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bischa日乗

bischaが思ったことをテキトーな文章に綴ります。
AKB48グループや乃木坂46とアイドルグループPIP(http://ameblo.jp/pip-official/)についてのネタは割と多めになる予定です。

※この話はフィクションです。

桜の花が咲いていた。
散り際の花片は、重力に反するかのように宙を舞い、いつも通りに自転車を走らせようとしていた僕の腕に、顔に、更には目にさえ当たり、幾重にも渡る分厚い絨毯となった。
僕は思わずスピードを緩める。
緩やかなカーブの先に見える桜の木は、満開の時期をとうに過ぎていた。
その景色にふとよぎったのは、薄い桜の花のような色白の面差しだった。
こんな日に、何故、僕は君を思うのだろうか…。

僕は君に恋をしていた。
多分、それは間違いない。
キッカケがいつだったのか、君の何を好きなのか…。
理屈めいたものは幾つも思いつく。
しかし結局のところ、そんなレトリックが真実なのか、多少なりともフェイクでない何かがあるのか。
今となっては僕にもまるで分からない。
ひとつだけ確かなのは、僕があそこへ行くと、シフトが合う限り、君が僕をいつも笑顔で迎えてくれていたことだ。
そして僕は、その姿にいつも内心、少年のように胸を高鳴らせてドキドキしていた。
友人曰く、青褪めている、と言われるほどに。
たったそれだけのことだ。

最近、久々にある本を読むことになった。
字にして書くとまるでおカタイが、「哲学書」に類する1冊。
「愛するということ」という邦題が付けられたその本では、「恋に落ちている」という状態は、未だナルシシズムの域を脱しない、と説く。
僕は彼女のことがずっと好きだったが、それはそんなナルシシズムの発露に過ぎなかったかもしれない。
その本では、愛とは対象への「尊敬」、「理解」、「責任」が必要だと説かれていた。
僕がただ焦がれただけの感情に過ぎず、彼女からの信頼が追いつかなかった今を見れば、到底、哀しい独り相撲を展開するだけのピエロだったのだろう。

彼女が朗らかに「今」を語ってくれたことがあった。
一時期、進学を後回しにして働いていた彼女が、それを取り戻すように相当なスピード感で、目の前の『勉強』に勤しんでいることは、何となく聞いていた。
だから、一度だけ訊いてみたかったのだ。
「大学はどうですか?」と…。
間髪を入れず「楽しい。行って良かった!」と顔を輝かせて語る彼女の姿を見て、何だか忘れられない喜びを感じた。
自分がきちんと大学の課業を収めず、その外で勝手に「知」を吸収したつもりになって、ふらふらと浮ついた生活を送っていたことを思い出す。
恋すらすることもなく、フーコーやガタリの書籍をこれっぽっちも分からない癖に読んだ気になっていたり、かと思いきや山中貞雄やヒッチコックの映画を掘り起こして見るのが好きだった僕は、研鑽が無いがために負け続ける己の傷を舐めていただけなのだろう。
そんな僕に、彼女の真っ直ぐで、いつも壁に挑みかかる強さと光のある言葉は眩しかった。
僕のあのくすんだ時間にまで、光が差し込んでいきそうな気がして。

彼女は、やがて大学も卒業を迎え、就職が決まった、と聞いた。
何ら関係もない僕でさえ誇らしくなるような、本物のキャリアを積むには絶好の企業だ。
今、学生にも凄く人気で、ともすれば年齢がズレる彼女にはとても不利なんじゃないか…なんて少しだけ思っていた。
でも却って、そういう素材を面白がってくれる、懐の深い企業だったらしい。
彼女はこう言った。
「あんな風に大見得を切っちゃったから。しっかり夢を叶えなきゃ皆に合わせる顔が無いからね」
その言葉に違わず、必死の努力をしていたことは皆が知っていた。
語学の勉強から始めて、今まで触れていなかった秘書検定、なんていう資格も取得していたらしい。
面接対策では、足を引っ張りそうな過去のキャリアを誰にも負けない武器に変えられる、彼女の素晴らしい、彫像のような美しい造形とそれでも人を遠ざけないホスピタリティ溢れる笑顔の様子を自己アピールの写真として使ったそうだ。
「考えに考えた」という彼女のアピールは客観的に見ても、使える、と思わざるを得ないそれだった。
そうして彼女は、夢を形にした。
でも、僕は思っていたし、きっと彼女を好きな多くの人も同じように思っていただろう。
夢を叶えた君の立派な晴れ姿を見たくて応援してたんじゃなくて、夢に挑んだ君の背中それ自体を思うだけで、ただただ訳もなく嬉しくなって、たまらなく愛しく思えるんだ、と。

