臨死体験をした人の話があります。
あの世のことは誰にも分からないことですが、臨死体験をした人は、まるであの世に行って見てきたようなことを言います。
でも、その人は瀕死の状態であったのは確かでしょう、が死んだわけではありません。
医学の世界では、脳幹が司っている心肺機能だけで生きている人のこと植物人間状態と呼びますが、
心肺機能が停止し生命維持装置を外され一旦死んでそれで生き返った人はいません。それは古今東西、不可能です。
では、いわゆる「臨死体験」とは何を体験したのでしょう。何を見たのでしょう?
カトリックやイスラム、ユダヤ教を信じる西洋の人の臨死体験は「天国」に行きます。キリストやアラーの神、天使のいる美しい天国の園があったりします。仏教徒である東洋の人の臨死体験は「彼岸」に行きます。三途の川を船頭の漕ぐ船で行ったりします。
同じ人間なのにどうしてあの世が違うのでしょうか?これはなんだかおかしい。
臨死体験とは、死にそうになって何の情報もなくなった頭が
「今、死にそうになっているけれども、死とはいったいなんだろう」
と必死で「快」を感じるホルモンを分泌させながらなけなしの手持ちの記憶を検索して、それを元に懸命に思考している状態の途中で、幸運にも目が覚めたということです。
すると、西洋の人は「天国」の夢を見ていた状態と同じになりますし、東洋の人は「彼岸」の夢を見ていたのと同じ状態になるとい うわけです。