・ご存じですか?アメリカでは「共謀罪」はこんな風に使われている 市民を「罠」にかける米国の捜査機関(現代 ismedia 2017年6月16日)

竹内 明 TBS報道記者 作家

※「共謀罪」(テロ等準備罪)が国会で成立した。法務委員会での採決を省略し、参院本会議で可決成立させるという異例の手段をとった。

共謀罪は周知の通り、犯罪の計画に合意した者を処罰する罪だ。「市民生活に影響を及ぼす」、「日常会話が処罰の対象になりかねない」など、様々な反対意見がある。

しかし法案が成立したからには、私たちはこの条文を捜査機関が”どのように使うのか”、それによって”どんな社会になっていくのか”に、冷静に注意を払わねばならない。

米国には古くから「共謀罪」が存在し、捜査で幅広く使われている。実は私の取材対象だった、ニューヨーク在住のイスラム教徒2人も、この共謀罪でFBIに逮捕された。「共謀罪」が米国の捜査の現場でどう使われるのか、まずはお読み頂きたい。

男は”良い人”の仮面をかぶってやってきた

舞台はニューヨーク州の州都オルバニー。モハメド・ホサインが経営するピザ屋にある男がやってきた。男はピザを食べながら、店にで遊んでいたホサインの子供たちに話しかけ、ヘリコプターのおもちゃをプレゼントした。子供たちは言った。

「あの人は良いムスリムだ。イスラム教のことをもっと勉強したいらしいよ」

その男はたびたび店にやってくるようになり、ホサインと言葉を交わすようになった。ホサインはバングラデシュの貧しい農家の出身、豊かな生活を夢見てアメリカに渡ってきた。マリックと名乗るその男はバングラデシュの隣国、パキスタン出身で、ニューヨークでの事業が成功していることをほのめかした。

その言葉通り、いつもBMWやベンツに乗って店にやってくる。着ているのはブルックスブラザースの上質なスーツだった。

マリックは「イスラム教を学びたい」と言い、ホサイン一家が通うモスクに来るようになった。そして、ホサインに様々な救いの手を差し伸べるようになる。

ホサインには知的障害のある弟がいた。米国では運転免許は身分証明書として必須なのだが、知的障害があるので免許取得が難しかった。マリックは「私は通訳の資格があるので、テストに立ち会って助けてあげます」といい、実際のテストでは解答を教えて、本当に合格させた。

次に、マリックが持ちかけてきたのが儲け話だ。ホサインの店は近所の人の溜り場になってはいるが、経営は決して上手くいっていなかった。ある日、ホサインはマリックの家に招かれ、黒い物体を見せられた。

「これは地対空ミサイルの部品です。中国から輸入してムジャーヒドに売ります。彼らはアラーの名の下で、飛行機を撃墜します。あなたもこのジハードで金をつくりましょうよ」

”うまい話”に乗せられて……

マリックが見せたのは地対空ミサイルの引き金部分だった。計画はこうだ。マリックがミサイルの売却益5万ドルをホサインに渡し、ホサインは毎月2000ドルの小切手を事業協力費名目でマリックに渡す。払い戻すのは合計4万5000ドルで、差額の5000ドルはホサインの手元に残る、というおいしい仕組みだ。

要はマネーロンダリング計画なのだが、金に困っていたホサインはこの提案に合意した。続けて、マリックはこう問いかけた。

「私たちの取引に立ち会う証人をおきましょう。だれか中立的な人はいませんか?」

ホサインは答えた。

「アレフさんなら中立です。彼なら私たちを裏切ることはありません」

ホサインはモスクの教導師であるヤシン・アレフを提案した。アレフは毎月の小切手の受け渡しの立会人になった。アレフはもともとイラク在住のクルド人だ。フセイン政権による弾圧に遭い、化学兵器攻撃を受けたとき、アレフは寝たきりの父親を置いて逃げざるを得なかった。その後、隣国シリアに難民として出国、難民として米国にやってきた。190センチ近い長身に、立派な髭を蓄えており、風格十分だが、まだ30代半ばの若き聖職者だ。

アレフ立会いの下で取引を繰り返すうちに、マリックがこんなことを言い始めた。

「私はジャイシュ・エ・ムハンマド(ムハンマドの戦士)と仕事をしています。パキスタンのムシャラフ政権は非ムスリムを助けている。ムシャラフに我々と敵対しないよう教えるためにこのミサイルを使うんだ」

アレフの前でテロ計画を打ち明けることで、環境は整った。ある晩、ホサインとアレフは武装したFBI捜査官に銃を突きつけられ、逮捕されることになる。容疑はテロ支援を共謀したという、いわゆる”共謀罪”だった。

逮捕された2人は、共謀罪の証拠を見せられて驚愕した。これまでのマリックとの会話がすべて録音され、ミサイルを触っている姿まで撮影されていたからだ。

そう。信頼する友人マリックは、FBIの情報協力者で、捜査官の言うなりに動いていたのだ。無論、テロ計画も支援計画も架空の話で、その謀議に加わったことが罪に問われたのだ。

”罠”にかかって罪びとになる

FBIが狙っていたのはアレフだった。米軍がイラクのテロリストキャンプで発見した住所録にアレフの電話番号が書かれていたのが原因だ。国防総省は、アレフの名前の脇に書かれていたアラビア文字が、「司令官」という意味だと翻訳して、その情報をFBIに通報した。この知らせを受けたFBIは「テロ組織の司令官がアメリカにいるのなら逮捕するしかない」となったわけだが、それだけでは逮捕容疑がない。

そこで共謀罪を使った”おとり捜査”を仕掛けることになったのだ。しかし、この「司令官」は国防総省の誤訳だった。実際はクルド語の「ブラザー」、つまり兄弟や友人を意味する言葉だったのだ。こんなあやふやな根拠に基づいた狙い撃ちだったのだ。

捜査機関が、密室での話し合いの証拠を掴むのは至難の業だ。だから米国の捜査機関は共謀罪立件のために、おとり捜査を使う。共謀の証拠を掴むために協力者を潜入させるだけではなく、犯罪の意思がない者を謀議に引きずり込み、合意させるという”罠”が横行している。多くはマフィアやテログループを標的にしたものだが、アレフやホサインのように、誤認されて巻き込まれる一般人がいるのも事実だ。

今のところ、日本ではこうした犯意を誘発する囮捜査は認められていないのだが、ある警察幹部はこう語る。

「日本でテロ等準備罪が新設されたからといって、いまのままでは証拠収集が難しいから捜査には使えない。治安を守るためには、アメリカのような犯意誘発型の囮捜査や、室内音声の秘匿録音、録画など、幅広い捜査手法を認めるようにしなければダメです」

”共謀罪”が成立すれば、次は”共謀罪”立件のためのおとり捜査、電話やメールの傍受、さらには最高裁が違法としたGPS装着など、捜査手法を拡大しようという動きが出るだろう。そうなると、日本はどんな社会になるのだろうか。それは、アレフが保釈中、筆者に語った言葉が象徴している。

「西洋諸国にいるムスリムはいま、差別を感じている。狙った相手のもとにスパイを送り込んで、罠に嵌めるような捜査を続ければ、互いを信頼できず、不信に満ちた世界になります。将来は地球を二分する大きな問題になります」

”共謀罪”が成立したからといって、問題は終わりではない。治安維持を最優先にするのか、相互不信の社会を容認するのかどうか、じっくり考えながら、今後の議論を見守る必要があるだろう。