・どうすれば日本の農業は再生できるのか?~問題なのは現場と農業政策のズレ(YAHOO!ニュース 2018年11月1日)

※これまで推進されてきた大規模農業の矛盾が露わになる中で世界でも小さな農業の再評価が広がっています。日本の農業と農業政策はどうあるべきなのか、実際に農家を訪ねて考えてみました。

日本の食卓と世界とのつながり
 
2017年の世界の飢餓人口は8億2100万人に達しました。2050年には、世界人口が約100億人まで増加すると予想される中で、どのように世界の人びとを養うのか、そのための食料を支える「農業のあり方」について、いま大きな議論が起きています。
 
2008年頃には世界食料危機が発生しました。そのしわ寄せは食料を輸入に頼る国々に波及し、世界の飢餓や貧困の増加を引き起こしたのです。
 
日本は世界有数の食料輸入国のひとつです。食料を理由に戦争を経験したことがあるEU諸国は、国策として自給率を高く維持していると聞きますが、日本の食料自給率(カロリ-ベース)は、約38%と先進国の中で最低レベルの状況です。人口が1億人を超える国でここまで自給率が低い国は日本だけです。中でも穀物の自給率は27%と著しく低く、小麦やトウモロコシの多くを輸入に依存しています。
 
日本の食料のこれからを考える上で覚えておきたい歴史があります。それは大豆ショックと呼ばれる出来事です。1973年、大豆の輸入を依存していた米国が日本への大豆輸出を禁止しました。日本は当時の大豆使用量の約9割(現在は約7割)をアメリカに依存していたこともあり、豆腐や納豆など大豆製品の値段が暴騰しました。
 
そのような輸入に依存する危険性を経験したにもかかわらず、その後に日本政府が行ったのは自給率向上ではなく輸入先の多元化でした。政府は食料危機後も大規模農業投資を行い食料の安定確保を目指しています。しかし投資先の国々の中には、自分たちの食料も十分でないのになぜ輸出しないといけないのか、疑問の声が上がっている地域もあります。

日本がODA《政府開発援助)で大規模農業投資を行うアフリカ・モザンビークでは、農民が土地を奪われ大きな問題となっている(写真:モザンビーク小農応援団HPより)
 
日本はこのまま食料を輸入に依存したままで大丈夫なのでしょうか。もし何らかの事情で輸入が止まると他国と同じように食料不足に陥ってしまう可能性があります。
 
世界の食料価格は、食料危機以降、高く推移しており、未だ予断を許さない状況です。
 
また、日本の農家数は戦後減少を続け、1960年に約1454万人いた農業就業人口は、2015年の農林業センサスでは約209万人まで激減しました。農家人口の平均年齢が約66歳で、65歳以上の割合はなんと約63%を占めるまで高齢化しています。多くの農村で跡継ぎや担い手がいない状況です。
 
つまり世界の食料や農業を巡る議論は他人事ではなく、日本にとっても深刻な問題で、これからの安定した暮らしを考える上でとても大切なことなのです。その中で農業のあり方は大きな問いでもあるのです。
 
世界で進む小さな農業の再評価
 
世界では大規模化が進む中で、最近「小さな農業」が再評価される動きが生まれています。
 
再評価の動きは、国際機関や研究者、市民社会まで幅広く起こっています。その背景には、大規模農業に対する国際的な懸念の広がりがありました。工業型農業とも呼ばれる大規模農業が世界の耕地と水資源の半分以上を利用しているにもかかわらず、食料を十分に生産できていないという批判があるのです。
 
その一方で小さな農業は、災害リスクが高まる中でも多様な方法で食料を安定生産できると評価されています。中でも国連は、2014年に国際家族農業年を設定し、小さな農業の評価と投資を呼び掛け始めました。そこでは、小さな農業が多くの国の食料安全保障の基礎であるだけでなく、農村の持続や自然資源の持続的管理にも貢献することが主張されています。

国連は2019年から10年間、小規模・家族農業に関する取り組みを行う。日本では小規模・家族農業ネットワーク・ジャパンが取り組む.写真は同団体が国連の取り組みを紹介するロゴ(写真:同団体HPより)
 
