に対応した」として、GM食品の表示厳格化の方向性が消費者庁から示された。米国の意向に逆行するようなことができるのか注目していたら、驚きの結末だった。米国はこう主張していた。

「日本のGM食品に対する義務表示は緩いから、まあよい。問題はnon―GM表示を認めていることだ。GM食品は安全だと認められているのに、そのような表示はGMが安全でないかのように消費者を誤認させる表示だからやめるべき」

消費者庁は、混入率、対象品目ともに世界的にも極めて緩い日本のGM表示義務はそのままにして、「遺伝子組み換えでない」(non―GM)という任意表示についてだけ、「不検出」(実質的に0%)の場合のみにしか表示できないよう“厳格化”しようというのである。

この厳格化案が法制化されれば、表示義務の非対象食品が非常に多い中で、可能な限りnon―GMの原材料を追求し、それを「遺伝子組み換えでない」と表示して消費者にnon―GM食品を提供しようというインセンティブが削がれ、店頭から「遺伝子組み換えでない」表示の食品は一掃される可能性がある。消費者にとっても、選択の幅は大きく狭まることになりGM食品でも何でも買わざるを得ない状況に追いやられてしまう。

これでは米国のグローバル種子企業の要求を受け入れただけの「GM非表示法」である。

日本人にもっとGM食品を浸透させたい米国のグローバル種子企業にとって邪魔になったのが、全農の子会社「全農グレイン」だ。全農グレインは遺伝子組み換えでない大豆、トウモロコシを分別輸入している。これが目障りだとグローバル種子企業と商社は考えた。

だが、全農グレインは米国のニューオーリンズに世界一の船積み施設も持っている大企業だから、むしろ買収した方が得ではないかと考えた。ところが買収できない。なぜかというと、親会社の全農が株式会社ではなく協同組合だからだ。

なんだ、簡単なことだということで、日米合同委員会という軍事関係を中心に米国からの指令が出る委員会で、「農協解体の目玉項目に全農の株式会社化を入れろ」という趣旨の指令が出された。

協同組合系の組織を株式会社化した後に買収というストーリーは、すでにオーストラリアをはじめ、いくつもの国で実証済みの手口だ。乗ったら、最後。踏ん張ることができるかの瀬戸際である。

・【漁業権開放】漁村の資源管理が混乱 生活基盤が崩壊する(日刊ゲンダイDIGITAL 2018年8月14日)

※今年5月31日、とんでもない政府の漁業「改革」方針が示された。その内容は、①これまで各漁場で生業を営む漁家の集合体としての漁協に優先的に免許されてきた漁業権の優先順位の廃止②定置・区画漁業権の個別付与③漁獲の個別割り当ての導入など。衝撃的な内容は、漁協ではなく企業に漁業権を付け替えることを狙ってのものだ。そんなことをしたらどうなるか。

「優先順位の廃止」によって、浜に生まれ、浜で暮らし、生業を営み、昔から営々と浜を守ってきた地元漁民から浜が取り上げられたら、生活基盤と漁村コミュニティーが崩壊する。筆者も、生まれたときからそこに浜があって、長年にわたってそこで生計を立て、毎日、浜を生活の場としてきた一人として強い違和感を覚える。そもそも、地元民には優先的な前浜の使用権が発生しているのであり、先祖代々そこに住み、前浜を使用してきた地元漁民を追い出すことは「生存権的財産権」の剥奪であり、明白な憲法29条違反である。

「定置・区画漁業権の個別付与」は何を意味するか。

入り江の浜には、「貝や海藻、魚類などの養殖を営む区画漁業権」と「貝や海藻などを取る共同漁業権」「大型の定置網漁を営む定置漁業権」の3つ(イカ釣りやカツオの一本釣りなどの「許可漁業」は別)があり、漁場にはさまざまな形態の漁業が「入り組んで」共存している。別の漁業に迷惑をかけることや取りすぎ、過密養殖を防ぐために、漁協で話し合って共同管理の年間計画をつくり、年度の途中に何度も見直すことで、きめ細かい調整をしてきているのだ。それができるのは、漁民が漁協というまとまりの中で、浜全体を統一的に管理・調整しているからである。

