2025年1月23日


2024年の保存していた記事から編集したものがアップされたので削除しました。

いいねやコメントくれたのに

ごめんなさい。

今回、ブログもここにて


終了させていただきます。

人生のステージが色々と変化してきているため、またいつか他の形で書くかもしれません。


皆さん、ご無沙汰しています。

皆さんには、ブログを通して同じ病の方や、色々なジャンルの方と繋がりこれまで励まされたり癒されたり元気をいただいてきました。心から感謝しています。


15年経過して、昨年11月

婦人科は卒業をいただきました。


2009年に子宮頸がんと診断を受けて

ステージ2以上なので、早く専門病院へと告知したドクターに言われ

がん研有明病院へ紹介状をいただき、主治医となるT先生に出会い、ステージ2bと告知されました。

この頃は貧血も進んで腰も痛く

体調が悪くて、歩くことさえきつかったのと、大量な出血が止まらなくてこれは入院してから治療効果がでてくるまで、しばらく続き貧血も進みました。


同時化学放射線療法(CCRT)

での治療となりました。

2ヶ月半入院。

子どもたちは中2の息子と小5の娘。結婚してから、一人で家をあけるのは初めてのことで、子どもたちが心配で、しかも主人は一切家事はできないため実家から母が我が家に泊まり込んで家族を助けてくれなかったらどうなっていたかと思います。

入院までの2週間は落ち着かない毎日で、朝起きて目が覚めると「あー息をしている。今日は生きられる」

そして、ある日夜寝ていると突然

ガバっとベッドの上で起き上がり

「私はまだ死ねない。子どもたちを残して死ねない。私はまだやり残していることがある」

とお腹の底の方から物凄いエネルギーが吹き上げてきて自分でも驚く程のエネルギー。

47歳で初めて

「生きたい!!」

と強く思う自分がいました。

この感覚や思いは自分から出てるのに、自分ではないような不思議な感覚でした。

入院してから、検査や治療の準備も整って明日から治療開始の夜、

主治医の部下のO先生に呼ばれて面談室へ行くと、「治療が延期になりました。何故かPET検査の先生が見直したところ傍大動脈に転移が見つかり、ステージ4b末期です。治療の見直しをします」

と突然言われて真っ白に。

病室へ戻ったとたん号泣して崩れてしまい、同室の2人が励ましてくれました。

翌日直ぐに、抗がん剤を調整する先生と面談をして、同じ状況でも生存してる方はいることを聞きました。

子宮頸がんステージ4b

子宮には6センチと3センチの腫瘍

両側閉鎖リンパ節転移は右19m

左13m

傍大動脈リンパは胃の下から広範囲に星の数ほど広がりかなり腫れ上がってる(転移している)ので、全身どこに転移してもおかしくない

と放射線の主治医からの説明もあり

「もう、やるしかない」

と腹をくくりました。


それでも動揺したり、不安や恐怖にとらわれたときは、私の師である方の本にあった言葉

「不安は頭の中にあり

   不安という現実はない。

   あるのは生きる現場。

    ただ心を尽くして生きるだ           け。

     今日のいのちは今日のもの。

        」(一部抜粋)

に何度も何度も読んで心を立て直しました。


セカンドオピニオンの先生からは、

「がん細胞に無毒化するよう毎日語りかけてください。」とアドバイス受けて

身体の中の細胞一つ一つも一緒に苦しんだり頑張ってるんだと思えてきて、「私のからだ、細胞ありがとう。がん細胞よ、無毒化してください。そして、私と共に生きてください。」と毎日語りかけました。


毎日放射線室へ下りて行くことも最後の方は車椅子で、それでも気持ち悪くて目がぐるぐる回り「もうやめたい」と言ってしまったこともあります。

出血と抗がん剤の影響から貧血も進み、輸血も2回しました。

知らない方々のおかげさまにも感謝します。


退院した日は治療の影響で入院後半は食事がとれなくなり、10キロ以上痩せてよろよろ。

でも、自宅に着いた途端ホッとして家族4人で抱き合って泣きました。

その後は何度もPET検査もして、退院時は残っていた腫瘍も消えて経過観察になりました。

主治医からは「あなたは根治はないからね」とはっきり言われたけど、

今を生きよう!

先のことは誰にも分からない。

今に感謝して生きよう!と毎日を新しく生き始めました。

退院してから回復してきて

初めて洗濯をしてほしてる時に

「あ~洗濯できる幸せ」と感じたり、散歩してもいつもの通りの草花や木々が何かとっても瑞々しくて

繋がってるな〜、みんな生きてるんだな〜と感じたり。

新しく、今を生き始めてから15年

還暦も過ぎました😅

娘の花嫁姿も見れて喜びと安堵の気持ちでいっぱいでした。

そして、卒業。


後遺症としては、放射線が胃の下から全ての臓器にもかかってるので

小腸から大腸まで癒着していて

プチイレウスが習慣化しています。

上手く生活できてる時と、今は冬のせいか最近また久しぶりに苦しんでます😅

抗がん剤の影響で、退院時から腎臓の数値が悪いと聞いていて、今は慢性腎臓病のG3bに進んでいます。

「腎臓は一度悪くなるとよくはならないで悪くなっていくもの」と腎臓内科の先生に聞きました。

この身体を上手く大切にしながら、これからも今を生きる‼️

を大切に過去でもなく未来でもなく今を生きたい‼️と

思います。


長々となりましたが、私自身の記録としてもまとめさせていただきました。


またいつかどこかでご縁あるかもしれません。

皆さんもご自分の人生

大切にそして明るく

今を生きていってください✨


ぱんぷきん