先日、「過去の私もそうだった」というブログを書きました。
他に、自分がそうだったなぁ、ということを
急に思い出したので書きます(笑)
私の人生において、
「何もいわない」期
「誰かに聞いてもらう」期
「自分が決める」期
という、3期にわけられるな~って思います。
今は、「自分が決める」期です!
これは、何かあれば、
私はどうしたい?
ではこうしよう!
と自分の人生を自分で決められる。
紆余曲折があったので
ようやくたどり着いた感じ。
「何もいわない」期は、
親が離婚してから始まりました。
大事な悩み事は言わない。
そうなった理由は、親の離婚騒動のころ、
何かあってもそれどころではなかった。
また、言った際には「うるさい!」と
一喝されたことがあって、
それからは「もう言っても無駄だわ」と
諦めました。
なので、成人になって出来た当時の彼に
「心を開いてもらってない感じがする」
「表面だけに感じるから何でも言ってよ」
って何度か言われました
が、「??何を言ってるの?意味不明」って
感じでした。
おそらく「自分で全てを解決せねばならない」と
無意識下で思ってたのだと思う。
そして、ある日、その後に付き合った彼氏から
「俺がみささんを好きな理由は、
いろんな経験をして、すごいって思うから。
別に親がどうであれ、恥ずかしくないよ。
親とみささんは違う。
だから、何でも言ってほしい」
と言われて初めて
「あ、私、打ち明けてないって思われてたんだ」
って気づいてから、
いろいろと話すようになっていきました。
そこから始まったのが、
「誰かに聞いてもらう」期。
誰かに話して、何かの反応をもらうのが
嬉しくてたまりませんでした。
あと、自分が心を開くことで、
相手も開いてくれるという経験をしたことで、
包み隠さず話すようになりました。
ところが、この頃、会社の業務で
商品の使用アンケートを請け負うことになって、
いろんな意見があるということが分かり、
良く言うと「傾聴」できるようになったのですが、
それが、仕事とプライベートを分けることができず、
「人の話を聞いて当然」となったわけです。
つまり、
「誰かに聞いてもらって、人の話(意見)を聞く」
がフォーマット。
なので、いろんな回答をもらって当然ですよね。
だから、結果手に他人に振り回されていました。
(といっても自分でその環境を作っていたのですが)
それが例えば、彼氏との喧嘩した時の話になると
もう、いろんな意見をいただくわけですw
「そんな彼氏、別れたら?みささんなら他に良い人がいる」
「私はあまり気にしないわ」
など、千差万別。
その話が単なる喧嘩ならいいですけど、
それ以上に辛いことや悲しいことだった場合、
「なぐさめてほしい」という
感情を持って話して
いました。
そして、
「自分が思う意見を言ってほしい」
となり、、、、
言ってもらえたら安心する。
言ってもらえなかったら
また別の人に頼る。
そして、言ってもらえなかったら
またまた別の人に頼る。
言ってもらえたけど、
もっと自信と確信が欲しいから
別の人に聞いてもらう
・
・
・
要は世間一般的に言う、、、
「同情が欲しい」
「慰めてほしい」
ということになるわけで、
私が本当にコレでした。
彼氏とのことだけではありません。
仕事でいろいろトラブルがあったときも同様。
家族との関係性も同じ。
〇〇がこうなって、××になってしまって…
〇〇って言ったら、××って言われて私は…
という具合に。
で、相手が「なるほど。こうだからそうじゃないか」
と言ってくれても
「そうか、そうします」と返事するんだけど、
やっぱり、△△だからこうだったし・・・
でも、この時こうだから●●だよね・・・
って、、、
「いや、話、聞いてませんやん!」という行動を
取っては、後悔したり、喜んだりしてたんですよ。
でも、そうなって当然!!!
なぜなら、
自分で自分を愛せてなかったし、
自分で自分を幸せにする手段を知らなかったし、
自分で決断する方法が分からず、
決断したとて、失敗が怖かった
から・・・。
この期間が私はかなり長くなり、
挙句の果てには、こじらせ、
脳腫瘍という爆弾を抱えた
と思ってます。
でも今は違う!!!
気づいてからは、
「自分が決める」期がスタートして今も継続中。
自分で自分を慰める。
自分で自分を応援する。
つまり、
自分で自分を愛し、
自分で自分を幸せにし、
自分で決断することが成功への道
ということができるようなったから。
そうなる手段の一つに、
自分に対して
「今までとても頑張ったね♡」
「もう頑張るのをやめようか!」
「とても傷ついたでしょ、、、分かるよ。」
「今から自分は幸せになるからね、もう大丈夫だよ」
って、“自己暗示”を毎日すること。
ということです。