・このまま行く気か。「共謀罪」が本性を暴かれることなく可決へ(MAG2NEWS 2017年5月19日)
by 新恭(あらたきょう)『国家権力&メディア一刀両断』
※野党により提出された法務大臣不信任案も否決され、安倍官邸悲願の成立にまた一歩近づいた共謀罪。これまで政府は「一般市民は捜査の対象にならない」と説明してきましたが、果たしてそれは真実なのでしょうか。メルマガ『国家権力&メディア一刀両断』の著者・新 恭さんは、これまでの国会等のやり取りを丁寧に分析しながら、この法案の危うさを指摘しています。
一般市民に関係ないという共謀罪法案のウソに騙されるな
法案の正体がバレないうちに通してしまえというわけか。安倍自民党政権は、連立外に控える補完勢力、日本維新の会を抱き込んで共謀罪法案の修正案をでっち上げ、5月19日にも衆院法務委員会で可決するかまえだ。
自公両党と日本維新の会が合意した修正案は、取り調べの可視化(録音・録画)を検討することを、法案の付則に盛り込むというのが主要な中身である。
取り調べの可視化は昨年、刑事訴訟法が改正され、裁判員制度対象事件や検察官独自捜査事件に採用されることになっている。
そこに共謀罪の事件も可視化の対象として加えることを「検討する」というのだ。「検討」では付け焼刃にもならないのではないか。
可視化の効果そのものに疑問がもたれているのだ。「任意の取り調べ」は録音・録画されない。実際には「任意」や「別件」で聴取され、虚偽自白に追い込まれる例が多い。自白した後、決められたシナリオ通りの供述を録画するというのでは、可視化本来の目的にはほど遠い。
法制審議会委員として、「全事件、全過程での取調べの録音・録画」をめざした映画監督、周防正行氏が5月12日の報道ステーションで、可視化を盛り込む三党合意を「何の意味もない」と批判したのは当然のことだ。維新の賛成を得て、強行採決と批判されないようにしたい政権側の魂胆が丸わかりである。
それでも、数の力で押し切られたら、秘密保護法や安保法制と同じ結果となり、平和と人権を謳った憲法を空文化する悪法三点セットがそろってしまう。
ここは、ぜがひでも、国会やメディアの力で、世論を喚起しなければならない。東京五輪、テロ防止をキーワードに、共謀罪の危険性を包み隠そうとする政府のウソを徹底的に暴く必要がある。
9.11の同時多発テロ以降、アメリカを中心に急速に監視捜査が広がっている。スノーデン氏のリークで明らかになったように、CIAやNSAなど米国のインテリジェンスコミュニティはIT技術を使ってネット通信の傍受、盗聴などを行い、世界から多くの個人情報を集めている。
テロ集団、犯罪組織にとどまらない。一般市民にまで無差別に範囲を拡大している。あなたがたの命にかかわる「テロ対策」なのだから、市民的自由など少々我慢せよといわんばかりだ。
日本政府もそれに追随するかのように、「テロ等準備罪」と名を変えて共謀罪の法案を提出してきた。共謀罪は二人以上が、対象犯罪について合意、計画し、準備したら処罰するというもので、合意、計画があったと捜査当局が疑えば捜査に着手できる。
殺人予備など、いくつかの犯罪に既遂、未遂以前の予備罪が設けられているが、それでは不足で、さらに軽いはずの準備罪、合意するだけの共謀も、捜査の対象にしようとするのだ。
実際に犯罪が行われていないのだから、形のないもの、人の心の内やコミュニケーションを捜査するということになる。それを277種類もの犯罪に適用しようというのである。
常識的に考えて、何の罪もない一般市民が、あらぬ疑いをかけられて、捜査の対象となり、冤罪に巻き込まれる恐れは格段に増えるだろう。
多くの法学者や、ジャーナリスト、有識者が、疑問を呈し、あまたの国民が不安を抱くのは当たり前のことだ。
それを受けて、国会では、政府が言うように「一般の人は捜査の対象にならない」のかどうか、野党議員が追及しているが、頼りない金田法務大臣への攻撃をかわすために雁首をそろえた副大臣、政務官はもとより、林真琴刑事局長すら、論点ずらしで時間を稼ぎ、まともに答えようとしない。
そんな質疑の中から、明らかになったのは結局、「一般市民も捜査対象になりうる」という、常識的には疑う余地のない共謀罪の本性である。
5月8日の衆議院予算委員会における、山尾志桜里議員(民進)の質疑を見てみよう。
そのために、まず確認しておかねばならないことがある。「何らかの嫌疑がある段階で、一般の人ではないと考える」と言う盛山正仁法務副大臣の発言だ。これが法務省のいわば統一見解となったようである。
捜査当局が嫌疑をかけた時点でその人は一般人ではなくなってしまう。これは恣意的に対象者を決められるということではないのだろうか。どうやって嫌疑があるかどうかを調べるというのか。
山尾議員は捜査手法の一つである「尾行」について、こう質問した。
告発された人に嫌疑があるかどうかを調べる段階における警察の活動は金田大臣の言葉では「検討」、森山副大臣の言葉では「調査」と言うようです、この段階での尾行は合法的ですか。
金田大臣は沈黙し、法務省の林刑事局長が答弁した。
嫌疑が発生する前の段階での尾行は、まだ捜査が開始されていないので、できません。
この問答にしたがうなら、嫌疑があるかどうかを調べるさい、尾行などの捜査活動はできないことになる。
そこで、山尾議員は「これまで嫌疑が生じる前に尾行していたら、それはすべて違法だったということか」と問いただした。
すると、林刑事局長は明確な答弁を回避しはじめる。
尾行でも目的によって評価が違う。
尾行は捜査としてはしないということ。捜査以外の尾行があるかどうかといわれても、答えられない。
不明瞭な答弁内容を、山尾議員はこう整理した。
つまり嫌疑が確定していない段階では捜査としての尾行はありえないが、尾行するかどうかは一概には言えない。目的によりけりだと。どう聞いてもそういうことになる。100%ないかというと、そうでもないのだと思う。
嫌疑を確定する前段階の調査とか検討とかいうのは詭弁に過ぎない。捜査しなければ、嫌疑があるかどうかはわからないではないか。捜査当局が一般市民を対象に共謀罪の捜査活動をはじめることは避けられないのである。
ここであらためて、共謀罪法案、すなわち「組織的犯罪処罰法」改正案の肝心な条項を確認しておこう。
組織的犯罪集団の団体の活動として、当該行為を実行するための組織により行なわれる者の遂行を二人以上で計画した者は…
その計画をした者のいずれかによりその計画に基づき資金又は物品の手配、関係場所の下見その他の計画をした犯罪を実行するための準備行為が行われたときは…刑に処する
これをもって、金田法務大臣は組織的犯罪集団にかかわりのない人は共謀罪の対象になりえないというのである。
しかし、高山佳奈子・京都大学大学院法学研究科教授によると、「組織的犯罪集団」「合意(計画)」「準備行為」、いずれも捜査当局による恣意的な解釈が可能だ。法案にその中身が限定されていないためである。
限定されていない以上、どのようなグループや組織でも、ある時点から「組織的犯罪集団」と認定されうる。「合意」には、SNSや目配せ、黙示、未必の故意によるものなど全て含まれる。あまりにも拡大解釈の余地がありすぎるのだ。
金田大臣が準備行為について言うように「ビールと弁当を持っていたら花見、地図と双眼鏡を持っていたら犯行現場の下見」という、いい加減な説明では話にならない。
高山教授は国会の参考人陳述でいくつもの法案の問題点をあげた。
法案には単独犯のテロ計画、単発的な集団のテロが射程に入っていない。2014年に改正されたテロ資金提供処罰法で、テロ目的による資金、土地、建物、物品、役務その他の利益の提供が処罰の対象になり、これで五輪テロ対策は事実上完了している。
東京五輪のテロ対策に共謀罪法が必要という主張に根拠がないことは明白だ。国際組織犯罪防止条約(TOC条約またはパレルモ条約)を結ぶために必要だという政府の主張についても次のように批判する。
TOC条約との関係で懸念される点がいくつかある。公権力を私物化する行為が含まれるべきだが、除外されている。経済犯罪が除かれているのも条約との関連では問題となる。
具体的には、公職選挙法、政治資金規正法、政党助成法違反、警察などによる特別公務員職権濫用罪、暴行陵虐罪などが対象外となっている。
経済犯罪では、会社法、金融商品取引法、商品先物取引法、投資信託投資法人法などの収賄罪が対象から除外され、組織犯罪とつながりやすい酒税法違反、石油税法違反も外されている。さらに相続税法違反も入っていない。
これでは権力や金持ちに都合の悪いものは除外したと受け取られても仕方がないだろう。