■外国資本による買い占めの危険も

そこに、一部を、その管轄外の個別組織(企業)が自由にしてよいことにしてしまったら、虫食いのように浜に共同管理できない箇所ができて、浜全体の資源管理・調整が混乱・崩壊するのは目に見えている。

「漁獲の個別割り当ての導入」も非現実的。「生物学的漁獲可能量」を科学的にはじき出すこと自体が難しく、妥当性に疑問がある上に、行政がどうやって個別に妥当な量を算定して割り当て、どうやって管理・監視し、違反者を取り締まるのか。気の遠くなる話で、莫大なコストがかかることは明白である。

さらには、漁業自体は赤字でも漁業権を取得することで日本の沿岸部を制御下に置くことを国家戦略とする国の意思が働けばどうなるか。表向きは日本人が代表者になっていても、実質は外国の資本が全国の沿岸部の水産資源と海を、経済的な短期の採算ベースには乗らなくとも買い占めていくことも起こり得る。こうした事態の進行は、日本が実質的に日本でなくなり、植民地化することを意味する。

農林水産業は国土・国境を守っているという感覚が世界では当たり前。それなのに、我が国ではそういう認識が欠如している。能天気すぎる。

・【国有林の実質払い下げ】経済効率追求が洪水を引き起こす(日刊ゲンダイDIGITAL 2018年8月15日)

※このたび、西日本を中心に、未曽有の豪雨と大洪水により取り返しのつかない被害が発生した。そもそも、環境負荷のコストを無視した経済効率の追求で地球温暖化が進み、異常気象が頻発し、ゲリラ豪雨が増えている。狭い視野の経済効率の追求で、林業や農業が衰退し、山が荒れ、耕作放棄地が増えたため、山は「鉄砲水」を起こし、水田のダム機能も失われ、ゲリラ豪雨に耐えられず、洪水が起きやすくなっている。全国に広がる鳥獣害もこれに起因する。すべて「人災」なのである。

1951年に丸太の関税が撤廃され、外材に押されて国産材はペイしなくなり、木材自給率は一時18%まで落ち込んだ。間伐などの手入れがされないと日光が林内に入らなくなり、下草などが育たず土壌も貧弱になって洪水緩和機能が低下する。そんな中で、驚くべき法律「改悪」が進められている。民有林の森林経営管理法と国有林野の管理経営法の「改悪」である。

今年、民有林について「経営意欲の低い経営者」から、強制的に木材産業(素材生産業者など)にその管理・伐採を委託する法律が成立した。農水省(林野庁)が、アンケートで「現状維持」(72%)、「規模縮小」(7%)の意向と回答した経営者をまとめて、「経営意欲の低い経営者」が8割だとしたのも問題だが、「経営意欲が低い」と判断されると、強制的に経営権を剥奪され、受託企業がそこの木を伐採して収益を得ることができる。無断で人の木を切って販売して自分の利益にするというのは、盗伐に匹敵するほどの財産権の侵害であり、憲法に抵触する。

そして、仕上げとして来年には、国有林についても、その管理・伐採を委託できる法律が準備されている。これは国の財産を実質的に企業にタダで払い下げることである。

しかも、その最大の受け皿は大手リース企業が展開する木材チップによるバイオマス発電事業といわれている。これを支援するために、“震災復興税”の事実上の無期限延長である森林環境税(1人1000円)も投入される。

二酸化炭素を貯留する森林環境を守るためでなく、その逆の伐採をしてしまう方に税金まで投入して助け、チップで発電した電力は固定価格買い取り制度で比較的高い単価で支援される。至れり尽くせりの便宜供与を受けるのは、急展開で企業が農地を買えるようになった某国家戦略特区に手を挙げたのと同じ企業である。

貿易自由化で追い込まれた中でも、何とか頑張ってきた林業者に対して、今度は「経営意欲が低い」として、特定の企業が「盗伐」して儲けてよいという。しかも、伐採が増えてハゲ山を増やしかねない事業に森林環境税で手助けして、さらに異常気象と洪水発生を頻発させていく。そんな悪夢がこのまま許されてよいのであろうか。