アメリカンショートヘア大輔のブログ -101ページ目

最愛の夫の死⑥

どうもこんにちは。
大輔の飼い主です。

今日は12月30日退院の日です。
朝8時半ごろ病院に到着しました。

昨日まで普通に見えたパパが、今日は息苦しさを訴えています。
トイレに行くのも苦しいんだよ、と。

すぐに主治医に相談しました。
苦しい状態で退院してよいのか。
年末年始を自宅で過ごすのに、何かできることはないのか。

先生はすぐさま診察して、酸素を用意してくれました。
在宅酸素です。
鼻に酸素チューブをつけて、酸素ボンベを旅行カバンのようにコロコロ引きながら、パパが廊下を歩いています。
10メートルほど歩いて止まってをくりかえして、通常は毎分1リットル、移動時や活動時は毎分4リットルの酸素投与に設定しました。
たった数メートル歩いただけで息苦しさを感じたようですが、酸素を入れることで、楽に呼吸ができるようです。

年末ということで、酸素メーカーさんが準備できるのに時間がかかり、退院がお昼ごろになってしまいました。
大柄なパパが車イスにのって、酸素を鼻から入れて退院しました。
病院は年末のお休みでしんと静まりかえっています。
緊急外来には発熱の小さい子どもをかかえた家族がちらほら。

家に帰るとまもなく、酸素メーカーさんが、在宅用酸素を設置してくれました。
一通り使い方の説明をききました。
チューブはかなりの長さがあり、濡れてもOKとのこと。
パパはすぐにお風呂に入りたい!と言いました。

お風呂の準備ができたので、いざお風呂場へと思ったのですが、椅子からなかなか立ち上がれないパパ。
ひとつひとつの動きが苦しくて、4リットルにして少し経たないと行動できないのです。
本当は湯船につかりたかったのですが、シャワーで精一杯でした。

トイレに行く、ご飯を食べる、歯をみがく、人はすべてに酸素を必要としているのです。
当たり前に呼吸ができることは、ありがたいことなのです。

私はパパにつききりです。
トイレのときは酸素を4に切り替えて、チューブをのばす。
子どもたちの世話や、食事の支度で目をはなすとき用に、ハンドベルを用意しました。
パパは声で私を呼ぶ代わりにハンドベルを鳴らしました。
子どもたちに、私のかわりに酸素チューブ係をやってももらいました。

夜中は苦しくてなかなか寝つけないパパ。
私も体は横にするも、苦しいてきは酸素切り替えのために起きていました。
布団に寝たほうが苦しいようで、椅子に座ってみたり、座椅子に移動してみたり、体の置き所がないくらい苦しかったようです。

子どもたちはというと、子どもたちだけで2階の寝室に寝ることがなかったので、怖い!と言っていました。
パパとママの状態を見て、しっかり者の長男(小学5年生)は、何かと気丈にふるまっていました。
しかし、不安と恐怖からでしょうか。
夜中に吐いてしまいました。
下の子がお兄ちゃんが吐いたと、起きてきました。
夜中12時すぎです。
長男は、何だかわからないけど吐いた。吐いたらスッキリした、と言いました。
熱もなく、顔色も悪くありません。
布団についた嘔吐物を処理し、着替えをし、子どもたちをリビングのこたつに寒くないようにしつらえた簡易布団に寝かせました。

とんでもない大晦日だ。
なぜこんな大変なことがおこるの?
なぜパパなの?
なぜパパを病気にした?
なぜ、なぜ。。。。。

でも一家の一大事のとき、母は強し、女は強し。
いざというときに私という生き物は最高に強いんだぞ。
私のDNAにはそう刻まれていると思いました。

明日は2018年大晦日です。