【このシリーズはフィクションです】

 

遠藤さんだが、もともと田舎者で、若い頃から上京し、苦労を重ね、小さな弁当屋経営してる。毎日朝2時に起床し弁当作りを初め、7時になると、自らオフィスに配達する。午後には電話で翌日注文を電話で確認する。このような忙しい毎日だが、50歳に近づいても独身で、唯一な楽しみは夕方から飲み屋でのでくつろぎである。

 

あるひ、仲人によって飲み屋で知り合った蘭ちゃんと結婚することに。田舎で行った盛大な結婚式だった。

 

しかし結婚後に蘭ちゃんは今までの生活と替わらない。夜は飲み屋で働き、昼はずっとねる。このまま一年、二年、、、、ある日、遠藤さんは脳出血で倒れ、蘭ちゃんのおかげで救急車を呼び一命は取り留めた。しかし長期入院により経営した弁当屋は客離れし、閉店する羽目になった。

 

二人結婚する際の仲人で、蘭ちゃんの親友から聞いた話だが、蘭ちゃんは隣の貧しい大国から来た娘で、恋人も一緒にこの国に来ている。結婚することはこの国に残るビザがほしかった故であり、結婚する前も後も恋人と密会を続いていた。旦那さんには気の毒が、言えない事情があったまま、このような行き違った生活を苦しんでいた。

 

その後、蘭ちゃんの消息は誰も知らなかった。

 

目の前にいる最愛する恋人と結婚できない蘭ちゃんは、時代から翻弄された悲劇であると、猫氏がこういう。

 

 

【このシリーズはフィクションです】

 

「おかあさん、そとで遊んできます!」と太郎が叫んだ。

「だめ、外に出ちゃ!」母さんがあわてて止めた。

 

「どうして?遊びたいんだもん」

「そとには悪魔がいるんだよ」

 

「えっ!」

「とても恐ろしい悪魔。やつらは残酷で、生き物を捕まって喰ってしまう!」

 

お母さんは続けて悪魔の話をし始めた。

 

「やつらは我々を生きたまま煮殺したり、焼いたりする。時には生のまま切り裁いて我らの肉を食い、血を飲み、それを楽しむ。我らの体がずたずたにされ、その内蔵まで食べられてしまいます。時には生け捕りされ、無理に子供を生ませ、その子供もまた食べられてしまう。悪魔には情けという言葉はまったくなく、ただ自分の欲望を満たすのみの存在なのだ。今はここだけが安全な場所だが、いつまで持つかはわからない。」母は涙ながらに言葉を詰まった。

 

「わかった、かあさん。太郎はいい子にする。もう外には行かない。」

 

自分が悪魔であることは気づかないことは悪魔であると、猫氏はこういう。

 

【このシリーズはフィクションです】

 

川下さんは小さい会社の経営者でした。全盛期は収入もよく、得た利益をことごとく従業員にボーナスとして支給した。小さい会社でありながらボーナスで一回200万円を超えることもある。

 

世界の経済が悪くなり、以前のように仕事が取れなくなって、ついに会社を解散。55歳になり、友人の小さいIT会社の営業を手伝いした。しかしうまくいかず、まもなくその会社も倒産し、半年以上の給料をもらえないまま失業に。


過去の栄光はいつまでもわが胸に。自分の会社で作った製品の設計図をいまだに宝物のように大切に保管している。しかしその宝物、いまはどこの会社も買ってくれない。

 

「自分には力がある、人脈がある」と、いつも自分の力を信じている。しかし、いまは食費もなく、風邪薬も買えない日々を。返す当てもなく、毎日友人から千円ないし五千円を借り、その日をしのぐ。ついに限界が来た。心臓発作で享年60歳。

 

川下さんを助けることが出来なく、10年を経っても僕の胸が苦しい。この世の苦しみから解放された川下さんは本当にまじめでいい人だ。ご冥福を。

 

 

資本主義の経済体制は大きな列車のようで、外された歯車はいかに優秀であっても、一人で生きぬくことは出来ない。猫氏はこういう。

 

 

【このシリーズはフィクションです】

 

 

初夏の朝、さわやかな天気、一人で山道をハイキング。昼になると、暑くなり、蝉の鳴き声を混じり、少し汗かき。

 

