プリプリファンの元・悪役女子プロレスラーその7 | Kuradaiの気まぐれ日記RETURNS(プリプリ関連限定)

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2024年 アメブロを再開します♬プリプリメンバーがブログ続けてるので やっぱり眠たくっても嫌われても年をとってもプリプリ好きはやめられないので(笑)

結局、僕は木村さん不在ながら宮崎へ遠征に行きました新幹線

宮崎はシーガイアと日向交流文化センターでの試合でしたパー

木村さんがいない中あせる来たと言う事でガーン李選手や以前から僕になついてくれてるデビューして間もない新人のK選手と仲良く過ごしました音符

それに加え音符
ジャガーさんやフリー契約でJd'にレギュラー参戦しているライオネス飛鳥さんと覆面レスラーのCooga(クーガ)さんがいつも以上に僕に気を遣ってくれましたガーン

日向の会場では何とジャガーさん&飛鳥さんと3ショットで記念撮影が出来ましたニコニコ

ジャガーさんと飛鳥さんと言えばひらめき電球かつては女子プロレス黄金期に日本武道館のメインエベントを務めた事があるだけに光栄でした王冠2

Coogaさんは前に後楽園大会で普通にサインを求めに行ったらメモ僕の名前を知っててビックリしましたショック!

思わず
『なんで知ってるんですか?』って聞いたら…

『くらだい君の話はバイソンから聞いてたよ』でしたガーン

リング上では敵対しててもあせる同期なんですねにひひ


宮崎遠征を終えて…

11月24日
クラブチッタ川崎
まだ試合は出来ないですが、会場に木村さんが来ましたニコニコ

この日は女性スタッフが試合前から
『今日は木村さん来てくれるよニコニコ
って興奮気味に僕に言ってくれてましたアップ

僕はグッズ売店にいた木村さんに挨拶した時に
『木村さん不在でも宮崎へ行きましたが』
と伝えたらあせる
『いや、ありがとうね』
と返してくれましたニコニコ

川崎の後も復帰までは木村さんも会場には顔を出してましたニコニコ

試合が見れないのは残念ですがしょぼん顔を出してくれてただけでも嬉しかったですねニコニコ

12月23日
大阪ベイサイドジェニーで木村さんは復帰ニコニコ

僕は1年前のプレ旗揚げ戦同様音符木村さんの復帰第1戦を見るために大阪へ行きました新幹線

リング外で優しく接してくれてる木村さんは凄く大好きだけどドキドキハートドキドキ

でもニコニコ
僕はリングで試合をしてる木村さんのカッコいい姿が一番大好きだと改めて感じましたニコニコ


しかし…
男子のプロレスや全日本女子で今まで凄い試合を見て来た僕にとっては常にレベルの高い試合を望んでますがニコニコ

Jd'は選手層が薄いのは隠せない事実で、僕は興行全体に物足りなさを感じてるのは否めませんでしたガーン

僕は、試合がつまらないと木村さんにハッキリ言ってしまいますガーン(木村さん自身も全日本女子時代からそれを望んでましたよニコニコ人には優しいですが、自分自身にはかなり厳しいですしガーン)


自然発生で集まってつるんでたファンの中では、僕と全く違う考えの人もいました(女子しか見なく、アイドル的に見てあせる試合内容でよりも選手と仲良く出来ればそれでいい考えあせる)


僕は後楽園大会は特別リングサイド席を毎回購入してましたが、予算を抑えたくてあせる他の大会はいつも安い席のチケットを購入してましたガーン

木村さんはその事に関しては只の一度も不満は絶対に言わなかったし、グッズも強制して買ってなんて言ったことも無いですよニコニコ
(高価のグッズかあるとあせる『うわぁあせるこれは高いよショック!あせる』って木村さんも言ってたぐらいですからニコニコ)

『仕事の合間にわざわざ遠くからいつも会場へ駆け付けてくれるのがそれでうれしい』って常に感謝してくれてました音符


他の常連の人は毎回一番高い席を購入してたから、スタッフはそちらの方が良いと思いますし…

会場へ行く度に、僕は正直だんだん辛い気持ちになってしまいましたガーン


一部のスタッフは、辛口で安いチケットしか買わない僕よりもあせる言い方は悪いですがガーンチヤホヤして毎回高いチケットを購入する人らの方が有り難かったみたいであせるそちらを優遇する様になってきましたしょぼん
(僕は木村さんの参加した新しい団体を何とか盛り上げたいという純粋な気持ちで精一杯の応援を頑張っただけで、別にファンの中で一番になりたいなんて思ってませんでしたがガーンいつの間にかあせるそういう風に誤解されてたみたいですプンプンむかっ
Jd'旗揚げ当初、常連は僕とプレ旗揚げ戦で知り合った京都在住と岡山在住の新規ファン男性2人と同じく京都在住の女性ファン1人だけでしたニコニコその人たちはJd'設立会見後からスタートしたジャガーさんと木村さんが出演していた関西ローカルのラジオ番組のリスナーでそこで女子プロレスに興味をもったと言ってました音符)


僕は木村さんの為に我慢して耐えてあせる僕なりの精一杯で頑張ったつもりですがしょぼん

年が変わって
1997年頭

木村さんはある決心をしましたあせる


その8に続く…
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