国連は飢餓と貧困の解消を呼び掛ける中で、食料生産の担い手としては、これまで大規模農業を推進する立場でした。世界食料危機後、食料の安定生産ではなく先進国が食料を確保するために途上国への大規模農業投資を進めました。しかし、この動きが農地争奪とも呼ばれる、投資先での農家からの土地の強奪を引き起こしてしまいます。国連がその実態を調査したところ、投資受け入れ国の食料安全保障に脅威をもたらす可能性や、地元への雇用も限定的という調査結果が出されました。その中で国連は立場を変更し、小さな農業や家族農家の再評価を行ったとされます。
 
日本での小さな農業の再評価
 
日本でも海外で再評価される小さな農業の重要さを主張する農家が出てきました。その先頭に立つのが九州の農家や市民が立ち上げた「小農学会」です。小農学会は、「大規模・企業優先の政策が進むと農村が消滅する」と現在の農政へ疑問を呈しています。そしてもう一つの農業の道として、「小規模・家族経営・農的暮らしなどの多様な農業が農村を残す道である」と主張します。
 
2018年夏、小農学会にかかわる農家を訪ねました。
 
鹿児島県霧島市竹子地区に小農学会共同代表である萬田正治さんの農場があります。萬田さんは、鹿児島大学で安全なコメ作りの技術や小規模畜産経営などを農家の目線から研究してきました。2004年に同地区に移住し、今年からは小農による小農のための学校である霧島生活農学校を立ち上げています。

萬田農園の田んぼで泳ぐ合鴨。萬田さんは有機のコメ作りの技術である合鴨農法を農家と共に研究してきた(写真:萬田農園提供)
 
萬田さんは企業的農業と小農の違いを次のように語ります。
 
「中山間地が多い日本では共同で農村を維持してきたが、企業的農業だけでは農村は守れない。また企業が参入しても採算が取れず出て行けば農村が消滅してしまう。一方で小農は自然を有効に活用し、食料自給率の向上や食の安全を保障し、農村を守る」
 
2015年11月に設立した小農学会はわずか数年で200名を超える会員が集まっています。会員の多くは農家であり実際に農業に携わる人が共感して加入しています。興味深いのが、田舎暮らしや市民農園などに関わる都市生活者も含めた人びとも新しい小農として捉え、多様な農の価値を活用して農村の維持を考えていることです。
 
その実情を知るために鹿児島県最北にある伊佐市の会員農家・有留廣秋(ありとめひろあき)さんを訪ねました。有留さんは2007年に退職し、農業を継いで現在3ヘクタールの田畑を耕しています。有留さんの農業経営の特徴は、農業生産だけでなく直売所と農家民宿「美和松」を運営し多様な農業を実践している点です。直売所ではパートを雇用し、奥さんは弁当を作り直売所で販売しています。多様な価値でもって地域経済を下支えしています。

もう一人、農家会員の鹿児島県・さつま町の久保秀司さんは、イチゴづくりを40年間やってきました。農場の片隅にある事務所にはイチゴの専門書が並びます。家族を養うために小さな面積でいかにイチゴの収穫量を増やすか研究し所得向上につなげたということです。専門書には細かな無数のメモが書き込まれています。その独自の研究結果を鹿児島大学の教授に確認してお墨付きをもらうというこだわりようです。研究結果には、農家がどうイチゴを増収するか事細かに書かれており、久保さんにしか書けない小農の実践と言えます。

専門書とノートにびっしりメモが書かれている。久保さんの書斎にて(写真:著書撮影)
 
各地域のこうした実践の継承が日本の農業の未来を検討する上で不可欠ではないかと感じました。久保さんは農業体験ができる農家民宿「観真庵」も経営しています。小農学会の農家会員は、二人のように農家民宿経営や農産加工や有機農業など新しい多様な農業を実践する農家が多いとのことです。

兵庫県養父市・国家戦略特区を歩く

一方、政府が推進する農業の大規模化・企業化を導入する農村はどうなっているでしょうか。その現状を確認するために国家戦略特区である兵庫県養父市を訪ねました。
 
兵庫県北部の但馬地域中央に位置する養父市は、2004年に4町が合併し成立しました。古くから近畿と山陰を結ぶ交通の要衝として、生糸商が栄えるとともに、但馬牛取引の拠点となってきました。近年は少子高齢化が進み、人口は合併から10年間で約15%減少しています。養父市は、過疎からの脱却を謳い、2014年に国家戦略特区に指定されました。

養父市は中山間地の農業分野では唯一の国家戦略特区申請した自治体だ(写真:養父市国家戦略特区パンフレット)
 
