今日は仕事が休みで、朝からゆっくりです
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昨夜は、休日前ということで、夜更かしして、モロゾフの『キス・アンド・クライ』を読んで寝ました。
第3章の「高橋大輔に教えるのは、何と嬉しく心が躍る経験だっただろう」という冒頭は、カメレンゴの「美しい3年間だった」という言葉を思い出させました。
第3章「高橋大輔」以外でも、「大輔は・・・」「大輔の場合は・・・」と、あちこちに出てきて、私はその言葉に、モロゾフの大ちゃんへの愛情を感じました。
そして、別れた後の記者会見で、モロゾフに「感謝している」と言ってくれた大ちゃんに、「私こそ感謝している、そう伝えたい」と3章は締めくくられて終りました。私が知らなかった当時の大ちゃんの悲しみや怒りを思って、切なくて涙が出てきました。
本や報道で、モロゾフとの訣別や怪我のことは知っているけれど、当時は私はまだ大ちゃんのことを知りませんでした。
だから、今当時のことを読んだり見たりすると、本人の苦労を想像しますし、心身ともに傷ついた大ちゃんを見守っていたファンの人たちはどんなに苦しかっただろうと思います。
大ちゃんの本にも、モロゾフの本にも、冷静になって、周囲を傷つけないようにとの配慮や抑制のきいた表現しか出てきませんが(大ちゃんの方がそこは完璧)、実際は激しい思いが胸の中に燃えただろうことは想像できます。
だから、「モロゾフのことは、複雑な思い」というファンの方が多いのもよく分かる気がします。
私は狭量な方で、昨年度のマスコミの「ライバルの煽り」にもなかなか冷静でいられない自分を持て余し気味で、我ながら驚きました。だから、もし、当時から大ちゃんのファンで、大ちゃんの苦労をつらい思いで見守ってきたならば、モロゾフの本を手にすることはできなかったかもしれません。
それでも、モロゾフは大ちゃんを愛していると感じました。時々それはエゴイスティックな面を見せたかもしれなくても。
「自分がいなくても活躍する大輔に嫉妬したこともある」というモロゾフの言葉を昨年聞いて、この人はある部分、とても正直なひとなんだなぁ、と思いました。
モロゾフの本には、モロゾフの自己愛もいっぱい感じました。モロゾフの自己愛と大ちゃんへの愛がぴったり重なって、すばらしい演技への支えに繋がっていきますように、と祈っています。
「僕は見てほしいという気持ちが強い」という大ちゃん。
私はこんな気持ちを、美しいと感じたのは大ちゃんが初めてです。
見ていますとも!大ちゃんの影が薄くなるのではないかと思うほど、じーっと見ています。