3.11 | 太亮の独言毒言

太亮の独言毒言

絵本作家、イラストレーター、デザイナー、アート・ワークショップなどで
活動している木村太亮の公式ブログ。
まあ、単なる戯言だとお聞き流し下さい。連絡先は、deeworks3623☆gmail.com

昨年の今日、東日本大震災が起きた。
多くの尊い命が一瞬にして奪われた。
心から冥福を祈りたい。

さて、上記の通り、お亡くなりになった方々、
あるいはそのご遺族には心からお悔やみを申し上げる。
また、復興に尽力されている方々には
心から尊敬の気持ちを持っている。

が、今、振り返ってみると、その方々をフォローしなきゃ
いけないはずの政府の無策や行動、反応の遅さには
怒り心頭である。

たとえば、原発の問題。
よく考えてみると「冷却のために消防車での放水」って
異常にアナログな方法じゃない?
(いや、その関わった消防隊員、自衛隊員は素晴らしかったが)
爆撃機に竹槍で闘おうとしていた一時代を思い出してしまう。

つまり、原発はそれだけハイテクなもので
でも想定されていた対処法はものすごくアナログな低レベルのものだった。
という事だと思う。
自分たちでコントロールできないモノは、どんなに機能的であっても
問題を抱えてる。そういうモノは持ってはいけないと思う。

この問題に関しても、未だに稼働させたい人(センセー)たちがいるようである。
何考えてるんだか?

これだけ悲惨な現状を目の前で見て、まだしつこく固執する人たちの
感覚が分からん。そういう人たちはセンセーにしちゃいけない。

ガレキの問題。
(これも思いつきで不謹慎な発言なので、気分を害された方がおられるかも?
先に謝っておく)
国民一人一人に振り分ければ、たかが知れている量である。
もし、そこに多少の原子力の汚染があったとしても、
甘んじて受け入れるべきだと思う。

現状の汚染レベルなら、各人が一回ラジウム温泉に入ったのと
同じ程度の量だと言う。勇気を持って皆でシェアするべきじゃないだろうか?

また、汚染されていないガレキも非常な量だと言う。
これってさ、そこに穴を掘り、掘った土を残しておき、
ガレキを埋めて、その上に土を被せるという方法じゃダメなのか?

あるいは、そのガレキを使用して、防波堤を作ったり、
人工的な山を作って、慰霊のシンボルにするというのはどうだろう?

気仙沼では地盤沈下で土を入れていると言う。
現状の作業スピードでは、速くても5年はかかるのだそうだ。
これもガレキを使用して重増ししたらいいのではないか?

ガレキ=ゴミ

という考え方が元々違うような気がする。

もちろん、ガレキの中身は色んなもので構成されており、
念入りな分別が必要なのかも知れない。
あるいはきれいに分別する段階で、
とても大事なものが出てくることもあるだろう。

でも、それも含めて有効利用することが、大事な気もする。

ガレキの山を初めて見たとき、思い出されたのは
昔、東京湾岸に設けられていた、不燃物ゴミ処理場の夢の島だった。
むろん、その夢の島だって大きな多くの問題を包有していた訳だが、

それこそ、今のハイテクを利用すれば、そこで起きた種々の問題を
回避しながら、「資源」として有効利用出来るような気もするのであるが・・・。

やっぱり、文明だけでは巧くいくはずがない。
必要なのは知恵という文化だと思う。

末尾ながら、思いつきで大変失礼な発案で申し訳ない。
気分を害された方がおられたら、重ねてお詫び申し上げる。
と、同時に昨年の今日、不運にも被災された方々には
心よりお見舞い申し上げる。