養父市では特区の規制緩和を生かし、農業への企業参入を促しています。特区認定後に13社が参入しました。参入企業にはオリックス、クボタ、ヤンマー等、大手の名前も見られます。各社の農業参入の形態は多様で、スマートアグリと呼ばれる植物工場による次世代農業やハウス施設栽培、特産品づくりや野菜そして米づくりなどが行われています。2017年の参入企業の営農面積は約40ヘクタール、売上は約9000万円(2017年度)ということで、市全体の農業生産額の1割強に上っています。しかし各社の動きには温度差があり、全く稼働していない企業もあれば、大規模投資を行っている企業もあります。施設等への投資額も大きく設備の償還もまだまだで、評価を決めるにはこれからの動きを見て行く必要があります。
 
大切なポイントと感じたのは、国の思惑と異なる動きが見られた点です。養父市特区制度の目玉は、企業による農地取得の規制の緩和、つまり企業が農地購入をできるようになったことです。しかし参入企業の購入面積は1.35ヘクタールと営農面積の約3%に過ぎないのが現状。企業が購入しない理由は資産を抱えるリスクがあるからで、各社とも販売先の確保や作物の選定に悩んでおり、利潤が伸びていない現状もその背景にあると想定されます。
 
一方で地域に根付くことや対外的アピールの側面から農地を購入する企業もあります。そうした企業は地域資源を生かした農産品づくりに取り組んでいます。結局、企業のスタイルもこれまで地域で小さな農家が展開してきた農業のスタイルに似た特徴を持ち、国の想定とは少し異なる方向に事業が展開しているように感じました。
 
では、日本の農業の理想の形はどうあるべきなのでしょうか。
  
日本農業の未来と小さな農業
 
その答えへの道筋の一つを、同じ養父市の畜産農家、わはは牧場で見つけました。わはは牧場の代表・上垣康成さんは、1990年頃に祖父の農業を継承し小規模な畜産を始めました。繁殖母牛10頭、経産牛肥育年間1頭、豚の肥育年間約10頭、合鴨農法稲作50アール(約200羽飼育)をしながら合鴨処理(年間約5000羽)も行っています。すべての家畜を自ら加工して販売しているのが他の畜産農家と異なる大きな特徴です。
 
上垣さんは、2017年12月に「小さい畜産で稼ぐコツ~少頭多畜・加工でダントツの利益率」を出版しました。ハウツー本ではなく、生い立ちや食育まで生き方を含めた内容が注目され短期間の内に重版されたということです。同じシリーズの野菜農家が出した「小さい農業で稼ぐコツ~加工/直売・幸せ家族農業で30a1200万」という本も就農や田舎暮らしに関心を持つ人びとの間で人気が出ています。その背景には、上垣さんらが実践する「自分で生き方や働き方を決める小さい農業」への共感があると考えます。
 
わはは牧場の実践でもう一つ注目したいのは、小規模でも雇用を行い地域経済の担い手となっている点です。本でも紹介されていますが、わはは牧場の利益率は、生産から加工そして販売まで自ら行うことで一般の畜産農家よりも高くなっています。国家戦略特区の参入企業も手を焼く所得確保を実現し、さらには食料供給の担い手ともなっているのです。その実現には、投資を最小限にして作れるものは自ら作るという自立性を持ちながら事業展開の工夫をするという、小さい農業の特徴が生かされていると感じました。この展開の方向性は、時代状況や災害リスクなどに対応できる本当の意味での強い農業と言える気がします。
  
問題なのは農業現場と農政のズレ
 
問題は、養父市が国家戦略特区になってもわはは牧場のような地域独自の取り組みや小さい農業の実践が注目されない点です。自分で農業をやりたいという若い新規の就農者が増えているのに、小さい農家向けの補助メニューがほとんどないのが現状です。農家向けの予算を大規模農業だけでなく小さな農家にもバランスよく振り分ける方が、地域農業の基盤が強くなると思われますが、実際はそうなっておらず農業現場と農政のズレがあると言えます。
 
また、日本の農村は中山間地主体で小さな農業が主体となりこれまで維持されてきました。日本の農業・農村を考えるのであれば、今こそ農政の足元を見直し小さな農業の評価を検討することが不可欠と言えるのではないでしょうか。
 
