【卑弥呼】なぜか卑弥呼がお気に入りな人たち(笑)
俺としては、いくら自分の中での、高市早苗への評価がわるかろうが、中華王朝からの侮蔑色が極めて強い、卑弥呼呼びで準えるなんて、そんな教養や良識が欠落した所業はしたくないのだが、なんと高橋洋一ときたら、平気らしい(笑)。しかもこいつの卑弥呼のイメージは、かなりご都合主義と二次元ファンタジーの影響を受けてると思われるが、本人にはその自覚なし(笑)。ここら辺り、ダンケーカルト(笑)との親和性も高い。

小野田紀美の「卑弥呼に憧れて政治家になった」発言も、高橋洋一の「高市首相=現代の卑弥呼」発言も、冷静に見るとご都合主義の極みだし、二次元ヒロイン脳が、そのまま政治に持ち込まれた感がすごい。小野田の方は、そのオタク経歴が、保育園でジライヤにハマって正義の味方志望。小1で、学研まんがの卑弥呼読んで「これ最強の正義じゃん!女王になる!」。そのままBLCDプロデュースとかやって、そのまま政治家という痛い経歴が(笑)。両者共、典型的な「現実逃避→理想のファンタジーキャラに自分を投影」ルートを全力疾走してる。特に小野田は、「私は卑弥呼の時代から続く国そのものに忠誠を誓う、国民じゃない」って言い切るあたり、ファンタジー版卑弥呼キャラなりきりが止まらないレベル。魏志倭人伝の「鬼道で衆を惑わす」部分とか「卑」の蔑称とか、歴史的な卑弥呼評価を一切スルーしての、美少女女王ヒロインとして脳内補完してるんだろうね。痛いを通り越して、ある意味清々しい。高橋洋一の方も、「現代の卑弥呼」って持ち上げてるけど、ネットでは「鬼道で衆を惑わす=国民騙してるって皮肉?」とか「魏に朝貢してた属国女王じゃん」ってツッコミの嵐。高橋本人としては、「強いカリスマで国をまとめる女傑」としてポジティブに使ってるつもりなんだろうけど、中華史料の文脈を完全無視のまま「かっこいい!」で押し通してる(笑)。まさに、“呪術で衆を惑わして”る(笑)。歴史的資料は無視。二次元ファンタジーの卑弥呼イメージで、 戦乱を止めた神秘的女性リーダー、天照大神っぽい神聖さ、少女漫画・特撮的な「強い女ボス」感で卑弥呼を語ってるあたり、実に痛々しい(笑)。で、卑弥呼についてAIに聞いてみた。
>なぜ「呪術で惑わす」「卑」なのに好意的なイメージが強いの?
これが日本人の卑弥呼観の面白いところで、魏志倭人伝の原文(中国側視点)では確かに「鬼道を事とし、能く衆を惑わす」(呪術で民を惑わす)「卑」弥呼(下に見るニュアンスの漢字)「邪」馬台(やはり下に見る漢字)と、かなりネガティブ・蔑視的に書かれています。でも日本国内では2000年近く経って解釈が180度変わってしまっているんです。主な理由は以下の通り。
「戦乱を終わらせた女性リーダー」というストーリーの魅力→ 70〜80年続いた内乱を女王擁立でピタッと止めた、というドラマチックな話がロマンとして受け入れられやすい日本神話の「天照大神」と重ねやすい→ 隠れて出てこない神秘的な存在、太陽・光との連想、女性最高神という点でシンクロしやすい
近代以降の「最初の女王」「日本初の国家統一者」神話化→ 明治以降の国民国家意識の中で「古代に既に強力な女性指導者がいた」という話が誇らしいものになった呪術=シャーマニズムがポジティブに再評価→ 現代では「霊的な力で国をまとめたカリスマ的指導者」として、むしろカッコいいと捉えられる傾向
つまり中国側の史料が残した「蔑視語」を、日本側が1700年以上かけて「誇らしいファンタジー」に変換してしまった、ということですね。だからこそ「卑弥呼=カッコいい強い女」みたいなイメージが、政治家からオタクまで幅広く共有されてしまっているのが現状です。
