【前回までのあらすじ:前の晩に散々酔っ払ったまま迎えたブラジル行きの当日の朝。準備をしながら、パスポートの入ったカバンが無いことに気付く。】


無い……
無い……
家の中の、どこにも、無い……


じわっといやーな汗をかきながら、置き忘れた場所を思い返します。思いつくのは2つ。

さっきまで飲んでいた店か、帰りのタクシーの中か。確率としては8対2で、店の可能性大。暗闇では店員さんが気付かないような場所に、カバンを置いた記憶があります。


店名で検索して電話しても誰も電話に出ません。当然です。午前4時半が閉店だったから(現在午前6時)。店員さんの連絡先も知りません。連れって行って下さった方も、普通に考えてもう寝てるだろうし、そもそもプライベートで交流があるという話も聞いたことがない。


タクシー会社にも電話を掛けます。

「あぁ?あー、そう。パスポートねぇ。でもねー、貴方が乗った車はね、今運転中なのよ。分かる?これが遠くまでお客さんを乗せてたら、ずっと確認出来ないかも知れないからー、それでねぇー、中にはこっちからの連絡に気付かない人も居てねぇ………(ゴチャゴチャゴチャゴチャ)……」


親身!今欲しいのは、親身!こちらの都合だけど、親身になって!お願い!




居ても立っても居られなくなり、藁をもすがる思いで新宿に戻る事に。こんなところで諦めていては、地球の裏になど到底辿り着けない。



僕が行った店は閉まってますが、空が白んで来ても、さすがは新宿の飲み屋街。中にはまだ開いている店もあります。

まず飛び込み1軒目。「あの、済みません。○○(僕がカバンを忘れたかも知れない店の名前)のどなたかの連絡先ってご存知ですか」「うーん、ごめんなさい、知りませんねー」



(だよなー。僕、隣の家に住んでる人の連絡先すら知らないもんなぁー。)



ここでタクシー会社から電話。タクシーの中には無かったとのこと。やはり、店の方か。

2軒目。「ああ、○○ね。うーん、店長の連絡先は知らないけど、店員だったらもしかしたら分かるかもなぁ。っていうか、どうしたの」「実は……パスポートの入ったカバンをあの店に忘れまして……」

ざわめく店内。

「え?フライトはいつ?今日?何時なの?」「……4時間後の午前10時50分です」

うおおおおおおおおおお

サッカーでゴールが決まった時のような轟音。

「店員の子に電話してみるね」「はい、お願いします!」


頼む。頼む。


「………留守電だね……一応メッセージだけ残して置いたら?」「そうですね……!」

新宿の路地裏に朝日が差し込む頃、僕の中にもピヨピヨと小鳥のさえずりのような諦観が……。何せ、200%僕が悪いのです。ビザを申請し忘れてた所から、僕は一切反省せずにここまで来ました。考えてみたら、今までの人生、いつもこうだった気がする。今回の一件を高い授業料と思わなきゃダメなのかも。死ぬほど行きたかったブラジルに行こうとした朝に、パスポートをどこかに置き忘れて、飛行機に乗れない、までしないと、僕は目が覚めなかったのかも。

すると、お客さんの中の一人が「あそこの店の女将さんならば、知ってるかも。まだ空いてると思うよ」とのアドバイスを下さり、お礼もそこそこに猛ダッシュ。



3軒目。「あのぉ、(事情説明)……なんですが、連絡先ってご存知無いですか?」「うーん、知らないわねー」


万事休す


「ねー、お客さんの中で、誰か○○の店主の連絡先知ってる人いるー?」女将さんが聞いてくれます。



すると、お客さんの中に、なんと、女神がおられたのです!

「あー、ちょっと待って!○○の店長さんでしょ、私、知ってるよ!」

マジですか!!!!!

「電話してみますねー…………はい。繋がりましたー」


!!!!!!!!!


あ、店長さんですか?今日そちらの店にお邪魔していた者なんですが(事情説明)……30分くらいですね!……はい、はい。全然問題ないです!待てます!店の前で、待ってます!!!!


優しい皆さんに送り出され、カバンを忘れた店の前に向かって歩きます。この時点で、朝の7時。繁華街の早朝は、もう既にゴミの回収車が走っていて、饐えた匂いがする街の夜の残り香を、ひっそりと朝の顔に戻して行きます。この街に、僕は救われた……。

嫌な顔ひとつせずにタクシーに乗って店長さんが戻ってきて下さり、案の定僕のカバンが絶対に店員さんが気付かないような厄介な場所から発掘されたのが午前7時半。タクシーで家に戻り、運転手さんに待機して貰って、残りの準備を15分で済ませ、その足でそのまま羽田空港へ行き、チェックイン。


た す か っ た ……


その瞬間が、先日のこのブログです。あの時、もう二度とこんな想いはしたくないと思ったのに、結局喉元過ぎた後、僕はブラジルで遂に飛行機乗り逃してるので、多分このビョーキ、一生治らない!(泣)

以上、パルプ・フィクション形式でお送りした僕の旅行記でした。皆さんは、決してこういう大人にならないで!