シュウヘイは不思議に思う。
今までこの子は、どんな暮らしをしていたのだろう?
水も、ガスも、トイレも知らないなんて、そんなことあるのか?
いやいや、まだほかにも何かありそうだ。
犬も歩けば棒に当たる…じゃないけれど、1歩歩くたびに、立ち止まり、しげしげと見る。
ちょっと歩けば、感嘆の声を上げる…を繰り返すので、
まさかこの子は、病気なのか、記憶喪失なのか?とシュウヘイは困惑するのだ。
どうにかSOSを出していた、カスミさんももうすぐやって来るのだ。
それにしても…彼女もどう思うことだろう、と少し心配になってきた。
「あのぉ」
先ほどから、どうしようかと考え事をしていると…
エラが遠慮がちに近寄って来た。
「あのぉ、お手洗いに行きたいのですけど…」
困った顔で、話しかけて来た。
夕べ、確かに連れて行ったけれども、丁寧に説明しなかったので、かなり困っているようだった。
もう忘れたのだろうか?
小さな子供を連れだすように、シュウヘイはあわてて、エラを廊下に連れ出すと、
トイレの電気をつけてやり、ドアを開ける。
それでもやっぱり、困った顔をするので、仕方ない…と中に入ると
「いいかい、この椅子に、こうやって座るんだ」
ズボンをはいたまま、座って見せる。
「もちろん、下着は脱ぐんだよ」
一応付け加えると、エラは真剣な顔でうなづく。
(昨日は、どうやったんだ?)
かなり気になって来た…
すぐに座ろうとするので、「ちょっと待った!」
あわててドアに取り付いて、
「ドアを閉めてやってくれ」
さすがにそんな趣味はない…やけに冷や汗をかき、エラの背中を軽く押した。
この子は、天然か?
どんな教育を今迄受けて来たのか?
なんだって、ここまで面倒をみないといけないのか…
可愛い女の子なだけに、いささかうんざりとしてくる。
いっそのこと、部屋中に説明書きでも張りだしてやろうか?
冷蔵庫の開け方とか、お風呂の入り方、お湯の沸かし方とか…
半ばヤケになったように、思い始めていた。
これではボクが、彼女の世話係…ばあやになってしまうじゃあないか、と思うのだ。
「ホント、お姫様なんだな。
なんでも人の世話に、ならないとダメなんだな」とつぶやくと
「そんなこと、ありません」
ドアのすき間から、チョコンとエラの顔がのぞいた。
だがその顔を見ると、文句が言えなくなる…
あまりにも無邪気で、純朴な顔をしているので…
まるでひな鳥を見ているようで、すっかり憎めなくなってしまい、苦笑いを浮かべるのだった。