読売、産経など御用メディアは、「共謀罪」法案に関するごくわずかな論評のなかで、東京オリンピックのテロ対策や国際組織犯罪防止条約の締結に必要だと主張する。
共謀罪を敵視する政党やメディアは、日本が孤立を深めテロの標的となるのを座視せよ、とでもいうのか。
(産経抄1月17日)
問題なのは、野党が「監視社会化する」「一般人が捜査対象になる」などと、極論に走り、国民の不安をいたずらに煽(あお)ろうとしていることだ。
(読売社説5月10日)
自信を持ってそう言えるのなら、なぜ共謀罪法がテロ防止にそれほど重要なのか、一般市民が不当な捜査に巻き込まれない保証は何かを、明確に示してほしい。
真にこの法案が必要であれば、仔細で丁寧な説明ができるはずだが、両紙のどこを探してもそんな記事は見当たらない。官邸の宣伝文句を垂れ流しているだけである。
言論、表現、市民活動が委縮する「監視社会」にさせてはならない。国会は重大な局面を迎えている。
・荒れる森友学園問題の裏で着々と成立に近づく「共謀罪」の危険性(MAG2NEWS 2017年3月10日)
by 新恭(あらたきょう)『国家権力&メディア一刀両断』
※大阪・豊中市の「森友学園問題」の裏で、安倍政権が今国会への提出を目指している、組織的犯罪処罰法の改正案。官邸サイドはその必要性を強く訴えて続けていますが、メルマガ『国家権力&メディア一刀両断』の著者・新 恭さんは、過去に3回も廃案となった「共謀罪」法の新設そのものであるとし、その条文から読み取れる危険性を指摘するとともに、安倍総理の口からまたも飛び出した「政治権力サイドの大ウソ」を白日の下に晒しています。
共謀罪…偽りのテロ対策
東京オリンピックをひかえてテロ対策が必要、国際組織犯罪防止条約を締結するため国内の法整備が不可欠…国民が「そりゃそうだ」と納得しそうな理屈をつけて、安倍政権は危険きわまりない法案を国会に提出しようとしている。
暴力団など反社会的団体が犯す罪の処罰内容を定める「組織的犯罪処罰法」の改正案がそれだ。
改正の中身は、「共謀罪」法の新設そのものである。共謀罪の法案といえば、過去三度も国会に提出されたものの、廃案になった。それだけ国民の反対が強いということだ。
同じ内容を安倍政権は「共謀罪」とせず、「テロ等準備罪」と名を変えて、国民を欺こうとしている。
この改正法案が、必ずしもテロ防止を目的としていないことは、当初、その条文に「テロ」の文言がなかったことでも明らかだ。
「テロの字をどこかに入れろ、テロ等準備罪と呼びにくいではないか」。そのように与党議員たちが騒ぎ出したため、つい最近「テロリズム集団」という言葉を付け足したらしい。
それはともかく、問題は「共謀罪」だ。
犯罪行為をやることに複数人が「合意」あるいは「計画」したら、共謀ということになるが、普通の人なら、たとえ一時的に気持ちが高まっても、思いとどまるものだろう。
共謀の段階で、捜査機関が盗聴やライン、メールの内容を証拠に逮捕できるとなれば、一般市民が自由に電話やネット上で「あいつ、殺してやろうか」などと冗談でも軽々しく言えないことになってしまう。
日本の刑法は、原則として既遂処罰であり、共謀のたぐいで処罰されるのは内乱陰謀罪、外患陰謀罪、私戦陰謀罪など「特別重大な法益侵害の危険性のある犯罪行為」に限られている。
それを、600以上の犯罪について共謀罪の対象とするというのが、安倍政権の当初の考え方だった。現時点では、反対の声を受けて277の犯罪に減ってはいるが、それでも刑法の根幹を揺るがす改変には違いない。
そのなかには、労働基準法、金融商品取引法、文化財保護法、会社法、消費税法、職業安定法などに関する犯罪までも含まれる。
安倍首相は「一般の人は対象にならない」と強調するが、その根拠は希薄だ。実際の条文を読めばわかる。
まだ、改正案は閣議決定されていないが、内容はほぼ確定しており、先日、その全文がメディアで公開された。ポイントは、「第6条の2」だ。
組織的犯罪集団の団体の活動として、当該行為を実行するための組織により行なわれる者の遂行を二人以上で計画した者は…
とある。
これを専門家は「構成要件」と呼ぶ。構成要件を満たせば、強制捜査に着手できるのだ。つまり、対象犯罪の実行を二人以上で合意したことがわかれば、逮捕されるかもしれないということだ。
安倍首相は2月3日の衆議院予算委員会で、逢坂誠二議員に対し「犯罪を行う合意に加え、実行準備行為が行われた場合にはじめて処罰される」と国会で答弁した。
いかにも、共謀だけなら心配ないように聞こえるが、そこに落とし穴がある。準備行為については条文にこう書いてあるのだ。
その計画をした者のいずれかによりその計画に基づき資金又は物品の手配、関係場所の下見その他の計画をした犯罪を実行するための準備行為が行われたときは…刑に処する。
すなわち、複数の人が合意して、そのうちの一人でも下見などの準備行為をしたら、処罰できるということである。これを専門家は「処罰条件」と呼び、先述した「構成要件」と区別している。安倍首相はこの「処罰条件」を定めた条文の通りに発言したことになる。
「構成要件」は強制捜査に着手するために必要、「処罰条件」は処罰するために必要な条件である。
繰り返すが、共謀だけでも逮捕される可能性はあるということだ。捜査の結果、準備行為が認められなかったら処罰には至らないとしても、逮捕という事実による社会的イメージの低下と、最長23日間の拘留が心身にもたらす苦痛は深刻である。
安倍首相はあえて「処罰」の条件のみをあげ、一般市民には関係がないというイメージを強調したのだ。
では、政府が「テロ等準備罪がないとテロ防止の穴が埋まらない」と主張する事例について検証するため、2月3日の衆議院予算委員会における山尾志桜里議員の質疑を振り返ってみよう。
山尾議員「地下鉄サリン事件をきっかけに、サリン等による人身被害の防止に関する法律というのができました。この法律には予備罪もあります。にもかかわらず、この法律があっても対応できないというのはなぜですか」
金田大臣「サリン等以外の殺傷能力の高い化学薬品というふうなことを想定していただきたいと思います」
山尾議員「サリン等に当たらないけれども殺傷能力の高い薬品の名前を一つでも挙げてください」
金田大臣「具体的な薬品を想定したものではありません」
山尾議員「具体的な薬品を想定していないなら、まさに架空の穴じゃないですか」
サリン等被害防止法の「サリン等」とは、サリンや、サリン以上、またはサリンに準ずる強い毒性を有する物質のことだ。サリン等をまくための「予備をした者は、五年以下の懲役」と定められている。毒物テロにこれで対処できないというのだろうか。
次に、航空機をハイジャックし高層ビルに突っ込ませる計画で航空券を予約する事例について。
山尾議員「総理、なぜ、ハイジャック防止法では対応できないと答弁されているんですか」
ハイジャック防止法第3条には、「航空機強取等罪を行う目的で、予備行為をした場合、3年以下の懲役刑に処される」とある。安倍首相はそれについての答弁を避けた。
金田大臣「航空券の予約または購入自体に、客観的に相当の危険性があるとまでは言えず、ハイジャック目的で航空券を購入する行為が常に予備罪に当たるとは言えない」
ハイジャック防止法成立直前の昭和45年5月12日、参議院法務委員会で、当時の法務省刑事局長は「航空券を買ったという場合にも、ハイジャックをやるという目的で航空券を買ったという場合が、第3条の予備に当たる」と発言している。明らかに金田大臣の答弁はこれと食い違っている。
山尾議員は、政府が示したテロ事例の防止について現行法で対応できると指摘し、共謀罪を新たにつくる必要はないことを証明しようとしたのである。
改正案の6条の2には、「刑に処する」のあとに、きわめて重要なことが書かれている。
ただし、実行に着手する前に自首した者は、その刑を減軽し、又は免除する。
つまり、犯罪を共謀して下見などその準備をしたあとでも、自首すれば許してやろうというわけだ。むろん、全員がうち揃って自首しない限り、自分だけが助かり他のメンバーを陥れることになる。スパイや密告の横行が懸念される条項だ。
安倍首相は2月10日、共同通信社の単独インタビューで、この改正法を成立させなければテロ対策で各国と連携する国際組織犯罪防止条約が締結されず「2020年東京五輪・パラリンピックが開催できない」と語ったが、これはあきらかに詭弁、もしくはウソである。
国際組織犯罪防止条約(パレルモ条約)は2000年11月15日、国際連合総会で採択され、日本も署名し、2003年には国会で承認されたが、いまだに批准にはいたっていない。
同条約はもともとマフィアの組織犯罪を念頭に置いたもので、テロ対策ではない。