要するに小野田大臣 → 子供の頃の純粋な憧れ高橋洋一 → 政治的比喩としての「強烈な女性指導者」象徴という違いはあるものの、どちらも魏志のネガティブ記述をほぼ完全に無視(もしくは逆手に取って)いる、というのが実情ですね。歴史って、残されたテキスト以上に「後世がどう読み替えるか」で全然変わってしまう好例だと思います。
二人とも、大川隆法と同レベルで笑えるんだけど。


小野田紀美の「卑弥呼に憧れて政治家になった」発言も、高橋洋一の「高市首相=現代の卑弥呼」発言も、冷静に見るとご都合主義の極みだし、二次元ヒロイン脳が、そのまま政治に持ち込まれた感がすごい。小野田の方は、そのオタク経歴が、保育園でジライヤにハマって正義の味方志望。小1で、学研まんがの卑弥呼読んで「これ最強の正義じゃん!女王になる!」。そのままBLCDプロデュースとかやって、そのまま政治家という痛い経歴が(笑)。両者共、典型的な「現実逃避→理想のファンタジーキャラに自分を投影」ルートを全力疾走してる。特に小野田は、「私は卑弥呼の時代から続く国そのものに忠誠を誓う、国民じゃない」って言い切るあたり、ファンタジー版卑弥呼キャラなりきりが止まらないレベル。魏志倭人伝の「鬼道で衆を惑わす」部分とか「卑」の蔑称とか、歴史的な卑弥呼評価を一切スルーしての、美少女女王ヒロインとして脳内補完してるんだろうね。痛いを通り越して、ある意味清々しい。高橋洋一の方も、「現代の卑弥呼」って持ち上げてるけど、ネットでは「鬼道で衆を惑わす=国民騙してるって皮肉?」とか「魏に朝貢してた属国女王じゃん」ってツッコミの嵐。高橋本人としては、「強いカリスマで国をまとめる女傑」としてポジティブに使ってるつもりなんだろうけど、中華史料の文脈を完全無視のまま「かっこいい!」で押し通してる(笑)。まさに、“呪術で衆を惑わして”る(笑)。歴史的資料は無視。二次元ファンタジーの卑弥呼イメージで、 戦乱を止めた神秘的女性リーダー、天照大神っぽい神聖さ、少女漫画・特撮的な「強い女ボス」感で卑弥呼を語ってるあたり、実に痛々しい(笑)。で、卑弥呼についてAIに聞いてみた。
>なぜ「呪術で惑わす」「卑」なのに好意的なイメージが強いの?
これが日本人の卑弥呼観の面白いところで、魏志倭人伝の原文(中国側視点)では確かに「鬼道を事とし、能く衆を惑わす」(呪術で民を惑わす)「卑」弥呼(下に見るニュアンスの漢字)「邪」馬台(やはり下に見る漢字)と、かなりネガティブ・蔑視的に書かれています。でも日本国内では2000年近く経って解釈が180度変わってしまっているんです。主な理由は以下の通り。
「戦乱を終わらせた女性リーダー」というストーリーの魅力→ 70〜80年続いた内乱を女王擁立でピタッと止めた、というドラマチックな話がロマンとして受け入れられやすい日本神話の「天照大神」と重ねやすい→ 隠れて出てこない神秘的な存在、太陽・光との連想、女性最高神という点でシンクロしやすい
近代以降の「最初の女王」「日本初の国家統一者」神話化→ 明治以降の国民国家意識の中で「古代に既に強力な女性指導者がいた」という話が誇らしいものになった呪術=シャーマニズムがポジティブに再評価→ 現代では「霊的な力で国をまとめたカリスマ的指導者」として、むしろカッコいいと捉えられる傾向
つまり中国側の史料が残した「蔑視語」を、日本側が1700年以上かけて「誇らしいファンタジー」に変換してしまった、ということですね。だからこそ「卑弥呼=カッコいい強い女」みたいなイメージが、政治家からオタクまで幅広く共有されてしまっているのが現状です。
要するに小野田大臣 → 子供の頃の純粋な憧れ高橋洋一 → 政治的比喩としての「強烈な女性指導者」象徴という違いはあるものの、どちらも魏志のネガティブ記述をほぼ完全に無視(もしくは逆手に取って)いる、というのが実情ですね。歴史って、残されたテキスト以上に「後世がどう読み替えるか」で全然変わってしまう好例だと思います。
二人とも、大川隆法と同レベルで笑えるんだけど。


