旅の最中は、朝に目を覚ますと宿を変える度に違う模様の天井が広がっていて、それにより自分が旅をしていることを自覚させられるのだが、青空が広がっているのは初めてだった。
背中にはベッドの代わりに、サハラ砂漠が広がっている。
目を閉じる前は宇宙に放り出されたかの様な満点の星空の天井が、私が寝ている最中に青空へと模様替えをしていた。
夜のサハラは神秘的だった。目を閉じると静寂の中にもしっかりとしたリズムがあり、風が砂を運ぶ音が、波が浜辺に押し寄せる音のように響いていた。
青空といっても、まだ太陽は見えていなかった。
私はとっさに起き上がり、サハラの朝陽を一目見ようと、近くの砂丘の頂を目指し裸足で駆け出した。
映画のワンシーンの様に、砂丘を勢い良く駆け上がる自分の姿をイメージしたが、現実は違った。一歩一歩が砂丘にズブズブと吸い込まれ、まったく上に進まない。更に、砂丘を進む際の砂埃が、留学時代に米国で買った私の思い出のカメラを故障させた。
たかが25m程の高さの砂丘だが、頂上に達するのに大変な時間と労力、犠牲を要する事となった。
サハラの中で、自分がいかに無力かを再び思い知らされた瞬間だった。
息をきらしてやっとの思いで頂上に到達し、後ろを振り返るとそこには息を飲むほど綺麗な朝陽が輝いているはずだった。
しかし、この日はちょうど東側の空が砂で覆われており、薄黄色いベールの裏で何かがボヤっと輝いているだけだった。だが、これはこれで今までに見たことのない神秘的な朝陽に私の目には写った。
暫くその場でぼーっとし、私は砂丘を駆け下りた。下りはイメージ通り勢い良く下れたのが気持ちよかった。

下り終わった時、緊張が解けた為だろうか、喉の調子がすこぶる悪いのに気がついた。
昨晩砂漠の中で野宿したせいか、喉がカラカラに乾燥しており、更に、砂が喉仏に張り付いている様な感覚だった。
水を飲もうと思ったが、持ってきた水は全て消費してしまっていた。
砂漠の中では、ポケットの中のディルハムも米ドルもただの紙くず。水を買い求める所など当然なかった。
陽が登ると共に、気温が一気に上がっているのを私は全身で感じていた。それと同時に、額は汗ばみ、全身の気だるさを覚え始めていた。
これからまたラクダに数時間揺られ、近くの街までサハラを横断しなければならない事を思うと、不穏な気持ちになった。
だが、不穏な気持ちに浸る間もなく、ガイドは準備ができたから早くラクダに乗れと合図をしてきた。
乗ったラクダが立ち上がると、また一気に視界が拡がった。どうやら太陽を隠していた砂嵐が、東側からこちらに近づいているようだった。
しかし、そんなことなどお構い無しに、一行を乗せたラクダは、宛のないサハラの砂漠を一歩一歩目的地へ向けて踏み出し始めた。
私たちには見えない、道なき道が彼らにはくっきりと見えている様だった。