しかもこの条約の第34条では「締約国は…自国の国内法の基本原則に従って必要な措置をとる」とされている。国内法の原則、すなわち「既遂処罰」の原則を守ればよいことになっている。けっして共謀罪を強要するものではないのだ。
日本政府はなぜかこの条約批准と共謀罪の創設をセットで考え、過去三度にわたって共謀罪法案の成立をはかってきたのである。
国際組織犯罪防止条約の締結や、オリンピックの開催と、共謀罪新設は何の関係もなく、安倍首相の言うことは、今や世界で憂うべき流行となっているオルタナティブ・ファクト(別の事実)、つまり政治権力サイドの大ウソといえよう。
ふりかえれば、安倍首相はこれまでにも数々のオルタナティブ・ファクトを発してきた。福島原発については「アンダーコントロール」。戦争のできる国づくりのことを「積極的平和主義」。消費増税の約束破りは「新しい判断」…。
政治家のウソ、詭弁は今に始まったことではないが、昨今はどこの先進国でも、それに世論が動かされてしまう傾向があるのは困ったことだ。
共謀罪は、個々人の合意や相談といった、形にならないものを処罰するため、その証拠収集には、捜査機関による盗聴や、メール、SNS等の監視が大手を振って行われる可能性が高い。
また、威力業務妨害罪も対象とされるため、市民や学生らの反政府デモなどにも弾圧が強まるにちがいない。
ときの政治権力が良識に基づいて行使されるのなら、どんな悪法でも怖くはない。しかし、今の政権をみれば、そんな楽観主義は許されないだろう。
戦前の治安維持法は元来、国体や私有財産制度を否定する共産主義運動を取り締まるのが目的だったが、「組織ヲ準備スルコトヲ目的」とする結社などを禁ずる規定があったため、しだいに拡大解釈され、自由主義者など政府の気に入らない人々が次々と犯罪者に仕立て上げられた。
憲法改正をめざし、しだいに国家主義的色彩を強める安倍政権が、秘密保護法を制定し、共謀罪を拡大する法をつくろうとする真の目的は、政府に批判的な言論や市民活動の抑圧にあることはおそらく間違いないであろう。
森友学園などは、偏狭なナショナリズムの蔓延でジワジワ息苦しくなりつつあるこの国の空気から生まれた「鬼っ子」といえるかもしれない。犠牲になるのは将来を託すべき子供たちだ。
・新聞は国家の暴走を監視できているのか? 各紙「共謀罪」報道を比較(MAG2NEWS 2017年3月23日)
by 内田誠『uttiiの電子版ウォッチ』
※小泉政権時代に3度も廃案になった「共謀罪」の趣旨を盛り込む、組織犯罪処罰法改正案が3月21日、閣議決定されました。このいわゆる「共謀罪」法案は、政府や警察の解釈によって、どんな組織や集団でも「テロリズム集団」と定義付けされ処罰の対象になる可能性が問題視されています。「現代版・治安維持法」ともいうべき改正法案の閣議決定について、新聞各紙はどのように報じたのでしょうか? メルマガ『uttiiの電子版ウォッチ』の著者でジャーナリストの内田誠さんは、各紙の報じ方を詳細に分析することで、この国家の暴走とも言うべき「共謀罪」についてどの新聞メディアが監視できているのか、あるいは擁護しているのかを炙り出しています。
閣議決定された「共謀罪」法案を、各紙はどう報じたか
「共謀罪」の趣旨を盛り込んだ組織犯罪処罰法改正案が閣議決定されました。今国会でなんとしても成立させたいというのが安倍政権の姿勢。それにしてもひどい法案です。
テロ対策だ、オリンピックを成功させるためだと言いながら、当初、どこにも「テロ」の文言がなかったんですね。与党からも「それは変だ」と指摘されると「確かに変だ」と気付いたのか、慌てて「テロリズム集団その他の組織的犯罪集団」という表現を書き込んだのです。「どこかにテロって書いておけばいいんだろ!」と言わんばかりに…。
でも、これは全くおかしい。
法案は「テロリズム集団その他の組織的犯罪集団」と書き込みましたが、“テロリズム”に対する定義がどこにも書かれておらず、政府あるいは警察が「テロリズム集団だ」と名付ければそれまで。要は、「テロリズム集団」という表現では、何も範囲が限定されていないわけで、何でも当てはまることになってしまいます。
とはいえ、「その他の組織的犯罪集団」と書いてあるから、大丈夫と思われるかもしれません。犯罪を目指していなければよいのだからと。しかし、これも違います。政府統一見解で、ごく普通の団体が性質を変えた場合にも認定される可能性があるとされましたから。つまり、その団体がどんな経緯で作られたのか、名前は何か、目的は何か、そうしたことは一切関係ない。「犯罪を共謀する」という行為があれば、その人間集団はいつでも「組織的犯罪集団」になれるというわけですな。「百人一首を楽しむ会」が、ある日、極悪テロ集団に“認定”されることだって、ないとはいえない。
早い話、「テロリズム集団その他の組織的犯罪集団」は、ありとあらゆる団体のことを指しているのです。だいたい、「何かとその他」と言えば、「全部」という意味ですよね。「テロリズム」も「組織的犯罪」も、何一つ限定しない、あらゆる団体がその対象となることを排除されないのですから、「何かとその他」という表現、実は何も言っていないに等しい。というわけで、「テロリズム集団その他の組織的犯罪集団」とは「組織一般」と完全に同義となりますし、いやいや、もっと言えば、「組織」である必要さえない。コミュニケーション可能な複数の人間…これが実際の取締対象になる。組織の名前は警察が後で適当に付けてくれるでしょう。きっと。
今回上程されようとしている「共謀罪」の法案は、テロリズムとは無関係に、多くの犯罪に共謀罪を適用することで、究極の目的は完璧な密告社会を作り出すことだと私は考えています。法案の呼び名も「共謀罪」よりも「密告奨励法」の方が相応しいくらいかもしれません。その辺りのことについてはまた別の機会に。
【ラインナップ】
◆1面トップの見出しから……。
《朝日》…「「共謀罪」全面対決へ」
《読売》…「住宅地 下げ止まり」
《毎日》…「「共謀罪」法案 衆院提出」
《東京》…「犯行前に処罰可能」
◆解説面の見出しから……。
《朝日》…「「テロ」強調 本質変わらず」
《読売》…「「共謀罪と別」強調」
《毎日》…「テロ対策か否か」
《東京》…「「テロ」現行法で対処可能」
ハドル
《読売》の1面トップ外しが奇異に感じられるくらい、各紙全面的にこの問題を扱っていますので、今朝は「共謀罪」ということで。今日のテーマは…閣議決定された「共謀罪」法案を、各紙はどう報じたか、です。
基本的な報道内容
政府は、計画段階での処罰を可能とする「共謀罪」の趣旨を盛り込んだ組織犯罪処罰法改正案を閣議決定し、国会に上程した。対象となる犯罪は277あり、テロ対策を標榜するが、捜査機関の裁量によってテロと関係ない市民団体などにも適用可能で、日常的な行為が犯罪の準備行為として直接処罰の対象となる恐れが指摘されている。さらに、「実行に着手する前に自首したものは、その刑を減軽し、又は免除する」と規定され、密告を奨励する。
犯罪の具体的な行動を伴う既遂や未遂を処罰するものであった日本の刑事司法の原則を転換し、憲法が保障する内心の自由や思想の自由に警察・検察などの取締当局が容喙し、人権を大きく毀損する危険をはらむ立法が行われようとしている。
監視の恐怖
【朝日】は1面トップに2面の解説記事「時時刻刻」、7面の「教えて」、16面と17面のオピニオン欄と社説、39面社会面まで。見出しを抜き出す。
1面
•「共謀罪」全面対決へ
•与野党、会期末にらみ
•法案閣議決定
•内心の自由 踏み込む危険(解説)
2面
•「テロ」強調 本質変わらず
•政府案文言なし 異例の追加
•277に減 目立つ暴力団対象
•「成案でたら答弁…」法相に野党照準
39面
•監視の恐怖さらに
•「市民が相互不信に」
•知らぬ間に病歴漏出
•「無関係な人にも広がる」
•隠しカメラ 警察が設置
•「話し合いで犯罪の可能性」
•沖縄抗議活動
uttiiの眼
《朝日》の姿勢は1面の作り方に顕れている。
まずはトップ項目の大見出しを「共謀罪」という言葉で飾っていること。政府は、今回の法改正は小泉政権時代に3度廃案となった共謀罪とは違うもので、その適用を「テロ組織や暴力団など組織的犯罪集団」に限るうえ、話し合っただけでは罪に問われず、「準備行為」が必要だとしている。だが、この「組織的犯罪集団」は、もともとは正当な活動を行う集団であっても「性質が一変すれば」対象になりうるものであり、「準備行為」が何を指すかはそもそも不明確。いずれも警察や検察がどう考えるかによって決まってくるという代物。これまでの不十分な国会審議でも分かってきたそのような法案の問題点に鑑み、《朝日》はこの法案を「共謀罪」と呼んでいるわけだ。記事の中に〈おことわり〉があり、法案には「犯罪を計画段階で処罰する「共謀罪」の趣旨が盛り込まれており、朝日新聞はこれまでと同様、原則として「共謀罪」の表現を使います」とし、政府の呼称である「テロ等準備罪」は必要に応じて使用するとことわっている。
