アラベスクの門は昨日と同じく美しい紫色の体を光らせ、大きな口を開けて私達を待ち構えていた。
今日はガイドが一緒のため心にゆとりが出来たのか、昨日歩いた道でも昨日より多くの物事が目に飛び込んできて新鮮だった。
街を進んで行くうちに、私は昨日より人通りが少ないのに気がついた。
何でも、今日は金曜日でありイスラーム世界では礼拝の日との事であった。
家族と一緒にモスクへ行ったり、ゆっくり休んだりと、キリスト世界でいう日曜日にあたる神聖な日の様だ。
その為か、街ですれ違うガイドの友達が、彼に気の毒げに言葉をかけていたのを見て、私は少し悪い事をした気分になった。
暫く進むと、ガイドはおもむろに肉屋の前で立ち止まった。
ありとあらゆる動物の、ありとあらゆる部分が売られている中、彼は牛のしっぽを嬉しそうに買った。そして、今日の日没後、ラマダーン明けに家族と一緒にシチューにして食べるのだと、彼は嬉しそうに教えてくれた。その幸せそうな表情を見て、私は少しホッとした。
その後、幾つかのモスクや市場など要所を見学した後、私達は“皮なめし工場”に案内された。
工場に着いた瞬間、今までに体験した事のない強烈な悪臭が襲ってきた。
この工場だが、千年以上もその姿を変えていないとのことである。
動物からはぎ取られた皮がそこら一面に積み上げられ、数百とも思えるほら穴に真っ赤な染料がそれぞれたっぷりと貯められていた。
そのほら穴の中に、皮と一緒に職人が裸同然で入り込み、古代から変わらぬスタイルで皮なめしを行っていた。
強烈な陽の光が、その異様な光景をより一層引きたてていた。
皮なめし工場の強烈な臭いと光景が脳裏にまだ焼き付いたままだったが、私達は最後にスカーフ屋に連れてこられた。
さっきの工場とは違い、割と清潔な空間でスカーフがそよ風に吹かれながら整然と陳列されているのが印象的だった。
最初は無駄金を使うまいと警戒していた私だったが、余りに繊細で美しいイスラームのスカーフに魅了され、即決で1つ購入してしまった。
日本を発ってから1カ月目にして初めて形のある買い物をした私は、すっかり購買欲を満たされ上機嫌で宿に帰った。
宿に着くころには、陽が傾き、暑さも和らいでいた。
私達は近くのオープンカフェに行き、ミントティーを飲もうとした。ラマダーンが解かれる日没を待って。
席に着いて暫くすると、昨日と同様に、けたたましい祈り声が夕日に染まった大空を切り裂いた。
一瞬にして道という道から人の姿が消えた。
先ほどまでの喧騒がまるでウソの様だった。
そして、店内では地元の人々が各々のご馳走にかぶりついていた。
ラマダーンの終了である。
私達もミントティーと夕食をゆっくりと味わい、宿に帰った。
宿に帰り、私はふと明日何をするか考えた。
モロッコに来たのだからサハラに行きたい。
この旅で絶対に訪れようと思っていたが、詳しい行き方を知らなかったので、私は宿のオーナーにサハラへの道のりを尋ねた。
すると彼は、公共の交通はないとの事だったが、代わりに明日にでもドライバーを手配してくれると案内してくれた。
衝動に駆られていた私はその場でドライバーの手配をお願いした。
代金を払い、手に入れた欲しい物を自室に持ち込む子供の様な気持で、明日に備える為に、私は直ぐにベッドに向かった。
こうして、小さな頃からの憧れの地、サハラ砂漠を頭の中で描きながら、明日から始まる大冒険への期待を込めて私は眠りについた。

