25日、2月に亡くなったRojiさんのお別れ会があり、60名近くの故人に関わる人が集まった。
Rojiさんに関わる様々なエピソードが語られた訳であるが、
その一つ一つが、いかにもRojiさんらしく、「追悼」するというよりも
「やっぱりね」と思わせるエピソードの方が多かった。
どこかでこんな感じに出会った事があるなあ。と思っていたのであるが
それは、昔々、とある噺家さんのお葬式で経験した事であった。
およそ、故人を悼むという雰囲気ではなかった。
皆、大いに酔っぱらい、あちこちでチンチロリンが始まっているし、
それこそ裸になっちゃっている人はいたし、笑いが絶えない「お葬式」であった。
その頃は、お葬式がどんなものなのかも分からないジャリタレだったから
「スンゴイ宴会」の様な記憶しか残っていないが、
今になって思い返してみて、またRojiさんのお別れ会を経験してみると、
それは、やっぱり故人を悼んで、そういう行動になっていたのだと分かった。
もし、皆がすすり泣きをしているようなお別れ会だったら、
Rojiさんは、きっと「辛気臭えことしてんじゃねーよ!」と毒づいていただろう。
お別れ会には、Rojiさんの関わった作品の一部も並んでいた。
Rojiさんがデザインした山下洋輔さんのジャケットも鶴田氏の尽力により並んでいた。
当時のデザインを思い返してみると、販売促進だけが目的なのではなく、
面白い事とか、楽しい事とか、驚かせる事とかが一番大事な事であった様に思う。
新しいムーブメントを起こす事が即ち、販促活動にも繋がる。そんな考え方ではなかったか?
今の業界がどうのこうのに結びつけるつもりはないが、
当時の矢面に立っていたRojiさん含め、業界の人たちは、さぞ楽しかったであろうと思った。
さて、実は一次会でご遠慮させていただこうと思っていたのであるが、
何となく、「付き合ってしまうべきだな」と思い直して二次会も参加してきた。
自分のお腹の事は、予想がつきそうな状況ではあったが、
「そんな事気にしてんじゃねーよ!」という声が聞こえた気がしたんだ。
二次会には、ツボに入ったRojiさんも来た。僕は久々にバーボンを呑んだ。旨かった。
Rojiさんも一緒に呑んでいるような気分であった。
もちろん、翌日はダウンしていた。昨日もちょっと後を引いていた。
でも、失敗だったとは思っていない。とても良い時間だった。
さらば!Rojiさん、またいつか呑みましょう!