2面の「時時刻刻」は、“解説”というよりも“ノート”に近い記事だが、指摘されている事実の中に重要なものがいくつかある。1つは、この法案が成立しても何らテロ対策にならないことを、検事出身で自民党の議員である若狭勝氏が明言していること。若狭氏は「予防拘禁」を主張する程の人だが、少なくとも今回の法案の対テロ効果はほとんどないと言っている。
またこの間、しばしば国会で立ち往生するに至った金田法相のサポート役をと考えたのか、法務省刑事局長を政府参考人として法務委員会に出席させることが決まっているようだ。金田氏だけならあっと言う間に火の手が上がってしまうだろうことは想像に難くない。
オピニオン欄には刑事法学専門で神戸学院大学教授の内田博文さんがインタビューに応じている。「共謀罪」は近代刑事法の原則を変えてしまうものであること、戦前の治安維持法と同じ役割を果たしそうであること、さらに、これによって警察は盗聴のしたい放題になることなどが話されている。
政府は堂々と意義を主張せよ!と…
【読売】は1面トップを外し、左肩からスタート。関連で3面の解説記事「スキャナー」と社説、あとは条文要旨と対象犯罪を13面に載せる。見出しを以下に。
1面
•テロ準備罪法案 国会提出
•政府 成立要件を厳格化
3面
•「共謀罪と別」強調
•政府 対象・範囲絞る
•野党「基準あいまい」
•「社長殴ろう」同僚計画→不適用
•政府は堂々と意義を主張せよ(社説)
uttiiの眼
いやはや恐れ入った。法案は「共謀罪」とは全く別だという政府の主張そのままに、法案を「テロ準備罪法案」と呼び、その認識をベースにして、各記事が書かれている。
社説に至っては“自民党政府応援紙”らしく、タイトルから「政府は堂々と意義を主張せよ」と完全な応援モード。法案がテロ対策のためだという政府の主張に微塵も疑いを挟まず、与党に批判された政府が慌てて「テロリズム集団その他の組織的犯罪集団」と書き加えたことについても、「修正により、テロ対策という立法の趣旨はより明確になったと言える」などと、超能天気なことを言っている。
挙げ句の果てに、公明党の主張に配慮した政府が対象犯罪を676から277に絞り込んだことに対しても、「政府は過去に「条約上、対象犯罪を限定することは難しい」と説明している。これとの整合性をどうとるかが課題だ」と、対象犯罪を元に戻せと言わんばかりの口吻。対象犯罪を減らしたことは、法案が実はテロ対策でも何でもないことを示している動かぬ証拠かもしれないのに、その方向には一切敷衍していない。また、政府が世論の批判を恐れて「共謀罪とは違う」ことばかり強調していると不満げで、「国民の安全確保に資する法案であると、堂々と主張すべきだ」と尻を叩き始める始末。批判精神の発揮のしどころを間違えているように感じられた。
「テロ対策に便乗」
【毎日】は1面トップに3面の解説記事「クローズアップ」、社会面に関連記事。見出しから。
1面
•「共謀罪」法案 衆院提出
•政府閣議決定 与野党論戦へ
2面
•テロ対策か否か
•政府、悪印象払拭を狙う
•答弁不安「急所」は法相
31面
•「テロ対策に便乗」
•9.11遺族 実効性に疑問符
•法の専門家 賛否 溝大きく
uttiiの眼
3面記事は、この法案がその触れ込み通り「テロ対策」に資するものなのかどうかを、直接に見出しに書き出している。中身は《読売》が指摘した「対象犯罪の絞り込み」。与党内でそのことが問題となった時の自民党法務部会の様子が描かれている。ある出席議員は、「以前は(対象犯罪を)削れないと言っていた。うそをついていたのか」と外務、法務の幹部を激しく問い質していたという。政府が今回の法案が必要だとする根拠は「国際組織犯罪防止条約」の締結。懲役・禁錮4年以上の罪を対象とすることになり、日本では676になるのに、政府は閣議決定段階で277に減らした。政府によれば、「組織的犯罪集団」に適用対象を限定すれば、対象となる犯罪も限定できるということのようだが、277でも、非常に広い範囲で犯罪の予備段階を直接処罰の対象とすることになり、「対象犯罪はまだ幅広い。捜査機関による乱用の懸念はぬぐい切れていない」(村井敏邦一橋大学名誉教授)。そもそも条約はテロ対策を主眼にしたものではなく、マフィア対策。その点を突くのが《毎日》社会面の、以下の記事。
31面はユニークな内容。2001年の米同時多発テロで長男を失った住山一貞さん(79)が取材に応じ、「マフィアを取り締まる条約に入るための法案だと聞くのですが、それがなぜテロ対策になるのでしょうか。(立法のための)便乗ではないかと気になります」と語っている。住山さんは実質的なテロ対策を望む立場で、「テロを未然に防げるなら、捜査の幅を広げて個人の自由をある程度縛ることもやむを得ない」と考える方でもある。その住山さんが、今回の法案に違和感を持ち、「内部告発でもない限り、どう捜査するのでしょうか」と疑問を呈している意味は大きい。
刑法の原則が覆る
【東京】は1面トップに2面記事、3面に解説記事「核心」、5面社説、7面は「記者チェック」とドキュメントを含むほぼ全面大特集、28面・29面は見開きの「こちら特報部」で、共謀罪だけでなく政府に抗議する人々による「路上の民主主義」特集、31面社会面にも関連記事で、戦前の治安維持法で逮捕された経験者の声。フルスペックの扱い。まずは見出しから。
1面
•「共謀罪」捜査 当局の裁量
•犯行前に処罰可能
•政府が法案提出 論戦へ
•政府の看板に残る疑念
•「テロ」文言 法の目的になし
2面
•ファクトチェック
•首相説明に矛盾
•「共謀罪の呼称誤り」→話し合い・準備で罪に
•首相不在で閣議決定 訪欧中で麻生氏代理
•法案、来月中 審議入りか
3面
•「テロ」現行法で対処可能
•国連主要条約 加入済み
5面
•刑法の原則が覆る怖さ(社説)
7面
•「共謀罪」法案 記者チェック
28面、29面
•原発、安保法制そして共謀罪に「ノー」
•路上の民主主義は今
•諦めない 新たな風も
•沖縄 粘り強く声を上げ
31面
•思想弾圧「二度とならん」
•治安維持法で逮捕 102歳女性訴え
•「抗議行動 萎縮してしまう」
•沖縄の市民グループ懸念
uttiiの眼
膨大な数の見出し。それぞれ重要な論点を含むが、紙面として特徴的なところを2箇所ご紹介する。1つは7面の「記者チェック」、もう一つは31面記事。
7面は、新聞としては異例の構えで作られている。まず、法案の主な条文を7項目ほど抜き出し、改正部分に傍線を施し、ポイントとなる部分にはラインマーカーのように黄色で印を付け、紹介している。新聞で条文を直接参照するとは思わなかった。いくつかポイントがあるが、「目的」を規定した第1条に「テロ」の文言が入っていないことを確認しておく。
また、このページには対象となる277の罪が総て書き出されている。刑法からは「窃盗」「背任」「横領」が含まれていることに、あらためて驚く。
さらに「記者チェック」は、6分野の記者を動員して「共謀罪」についてコメントさせている。6分野とは「法務省」「警察」「外務省」「首相」「公明党」「野党・国会」。「警察」担当の記者は、警察白書の中に「欧米でテロ防止を目的とした通信傍受や身柄拘束が認められる例を挙げ、日本でも「新たな対策の導入の検討を進める」としていること」に注目している。それらはテロ対策だけでなく、警察が「大衆運動」と呼ぶ、反戦・反基地運動、原発再稼働反対集会などの動向を把握しようとする場面で使われることになるのかもしれない。
この7面は、正直言って情報が過多なので、「永久保存版」的な位置付けにしたいところ。データはとくに貴重で、こういうときは電子版よりも紙の方が便利だということを痛感させられる。
もう1点。31面は、戦前、治安維持法で逮捕された経験を持つ102歳の女性の証言。農民運動が盛んだった三重県松阪市で、会合の案内ちらしを配り、共産党の機関誌を読んだだけで逮捕され、50日ほど拘留される間、肩や膝を叩かれたりしたという。男性は殴られていて「かわいそうやった」といい、「怖い時代は二度と来てほしくない」と話しているという。
以上、いかがでしたでしょうか。
来月には審議が始まる可能性が高い「共謀罪」。会期末を睨んで微妙な攻防が国会内で繰り広げられるのでしょう。新年度も色々ありそうです。
by 新恭(あらたきょう)『国家権力&メディア一刀両断』
