喪服を着る。 | 太亮の独言毒言

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友達のO君の親父さんが亡くなった。
O君は拙著『原小キッズ』に出てくるシュンのモデルである。
小学校時代は同じ少年野球チームであったし、
ポニーもちょっと。部活は彼は野球部だったけれど
抜群の運動神経であったので、僕らのサッカー部と掛け持ちもしてもらっていた。

親父さんは、少年野球時代、僕らのホームグラウンドから50mほど坂を上った所で
文房具屋さんをやっており、何かと気をかけてくれて、差し入れしてくれたり
色々と面倒を見てくれていた。
ご本人もたぶん経験者であったのだろう。
息子三人とも同じ少年野球チームに入部させていた。

O君は、その後、野球の推薦でN大付属の名門野球部に入り、
キャプテンをし、東京都予選決勝戦まで行ったが、本戦出場はならなかった。
その後、彼は教職員になり、今でも野球部を指導しているらしい。

実は通夜に行こうと思っていたのであるが、
一昨日は、息子の自転車盗難のバタバタがあり、
ウッカリと通夜に行けなかったのである。

お葬式だから喪服を着たのである。
普段、ジャージか、Tシャツ+Gパンですごしている木村にとって、
ちゃんとした恰好するというのは、それだけでプレッシャーであった。
しかもスーツというのは、不思議な物で、毎日きていないと板に付かなくなってしまう物なのだ。

昨日もその事を実感してしまった。
僕の礼服はY’sの襟のないタイプのモノでゆったりと出来ているのだが
久々に着たら、ウェストがきつかった。さらに襟なしのジャケットは
本人的には気に入っているのだが、一応着てみてカミさんに

「こんなんでどう?」

と尋ねたら・・・

「なんか、園服みたい!」

とバッサリ切られてしまった。かなりへこんだ。

ともかく、お葬式に伺ったのであるが、知ってる顔はいなかった。
たぶん僕の知っている人間は通夜に来てしまっていたのだろう。

祭壇に飾られている親父さんの顔は、たぶん最近の物で、
僕が知っている親父さんの顔とはずいぶん面変わりしてしまっていたけれど、
なんだか昔の事が、ダダダと思い出された。

いろいろ不便な時代ではあったけれど、
つくづく「良い時代」だったなあ。
いつかこの時代の事を書きたい描きたいと思った。

さて、お祈りを終えて親族席を見たら、シュンを含め三兄弟が並んでいた。

シュンは、間違いなく同い年なのであるが、
たぶん野球部で帽子を被っているからだろう。頭髪も薄くなり、白くなり、髭を蓄え、
しかし、今でも鍛えているのだろう。喪服の上からも鍛えた体が見えるような感じがし、
何より眼光がいまだに「勝負をしている人」のソレであり、
その目で虚空をにらむように静かに端座している姿が印象的であった。
まるで、老剣客のような姿だった。

でもね、チョイと老け過ぎだろう。シュン!