領土の帰属に関する法的基準は国際条約である。
たとえば台湾(および周辺列島)は日清戦争の中国(清国)の敗戦による「下関条約」によって、それを日本に割譲したことで日本の領土になった。また1945年、第二次世界大戦で日本が敗戦する際に中国軍(蒋介石の国民党軍)によって「奪い返され」、のちに「サンフランシスコ平和条約」によって日本は台湾の領有を放棄したよって中国の領土にもどった。
香港は台湾と状況が違い、アヘン戦勝の敗戦で、中国(清国)はそれをイギリスに割譲したことを一般的に知られ、イギリスが二戦の戦勝国であり、日本みないにその領土を放棄する条約を結ぶ必要がない。それなのに、なぜ1997年にイギリスが香港を中国に返還したのか?
香港の歴史をたどってみると、「香港」という場所は三つの条約によって中国(清国)からイギリスに割譲または租借していた。
1、1942年アヘン戦争後の「南京条約」によって、香港島を割譲(下記地図の15-18の4つの行政区)
2、1960年アロー戦争後の「北京条約」によって、九龍半島を割譲(下記地図の10-14の5つの行政区)
上記の地域は割譲であり、つまり主権がイギリスに移り、返還する必要はない。本文では割譲地と称する。割譲地は香港の8%面積を占める。
3、「展拓香港界址専条」によって割譲地周辺の235の島を含む地域(九龍砦を除く)を1898年7月1日をより99年間を租借する。この地域はあくまでも租借であり、期間満了ごには中国に返還する必要がある。本文では租借地と称する。租借とはいえ、租借賃を払うではないので、強奪に近い。そのため中国では不平等条約として扱っている。。租借地は香港の92%面積を占める。

二戦後、1950年代~1980年代に英中両国は香港の帰属問題について交渉をし続けていた。
イギリスの立場
1、互いに歴史的な条約を尊重するべき。条約に基づき、割譲地は返還する義務はない。
2、租借地は割譲地を行政管理や防衛上不可欠なエリアであり、満期後でも租借期間を延長するべきである。
3、香港は100年以上資本主義の管理下であり、中国の社会主義とのギャップが大きく、住民の生活や人権を考慮した上でも、イギリスがその行政権を継続することが香港人の望みである。
中国の立場
1、割譲地に関する条約そのものが侵略戦争による不平等条約であり、廃除するべき
2、租借地に関する条約も不平等条約であるが、引いて廃除しなくてもこれ以上の延期は認めない
3、「一国二制」を行い、香港は資本主義のままでかつ今後50年間はその制度を変更しない。主権の帰還には支障がない
香港独立問題
1960年に国連で「植民地独立付与宣言」を可決し、植民地の独立運動が国際的に支持されることになった。それに対して中国の見解は、香港は同時主権国である清国から割譲した地域である、無人地や非主権国などによる植民地とことなり、独立は認めるべきではない。この見解は国連に認められ、香港を独立サポートリストから外され、香港をくにとして独立させる可能性はなくなった。
結果
割譲地はわずか8%の面積である地域であり、100年間イギリスによる行われら行政は租借地と割譲地を区別していなく、仮に租借地のみを中国に返還し、割譲地のみを運営することは成り立たない。最終的にイギリスが譲歩し、割譲地の主権を放棄した。その代わりに中国は「香港人による香港を管理する」、つまり共産主義の色を香港に影響させないことを約束し、それが「英中連合声明」である。
1997年7月1日零時に主権移行セレモニーとともに、香港は中華人民共和国に返還された。