※野党により提出された法務大臣不信任案も否決され、安倍官邸悲願の成立にまた一歩近づいた共謀罪。これまで政府は「一般市民は捜査の対象にならない」と説明してきましたが、果たしてそれは真実なのでしょうか。メルマガ『国家権力&メディア一刀両断』の著者・新 恭さんは、これまでの国会等のやり取りを丁寧に分析しながら、この法案の危うさを指摘しています。
一般市民に関係ないという共謀罪法案のウソに騙されるな
法案の正体がバレないうちに通してしまえというわけか。安倍自民党政権は、連立外に控える補完勢力、日本維新の会を抱き込んで共謀罪法案の修正案をでっち上げ、5月19日にも衆院法務委員会で可決するかまえだ。
自公両党と日本維新の会が合意した修正案は、取り調べの可視化(録音・録画)を検討することを、法案の付則に盛り込むというのが主要な中身である。
取り調べの可視化は昨年、刑事訴訟法が改正され、裁判員制度対象事件や検察官独自捜査事件に採用されることになっている。
そこに共謀罪の事件も可視化の対象として加えることを「検討する」というのだ。「検討」では付け焼刃にもならないのではないか。
可視化の効果そのものに疑問がもたれているのだ。「任意の取り調べ」は録音・録画されない。実際には「任意」や「別件」で聴取され、虚偽自白に追い込まれる例が多い。自白した後、決められたシナリオ通りの供述を録画するというのでは、可視化本来の目的にはほど遠い。
法制審議会委員として、「全事件、全過程での取調べの録音・録画」をめざした映画監督、周防正行氏が5月12日の報道ステーションで、可視化を盛り込む三党合意を「何の意味もない」と批判したのは当然のことだ。維新の賛成を得て、強行採決と批判されないようにしたい政権側の魂胆が丸わかりである。
それでも、数の力で押し切られたら、秘密保護法や安保法制と同じ結果となり、平和と人権を謳った憲法を空文化する悪法三点セットがそろってしまう。
ここは、ぜがひでも、国会やメディアの力で、世論を喚起しなければならない。東京五輪、テロ防止をキーワードに、共謀罪の危険性を包み隠そうとする政府のウソを徹底的に暴く必要がある。
9.11の同時多発テロ以降、アメリカを中心に急速に監視捜査が広がっている。スノーデン氏のリークで明らかになったように、CIAやNSAなど米国のインテリジェンスコミュニティはIT技術を使ってネット通信の傍受、盗聴などを行い、世界から多くの個人情報を集めている。
テロ集団、犯罪組織にとどまらない。一般市民にまで無差別に範囲を拡大している。あなたがたの命にかかわる「テロ対策」なのだから、市民的自由など少々我慢せよといわんばかりだ。
日本政府もそれに追随するかのように、「テロ等準備罪」と名を変えて共謀罪の法案を提出してきた。共謀罪は二人以上が、対象犯罪について合意、計画し、準備したら処罰するというもので、合意、計画があったと捜査当局が疑えば捜査に着手できる。
殺人予備など、いくつかの犯罪に既遂、未遂以前の予備罪が設けられているが、それでは不足で、さらに軽いはずの準備罪、合意するだけの共謀も、捜査の対象にしようとするのだ。
実際に犯罪が行われていないのだから、形のないもの、人の心の内やコミュニケーションを捜査するということになる。それを277種類もの犯罪に適用しようというのである。
常識的に考えて、何の罪もない一般市民が、あらぬ疑いをかけられて、捜査の対象となり、冤罪に巻き込まれる恐れは格段に増えるだろう。
多くの法学者や、ジャーナリスト、有識者が、疑問を呈し、あまたの国民が不安を抱くのは当たり前のことだ。
それを受けて、国会では、政府が言うように「一般の人は捜査の対象にならない」のかどうか、野党議員が追及しているが、頼りない金田法務大臣への攻撃をかわすために雁首をそろえた副大臣、政務官はもとより、林真琴刑事局長すら、論点ずらしで時間を稼ぎ、まともに答えようとしない。
そんな質疑の中から、明らかになったのは結局、「一般市民も捜査対象になりうる」という、常識的には疑う余地のない共謀罪の本性である。
5月8日の衆議院予算委員会における、山尾志桜里議員(民進)の質疑を見てみよう。
そのために、まず確認しておかねばならないことがある。「何らかの嫌疑がある段階で、一般の人ではないと考える」と言う盛山正仁法務副大臣の発言だ。これが法務省のいわば統一見解となったようである。
捜査当局が嫌疑をかけた時点でその人は一般人ではなくなってしまう。これは恣意的に対象者を決められるということではないのだろうか。どうやって嫌疑があるかどうかを調べるというのか。
山尾議員は捜査手法の一つである「尾行」について、こう質問した。
告発された人に嫌疑があるかどうかを調べる段階における警察の活動は金田大臣の言葉では「検討」、森山副大臣の言葉では「調査」と言うようです、この段階での尾行は合法的ですか。
金田大臣は沈黙し、法務省の林刑事局長が答弁した。
嫌疑が発生する前の段階での尾行は、まだ捜査が開始されていないので、できません。
この問答にしたがうなら、嫌疑があるかどうかを調べるさい、尾行などの捜査活動はできないことになる。
そこで、山尾議員は「これまで嫌疑が生じる前に尾行していたら、それはすべて違法だったということか」と問いただした。
すると、林刑事局長は明確な答弁を回避しはじめる。
尾行でも目的によって評価が違う。
尾行は捜査としてはしないということ。捜査以外の尾行があるかどうかといわれても、答えられない。
不明瞭な答弁内容を、山尾議員はこう整理した。
つまり嫌疑が確定していない段階では捜査としての尾行はありえないが、尾行するかどうかは一概には言えない。目的によりけりだと。どう聞いてもそういうことになる。100%ないかというと、そうでもないのだと思う。
嫌疑を確定する前段階の調査とか検討とかいうのは詭弁に過ぎない。捜査しなければ、嫌疑があるかどうかはわからないではないか。捜査当局が一般市民を対象に共謀罪の捜査活動をはじめることは避けられないのである。
ここであらためて、共謀罪法案、すなわち「組織的犯罪処罰法」改正案の肝心な条項を確認しておこう。
組織的犯罪集団の団体の活動として、当該行為を実行するための組織により行なわれる者の遂行を二人以上で計画した者は…
その計画をした者のいずれかによりその計画に基づき資金又は物品の手配、関係場所の下見その他の計画をした犯罪を実行するための準備行為が行われたときは…刑に処する
これをもって、金田法務大臣は組織的犯罪集団にかかわりのない人は共謀罪の対象になりえないというのである。
しかし、高山佳奈子・京都大学大学院法学研究科教授によると、「組織的犯罪集団」「合意(計画)」「準備行為」、いずれも捜査当局による恣意的な解釈が可能だ。法案にその中身が限定されていないためである。
限定されていない以上、どのようなグループや組織でも、ある時点から「組織的犯罪集団」と認定されうる。「合意」には、SNSや目配せ、黙示、未必の故意によるものなど全て含まれる。あまりにも拡大解釈の余地がありすぎるのだ。
金田大臣が準備行為について言うように「ビールと弁当を持っていたら花見、地図と双眼鏡を持っていたら犯行現場の下見」という、いい加減な説明では話にならない。
高山教授は国会の参考人陳述でいくつもの法案の問題点をあげた。
法案には単独犯のテロ計画、単発的な集団のテロが射程に入っていない。2014年に改正されたテロ資金提供処罰法で、テロ目的による資金、土地、建物、物品、役務その他の利益の提供が処罰の対象になり、これで五輪テロ対策は事実上完了している。
東京五輪のテロ対策に共謀罪法が必要という主張に根拠がないことは明白だ。国際組織犯罪防止条約(TOC条約またはパレルモ条約)を結ぶために必要だという政府の主張についても次のように批判する。
TOC条約との関係で懸念される点がいくつかある。公権力を私物化する行為が含まれるべきだが、除外されている。経済犯罪が除かれているのも条約との関連では問題となる。
具体的には、公職選挙法、政治資金規正法、政党助成法違反、警察などによる特別公務員職権濫用罪、暴行陵虐罪などが対象外となっている。
経済犯罪では、会社法、金融商品取引法、商品先物取引法、投資信託投資法人法などの収賄罪が対象から除外され、組織犯罪とつながりやすい酒税法違反、石油税法違反も外されている。さらに相続税法違反も入っていない。
これでは権力や金持ちに都合の悪いものは除外したと受け取られても仕方がないだろう。
読売、産経など御用メディアは、「共謀罪」法案に関するごくわずかな論評のなかで、東京オリンピックのテロ対策や国際組織犯罪防止条約の締結に必要だと主張する。