春になった。
桜が満開になるにはまだ早い季節。
彼女の最後のシフトの日が近付いてきた。
私はボケッとしていたが、偶然会った知人が、私にわざわざ教えてくれた。
縁が無いかな、と思っていただけに、取り合えず予約だけしよう、と電話を取った。
最初に希望した時間は予約で一杯、と言われてしまった。
男性の副店長が「早い時間なら…」と申し訳なさそうに言う電話口で、と一縷の希望を託して、「早くは行けないので22時とか遅くでもどうでしょうか?」と尋ねる。
彼は少し考え、席の配分をやりくりしてくれたようで、何とかOKを貰えた。
どうやら最後の席に近かったのかもしれない。
僕は彼女と少しは縁があったのかどうなのか、なんて厄体もないことを考えた。

迎えた当日。
席で楽しく、仲間内で食事をしていただけの私に、彼女目当ての常連達が「良ければ、ちょっと」と声をかけてきてくれた。
始まったのは、彼女へ花束を渡すセレモニーだった。
僕は、後ろの方に加えてもらい、ちょっとした賑やかし役を務めながら、彼女が喜び、ちょっとしたウィットを効かせながら軽妙に、そして胸を張って挨拶する様子をみんなと一緒に幸福に眺めた。
僕が惚れた彼女は、自分のことでそう簡単に涙を見せるような、詰まらない感激屋じゃない。
店にギッシリ詰まった客の思いに、明るい笑顔で応えようとする情の篤い人だ。
僕は密かにそんな所も誇りに思っている。

最後の日だというのに時間は刻々と過ぎる。
それは無情なのか慈悲なのか。
会計を済ませようとラストオーダーのドリンクをまだ飲んでいる仲間達を残して、レジに向かう。
彼女がレジに立っていた。
「おぉ」と気軽に受けてくれて立ち話の機会を得た。
多分、この次は2度とない、最後の機会。
僕は、素直に思うことを伝えようと思った。
彼女を好きだ、と。
勿論、彼女はそんな僕の気持ちは先刻承知だから、単に、僕が踏ん切りをつけるためにフラれるという儀式が欲しかっただけなのだろう。
「やっぱ夢を叶えた姿を見られて嬉しかったし、貴方は誇りなんです」
彼女を褒める言葉から始めた。
きっと「でしょ」と気軽に受けてくれて、僕は「そんな貴方が大好きなんです。今に至っても」と告白めいた文句を言えば、きっと気楽にフッてくれる。
以前、「大変だな。わたしより良い娘を見つけないと!」なんて言ってくれたように、きっと気楽にフッてくれる。
そう思っていた。
だけど彼女は、私がこれまで見た数年の中で、初めて不安げな表情を浮かべてこう言った。
「わたしはそんなにすごくなんかないよ」
続けられた言葉はこうだった。
「これから、いっぱい大変なこともあるだろうし…。みんなこそ、実は良い学校出てたりする凄い人がいっぱいいるじゃん」
僕はつい、反射的に言ってしまった。
「いや、貴方は凄いんです。だって、少なく見積もってもこんな風に店をいっぱいに埋め尽くすほどの人に、貴方は愛されてるんですよ。こんなことって、普通あると思いますか?」
「何年、貴方を見てきたと思ってるんですか?それでも今も尚、こうして会いに来たくてどうしようもないほど、貴方は素晴らしい人なんですよ」
一方的に、身勝手な話をした気がする。
でも、僕はどうしても伝えたかった。
僕の矮小な恋などに収まらない、彼女が積み上げたものは、何にも負けない、尊い思慕の集積だということを。
お節介だとは思ったけれど、伝えずにはいられなかった。

こうして、僕の個人的な思いは、ついぞ彼女に届くことはないままになった。
でも、そんなことはどうでも良かった。
むしろ、彼女が持つ元来の朗らかでしなやかな精神で4月を迎えていることを願ってやまなかったからだ。
そうこうしている内に、あっという間に桜は散り際を迎えている。
彼女はどうしているだろうか?
思いに身を任せて桜の木を眺めながら自転車を止め、スマホを取り出す。
開いたそこには一葉の画像と共に、1通のメッセージが来ていた。
差出人は彼女のことを知っている人からだった。
「左上に写ってるよね?元気そうだね」
画像を見れば、彼女の友人の結婚式の様子だった。
相変わらずの笑顔で写る彼女の姿が、そこにはあった。

見上げるように僕は視線を移す。
桜は散りかけている。
しかし、空へと伸び行く枝先の新芽が、力強い新緑の季節の訪れを告げていた。