
以前から少し気になっていた「シミュレーション仮説」について、考えていることをnoteに書きました。
シミュレーション仮説とは、簡単に言えば、
「私たちが現実だと思っているこの世界そのものが、より上位の存在によって生成された世界なのではないか」
という仮説です。
ここまではSFなどでもよく出てくる話です。
しかし、この仮説をそのまま一段ずつ上へ進めていくと、かなり面白い問題が出てきます。
私たちの世界を作った上位世界がある。
では、その上位世界は誰が作ったのか。
さらにその上位世界があるとすれば、それは誰が作ったのか。
これを繰り返していくと、
私たちの世界
↓
上位世界
↓
さらに上位世界
↓
さらにその上位世界
↓
……
という階層になります。
では、その一番上には何があるのでしょうか。
もし、この階層が無限に続くのではなく、どこかに究極的な根源が存在すると仮定した場合、
「自分自身は何者にも作られていないが、それ以下の世界を成立させる根源」
という存在に行き着きます。
そこで一つの疑問が出てきました。
それは結局、一神教でいう「絶対神」と構造的にはかなり近いのではないか。
昔の人は「世界を創造した存在」を神と呼んだ。
現代人は「世界を生成した存在」をシミュレーターと呼ぶ。
もちろん両者が同じだと言っているわけではありません。
また、「だから神は存在する」という話でもありません。
そもそもシミュレーション仮説自体が仮説です。
私が面白いと思うのは、
シミュレーション仮説を徹底的に突き詰めると、最終的には人類が昔から考えてきた「存在の根源とは何か」という問題へ戻ってくることです。
さらにそこへ仏教の、
「色即是空・空即是色」
という考え方を重ねると、もう一つ別の問題が見えてきます。
「色」の側から見れば、世界には階層がある。
その階層を上へ上へと遡れば、「究極のシミュレーター」という考え方へ近づいていく。
しかし「空」の側から見ると、
「そもそも、その究極の存在そのものに固定された実体があるのか」
という問いが出てくる。
ここまで来ると、もはやコンピューターの話ではありません。
完全に「存在とは何か」という哲学の話です。
現代人は「シミュレーション」「情報」「人工知能」といった新しい言葉を使っていますが、実は古代から人間が問い続けてきた問題を、現代の言葉でもう一度考えているだけなのかもしれません。
そんなことを考えながら一本の記事にまとめました。
こういう話が好きな方だけ、暇つぶしにどうぞ。
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