共謀罪を敵視する政党やメディアは、日本が孤立を深めテロの標的となるのを座視せよ、とでもいうのか。
(産経抄1月17日)
問題なのは、野党が「監視社会化する」「一般人が捜査対象になる」などと、極論に走り、国民の不安をいたずらに煽(あお)ろうとしていることだ。
(読売社説5月10日)
自信を持ってそう言えるのなら、なぜ共謀罪法がテロ防止にそれほど重要なのか、一般市民が不当な捜査に巻き込まれない保証は何かを、明確に示してほしい。
真にこの法案が必要であれば、仔細で丁寧な説明ができるはずだが、両紙のどこを探してもそんな記事は見当たらない。官邸の宣伝文句を垂れ流しているだけである。
言論、表現、市民活動が委縮する「監視社会」にさせてはならない。国会は重大な局面を迎えている。
・荒れる森友学園問題の裏で着々と成立に近づく「共謀罪」の危険性(MAG2NEWS 2017年3月10日)
by 新恭(あらたきょう)『国家権力&メディア一刀両断』
※大阪・豊中市の「森友学園問題」の裏で、安倍政権が今国会への提出を目指している、組織的犯罪処罰法の改正案。官邸サイドはその必要性を強く訴えて続けていますが、メルマガ『国家権力&メディア一刀両断』の著者・新 恭さんは、過去に3回も廃案となった「共謀罪」法の新設そのものであるとし、その条文から読み取れる危険性を指摘するとともに、安倍総理の口からまたも飛び出した「政治権力サイドの大ウソ」を白日の下に晒しています。
共謀罪…偽りのテロ対策
東京オリンピックをひかえてテロ対策が必要、国際組織犯罪防止条約を締結するため国内の法整備が不可欠…国民が「そりゃそうだ」と納得しそうな理屈をつけて、安倍政権は危険きわまりない法案を国会に提出しようとしている。
暴力団など反社会的団体が犯す罪の処罰内容を定める「組織的犯罪処罰法」の改正案がそれだ。
改正の中身は、「共謀罪」法の新設そのものである。共謀罪の法案といえば、過去三度も国会に提出されたものの、廃案になった。それだけ国民の反対が強いということだ。
同じ内容を安倍政権は「共謀罪」とせず、「テロ等準備罪」と名を変えて、国民を欺こうとしている。
この改正法案が、必ずしもテロ防止を目的としていないことは、当初、その条文に「テロ」の文言がなかったことでも明らかだ。
「テロの字をどこかに入れろ、テロ等準備罪と呼びにくいではないか」。そのように与党議員たちが騒ぎ出したため、つい最近「テロリズム集団」という言葉を付け足したらしい。
それはともかく、問題は「共謀罪」だ。
犯罪行為をやることに複数人が「合意」あるいは「計画」したら、共謀ということになるが、普通の人なら、たとえ一時的に気持ちが高まっても、思いとどまるものだろう。
共謀の段階で、捜査機関が盗聴やライン、メールの内容を証拠に逮捕できるとなれば、一般市民が自由に電話やネット上で「あいつ、殺してやろうか」などと冗談でも軽々しく言えないことになってしまう。
日本の刑法は、原則として既遂処罰であり、共謀のたぐいで処罰されるのは内乱陰謀罪、外患陰謀罪、私戦陰謀罪など「特別重大な法益侵害の危険性のある犯罪行為」に限られている。
それを、600以上の犯罪について共謀罪の対象とするというのが、安倍政権の当初の考え方だった。現時点では、反対の声を受けて277の犯罪に減ってはいるが、それでも刑法の根幹を揺るがす改変には違いない。
そのなかには、労働基準法、金融商品取引法、文化財保護法、会社法、消費税法、職業安定法などに関する犯罪までも含まれる。
安倍首相は「一般の人は対象にならない」と強調するが、その根拠は希薄だ。実際の条文を読めばわかる。
まだ、改正案は閣議決定されていないが、内容はほぼ確定しており、先日、その全文がメディアで公開された。ポイントは、「第6条の2」だ。
組織的犯罪集団の団体の活動として、当該行為を実行するための組織により行なわれる者の遂行を二人以上で計画した者は…
とある。
これを専門家は「構成要件」と呼ぶ。構成要件を満たせば、強制捜査に着手できるのだ。つまり、対象犯罪の実行を二人以上で合意したことがわかれば、逮捕されるかもしれないということだ。
安倍首相は2月3日の衆議院予算委員会で、逢坂誠二議員に対し「犯罪を行う合意に加え、実行準備行為が行われた場合にはじめて処罰される」と国会で答弁した。
いかにも、共謀だけなら心配ないように聞こえるが、そこに落とし穴がある。準備行為については条文にこう書いてあるのだ。
その計画をした者のいずれかによりその計画に基づき資金又は物品の手配、関係場所の下見その他の計画をした犯罪を実行するための準備行為が行われたときは…刑に処する。
すなわち、複数の人が合意して、そのうちの一人でも下見などの準備行為をしたら、処罰できるということである。これを専門家は「処罰条件」と呼び、先述した「構成要件」と区別している。安倍首相はこの「処罰条件」を定めた条文の通りに発言したことになる。
「構成要件」は強制捜査に着手するために必要、「処罰条件」は処罰するために必要な条件である。
繰り返すが、共謀だけでも逮捕される可能性はあるということだ。捜査の結果、準備行為が認められなかったら処罰には至らないとしても、逮捕という事実による社会的イメージの低下と、最長23日間の拘留が心身にもたらす苦痛は深刻である。
安倍首相はあえて「処罰」の条件のみをあげ、一般市民には関係がないというイメージを強調したのだ。
では、政府が「テロ等準備罪がないとテロ防止の穴が埋まらない」と主張する事例について検証するため、2月3日の衆議院予算委員会における山尾志桜里議員の質疑を振り返ってみよう。
山尾議員「地下鉄サリン事件をきっかけに、サリン等による人身被害の防止に関する法律というのができました。この法律には予備罪もあります。にもかかわらず、この法律があっても対応できないというのはなぜですか」
金田大臣「サリン等以外の殺傷能力の高い化学薬品というふうなことを想定していただきたいと思います」
山尾議員「サリン等に当たらないけれども殺傷能力の高い薬品の名前を一つでも挙げてください」
金田大臣「具体的な薬品を想定したものではありません」
山尾議員「具体的な薬品を想定していないなら、まさに架空の穴じゃないですか」
サリン等被害防止法の「サリン等」とは、サリンや、サリン以上、またはサリンに準ずる強い毒性を有する物質のことだ。サリン等をまくための「予備をした者は、五年以下の懲役」と定められている。毒物テロにこれで対処できないというのだろうか。
次に、航空機をハイジャックし高層ビルに突っ込ませる計画で航空券を予約する事例について。
山尾議員「総理、なぜ、ハイジャック防止法では対応できないと答弁されているんですか」
ハイジャック防止法第3条には、「航空機強取等罪を行う目的で、予備行為をした場合、3年以下の懲役刑に処される」とある。安倍首相はそれについての答弁を避けた。
金田大臣「航空券の予約または購入自体に、客観的に相当の危険性があるとまでは言えず、ハイジャック目的で航空券を購入する行為が常に予備罪に当たるとは言えない」
ハイジャック防止法成立直前の昭和45年5月12日、参議院法務委員会で、当時の法務省刑事局長は「航空券を買ったという場合にも、ハイジャックをやるという目的で航空券を買ったという場合が、第3条の予備に当たる」と発言している。明らかに金田大臣の答弁はこれと食い違っている。
山尾議員は、政府が示したテロ事例の防止について現行法で対応できると指摘し、共謀罪を新たにつくる必要はないことを証明しようとしたのである。
改正案の6条の2には、「刑に処する」のあとに、きわめて重要なことが書かれている。
ただし、実行に着手する前に自首した者は、その刑を減軽し、又は免除する。
つまり、犯罪を共謀して下見などその準備をしたあとでも、自首すれば許してやろうというわけだ。むろん、全員がうち揃って自首しない限り、自分だけが助かり他のメンバーを陥れることになる。スパイや密告の横行が懸念される条項だ。
安倍首相は2月10日、共同通信社の単独インタビューで、この改正法を成立させなければテロ対策で各国と連携する国際組織犯罪防止条約が締結されず「2020年東京五輪・パラリンピックが開催できない」と語ったが、これはあきらかに詭弁、もしくはウソである。
国際組織犯罪防止条約(パレルモ条約)は2000年11月15日、国際連合総会で採択され、日本も署名し、2003年には国会で承認されたが、いまだに批准にはいたっていない。
同条約はもともとマフィアの組織犯罪を念頭に置いたもので、テロ対策ではない。
しかもこの条約の第34条では「締約国は…自国の国内法の基本原則に従って必要な措置をとる」とされている。国内法の原則、すなわち「既遂処罰」の原則を守ればよいことになっている。けっして共謀罪を強要するものではないのだ。