世界では、小さい農業を支援する政策に取り組む国々が増えています。国連は各国が小規模農家支援に取り組めるように小規模政策のモデルを紹介し始めました。隣国の韓国では農業の大規模化や輸出推進をしたところ、農村が疲弊したため、強小農政策という小さい農業を支援する政策を打ち出しました。世界で最も大規模化が進む米国でも小規模農家への支援策が1980年代から継続されています。そうしないと農業・農村が維持できないというのが主な理由とされています。
 
日本でも、福井県の小規模農家支援策など都道府県レベルでの小さい農業支援策が始まっています。小農学会の様に農家が独自で小さい農業の意味を啓発する活動を展開する動きも活発化しています。地方や農家の有志が小さな農業の重要さに気付き独自の取り組みを始めているといえます。
 
しかし、その一方で政府は農業の大規模化を進めています。特に安倍政権になってからは、農外企業参入や農協の解体など、農村の基盤を崩す政策が進められてきました。その一方で大規模化を推進し、企業化する経営体を優先して優遇し支援する傾向が高くなっています。しかしまた、全国で約133万ある日本の農業経営体のうち、企業化しているのは約3万です(2015年農林業センサス)。わずか約2%の経営体に対して政策支援が集中している現状をみれば、バランスを欠いた政策が展開されていると言えるでしょう。
 
未来の農業・農村のあり方を考え、食料を確保していくためには、日本は多様性を持つ小さな農業を守って農村の持続を目指していくことが必要だと考えます。そのためには、日本の実態に合ったバランスのよい農政の展開が、今求められているのではないでしょうか。


・農業の大規模化・企業化は農村に何をもたらすのか? 海外の事例から農業改革を考える(YAHOO!ニュース 2017年8月4日)

※議論なく進む農業改革
 
農業者の経営環境整備や農業の構造的問題解決を目指す「農業競争力強化支援法(以下、支援法)」が8月1日に施行された。支援法は、農水省が通常国会に提出し成立した農業改革関連8法の目玉政策とされ、「生産資材価格の引下げや、農産物の流通・加工構造の改革に取り組み、更なる農業の競争力強化を実現する」ことを目指すとしている。他にも主要農作物種子法(以下、種子法)廃止など「戦後レジームからの脱却農政」とも称される農政の大転換が行われた。
 
農業現場からは様々な懸念や不安の声が相次いだが、国会で真摯な議論もないまま一連の法案が成立した。法案がおしなべて規制改革会議の提案と官邸の意向が色濃く反映されていること、また支援法についてはTPP(環太平洋経済連携協定)対策として構想されたこともあり、現場に不信感を募らせる原因となっている。
 
その不信感を象徴するのが、一連の法案への付帯決議の多さだ。支援法には「地域農業を支える多様な担い手の農業所得の増大に向けた取組が支援されるよう配慮すること」、種子法には「政府に都道府県の種子生産の予算確保や外資による種子独占の防止に努めること」等の決議が付けられた。
 
現場からは、一連の農業改革法案が「規制緩和や構造改革優先の大規模・企業的農業のための政策」、「競争とコスト削減だけが問題ではない」「大儀なき農協改革だ」等の批判の声が出ている。その中で農業の大規模化・企業化政策へ異議を唱える動きも生まれている。その象徴が「小農学会」の設立だ。2015年11月に九州の農業者や研究者を中心に発足した小農学会は、農業の大規模化・企業化に明確に反対する。学会共同代表で農民作家の山下惣一氏は「政府は強引に農業の構造改革をすすめている。「小農」を淘汰して農業を再構築し、儲かる農業に、輸出産業に転換していこうと農業への企業参入を推進している」と政府の政策を批判する。
 
農政新時代のスローガンの下で進む、官邸主導の農業政策。農村が高齢化で転換期を迎える中で、「農業改革が目指す農業の大規模化や企業化が農村にどういった影響を与えるのか」を、考察することが喫緊の課題となっている。今回は、農業改革の中身には立ち入らず、実際に農業の大規模化が進む海外(米国)の事例を参照しながらこの課題を考える。
  
大規模農業VS小規模農業
 
世界に先行して農業の大規模化進む米国で農業形態の二極化が起こっている(Douglas 注1)。

2000年頃から小規模農家が増えた半面、中規模農家が減少し、大規模農家層とともに大きな割合を占めるようになった。2007年の小規模農場は農場数全体の約90%を占め、売上高の約3割を占めた。一方で売上高50万ドル以上の大規模農場が全体に占める割合は9%に過ぎないにも関わらず、全体の売上高の約6割を占める現状もある(2007年USDA統計)。
 
