モロッコを含む北アフリカはその昔からマグレブ、陽の沈む大地と呼ばれてきた。
そんな日 没する国で、日 出ずる国から来た私は、どこまでも続く砂漠の彼方の地平線に沈みゆく太陽を見て、深い感慨に浸っていた。
スターウォーズのラストシーンで、何処かの惑星から2つの夕日を眺める希望に満ちた場面があるが、まさにそのシーンと目の前の光景が重なった。
もちろん、私が見ている太陽は1つしかないのだが、それがまた、祖国から遠く離れていても、私がまだ地球にいる事を印象付けてくれた。
ヨーロッパを抜け、船でアフリカ大陸へと上陸し、とても遠くまで来た気がしていたが、日本で
見える太陽と同じ太陽を見ているだけなのだ。
ただ、ここでは夕日であるのが、日本では朝日として見えるだけである。
そんな事を考えながら、小さな砂丘の上で暫くぼーっとしていると、すぐに辺りは暗くなった。
するとタイミング良く、ここまで私たちを連れて来てくれたベルベル人の案内人が、食事の準備が出来たと教えてくれた。
その合図で、私はテントのなかへ駆け込んだ。
砂嵐でエネルギーを使い果たしたのか、私のお腹はペコペコだった。
夕飯はチキンのタジン鍋だった。
砂漠のど真ん中でこんなにしっかりしたものを食べられるとは思ってもいなかったので、私は感激した。
乾燥した砂漠に水分を吸い取られた私の口のなかを、タジン鍋が充たしていった。
こうしてテントの中で食事をしながら、ここまで一緒にやって来たイタリア人カップル、そして砦さんと、色々な話に花が咲いていった。まるで修学旅行での最後の夜みたいに。
脱サラして世界一周に飛び出した砦さんは勿論、皆それぞれユニークな人生をおくっており、とても勉強になった。
ただ、このイタリア人カップル、女性が50歳程で、男性は20歳後半といったところ。
恋人同士なのかと思い切って聞いてみたが、女性の方が結婚している為お互い“just a friend"だと、少し分が悪そうに彼らは答えた。
なるほど、大人の関係なのだと思い、私はそれ以上追求しなかった。
きっと、砂漠の真ん中で、今宵彼らは2人きりになりたかったに違いない。
そう思うと、私がここにいるのは彼らを邪魔している様で、何となく悪い気がしてきた。
そんな事を考えながら、私は横になって眠りにつこうとしていた。
しかし、余りの暑さに幾らたてども寝る事ができなかった。
砂漠の夜は寒いと聞いて上着まで持って来ていたのだが、夏の時期は夜でも気温はあまり下がらないらしく、風のないテントの中はサウナの様に暑く、水を飲んだ分だけ、汗が滝の様に流れ出てきた。
余りの暑さに耐えかね、私はテントの入口から、顔を外へ少し出した。
何もない完全なる静寂の世界。
真っ暗で、今にも吸い込まれそうな感覚にとらわれたが、夜風がとても気持ち良かった。
辺りを気にする事もないので、暑いテントの中で寝るのを止め、私は外で寝る事にした。
他の3人も続いて外に出てきた。
私は、テントの中からシーツと枕を持ちだして、砂漠のど真ん中に寝床をこしらえた。
さらさらの砂の上にシーツをひろげただけの、ふかふかの砂のベッドの上に私は横たわった。
シーツに横たわり、上を見上げて私は息をのんだ。
そこには、天井の代わりに、満天の星空がひろがっていた。
文字通り、地平線の先まで、所狭しに星が夜空に散りばめられていた。
これまで、星は頭上にしか見えないものと思っていたが、ここでは横を見ても地平線ギリギリまで星がしっかりと輝いているのが見えるのだ。
まるで宇宙の中へ放り出されたかの様な感覚。とても地球から見たものとは思えない、完璧な星空だった。
こうして、夕日を見ていた時とは対照的に、どこか別の惑星に来てしまったかのような錯覚を覚えながら、私は静かに砂漠の中で目を閉じた。
