夜明け前の静寂をエンジンの始動音が切り裂いた。
“Japan Car Good”と言いながら、ドライバーのAliが用意した車は韓国製だった。
こうして、サハラ砂漠を抜け、カスバ街道を越し、マラケシュへと至る冒険の幕が切って落とされた。
小さな頃から頭の中で夢に描き続けたサハラ砂漠へは、あとたった8時間。
夢の実現を目の前に、私の心はAliの運転する車のバックシートで高鳴った。
明らかに寝不足だったがその疲労感すら爽快で、私はドーパミンが頭のてっぺんからつま先まで駆け巡っているのを感じた。
この旅には私とAliの他、1人の日本人が参加していた。
彼の名は砦さん。30歳程で、単身で世界一周旅行中だった。
前に進み続けるエナジーに溢る彼が日本を発ってから既に1年7ヶ月が経過していた。
1人でドライバーを手配すると割高なので、昨晩同行者を探していたところ、砦さんが快諾してくれたのだった。
こうして私達3人はフェズをあとにし、荒野へと走って行った。
荒地を暫く走ると、窓の外に突如綺麗な湖が見えて来た。
私達はそこでトイレ休憩を取る事にした。
用をたそうと近くの森へ近づき、私はギョッとした。
猿の大群が訝しげにこちらを見つめていた。
私は自分がアフリカ大陸にいるのを思い出した。
こんなところで用をたしたら、彼らは縄張りを荒らされたと思い何をするか分からない。私は怖気づいていた。
と、Aliが涼しい顔で私の横に立ち、用をたした。彼はNo problemと言い、用が済むとさっと車へ戻った。
大勢の猿に見つめられながら用を足すという貴重な経験をし、私も彼の後を追った。
車は再び動き出し、道中幾つかカフェみたいな店があったがラマダーンで全てしまっていた。
ムスリムのAliは夜まで食べないと言っていたが、私と砦さんは流石にはらぺこだったので、ガソリンスタンドでかろうじ手に入れたポテチと丸パンで難をしのいでいた。
気がつくと、車はまた荒野を延々と走っていた。
窓の外には月面とも火星の表面とも思えるドラマティックな光景が広がっていた。さすがはアフリカ。その異質性に私は圧倒されていた。
この後暫く、映画、ハムナプトラにでもでて来そうな光景が続いた。
車は途中、Aliの知り合いの絨毯屋に止まった。
イスラームの荘厳な絨毯がこれでもかと天井から床まで陳列されている光景は、外の景色に負けず劣らずのダイナミックさだった。私達はそこでお茶をご馳走になり、車へ戻った。
フェズを出発してから、どれ位になるだろうか。
Aliは後少しでサハラに着くと言ったが、窓の外はまだゴツゴツの月面世界だった。
ふとここで、私は砂漠の始まりがどうなっているか小さな頃から疑問に思っていた事を思い出した。
サラサラの巨大な砂丘が突如周りの大地から生えるように現れるのか、それとも砂漠と荒野の中間の、継ぎ目の世界が存在するのか。
それをこの目で発見する時が、直ぐそこに迫っていた。
Aliの言うままの方向へ目をむけると、そこには黄金に輝くサハラの砂丘が地平線に漂っていた。