米国では小規模農家向けへの政策支援が多様に存在する。その支援は1990 年代初めに遡り、薄井(注2)によると「1980 年代の輸出志向型農政のなかで、家族経営農家の倒産や離農が進み、農村社会崩壊の懸念が出始めた。危機感を強めた農務省が小規模農家の育成策を打ち出した」ということだ。
 
日本では販売金額の大きい(3000万~5000万)農家が増える一方で、それ以外の農家が減少する傾向が農業白書(2016)で確認され、一握りの勝ち組が増えるだけでは地域農業が維持できないという懸念の声が出ている。その影響が出る前に、地域農業を支える担い手向けの政策を構想していく必要があると言える。
  
大規模農業が農村に増えると何が起こるのか?
 
大規模農業のイメージが強い米国では、意外なことに小規模な家族農業への政策に対する市民の理解が深い。それを後ろ盾しているのが「建国の中心と位置づけられた小規模な家族農場が、現代も米国市民の象徴的存在であるという思いが根強く残っている。」(森田、注3)という市民の小規模農家への畏敬の念だ。
 
こうした社会背景を持つアメリカでは、戦前から大規模農業の進展が農村地域社会に与える影響が研究されてきた。この研究は、ゴールドシュミット仮説(以下、仮説)というもので、「大規模農業の割合が農村地域内で増えると地域共同体の生活や文化的な質が低下する」という仮説だ。農村の生活の質を図る物差しには、病院や教育施設、金融機関・教会の数、住宅の状況等が用いられ、農場の大規模化が進む地域は、こうした生活インフラの低下が顕著に現れた。米国では、この仮説の元で大規模な工業的農業が農村地域の共同体に与える影響について議論が続いており、現在に至るまで、大規模農業の割合が増えると地域共同体の生活の質の低下や公共の利益に悪影響を与える可能性が高いことが指摘され続けている。
 
必要なのは地域農業を支える多様な担い手への政策
 
筆者が住む農村集落にも最近、企業的経営を展開する会社が参入してきた。都市部から通勤して作物を栽培するため、社員は集落を通過するだけで地域の人間との付き合いも限定的だ。その一方で農地や農業水利などの維持作業への参加も少ない。全ての企業的農業を否定する訳ではないが、企業的な農業だけが増えると農村や農業の維持が困難になる可能性が出てくる。いかなる形であれ農村を維持していくためには、上述した「地域農業を支える多様な担い手」が農業を継続できる施策が必要になってくる。しかし現在の農政には、この点についての取り組みが少なく、まさに多様な担い手が孤立しているのが現状だ。
 
地域農業のみならず、農村の資源である農地や農業用水を維持管理する多様な担い手は、農業の多面的機能を保全している。気候が不安定化する中でその役割は、地域社会や都市部を守る上でますます大きくなっている。農政新時代の議論で欠けているのは、まさに地域社会の担い手とともに、目指すべき持続可能な農村と農業の実現に向けた視点だ。こうした時代背景の中で、市民と農業者が共に未来の食と農そして農業政策について議論を始めていくことが必要になっているといえる。

☆参考資料
(注1)Douglas H. Constance(2014)”Farms: Small Versus Large”(小規模農業対大規模農業)『食料・農業倫理百科事典』Thompson他著
(注2)薄井寛「急増する米国のファーマーズマーケット~政府の多様な支援と市民の安全志向の高まりが背景に~」2009年
(JC総研 アメリカの農業シリーズ・コラム)
(注3)森田三郎「農園の大規模化は, 地域生活を豊かにするのか」『甲南大学紀要』164巻,2014年


松平尚也

農家ジャーナリスト、AMネット、京都大学農学研究科博士課程
農・食・地域の未来を視点に情報発信する農家ジャーナリスト。京都市・京北地域の有機農家。NPO法人AMネット、京都大学農学研究科に在籍し世界の持続可能な農や食について研究もする。農場「耕し歌ふぁーむ」では地域の風土に育まれてきた伝統野菜を栽培、セットにして宅配を行いレシピと一緒に食べ手に伝えている。また未来の食卓を考えるための小冊子「畑とつながる暮らし方」を知人らと出版(2013年)。ヤフーニュースでは、農家の目線から農や食について語る「農家が語る農業論」、野菜の文化や食べ方を紹介する「いのちのレシピ」持続可能な旅を考える「未来のたび」などを投稿する予定。