それは、どんな高級レストランでの食事よりも感動的だった。
食事を済ませ、すっかり生存本能を満たされた私達は新市街にある宿まで戻った。
宿に着くと、他の旅人が入口前で集まっていた。宿主不在で暫く誰も中に入れないのだそうだ。その中に、イラク出身の女性がいた。イラクもイスラム圏だが、彼女は顔までベールで覆われたモロッコの女性とは異なり、肩のバッチリ空いた西洋的な格好をしていた。目鼻立ちのくっきりした、中東美人だった。アメリカのイラク侵攻に伴い、難民としてスペインに移り住んだのだという。自信たっぷりで、開放的な彼女の容姿と性格に、私の中での難民のイメージが書き換えられ、ある種の衝撃の様なものを感じた。
ようやく宿の門が空くと、私達は中に入った。
彼女を含め、他の宿泊者たちと中庭のテーブルを囲み、色々と談話する事になった。
ここで、ビールやテキーラで一発乾杯といけないのが、いかにも自分が今イスラムの世界を旅しているのだという事を改めて認識させてくれた。
星空の下、手に入らないアルコールの代わりに、私たち一行はミルクでCheersと乾杯をした。
宿泊者はイラク人の彼女の他はオランダ人のグループで、私がオランダを旅してスペイン、モロッコと至った事もあり話は弾んだ。
しかしながら、途中で強い眠気を感じた私は皆へ別れを告げ、一人先に部屋へ戻った。
今にも壊れそうに軋む2段べッドに上り、私は目を閉じた。
外では楽しそうな歓談が暫く続いていた。
朝起きたら彼らとはもう会えないかもしれないし、もっと彼らと仲良くなりたい気もした。
だが、独り旅をしている最中ぐらい、自分の本能が赴くまま行動しても良いじゃないかと思っていた。
本当は、日本にいる時もこのくらい脊髄反射で生きた方が、実は幸せなのではないかと、とりとめのない事を考えながら、私はモロッコで最初の眠りについた。
朝。砂漠の国の日差しは早くも強烈だった。
朝から水シャワーが心地よかったのが幸せに感じた。
やはり、昨日一緒にミルクを飲んだイラク人の女性もオランダ人のグループも皆次の目的地へ発ってしまっていた。
今日は、昨日迷ったフェズ:エル:バリに再度チャレンジする日。
私の胸は朝から高鳴っていた。
昨日の経験から、今回は宿主の知人のガイドを雇い、じっくりとその迷宮都市の全容を一日がかりで観ることにした。
ガイドは集合時間ちょうどに現れた。
ハリーポッターがお爺ちゃんになったらまさにこうなるという様な風貌で、どこか知的な印象だった。

私が自己紹介をすると、「君の英語はアメリカンアクセントがある。」と言ってくれて、私は少し嬉しい気持ちになった。シアトルで一年間留学していたと伝えると、彼も以前シアトルに住んでいた事があるとの事で、意気投合した。Uディストリクト(シアトルのとある学生街)のどこぞのテリヤキが一番旨いなど、とりとめもない話が出来るのがまた嬉しかった。
こうして、思いがけない驚きの中、私達は再び、世界一の古代迷宮都市へ向け歩き始めた。