通行者は一人もいなく、通る車もなし。突然、先方の道路のど真ん中倒れている人影が。近づくと、その惨状が目に飛びこむ。三から五メートル置きに十数人が横たわり、高速に走っている車から投げ出された光景だ。女が二人で男が十人弱。

 

男の一人はわずかに動いた。近づくと、猛烈が酸っぱ臭いにおいが襲ってくる。嘔吐物のにおいだ。男は上半身が裸で下半身はぼろぼろのカジュアルパンツ、不健康な肌色。言葉を発する力がなく、外国からの人のようだ。一週間以上食事も水も口にしていない人が、今にも消えかかる命から、最後の力を搾り出して助けをよんでいる、その眼差し。

 

人間に見えない。ホラー映画から出てくるゾンビだ。生き地獄そのもの。

 

これ以上近づくと、伝染病にうつされる危険を感じ、一瞬躊躇をしたのち、携帯で通報した。

 

 

 

領土の帰属に関する法的基準は国際条約である。

たとえば台湾(および周辺列島)は日清戦争の中国(清国)の敗戦による「下関条約」によって、それを日本に割譲したことで日本の領土になった。また1945年、第二次世界大戦で日本が敗戦する際に中国軍(蒋介石の国民党軍)によって「奪い返され」、のちに「サンフランシスコ平和条約」によって日本は台湾の領有を放棄したよって中国の領土にもどった。

香港は台湾と状況が違い、アヘン戦勝の敗戦で、中国(清国)はそれをイギリスに割譲したことを一般的に知られ、イギリスが二戦の戦勝国であり、日本みないにその領土を放棄する条約を結ぶ必要がない。それなのに、なぜ1997年にイギリスが香港を中国に返還したのか?

香港の歴史をたどってみると、「香港」という場所は三つの条約によって中国(清国)からイギリスに割譲または租借していた。

1、1942年アヘン戦争後の「南京条約」によって、香港島を割譲(下記地図の15-18の4つの行政区)
2、1960年アロー戦争後の「北京条約」によって、九龍半島を割譲(下記地図の10-14の5つの行政区)
上記の地域は割譲であり、つまり主権がイギリスに移り、返還する必要はない。本文では割譲地と称する。割譲地は香港の8%面積を占める。

3、「展拓香港界址専条」によって割譲地周辺の235の島を含む地域(九龍砦を除く)を1898年7月1日をより99年間を租借する。この地域はあくまでも租借であり、期間満了ごには中国に返還する必要がある。本文では租借地と称する。租借とはいえ、租借賃を払うではないので、強奪に近い。そのため中国では不平等条約として扱っている。。租借地は香港の92%面積を占める。

香港行政区分

二戦後、1950年代~1980年代に英中両国は香港の帰属問題について交渉をし続けていた。

イギリスの立場
1、互いに歴史的な条約を尊重するべき。条約に基づき、割譲地は返還する義務はない。
2、租借地は割譲地を行政管理や防衛上不可欠なエリアであり、満期後でも租借期間を延長するべきである。
3、香港は100年以上資本主義の管理下であり、中国の社会主義とのギャップが大きく、住民の生活や人権を考慮した上でも、イギリスがその行政権を継続することが香港人の望みである。

中国の立場
1、割譲地に関する条約そのものが侵略戦争による不平等条約であり、廃除するべき
2、租借地に関する条約も不平等条約であるが、引いて廃除しなくてもこれ以上の延期は認めない
3、「一国二制」を行い、香港は資本主義のままでかつ今後50年間はその制度を変更しない。主権の帰還には支障がない

香港独立問題
1960年に国連で「植民地独立付与宣言」を可決し、植民地の独立運動が国際的に支持されることになった。それに対して中国の見解は、香港は同時主権国である清国から割譲した地域である、無人地や非主権国などによる植民地とことなり、独立は認めるべきではない。この見解は国連に認められ、香港を独立サポートリストから外され、香港をくにとして独立させる可能性はなくなった。

結果
割譲地はわずか8%の面積である地域であり、100年間イギリスによる行われら行政は租借地と割譲地を区別していなく、仮に租借地のみを中国に返還し、割譲地のみを運営することは成り立たない。最終的にイギリスが譲歩し、割譲地の主権を放棄した。その代わりに中国は「香港人による香港を管理する」、つまり共産主義の色を香港に影響させないことを約束し、それが「英中連合声明」である。

1997年7月1日零時に主権移行セレモニーとともに、香港は中華人民共和国に返還された。