サハラ砂漠の感触がラクダを通じて私の身体に伝わっていた。
もうだいぶ長いこと伝わっていた。
「暑い。」
「水を飲みたい。」
そう思ってどれくらいになるだろうか。
出発した際は横にあった太陽が私の真上に来ていた。
私が幼少期に祖父母の家の近くで見た、真夏の砂浜に打ち上げられた草フグの気持ちが分かった様だった。
しかしそんな中でも、あたり1面黄金色の砂丘の世界は相変わらず美しかった。
復路は幸い砂嵐に見舞われることなく、その後しばらくして私達は無事に目的の村に辿り着いた。
私はそこで真っ先に水を手に入れ、ものすごい勢いで2リットル分をゴクゴクと飲み干した。乾燥し、サハラの砂がへばりついた喉を水が通る度に、H2Oが髪の毛の先から足の爪の先まで巡って行くのを私は感じた。
自分が水を飲んでいる様子が、春先に田んぼに始めて入水する時のイメージと頭の中で重なった。
こうして生存本能を満たされた私は、次に、2日間砂にさらされ、汗まみれになっていた身体をシャワーで洗い流したくも思ったが、それより壊れたカメラが心配になった。
必死に砂埃を取り除こうと色々と試したが結局私の思い出のカメラが息を吹き返すことはなかった。
手放すのは惜しかったが、近くで様子を見ていたモロッコ人が私の壊れたカメラを買いたいというので、私はそれを300ディルハムで売り渡した。嬉しいことに宿代2日分にはなる金額である。
この村は小さな村だがちょっとした交通の要となっている為に色々な店が揃っており、幸運にも私はそこで新しいカメラを見つけることができた。しかも、壊れたカメラと同じKodakのEasy Shareだった。
モロッコで1万円の出費は学生の私には痛かったが、私はATMで大量のディルハム札を卸し、このカメラを買い求めた。そして思わぬところで手に入れたこのカメラを私はこの後4年間世界中で使うこととなる。
私はさっそく新しいEasy Shareで村の様子を試し撮りし、皆のもとへ戻った。
もうシャワーを浴びる時間はなく、私はそのままAliの車に乗り込んだ。
車はサハラを背に勢いよく駆け出し始めた。
これから、カスバ峠を越えて、古都マラケシュへと向かうのだ。
サハラは終わってしまったが、まだ刺激的な体験がこの先沢山待っているはず。
私は、メインディッシュを食べ終えた後、豪勢なデザートを待つ様な気持ちになった。
途中、私たちは映画ハムナプトラの撮影に使われた大渓谷や土造りの摩天楼が並ぶ集落を見学し、またひたすらAliの運転する車に揺られた。
暫くして、私はフロントガラスにポタポタと水滴が降ってくるのにふと気が付いた。
雨である。
こんな枯れた荒野に雨が降り始めた。
運転手のAliも驚いていた。
草木が無く水はけの悪い台地は雨を拒み、一瞬にしてあたり一面洪水のようになった。
普段雨に慣れない砂漠の台地が突然の入水にパニックを起こしている風に見えた。
水は私たちの走っている道路にもすぐに押し寄せ、道路は川に覆われる様だった。
まさかと思う私達の気持ちなど裏腹に、Aliの運転する車は、その「川」めがけて勢いよく入水した。
勢いよく上がる水しぶきと、「川」が運んできた瓦礫が車の底にぶつかる音が鳴り響いていた。
水しぶきが下がると、視界が戻り、私たちは川から道路に上がっていた。
その時窓から見えた低木が、生き生きとつかの間の雨を楽しんでいるように見えたのが印象的だった。
私もサハラで喉を枯らした思いから、この土地の人々と植生物にとってこの雨がどれだけ切望されたものかが分かってきて、恵みの雨の中を旅していることが気持ち良く感じてきた。
そんなことをぼやっと考えているうちに、私たちの車は再び次の川へと突っ込んだ。