日本政府はなぜかこの条約批准と共謀罪の創設をセットで考え、過去三度にわたって共謀罪法案の成立をはかってきたのである。
国際組織犯罪防止条約の締結や、オリンピックの開催と、共謀罪新設は何の関係もなく、安倍首相の言うことは、今や世界で憂うべき流行となっているオルタナティブ・ファクト(別の事実)、つまり政治権力サイドの大ウソといえよう。
ふりかえれば、安倍首相はこれまでにも数々のオルタナティブ・ファクトを発してきた。福島原発については「アンダーコントロール」。戦争のできる国づくりのことを「積極的平和主義」。消費増税の約束破りは「新しい判断」…。
政治家のウソ、詭弁は今に始まったことではないが、昨今はどこの先進国でも、それに世論が動かされてしまう傾向があるのは困ったことだ。
共謀罪は、個々人の合意や相談といった、形にならないものを処罰するため、その証拠収集には、捜査機関による盗聴や、メール、SNS等の監視が大手を振って行われる可能性が高い。
また、威力業務妨害罪も対象とされるため、市民や学生らの反政府デモなどにも弾圧が強まるにちがいない。
ときの政治権力が良識に基づいて行使されるのなら、どんな悪法でも怖くはない。しかし、今の政権をみれば、そんな楽観主義は許されないだろう。
戦前の治安維持法は元来、国体や私有財産制度を否定する共産主義運動を取り締まるのが目的だったが、「組織ヲ準備スルコトヲ目的」とする結社などを禁ずる規定があったため、しだいに拡大解釈され、自由主義者など政府の気に入らない人々が次々と犯罪者に仕立て上げられた。
憲法改正をめざし、しだいに国家主義的色彩を強める安倍政権が、秘密保護法を制定し、共謀罪を拡大する法をつくろうとする真の目的は、政府に批判的な言論や市民活動の抑圧にあることはおそらく間違いないであろう。
森友学園などは、偏狭なナショナリズムの蔓延でジワジワ息苦しくなりつつあるこの国の空気から生まれた「鬼っ子」といえるかもしれない。犠牲になるのは将来を託すべき子供たちだ。
・新聞は国家の暴走を監視できているのか? 各紙「共謀罪」報道を比較(MAG2NEWS 2017年3月23日)
by 内田誠『uttiiの電子版ウォッチ』
※小泉政権時代に3度も廃案になった「共謀罪」の趣旨を盛り込む、組織犯罪処罰法改正案が3月21日、閣議決定されました。このいわゆる「共謀罪」法案は、政府や警察の解釈によって、どんな組織や集団でも「テロリズム集団」と定義付けされ処罰の対象になる可能性が問題視されています。「現代版・治安維持法」ともいうべき改正法案の閣議決定について、新聞各紙はどのように報じたのでしょうか? メルマガ『uttiiの電子版ウォッチ』の著者でジャーナリストの内田誠さんは、各紙の報じ方を詳細に分析することで、この国家の暴走とも言うべき「共謀罪」についてどの新聞メディアが監視できているのか、あるいは擁護しているのかを炙り出しています。
閣議決定された「共謀罪」法案を、各紙はどう報じたか
「共謀罪」の趣旨を盛り込んだ組織犯罪処罰法改正案が閣議決定されました。今国会でなんとしても成立させたいというのが安倍政権の姿勢。それにしてもひどい法案です。
テロ対策だ、オリンピックを成功させるためだと言いながら、当初、どこにも「テロ」の文言がなかったんですね。与党からも「それは変だ」と指摘されると「確かに変だ」と気付いたのか、慌てて「テロリズム集団その他の組織的犯罪集団」という表現を書き込んだのです。「どこかにテロって書いておけばいいんだろ!」と言わんばかりに…。
でも、これは全くおかしい。
法案は「テロリズム集団その他の組織的犯罪集団」と書き込みましたが、“テロリズム”に対する定義がどこにも書かれておらず、政府あるいは警察が「テロリズム集団だ」と名付ければそれまで。要は、「テロリズム集団」という表現では、何も範囲が限定されていないわけで、何でも当てはまることになってしまいます。
とはいえ、「その他の組織的犯罪集団」と書いてあるから、大丈夫と思われるかもしれません。犯罪を目指していなければよいのだからと。しかし、これも違います。政府統一見解で、ごく普通の団体が性質を変えた場合にも認定される可能性があるとされましたから。つまり、その団体がどんな経緯で作られたのか、名前は何か、目的は何か、そうしたことは一切関係ない。「犯罪を共謀する」という行為があれば、その人間集団はいつでも「組織的犯罪集団」になれるというわけですな。「百人一首を楽しむ会」が、ある日、極悪テロ集団に“認定”されることだって、ないとはいえない。
早い話、「テロリズム集団その他の組織的犯罪集団」は、ありとあらゆる団体のことを指しているのです。だいたい、「何かとその他」と言えば、「全部」という意味ですよね。「テロリズム」も「組織的犯罪」も、何一つ限定しない、あらゆる団体がその対象となることを排除されないのですから、「何かとその他」という表現、実は何も言っていないに等しい。というわけで、「テロリズム集団その他の組織的犯罪集団」とは「組織一般」と完全に同義となりますし、いやいや、もっと言えば、「組織」である必要さえない。コミュニケーション可能な複数の人間…これが実際の取締対象になる。組織の名前は警察が後で適当に付けてくれるでしょう。きっと。
今回上程されようとしている「共謀罪」の法案は、テロリズムとは無関係に、多くの犯罪に共謀罪を適用することで、究極の目的は完璧な密告社会を作り出すことだと私は考えています。法案の呼び名も「共謀罪」よりも「密告奨励法」の方が相応しいくらいかもしれません。その辺りのことについてはまた別の機会に。
【ラインナップ】
◆1面トップの見出しから……。
《朝日》…「「共謀罪」全面対決へ」
《読売》…「住宅地 下げ止まり」
《毎日》…「「共謀罪」法案 衆院提出」
《東京》…「犯行前に処罰可能」
◆解説面の見出しから……。
《朝日》…「「テロ」強調 本質変わらず」
《読売》…「「共謀罪と別」強調」
《毎日》…「テロ対策か否か」
《東京》…「「テロ」現行法で対処可能」
ハドル
《読売》の1面トップ外しが奇異に感じられるくらい、各紙全面的にこの問題を扱っていますので、今朝は「共謀罪」ということで。今日のテーマは…閣議決定された「共謀罪」法案を、各紙はどう報じたか、です。
基本的な報道内容
政府は、計画段階での処罰を可能とする「共謀罪」の趣旨を盛り込んだ組織犯罪処罰法改正案を閣議決定し、国会に上程した。対象となる犯罪は277あり、テロ対策を標榜するが、捜査機関の裁量によってテロと関係ない市民団体などにも適用可能で、日常的な行為が犯罪の準備行為として直接処罰の対象となる恐れが指摘されている。さらに、「実行に着手する前に自首したものは、その刑を減軽し、又は免除する」と規定され、密告を奨励する。
犯罪の具体的な行動を伴う既遂や未遂を処罰するものであった日本の刑事司法の原則を転換し、憲法が保障する内心の自由や思想の自由に警察・検察などの取締当局が容喙し、人権を大きく毀損する危険をはらむ立法が行われようとしている。
監視の恐怖
【朝日】は1面トップに2面の解説記事「時時刻刻」、7面の「教えて」、16面と17面のオピニオン欄と社説、39面社会面まで。見出しを抜き出す。
1面
•「共謀罪」全面対決へ
•与野党、会期末にらみ
•法案閣議決定
•内心の自由 踏み込む危険(解説)
2面
•「テロ」強調 本質変わらず
•政府案文言なし 異例の追加
•277に減 目立つ暴力団対象
•「成案でたら答弁…」法相に野党照準
39面
•監視の恐怖さらに
•「市民が相互不信に」
•知らぬ間に病歴漏出
•「無関係な人にも広がる」
•隠しカメラ 警察が設置
•「話し合いで犯罪の可能性」
•沖縄抗議活動
uttiiの眼
《朝日》の姿勢は1面の作り方に顕れている。
まずはトップ項目の大見出しを「共謀罪」という言葉で飾っていること。政府は、今回の法改正は小泉政権時代に3度廃案となった共謀罪とは違うもので、その適用を「テロ組織や暴力団など組織的犯罪集団」に限るうえ、話し合っただけでは罪に問われず、「準備行為」が必要だとしている。だが、この「組織的犯罪集団」は、もともとは正当な活動を行う集団であっても「性質が一変すれば」対象になりうるものであり、「準備行為」が何を指すかはそもそも不明確。いずれも警察や検察がどう考えるかによって決まってくるという代物。これまでの不十分な国会審議でも分かってきたそのような法案の問題点に鑑み、《朝日》はこの法案を「共謀罪」と呼んでいるわけだ。記事の中に〈おことわり〉があり、法案には「犯罪を計画段階で処罰する「共謀罪」の趣旨が盛り込まれており、朝日新聞はこれまでと同様、原則として「共謀罪」の表現を使います」とし、政府の呼称である「テロ等準備罪」は必要に応じて使用するとことわっている。
