心と身体が受け入れられない苦悩3~結果的には人がどんどん離れて完全に孤立するだろう。
以下二つのブログの続編を書きたいと申し上げていましたが、この二つのブログに「心と身体が受け入れられない苦悩」というタイトルを付けることにしました。
近著『究極の恋愛論(男女共通講座)』(radical)で恋愛における男性器と女性器及び子宮の関係を明確にした。
男性器と女性器及び子宮は身体(=肉体)であるが、その男女の肉体に連なる心理との関係を明らかにした。
これを明確にしたのは世界で本書が初めてである。
その内容はともかくとして恋愛の先には性愛がある。
性愛ではこうである。
男は女性器及び子宮と向き合う。
女は男性器と向き合う。
例えばだが、女性器と子宮に向き合う男が自身の男性器を受け入れられないようなコンプレックスを抱いていたとしよう。
単純に男性器に自信が無いと考えてもけっこうである。
これは異性と関係を築くのが難しくなるのは明らかだろう。
男性器と向き合う女は乳房を露わにしなければならないが、自分のそれに自信が無ければやはり関係を築くのは難しくなるのは明らかである。
恋愛の先に性愛があると書いたが、日常で異性と向き合う際にも自信を持ってコミュニケーションを取れなくなるだろう。
美容整形外科にとって豊胸手術は盛況だが、見た目の問題と同時に異性の前で自信が持てない悩みがあるのは明らかだ。
ただ、持って生まれたものに対して抗うのはどう考えても意味が無いことだろう。
自分自身がそれをどうすれば受け入れられるかを懸命に考えるべきだと思う。
それは苦しいに違いないが、それを克服したときに初めて自尊心が持てるのだと俺は思う。
自尊心が持てない人間は他人をリスペクトできないと思う。
以下のブログで書いたが、だからこうなる。
彼らは慢性的にストレスでその心は排他的かつ攻撃的です。
最近何度かボクシング観戦の話題をしたが、格闘技やスポーツで一番大事なのは相手ではなく、自分に負けないことだろう。
同じように、自分自身を克服するのが男女関係に限らず、対人関係で一番大変だと俺は思うのだ。
生徒にとって俺の授業はスパルタに近いぐらい厳しいと思う。
でも、生徒が自分自身に負けないようにそうやっているのだ。
自分自身に負けないようにするのは残念ながら、彼らが考えるほど簡単ではない。
自尊心が持てなければ誰と一緒にいても女の前でもそれはそれは苦痛だと俺は思う。
でも、成長に向かう努力を辞めてしまったら、それは自分に負けてしまったことに他ならない。
そして、結果的には人がどんどん離れて完全に孤立するだろう。・・・・・
なお、フロイトの本を読んで俺が思ったのは性同一性障害やLGBTとは大昔からあるようだが、自身の性における心と身体が受け入れられない軟弱者たちが抱えた問題が表出しているに過ぎない。
事実、彼らは似たもの同士で傷をなめ合っているだけで、人はどんどん離れていく。