2面の「時時刻刻」は、“解説”というよりも“ノート”に近い記事だが、指摘されている事実の中に重要なものがいくつかある。1つは、この法案が成立しても何らテロ対策にならないことを、検事出身で自民党の議員である若狭勝氏が明言していること。若狭氏は「予防拘禁」を主張する程の人だが、少なくとも今回の法案の対テロ効果はほとんどないと言っている。
またこの間、しばしば国会で立ち往生するに至った金田法相のサポート役をと考えたのか、法務省刑事局長を政府参考人として法務委員会に出席させることが決まっているようだ。金田氏だけならあっと言う間に火の手が上がってしまうだろうことは想像に難くない。
オピニオン欄には刑事法学専門で神戸学院大学教授の内田博文さんがインタビューに応じている。「共謀罪」は近代刑事法の原則を変えてしまうものであること、戦前の治安維持法と同じ役割を果たしそうであること、さらに、これによって警察は盗聴のしたい放題になることなどが話されている。
政府は堂々と意義を主張せよ!と…
【読売】は1面トップを外し、左肩からスタート。関連で3面の解説記事「スキャナー」と社説、あとは条文要旨と対象犯罪を13面に載せる。見出しを以下に。
1面
•テロ準備罪法案 国会提出
•政府 成立要件を厳格化
3面
•「共謀罪と別」強調
•政府 対象・範囲絞る
•野党「基準あいまい」
•「社長殴ろう」同僚計画→不適用
•政府は堂々と意義を主張せよ(社説)
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いやはや恐れ入った。法案は「共謀罪」とは全く別だという政府の主張そのままに、法案を「テロ準備罪法案」と呼び、その認識をベースにして、各記事が書かれている。
社説に至っては“自民党政府応援紙”らしく、タイトルから「政府は堂々と意義を主張せよ」と完全な応援モード。法案がテロ対策のためだという政府の主張に微塵も疑いを挟まず、与党に批判された政府が慌てて「テロリズム集団その他の組織的犯罪集団」と書き加えたことについても、「修正により、テロ対策という立法の趣旨はより明確になったと言える」などと、超能天気なことを言っている。
挙げ句の果てに、公明党の主張に配慮した政府が対象犯罪を676から277に絞り込んだことに対しても、「政府は過去に「条約上、対象犯罪を限定することは難しい」と説明している。これとの整合性をどうとるかが課題だ」と、対象犯罪を元に戻せと言わんばかりの口吻。対象犯罪を減らしたことは、法案が実はテロ対策でも何でもないことを示している動かぬ証拠かもしれないのに、その方向には一切敷衍していない。また、政府が世論の批判を恐れて「共謀罪とは違う」ことばかり強調していると不満げで、「国民の安全確保に資する法案であると、堂々と主張すべきだ」と尻を叩き始める始末。批判精神の発揮のしどころを間違えているように感じられた。
「テロ対策に便乗」
【毎日】は1面トップに3面の解説記事「クローズアップ」、社会面に関連記事。見出しから。
1面
•「共謀罪」法案 衆院提出
•政府閣議決定 与野党論戦へ
2面
•テロ対策か否か
•政府、悪印象払拭を狙う
•答弁不安「急所」は法相
31面
•「テロ対策に便乗」
•9.11遺族 実効性に疑問符
•法の専門家 賛否 溝大きく
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3面記事は、この法案がその触れ込み通り「テロ対策」に資するものなのかどうかを、直接に見出しに書き出している。中身は《読売》が指摘した「対象犯罪の絞り込み」。与党内でそのことが問題となった時の自民党法務部会の様子が描かれている。ある出席議員は、「以前は(対象犯罪を)削れないと言っていた。うそをついていたのか」と外務、法務の幹部を激しく問い質していたという。政府が今回の法案が必要だとする根拠は「国際組織犯罪防止条約」の締結。懲役・禁錮4年以上の罪を対象とすることになり、日本では676になるのに、政府は閣議決定段階で277に減らした。政府によれば、「組織的犯罪集団」に適用対象を限定すれば、対象となる犯罪も限定できるということのようだが、277でも、非常に広い範囲で犯罪の予備段階を直接処罰の対象とすることになり、「対象犯罪はまだ幅広い。捜査機関による乱用の懸念はぬぐい切れていない」(村井敏邦一橋大学名誉教授)。そもそも条約はテロ対策を主眼にしたものではなく、マフィア対策。その点を突くのが《毎日》社会面の、以下の記事。
31面はユニークな内容。2001年の米同時多発テロで長男を失った住山一貞さん(79)が取材に応じ、「マフィアを取り締まる条約に入るための法案だと聞くのですが、それがなぜテロ対策になるのでしょうか。(立法のための)便乗ではないかと気になります」と語っている。住山さんは実質的なテロ対策を望む立場で、「テロを未然に防げるなら、捜査の幅を広げて個人の自由をある程度縛ることもやむを得ない」と考える方でもある。その住山さんが、今回の法案に違和感を持ち、「内部告発でもない限り、どう捜査するのでしょうか」と疑問を呈している意味は大きい。
刑法の原則が覆る
【東京】は1面トップに2面記事、3面に解説記事「核心」、5面社説、7面は「記者チェック」とドキュメントを含むほぼ全面大特集、28面・29面は見開きの「こちら特報部」で、共謀罪だけでなく政府に抗議する人々による「路上の民主主義」特集、31面社会面にも関連記事で、戦前の治安維持法で逮捕された経験者の声。フルスペックの扱い。まずは見出しから。
1面
•「共謀罪」捜査 当局の裁量
•犯行前に処罰可能
•政府が法案提出 論戦へ
•政府の看板に残る疑念
•「テロ」文言 法の目的になし
2面
•ファクトチェック
•首相説明に矛盾
•「共謀罪の呼称誤り」→話し合い・準備で罪に
•首相不在で閣議決定 訪欧中で麻生氏代理
•法案、来月中 審議入りか
3面
•「テロ」現行法で対処可能
•国連主要条約 加入済み
5面
•刑法の原則が覆る怖さ(社説)
7面
•「共謀罪」法案 記者チェック
28面、29面
•原発、安保法制そして共謀罪に「ノー」
•路上の民主主義は今
•諦めない 新たな風も
•沖縄 粘り強く声を上げ
31面
•思想弾圧「二度とならん」
•治安維持法で逮捕 102歳女性訴え
•「抗議行動 萎縮してしまう」
•沖縄の市民グループ懸念
uttiiの眼
膨大な数の見出し。それぞれ重要な論点を含むが、紙面として特徴的なところを2箇所ご紹介する。1つは7面の「記者チェック」、もう一つは31面記事。
7面は、新聞としては異例の構えで作られている。まず、法案の主な条文を7項目ほど抜き出し、改正部分に傍線を施し、ポイントとなる部分にはラインマーカーのように黄色で印を付け、紹介している。新聞で条文を直接参照するとは思わなかった。いくつかポイントがあるが、「目的」を規定した第1条に「テロ」の文言が入っていないことを確認しておく。
また、このページには対象となる277の罪が総て書き出されている。刑法からは「窃盗」「背任」「横領」が含まれていることに、あらためて驚く。
さらに「記者チェック」は、6分野の記者を動員して「共謀罪」についてコメントさせている。6分野とは「法務省」「警察」「外務省」「首相」「公明党」「野党・国会」。「警察」担当の記者は、警察白書の中に「欧米でテロ防止を目的とした通信傍受や身柄拘束が認められる例を挙げ、日本でも「新たな対策の導入の検討を進める」としていること」に注目している。それらはテロ対策だけでなく、警察が「大衆運動」と呼ぶ、反戦・反基地運動、原発再稼働反対集会などの動向を把握しようとする場面で使われることになるのかもしれない。
この7面は、正直言って情報が過多なので、「永久保存版」的な位置付けにしたいところ。データはとくに貴重で、こういうときは電子版よりも紙の方が便利だということを痛感させられる。
もう1点。31面は、戦前、治安維持法で逮捕された経験を持つ102歳の女性の証言。農民運動が盛んだった三重県松阪市で、会合の案内ちらしを配り、共産党の機関誌を読んだだけで逮捕され、50日ほど拘留される間、肩や膝を叩かれたりしたという。男性は殴られていて「かわいそうやった」といい、「怖い時代は二度と来てほしくない」と話しているという。
以上、いかがでしたでしょうか。
来月には審議が始まる可能性が高い「共謀罪」。会期末を睨んで微妙な攻防が国会内で繰り広げられるのでしょう。新年度も色々ありそうです。